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獣神の宮 11

お待たせしております。



「師匠、ししょー、稽古をつけてください!」


 ダンジョンの探索を3日に一度休みを入れると決めていたので今日は休養日だ。折角の休みだというのにライカは俺に修業を付けろと言ってきた。


「お前、休める時にちゃんと休むのも冒険者の仕事の一つだろ。第一、そんなに修業熱心だったか?」


「えー、だって師匠は自分からお願いに行かないと絶対に稽古つけてくれないじゃないですか。一緒に居られるこういうときを狙っていかないと」


 朝食を終えてリーナたちが獣王国のバザールに繰り出そうとしているのを尻目にライカは俺にまとわりついている。

 余談だが俺達が休みを入れるために一旦戻る事を依頼主のラナたちも知っているので昨夜の内にある程度の報告を済ませている。


「ライカおねーちゃん、とーちゃんとあそびにいくの? シャオもいく!」


 転移環で神殿へ出かけていったイリシャを見送っていた娘が俺達の会話を聞きつけて飛び込んできた。


「違うわ、シャオ。師匠に私をもっと強くしてもらうのよ」


「ほんと? とーちゃん、シャオもいっしょにつよくなる!」


 ライカが変な説明したからよくわかってない娘が妙に乗り気になってしまった。


「シャオは俺が守るから別に強くならなくても大丈夫だぞ。それとライカ、今日は俺にも予定がある。悪いがお前に付き合ってやる事はできない」


「えっ、師匠。予定って今日はお休みだって言ってたじゃないですか」


「確かに今日は休養日に指定したが、それはお前達を休ませる日であって、俺は普通に仕事する日なんだよ」


 特に冒険者稼業が浅い姉弟子とリーナは今日は絶対に休ませないといけないほど精神的な疲労が溜まっていたが、あの二人の性格からして予め決めておかないと休めと言っても簡単には従わなかっただろう。

 だが俺にとってはむしろダンジョン探索の方が休養だった。大分気分転換になったから今日はがっつり働かないといけない。


「えー、そんな、せっかく師匠と一日一緒に居られると思ったのに」


「いいから他で遊んでこい。最近はラインハンザがお勧めだぞ。都市改造が始まったんだが、まず最初に富裕層向けの店が色々造られたそうだ。金持ってる奴等には楽しい街になったみたいだしな」


 俺も話を聞いただけでまだ赴いてはいないのだが、歌劇場や賭場など色々と権利関係で後々面倒臭くなりそうな奴を真っ先に”クロガネ”先導で造ったらしい。エドガーさんや親分さんから少し話を聞いただけだがライカール一の規模を誇るルーカスさんのシュタイン商会が全面的に協力しているから恐ろしく話と行動が早いそうだ。


「でも”緋色の風”のみんなはまだ起きてこないし、シズカもユウナさんとどこか行っちゃったしなぁ。カオルと出かけるのもなんか嫌だし」


「僕だって休みの日くらい姉さんの子守はしたくないよ」


 いつの間にかすぐ側に来ていたカオルが姉を睨みながらぼやいている。ちなみに”緋色の風”の4人は昨夜はダンジョンで夜営を初体験した。交替で見張りを立てて夜を明かしたようだが、モンスターの徘徊するダンジョンで慣れない夜営をこなした事で予想以上に精神的に疲れたようだ。全員が風呂と飯を食べたら改めて寝入ってしまった。昼近くまで起きてこないだろう。

 シズカはユウナに連れられて新大陸のスカウトギルドに用があるとか。オウカ帝国の大貴族であった千住院家の諜報部門を束ねる家の長の娘である彼女にとっては将来のために色々と顔を繋いでおきたい思惑があるようだ。ユウナが何故かこっちに許可を求めてきたが、俺に否やがあるはずもない。


「なんだよ、二人揃って休日にやることがないってのも締まらない話だな。二人の相手はしてやれないが、一緒にダンジョン行くか? ひたすら入口で敵を狩るだけだからスキル封印とかの身の危険はないしな」


「いいんですか!? 是非ともお願いします!」「なんで弟子の私よりあんたの方がうれしそうなのよ」


 ぶつくさ言う二人を引き連れて俺は既に幾度と無く足を運んだウィスカ31層へと転移環で移動するのだった。




「師匠、今日はもう宝箱の回収は終わってるんですよね? さっきまでお寝みでしたし」


「ああ、だから今日は稼ぐのが目的だよ。なんだかんだ効率でいえばレッドオーガが一番実入りがいいからな」


 何しろ倒せば確定で魔石を落とすし、上手くやれば複数個落としてくれる。さらに通常のドロップアイテムまで見込めるので絶対数の少なさを差し引いてもこいつが一番儲かるのだ。

