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獣神の宮 4

お待たせしております。




「あれ、一体どうなってるのよ?」


 俺達の乗る馬車の行き先を阻んだ連中がなにやら喚き散らしているのを馬車の窓から見た姉弟子が不安そうな声を上げた。


「そう面倒な話じゃない。何の因果か俺が待ち人とかいう彼等にとって重要な存在になったらしくてな、それを認められない連中があそこで陣取ってるって訳だ」


「”待ち人”って獣神殿における救世主伝説じゃない! そんな馬鹿な……ってあんたなら頷けなくもないのがなんか腹立つわ……」


「なるほどね、人間のあんたが獣人たちの救世主なんて認められるはずないもの。しかしあんたって万難の試練といい、いろんなことに首突っ込んでるわね」


 エレーナとアリア姉弟子が俺を見て呆れているが、こちらにも言いたい事はある。しかし万難の試練ね、姉弟子というかセラ先生も色々知っていそうである。


「首突っ込んでるのは認めるが、ちゃんと始末つけたと思ったら変なモンが新しくついてくるんだよ。その待ち人とやらが良い例でな。ラナたちが俺の居ない所で勝手に騒いでいるんだ。こっちはそんなもんになるつもりは一切無いぞ、そもそも彼等の教義なんざ全く知らんしな」


 向こうが勝手に盛り上がっているだけ、と言うのが俺の正直な感想だ。ラナたちから断片的な情報を拾うと待ち人は数千年ぶりに現れたとか、獣人に救いをもたらすとかあまりにも抽象的過ぎる存在だ。


 そのくせ例の獣神ライガルの残した言葉も待ち人に関係しているに違いないと上層部は判断しているとか、既に俺の存在を確定事項として扱っている節がある。

 だが”古亥の苔”を探す時にはその立場を十二分に活用してしまったので今更違いますとはいえない雰囲気ではあるが、そもそも未曾有の危機でも迫ってなければ救世主なんぞが必要とされる状況じゃないだろう。現状の獣王国は政治闘争はともかく政情は至って平穏そのものだ。きっと何かの間違いに決まっている。


 大多数の神殿関係者が待ち人の存在を疑ってかかるのも当然と言えたが、彼等に関しては少し毛色が違う。


「お師様、あれは恐らく神殿内にいるという王宮勢力なのでは?」


 一番弟子のキキョウが言い争う集団を見ながら思案げに告げるので、俺も首肯した。


「恐らくそうなんだろうさ。奴等にとってはその待ち人とやらは格好の餌ってわけだ。だが、此処で見てても埒が開かんから、さっさと片付けてくる」


「あ、お師様」


 キキョウが何か口にするのを待たずして俺は馬車を降りた。そのままやいのやいのとやっているラナとソウカたちの元へ向かう。

 しかし、聞いていると同じ話をしているはずなのに話がまるで噛み合っていない。ラナ達が俺の正当性やらと主張しているのに対してあちらさんは始めからそんなものは存在しないと疑ってかかっている。

 既にここは正しさを証明する場ではないのだが……二人の若さが出た格好だな。嫌がらせ目的で無理難題を吹っかける相手に最も有効なのは言葉による論破ではなく、力による痛みであると太古の昔から相場が決まっている。


 誰の差し金か知らんが、ダンジョン前の準備運動の相手を用意してくれるとは、随分と手厚い心遣いじゃないか。


「ラナ、ソウカ。代わってくれ、どうやら俺への客のようだしな」


「ちょっとあんたは引っ込んでなさいよ! これは神殿の問題なんだから」


「そうですユウキさん。私達が決着をつけるべき内輪の話なのです。もう少しだけ時間をください」


 二人の前に出ようとしたが、ラナたちはそれを押し留めた。責任感の為せる業といえるが、相手はこちらの邪魔をしたいだけなのだから、言葉では何も解決する事はない。

 だから俺がここに現れたのだ。そうすれば嫌でも事態は動く。


「貴様が”待ち人”を騙る愚か者か! よくぞ人間風情が我等の救い主だと寝言を吐けたものよ。どうやって巫女と高位神官を誑かしたか知らんが、碌な手管ではあるまい。子供を騙せても我等に通じると思わぬ事だ。その化けの皮を剥いでくれるわ!」


