獣神の宮 8
お待たせしております。
その赤い宝珠は魔導具でもあり、その銘は”封魔の檻”と<鑑定>にあった。当然ながら宝珠としての力も備えており、色彩が示すとおり火属性の魔法を籠められるが、この宝珠の真価はそんなことではない。
流石は35層の大扉への鍵となる代物だけあってその能力は破格などという生易しい代物ではなかった。この宝珠の最大の特徴は定めれた力ある言葉を告げると不可思議な魔法陣が現れ効果範囲内の敵を宝珠の中に閉じ込めることができるのだ。
今の所わかっている事は殆どない。何故なら手に入ったのがこのダンジョンを攻略する直前であり、手に入れた時は達成感で宝珠そのものよりも鍵としてとしか認識していなかったからだ。
あのときは5種類必要と思われる鍵(”鍵穴”はそれぞれに妙に形が異なっていたからだ)の内一つがようやく手に入り、これまでの悪戦苦闘を考えるとこの先も長そうだなと気長にやるかあと内心ため息をついた翌日、判明したとある事実により俺の心はへし折られかけた。
その絶望的な事実を突きつけられて全てのやる気を失いかけた俺はその時始めてこの鍵が宝珠である事を思い出し、<鑑定>で思いもかけない能力を秘めている事を知ったのだ。この事実を知ったとしてもあの絶望を前にしては全く嬉しくはなかったが。
その能力を見た玲二が”モンスターボール”じゃんか、と大興奮していた。だが球ではなく宝珠である事は一目瞭然なのだが、その場にいた相棒や雪音も訂正する事はなかったのが不思議だった。
「グルオアァァァァ!!!!!」
己の攻撃力向上と聞いた者へ痺れたかのような行動阻害能力を持たせる”戦の咆哮”が響き渡る。
俺達は出会い頭に吠えられる事は解っていたので対策をしていたが、戦いを望んだモミジはそれをまとも食らってしまった。だが泣き言を聞く気はない。俺は準備はいいかと問いかけ、彼女はいつでもと答えたからこの時点で戦いは始まっている。
更にこいつの詳細な情報は既にモミジも知っている、俺も驚かせるつもりで意地悪をしたが、油断するのが一番悪い。だがなによりも、一流の戦士である彼女は俺にそんな文句を口するほど不様ではない。
さて、今の咆哮で彼女にどのような影響が出ているかは解らないが、今は幸運が味方した。
奴が封印を解いて自由の身にした俺の方を注視していたからだ。まあ、俺が封じたので当然なのかもしれないが敵意はこちらに向いていたので行動不能に陥っていたモミジを救う事になった。
「3日封印されていても特に変化はないね。時間経過はないと見ていいかも」
「そうかもな。もう数回実験してみたい所だが」
俺がこの場でいきなりモミジの望みを叶えたのは宝珠の実験を兼ねていたからだ。今の所判明しているのは契約の言葉を告げると前方5メトルの地点に直径3メトルほどの魔法陣らしきものが展開され、その内部のモンスターを宝珠に閉じ込めること、そして本当に閉じ込めるだけでシャオのテイムのように言うことを聞かせるような真似はできない。
そして魔法陣の中に複数の敵がいてもまとめて封じられ、その数のまま封印が解かれるくらいだ。
今の光景を見る限り時間経過はなさそうだが、ダンジョンモンスターと野性モンスターの比較もしていないので断定は難しい。この不可思議な宝珠の全容解明にはまだまだ時間が掛かりそうである。
「皆、退がるぞ。モミジの邪魔になる」
また叫びやがった煩さに顔を顰めながら俺達は下り階段がある扉の前まで下がり、そこで結界を張った。二度目の咆哮は初回ほど効果を発揮しない。己の魔力を高めてモミジも応じたようで、すぐに足を使って動き始めていた。
レッドオーガは野生はどうだが知らないが、ダンジョンモンスターの場合は動くもの全てを敵対者と認めて暴れ回る。今は俺を真っ先に標的に選んだが、奴の金棒が不可視の<結界>に阻まれて空中で制止した。
「俺を気にしている場合じゃないぜ?」
「背後、取った」
