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獣神の宮 12

お待たせしております。



 俺達がダンジョンから転移環で脱出しアルザスの屋敷に戻ると、既に如月が俺達の帰りを待っていてくれた。


「すまん。もっと早く切り上げるつもりだったが、こういうときに限って敵が途切れなくてよ」


 結局あれから50匹は塵に帰したはずだ。こいつが最後だと思ったら断続的にやってきやがって、<念話>を受けてから四半刻(15分)以上も掛かってしまった。


「僕も遅いなと思って()てたから状況は解ってるよ。それより……」


 如月が言葉を続ける前に彼の後ろから現れた人影が俺に素早く走り寄ってきた。


「にいちゃん、はやくはやく」


 俺の服の裾を掴んでせがむイリシャの頭に俺は手を置いた。こんな積極的な妹を見たのは初めてだが、これから残念な報告をしなくてはいけないから少し間をおきたい。


「イリシャ、神殿に戻らなくていいのか? 抜け出してきたんだろう?」


「コニーには瞑想が長引いてるって伝えておいたからだいじょうぶ」


「俺の妹は悪い娘だな」


 あとでイリシャの側付きであるコニーに謝罪に行かなくてはいけない。僅かな時間を抜け出すのはまだしも、巫女はそこまで暇な商売ではないから、色々と皺寄せがコニーに行っているはずだ。


「あまり彼女に迷惑をかけてはいけない。それはわかるな?」


「う、うん。でもだって……」


 俺の言葉に従いつつもその目は異世界への期待に満ち溢れている。あまり自分で意思表示をしない下の妹がこれだけ行きたがっているのだから、その望みは叶えてやりたいが、世の中には順序というものがある。

 どう言い聞かせたものかと思案する事しばし、援軍がやって来た。



「ただいま~。あ、ユウキに如月さんも。とうとう例の奴が最高レベルにまで上がったらしいじゃないですか」


「うん、ようやくね。これで僕の能力も少しはみんなの役に立てそうだよ」


「いやいや、今のままでも十分すぎるっしょ。なんで異世界に居てスマホの電波繋がるんだって話ですし」


「そうですよ、王都のお店が軌道に乗ったのは如月さん自身のお力とやはりスマホの情報収集能力があったからこそです。特に映像がなかったらエステは失敗していたでしょうから」


 学院から玲二と雪音が戻ったのだが、普段よりかなり早い帰宅だった。先ほどの如月の<念話>は俺だけに発されたものではないので二人にも聞こえていたはずだ。それで帰りを早めたのだろう。

 俺としても非常に助かった。二人が居てくれると話に大きな説得力が生まれるからだ。


<二人ともありがとう。イリシャの説得に手を貸してくれると助かる>


<ああ、そのつもりで一旦帰ってきたんだよ。イリシャの奴、滅茶苦茶行きたがってたからな>

<ええ、ユウキさん一人では言い聞かせるのにも苦労されたでしょうし>


 俺の目配せにそう答えてくれた玲二たちの言葉通り、俺の隣にいる妹は二人への挨拶もそこそこに早く行こうよと俺の袖を今も引いている最中だ。


「イリシャ、期待しているところ悪いが、今日は君を連れて異世界に行く事はできないぞ」


「えっ……」


 世界が終わったかのような顔をする妹の瞳には涙が溜まり始めた。ああくそ、誰だ俺の妹を泣かせた奴は!