 俺を指差して喚いている隊長格の獣人、猫科のなんだろう……虎か豹みたいな顔をした男の前まで足を進めた。こっちが無言で距離を詰めるので相手もようやく喋るのを止めたようだ。


「き、貴様! なにを……」


「さっきから黙って聞いてりゃ良くまあ喋る野郎だな。神殿戦士ってのは腕よりも口が達者なほうが出世できるのか?」


 俺が露骨に喧嘩を売る口調で煽ると、沸点が低かった相手の男は顔を朱に染めた。獣人にとって人間に舐められる事は我慢ができない事だ。人間で言えば虫に馬鹿にされたようなものらしい。人間はそこまで評価が低いのかと思う事もあるが、客観的に見れば獣人は人間の完全上位互換だから解らんでもない。


「舐めるな、人間め!」


 ほぼ無拍子で放たれた拳を素手で受け止めた俺は思わず口元を歪めた。やはり獣人はこうではくては。物事は単純な方が好みに合っている。


「やりゃできるじゃねえか。ガタガタ御託並べやがって、要は俺が気にいらねえって話だろうが! 男なら黙って(こっち)で来やがれ。遊んでやるから感謝しろ、この馬鹿野郎共が!」


 言い終わらぬうちに拳を顔面に叩きつけた。相手はもんどり打って吹っ飛んだが、全く力を入れていない一撃なのですぐに起き上がった。


「おのれ、誇りある神殿戦士団の我等に舐めた真似を! 命が要らんようだな!」


「まだ喋りやがるのか。お前らが喧嘩を売って俺が買った、事実はそれだけだろう。全員ぶちのめしてやるからかかって来いよ」


「者共、遠慮は要らん。その人間を半殺しにして巫女様の目を覚まさせるのだ!」


「「「応!!」」」


 周囲にいた獣人戦士たちの戦意が膨れ上がるのを感じ取りつつ、俺もまた高揚を感じつつある己を自覚した。こういうの久々だから自分も盛り上がっちまってるな。ライカールの喧嘩は気を遣いっぱなしで全く楽しめなかった。やっぱり獣人は良い、頑丈だし、後に引かなくてさっぱりしてるし。


「はあ、やっぱりこうなるんじゃないかと思った。解りやすいといえばそれまでだけど」


 背後でソウカの諦めたような声を聞きながら周囲の戦士たちが俺を取り囲むように陣形を組んでいる。いいじゃないか、彼我の戦力差の認識はともかく、油断せず俺をしとめようとする意思は感じる。


「解りました。戦士にはそれに相応しい解決があるということですね。ラムザ隊長、ただこれだけは申し伝えておきます」


「なんですかな、巫女様。手加減しろと仰られるのなら頷けませんが」


「まさか。そちらのユウキさんは我が父が本物の戦士と認めた真なる剛の者です。ゆめゆめそれをお忘れなきよう」


 ラナの言葉に周囲がざわりと蠢いた。


「馬鹿な、アードラー総戦士長が認めた戦士だと!?」「あの武神の御墨付きか……」「あの御方が武に対して虚偽を申されるとは思えぬ」


 俺を取り囲む戦士たちに動揺が見える。それほどにこの国でのアードラーさんは神格化している。これまでも比類なき戦士として名高かったが、サラトガ戦を経て更なる成長を経た彼の立ち姿はそれだけで武威を感じるほどだし、なによりも王に献上されたサラトガの魔石とあの巨大な佩剣は誰にでも観覧できるように展示されていた。俺もこの前カオルを連れて見に行ったが、そこからひしひしと感じられる敵の強大さが彼の偉業を余す所なく伝えていた。今では新たな称号を彼に贈ろうという話も出ているそうだ。


