獣神の宮 10
お待たせしております。
翌日の午後、俺はリリィを連れてダンジョンの12層を進んでいた。
「お、あっちの方で戦ってる!」
「あいよ、了解」
暇を持て余したらしく珍しく俺に同行を申し出た肩の上の相棒がその方角を指差した。もちろんダンジョンなので様々な通路や壁があり、方角を示されただけでは何の意味もない。だがここは迷路のような難解な造りではなかったので、進むべき方向さえ解ればそちらへ向けて足を進めるだけで済む。
これがウィスカになると入り組みすぎて遠回りした方が逆に早かったりする。終いにゃ壁をぶちぬいた方がマシなのではないかと思うことさえあるが、今の俺の魔力をもってしても破壊された壁を通り抜けるより修復されるほうが早い上、その轟音でモンスターを大量に呼んでしまう結果になる厄介さが付いて来る。そのせいで今日も早朝から半日以上かけて延々と走る羽目になった。
それに魔導書を使っていると魔力消費が激しすぎるので魔法で壁に穴を開ける事などできないしな。
この獣神の宮でそれを行わないのは攻略ではなく探索に重きを置いているのとダンジョンの構造に原因がある。ここは全体の形状が楕円形に近いものになっていて、これまでの探索では端から端へ移動するように階段が配置されていた。壁をぶち抜いて近道を行える形状になっていなかったのだ。
そのせいで此処も走る羽目になっているが、先行している皆が進路上の罠を全て解除、あるいは破壊しているから<魔力操作>で探る必要はない。本当ならここまで念入りに罠を探す必要もないのだが、今回は様々な経験を積むのが目的だし、これまでの道行きは単純すぎて修業にならなかったからここぞとばかりに練習しているのだろう。
「これで、最後っ!」
エレーナの裂帛の声と共に生み出された炎の矢が青白い肌をした鰐のような敵に突き刺さり、爆音を上げて四散した。
「おっ、やってるやってる。こっちはアリアたちのチームが担当だったみたいだね」
「そうだな。合流するか」
相棒の声に答えながら俺は彼女たちに近づいた。リリィにはここでエレーナたちに出会うのは想定外のように返事をしたが、実際は狙って後を追っていた。何しろこっちが一番戦力が低いから仕方ない。
”緋色の風”はハクも付けて明らかに戦力過剰だし、ライカの所はカオルもいるしあいつ自身が強すぎて不安など一切ない。それぞれにロキの分身体をつけているので不慮の事故に対応させている。
それに引き換えこっちはかなり戦力に乏しい。人数も少ないし、冒険者として半人前が二人もいるし、ダンジョンも未経験だ。いくらエレーナが熟練した実力者といえども不安は残る。何しろここは二つあった階段の中でも高難度の方であり、それもかなりの難易度であるからだ。
昨日まではロキを3体付けていたが今は5体に増やしている。それが俺の懸念を示している。
「よう、やってるな」
「えっ、ユウキ!? なんであんたがここにいるのよ?」
肩で息をして水を飲んでいた姉弟子が俺の姿を見て非常に驚いている。
「やっほー、アリア。ここからは私も参戦するよ。私が来たからにはもう安心、モンスターはユウキが全部やっつけてくれるし!」
相棒……自信満々で俺を指差すなよ。まあ、やれといえばやるけど、今回は彼女達の経験のを積む機会だからあまり手を出したくはない。
「あ、本当にユウキだ。こっちに来てくれたんだな! おお、これで百人力だ」
「どうしてこっちに来てるのよ? あんたは簡単なほうに行ってた筈じゃない。なにかあったの?」
分身体たちに周囲の警戒をさせ、ドロップアイテムを回収していた二人がこちらに寄ってきた。確かにエレーナの言うとおり皆が高難度を選んだので俺は必然的に低難度のほうを選んでいた。
「俺も色々と報告する事があるが、まずはあれを片付けてからにしようぜ」
視界の端に数体の鰐を捕らえた俺はそう提案した。その言葉を受けた彼女達の行動は俊敏だった。
「いつも通りでいくわ! リーナ、数は?」
「5! 後続は見えないぞ」
「了解! アリアは深呼吸、初手は私ね」