 イリシャはその宝石のような虹彩異色(オッドアイ)の瞳から涙がぽろぽろと零れ始めてしまい、俺は妹の機嫌を取るのに必死になった。


「あーまてまて、俺が悪かった。悪かったから落ち着くんだイリシャ」


「うー、約束したのに。兄ちゃん、すぐに連れてってくれるって約束したのに……」


 静かに涙を零す妹に俺は恥も外聞もなく慌てまくってしまった。すぐ後ろにはライカとキキョウもいるが、そんなことには構っていられない。何とか話をするために機嫌を直してもらおうとあの手この手で話しかけるが、イリシャはえぐえぐと泣くだけでお手上げだった。


「にいちゃんのうそつき」


「ぐはっ」


「「ユ、ユウキ!」」「お師様!」「師匠!」


 ――効いた。これ以上ないほどの痛みが俺を貫いた。

 これまでの人生の中で最も心に痛手を受けた俺は膝から崩れ落ちてしまう。皆が俺を心配して声をかけてきたが、妹からの嘘吐き発言は俺に計り知れないほどの衝撃を与えていた。


「ユウって時々信じられないほど兄馬鹿になるよね」


 騒ぎを聞きつけた相棒が俺の肩の上に乗って感情のない声で呟いているが、ほっといてくれ。

 しかし、シャオがこの場にいなくて助かった。もしいたらイリシャと二人で大変なことになっていただろう。



 せっかく玲二たちが来てくれたが、二人が活躍する前に話が終わってしまいそうだ。

 何故なら俺の顔なんか見たくないとばかりに此処から駆け出そうとするイリシャを抱きとめた救世主が現われたのはそんなときだ。


「まあ、イリシャ。そんなに泣いてどうしたというの? お姉ちゃんに理由を聞かせてちょうだい」


「ソフィアさま……兄ちゃんが約束をまもってくれないの。日本につれて行ってくれるっていったのにだめだって」


 ソフィアの胸に顔を埋めたイリシャは涙ながらに俺の悪行を姉に言いつけている。

 我が家ではソフィアを長姉としてイリシャとシャオで三姉妹という扱いだ。なのでソフィアは二人を目に入れても痛くないほど可愛がっている。ちなみにメイドのレナとイリシャも気が合うようだ。と言っても口数の少ないイリシャはレナの話を聞いている感じだが。


「まあ、約束をたがえるのは兄様がいけないわね。でもイリシャ、兄様はあれほど可愛がっている貴女を理由もなく傷つけるような事をなさる方ではないわ。なにが理由があるはずよ、ますはそれを伺ってみましょう」


 流石はソフィアだ。イリシャを宥めながら俺の話を聞いてみようという空気にしてくれた。見事の一言だ。

 俺は力なく立ち上がると近くにあった長椅子に腰かけ、その隣を手で叩いた。


「イリシャ、順を追って話すからちょっとここへ座りなさい」


「ん」


「まあ、イリシャったら!」


 俺は妹を隣に座らせようとしたのだが、なんと妹は俺の膝の上に座ってきた。いや、結構そういう事はあったけど……ソフィアよ、しれっと隣に座るお前も中々やるな。


「ほら、背中向けてたら話しにくいだろ、こっち向きなさい」


「むう……」


 俺の膝の上に座っていたので背を向けていた妹を抱き上げて振り向かせたが、まだご機嫌斜めのようで俺を目を合わせてくれない。頬を膨らませているその顔もとても可愛いが、口にしたら余計怒りそうだ。


「お前も知ってるだろうが、如月の力はユニークスキルによるものだ。そしてユニークスキルってのは現実離れしたとんでもない能力を持っているが、それと同じくらい使い勝手が悪いんだ」


 それも知ってるなと問いかけるとこくりと頷いた。雪音の<アイテムクリエイト>はその最たるものだろう。魔力依存でアイテムが創造できるという意味不明な能力だが、その代償に馬鹿馬鹿しいほどの魔力を要求してくる。俺と玲二という反則がいたので活用しまくっているが、普通にやったのではとてもではないが使いこなせるとは思えない条件設定になっている。

