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獣神の宮 6

お待たせしております。



「お師様、本当にクラン会議に参加されるおつもりなのですか?」


 キキョウの声は驚きよりも俺の意志を確認するかのような声音だった。


「ああ、あまりにも他所でギャーギャー喚いてくるうざったい連中をまとめて叩き潰せる機会を見逃す手はないからな。だがその会議とやらはどこでやるんだ? あまり遠すぎると断念せざるを得ないが」


 俺の問いかけに応えてくれたのはエレーナだった。


「クラン会議は持ち回りで場所が変わるから、今回は青い戦旗(ブルー・ヘゲモニー)ね。北方のキシリア王国に総本部があるわ。まだ開催日時も決まってないけど、議題が議題だから近日中に決まると思うわよ」


 彼女の言葉に俺の中の<マップ>が反応した。勝手に更新されて件のキシリア王国とやらの位置が表示される。

 かなり北の国だな。ランヌ王国が大陸最南端とはいえ、普通に移動するだけで一月(90日)はかかりそうだ。俺が飛んでいけば……一日でたどり着けそうではある。


「ここからだと一番北のラインハンザから移動するのが早そうだな」


「むしろオウカ帝国からのほうが近いはずですよ。街道も他国よりは整備されていますし」


 スイレンが俺の言葉に答えてくれたが、確かにオウカのほうが地理的には近い。だが俺がラインハンザ経由を口にしたのには他にも理由がある。


「確かにそうなんだが、あそこから北上すればレイルガルドの聖都にも足を伸ばせるからな。本番前に一度見ておきたい」


 俺は隣で人の腕にしがみついている二人の妹のうち、年下の頭を撫でた。


「ああ、そういえば今回の公会議は聖都で行われるのでしたね」


 ソフィアの学友であるエリザヴェータ王女の祖国レイルガルド聖王国の王都は聖都とも呼ばれている。その主な理由が教会の総本山である大聖堂が存在するからだ。


「それに色々噂が聞こえてくるからな。出来るものなら早いうちから手を打っておきたい」


「べつに大丈夫なのに。兄ちゃんはかほご」


 ぼそりとイリシャが呟くが、俺は気に留めない。


「可愛い下の妹の晴れ舞台だからな。不安要素があればどんな小さなものでも除いておく必要がある」


 俺の言葉がお気に召さないイリシャはふいと、そっぽを向いてしまう。その仕草一つが愛らしいので俺は妹を膝の上に乗せて甘やかした。


「まあ、兄様ったら。もう一人の妹の存在をお忘れではありませんか?」


 ソフィアが俺の腕を強く引き、俺の注意を引くが……この子は困らせたり怒ったりする顔が俺は一番好きだったりする。わざと怒らせるようなことはしないが、今の拗ねた顔もとても魅力的だ。


「俺がソフィアのことを忘れるはずがないだろう? ただイリシャの件は少し面倒そうでな、これに比べりゃクラン関係なんざ外野が吠えてるだけだ」


「兄様がそこまで仰るなんて、なにかおありなのですか?」


 これは口にして良いものか悩むが、ここまで来て黙るのも変か。


「まだ未確定情報なんだが、何でもその公会議とやらに教会の聖女が参加を希望しているらしくてな」


 俺の言葉に皆が驚きの表情になる。神殿と教会は微妙な関係で、敵対するほど悪くはないが手を取り合うほど良好ではない。神殿の行事である公会議に教会の精神世界での頭である聖女が出席するなど異例中の異例だ。


 ユウナもまだ情報を集めている段階だというが、何らかの思惑があると見ていいだろう。


 多分エリザが回復魔法を使えるようになったから色々と聖女の方も大変なんだと思う。かつては”破壊する癒し手”などという不名誉な二つ名を得ていた彼女だが、今ではその膨大な魔力を元に大陸随一の回復魔法の使い手になっているからだ。世界一の癒し手を自認する聖女と教会としては心穏やかではいられないのかもしれない。

 最高難度を誇る範囲回復魔法である<サークルヒール>を難なく使いこなす彼女を祖国の者が見れば腰を抜かすに違いない。これまでのエリザは魔力が強すぎて傷を癒すどころか余計に悪化させていたのだが、ほんの僅かな助言で素晴らしい使い手に生まれ変わった。


