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獣神の宮 9

お待たせしております。



「あ、とーちゃん! おかえりさなーい、みんなも!」


 転移環によってアルザスの屋敷に帰還した俺達を見つけたシャオがこちらへ突撃してきた。


「ああ、ただいま。いい子にしてたか?」


 そう告げて駆け寄る娘を迎えるべく両の手を広げた俺の隣をすり抜けて、愛娘は如月に向けて抱きついた。


「うん、してた! きーちゃんおかえり! いたいところない? こわくなかった?」


「ただいま、シャオ。僕は大丈夫だよ、ありがとう。その、えーと……ユウキ?」


 手を広げたままで固まっている俺を痛ましそうに皆が見ている。


「あ、あの、師匠」「姉さん、今は何も言わない方が……」


 俺の脳裏に様々な情景が蘇る。そう、これは俺が悪いのだ。


 出会って間もない頃、シャオをこの屋敷に置いてメイファとレン国を旅したことで俺の仲間達の方が娘と親密になっている事は疑いの余地がない。そうだ、全てはこの子を長い間放置状態にしてしまった俺が全て悪いのだ。


「ほら、シャオ……」


 如月が気遣わしげな声を出した。俺の斜め後ろにいるので様子は窺えないが、きっとシャオに俺へと促したのだろう。


「とーちゃんはいつもげんきだからだいじょうぶなの! きーちゃんのほうがしんぱい。あんなあぶないばしょにいっちゃだめなの」


 どうやら昨日脅かしすぎていたようで、シャオはダンジョンへ向かった如月を案じていたらしい。俺は毎日行っているから除外されたみたいだ。


「シャオ。皆さんがお帰りなのだから、いつまでも邪魔してはいけないわ」


「あ、ユキちゃん!」


 みんなもだいじょうぶ? と姉弟子たちに聞いて回っていた娘を呼び止めたのは雪音だった。学院帰りなのだろう、制服を着用したままの姿だった。


 シャオは俺の身内の中で雪音を一番慕っていて、彼女の姿が見えたと同時にその腰に抱きついている。恐らく俺達が帰る前から側にいたのだろう。護衛のクロも子猫の姿で雪音の足元にいた。


「皆さんお帰りなさい。今から店舗の方に向かいますが、ご一緒されますか?」


 王都の”美の館”へ転移環で出向くと告げる雪音に女性陣は一人残らず首肯した。


「ええ、汗を流したいもの。装備を外したらすぐに向かうつもりよ」


「シャオもいく!」


 この屋敷の外にも俺が作る風呂はあるのだが、あそこは外風呂だし今となっては周辺の屋敷に住まう全ての者の共用風呂のような位置付けになっている。そんな場所に皆が入ったら他家から騒ぎになるだけなので、”美の館”の最上階にある巨大風呂を使っている。あちらのほうが断然広くて豪華だし、景色も良いから評判も上々だ。唯一にして最大の問題は掃除が大変な事だろうか。



「やあ、我が君、如月殿。おかえりなさい、今日の首尾は如何だったかな?」


 ぞろぞろと皆が雪音と共に転移環部屋に向かうのを見送った俺と如月に声を掛けてきたのはレイアだった。普段ならばこの時間はセラ先生の店で働いている彼女だが、姉弟子が不在なので先生もこの屋敷に滞在しているのだ。先生の言い分は例の魔導書(グリモワール)の件で俺の体調が気になるからとのことだが、どう見ても姉弟子を心配しに来ているようにしか見えない。


「全く駄目だな。未発見のダンジョンならもっと実入りがいいとおもったが、敵も宝箱も粗末に過ぎる」


「ふむ。昨日仰っていた一人用という意見に信憑性が出てきたというところか?」


「ああ。全然稼げなくて思わず終った後でウィスカへ連れて行ってやる約束をしたほどだ」


「それはなんとも……後で私も同行させていただいてよいかな?」


 ああ、そういえばレイアもかねてからそんな事を言っていたな。初めて挑んだ時は物量に押されて散々だったが、あの時とは最早別人だから心配は要らない。しかし俺が許しを与えていないから彼女の望みは保留になっていた。


「ああ、君が望むなら構わないぞ。もっとも、明日から少しはマシになるかもしれないが」




「で、例の階段だが、皆はどっちを選ぶつもりだ?」


 その夜、夕食の席で俺は集まった全員に問いかけた。

 今日はオウカ帝国の皆が是非とも食べたいと口を揃えたカレーだ。俺も始めて食べたとき現物を出されて詳細を思い出したが何でも向こうでは稀人が残した伝説の料理の一つとかで、ライカはもちろん凛華や彩華も感激しながら食べていた。

 俺達は創造品を使って玲二がカレーをこさえてくれたが、この味を出すには大量の香辛料が必要らしくてこの世界では再現できなかったそうだ。そんな料理がオウカ帝国では伝説となっていくつもあるとかないとか。