 次点で金塊銀塊を落とすゴールドマンとシルバーマンだが、奴等が出現する26層まで到達するのに2刻(時間)は見なくてはいけないし、やはり純銀と純金は買い取りの面で喜ばれない。セリカ、というか国に納品するなら問題ないが、ある程度良い目を見せてやらなくてはいけないギルドにとっては国に換金するだけの全く旨みのない品だ。それならば魔石や様々なドロップアイテムが手に入る他の層を選んだ方がいい。


「スキル封印攻撃が来たら僕たち完全にお荷物ですよね? やっぱり邪魔だったんじゃ……」


 一昨日モミジが激闘を繰り広げたレッドオーガが群れを成している危険地帯である事を思い出したカオルが身を震わせているが、入口付近に居れば問題はない。


「封印攻撃をするシャドウストーカーはもう少し奥に行かないと出てこないから大丈夫だ。あの野郎、こっちが戦闘に入る瞬間とか、角を曲がった途端とか避けられない絶妙な時を狙ってきやがる。入口付近ならそこの宝箱に入っていた帰還石で撤退できるから無駄撃ちしてこないのさ」


 俺は既に今朝開けたので既に空の宝箱を示しながら二人を安心させた。


「あ、師匠。良ければ今日の戦利品を整理しておきますよ。弟子として雑用くらいしてみせます」


 ここ最近皆に頼んでいるアイテム整理だが、<アイテムボックス>に順に突っ込んでいるだけなのでスキル内に整理の項目もあるのだが、<鑑定>していないので”長剣”やら”宝珠”やらの表記しかないのだ。

 中身を調べる為にはい一度取り出して調べてみる必要があるのだ。

 もちろんその際に鑑定眼鏡が大活躍している。この眼鏡も既に二桁以上手に入っているので主だった者達には渡し始めていた。もちろんライカもその一人である。

 こんな貴重な魔導具が二桁も手に入っているのに目当ての宝珠はまだ一種類だけとか……いくらなんでも確率が低すぎる。宝箱を全て回収しているから取りこぼしもないし、最初から入っていないのだ。


「それって姉さんが真っ先にお宝の中身知りたいだけでしょ……いたっ」


 黙ってなさいと姉の暴力に曝されたカオルに今朝の収穫を詰め込んであるマジックバックを3つ渡した。毎日宝箱を千個近くあけているのでこれくらいの量になってしまうのだが、二人の視線に呆れが混ざっているのを見逃さなかった。取れるものを全部回収してなにが悪いんだよ。

 


「よろしく頼む。駄賃として好きなアイテム見繕って良いぞ」


「ええっ。悪いですよ、こんな凄いアイテム戴けません。もしそうであってもちゃんと代金をお支払いますから」


 そんなことできません、と手を振って拒否するカオルだが、隣の姉は何処吹く風だ。


「私の武器もバージョンアップしたいし、シズカの短剣もそろそろもっと良い奴に交換したいのよね。カオル、弓と探検を優先的に探すこと。いいわね?」


「姉さん! ユウキさんに失礼だよ」


 顔を赤くしてかなり本気で怒っている弟に姉は何を言っているのこのお馬鹿はと言いたげな顔をした。


「師匠がそんな事でお怒りになるはずがないじゃないの。むしろ師匠のお心遣いをお受けしない方が失礼にあたるわよ。全く、私以上に目をかけてもらっているのに何も解ってないわねカオルは。やっぱり弟子にしてもらってないから師匠のお心の機微までは読み取れないのかしら」


「ふーん、そう」


 私って、師匠に特別愛されているからと寝言を吐き出した馬鹿弟子への制裁はカオルがやってくれた。無表情で姉の頭を叩いたカオルは……かなり怖い。やはりカオルは怒らせてはいけない相手だと再認識した。


「カオル! 姉に向かってなんて事を……えっと、お、怒ってる?」


「別に。普通だよ、姉さんがユウキさんに特別愛されているとか幻聴が聞こえて気分が悪くなっただけだから。あれだけあの人に迷惑をかけている姉さんが愛されているとかありえるはずがないもんね」


「わ、私は師匠の弟子として……あ、整理しないと」



 不穏な空気を醸しだしている背後の姉弟を極力気にしないようにして俺は作業の前準備を整えた。

 ここでも大活躍するのが誘引香である。既に王都の雑貨店”家鴨亭”にはこの魔導具を作成している職人に何千個でも作ってくれればその分だけ全て買い取ると伝えているし、手付けとして金貨200枚を渡してあるから俺を最優先にして作ってくれている。

