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獣神の宮 14

お待たせしております。




「ここが20層……」


 誰ともなく呟いたスイレンの言葉を耳にしながら俺も周囲を見回した。既に<魔力操作>で周囲の状況は把握しているが、特にこんな場所では視覚が齎す情報も大事である。



「最初の話ではここが最下層ってことだったけど、十分有り得そうね」


「ですね、まさか階層全体が一方通行だなんて。このような形状は珍しいのですか?」


 俺の隣で感嘆の声を漏らすエレーナに姉弟子のアリアが尋ねているが、彼女の言葉通り20層は非常に単純な構造だった。


 階段を下りた現在地から通路が真っ直ぐに伸び、その先には荘厳な装飾の為された両開きの大扉がある。逆にそれ以外何もない、まさにボス戦のために存在する層だといえる。


 ウィスカも各10層ずつあるボス層と同じ造りではあるが、あの大扉はとても立派だ。まさに最後の難関と呼ぶべき空気を醸しだしている。


「最終階層がボスのみなのは珍しくないけど……こいうった露骨なケースは大抵ボスが嫌になるほど強力なのよね」


「へえ、そいつは楽しみだな」


 嫌な予感がすると自分のパーティーの仲間達に警戒を促すエレーナの言葉に俺は相好を崩した。これだけの面子で挑む機会なんてもうないだろう。最後を飾るボスだと言うのなら相応の敵であってほしい。


「あんた、ひとりだけ楽しそうね……」


 他に皆がボス戦を前に緊張を高めている中、俺だけこの先の激闘を満喫する顔をしているので姉弟子が真面目にやんなさいよと文句を言ってくるが、俺にどうしろと言うのか。


「ここまで盛り上げてくれてるんだ、姉弟子も楽しまなきゃ損だぞ」


「楽しむって、そんなの無理! あんた何考えてるのよ、これから最後のボス戦なのよ! 普通に考えたら……」


「アリア、何を心配しているのだ? ユウキが側にいるのだぞ、それだけで勝利が約束されたようなものではないか。不安なら彼の側から離れなければいい、そこは世界で最も安全な場所だからな」


 不安が顔に出ている姉弟子を落ち着かせたのはリーナだった。こいつもライカ並みに俺を疑っていない一人だが、どうして俺をそこまで信用できるのか正直理解ができない。

 それは姉弟子も同様だったようだ。俺としてはまともな感性を持った人が居て安堵したくらいだ。


「ちょっと、リーナはこいつを信じすぎよ。何でそんなに信じられるのよ、信頼と妄信はまったく別物なんだからね?」


 諭すような姉弟子の声だが、リーナは逆に彼女へ言い聞かせるような声音を出した。


「それは一度ユウキと戦った事があるからだ。あの時の恐怖に比べればどんな魔物でも恐れるに足らん。私もこちら側に来て多くの強者と巡り合ったが、その全てがユウキの足元にも及ばぬ力量だったしな」


 リーナの言葉に俺の背後の馬鹿弟子がうんうんと大きく頷いているが、隣のカオルが怖い顔をしている。あの時の無茶でライカは一時期非常に危うい状態だったからな。俺やクロイス卿が動かなかったらランク剥奪では済まなかっただろう。

 完全に俺を殺す気できていた彼女が今では俺の弟子として教えを請うているのだから世の中は分からんものだ。ユウナに言わせればその星の巡りこそがSランクに至れる非凡さの一端だと感心していたほどである。


「そ、そんなに? お師匠様は何も仰っていなかったけど」


 姉弟子が驚いているが、そういえば彼女の前で戦った事は一度もなかったな。今回の探索もそれぞれのパーティーに同行する時は後ろからついてゆくだけで援護くらいはしたが戦闘には一切関わらなかった。

 

