秘密 4
お待たせしております。
<この人が国王だって!? 飲み会の席で時たま会うおっちゃんじゃんか! え、ちょっと待ってくれ。情報量が多すぎて混乱してきた。セリカのお袋さん助けに来たはずがなんでこの人がいるんだ? それも王様?>
<念話>で一部始終を見ていた玲二が混乱した声を伝えてくるが、彼へ返事をするのは少し後になりそうだ。
俺の突然の問いかけに伯爵は顔を強張らせた。それは咄嗟の事ですぐにその顔は平常に戻ったが、逆に怪しさを増している。先ほどまでは安堵の表情をしていたからだ。
自分でもそれに気付いたらしい伯爵、いや国王は憮然とした顔をしてこちらに口を開いた。
「いつから気付いていた?」
「正直な所を言えば初対面の時に。公爵が私的な飲みの席に連れてくる貴族というだけで大体の想像はつきましたよ。確信したのは今の貴方の反応ですが」
公爵は前国王の王弟であり、この男の叔父に当たる。国王にとって最大の理解者であり主従を超えた関係だと聞いているし、実際にそんな光景を何度も見て来ている。厳格な前王と違い、かなり砕けたところもあった若い時分の公爵を随分と慕い、社会勉強と称して共に遊び歩いていた時期もある……今現在もか。シロマサの親分さんと三人で普通に飲んだくれているからな。
「ふん、あの状況で問われれば取り繕えるものか。このような場で正式な挨拶はしたくなかったが、いかにも私がランヌ国王、アディソン3世だ。伯爵も偽称ではないがな」
そう言って彼は手にしていた指輪を外した。姿を変える魔道具であると見抜いていたが、指輪を外した彼は白髪でも大柄でもなく、何処にでもいそうな鳶色の髪を持つ中年の男だった。
だがその瞳が違う。それだけで全てを納得させるほどの力を持っている。王として、この国の全てを背負う覚悟を固めているものだけが持ち得る何かがそこにはあった。
ランヌ王国に生まれたのは幸運だった。単純にそう思えるくらいには俺は彼を認めている。
「存じておりますよ、皇太子は皆その爵位を継がれるとか。それはそれとして失礼いたしました、陛下。時と場所を選ぶべき話題だったのは確かですね」
俺は慇懃に頭を下げたが、既に俺の本性は彼に知られているから、鼻で笑われてしまった。
「全くだ。我が妻の事で礼を告げに来たはずだったのだがな。素直に礼も言えぬ空気にしおって。まあとにかく感謝する。妃を救えるのはお主しかおらぬと思っておった」
そう告げて深々と俺に頭を下げる国王の謝意を俺は手で制した。
「セリカから頼まれただけですので、お気になさらず」
「そうはいかぬ。妃は治療さえ拒んでおったのだ。このまま死なせてくれと懇願する妻を救えぬ無力さを噛み締めておった。お主にはどんな言葉でも感謝を伝えきれぬ」
王がみだりに頭を下げる事はあってはならないが、ここは私的な場所だから構わないと言う判断なのだろう。それに彼が家族を深く愛している事はこれまでの付き合いでよく解っていた。
「あのセリカが死にそうな顔で泣いてましたのでね。事情を考えると余計な世話とは思いましたが」
この館自体が限られた者にしか存在を明かしていない秘匿されたものだった。今は多くの兵士が周囲を警戒しているが、普段は幽霊屋敷と噂されているほどだ。
本来余り余人に立ち入られたくない場所のはずだ。だから俺もソフィアとセリカだけ連れてこっそりと侵入する方法を取った。
だが結果を見れば来てよかったと思っている。セリカに遠慮して詳細な事情をユウナから聞かずにいたが、えげつない劇物を顔にかけられていたとは思わなかった。俺でなくては全て元通りとはいかなかっただろう。
敵はただ殺すだけでは飽き足らず、相手が最も傷つく方法を選んでいた。人質を取られたメイドにしても刃物で襲わせるのではなく劇物を渡すあたり徹底している。偏執的な悪意が見て取れた。
「本当に心から感謝している。あの傷を見たとき、いかなる魔法薬でも効果はないと諦めていたのだ」
彼女のためにも記憶から抹消すべく意識しているが、劇薬の影響は頭皮にまで及んでいたからな。元通りになった後でご尊顔を拝見したらこりゃもし命が助かっても改めて自殺しかねんなと思ったほど酷いものだった。
セリカが部屋に入れないと言ったわけが解った。恐らくある程度の事情は聞いていたのだろう。誰だって変わり果てた母親の姿を見たいは思わない。あの女が声を殺して自分達の運命を嘆く訳だ。
もうその必要も無くしてやるが。
「もう済んだ事です。しかし……俺の妹の件でも感じましたが、人の妄執とは侮れませんね。いかに年月が経とうともあきらめる事をしないようで。この件、如何されるおつもりで?」
顔を上げた国王の顔には鬼が棲んでいた。
「許さん。我が妃を卑劣な手段で辱め、命まで奪おうとした。何があろうと絶対に許さぬ。ギルザードの屑どもには地獄を見せる。絶対に、絶対にだ!」
国王から周囲に迸る殺気を受けた俺は思わず口元を歪めた。これまでの付き合いで理解していたが、この男は王である前に雄だ。己の女を傷つけられて黙っている男ではない。