 だが俺にとってはそれだけの価値ある品だ。1つ金貨1枚もするが、千倍近い見返りになって帰ってくるのから堪らない。だがこれを使いこなせるのは多分俺だけだ。

 ただでさえ再出現の異常に早いウィスカのダンジョンで更にモンスターを引き寄せる効果を持つこの香を焚いていると前にギルドの受付嬢たちに話したらドン引きされた。

 それくらいしないと俺が行う納品数にはならないと納得してはくれたが、よく生きてますねと全員から真顔で言われてしまった。場所と敵、更に使う魔法をちゃんと選べばそこまで大惨事にはならないと思うが、これは俺が一人で潜っているからだろうな。これがパーティーを組んで戦闘していたら一つの失敗でずべてが瓦解しかねない危険な行為に違いない。普通なら敵に飲み込まれて終わるだろうな。


「始めるか……あと数回は続けなくちゃならんだろうし」



 31層に出現するレッドオーガは1集団が最大で7匹とこれまでに出現した敵に比べてかなり数が少ない。数十匹が当たり前のようにガンガン湧いてくる他の層とはかけ離れているが、あんなデカブツがわんさかいたらそれだけで通路が渋滞してしまうから、ダンジョン製作者が配慮したのだろう。

 そのせいで敵を待ち構えるとなるとあまり敵が寄ってこないのが現実だ。増援もあまり遭遇しないからこっちから呼ぶ場合は誘引香で誘わないとそもそも敵が現れない。

 これが攻略ならこっちから敵に向かうので嫌でも遭遇するが、その場合はスキル封印攻撃を受けるのが前提になる。

 今はそれがまずいのだ。今日は稼ぐ日だとライカたちには告げたが、より正確には金を稼ぎにきたのではなくレベルアップに必要な経験値を稼ぎに来たのだ。


 目的はもちろん如月のユニークスキルと最大にまで上げる事にある。既に二人の妹はその日を今か今かと待ち望んでいるし、二人の期待に満ちた目を向けられて面倒だから後で良いか? と口にできるはずがない。

 こうなればさっさとレベルを上げて終わらせればいいのだが、話はそう簡単ではない。俺は全くそんなことはないのだが、稀人の玲二たちは所持ポイントが多ければ多いほどレベルアップ時にポイント貰える確率が下がるようで、前回など700レベルほど上がったのに得られたのは僅か2ポイントのみという悲惨な事になっている。あと10ポイントで到達なのだが、今日丸一日費やしてもとても貯まるとは思えない。

 そのレベルアップには所持スキルの<経験地アップ>が欠かせないのでスキル封印されないようにこちらから待ち構えてレッドオーガを倒してゆく必要があるというわけなのだ。


「お、来やがった。二人とも奴の咆哮は煩いから周囲に<消音>使うぞ」


 誘引香の効果か、今日は特に何もしなくても現れたレッドオーガの集団を視界に捉えた俺は後ろでアイテム整理をしている二人に声をかけた。


「お願いします。一昨日のアレは本当にびっくりしましたから」


 あの時を思い出したのか苦笑いするライカだが、今回はもっと煩いぞ。なにせ6体全員が叫びやがるからな。

 叫ばれる前に倒せれば一番いいのだが、連中の咆哮は俺を視界に捉えた瞬間に放ってくるのだ。恐らく声が届く距離が全て効果範囲なんだろう。何度でも発動する食いしばりと言い、つくづく厄介な敵である。


「まあそんな奴等をただの経験値の塊をとしか見てない俺も他人の事は言えないか」


 既に俺が放った土の槍が全てのレッドオーガの頭蓋を貫いて奴等は断末魔さえ残せずに塵と消えていった。いつも通りドロップアイテムを<範囲指定移動>で回収しながら、香に誘われたか咆哮によって敵を察知した新手に向けて魔法を放つ。


 こうして今日も金と経験値を稼ぐ俺のお仕事が始まった。




「いつ見ても師匠の魔法は凄いです。威力は何とか追いつける気はしますけど、あの速度と精度は真似できそうにないです」


「100メトル以上はなれた相手の頭を正確に撃ち抜いてますよね。それも放ったと思ったら次の瞬間にはもう命中してるし、なんか僕たちの使う魔法とは全く別物みたいに思えます」


「お師様の弟子としてその技量の深淵に近づかなくてはならないと常々思っていますが、己の未熟を恥じ入るばかりです」


 今、俺達は30層のボスの間で昼食を取っていた。誘引香の効果時間はきっかり一刻(時間)なので時間経過を把握するのは容易い。俺もいささか空腹を覚えてきた所なので、一旦切り上げて昼餉を楽しんでいる最中だ。