「アリアに余計な心配をかけたくないだろうから告げなかったに違いない。それにセラさまもユウキと争う愚は犯すことはないだろうしな」


「おーい。どうでもいいこと話してないで先に進むぞ。ボスがお待ちかねだ」


 既に二人以外の皆はボスの前の扉で最後の打ち合わせ中だ。たが、これから向かう敵が何者かさえまだ判明していないので綿密な相談など不可能だ。


 声から判断するに、ある程度のボスの予測と味方の立ち回りなどを話し合っている。

 味方が多いことに越したことはないが、多すぎてもそれはそれで問題がある。攻撃の邪魔になったり回復や援護の手が回らなくなったりもする。基本一人の俺(私もいるんですけど!)には縁のない話だが、貴重な現場の意見なので興味深く拝聴する。


「じゃあそんな感じで。絶対に何かあると考えて最初のうちは様子見でいきましょう。最悪の場合、そこにいる肉壁使い倒すつもりで」


「エレーナさん。お師様に対してあまりな仰りようではありませんか?」


 肉壁こと俺を指差したエレーナにキキョウが苦言を呈したが、あの面の皮の厚い彼女が怯む様子は一切ない。


「大丈夫よ。どうせ毎度のことのようにどんな攻撃食らってもノーダメでしょ。この先がダンジョンの最終ボスだと仮定するなら、取れる手は全て使うわ。ただでさえ高難度なんだし、聞いたことあると思うけど、新大陸のダンジョンの最終ボスって本当に厄介な奴ばかりなのよ。だからこそ情報を持ち帰る最初の踏破者には最高の栄誉がついてくるのだし」


 彼女の言葉には怖いほどの説得力があった。ここにいる皆もエレーナがとあるダンジョンで取り返しのつかない失策を犯して仲間を失っている事を知っている。経験者の言葉に耳を貸さないほど愚かではなかった。


「まあそういうことだ。皆も惜しみなくこの駄犬を肉の盾にしろよ」


「わ、わふっ!?」


 我関せずと欠伸をしていたロキを指差すと当人(犬)は何事ですかと顔を上げた。ダンジョンの最奥に辿りつきもう完全に他人事だと思っていたようだ。不真面目な野郎だ、最後の最後までこき使ってやるからな。


 俺は氷の矢で顔を上げていたロキを貫いた。周囲の皆から息を飲む声なき声がしたが、俺の暴挙に悲鳴が上がる前に矢を受けたロキが煙のように消え、新たな分身体が忽然と姿を現した。


「な、見ただろ? こいつは本体が無事ならいくらでも分身を作れるんだ。皆遠慮して盾として使うのを躊躇っているみたいだが、遠慮しなくてもいいんだぞ。どうせ痛みも全く感じないようだしな」


 そうだろ? と俺が視線を向ければわふ、となんともないですよと一声上げた。俺としてもこいつを動かす為に面倒な肉焼きを毎日こなしているので、それくらい働けと声を大にして言いたい。


「ま、まあ、ロキを使うかどうかは別として、何が起きても不思議じゃないとだけ覚悟しておいて。私もここまで露骨なボスの間のみの層は初めてなの。嫌な予感がするわ」


 エレーナの顔には油断は一切ない。正直言ってこの面子であれば戦力的に申し分ないとは思うが、ダンジョンボスとなると単純な力だけで押し通る事は難しくなってくる。

 初見殺しすぎるウィスカ20層ボスのキリングドールなどが良い例だ。人数を揃え、これまでどおりの戦略で挑むとあっさりと全滅する事はこれまでに出した大量の未帰還者が証明している。