戦いを開始する前に仲間の顔を一瞥したエレーナは矢継ぎ早に指示を出した。それに従って二人も行動を開始した。俺が渡したロキたちは出来る限り干渉させない方針らしく、周囲の警戒に当てていた。もっと遠慮なく使い潰せばいいのに。こちとらあの駄犬に毎日手間賃(肉)を払っているのだから、酷使しまくってやると決めている。
現れた5体の鰐、<鑑定>ではブルークロコダイルとかいう敵の脳天に先ほど見たエレーナの炎の矢が突き立ち、ほぼ同時に奴等の首を風の刃が切断していた。あの手際、リーナだな。エレーナも見事なものだが、リーナの技量は目を見張るものがあった。
魔法の撃ち合いに限れば恐らく俺の弟子を上回る実力をもっている。どうも俺と同じようにセラ先生から何らかの示唆でも受けているのか、出会った頃より速度と精度が更に上がっている。天才などという言葉が生易しくなるくらいの存在だ。何もかもスキルの恩恵頼みの俺と違い、魔法の申し子とはリーナの事を指すに違いない。
「あ、えっと。またなにもできなかった……」
魔法を放とうとして固まっている姉弟子が肩を落とす中、ロキたちがドロップアイテムを回収している。あれは魔石と、皮か? あとで俺も一度戦わせもらおうか。
高難度は敵に不足する事はなさそうだしな。
「えっ、もう攻略を終えてきたっていうの? あんたと別れてまだ数刻(時間)しか経っていないじゃない」
「ああ。と言っても攻略と言えるのか解らんが。とりあえず最下層のボスを倒して、宝箱と諸々を手に入れて戻って来た。他にも色々と皆で話し合いたい事もあってな」
俺達は適当な袋小路を見つけると蓋をするように<結界>を張って休憩することにした。他の二人はまだ平気そうだが、姉弟子の疲労が無視できない領域だった。本人に指摘すると余計無理する性格なので俺が休憩を提案したのだ。
そして俺が低難度のほうは既に攻略済みである事を報告したのである。
「いくら簡単なほうだからってこんな短時間で終わらせて帰ってくるなんて。あんた以外じゃ絶対に信じないわよ。それで、このダンジョンは全部で20層なのは間違いないの?」
俺が用意した軽食と茶を口にしながらエレーナが尋ねてくる。ロキの分身体には暇なら敵を狩って来いと命じてある。それぞれの首にマジックバッグをかけてあるので戦利品も回収してくるだろう。器用な真似をすると俺も思うが肉が大量に出るウィスカの16層で自分で倒して肉の回収を散々繰り返しているのでもう慣れたものだ。
「ああ、最後のボスは相棒が言うにはキマイラとかいう変な敵だった。獅子の頭が3つあったし、胴体が馬で尻尾が蛇でな。動画もあるから気になるなら後で見てみるといい」
「合成魔獣ね。ベースとなった存在次第で変則的な戦いをするし魔法も効き難い強敵よ。あの簡単な道中では考えられない強敵だけど……あんたなら苦戦しないでしょうね」
「苦戦というか、報告するからに相手の攻撃方法とかを割り出す為に時間を掛けたけどな。結局一刻(時間)くらい戦ってたぞ。俺の分身体が」
追い詰めないと出さない攻撃方法があったりして中々情報を集めるのに苦労した。意外と範囲攻撃が豊富でまさにダンジョンボスといった感じだった。俺も分身体を使っての戦いは中々難しく結構熱が入ってしまった。なんだかんだ言ってロキの権能である分身体は本人(犬)以外が使いこなすのは難しい。俺もかなり訓練を詰んだが、それでも複数体造るとそれぞれが複雑な行動するのは不可能だ。当然だがロキが特別なのだろう。
「戦いにそんな時間かけたって事は、探索はあっと言う間に終わったってわけ?」
「それが探索も何もなかったんだ。10層から下は全部環境層でな、階段を見つけて降りるだけの作業だったよ。敵もこれまでの出てきた奴の色違いみたいな完全な手抜きでよ、多少は強くなってたがひたすらデカいだけで大して変わりはしなかった」
後で報告書にして提出するから情報は手に入れてあるが、やはり特筆すべき点はなかった。環境層にも宝箱はあるのだが、面倒な事に地下に埋まっているのだ。かつてはウィスカで宝探しとして楽しんだ事もあるが、低難度の内容物が寂しい限りである事は解っているから食指は伸びなかった。