モミジの今の主武器は拳の先まで覆われた魔法の手甲だ。小柄ながら全身の筋力を束ねる事に長けている彼女の体術は見事の一言で、力を集約した一撃は大柄なモンスターも一撃で仕留める恐るべき戦士だ。今日の探索でも見上げる様な巨大なシカを何度も一発で沈めてきた。これまではその素早さを活かして短剣を主に使っていたが今は専らこれである。篭手の良い所はそれ自体が武器でありながらも他の武器も握りこめることにあるので必要に応じて使い分けられることだろう。
だがそれが通用するのは普通のモンスターであり、目の前のレッドオーガ・ウォーロードは別次元の実力を誇っていた。
がら空きの背中に遠慮のない一撃を叩き込んだモミジだが、敵の筋肉の壁は微動だにしなかった。
「手応えなし。想像以上に堅い」
かなりの力を籠めて放った一撃は奴に痛痒さえ与えなかったが、その事実がモミジの闘争心に火をつけたようだ。無表情な事の多い彼女には珍しく、獰猛な笑みを浮かべて大鬼へ襲い掛かった。
「師匠、今、何をしたんですか?」
これまでの俺の行動を口を上げて眺めていたライカが戸惑いがちに問いかけていた。この”封魔の檻”は仲間内にしか話していないので彼女は初見になる。これまでならレッドオーガを解き放った段階で悲鳴を上げていただろうが、こっちの奇行(?)に慣れたのか、最近は俺が近くにいるときはまずは落ち着いて様子を見ることにしたようだ。師匠のすることに一々驚いていたら身がもたないとかほざいていたので教育的指導をしてやった。
「このダンジョンに向かう前に少し話しただろ。代わった宝珠を手に入れたって。今のがその効果だ」
「お師様。今のお言葉と光景からして、まさか魔物を封じて任意で解き放てるのですか?」
隣で絶句していたキキョウが驚きに満ちた顔で聞いてきたので頷いてやる。
「見ての通りだ。つい最近手に入れたからまだどんな効果があるのか確かめている最中だ。ちょうど31層であのデカブツ捕まえてたからモミジの要望に応えてやっただけさ」
俺としても異なるダンジョンで倒されるとドロップアイテムなどはどうなるのか気になったので試してみる事にしたのだ。これまでにゴブリンを捕まえて外で放してみたが、倒してもアイテムは落とさなかった。
「35層の奥への鍵だって聞いてましたけど、そんなとんでもない効果があったんですね……」
「俺もこの機能を知ったのはついこの間だけどな。それまでは普通の宝珠だと思ってた」
形からしてこれ鍵じゃないかと思ったくらいで、<鑑定>までするつもりはなかった。事実として”封魔の檻”と言う名称とその効果は解ったが、鍵云々の話は全く出なかったしな。
「あれがレッドオーガの希少種。映像で見るより数倍威圧感を受けますね、モミジも攻めあぐねているようですし」
キキョウは当然ながら仲間のモミジを心配して気を配っている。彼女の望んだ戦いだが危険を感じれば何時でも介入するつもりだろう。それは俺も同じで、ただの手合わせで命懸けの死闘を演じさせるつもりはなかった。このままでは厳しいと思うが。
「今はモミジさんの素早さで翻弄していますけど、決定打に欠けるんじゃ? さっきの不意打ちが全然効いてないみたいですし」
「だろうなあ。ただの魔力強化じゃ奴には通じないみたいだしな。やっぱり肉弾戦したいなら”神気”が必須だ」
「あれを習得するのは私達では無理ですよぉ。稀人の皆さんが羨ましいです」
弟子二人にはまだ俺がレン国にいた頃に呼んで試させたことがあるが、すぐに魔力切れで倒れてしまった。だがあの環境でないと神気習得はほぼ不可能だと思う。
変なたとえだが砂漠の中で一粒の砂金を探すようなものだからだ。これが魔力の非常に薄い向こうでは小さな砂山から探すくらいの難易度に下がる。それでも難しいのは確かで、仲間たちも俺が手伝ってようやく習得したほどだ。今の所使う機会は全くないようだが、硬化が凄まじい”神気”は身を守る術として非常に有効なので無理にでも覚えてもらった。
魔力がもたらす影響を断つ魔封じの指輪を身につければ動けはするのだが、己の魔力を内部で探る”神気”を会得するのは無理だから、やはり向こう側の人間特有の技能になってしまう。