「まあ、師匠と如月さんがいるんだから大抵の事は大丈夫ですよ。気負い過ぎないでいきましょう」


「私もいるしねー」


 ライカの楽観的な言葉と共に、俺の肩に相棒がふわりと転移してきた。


「あ、リリィじゃん。いいタイミングね」


「へへー、最後の大ボスなら見とかないとさぁ」


 ライカとリリィが仲良く手を打ち合わせている。かつては人見知りだった相棒も随分と皆と打ち解けている。昨日の内にボスの観戦はしようかなと言っていたので驚きはない。


「お、なんだよ。リリィが来るなんて珍しいな」


「まーね、これからボス戦なんでしょ? 私もどんなボスなのか興味あるしさ、こっちの方が面白そうだから来てみたの」


 だが、これまで一度もこの”獣神の宮”に興味を示さなかったリリィがやって来た事に俺は内心で警戒感を上げた。


<やっぱり何かありそうなのか?>


<はっきりした事はわからないけどね。でもユウも感じてるでしょ?>


<ああ、二人がそう思っているという事は、警戒しておいた方が良さそうだね。これまでの中ボスがどれも全てのフロアを踏破しないと先へ進めなかった事も関連していると見て良さそうだし>


 仲間内で<念話>をすると相棒だけでなく如月も懸念を感じていたようだ。だが想像の範疇を出ないので遭えて言葉にして皆の不安を掻き立てるつもりはない。俺達が警戒しておけば対応は可能なはずだ。



「じゃあ始めましょう。スイレンさん、お願いね」


「承りました。大いなる神々よ、その御力を我等に分け与え給え。力強き大神ガウラよ、守り手たるアエラよ……」


 スイレンが各種支援魔法をこの場の全員にかけてゆく。一人の俺は殆ど縁がなかったが普通はボス戦の前にかけられるだけの支援魔法を使って能力の底上げをするのは普通だ。大抵の支援魔法は四半刻(15分)以上は保つし、戦い始めた後で使う意味もない。戦闘中でなければ失った魔力もこの場で回復できるので冒険者にとってボスの間に挑む前の当たり前の儀式となっている。


「支援魔法は何度受けても良いもんだな」


 攻撃と防御、魔法威力と敏捷の支援魔法を受けた俺は体を動かしてその効果を確かめる。これまで数回受けているが、これで大体3割増しの能力増加だ。カオルに聞けば通常では2割も上乗せされれば凄腕と呼ばれる術者だという。スイレンの技量は凄腕を更に上回っていることになる。


「ユウキさんの足元にも及ばない効果でお恥ずかしい限りです」


 俺が渡した無味のマジックポーションで魔法力を回復させていたスイレンが恥じ入るように答えた。そりゃ俺が支援魔法を使った方が効果は高い。効果は基礎魔力に左右されるようなので、これまでナイフで刺されても刃が通らなかったり、鉄棒で力の限り殴られても怪我ひとつ受けない効果になっていたからだ。


 だが今回の俺は基本的に喋る荷物なのでライカから支援魔法を強請られても応じなかったし、はっきりとした目的意識を持っている”緋色の風”の皆もダンジョンに関しては俺の露骨な助力を良しとしなかった(転移環での毎日の帰還は別として)。それにスイレンという清楚な美人と俺みたいな野郎、どちらに魔法を使ってもらって嬉しいかなど、言葉にする必要さえない。


「何を言っている。俺はこれから先、貴女以外の支援魔法を受ける気がしなくなったぞ」


「まあ、お世辞でも嬉しいです。一生の自慢にいたしますわ」


 俺の言葉が本心であると伝わったのか、スイレンが滅多に見せない笑顔を浮かべた。


「ちょっと、二人とも! これからボス戦! イチャイチャしないの!」


 エレーナの指摘が俺達を襲う。俺とスイレンは苦笑を浮かべてボスの扉の前に立つのだった。




 とまあ、そんな感じてボス戦の準備をしていたわけだが、俺個人は甘く考えていたつもりはない。


 程よい緊張と、戦いに向けた高揚感、相棒や如月と共に向かえるボス戦を心待ちにしていたくらいだ。



 だから油断をした覚えはない。


 だが、強いて言えば、甘かったと糾弾されるべきなのだろう。


 俺達は高難度ダンジョンの最奥ボスがどういった存在なのか、たっぷりと勉強代を支払わされる事になった。



「これは……!!」


「まずいっ!」


 重厚な扉を開けてボスの間に足を踏み入れた瞬間、俺達の足元に魔法陣が展開された。ライカやエレーナが驚愕の声を上げたが、俺はこの魔法陣が放つ大きな魔力に覚えがあった。一時期、毎日のように食らっていた忌まわしい記憶が蘇ったからだ。