道中は写真や動画に残してあるのでそれに基づいて後で記録をつけていけばいいだろう。俺がやってもいいし、リーナや姉弟子の良い経験にもなるかもしれない。ギルドへ行う依頼の結果報告一つとっても善し悪しはあるのだ。
専属冒険者としてギルド職員達との飲みの席で要点の欠けた報告をしてくる冒険者への不満を聞いたことがある。その報告に何が求められているかを理解せず、調査に基づかない憶測や本人の願望を平然と入れてくる奴等はどれだけ腕が立とうが上にはいけない。
粗野な印象ばかり先行する冒険者だが、上に行けば行くほど頭が必要になってくると言うのは何処の世界でも同じだろうな。
「ふうん、こっちは大分歯応えがあるわ。あんたも今見たとおり、特徴が消えて普通のダンジョンになっちゃったけど」
「確かに敵が普通の大きさになってた。簡単なほうは相変わらずデカかったからあっちが本筋なのかもな」
エレーナの言葉に頷いた。これまでは広い道に巨大な敵という流れでやってきていたが、高難度はそれが消えて通常のダンジョンのようになっている。
「はっきり言って今回の私達の編成なら相手が大きい方が圧倒的に楽だったわ。これが近接ばかりならそうもいかなかったでしょうけど」
「相性が良すぎたからな。ただの的当てと化してたし」
俺は昨日までの道程を思い出して苦笑した。巨大な敵が地響きを立てて迫ってくるのは非常に恐ろしいが、強力な遠距離攻撃と防御手段があれば脅威は霧散する。
特にカオルの存在が卑怯すぎるほどだった。あいつの固有スキルである<金剛壁>はダンジョンとの相性が最強で、なんと結界を展開するとあの広い通路の幅全てを覆ってしまえたのだ。
更にあいつのスキルは味方の攻撃は結界内からでも放てると言う異常なほどの使い勝手のよさなので、敵の攻撃はあいつの結界には阻まれるがこちらはその巨体も相まって全弾命中するという楽勝さだった。
俺などは皆の後方を歩きながら欠伸を噛み殺していたほど安心しきっていた。ライカの強力な遠距離攻撃も敵をただ倒せばいいダンジョンとの相性がいいから、便利すぎる姉弟であった。
「だがこれでようやくダンジョンを攻略している感じがして来たぞ。それに今日はユウキまで来てくれたからな! だがユウキ、一つ気になったのだが私達の後ろから来たのは何故だ? 20層から上がってきたのなら私達とは前から遭遇するはずではないのか?」
軽食に出している肉と野菜を挟んだパンをばくりとやりながらリーナが俺に尋ねて来たが……普段はぽんこつな癖にやはり戦いになると勘が鋭い。それを聞いたエレーナも考え込む顔になっている。姉弟子は――疲れが来たのか俺の肩を枕に寝ていた。まあいいけど。
このダンジョンの構造は大雑把に言えば端から端へと移動する形だ。それぞれの端に階段があり、交互に下りてゆく寸法だから俺が下から上がって来れば自分達と鉢合わせするはずだとリーナは言っている。
余談だが、階段までの道は三叉路のように別れているが、最後には階段の間に集結するような作りであるので凄まじい方向音痴でもなければ真っ直ぐ進んでいれば迷子になる心配はない。
「後で皆にも話そうと思ってたんだが、20層のボスを倒して帰還用の転送門(地上へと戻る一方通行用だ。望む階層へ跳べるのは転移門と呼ばれる)がある部屋までいったんだが、どう探しても高難度用の上り階段がなかったんだ。それで来た道戻ってみんなを追いかけて来たって訳なのさ」
「低難度のボスの間にはこちら側の階段がなかったということ? それってつまり……」
「それぞれの難易度でボスが存在するということか! それは腕が鳴るな、実に楽しみだ!」
エレーナの言葉をリーナが引き取ったが、本人は実に嬉しそうだ。こいつ、こんなに戦いを楽しむ性格だったかな。
「えー、あのキマイラもユウ以外だと結構苦戦したと思うよ。それぞれの顔と尻尾の先が全部魔法を使ってきたし、あれより難しいなら油断すると危ないよ」
俺の肩の上で蜂蜜を飲んでいた相棒がリーナに注意している。リリィはセラ先生の店に頻繁に遊びに行っているので姉弟子やレイア以外にもこの二人と仲良くなっている。
「なに、首魁は強敵が良い。これほどの猛者が集まっているのだから、強くないと活躍できずにあっさりと終わってしまうだろう? ユウキにいいところを見せねばならないからな。そうだろう、アリア?」