「面白い。総戦士長の眼鏡に適ったその力、見せてもらおうか!」


 臆している周囲の戦士と違い、隊長のラムザはその話を聞いて獰猛に嗤った。今の話を聞いて戦意を漲らせている。

 その意気や良し、実に気に入った。やはり獣王国は良い国でその性質が俺と合うのだ。ランヌに飽きたらこっちで生活するのも良いかもしれない。


「全員仲良く土を舐めさせてやるよ。まとめて掛かってきな」





「へえ、ここがダンジョンの入り口か。いかにもそれっぽいじゃないか!」


 馬車から降りたリーナが洞窟の前で感嘆の声を上げた。


「ダンジョンの入口は洞窟の奥な。雰囲気はあるが此処はまだ普通の洞窟だ」


「ふうん、そうなのか。じゃあ早く行こう! さっきの件で時間が取られてしまったからな!」


 大型馬車から次々と降りてくる皆を待たずにリーナは俺の手を引っ張ろうとする。気が逸るのは解るが、ダンジョンは逃げないから少し落ち着けと言いたい。


「この前来た時は違和感程度に感じたが、例の男が入れない結界って入口にあるんだったか?」


「はい、神殿に残る文献ではそう書き残してありました」


 馬車から降りたラナに声をかけると、彼女もそう頷いた。それを確かめるためにもあの連中を一人くらい残しておけば良かったか? いや、野郎は此処に近づく事も禁じられているんだっけか。だからあいつらは途中の道で待ち構えていたのだろう。


「そう考えるとユウキさんが男性なのに結界の内部に入れる事が”待ち人”の証明の一端になるわけですね。誰かに立会人になってもらうべきでしたね」


 同じ事を考えていたらしく残念そうなラナだが、俺はそうは思わない。彼女と彼等とは立ち位置が根本的に違っていたからだ。


「俺がその待ち人かどうかはあいつらにとっては大した問題じゃなかっただろ。奴等が派遣されたのはもっと単純な話だ。全部君の描いた絵だよな?」


 俺は視線を洞窟の内部に向けた。その中から一人の女性が歩み出てくるのが解ったからだ。


「フランちゃん! 出発の時に姿が見えなかったから何処にいるかと思ったら!」


 姿を現したのはソウカと共にラナの同期で大親友だというフランという狐の獣人のお嬢さんだ。大神官の地位にある対外的な神殿の顔である。

 非常に大所帯である獣神殿は大神官と神官長、巫女を支える役職を二つ設けている。ソウカの神官長は内部の統制が主な仕事であり、ダンジョンに関する多くの情報を精査する事も彼女の職務の一つでありだからあの日も俺達に説明をしてくれたわけだ。


 神殿外にいる事が多い彼女とは随分と久しぶりに顔を合わせた。実にラナの体を取り戻した以来になる。


「我等が”待ち人”たるユウキさんとはお久しぶりですね、お元気でしたか?」


「ああ、君には素材の件で随分と骨を折ってもらったと聞いている。本当に助かったよ、感謝している」


 俺は差し出された彼女の手を取って感謝を伝えた。実際に各地を歩き回ってもらったのは彼女なので感謝しきりである。


「いえ、どうせ貴重ではあっても使う予定のない素材だったのです。あの高名な賢者リエッタ様をお救いできたのならば、これ以上の喜びはありません。それにソウカちゃんから聞きましたけど、とてつもないお礼の品をご用意してくださったとか。素材をお渡しして完成品が返って来るなど普通では考えられません。これで頭の固い長老方にも私達があなたを特別視する理由がお解りいただけたと思います。貴方を助けたはずが結果として助けられているなんて、やはり貴方は選ばれた御方なのでしょうね」


 優雅に微笑む彼女はこの国でも指折りの大貴族のお嬢様だ。ソウカもラナもそれは同様ではあるが、その柔らかな物腰はフランが群を抜いている。渉外担当に最適なのも頷ける。

 そして彼女は交渉役だけでなく、策を廻らせるのも得意としている。今回もそれが発揮された形だ。


「その一環で頭の固いあの連中を焚き付けて大元の王宮勢力を叩こうとしたんだな?」


「はい、ユウキさんには全て御見通しでしたね。それでもご協力いただけて幸いです。お手を煩わせました」


 あの獣人たちは神殿の力を削ごうとする王宮の差し金だった。この動き自体は至って自然なもので、強大すぎる宗教勢力と対峙する王家ならどこでも経験することだ。宗教を管理下に置きたい王家と自由にやりたい神殿側のいつものやり取りであり、特に不思議はない。