 同じくユニーク持ちであるライカも日常生活ではまったく縁がないし、戦闘でも危なすぎておいそれとは使えないと聞いている。


 そんな一癖どころか尖りまくっているのがユニークスキルなのだ。如月の<ワームホール>だけ大人しいとはとても思えない。

 そもそもこの能力で判明している事は異世界、特に日本と繋がっているらしい、ということだけなのだ。これまでは<ワームホール>の縁に触れた物は全て消失するという危なすぎる機能のせいで調べるのを全て後回しにしていた。どんな機能を持っているかなどの様々な検証をこれから始めるのだ。


 それらを行わずイリシャを連れて日本旅行へと洒落込めるはずがなかった。


「同じユニーク持ちの玲二と雪音に聞きたいんだが、<ワームホール>を使って何事もなく向こう側に辿り着けると思うか?」


「いやー、無理だろ。このスキルを設定した奴の適当さから見ても油断禁物だと思うぞ。意外と普通に行けちゃう可能性もあるだろうけど、準備は万端にしておいた方がいいって。俺のスキルは能力の倍加だけど、このままの流れなら次のレベルで256倍から512倍になるんだぞ? ぜったいまともに考えて作ってないって」


「レイと同感です。常識を超えた力ですが、明らかに私達に使わせる前提で設定していませんね。如月さんがたまたま現状でも使えるやり方を見つけただけで、本当は最大レベルにしないと使えない仕様にしているはずです。最悪の想定をして備えておくべきですよ」


「と、二人も言っている。だから今日はまずこの能力を調べる事からはじめないといけないんだ。お前を連れて旅行するのはもう少し後になってしまうな」


「うう。でも、だって、やくそくしてくれたもん……」


 まだ諦めがつかないのか、俺を見てぶつぶつ言っているイリシャだが、俺の心には新鮮な感動があった。あの聞き分けが良く俺に我儘一つ言わなかったイリシャが俺に文句を言っている。これまではどこか俺に遠慮をしていたように感じていたが、だからこそ己の望みを正直に口にしてくれた事は嬉しかった。


「兄ちゃん? きいてるの?」


 自然と口元を綻ばせていた俺を訝しげに見た妹の頭の撫でて軽く抱き締めた。驚いている彼女の耳元に口を寄せ、あとで少しだけ連れてってやるからと囁くと驚きで体を震わせた。


「ほんと?」


「みんなには内緒だぞ」


 嬉しそうにこくりと頷いたイリシャだが、もちろん隣のもう一人の妹には聞かれていた。私もお忘れなくと言わんばかりに体を寄せてくるので、なにが言いたいかは解っている。だが今はイリシャの機嫌を直すのを最優先としたいので少し時間をもらえないだろうか、ソフィアさん。



「解ったら神殿へ戻りなさい。イリシャの為すべきことしなくてはいけないよ」


「もどる」


 俺の膝から降りた妹は神殿へ戻るべく部屋を出て行った。何とか最悪の事態は防げた……と思いたいが、イリシャが居なくなった途端に俺の腕を抱きしめるもう一人の妹の圧が、凄い事になっている。


「いつもいつも兄様はイリシャとシャオにだけ甘すぎです。兄様の妹はもう一人ここにいると思うのですが?」


 ソフィアの言葉に雪音も然り、と大きく頷いている。果ては奥で固唾を飲んで状況を見守っていた弟子たちまで同意の視線を向けてくるが……俺は特別扱いしているつもりはないのだが。

 こういうときの俺の作戦はただ一つ。徒党を組んでいると思わせて実際は孤立無援だったと思わせるのだ。


「ソフィアも俺の妹だから甘やかしていると思うが? 雪音はどう思う?」


「そうですね。私から見れば十分すぎるほど特別に思えますが。ご自分が普通ではないと言うのなら、そこに堂々と座っている事実はどう説明されるのか気になります」


 俺の隣でべたべたくっついている現状はどうなんだと責められるソフィアだが、指摘を受けるとさも当然とばかりに俺にもたれかかってきた。


「妹が兄に甘えているだけですもの。これくらい普通ですわ。ですが兄様もお忙しいでしょうから、出来る妹はあまりお邪魔しないでおきましょう」


 そう告げて颯爽と立ち上がったソフィアは奥で控えていた双子メイドを引き連れて去っていった。見事な撤退である。不利を悟って撤収したのに負けたような空気を感じさせない手馴れたものだった。ソフィアも色々と学んで強くなっている今日この頃である。