「えっ、なになに? どうしたの?」
急に話を振られて俺の肩で寝落ちしていた姉弟子が顔を上げた。しかし、いくら疲れていたとはいえダンジョンの中で寝入るとは姉弟子も大物だな。俺は真似できそうにない。
「なんだ、静かだと思ったら寝ていたのか。アリアも意外と豪気だな」
「ね、寝てない、寝てないから。目を閉じていただけだし!」
いや、思いっきり俺の肩に頭を乗せて寝落ちしてたが。ずれそうになる姉弟子の頭を体を動かして支えていたくらいなんだが、もちろん口には出さない。世の中言わないほうが良い事も多いのだ。
「アリアはもう少し寝てなさい。まだ慣れてない貴方には負担が大きいはずなんだから」
今回は探索という事で手間がかかる事は承知の上だし、制限時間があるわけでもない。各パーティーで競争してるわけでもないから急かす必要もない。休憩はしっかり休めばいいのだが、姉弟子は寝ていた自分を恥じるように慌てていた。
「だ、大丈夫です。私全然役になってないし、みんなの足を引っ張りたくないから……」
そそくさと立ち上がろうとしていた姉弟子の腕を引っ張って無理矢理座らせると、火に掛けていたやかんから茶を注ぎ、彼女に手渡した。
「折角淹れたんだから飲めよ。あと落ち着けって、急ぐ必要もないんだから焦る事はないさ」
そう言って俺は姉弟子の顔を覗きこんだが……少しばかり面倒かな、これは。
「でも、荷物の整理しなくちゃ。何もできないんだからそれくらいやらないと……」
うわごとのようにやらなくちゃと言い出す姉弟子にため息をついた俺は心配そうに彼女を見つめる二人に視線を向ける。二人から許可を得た俺は彼女の間違った認識を正してやることにした。
「なあ、姉弟子。もしかして自分が足手まといだと思ってないか?」
俺の問いに彼女は身を震わせた。やっぱりそうか、あの陰のある瞳は見覚えがあった。イリシャが俺の役に立たないと捨てられると思って怖がっていたときと同じものだ。俺の妹は実に頑固なので難度諭しても納得してくれなくて非常に難儀した。
俺があの天使のような妹を捨てるとか天地がひっくり返っても有り得ないのだが、こればかりは本人の気の持ちようなので他人がどう言葉を尽くしてもどうにもならないのだ。
「えっ、なになにどうしたの? アリア、悩み事?」
「べ、別に何も気にしてないから。大丈夫よ、大丈夫」
リリィが姉弟子の顔を覗きこむようにして聞いている。口では強がっているが、顔を背けていては説得力はない。
「その割には元気がなさ過ぎるんだよな。いつもなら俺に文句の一つでもつけてくる頃だ。これはセラ先生にでも相談しないと……」
「やめて! これは私の未熟さが原因なの。お師匠様だけには知らせないで、お願い……」
あの姉弟子が消え入る声で俺に頼み込んできたので、こっちが面食らってしまった。
「この事を知られたら先生が幻滅するとでも?」
「こんな不出来な弟子なんて、見捨てられてもおかしくないわ」
あまりにも力なく俯いた彼女だが……俺は噴き出すのを全力で堪えなくてはならなかった。
あのセラ先生が姉弟子を見限る? 無いな、絶対にありえない。長命種のエルフだから何年一緒にいるか知らないが、先生の姉弟子の関係は、師匠と弟子という範疇を超えているように思える。
先生は姉弟子を溺愛している。それは今現在もアルザスの屋敷に滞在していることからも明らかだが、素っ気無くしているように見えても深い愛情が見て取れる。あの二人からは親子関係に近いものさえ感じられる距離の近さだ。
今だってロキの分身体を5体貼り付けているが、俺は連中に姉弟子だけは毛程の傷も付けさせるなと厳命している。その理由はもちろん先生がブチ切れるのを回避する為だ。昨日だってそれとなく”今日のアリアはどうだった”と尋ねてくるくらい心配性なあの人だぞ。
先生の本心としては大事な一番弟子を外に出したくなかったのではなかろうか。あの魔導具店の店番をさせていれば外界との接触は最低限で済むが、そこに俺という異物が加わった。
異物が齎した波紋がアリア姉弟子の世界を広がる切っ掛けとなり、掛け替えのない友を得て閉じこもっていた彼女を外に連れ出す契機となるが、先生はそれを恐れながらも待ち望んでいたような気がする。