そうなるとレッドオーガを肉弾戦で打倒するのはほぼ不可能になってしまうのだが……他の手段がない訳でもない。
「あのデカブツの情報ならモミジも得ているんだから、打開策くらいは思いつくだろ」
既に幾度も映像を見て奴の動きや特性、能力も把握しているのだ。初見じゃないんだから俺が助言する必要も感じなかったし、彼女もそれを望まないだろう。
「ちょっと、なによあれ!! いったいどうなってるのよ!」
俺達はボスの間の下り階段前の扉に陣取っているので、奴の咆哮を聞きつけたエレーナがこちらに駆け寄ってきた。視線を向ければ全員がこちらに掛けて来ている。そりゃそうか、ボス攻略終わって戻ろうとしたら背後から魂を凍らせるような叫び声が聞こえてきたのだ。
「モミジの願いを叶えたんだ。リーナ、少なくともモミジが危機に陥るまでは手を出すなよ、恨まれるぞ」
「えっ、だってあんなおっかないの、一人で戦うなんて無謀じゃないか!」
「途中でモミジがレッドオーガと戦ってみたいと言ってただろ? 危なくなったら俺が介入するから心配するな」
魔法を放とうとしていたリーナを手で抑える。性根が真っ直ぐなリーナと”緋色の風”はすぐに仲良くなったので助太刀に入ろうとしていたが、これはモミジが望んだ戦いだからな。
「それよりなんてあんな凶悪なモンスターがここにいるのよ。あいつ、あんたが見せてくれた映像とかいうのにあったレッドオーガの希少種でしょ? ウィスカの31層から出てくる奴」
「あ、エレーナさん。あいつが手に持っている宝珠にモンスターを捕まえる能力があるみたいです。多分それを使ったんじゃないかと」
疑念を持つエレーナに姉弟子が答えを教えてやっていた。姉弟子が詳しいのは基本的にウィスカのダンジョンで手に入れた珍しいアイテムはすべてセラ先生に持ち込んでいるので、その場にいる姉弟子も知っているのだ。
先生は自分は事典ではないのだから何でもかんでも持ってくるなと文句をつけてくるのだが、そのくせ俺が黙っていると何故持って来ない、不出来な弟子めと怒る困った性格をしているので、とりあえず持ってゆくのが正解である。
「え? それって少し前に話してた鍵になるっていう宝珠じゃない」
「ああ、調べたら変な効果があったんだよ。今はいろいろ試している最中でな」
エレーナが俺に手にある宝珠を指差すのでほい、と手渡した。一瞬端整な顔を引きつらせた彼女は拳大の赤い宝珠をまじまじと眺め天にかざしたりして調べている。
「あ、いいな師匠。次は私に触らせてください」
俺の視線の先ではモミジが激闘を繰り広げているから、キキョウやカエデたちはいつでも助勢に入れるように身構えている。だが俺が何とかするとわかっているライカは気楽なものでエレーナの手にある宝珠を羨ましそうに見ていた。
「ああ、別にいいぞ。ほら」
俺は<アイテムボックス>から取り出した取り出した新たな宝珠を弟子に放り投げた。わ、たた、と受け取るライカを見ながら俺はこの無情を内心で嘆いた。
「え? ど、どういうこと?」
流石というか、まずその事の気付いたのは歴戦のエレーナだった。クロイス卿達と多くのダンジョンに挑んだ経験を持つ彼女は信じられないものを見たといわんばかりの顔をしている。
そうなんだよ、解ってくれたか、やはりあんたは良い女だ。
俺は内心から溢れ出るものを瞳に乗せてエレーナを見た。すると彼女も痛ましいものを見る目に変わった。
「ん? ユウキにエレーナ、どうしたのだ? 元気がない顔をして」
はらはらとモミジの激闘を観戦していたリーナがお通夜状態の俺達に気付いて声を掛けてきた。普段なら大丈夫だから気にするなと応えたいが、この不愉快な現実を前にしてその気力が湧かなかった。
「ちょっとユウキのメンタルが参っていてね。今はそっとしておいてあげてほしいんだ」
事情を知る如月がその場を取り成してくれたで、リーナも珍しい事もあるものだ、何かあれば遠慮なく私に言うのだぞ、と実に男気のある言葉を贈ってくれた。ちょっと涙腺に来たじゃないか。
周囲の皆がモミジに声援を送っている中、俺の隣に立ったエレーナが小さな声で話しかけてきた。