 今日の陣容は各種の握り飯だ。海苔と呼ばれる海草を固めた紙の様な食材はオウカ帝国に現物はあるが、白米がこっちには存在しないので一昨日のカレーもそうだがここに居るオウカの民には非常に好評だった。

 そしてこの場にはキキョウも加わっている。目が醒めたらライカだけ連れてダンジョンにいると聞いて追いかけてきたのだが、その場で見たのがひたすらアイテム整理をしている姉弟の姿だったので無言で彼女を手伝いだした。


「キキョウはともかくライカはそもそも魔法を使ってないだろ? 全部スキルの能力なんだから、色々弄れそうなもんだがな」


「今度見てくださいよ。自分じゃよく解らなくて……」


「ユニークスキルはおまえしか使えないんだから自分自身で探るしかないぞ。他人の理解が及ぶ範疇じゃない。俺としてはキキョウの方が教えやすいな」


 皆で玲二が握ってくれた握り飯を頬張りながら俺は思いかけぬ酸っぱさを感じて目を見開いた。これは……梅干しか! 一瞬で記憶が蘇ったぞ。


「あ、それ噂の梅干しってやつですか? ひと口ください!」


「あ、姉さんなんてことを!」


 驚きに固まっていた俺の手から奪い取ったライカが食べかけだった握り飯にかぶりついた。お前……それはいくらなんでも。


「ライカさん。それはオウカの淑女としてあるまじき行いです。12神将筆頭の位にある貴方といえども、看過できることではありません!」


 おお、珍しくキキョウが激怒している。珍しい食べ物であっても人の手から奪い取るのはなしだろう。まったくライカは何を考えているんだ。

 だがここはキキョウが諭してくれるだろうと期待していた俺の目論みはあまりにあっさりと崩れ落ちる事になる。


「あ、ごめんなさい、私ばっかり。キキョウさんもどうですか? ほら、この部分なら」


「そ、そうですね。書物にのみ残る梅干しの味を試してみるのも悪くありません。まあ、確かにこの味は……」


「キキョウさん! あなたまでなんてことを!」


 妹弟子にあっさりと篭絡されたキキョウも先ほどまで俺が食っていた握り飯を口にしている。二人揃って梅干しにそこまで興味があったのか。玲二がわざと中身を見えないようにして作っていた(これまでは中の具材を上にのせて解るようにしていた)ので何が入っているのかと楽しめていたのだが、べつにウメボシはこれ一つだけじゃないと思うぞ。


「もう、二人して! もう少し慎みというものですね! よりにもよってユウキさんのを!」


 オウカ帝国の未来を支える大貴族の跡取りとしての矜持がそうさせるのか、ぷりぷり怒っているカオルの手にも珍しい具材があるようだ。


「お、カオルの具はなんだそれ? 見慣れないな」


「えっ? はい、これはねぎ味噌です。玲二さんってこういうところ細かいですよね。僕もこの具は初めて食べます」


「へえ、面白いな。一口くれよ」


 そう断った俺は彼の手にある握り飯にかぶりついた。二つの食材の複雑な味わいが口に広がる。流石玲二、実に美味い。俺と同じ<料理>スキルレベルなのに雲泥の差があるな。


「あーーっ!!」「お師様! そんな」


 何故か弟子二人が変な声を上げている。さっきは俺の握り飯を奪い取って食べていたくせに俺がやったら声を上げるとは変な奴等だ。カオルに同意を求めようと彼を見たら、こちらの不思議で何故か顔を赤くしている。怒っている訳ではないだろう。べつに握り飯はまだ山ほどあるし、これが最後のひとつでもないからだ。

 しかも妙に照れているのか? その割に嬉しそうにも見える。

 なんだ? 何がどうなっているんだ?


「カオル! あんたどういうことなのよ!?」「これは話し合う必要がありそうですね」


「大袈裟だよ、二人とも。大したことじゃないって」


「さっきまで自分が言ってたことと全然違うじゃない!」「やはりお師様は私達より……」



「今日は賑やかな昼飯だなあ」


 殺風景なボスの間にかしましい声が響く中、俺は茶を啜るのだった。



<ユウキ、ちょっといいかい!?>


 午後はせっかく弟子二人も揃ったんだし彼女達も攻撃に参加させつつ仲良くレッドオーガを塵に帰していた。既にライカもキキョウもこいつらを一撃で屠れる威力の魔法を扱う事が可能なので心配はしていないが、倒すのにかなりの精神集中の”貯め”時間を必要とするので敵集団を相手取る事はできない。