 だが昨今は王宮を牛耳るシンバ内務卿の力が強すぎて神殿側がまともな抵抗もできなかった。ラナがぬいぐるみの姿になってしまった神降ろしの儀式などは最たるもので、脅迫じみた要求に屈せずにいたらそこまで徐々に追い込まれてしまったそうな。


 結果としてはラナが無事に帰還したことで事なきを得たが、それに俺が例の”待ち人”だという事でその勢いのままにフランが反撃の一手を指したと言うのが今回の一件だ。


「別に嫌でもなかったしな。獣人の性格的にお前が気に入らないとはっきり言ってくるから大分好ましいさ。安全な所でしか人の悪口を言えない陰険な連中よりかはよほどマシだ」


 クランやギルド総本部のやり方を非難したが、聡い彼女にはそれだけで伝わったようだ。


「ユウキさんも難儀な状況におられるご様子ですね。ですけど、世界中から注目を集めているその事実が私達の”待ち人”である端的な証明にもなっています。獣神殿としては最大限のお力添えをする用意がありますので、いつでも仰って下さいね」


「自分の事は自分で何とかするさ。俺に絡んできた連中も今は揃って気絶中だ。ソウカが見ているから、後でラナとともに合流してやってくれ。それじゃまた後でな」


 既にアルザスの屋敷ではライカたちが今や遅しと俺達を待っているらしい。俺も連中と遊んでしまったのでフランとの会話をさっさと切り上げて洞窟の中を皆と進んだ。


「見た感じは普通の洞窟ですね」


「いや、これは確かにダンジョンのエントランス部分ね、魔力が少し異質だもの」


 スイレンとエレーナがそれぞれ感想を話しつつ俺達は最奥部、かつてラナの体を保管していた巫女の修業場にたどり着いた。あの時は急いでいたから気にならなかったが、確かに清浄な空気が満ちていて、フランやソウカが此処でラナの帰りを待とうと考えたのも頷ける。


「で、ここまで来たけど、肝心のダンジョンは何処なのよ? それらしいのは全く見たらないんだけど」


 姉弟子の一言は皆の内心を代弁していた。俺は誰かが気付くかなと思って黙っていたのあるが、巧妙に隠されていた入口を見つける事は出来なかったようだ。歴代の巫女が修業に用いて一度も発覚しなかったわけだし、無理もない話なのかもしれない。


 俺は無言で岩のような見た目をした張りぼてを外す。重厚そうに見える岩があっさりと外された事に言葉もない皆を尻目に現れた地下への階段を指し示した。


「これが外れるのさ。キキョウは魔力操作で構造に気づいてほしかったけどな」


「未熟を恥じ入るばかりです。先入観に囚われていました」


 俺からの指摘に顔を赤くしているキキョウの肩を軽く叩いて、俺は皆に向き合った。


「部外者は誰もいないし此処で皆を呼んでもいいんだが、いつフランとソウカが戻ってくるか解らんから、転移環は降りて状況と安全を確認してからにするぞ。皆、準備は良いな?」


 皆の顔には緊張も浮かんでいるが、それを上回る期待と興奮が見て取れた。気負いも気後れもしていない、良い感じに戦いへの準備が出来ている。姉弟子とリーナは緊張が勝って些か不安だが、暫くは俺が見てやる必要があるかもしれない。


 さて、未踏窟のダンジョンを攻略しようか。鬼が出るか、蛇が出るか。いつもは相棒と二人きりで探索だが、今回はこんな大所帯で挑む。それだけで浮き立つような気分だ。


 さあ、このダンジョンはどう楽しませてくれるか、実に楽しみだ。




「えっと、なにこれ? なんかおかしくない? それともこれが普通なの?」


「いや、俺もこんなのは初めて見た。エレーナはどうだ?」


「右に同じよ。このダンジョン、普通じゃないわ」


 姉弟子の声に俺とエレーナが反応したが、その感想は同感だ。形状こそ通路の体はとっているものの、その規模が全く違ったからだ。


「だがまずは周囲の警戒だ。危険がない事を確認したらライカ達を呼ぼう」


 唖然として周りを見回している皆に声をかけると、はっとした顔をしてすぐに行動を開始する。


「お師様、周囲に危険はありません。やはりダンジョンの階段付近は安全地帯なのは変わらないようです」


 俺もそれは感じていたが、今回は彼女達全員の経験を積む事が肝要なので任せていたのだ。キキョウは他の仲間達と連携して周囲を警戒している。隣ではエレーナが姉弟子とリーナにそれを教えているところだった。