俺に負けず劣らずの過保護な先生が姉弟子を見捨てるとか鼻で笑いたくなる冗談だが、口にする本人は至って真剣だ。
「そもそも未熟って。姉弟子は魔法使いとしては最上位勢だぞ? 自覚ないだろうけど」
「下手な慰めはいらないわよ。素養に恵まれているはずのエルフなのにここにいる皆は私以上の実力者ばかりだし、弟弟子は反則みたいなやつだし。私なんか才能ないのよ」
何故か弟弟子のあたりで俺は睨まれ、他の二人は大いに頷いていたのが釈然としないが、まず姉弟子の誤解を解くべきだろう。
「魔法使いといっても色々いるからな。確かにここにいる魔法使いは攻撃魔法の使い手としては全員飛びぬけている。姉弟子が対抗しようと思っても難しいだろう」
どいつもこいつも豊かな才を持つ上に勤勉だ。才能に胡坐をかいていないから熱心に鍛え、更に研ぎ澄ませている。エレーナの持つ固有スキル”紅眼”は魔法の威力を数倍に高めるというし、リーナに至ってはもう何も言葉にする必要がない。
この二人に割って入る事はキキョウだって無理だろう。ライカは……あいつ魔法職じゃないし。
「だって私才能無いもの……偉大なお師匠様の名前に傷をつけるばかりで」
「あのな、姉弟子。なんであの二人と張り合おうとするんだよ。攻撃魔法だけが魔法の全てじゃないだろうが、攻撃は二人に任せて姉弟子は支援魔法使えよ支援魔法。そもそも攻撃担当が3人も必要ないだろ、どう見ても偏重過ぎるぞ」
「あ、えっと。た、確かに」
憑き物が落ちたかのように呆けた顔をしている姉弟子だが、これにはちょっと事情がある。
昨日まで敵の数が少なすぎたせいで戦い方が早い者勝ちみたいな事になっていた。その全てに出遅れていた姉弟子は自信をなくしていたのだと思うが……そもそも彼女は戦い始めてまだ一月(3ヶ月)も経っていない新米なのだ。冒険者登録は同時でも幼い頃から騎士として戦い続けていたリーナとは事情が違いすぎる。
それでもエルフという出自を気にして魔法の扱いでは負けられないと気を吐いていたみたいだが、ここにいる面子はどいつもこいつも戦い慣れた最上級勢、まともにやって勝てる相手じゃない。
「魔法の効果が上がる<魔力集中>や反応速度を上げる<感応>を使った方が百倍役に立つだろ。それにマールが合流したらあいつがこのパーティーの要になる。二人が攻撃担当になるとしても、姉弟子は周囲の状況を誰よりも把握していざって時にマールを守ってやらんといかんだろ」
なによりこのパーティーはまだ未完成なのだ。マギサ魔導結社にいる俺達の友人の少女があとで加入するから、彼女の唯一無二の能力を活用した戦い方を構築しなくてはいけない。
正直、マールの才能を活かしたいなら三人で攻撃魔法をバカスカ撃っている場合じゃないと思う。
エレーナがその事に気付いていないとは思えないが、冒険者としては駆け出しもいいところの姉弟子に始めから色々言うのは控えていたんだろう。それを言うならこのダンジョンに挑ませるのも早かった気もするが……俺がいるんだから何とかしろって所か。
「……それもそうね。あんたの言うとおり、そんなこと気にしても仕方なかったわ。うじうじしてる方がよほどお師匠様に怒られてしまうもの」
「解ってくれて何よりだ。姉弟子も冷静になれば自分で気付けたと思うけどな」
「そ、その、気を遣ってくれて、あ、ありがと」
珍しく顔を赤くして俺に礼を言ってくる姉弟子の顔をもっと見ていたかったが、ほどほどにしておかないと後が怖そうだ。特にセラ先生の雷が怖い。
「弟弟子は姉弟子を助けるもんだっていつも言われてるからな、これくらいはするさ」
「うむうむ。流石はユウキだ。アリアの苦しみもあっと言う間に解決してしまった。私もあの時は本当に助けられたぞ。生きる目的を失って絶望していたからな」
「あの時のお前は中々難儀だったな。あれから考えるとよくここまで元気になったもんだ」
うんうんと腕を組んで大きく頷いているリーナに俺は溜め息交じりの吐息をもらした。だが彼女の無邪気な明るさは貴重だ。しんみりしていた空気が一気に吹き飛ばされた。