「ねえ、確認したいんだけど。私が聞いた話だと、この宝珠って行く手を塞ぐ扉を開ける鍵ってことだったわよね?」
「ああ、その通りだ。5種類の鍵が必要みたいで、その手にあるのが1つな」
「あんたがひたすら宝箱を開けまくっていたのもそれを探す為だったわよね」
「それを見つけるまで5千個は開けたな。そっちにも結構渡したからそれは知ってるだろうけど」
俺達の会話は互いに感情を極力消し去っていた。怒りに任せたら叫びだしたくなるからだ。
「最後の確認。その鍵穴ってこの宝珠が5個じゃ駄目なの?」
「嵌め込む穴の大きさが全部微妙に違う。5種類の宝珠が必要だ」
エレーナの視線はライカとカオルが仲良く奪い合っている赤い宝珠に向けられている。俺はとてもじゃないが直視したくない。
「嘘でしょ……ただでさえ出現率が異常に低いのに同じ鍵が重複するなんて悪夢じゃない。げ、元気出しなさいよ。きっとこれからいいことあるから」
エレーナはこれまでの冒険で俺が今直面しているような仕掛けを解いた事があるらしい。その時は他のパーティーと合同で探索したのであっと言う間に攻略したそうだが、俺の気分を理解してくれ優しい言葉をかけてくれた。本当に目頭が熱くなりそうだからやめてくれ。
エレーナに言っても仕方のないことだが、2つの宝珠は異なる階層から出た。回収中は中身をまともに確認せずにとりあえず<アイテムボックス>に突っ込んでいるが、入手順に並び替える機能もあるのでいつ手に入ったかを想像する事はできるのだ。
そこから計算すると32層と34層で発見していることになる。これまで俺は5種の鍵はそれぞれの各層にあるのではないかと見ていた……そんな希望的観測を抱いていた。一つでも見つければそのそうはもう探索する必要がなくなるからだ。
しかし現実は非情極まった。一つの鍵が異なる階層から出たという事は、引き続き全ての階層を探索し続けなくてはならないことを意味する。それもやっとの思いで手に入れた鍵は既に持っている同じ物の可能性までついてくるときた。
我慢強い俺もこれには心を折られかけた。二個目の宝珠を見た瞬間に帰還石で屋敷に帰ってしまったくらいにやる気を失わせた。これまで5千を越える宝箱を開けてきて得られた鍵はたったの二つ、それも同じものと来ればやってられるか! と叫んでその日は皆で遊びに出かけたくらいだ。
そして不貞腐れながらなんなんだこいつは、と宝珠を<鑑定>してその秘められた力を知ったのだ。
「ま、まあ、その分すごい能力じゃない。封印術式もなしにモンスターを封じ込められるなんて聞いたことないわよ」
此処最近俺がやさぐれていた事を知る姉弟子が慰めるように言ってきたが……確かに大した能力なんだと思うが、こいつを活用する機会はほぼないだろうな。
「倒せないような強力なモンスターを封じるってのは伝承に良くあるが、これそこまで便利そうにないんだよな、魔法陣もそこまで大きくないし」
例えばこのダンジョンに出現するモンスターは大きすぎて入らない気がする。二つとも今は空なので試してみるのも良いか。
「それに見ての通りテイムしているんじゃなくて封じ込めているだけだから、結局は倒す必要もあるしな。少し考えるだけで悪事に使えまくれるから表に出せないぜこんなの」
例えば大都市の中心部にダンジョンのモンスターを放ったらその特性で5寸(分)で消えるがそれまで暴虐の限りを尽くすだろう。すぐに思いつくのが悪事という段階で俺の人間性に問題があるのが解るが、精々がこうやってモンスターと戦うくらいだろう。飼い慣らせれば戦力になるかもしれないが、この宝珠にはそこまでの力はない。
ライカやキキョウの訓練相手を見繕うという意味では使えるかもしれないな。モミジは苦戦しているが、今の弟子二人ならこいつも一撃で屠れるからあまり良い相手とは言えない。
「避けるのも限界が見えてきたな」
「ですね。解っていた事ですが、相手が強靭すぎますね。研ぎ澄ませた一撃でさえあっさりと弾き返してしまいます」