「そのようだな。じゃあ全員呼ぶとするか」


 そう言って転移環を置き、<念話>で如月に準備が完了した事を伝える。


<如月、待たせた。設置したから転移してきてくれ>


 これでこのダンジョンでは転移環の能力が無効化されるなどの特殊効果があれば笑い話だが、幸いそのような事はなく第一陣としてライカ達が現れた。


「師匠、遅いです。待ちくたびれました! 何があったんですか?」


「いや、特筆すべき事は何もなかったぞ。単純に遅れただけだ」


 俺は面倒な説明を嫌がり、後に続いて転移してきたカオルやシズカに声をかけに向かったから、後ろでモミジ達が会話している内容は聞いていなかった。


「今のは嘘。獣人の戦士団に喧嘩売られてたから遅くなった」


「師匠に喧嘩を売るなんてなんて命知らずな……ちゃんと身の程を弁えさせたのよね?」


「もちろん。50人以上居た獣人を沈めるのに5寸(分)かかってなかった。一対多数の戦いは本当に勉強になる。今思い返しても溜息しか出ない」


「それは師匠だもの、当然よ。魔法ばっかり注目されるけど、師匠は素手や武器を持たせても天下無双よ」


「ユウキさんが本当に凄いのは、私たちでも目に追えるような速度と私達でも何とか扱えそうな基本的な技術を使って相手を完全に圧倒していたこと。あれで負けると鮮やかすぎて文句も出ない。獣人達も最後は全員が納得してた」


「いいなあ、私も見たかった。Sランクになっても面倒ばかりだもの。弟子なのに師匠の側にいつも居られないとか不便すぎるし」


「ライカさん、ご安心を。お師様の勇姿はきちんと録画してありますから」


「キキョウさん、さすが一番弟子! 帰ったら早速見せてください」


「私も見る。あの動きは背後に目がついているとしか思えない立ち回りだった」


「ちょっと姉さん、いつまでも喋ってないで周囲を警戒してよ。ここはダンジョンなんだから油断しないでよね」



 ライカたちに続いてハクとユウナが転移してきた。ユウナは攻略には不参加だが、このダンジョンの異質さを知って助言を求める為に呼んだのだ。


「ハク。あまり気負わずやれ。ユウナが実戦に出しても大丈夫と判断したからには標準以上の実力が身についているはずだからな」


「は、はひっ」


 緊張で石のように硬くなっているハクは俺の声が届いたようには見えない。仕方ない、初日だしハクの他にも様子を見たい奴はいる。初日から楽勝なら各パーティーに分かれて探索するかと思ったが、このダンジョンの異質さを考えれば今日は固まって動くとするか。


「ハク、落ち着きなさい。これまでの修練を思い出すのです。ユウキ様の下で働くのですから失態は決して許されません。それを理解しているのですか?」


 ユウナがなんか理不尽な事を言っているのを聞き流しながら俺は最後に転移してきた如月を出迎えたのだが……彼の足元に余計なオマケがついてきていた。


「ごめん、ユウキ。いざ転移しようとしたら足元に飛び込んできちゃって……」


「とーちゃん、シャオもいく! ぜったいぜったいぜったいいっしょにいくんだもん!」


 如月の足をがっしりと掴んだ我が娘が盛大に我儘を言い出していた。


「シャオ、戻りなさい。これは遊びじゃなくて仕事なんだ。危ない目にも会うし、怖い事もある。シャオが来る場所ではないよ」


 俺は努めて怖い声を出した。これでも妹や娘、身内などには呆れるほど甘い対応をしていると自分でも思っているが、何でも許している訳ではない。特にダンジョンなど言語道断だ。


 俺がこれまでになく厳しい声を出した事でシャオはひしっと如月の足にしがみついている。だが、その瞳に涙が溜まってもその場を動こうとはしなかった。


「またシャオだけおるすばんなの? このまえもシャオがねているときにとーちゃんたちはお出かけだったのに! おいてきぼりはいや! とーちゃんやみんなといっしょがいい!」