「転移魔法じ……」


 セラ先生の弟子として多くの転移の経験がある姉弟子が警戒の声を上げたが、最後まで言葉を発することなく転移の光に消えていった。


 そして光が消え、俺達の視界が戻った時、周囲の光景は一変していた。


「こいつは……まずいな」


 転移魔法陣の先は広い空間だった。一見した限りでは円形の広間で中央に()()が見えるくらいで遮蔽物も何も見当たらない。

 問題はその小山と、俺の隣に相棒とシズカしかいないことだった。


「お嬢! カオル坊ちゃん!」


 シズカは己の命より大事な二人を探すべく声を上げたが、俺が飛び出そうとする彼女の腕を掴んだ。


「何をするんどすか! はよう二人を探さんと!」


既に<マップ>で全員の位置は確認している。全員無事だが、最悪な事に位置がバラバラに転移させられた。そして更に最悪な事に、俺達全員の中心に奴がいる。


「落ち着け。ライカは此処から見て北西、カオルは東にいる。だが、問題はあいつだ」


 俺は小山を指差した。これまで休眠状態だったのか、まるでシズカの声で目を覚ましたかのようにそいつは顔を上げた。


「……黒竜(ブラックドラゴン)


 シズカの掠れたような声が敵の正体を告げると共に、その口が天を向き、耳をつんざくような大咆哮を放った。


 痺れるような衝撃が体を貫くが、かなり距離が離れていたし生憎と俺には殆ど効果がない。こちとら至近距離でぎゃあぎゃあ叫びまくる大鬼と遊んでいるのだ。やかましい声だとは思うが、その程度に過ぎない。


 だがこの場にいるのは俺だけではない。腕を捕まえていたシズカは気が抜けたように膝から崩れ落ちた。


「ユウ! 気絶咆哮(スタンハウル)だよ! これを受けると皆しばらく棒立ちになっちゃうやつ!」


 当然無事である相棒が警告の叫びを上げるが、状況は更に悪化する。蹲っていた事で小山のように見えていた黒竜が立ち上がり、動き始めたのだ。


<如月! 無事だな!?>


<僕は大丈夫。でも側にいるカオル君とキキョウさんが無反応だ。呼びかけても返事がない!>


<とりあえず<結界>で身を守ってくれ。全員回収して合流する>


 俺と<共有>しているから無事だと確信していた如月の側にはカオルとキキョウがいるのは<マップ>で解っていた。だが性質の悪い事にこのボスの間は皆が散開して転移させられていた。如月が3人まとまっていたのはまだマシでモミジと姉弟子が孤立状態だ。

 そして先ほどの咆哮を受けて全員が魂を抜かれたようになっている。シズカをちらりと<鑑定>したら恐慌状態になっている。戦い慣れた彼女でもこうなのだから即座の戦線復帰は難しいだろう。


「やってくれたな。ダンジョンボスってのは根性が悪いな!」


 もう一度追撃とばかりに咆哮をあげた黒竜は侵入者を排除せんとその巨体を活かして突進を始めた。奴の標的は、スイレンとハクか! 当たり前だが二人とも身動きひとつしていない。


「やらせるかよ!」


 シズカを腕の中に抱えた俺は猛然と走り出す。一気に黒竜の背に追いつくと、その揺れる尻尾を掴み取る。圧倒的なステータスに加え、神気で更に強化された俺の地力は訳のわからない領域に達している。二人に向かい突進している黒竜を背後から引っこ抜くと、そのまま誰もいない壁に力任せに投げつけた。