「さて、俺はこれから少し忙しいから相手はしてやれん。今日の清算だけやっちまうぞ。戦果はライカが28匹でキキョウが34匹だから、金貨と素材どっちがいい? ああ、解ってるだろうが、俺は暇じゃない余計な問答は要らんぞ」


 手数で言えばライカの方が多かったが、精度が甘くて何度か食いしばられていた。一方でキキョウは一撃一撃を精密に行っていたので、撃破数では彼女のほうが高い結果となった。

 あのレッドオーガは意外と訓練相手としても評価が高い。確実な一撃を叩き込まないと復活するから集中して狙いをつけないといつまでたっても終わらないのだ。

 


「……金貨でお願いします。その、なんと申し上げていいか……」

「お師様の恩情を有難くお受けいたします。私も金貨で頂けると嬉しく思います」


 いつもなら”受け取れません、いいから取っとけ”的な小芝居があるのだが、時間が押している事を理解している二人は申し訳なさそうにそれぞれ大量の金貨を受け取った。


「半日で金貨500枚近く稼いじゃうんだもんなぁ。皆がダンジョンに行きたがるわけですね」


 姉の手にある大きな金貨の袋を見たカオルが溜め息を漏らすが、俺を基準に考えるのは止めた方がいいだろうな。


「俺の場合は一人かつ魔法主体だからな。パーティー組んだら分け前は分配だし、本来なら消耗品の補充や武器防具の手入れなんかで金が飛んでゆくし」


 稼ぎ特化の戦い方をしているからここまで顕著に出ているが、その分失ったものもある。共に冒険に挑む仲間など望むべくもない(もちろん玲二達は別枠だ)し、冒険者仲間と共にランクを上げてゆく事も夢のまた夢だ。別に欲した訳ではないが、もし違う道を選んでいたらどうなったか、気になる所ではある。


「もしそんな運命があったとしたら、ユウはまだ幽霊のままだと思うけどね」

 

 相棒が俺の耳の側でそう囁き、その正論にこちらは苦笑を漏らすことしかできなかった。




「さて、じゃあ試してみるとしようか」


「とりあえず起動してみるよ」


 如月の言葉通り、彼のすぐ側に2メトル程度の大きな穴が忽然と現れた。その奇妙な穴は薄紫色をしており、一見すると非常に怪しい空間である。この先が日本へと繋がっていると聞かされても素直に頷くのは難しい。


「扉みたいな形をしている穴だが、如月の意志で形は変えられるのか?」


「そういわれれば意識した事なかったね。やってみるけど……意外と応用は効くみたいだ」


 俺達の見ている前で扉のような長方形だった穴が形を変えてゆく。円形、台形と様々に変化するが、一番驚いた事が、その大きさは更に拡大が可能だった事だ。


「マジか! 5メートルくらいまで広がってるじゃんか! 広がるんならそう教えてくれればこんなに大変な思いをしなくて済んだのによ」


 少し離れた場所で俺達を見ていた玲二が叫んでいるが、確かにさっきより穴が大きくなっている。


「今まで出来なかったって話だったよな?」


 大きさが変えられるなどこれまで聞いた事が無かったし、もし出来ていたら如月が自分のスキルが皆の役に立っていないと此処まで思い悩む必要もなかった。


「うん、一度もこんなことはなかった。最高レベルに至ると大きさも形も自在になるんだと思う」


 最大で穴が10メトル以上にまで広がった事を確認して次の確認に移る。


「おお。縁に触れると相変わらず消滅するな。ここは絶対に触れないようにしないと」


 これまで彼のスキルの検証を躊躇わせてきた一番の理由が穴の縁に触れた物が全て消滅する現象は健在だった。今は穴を大きく来る事で安全に通れるが、小さかった頃は屈んでなんとか入れそうな穴であってもその危険性が二の足を踏ませてきた。