 いや、留守番が嫌とかそういう問題じゃないんだが……この前とはラコンやライカ達と神殿にラナを迎えに行ったときの話だ。自分に黙ってお出かけした事に猛烈に拗ねられてしまった。昨日の昼くらいまで口を利いてもらえなかったくらいなんだが、それとこれとは話が違うだろう。


 シャオは基本的に物分かりがよい子なんだが、ときたま非常に意固地になる。こういうときは叱りつけてもどうにもならないと経験で理解しているが、まさかダンジョンについて来たがるとは。こういうときにキャロや彩華が遊びに来てくれれば……いや、一緒にダンジョン探検しようと言い出しかねないな。


 どうしたものかとシャオの足元にいる護衛のクロを見たが、こいつはどうしてこんなことに、といわんばかりの顔をしている。咄嗟のシャオの行動に必死でついてきたようで、助けを求める視線をこっちに寄越してくる始末だ。むしろこっちが助けて欲しいんだが。


<ユウキ、こうなったシャオは梃子でも動かないよ?>


<それは解るんだが、ダンジョン探索に連れてゆくわけにもいかんだろ。俺は後ろからついていくだけで危ない真似をする気はない……ん?>


 <念話>でどうしたもんかと話し合う俺達だが、俺は自分の言葉がふと気になった。今日の俺はまさに付き添いだ。みんながダンジョン探索しているのを後ろから眺めながら気分転換になればいいと思っている程度である。戦闘に参加する気もこの面子なら必要さえないだろうし、介入するにしても魔法で遠距離からだろう。

 つまり、俺の周囲に居れば危険はない事になる。俺の腕の中に居れば、問題は……ないのか? いや、幾らなんてもダンジョンに幼児を連れ込むなんて無茶が過ぎる。俺が聞いたらその者の正気を疑うだろう。


「とーちゃん、だめ?」


 くそっ、どこのどいつだ。娘にこんなお願いの方法を教えたのは! 俺は別段甘い父親ではないはずだが、そんな顔で上目遣いで見上げられたら嫌といえる父親がこの世界に存在するのだろうか。


「今日だけ、本当の本当に特別だぞ」


「ほんと!? とーちゃんだいすき!!」


 大きく溜息をついた俺は、仏頂面をして娘を腕の中に抱き上げるとシャオは俺の首に縋り付いてきた。


「絶対に俺の腕から降りないこと。それが守れるな?」


「うん!」


 俺は足元をちょろちょろと歩いているクロに声をかけた。


「クロ、悪いが気合入れてくれ。俺も何とかするが、頼むぞ」


「承知ニャ。防衛に関してなら自信有りニャ。最悪の場合は召喚枠の拡充もお願いするニャ」


 今現在クロが呼び出せる呼び出せる召喚獣(呼ぶのは獣ではなくゴーレムとエルダーリッチだが)の数は18体。そのうちの15体は既に日課で金貨に変えているが、実はその消費した枠を回復する手段が存在した。実行するには結構面倒な手順が必要で普段は行う気がしないが、後で暇を見てやってもいいかもしれない。


「解ってる。浅い層だし、そこまでひどい事にはならんと思うが、そっちも警戒してくれ」


「一命を賭すニャ」


「クロ、おいで」


「にゃあ」


 シャオの腕の中で喉の鳴らすの姿からはとても感じられないが、決意を秘めた声でクロは一鳴きした。



「悪いな、今日だけこんな感じになった。元から俺は大したことをしないつもりだったが、突然の変更を申し訳なく思ってる」


 腕の中に娘を抱いた状態で素直に頭を下げる俺に皆も困惑しているが、エレーナがどこか諦めたような声で場を締めた。


「別に。その子はあんたが守るんでしょ? だったら私達のやる事が特に変わった訳でもないんだし、気にしてないわよ。それよりこのダンジョンの事を話し合いましょ? 明らかに何か狙いがあるわよ、この形状」


「とーちゃん、ここ、ひろくておっきいね」


 ほわー、とシャオが呆けたような声を上げた。娘の言うとおり、この通路は俺が知る平均的な幅の5倍はあり、天井の高さは最上部が暗くて見上げられないほど高い。だが構造はよく見知った石畳のダンジョンに過ぎない。