「それってさっき聞いた下り階段が二つあるってやつか?」


「ああ、難易度が大幅に変わるそうだ」


 学院から戻った玲二が自分の皿にお代わりを盛り付けながら聞いてきた。カレーは嫌いな奴がいないという凄まじい食べ物なので大量に消費される。なので大鍋が中央に鎮座しており、欲しかったら自分で取る事ができる。そして今更遠慮する面子はこの場では誰もいない。

 パンにも合うし米にもバッチリという”大正義めにゅー”(彩華談)である。


 因みに作法を気にするソフィアは今夜お泊り会だそうでエリザの屋敷に出向いておりここにはいなかった。


「もちろん高難度よ」「当然です」「簡単なのは飽きました」「そろそろ歯応えが欲しい」


 皆がカレーをバクバク食べながら答えた。ちなみに主菜はカレーだが昼間約束したとおりモミジをはじめとした希望者には分厚い肉も提供している。以前なら良くそんなに入るなと関心していた俺だが、最近の俺の摂取量も膨大になっているから簡単に腹に収めてしまう。

 冒険者は食える時にしっかり食っておく事が求められる。胃腸が弱いとやってられない仕事なので健啖家が多い。姉弟子などは皆の食事量に圧倒されつつもエレーナからよく食べておかないと駄目よと注意されているほどだ。時間が限られたものや危険な依頼などでは満足に食事も取れないことも有り得るから、食べられなくて力が出ないなどという事がないように熟練者ほど食事に気を配る。まさしく体が資本というわけだ。


「全員そっち希望か。まあそうだわな」


 誰も簡単なほうを選ばなかった。当然ともいえるが、致し方ないことだ。これまで敵の数が少なすぎて撃破数が二桁に届いていないものもいる。殆ど移動だけで一日終わってしまったようなものだし、彼女達はダンジョンの経験を積むために来たのだから高難度を望むのも当然といえた。


「あ、でも今回は探索を主眼においているのですから、両方に向かう必要がありますね」


「いや、簡単なほうは俺が向かうからキキョウ達は好きなようにしろ」


「そんな、お師様にご面倒をおかけする事はできません。これは私達が受けた依頼なのですから自分達が責任を持って……」


 キキョウが俺の手を煩わせたくないと宣言するが、隣の彼女の仲間達は嫌そうな顔をしている。あんな実入りのない階層を隅々まで探索するのは誰だって嫌だろう。


「この件は俺が誘ったからな、面倒な事はやってやる。皆はせっかくの機会を活かしてくれ。わかったな?」


 キキョウに念押しすると彼女は深く頭を下げた。生真面目なのは美点でもあるが、もう少し肩の力を抜いて適当にやってもいいくらいだ。そこは妹弟子のライカを見習った方がいいな。


「じゃあそういうわけで明日も行動開始は朝の9時な。時間に余裕があるからって夜更かしするなよ?」


 俺はからかい気味に女性陣に問いかけた。日の出と共に活動を開始するこの世界において9時出発は非常に遅い。転移環で即座に再開できることも手伝ったが、そのせいで多くの者が昨夜は遅くまで遊んでいたのだ。


「だって師匠。前から思ってたんですけど、このお屋敷って楽しいもの多すぎです! 時間を忘れて遊べるものばっかりなんですけど」


「それを俺に言われてもな」


 確かにライカの言い分にも一理ある。今、この屋敷は屋内で楽しめる数多くの品がある。数人で遊ぶ遊戯台や昨日は各種のカードを使った遊びに皆が熱中していた。日付が変わった後も続けていたと聞くから、お前ら何しに来たんだ? と思ったものである。

 それに日本語を覚えてしまえば雑誌や映像作品など楽しめるものに事欠かない。玲二たちに言わせると日本語はかなり難解な言語らしいが、すでに周囲の屋敷の王族たちは読み書きを覚えてしまったし、彼等の側近や身の回りの世話をするメイドたちまで日本語を勉強し始めている始末だ。


「来る度に新しい何かが増えていますからね。つい楽しみにしてしまいます」


 本来ならまとめ役として皆を注意する立場にあるスイレンまでも笑顔でライカに続いてしまった。だが不覚をとるほど体調管理を失敗する事はないのでそこは心配していない。


「まったく、皆もほどほどにな。イリシャもだぞ」


「ん、わかった」


 食事を終えて俺の膝の上にいる妹もこくりとうなずいた。余談ではあるが昨夜のカード勝負はイリシャが一番強かったらしい。未来視など用いていないはずだが、あらゆる勝負で無敗を誇ったとか。

 

 そのせいで今朝は非常に眠そうにしていた。瞑想の時間を使って睡眠をとったらしいが、育ち盛りの妹には正しい休息を取らせたい。昨夜は女子会に口出しするなという空気に圧されてしまったが、今日は強気で行くとしよう。