「いざとなれば攻撃手段になりそうだ。どんな強敵だって<ワームホール>を小さく展開して触れさせちまえば相手は消滅だ。これは必勝の作戦だな、使う機会はなさそうだが」


「そう願いたいね」

 

 俺の如月は顔を見合わせて苦笑した。これまで安全ににやってこれたが、その道行が平穏無事とは言いがたかったからだ。



「じゃあ本題だ。<ワームホール>の中に入ってみる」


「いや、ユウキ。確かめるのは僕の役目だろう。自分のスキルなんだからさ」


 中に入って出口を探そうとする俺に如月が待ったをかけた。その理由も納得できるが、俺が頷かなかった。


「だがこの中では何が起こるか解らない。危機対処能力なら俺が一番優れているから、ここは俺が行く。皆に危ない真似をさせるつもりはないぞ」


 ダンジョンでは常に危険と隣り合わせだ。そこで生き延びている俺はこの中では生き延びる力は高いだろう。この先では何が起きるか解らない、俺が行く事を譲るつもりはなかった。


「わかったよ、ユウキには色々頼んでばっかりで申し訳ないね」


「普段は俺が如月にそう思っているから、おあいこだな」


 とりあえず万が一に備えて食料や水の入ったマジックバックを手に持った。スキルが封印されるとは思わないが、万が一の対策をしておくべきだろう。


「じゃ、行こかー」


 気の抜けた相棒の声と共に意を決して穴の中に入る。別に無理して付いてこなくても良かったのだが、俺が心配で同行してくれるようだ。なんだかんだ言ってリリィは面倒見の良い相棒なのだ。


 穴の中はなんとも言い難い場所だった。藁の上というか、微妙に柔らかい空間を暫く歩いてみるが……出口らしきものが見当たらないな。


<とりあえず入ってみたが、この中自体にはそこまでの危険はなさそうだな>


 ちゃんと空気もあるし、毒が充満しているわけでもない。


「そだね。光もないのになんか明るいのはダンジョンと同じ理屈なのかも」


 周囲を見渡しながら先を進む俺たちだが、しばらく歩いてもまるで先が見えない。


「出口、ないねぇ」


「そうだな」


 ゆけどもゆけども薄紫色の奇天烈な世界が広がるだけでなんの変化もない。本当に異世界へ繋がっているのだろうか?


<ねーねーキサラギ。スキル使ってて何か感じたことない? こっちはこのままだと変化なさそうだよ?>


 相棒が‹念話›で如月に聞いているが、俺としても皆の知恵を借りたい所だ。確かに埒が明かなそうである。


<そうだね。魔力消費は感じるけど、特にそれ以外はないかな>


<うーん、何かヒントがあると思うんだよねえ。だって今のままでも電波は日本と繋がってるのは確実なんだし>


 そう言って自分の”すまほ”を取り出した相棒は電波を受信している表示を見て頷いている。


<我が君とリリィ。少し良いかな? 今、セラ大導師とともにいるのだが、興味深い助言を頂いた。大導師もよく使われる転移魔法だか、あれば移動したい場所と場所を座標で繋いでいるのだという。もしや如月殿のユニークスキルも同様の事が言えるのではないかな?>