俺の独り言にカオルが反応した。モミジは善戦しているが、大鬼に全く損傷を与えていない。未だに速度で勝って翻弄しているが、いつまでも続くものではない。そしてダンジョンモンスターに疲労という概念はない。このままではいずれ彼女は捉えられるだろう。
「”食いしばり”もあるから一撃で仕留めないと復活するしな。だがこいつは一匹なら堅くてデカくて死ににくいだけだから、やり方次第で簡単に倒せる。徒党を組んだレッドオーガは面倒臭いぞ」
「連携してくるんですよね? それも捨て身で」
更に大抵はスキル封印状態なので一つの失策が命取りだ。こいつは近接戦闘を挑む敵ではないというのが俺の認識だ。
「あっ、モミジっ!」
その時、奴の金棒が空中のモミジを捉えた。防御には成功していたが、小柄な彼女はこちらに吹き飛ばされ俺の張った<結界>に強かに背中を打ち据えた。
「いたた」
金棒は手甲で防いでいたが背中を押さえているモミジはまだまだやる気十分だ。しかし、このままでは埒が開かないのは確かだし、体力はあっちの方が上だから時間を掛ければ不利になるのは彼女のほうだ。
「楽しめたか?」
立ち上がる彼女に近づいた俺はその背中に話しかける。充分見たからそろそろ終わらせて欲しいとは言わないでおいた。
「うん、今の私じゃ話にならないのが良く解った。まさか後頭部を狙った不意打ちさえノーダメとは思わなかった」
「あの太い首と頭蓋骨は鋼鉄よりも堅いからな。脳を揺らすならともかく砕くのは難しいだろ」
「まだまだ力が足りない。私一人の力じゃ倒せないを理解しただけも収穫。みんなも心配しているし、そろそろ終わらせる。今日の夕飯もステーキを所望」
既にモミジの中では戦闘は終わっているようだ。既にこの戦いで反省点と得た物を吟味する段階に入っている。
「へいへい、今朝の内に大量に焼いてもらうように依頼を出している。食いきれないほど用意してやるから、さっさと終わらせて来い」
「!! 燃えてきた、勝利は我にあり」
「ねえ、大丈夫なの? さっきまで相手になってなかったじゃない」
弾かれたように飛び出すモミジを見て隣に来ていた姉弟子は不安を隠さない。確かに防戦一方でまともな戦いになっていなかった。こちらの攻撃は通用せず、防御が失敗すれば命はない攻撃を避け続けていたから、傍から見れば無謀な突撃に見えたかもしれない。
「確かにモミジは力が足りないと言ってたしな。神気なしで近接を挑む相手じゃないのは確かだな」
「だったら何で平然としてるのよ! 助けに行かないと、あんたが何もしないなら私が!」
俺を押しのけて前に出ようとする姉弟子を手で制した。ずっと先生の店にいて人見知りの気がある姉弟子だが性根は優しいエルフなので、死地に向かおうとしているモミジを助けに行こうとしているのだ。
弟子を溺愛するセラ先生に報告すれば上機嫌になること請け合いである。
「まあ待てって。俺は確かにモミジの力では太刀打ちできないって言ったが、別に彼女は一人じゃないだろ。その証拠に仲間たちは平然としている」
俺が指差す先には”緋色の風”の三人が固唾を飲んでモミジの戦いを見守っている。心配そうではあるが、姉弟子のように助けに動こうとはしていない。
何故なら、3人は知っているからだ。
モミジの力を。そして自分達の力を。
「モミジは強いぜ。姉弟子はよく見てたほうがいい、一撃で終わるからな」
「あ、あんたがそこまで言うなら信じるけど……えっ、今のなに?」
レッドオーガに向けて距離を詰めていたモミジの姿が一瞬で掻き消えた。姉弟子は何が起こったのか把握できずに目を白黒させているが、今のは彼女の首飾りの宝珠にスイレンが籠めた<クイック>の補助魔法を作動させたに違いない。
今のスイレンは俺が見る限り、最上位に近い後衛だ。癒し手としては聖王国の王女であるエリザに軍配が上がるだろうが、僧侶の仕事はそれだけではない。術者の能力で多分に差が出る補助魔法の熟達もかなりのものだ。自らの速さを高める<クイック>で突如として視界から掻き消えるほどの向上は中々お目にかかれないとユウナも感心していた。