「聖女様が!? レイミア様は聖都の大聖堂から御出にならないと聞いてましたが」


 僧侶として教会に所属しているスイレンが一番驚いている。巫女と同じく普段は聖堂の最奥にひっそりとしまいこまれているらしい。

 聖女が住まう聖都が今回の公会議開催地であったことも理由かも知れないが……随分ときな臭くなってきた感じだ。


「向こうさんも色々あるんだろうさ。だがまだ先の話だけどな」


「でも兄様。この時期の聖都といえば夜は魔灯によって幻想的な美しさの夜景だと専らの噂ですわ。一度はこの目で見てみたいです」


 俺の腕を取るソフィアからそんな要望、というか命令が下された。反対側に陣取るイリシャも無表情ながら目を輝かせている。この時点で既に俺が聖都に向かう事は確定事項になった。


「解ったよ。皆で見に行くとしよう、3人も行くよな?」


 俺はエレーナとスイレン、キキョウに視線を向けた。移動方法は俺が現地に向かって転移環で呼ぶことになるが、それを知っているので3人共揃って頷いた。


「お師様がお許しくださるのでしたら、是非。スイレンから美しさは聞き及んでおりますので、いつか一度はと思っておりました」


 キキョウが俺の誘いに喜色を浮かべる。エレーナも名高い聖都の夜景は興味があるらしい。


「色々話が飛んだが今はこのダンジョン攻略に本腰を入れよう。俺は遊び半分だとはいえ、小さな失敗で命を落とすこともあるからな。油断は禁物だ」


 モンスターが弱くても罠を食らって生涯消えない傷を作る事もある。慣れてない者達ばかりなので充分に気をつけなくてはならない。


 それにクラン会議とやらも日程さえまだ解っていないのだ。あれこれ想像を巡らせるのはいくらなんでも気が早すぎるだろう。



「あーっ、師匠が焼肉パーティーしてる!」


 その時ライカが天幕から姿を現し、こちらに駆け寄ってきた。その髪がしっとりと塗れているから風呂上りなのだろう。その後にはリーナやカオルが次々と顔を出した。


「こ、これはボクが育てている肉だワン! あげないワン」


「焼いてるのは俺だろうが。お前もちったあ遠慮しろ、駄犬」


 奪われてなるものかと肉を焼く鉄板を皆の視線から隠そうとするロキに俺は一睨みをくれてやった。


「で、でもこれはボクのにく……」


「今でも十分食ってるだろうに」


 それに焼いているのは奴の物ではなく俺の肉だ。ロキは自分用マジックバッグを持ち、その中に肉を溜め込んでいる。今回は報酬なのでそれを使ってはいないから駄犬がグチグチ言う資格はないのだ。