 レイアからの<念話>に思わず唸る。確かにその通りで、なんで俺も思いつけなかったのだろう。やはり頭の出来が違うんだろうな。

 ここでいくら歩いても出口が見えてこない以上、いろんな事を試す意味はある。


<それいいかも。<ワームホール>が異世界をも繋ぐ力があるなら、入り口と出口くらいはあるはずだしね。キサラギは出口のイメージ持ってた?>


<いや、ごめん。てっきり何処かに勝手に穴が開いてると思いこんで何もしてなかったよ>


 そう謝罪する如月だが、もともと今回はそういったことを調べるための行動なのだから気に病む必要はない。


<如月、聞いてのとおりだ。ものは試しだ、やってみてくれないか?>


 解ったよ、と返事をするやいなや、突如として俺の目の前に黒い大渦が出現する。漆黒の大渦は全く見通すことができず、この先に何があるのかは窺い知ることができない。


「またいきなり現れやがった。いかにもな出口だな」


「鬼が出るか蛇が出るかってやつだね」


「リリィ、一応中に入っておいてくれ。跳ばされるとしても離れ離れになりたくない」


 ごくりとリリィが息を呑む音を聞いたが、俺のことだからどうせろくな事にはならないのはわかっている。相棒を懐の定位置に押し込むと色々諦めて穴の中に入ってみることにする。


「おっけー、覚悟決めたられっつごー!」


 この期に及んでも気楽なリリィの声に僅かな安堵を覚えながら俺は世界を隔てる黒渦に飛び込んだ。



 直後、俺は鬱蒼とした木々の中に居た。


「ここは、森の中か?」


「そだね、でも一体どこの森なんだろ? 前も転移させられて森の中ってあったしね」


 そういえばレン国での休暇も始まりは死の森と呼ばれるとんでもない場所だった。だがその近くでメイファとシャオに出会えた事を思えば悪い事ばかりでもなかったが。


 だが、今回は前とは明らかに違っている事が一つある。


「この感じ……ここ、魔力があるぞ!? 」


「ほんとだ! 日本に魔力があるなんて聞いてないけど……でも結構薄いよ? これじゃ自覚できなくても仕方ないかも」


 魔力の存在に驚いてしまったが、確かに言われて見れば”向こう側”ほどで皆無ではないが、俺達の世界からすれば半分以下の量に過ぎない。


「それになんか熱くないか? 気温が大分高い気がするんだが?」


「たしかにそうかも。<適温調整>があるからあんまり感じないけど」


 俺達の世界は初春に入ったばかりで、油断をすると風邪を引いてしまうような寒さであるが、ここは汗ばむような陽気だった。まさか南国なのか? いや、だがここは日本のはずだが……



<ユウキ! 大丈夫かい!? 僕の声は届いている?>


 その時、俺達に如月からの<念話>が届いた。


<ああ、聞こえている。いきなり森の中に居るんだが、如月はどこか目的地を指定したのか?>


<ああ、良かった。ちゃんと会話が出来るんだね。いきなり大都市の真ん中に放り出されても困るだろうし、僕の本家がある田舎の森を思い浮かべたんだけど……そこ、何処だい? そんな鬱蒼とした森じゃなかったと思うんだけど>


 何処って言われても俺に地理が解る訳ないだろうに。困った時はいつだって<マップ>が助けてくれた……って嘘だろ! 普通にスキルが使えてるんだが。そういや<念話>も使えてたな。

 ためしに魔法で水を出してみたら、何の問題もなく手から水が出た。異世界でも魔力があれば普通に魔法は使えるようだ。


「ユウ、先に現在地確認しないと。魔法はあとでもできるしさ」


 リリィから当然の正論で諭された俺はもう一度<マップ>を使い、縮尺を用いて自分が今何処に居るのかを把握しようとするが……所詮記憶喪失の俺である。地名など分かる筈もない、仲間と<共有>で視界が繋がっていてよかった。

 如月が頑張ってくれている間、俺は風魔法で飛び上がり周囲の景色を見渡した。記憶なんざない癖に不意に懐かしさを感じてしまうのは、やはり此処が故郷だからだろうか。

 いや、もう既に俺にとっての故郷は異世界(アセリア)だ。あそこには俺の帰りを待ってくれている家族がいる。生れ落ちたのがこの世界であっても、骨を埋めるのはアセリアでと決めている。