 何百トロンもありそうな巨体が轟音と共に壁に叩きつけられ、ボスの間全体が振動する。俺の腕の中のシズカはまだこちらの世界に帰還してないから、騒がれなかったのは不幸中の幸いだろう。


「ロキ! 奴の動きを止めろ。方法は任せる」


「わふ!」


 いつの間にか俺のすぐ側に控えていた駄犬が飛び出すと、走りながら8匹に分裂して黒竜の体の上に飛び乗った。何をするのかと思えば、そのままそれぞれが巨大化をはじめた。

 なるほど、自重で押さえつけるつもりか。黒竜はロキから逃れようともがいているが、ロキたちはびくともしなかった。

 はっきり言えばこのまま倒そうと思えば倒せるが、ここれ俺達が黒流を倒しても何の意味もない。


 まずは皆の救助を優先すべきだろう。まず俺は近場にいるカエデとエレーナを救出し、如月が<結界>を張っている簡易拠点へ全員を移動させるのだった。



「あ、ありがとう。今のは本気で危なかったわ」


 恐慌状態から復帰したエレーナが如月の差し出した飲み物を口にしながら俺に礼を言っていた。


「気にするな。俺も完全に予想外だった。正直油断していたと言えなくもない」


「私だって同じよ。嫌な予感はしていたけど、まさかボスが竜だなんて。新大陸含めて確認されているのは7例しかないのに。流石は獣王国の隠されたダンジョンというところかしら」


「あの初見殺しのギミックもやばかったけどね。転移魔法で全員散らして直後にスタンショックなんて完全に殺しに来てるもん。ユウじゃなかったら対処できなくて全滅コースだよあれ」


「まったくだわ。あんたがいてくれて命拾いしたわよ」


 何かあればあんたに任せるしかないと思っていたけど、早速そうなったわねと超一流冒険者としてどうなんだと思う台詞を聞いたが、10人近いダンジョン未経験者の引率を主任務として捉えている彼女にしてみれば手に終えなくなったら俺に振ろうとしても無理はないか。


「でも結構危なかったね。僕も冷や汗が出たよ。あのコンボは中々えげつなかったね」


 女性陣に飲み物を配っていた如月がこちらに合流したが、俺は彼の言葉に深く頷いた。


「そうだな、<結界>使える如月とカオルが同じ場所に飛ばされたのも想定外だった。二人が別々の所にいればそこを中心に身を守れると思ってただけに肝を冷やしたよ」


 元々ろくでもないボスになるのではないかという予想はあった。これまでの層は3つの中ボス部屋を全て踏破しないと先に進めない構造で、そうなるとかなりの大人数での攻略が前提となる。


 そして最後のボスがひとつの扉しかないと来れば、大人数で立ち向かわざるを得ない強さを誇るボスが待ち構えているのではないかと予想したからだ。

 この世界に数多の数があるダンジョンだが、その構造には創造者の意思が介在していると俺は見ている。苦労して踏破した層の先に攻略を楽にするお助けアイテムが置かれているウィスカなどは露骨なをれを感じるのだ。

 その理屈で考えると厄介なボスを用意しているはずだと見ていたが、ボスもそうだが仕掛けも初見殺し極まる悪質なものだった。


「でも初見殺しは生き延びさえすれば対処法も解るしね。転移は手を繋いでいれば全員が固まって飛ばされるから問題ないし、咆哮もちゃんと身構えていれば大丈夫そうだ。単純だけど、行動不能にさせられる事はないと思うよ」


 如月の言葉の通り、あの咆哮は全方位に黒竜が己の魔力を叩きつけて恐慌状態を引き起こすものだった。転移魔法陣で状況を把握する間もなく無防備で食らうからあそこまでの被害を生んだが、来ると解っていれば対処は可能だ。