「師匠、お腹が空きました!!」


「屋敷に戻れば玲二たちが夕食を用意しているはずだが?」


 目を輝かせるライカに小さくため息をついた俺はそう問いかけるが、馬鹿弟子は聞き入れる様子はない。


「師匠が焼いてくれるステーキがいいです!」


「順番を守るワン!」


 ライカの前に立ち塞がったロキがその顎を背後にしゃくった。それを見たライカは黙ってロキの後ろに並び、リーナとカオルがそれに続いた。


「並ぶなよ……焼くのが追いつかないって。まったく、ロキ、一歩下がれ」


 更にモミジまで列に追加されたのを見た俺は全てを諦め、肉が焼きあがるのを今か今かと待っている駄犬を鉄板から下がらせた。


「ユウキ、あんた一体何をする……正気なの!?」


 俺の次の行動を見たエレーナが絶句するが。俺だってやりたくてやる訳ではない、馬鹿を見る目でこちらを見ないでくれ。


「まあ、兄様。これはまさか!?」


 ()()の効果範囲にいたソフィアも驚きの声を上げる。如月やキキョウ達も範囲内にいるが、如月は苦笑している。


「まあ仕方ないとは思うよ。みんな来ちゃうと延々と肉を焼く羽目になるだろうからね。僕も手伝うよ、そのほうが早く終わると思うしね」


「いや、そこまでしなくてもいいけど、ありがとう」


 キキョウも申し出てくれたが、それは丁重に断って更に鉄板を新たに出して肉を焼いてゆく。


「ねえ、どこの世界に肉を焼くために魔導書(グリモワール)で時間を止める奴がいるのよ!」


「ここにいるだろ。ロキだけでも大変なのに、あいつらまで加わったらいつまで経っても終わらないからな」


 呆れを通り越したと言わんばかりのエレーナが俺に詰め寄るが、一度駄犬に肉を焼いてみろと言いたい。あの馬鹿犬は本当に一回に数百枚は軽く平らげるので、このままでは冗談抜きで日付が変わりかねないのだ。


「本当に時間が止まっているのですね。こうして実際に見なければとても信じられなかったでしょう」


 スイレンが範囲外にいるライカやモミジを見て驚いている。この魔導書のとんでもない効果を聞いても半信半疑だったのだろう。正確には時を止めているのではなくここだけ時間を早めているのだが、見た目には大差ないからな。


「巻き込んで悪いが、少し付き合ってくれ」


 何も言わずに魔導書を使ったので皆を確信犯的に巻き込んだが、イリシャやソフィアは俺を手伝ってくれるらしい。エレーナはもう夕食を食べたというのに焼きあがった肉を頬張っている。

 まだ食うのかを思う反面、冒険者は体が資本だから健啖家でなくては務まらない。それはスイレンやキキョウも同じなようで、折角だからと相伴に与っていた。


 在庫を貯める為に時間を止めたのだが君達が食べてどうすんだと思ったものの、リーナやモミジが食べる量に比べれば可愛いものだった。


「そういえばこうやって兄様が料理されているのを目にするのは初めてかもしれません」


「まあそうだな、大抵はちゃんとした設備のあるところで焼いたり、人を使って焼いてもらったりしているからな。屋敷だと煙がどうしてもな」


 アルザスの屋敷に戻らずダンジョンで焼いているのもそれが理由だ。大量に肉を焼くと煙が酷いし、借り上げた屋敷の壁も汚れるからだ。俺が屋敷内ではなく屋外に風呂を作っている理由も同じ理由で排水処理が面倒だからである。

 余談だが、屋敷の庭で肉を焼いていると臭いを嗅ぎつけた他家の連中が皿とフォークを手に続々と集まってくるので、その日は大焼肉祭りが開催されてしまう。




 結局小一時間ほど焼きに焼きまくって数枚の大皿の上に山のように積み上げられた大量の肉を見て腹減り共が歓声を上げた。

 これで今日は大丈夫だろう。明日からはまたホテルの料理人に報酬を渡して焼いてもらうとしよう。



 ライカたちが肉に挑みかかるのを見届けた俺は転移環でアルザスの屋敷に一旦戻った。ダンジョンのほうには強固な<結界>を張っているし、ロキにもイリシャをソフィアを見ておけと命じてある。既に満腹で満足気に横になっていたが、すぐに戻る予定だし如月にキキョウやライカもいるので万が一もないだろう。


 俺が屋敷に戻った理由、それは姿を見せない愛娘の様子を見るためである。



「あ、ユウキさん、お帰りなさい」


 皆がいつも集まる談話室で雪音が長い安楽椅子に腰掛けていた。そしてその腰にしがみ付いているシャオを見つけた。


「ユウ、おたすけー!」


「リリィちゃん、いっちゃだめなの!」


 シャオの手の中には相棒が捕らえ……というか雪音の腰ごと抱え込まれていた。何があったのかを知る俺としては相棒に平謝りするしかない。


「おー。おかえり、如月さんはまだ向こうなのか?」


 俺の帰還を知ったらしい玲二がこちらに寄ってきた。彼は学院の用事で最近は帰りが遅く、今も帰宅したばかりで学院の制服を着ていた。彼は例の魔法戦技会の実行委員を任されているのだとか。