「作りそのものは正統派(オーソドックス)だね。それだけにこの造りが気にかかる所だけど」


「ああ、いやに階段を下りるなとは思ってたが、この天井の高さを作り出すためだったんだろう」


 如月の呟きに答えた俺は思案顔の皆に問いかけた。


「わからん事は進んでみれば判明すると言いたい所だが、折角初心者がこれだけ集まっているんだ。色々と想像を働かせてみようぜ。キキョウ、ライカ、気になった事はあるか?」


 俺は弟子達に観察することの重要性を嫌というほど教え続けてきた。ありとあらゆる場所に気を配ることのよって何気ない日常の光景でもふとした違和感を見つけ出せる。

 それは依頼の明らかな不備であったり、仲間が不調を意図的に黙っていた事を気付けたりと、多くの気付きとなって彼女達を救ってきた。


 そしてそれはもちろんはじめて訪れるダンジョンでも同様だ。既に二人は幾度となく周囲に視線を向け、状況の把握に努めていた。ちゃんと修業の成果が出ており、師匠としても一安心である。



「当たり前すぎて指摘するのもあれですけど、まずこの通路の広さと天井の高さですね」


「幅が広いのもそうですが、特にこの天井の高さが気になります。何故此処までする必要があるのか、そして必要があるとなると、何を意味するのか。嫌な予感がしますね、可能性としては飛行系のモンスターが出現する恐れが」


「うわ。面倒」


 キキョウの言葉を聞いて姉弟子が露骨に顔を顰めた。飛んでいるモンスターを倒すのは非常に苦労する。それも魔力を消費する魔法職にとっては消費の激しい範囲攻撃魔法を選択する必要があり、継戦能力の点からも望ましい事ではないからだ。


 だが姉弟子以外は超一流に片足突っ込んでいる連中ばかりであり、飛行系モンスターなど鼻歌混じりに撃墜できる技量持ちだ。姉弟子だって俺から魔力操作を教わっているので出来なくないと思うが、不安に思う所が実戦経験の差なのだろう。


「だな、俺も色々思う事はあるが、いつまでも此処でこうしていても仕方ない。この層は小手調べとして皆で固まって行動するとしよう。シズカとハクは先頭へ。あとロキ、この野郎、さっさと来やがれ」


「わふ!」


 俺が呼び出してようやくロキの分身体が転移してきた。さてはこの駄犬、呼ばれなかったら引っ込んでいるつもりだったな? 今日の飯は干し肉にしてやろうか。


「わっふわっふ! わふふ!」


 こいつも何故か俺の考えを読めるらしく、しきりに足にまとわりついて媚を売り始めた。腕の中のシャオがロキの頭を撫で回してご機嫌だ。


「さっさと先頭に立て。お前が索敵して敵を引っ張って来い」


「わふ!!」


 俺の命令を受けて疾風のように駆け出したロキは途中で大きく遠吠えした。よく響く声がダンジョン内で木霊すると、それに呼応するように複数の獣の鳴き声が返ってきた。


「なるほど、獣王国のダンジョンだから獣が多く出現する理屈か。皆、来るぞ」


「ちょっと待つ。足音からすると4体しか来てない計算。今のところは後続なし。だけど、なんか変」


 石床に耳を付けて足音を聞いていたらしいモミジが怪訝な声を上げた。


「それこそ飛行系が来ている可能性もあるわ。皆油断せず、いつもどおりの対処を。さあ、始めましょう!」


 ”緋色の風”のリーダーであるスイレンが皆に声をかけ、シズカが魔法の弓から矢を生み出し、モミジが戦闘体勢を取った。ライカやエレーナたちは初戦を譲る気らしく、動く事はなかった。