 だからこそ確実に決まる戦闘開始直後に放つのだろうが。もし俺が介入しなかったら、その先は言葉にしなくてもいいだろう。

 そしてダンジョンボスは経験により成長しないので、ほぼ確実に最初は同じ行動を取る。あの鬼畜な連携攻撃も俺達が情報を持ち帰れば無駄な行動、事前に耳栓でもしていれば絶好の先制攻撃機会になりうる。



「し、ししょー……」


「ライカ、戦いはまだ終わってない、気を抜くな」


 衝撃的な一撃を受けてライカが涙声になっていたので俺は弟子を叱咤した。その隣でキキョウも同じ状態だったので彼女も背筋を伸ばしている。


「はい、すみませんでした!」


「でもユウキさんがいなかったらあの一撃で私達の命は無かったでしょう。まずはお礼を」


「あ、ありがとうございます。不甲斐ない私に温情をかけていただいて」


 恐慌状態でも状況は把握していたのか、黒竜の突進から救われたスイレンとハクが礼を告げてきたが……まだ戦闘中なんだが。<結界>張って皆を一息つかせたのはまずかっただろうか。


 黒竜の気絶咆哮からの回復手段は時間経過のみという恐ろしい攻撃だったが、俺には反則級の回復魔法がある。時間経過でしか回復しないならそこまで巻き戻してやればいいのでは? と思って実行したら成功した。


「そういうのは全部後だ。今は奴を倒す事に集中するぞ」


「そりゃそうなんでしょうけど……あれを見て気を抜くなって言われてもね」


 ホットココアを飲んで完全に一息ついている姉弟子の視線の先にはロキに押さえ込まれて身動き取れなくなっている黒竜がいた。もうロキに倒してもらえばいいんじゃないの? とリーナに言っていたのは聞こえていた。


「何言ってんだ姉弟子。ここであれを倒せれば全員張れて”竜殺し”だぞ。一生の自慢になるんだ、逃す手はないだろ」


「そんな簡単に言わないでよ。ダンジョンのドラゴンは野性よりよほど厄介っていうじゃない」


 姉弟子の言葉は事実だ。ダンジョンモンスターは経験による成長はしないが、無尽蔵の体力を持つので疲れ知らずに暴れまわるのだ。場所のせいで飛行こそしないがあの巨体が縦横無尽に暴れまわるだけで直接こちらを狙わずとも甚大な被害が出るだろう。

 冒険者ギルドでは野性の竜よりダンジョンボスの方が脅威度は上と判断していた。


「でも、そこまで悪い状況じゃない。こっちにはライカがいる。オウカ帝国の誇る竜殺し」


 モミジの言葉に皆の視線が一斉にライカに向く。確かに彼女は真竜(エルダードラゴン)を討伐してその功績でSランク冒険者へと上がった……のは事実だ。

 ちなみにドラゴンには亜竜、成竜、真竜の三種類に区分けされる。大雑把な区分けだが言語を解するのが成竜、悠久の時を生きて精神体に近い存在になっている真竜、それ以外の亜竜だ。数としては亜竜が一番多い。飛竜(ワイバーン)などは亜竜にあたる。


「え、えっと、師匠?」


「駄目に決まってんだろ。何のために俺の弟子になったんだ?」


「で、ですよねー。みんな、ごめんなさい。私の全力を尽くすけど、確実に仕留められるかは約束できません」


 周囲の視線を集めたライカだが、皆に頭を下げて謝罪した。ライカが真竜を打倒したのは事実だが、その方法は例の奥義である消滅弾を打ち込むというものだった。そりゃ何でも消し飛ばす消滅弾なら勝てるわな、という話だが俺の弟子である間はその使用を禁じている。


 そんな攻撃手段があるなら、技量を磨く意味がないからだ。そしてライカ自身も奥義であるその消滅弾に高い評価を与えていない。

 件の真竜討伐の際も、全身を消し飛ばすほどの巨大な消滅弾を放って倒し、その光景を多くの者が目撃して新たな英雄の誕生を祝ったが、竜討伐に付きものの財貨は殆ど得られなかったという。