「い、いきなり消えたんだけど、どこに?」
「アリア、レッドオーガの肩の上だ。ふむ、大したものだ、私も目で追いきれなかった」
リーナが負けてはいられないと鼻を鳴らす中、レッドオーガに気付かれる事なく肩に足を掛けていたモミジはその手甲を奴の頭蓋に触れさせた。
「次はもっと強くなって私自身の力で勝つ。<解放>」
彼女が発した力ある言葉に反応し、秘められた力を発動させたそれは一撃でレッドーガの頭を吹き飛ばした。
モミジはその手甲の下に嵌めている武器がある。拳鍔と呼ばれるそれは魔法の手甲と互いに邪魔する事なく共存できる上に、一つだけではあるが宝珠のように魔法を籠めておける武器でもあるのだ。
キキョウによって練り上げられた必殺の魔法はその威力を遺憾なく発揮して、食いしばりさえ起こさせずにレッドオーガを塵に還してゆく。
「モミジ! やったわね!」
カエデたちがモミジを迎えに走り出すが、当の本人はいまいち喜んでいるようには見えない。
「勝ったのはみんなの力のおかげ。今の勝利は私じゃなくてもいけたはずだから、素直に喜べない。けど、勉強になった」
確かに宝珠に秘められた魔法を駆使して仕留めたからモミジの力で勝ったとはいえないかもしれないが、紛れもない勝利である。
「おい、折角勝ったんだ。今の君の一番の仕事は喜んでくれている仲間のために、モミジ自身がまず真っ先に喜ぶことだろう?」
「ああ、うん、その通り。皆本当にありがとう」
わっと喜び合う美女達を尻目に、俺は塵となったレッドオーガが消えた場所に近づく。
「へえ、ダンジョン内ならドロップアイテムはちゃんと出るのか。意外だな、異なる場所だと無理だと思ってたぜ」
塵に混じって魔石が2つとオーガの心臓と呼ばれる宝石が落ちていた。それらを回収してあとでモミジに渡してやる事にする。
「そこの辺りは検証を重ねたいね、一度だけで判断を下すのは難しいよ」
「だな、まあ今日は此処までだ。帰って飯にしようぜ」
と、そこまで言って帰還用の転移環をまだ置いていないことに気付いた。これからの予定だけ話して肝心の設置を行わずにレッドオーガと遊び始めてしまった。
「悪い。準備してなかったな」
俺が皆に謝罪して今度こそ本当にダンジョンの下り階段近くに移動しようしたのだが、そこにあるものを見て俺は疑問符を顔に浮かべた。
「なあ、エレーナ、こういうのって珍しいのか?」
俺はこの中では一番ダンジョンに詳しいであろう彼女に問いかけた。
「ええ、新大陸じゃ時折見かけるわね。下り階段がすぐ近くに2つあるときって、大抵難易度が違うのよ。きっとこれまで通りの簡単な難易度と上級者向けの高難度に別れているの。私もこれを見て相談しようとしたけど、そっちはそっちでいきなり戦闘始めるから話そびれちゃったのよ」
敢えて高難易度に挑むか、今までどおり低難易度で安全に進むか。
「なるほど。さて、皆もいるしどっちを選んだもんかな」
楽しんで頂ければ幸いです。
今回の話で主人公が絶望していた状況を解りやすく説明します。
5種類のSSRを集めるためにひたすらガチャを回します。10連とかのサービス無しでひたすら一回ずつ回してください。なお排出確率は0.05%です。
当然被りありです。凸る意味はありません。コンプ目指してひたすら宝箱を開けて下さい。
という状況なのでめんどくさくてやってやれるか! と叫んでいるわけです。
この層の最適解は十数パーティーを同時に送り込んで人海戦術でめげずに対応するのが一番マシですが、主人公のみが先行しているので全部一人でやる羽目になっています。
つまりこの層を抜けるにはSSRを沢山引く幸運が必要になりますが、主人公のLUCはお察しレベルなので諦める他ありません。
35層を抜けるのに長い時間が必要になるので主人公は別のいろんな事に手を出していきます。現実逃避ですね。ただ稼げるので借金返済は超順調なのが救いです。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