 だが俺の側でひたすら見学するより気が紛れるだろうから参加させている中、如月からの<念話>が入ったのはそんなときだった。


 彼は今自分が経営する王都の喫茶店にいるはずだ。


<今戦闘中だが、駄目って訳でもないぞ。どうかしたのか?>


 常に落ち着いている印象がある如月の声はかなりの焦りを含んでいた。珍しい事もあるもんだなと思いつつも、スキルを<共有>している俺達はスキル封印でもされない限り毛ほどの傷をつける事だって難しい。身の危険を感じている訳でもないだろうに、なにがあったのだろうか。


<今自分のステータス欄を覗いたら、ポイントが貯まっていたんだ! とうとう僕のユニークスキルが最大までレベルが上げられるよ!>


<は? う、嘘だろ? あれだけレベル上げても1日で数ポイントしか貯まらなかったのに、半日で10ポイントも手に入ったってのか?>


 驚きのあまり反論するような事を言ってしまったが、彼がこんなことで嘘をつく必要などない。如月自身も非常に驚いているから、お互いに想定外だったのは間違いない。


 だがそんな事は些細なものだ。彼の言葉が意味する事はただひとつである。


<僕も信じられなかったけど、実際に今ポイントを使って最大までレベルを上げたよ。僕の目の前には2メートル以上の大きな穴が口を開けているんだ……>


 彼の眼前には異世界、彼等にとっては故郷である地球、それも日本に繋がる穴が開いているのだ。


<目の前の敵を片付けたらすぐ戻る。だができればソフィアとイリシャにはとりあえず内緒にしておいてくれないか? 俺も隠し通せる自信はないけど、これを知ったらなんて言うか……>


<あ、それはごめん、無理かも。ちょうど僕の側にイリシャがいるんだ。<ワームホール>を見て目を輝かせている。えーと、こんな興奮してるこの子を見るのは初めてかもしれないね>


 ……そうか。<マップ>を見ると確かに如月の側に妹がいる。俺達もそうだが、昼ご飯を食べに喫茶店に向かったのだろう。これは隠し通せないか。


 一つの事をやってる最中に他の事に首を突っ込むつもりはなかったんだが。なんで今日に限ってあれだけ遠かった10ポイントがいきなり貯まるかな。<ワームホール>で異世界と繋がったからといってすぐに日本へ向かえる訳でもないのだ。特に彼のスキルはこれまで何一つ検証が出来なかったのでこれから全部手探りで調べる事になる。

 だから時間のあるときにじっくり調べようと思ってたんだが、まさかダンジョン攻略中に手をつける事になろうとは。


 だが妹達にはポイントが貯まり次第すぐに取り掛かると何度も約束してしまっている。

 俺もソフィアとイリシャと交わした約束を違えるつもりは全くない……のだが、せめてダンジョンを終わらせるまで待ってほしかったのが本音だ。

 それを口にすれば二人は納得してくれるかもしれない。だがあんなに期待していたのだ、きっと悲しませてしまう。俺は兄貴として妹を悲しませる全てを絶対に排除すると決めている。


 つまりこの<ワームホール>の調査と検証は最優先課題に浮上した。



「師匠、なにかありましたか?」


 ライカが気遣わしげにこちらを見てくる。そういえば彼女達オウカ帝国人にとっても稀人の故郷、日本は非常に縁のある国だ。事情を話せは理解してくれるかもしれない。


「この敵を始末したら、すぐに戻るぞ! 撤収の準備をしておけ」


「えっ、なにかあったんですか?」


「ああ、緊急事態って訳でもないが結構大事だな」


 俺の声音から事態を察した皆の顔に緊張が走る。おいおい、危機的状況じゃないって言っただろ。


「急ぎます! 姉さん、キキョウさん、手伝ってください」


「お師様、現状で私達が知っておくべき事実はありますか?」


 こういうときに限ってわらわらと現れる敵を打ち倒しながら、真剣な顔でこちらを見ているキキョウに告げた。


「日本へ続く扉が開かれた。お前達オウカ帝国人にとっては祖先の故郷ってことになるな」



 いつも落ち着いているキキョウの美麗な顔が呆けたようになっているのは、なかなかに見物だった。




楽しんで頂ければ幸いです。


はい、よりにもよってこのタイミングで日本への扉が開きました。当事者(日本人)たちは別に日本なんてどうでもいいスタンスですが異世界人が日本に行きたくて仕方ない状況ですので主人公も無碍にはできません。


日本編は此処ではやらない予定です。多分玲二が主人公の外伝みたいなものが出来るのではないかと思います。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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