 本人はその事よりも実行委員になる事で周囲に寄ってくる女生徒が鬱陶しくて嫌だと文句を言っていた。



「ああ、俺もシャオを見に来ただけだしな。ずっとこんな感じか?」


「ええ、さっきまでは私の足に引っ付いて離れなかったわよ。事情は聞いたけど、随分と無茶したわね。あの子、可哀想にずっと震えて泣いていたのよ」


 俺の背後から聞きなれたの声がするのと同時に、俺の背中にのしかかってきた奴がいる。屋敷にいる面子の中で此処まで俺に遠慮のない奴は一人しかいない。

 セリカは俺に抱きついたかと思えば一瞬で離れてそのまま雪音の腰に縋りつくシャオを抱き上げた。


「セリカおねーちゃん……」


「ほら、シャオ。いつまでも泣いていてはいけないわ。貴方のパパが帰って来たのだから」


「あ、とーちゃん!!」


 セリカに抱き上げられたシャオは俺を認めると、俺に向かって手を伸ばした。その瞬間に出来た僅かな隙をついて相棒は娘の手から脱出に成功し、定位置である俺の頭の上に着地する。


「うう、ひどい目にあったよ」


「相棒がシャオに捕まるなんて珍しいな」


 いつもなら追いかける娘を颯爽とかわして遊んでやっているくらいなのだが、今回は勝手が違ったようだ。


「だってセリカに抱きついてずっとべそべそ泣いてるんだもん。慰めてあげようよしたら捕まっちゃったのよ」


 娘の方もリリィを捕まえて何かするわけでもなく、ただ側にいて欲しかっただけみたいだが。腕の中で長時間拘束されるのは大変だっただろう。


 俺の腕の中にいた娘は玲二の姿を認めてそちらに移る。制服を着替えようとしていた彼には災難だが、シャオは玲二の腕にしがみついて離そうとしなかった。


「そういうことなら俺のせいか。皆にも面倒をかけたな」


「まあ。確かに大変だったけど理由を聞けば納得するしかないじゃない」


 シャオが皆に抱きついて泣いている理由、それは至極単純なものだ。


 ダンジョンを楽しい遊び場のように思っている娘に、一つ間違えば死ぬ事もある危険な場所であると教えたかったのだ。そしてあのダンジョンに出た大きな虎は非常に都合のいい存在だった。


 巨躯であることに加え、その恐ろしい吠え声や牙をむいて獰猛に襲い掛かってくる姿は、シャオにここの恐ろしさを教え込むには最適の相手だった。


 こっちも<結界>の効果範囲を狭めたりしてシャオの眼前に虎の牙が遅い来るように調整した結果、愛娘はダンジョンが本当に恐ろしい場所だとはっきりと理解したくれた事だろう。やりすぎた感もするが。


「楽しかったから明日も一緒に行きたいなどと言い出されるよりかは数万倍マシだろ、悪い事をしたとは思うけどな」


「だんじょんこわい。なんでみんなあんなところいくの?」


「みんなのお仕事だからさ。お前が食べてるご飯もああやって手に入れてるんだ」


「はたけでおやさいつくればいいのに。こわいところいかないほうがいい」


 虎の恐ろしい吠え声を思い出したのか、赤い目をしてまた震えだした愛娘の頭を撫でる。


<ちょっとやりすぎたんじゃないの? ここまで怖がるシャオは初めてだぞ?>


<俺も可愛そうなことをしたとは思うが、ダンジョンはシャオとの相性が良すぎるんだよ。下手すりゃ今日遭遇したモンスターを全部テイムしかねないんだ。こうしなきゃ今頃はデカい虎の背に跨って屋敷中を走り回る姿が想像できてな>