 既に俺はくそったれな結城源一郎などではなく、冒険者ユウキなのだから。



<ここは長野の山奥だね。本家が山梨だから結構離れちゃってるね。ちゃんと本家の近くの森をイメージしたんだけど>


 地形で現在位置を確信した如月だが、思っていた場所とはかなり距離があるらしい。


<魔法もそうなんだが、念じるとか想像するってかなり個人差出るから、頭の中にそのまま思い描くのはあまりお薦めしないな。セラ先生も転移魔法使う時は座標軸で設定してるって聞いたことあるぞ>


<なるほど、この場合は緯度経度だね。確かにそれなら間違えようもない>


 この場合の問題は、目的地の座標を正確に把握している必要があることなんだが……これは未来への課題って事でいいだろう。少なくとも彼のユニークスキル<ワームホール>は確かに日本への道を拓いた。



<ユウキ、北に30キロほど行くと小さな街があるんだけど、様子を見てきてくれないかい? まさかと思うけど、大昔になってるとかあるかもしれないし>


<そんな馬鹿な、って笑い飛ばせないのがユニークスキルだからな、気持ちは解るよ>


 スキル関係がそのまま使える恩恵は果てしなく大きい。俺は風魔法で森から抜け上空へと舞い上がるとその場で空飛ぶ絨毯を出して移動を開始した。飛行魔法などという上品なシロモノはないし、この世界の魔力総量では永続的な使用は難しいように思われた。


 空飛ぶ絨毯は燃費は最悪だがかなりの速度が出る。空気抵抗を<結界>で防げば快適な空の旅が楽しめるが、今回はさほどの時間をかけず目的の小都市が見えてきた。


<如月、もっと近づいた方が良いか?>


<ああ、大丈夫だよ。僕たちの住んでいた時代である事は間違いないと確信できた>


 俺と視界を<共有>しているとはいえ、何をどうやって判断したのか気になったので後で聞いたら、眼下を走る車の車種が最新型だったとか。

 とにかくこれで現時点で必要な情報はすべて得られたと言っていいだろう。



<じゃあ一旦戻るわ>


<ええーっ、せっかく日本来たんだし、ちょっとは遊んで行こうよ! 聖地巡礼とかしたーい。コンビニ探そうよ、一番くじ引きたい!>


 念願の日本に来た事で欲望全開になっている相棒を懐に押し込んだ。彼女はかなり人間臭いが妖精なので人間と些か価値観が違う。


<また後でな。今の俺達じゃ日本にきても何もできないぞ。今はこっちで使える金さえ持ってないんだからな>


<あ、そっか。グッズ買い占めたくても先立つものがないか。早速金策しないとね、金貨とか換金すればいいんじゃないの?>


 それもおいおいな、と告げて如月の元へ帰ろうとした俺達だが、ここからが実に難儀した。


 それからスキルの詳細を把握すべく幾度も世界を行き来したのだが、想像以上にポンコツスキルであったことが判明した。転移座標がブレまくるのだ。世界を渡れるという能力だけで十分ぶっ壊れなのは理解しているが、それ以外の点が残念すぎた。


 一番酷かったのが穴を通り抜けたら海中だった事だ。それもかなりの深海で、水圧に潰されそうになるわ酸素は足りないわで本気で命の危険を感じたほどだった。

 更に空中に放り出されるわ、雪の中に埋もれるわで大変な目にあった。ダンジョンだってこんな身の危険を覚えたことがないほどの大冒険を繰り広げる羽目になってしまった。


 それにいつもこういう時助けてくれる玲二と雪音の助力がないことも響いた。二人は日本に対する未練が一欠片もなく、イリシャを説得したら玲二は学院に戻ったし雪音は店の方に向かってしまった。