 そしてすぐ前の曲がり角から姿を現した敵を見て俺達は驚嘆の声を上げることになる。


「デカい! なんだこの大きさは! あれって狼だよな、象みたいな巨体だぞ!」


 どれだけ大きい固体でも俺の腰ほどが精一杯のはずの狼が、本当に見上げるような巨躯で現れたのだ。しかもその動きは俊敏で、巨体ゆえの鈍重さはまるでなかった。


「動きは相応に早いですね。要警戒なのは変わりませんが……」


「特に対処は普通の個体と変わらない。弱点もそのまま?」


「待ってモミジ、最初は私達が仕留めるわ。キキョウ、準備は良くて?」


「もちろん。2体は任せて」


 そう言うや否や、キキョウの周囲から氷の刃が射出された。目にも止まらぬ速さでそれぞれが狼の頭部に突き刺さる。それはカエデの放った矢も同様であり、4体の狼は為す術なく塵に帰っていった。


「速い! それも無詠唱でなんて威力なの! あんたの弟子だから相当やると思ってたけど、これは想像以上よ。あの弓使いも凄まじい技量だわ」


「うんうん、実に見事だ。私も負けていられんな」


「か、完全に上を行かれてる。私、エルフなのに……」


 エレーナ達がカエデとキキョウの技量に驚愕している中、油断せず索敵を続けていたモミジが鋭い警戒の声を上げた。


「新手、羽音が聞こえた。多分鳥系!」


 その言葉が終わらぬうちに今度は巨大な鷹が現れた。それもかなりの高度を飛んでおり、天井の最上部が暗いせいもあって視認が難しい。数は、二羽か。見難いが奥にもう一匹いるな。


「なるほど、ああいう敵がいるから天井が高いのか。面白いダンジョンだ、やっぱり世界は広いな」


「おっきいとりさん!」


「そうだね。あの大きさになると本当なら自重が重すぎて空は飛べないと思うけど、まあ魔法がある世界だしね」


 好き勝手に感想を述べ合う俺達だが、戦う皆は一切の油断をしていない。カエデが弓を引き絞り、様子見の一撃を放つも、高速で飛翔する魔法の矢はひらりとかわされてしまった。あの一撃を避けるとはまだ一層だというのに結構な難敵だな。


「カエデさん、ここは私に任せてください。私も師匠に良いところを見せたいので」


 ライカがカエデの側に歩み寄るや否や、二羽の鷹が突如として塵と化しながら落下した。


「今のはライカちゃんの攻撃かい?」


「ああ、あいつもなんだかんだ言って物覚えはいいからな、無音で透明な矢を自由に操って一本の矢で二羽同時に倒したんだ。キキョウもライカもとんでもなく腕を上げたよ。もう俺に教えることなんて何も残ってない、そろそろ卒業だな」


「嫌です。お師様にはもっともっと教えを乞いたいので」「絶っ対嫌です! 卒業だって言われてもまた一から弟子入りし直しますからね!」


「ははは、愛されてるねえ、ユウキ」


 邪魔にならないようかなり離れていたはずなのに俺と如月の雑談を聞いていたらしい二人が同時に叫んできた。お互いに顔を見合わせて、大きく頷いている。俺に弟子入りする前はそこまで仲が良くなかったと思うが、今では阿吽の呼吸で俺をやりこめてくるくらいだ。


「ちょっと、師匠、聞いてるんですか!? なにがあっても弟子は辞めませんからね」


 普通は辛く苦しい修業時代はさっさと終わらせたいと思うもんじゃないのか、とそんな事を考えたが、俺の口から出た叱責は別の事だった。


「ここがダンジョンである事を忘れるな。いくら1層とはいえ油断すると大怪我するぞ」


「は、はい! すみません!」


「じゃあ、このダンジョンの概要も解った事だし探索を始めようか。エレーナ、指揮を頼む」


「ええ、さあ皆、油断しないで行くわよ」



 こうして現れるモンスターが全て巨大化している変わったダンジョンを探索してゆく日々が始まるのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。


申し訳ない。本当に不調かもしれません。

水曜予定が思いっきり躓きました。


前半部分に4か近くかけたのに後半は3時間で出来ると言うちぐはぐな感じでした。


年度末進行や花粉があっとはいえひどい出来です。

しかも今年度から休日が変更になり、水曜更新が厳しいという悪夢。

ですが自分は甘やかすと何処までも行く奴なので何とか週2更新は維持したい所です。早速出来てないけど。


ダンジョンはさくさく進めたいと思います。こちらの戦力が明らかにオーバーキルなのでどいつも基本雑魚になります。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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