 俺の懸念は考えすぎとは思えない。現に雪音の足元には丸くなったクロがいる。チュ○ルを舐めている姿からは想像も難しいが、あいつはれっきとしたボスモンスターだからな。


<あー、それはあるかも。そう思うとこれくらいしないとダメか。獣人の子供たちのときもこいつ全然自覚してなかったからなあ>



 俺と玲二は<念話>で感想を述べ合うが、それを見ていたセリカが不満の声を上げた。


「なに男同士で見つめ合ってんのよ。さては例の念話って奴ね? ずるい、私も仲間に入れなさいよ!」


「悪いことは言わないから止めとけ。玲二や雪音は必要があったからそうしたんだし、従者は俺に絶対服従の呪いがかかってる。そんないいもんじゃないぞ」


「それでも構わないわ。だって私、あんたの女だもの」


 そんなこっ恥ずかしい台詞を吐いたセリカの顔が赤くなればまだ可愛いものだが、今の眼鏡女の顔は陶酔しているかのように熱を帯びていた。ああ、こりゃ何言っても駄目だな。


 この女も実際の俺が他人の体を乗っ取っているだけで中身が爺だと知ればすぐに幻滅するだろう。<共有>すると言う事はそこらへんの事情もすべて開かす必要があるので、あまりセリカを巻き込みたくはない。

 そもそも嫁入り前の王女様が取るべき行動ではないはずだが、国王が何も言ってこないのが気になる。王籍に復帰したのならセリカの年齢からして縁談の一つや二つ舞い込んできてもおかしくない。

 口を開けば台無しだが、大人しく座っていたら大層美しいお姫様である事は間違いないのだ。


「ねえ、そこは喜ぶところじゃないの? こんなに可愛い美少女があんたのものになってやるって言ってんのよ?」


 いや、正直重い女は勘弁して欲しいくらいなんだが。


「ユウは私のものなんだけど。ユウが欲しいなら私を倒してからにしてもらおうか!」


 頭の上にいる相棒がアホな事を言い出したのでこの場はリリィに任せよう。


「でもどうすんの? セリカも自分の秘密をぶっちゃけたわけだし、隠し事なしって意味では<共有>させてもいいのかね?」


 玲二にとっては仲間の証程度の認識なんだろうが、俺にとって<共有>所持者は運命共同体だと思っている。レイアとユウナに対しては俺に不利益な行動を取ったと認識した時点で死ぬ呪いをかけているし、二人ともそれを平然と受け入れている。

 玲二たちにとってはユニークスキルとの交換みたいなものであって、誰とでも気軽に繋がることを目的とした行動ではない。


<ユウキさんの”特別”になりたいというセリカの気持ちは解りますから、私は構いませんが>


 そこで雪音が<念話>で会話に入ってきた。


<お。ユキが賛成するとは思わなかったぜ。どんな風の吹き回しだよ>


<別に、本心からの言葉よ>


 その割に”セリカもこちら側に来て本当の絶望を味わうといいわ”と<念話>で不穏な台詞が伝わってきて何があったのだろうと身構えてしまう。



 結局のところセリカを追加するかはユウナとレイアの判断を待つ事にした。俺は止めた方がいいと思うがなぁ。




「カオル! ”斜め”で受けろよ」


「はい!」


 俺の眼前にカオルの固有技能である<重結界>が展開される。俺との特訓を経て前方に幾層にも重ねられた強固な結界はいかなる攻撃をも通さない堅牢さを誇るが、この相手には少し分が悪い。


 すぐ前には巨大な猪がこちらに向けて突進してくる。その大きさはまるで小山が押し寄せてくるようで、このボスは戦闘開始直後の一瞬の躊躇を見逃さなかった。


 初見の敵、前もって打ち合わせていた連携も行う間もなく巨大猪はこちらに突っ込んできたのだ。背後には既に閉じた扉、エレーナが左右に散れと命じているが少しばかりこちらの初動が遅れたので、散開は間に合いそうにない。

 それに今から散った所であの巨体なら全て覆いつくしそうだ。逃げても無駄だろう。


 ここで咄嗟に動いたのはカオルだった。己の持つスキルを使用し、不可視の結界が張られたのを理解するが、あれほどの質量を真正面から受けきるのは危険だった。結界系の技能は全て強力だが、もちろん弱点もある。どうしても面で展開するので貫通攻撃には弱いし、結界全てを埋め尽くすような飽和攻撃にも破壊される恐れがある。