 全てを消し飛ばしたら素材も何も残るはずがない。何とか残っていたのは踵から下の部分のみという有様で、ライカの懐には全く入って来なかったそうだ。


 俺がライカを弟子にして弱い攻撃を覚えさせ、その精度を高めさせたのはそれが理由だし、姉を追いかけてきたカオルたちが”弱い”攻撃に感激したのはそのような理由があった。


 だから今回も禁止である。ライカのスキルとどんな攻撃を受けようが最後は塵に帰ってアイテムを落とすダンジョンモンスターは最高に相性がいいのだが、命が掛かっている状況でもないので俺がこの場にいる以上は消滅弾での勝利は許さないつもりだ。


「それにライカがあの攻撃をすればみんなの出番は無くなるぞ。折角なんだし、みんなの力を合わせて勝とうぜ」


「とても命懸けの戦いをするような言い分じゃないわね」


 完全に呆れている声のエレーナだが、俺は一切気にすることなく返事をする。


「まあな。今回は俺が誘った以上、全員無事にここから帰してやる義務がある」


 俺の言葉にキキョウとモミジが顔色を変え、それに吊られるようにエレーナの顔に驚愕が張り付いた。


「それってつまり、私達の身の安全を保証した上で”竜殺し”の称号をお土産としてくれるってことなの!? そんな馬鹿なこと……ってあんたはユウキだったわね。実際に黒竜が今もロキに身動きとれずに押さえこまれているわけだし」


 何か失礼な事を言いだしたエレーナはその端正な顎に手を当てて熟考を始めた。この戦力で黒竜を打倒可能か考え始めたのだろう。周囲の空気は弛緩している。命の危機を凌いだ安心感で満ちており、黒竜を倒すのは俺の役目に違いないと思い込んでいたのだろう。


 別に俺が始末をつけても構わない。しかし彼我の戦力差を鑑みたとき、今の彼女達なら充分に勝算がある。折角ここまで来たのだから、皆でドラゴンを倒して有終の美を飾るべきだろう。


「僕も参加していいかな? ドラゴンなんてこれから先滅多に出会えないだろうし」


「もちろん。だが、彼女達の見せ場を残してやってくれよ。俺達だと一撃で倒してしまうからな」


 女性陣から少し離れて如月と会話する。俺としてはこのボスもきっと明日には再出現するのだから如月は次回でもいいのでは? とも思うが今の彼はやる気に満ちている。とても口に出せる空気ではなかった。

 

 やがて熟考から帰還したエレーナが皆を見回して宣言した。


「皆、竜種は強敵だけど、私達なら手が無いわけじゃないわ。折角ユウキがここまでお膳立てしてくれているのだから、あの黒竜を倒して凱旋しましょう。みんな、準備はいい?」


「ええ、もちろん!」「そうこなくちゃ」「絶対勝つ」「うう、みんなやる気なのね」「お師様の御望みのままに」「竜狩りか、腕が鳴るな!」


 皆それぞれの思いを口にしつつも、一人を除いて戦意が湧き上がっている。姉弟子はあれでいいんだ、俺が守るし。


「ロキ、離れろ。ここから先は彼女達の喧嘩だ」

 

 黒竜を押さえつけていた駄犬はその姿を掻き消すと、拘束を解かれた黒い暴力の化身は即座に立ちあがり、怒りの咆哮を上げた。


 その恐ろしげな声に一切怯む事ないエレーナはその瞳を紅く輝かせ、これから始まる戦いへの啖呵を切った。



「さあ、行くわよ! 私は”紅眼”エレーナ。魔を打ち払う紅い閃光! この呪われた瞳にて眼前の総てを冥府へと誘いましょう!」



楽しんで頂ければ幸いです。


またもや2週間掛かってしまい申し訳ありません。


何とか時間を作ってペースを戻して生きたい今日このごろです。


この話は後2話で締める予定でおります。


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