 二人は常々何故日本になんか絶対に戻らないと公言していたから俺達の検証作業にも素っ気ないのだ。

 如月本人も別に日本に戻りたい訳ではないが、自分のユニークスキルを使いこなせるようになりたいという思いと妹達が絶対行く! と意気込んでいるので付き合ってくれているに過ぎない。

 

 この件もいずれなんとかしてやらんといかん。どんな理由があれ、自らの故郷を愛せないというのは悲しいことだ。嫌な思い出が多いなら、それ以上に楽しい記憶で埋め尽くしてやればいい。

 そのための様々な力を今の俺たちなら持っている筈だ。



 しかし結局、日が暮れても事態は一向に改善ぜず見かねたセラ先生が俺達に助言をくれた事でなんとか実用に耐えられる水準まで持ってゆくことができた。

 俺の先生への敬意が更に増すことになった一件である。あー、疲れた。


「全く何してんのよ、休めるときに休まないなんて冒険者失格よ」


「うるせー、最優先事項だったんだよ、文句言うと連れてかないぞ?」


 長椅子で伸びている俺を見たエレーナが苦言を呈したが、俺だってダンジョン攻略の休日にこんなことになるとは想像もしてなかった。イリシャが気づかなければ黙っていて他の日にしていただろう……妹を騙すのは無理な気がするが。



「とーちゃん、くたくた?」


 シャオが長椅子に寝そべってだらけている俺の頰をつんつんしてくる。

 普段なら抱き上げて娘をあやしている所だが、今はその気力さえ沸かない。

 朝一の探索と今、一日2回もへとへとになると容易には気力は回復しないのだ。


「シャオ、兄ちゃんは今日とってもがんばったからほめてあげて」


「そーなの? とーちゃんすごい、えらい!」


 わたわたと俺の体を叩いているだけの娘だが、そんなのでも元気が出てくるから不思議なものだ。


「わたしもやる。兄ちゃんがんばった。えらいえらい」


 二人からの応援を得た俺は大いに回復し、二人を抱き上げると妹の顔を覗き込んだ。


「イリシャ、昼間の約束は覚えてるな?」


 俺の囁きを聞いた妹の顔が輝いた。


「いいの?」


「色々と準備しなきゃいけないから、例の場所はすぐつれていってやれないが、夜の空中散歩くらいならお安い御用だ」


「行きたい!」「シャオも!」


 元から娘を置いていったら屋敷に惨状が広がることは分かりきっている。ソフィアも一緒にと思ったが、今は通話石で友人達との語らいの最中だから後でいいだろう。



 こうして俺達は<ワームホール>を使いこなすことに成功し、日本というか地球と自由に行き来することが可能になったのだった。


 余談ではあるが、異世界ではけしてみることのできない都市部の宝石のような夜景を堪能した俺達だが、帰還するとソフィアや雪音達が順番待ちの列が作っており、もう人働きする羽目になってしまった。



 因みに夢の国へ向かう件も最優先であることは変わりはない。何しろソフィアとイリシャはすでに玲二を抱き込んで案内させる約束を交わしている。


 とりあえず俺はダンジョン攻略したら日本円を金策するかな。クラン会議やらもあるし、のんびりする暇はあまりなさそうだ。




楽しんで頂ければ幸いです。


遅れまして申し訳ありません。ちょいと難産でした。


今回の話を少し補足しますと如月のスキルは任意の場所に繋げることが出来る能力です。どこ○でもドアと思っていただけると。これまでは小さすぎてまるで使えませんでしたが、これからは活躍?します。転移環の強化バージョンなので座標さえ解ってれば世界中はおろか異世界にさえ出かけられます。日本と繋がっていたのは使用者が日本人なので無意識で故郷と繋いでいたからです。


 多分作中で触れないとは思いますのでここで書いておきます。


 次からはダンジョンに戻ります。夢の国関連は玲二君主人公の新作になると思います。(その場合こちらが遅れるジレンマがあります)


 もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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