 今回はその後者にあたり、あの猪の巨体を結界で受け止めると破壊されてしまう可能性があった。


「ピギィッ!!!」


 だが、カオルは俺の指示通り斜めに結界を展開し、猪はその結界に導かれるように俺達を素通りしてその勢いのまま壁に激突した。


 ダンジョンの壁が崩れるほどの大音響がボスの間に響き渡り、頭から壁に突っ込んだ巨大猪はひっくり返って痙攣している。


「あ、こいつは私が倒すぞ」


 リーナが流れるような動作で風の刃を生み出し、猪の首を切断した。リーナほどの実力者の魔法ならボスモンスターでも急所を一撃で仕留められる。

 苦戦する事なくあっさりと倒されて塵に返ってゆくボスモンスターを眺めつつ、俺達は息を吐いた。


 ダンジョンの5層はこれまでの大差ない階層だったが、行き止まりに大きな扉が存在した。この先には中ボスが待ち構えているに違いないと言う事で皆が気合を入れていざボス戦と相成ったわけである。



「いきなり強襲とはせっかちな野郎だな」


「中ボスといえども油断ができないわね。初心者みたいな不様を曝したわ。カオル君が咄嗟に結界を張ってくれなかったら悲惨な事になっていたかもしれないわね。その場合、あんたが何とかしたと思うけど」


 エレーナの顔には後悔がある。この5層のボスの間に入る前に様々な状況を想定してどう動くかを話し合っていたのに、いざ戦いが始まると混乱してしまった。だがこれはエレーナの責というか、初心者揃いのこのパーティーが問題なだけだ。彼女はきちんと指示を出していたし、あの猪がいきなり襲い掛かってきたので虚を突かれてしまったのだ。

 大抵のボスってのは余裕というか、最初は雄叫びか何かを上げてくるのが定番だが、無言でいきなり襲い掛かってきて面食らったと言うのが真相だ。


「初見の敵に怪我なく対処できてよかったじゃないか。カオルのお手柄だな、あの刹那によく結界を展開できたな?」


 俺が掛け値なしに褒めてやるとカオルは顔を赤らめて照れた。くそ、こいつが男なんて世界が間違っているな。


「咄嗟に結界を発動するのは慣れてますから。でもユウキさんの助言に助けられましたよ。ほぼ無意識の展開だったので普通に水平起動しちゃいました。あの質量を真正面から受けていたら危なかったかも知れません」


「そんときはそのときだ、あの一瞬じゃお前以外は誰も動いていなかったらな」


 よくやったと褒めてやるのだが、そうすると姉のライカが途端にむくれるのでこの辺にしておくか。


「あの猪は何か落としたか?」


「見た感じだと大したものはなさそうだね」


 中ボスの居た場所には5等級の魔石と宝石の詰まった小さな宝箱が落ちていた。大したことないと思う反面、ウィスカが異常なのだと思い知らされる。


 しかしこのダンジョン、かなり吝いな。これまでに得た宝箱は12個だが、錆びたナイフだったり何に使うのか良く解らない道具だったりとゴミみたいな品しかない。


 ここにいる皆は冒険者として生計を立てている。金にならない冒険はさっさと手仕舞いにすべきであり、この探索に誘った俺としてもちゃんと儲かるかは気になるところである。ほぼ未踏窟のダンジョンは確実に儲かると思ったのだが、当てが外れた格好だ。

 特にリーナと姉弟子以外は熟練者だから、彼女たちを正当に雇えばかなりの高額になる。それに魔法職が多いから経費もかかるし、今回はダンジョンの勉強だと言ってくれたが、あんまりにも渋いようなら色々考えないといけない。



「エレーナ、今の所赤字だよな?」


「そりゃそうだけど、別に気にしなくてもいいわよ、まだ浅い層なんだし。私は二人に経験を積ませる目的で来ているから大丈夫よ。それに経費全部あんた持ちじゃないの」


 まあ確かに探索を終えたら屋敷に戻っているからその通りなんだろうが、ダンジョンにこっちから誘っておいてここまで儲からないと申し訳ない気分になってくるな。



 ここまでの階層はいくらなんでも単純すぎた。次の6層からは少しは歯ごたえがあるのいいのだが。





楽しんで頂ければ幸いです。


また遅れて申し訳ありません。全て私の不徳と致すところであります。難産極まる話で全く進みませんでした。次こそは。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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