「アリアと出会わせてくれたからな。それにセラ様にリエッタ様にもだ。あの小さな森が私の世界の全てだったが、そんな私の思い込みをユウキが全部吹き飛ばしてくれた」
「私もリーナと会えて嬉しかったわ。私一人じゃ外に出る勇気が出なかったもの。一年前の私に今冒険者としてダンジョンにいるなんて言ったら卒倒しているわよ」
「私もだ。世界は広く、自分達以外にもエルフが数多く存在しているなど想像もしていなかった。これも全てユウキが私をこちらに連れてきてくれたからだ。ありがとう、私は本当に貴殿に感謝している。この礼は生涯をかけてするつもりだ」
「お前はあそこで死なせるにはあまりにも惜しかったからな。こっちで楽しくやれているならそれで十分だよ」
改めて深々と頭を下げてくるリーナを手で制して、俺は周囲の敵を狩らせていたロキの分身体がこちらに戻ってくるのを視界に捉えた。
「わふ」「わっふ!」「わふふ」「わふわっふ!」「わふわふ!」
それぞれの首に下げたマジックバックを回収して中身を検めると、6等級の魔石が数十個とクロコダイルの皮が十数個出てきた。休憩は半刻(30分)足らずだったが中々の収穫だ。先ほどの増援と言い、高難度のほうは敵の出現率も大幅に上がっている。
「まあまあ儲かった方かな。昨日までが酷過ぎて黒字には程遠いが」
やはりウィスカで一度がっつり稼がせてやる必要があるのは変わらないなと思っていた俺に隣のエレーナから疑惑に満ちた視線が襲い掛かった。
「ねえ、一つ聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
「なんだよ、改まって。らしくないな」
妙に丁寧な彼女の口調に気味の悪さを感じつつそちらを見ると、怖いほど真剣な顔をしていた。
「ダンジョンのドロップアイテムの確率って2割もいかないというのが定説なんだけど……なんでこんなに落ちるの? 今のを見て確信したわ、あんた何かしてるでしょ!? こんな高確率でドロップアイテムが落ちるはず無いじゃないの!」
「さ、さあ。偶然じゃないか?」
あ、しまった。俺はスキルの恩恵でドロップする確率を大幅に上げている。これまで行ったダンジョンは未経験者ばかりでこの事に気づく者は皆無だったが、数多くのダンジョンを攻略した経験を持つエレーナの目を誤魔化す事は無理だった。
「さあ、キリキリ吐きなさい! どうなってるのよ、あんただけズルいじゃないの!」
立ち上がって距離をとろうとした俺にエレーナから視線で命令を受けた姉弟子とリーナが俺の腕を取って拘束した。あっと言う間の出来事に油断していた俺の逃げ場は完全にうしなわれてしまった。
すっかり観念した俺は関係したスキルの情報をぼかしてエレーナに伝える事にした。俺の借金返済の根幹に関わる有用なスキルであり、その事を聞いた彼女も非常に驚いていた。
しかし他者から見れば羨むような非常に強力なスキルを持っているのはエレーナも同じである。
彼女の”紅眼”は魔法の威力を最大で数十倍にまで高めるという破格すぎる能力だ。周囲からは羨望の視線を送られていた事は間違いなく、都合がいい能力持ってるのはお互い様だろと俺が漏らした事で追求は止んだ。
「もし10年前にあんたと出会えていれば、二人のように私の運命も変わっていたのかしら」
ただ休憩を終え、探索を再開しようとしたとき不意にそう呟いたエレーナの言葉が耳から離れなかった。
俺達はその日の内に13層までの探索を完了した。
楽しんで頂ければ幸いです。
またも遅れて申し訳ありません。週一投稿にしたくないのですが、休日が取りづらくなっており時間が取れない現状が続いております。全く持って申し訳ありません。
作中でも触れていますが、アリアは間違いなく最上級の腕前を持つ魔法使いなのですが、周囲にいるのは攻撃特化の魔法使いばかりなので経験の少ない彼女が遅れを取っている現状です。
次回はダンジョンはお休みなので主人公はひたすらレベル上げをする回になります。話が脱線しますが、ちゃんと軌道修正します。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