 この一行の行動開始が遅い一番の理由は俺にある。何故なら毎朝の日課と共に31層からの宝箱回収も欠かさず行っているからだ。魔導書(グリモワール)を用いて時間を限りなく早めているので半日以上掛かる作業もわずかな時間で済むが、体力回復と睡魔に抗えず数刻(時間)体を休めているのでその分遅れているのだ。


 翌朝、意識を覚醒させて目を開けると、俺の顔を心配そうに覗きこむ弟子二人の姿があった。


「んあ? どうした二人とも、そんな顔して」


 腕の辺りに重さを感じてそちらに視線を向けると俺の腕を抱きかかえるようにしてシャオが寝息を立てていた。部屋の隅には壁に背をもたれたレイアの姿もある。


「師匠、お体の様子は如何ですか?」「お加減は? お師様の休まれる姿はとても尋常なものではありません!」


「ああ、心配ない。大丈夫だ」


「そんな! あれが大丈夫なものですか! 呼吸は限りなく浅いですし、身じろぎ一つしませんでしたよ!」


「皆様が”死の眠り”と表現する理由が良く解りました。ライカさんか心配するのも当然だと思います」


「まあそういうな。今の俺には必要な事なんだ」


 弟子二人は鬼気迫る調子で迫ってくるが、俺としてはもう何度も行っている事なので自分の調子は自分が一番よくわかっている。魔導書(グリモワール)を使用した反動で体のあちこちが悲鳴を上げており、それを癒す為に非常に深い眠りを必要としているのだ。

 深層にまで意識を落としているので、不測の事態が起きても周囲の状況を全く読み取れなくなるという重大な欠点があるが、それを補う為に寝ている間はユウナかレイアのどちらかが側に控えていてくれている。これまではユウナが多かったが、例のクラン会議や冒険者ギルドの方でも何らかの動きがあるようでそちらを探ってくれているから不在にしている。


「お師様がご自身の状態を正しく把握されているならこれ以上申し上げることはありませんが……」


「でもやっぱりおかしいですよ! 心臓の鼓動も全然しないし、本当に死んじゃったみたいでしたよ」


 昨日も屋敷に来ていたセラ先生が寝ている俺を診てくれたが、どうやら俺が持つ<HP急速回復>のスキルが発動していたせいでこんな状態だったとか。そんなスキル持ってたっけと口にする愚は犯さず、先生の見立てを神妙な顔で拝聴した結果、やはり体が異常なまでに疲労しているがそれ以外は特に危険な兆候はないらしい。寿命に関しては思いっきり目を逸らされたので、ローヤルゼリーは忘れずに飲んでおこうと思った。

 そもそも魔導書を半日以上使用しているので単純に一日が40刻(時間)くらいになっている計算なので、その分寿命は減っている理屈なのだ。大して気にする話でもない。


「心配をしてくれるのはありがたいが、特に危険な事はしていないぞ。それよりそっちの準備はできているんだろうな?」


 毎度の事だが強い渇きと空腹感が襲ってきたのでレイアが差し出してくれた杯の水を飲み干すと<アイテムボックス>から食い物を取り出して口に入れ始めた。

 気になって時間を確認すると朝の8時30分を越えたあたりだ。諸々を終えて戻り、この椅子に体を投げ出したのが早朝の4時過ぎ辺りだから……意識が覚醒するまで4刻(時間)か。これもいつもどおりだな。


 朝食のあとで二度寝を決め込んだらしいシャオを抱き上げながら立ち上がる。最初の頃は経つだけでふらついたが今は体が慣れたのか、力を失うことなくしっかりと両の足で踏みしめた。


「はい。皆準備は完了していますから、後は師匠が起きるのを待っていました」


「なんだ、俺待ちか。そりゃ悪いことしたな。レイア、今日も時間があれば中身の確認を頼む」


 彼女にまだ夢の中のシャオを預けつつ、今朝回収していた宝箱の中身の調査をお願いする。ほぼ流れ作業だったので中身は一切確認していない。精々が宝箱の大きさと種類くらいで、今日は金属製の大きな宝箱が多かった。つまり質の良い装備品が期待できるかもしれない。

 鍵となる宝珠は……狙えば狙うほど出ない気がするので、あえて狙うような事はしていない。


「了解だ。セラ大導師も興味津々だったので参加されるかもしれないが」


「別に先生ならいくつか持ち去ろうと目くじら立てないが、何を持って行ったのかだけ後で教えてくれ」


「承った。こちらの事は私に任せて、我が君もダンジョンを楽しまれるが良かろう」


「ああ、ようやく今日から本番になりそうだ。少しは歯応えがあるといいんだが」



 従者の言葉を背に受けて、獣神の宮の攻略は佳境に突入するのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。


短くて申し訳ありません。展開的に区切りだったので此処で切らせてください。更新も遅れているの短いとか業腹物ですが。次から展開は速くなるはずです。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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