俺もこの件は許せる限界を越えた。仕掛けた連中は完全に敵認定だが、報復の主導権は彼に委ねてもいいだろう。自分の女を殺されかけて、一番腸煮えくり返っているのは間違いなく彼なのだから。
もしここで国益がどうとか言い出して尻込んでいたらこの国そのものを見限っていたかもしれない。
ここまでされて黙っていたら周囲から舐められる。この王妃を世間から隠していたとかそういう問題ではなく、殴っても無抵抗で下を向く相手だと認識される。
そしてそんな相手と対等に付き合おうとする者はいない。弱者は強者に骨まで貪り尽くされるのが世の倣いである。かつてこの国は弱く、この件で涙を呑んだが、今は違う。実力行使に及ばれて黙っていられるほど軟弱ではない。
国王の瞳には怒りと憎悪の炎が燃え盛っている。ありとあらゆる方法で報復が開始されるのは間違いない。
<こりゃ戦争になるのか? 私怨で戦争はちょっとなあ……>
不安を滲ませる玲二だが、その心配はないと言っていい。
<喧嘩するには遠すぎる敵だからそれはないだろ。国を二つ程隔てているし、その国は海に面してもいないからな>
「自分が潰そうかと思いましたが、復讐は貴方に譲った方が良さそうですね」
「無論だ。奴等にこの怒りを思い知らせてくれる! いくらお前でもこの権利を譲るわけにはいかん」
「わかりました。連中に地獄を見せる時は手伝いますよ」
「お前の分を残してやれるかは解らんがな。だが、何故この近くにいたのだ? 妃の部屋からはかなり離れておるだろう?」
彼は娘であるセリカとソフィアが現われた事で俺の到着を知った。俺達が侵入した事は魔道具で感知していたはずだから、王室と深い関係を築いているソフィアに説明をしてもらいに行ったのだ。あの状態のセリカでは役に立たないだろうから、妹の登場は有り難かった。
そしてメイドの叫びで妻の傷が癒えた事を理解したようだが、その後は俺を探し回っていたらしい。
「この先の地下に例のメイドがいましたので。そちらの方も治しておきました」
「なに? 自害して果てたと聞いていたが……」
国王の顔は不機嫌そのものだ。あれだけの事をされたのだからその反応もわかるが、ここは一言述べておくべきだろう。
「状況を聞けばそのメイドも被害者ですよ。それに治療は奥方が命じたそうです」
「それは聞いておる、聞いておるが……感情が納得せんのだ」
今にもそのメイドを殺せと命令しそうな顔をしているが、少し頭を冷やすべきだな。無理もないことだが。
「それでも納得して下さい。聞けば彼女は何年にも渡って側仕えを勤めていたとか」
「事実だ。妃が王城から出ても変わらず忠節を尽くしてくれた。だからこそ、裏切りは……」
「憎むべきはそのメイドを脅した連中です。それに奥方が目覚めた後、メイドが死んだと聞けばどうなります?」
俺の言葉に王はその表情を顰めた。そこまで考えていなかったという顔だが、今の彼にここまで気を回せとは言えない。周囲の誰かが進言すべき話だ。
「それは……ひどく気落ちするだろう。この館の者は本当に良く仕えてくれた。己が所業の罪深さに耐え切れず自害したと聞けば、妃は後を追いかねんほどにな」
実の娘であるセリカがいるんだからもう少し自重しろよと言いたくなるが、色々とあった人だから他人があれこれ言うのは憚られる。
「とりあえず今は”クロガネ”の者達にこの件の黒幕を狩らせています。見つけ次第地獄を見せて殺せと命じていますが、生け捕りますか?」
正直俺は怒りのままに命じていた面はある。判断は王に委ねるべきだろう。そう思って尋ねたが、彼は首を横に振った。
「業腹だが、どうせ下手人を突き出したところで何の意味もない。滅ぼすべきは奴一人、他は捨て置け」
当然だがこの場合の捨て置けとは見逃せではなく、始末しろという意味である。
「わかりました。後はメイドの家族が無事であれば言う事はないのですが、これは高望みでしょう」
「であろうな。我が妃の心の平穏を思えば生きていて欲しいが……」
現状だといくら奥方が許してもメイドは罪悪感で再度死を選びかねない。綺麗に片付けるには人質の家族が生きていることが最高なんだが、こればかりは敵の思惑一つだ。拉致られたのが三日前というし既に用済みとして始末されてるか、確実な結果が出るまでは生かしておくか……俺なら前者を選ぶから望み薄だなぁ。
<マップ>を見る限り捜索は”クロガネ”の総力を上げた家捜しだ。数千人が敵を求めて駆けずり回っている。
国王は親分さんとも親しい……というか昵懇だ。公爵は王太子時代の伯爵を連れて遊び歩いていたというし、若い頃から親分さんと付き合いがある。昔は普通に3人で飲んでいたらしいし、公爵と親分さんは断絶しても伯爵とは切れていなかったはずだ。
そしてそれはアインとアイスの存在が証明している。二人はその縁で近衛に取り立てられたはずだ。というか、国王自身が後見になって引き立てないとそれ以外、孤児が近衛騎士への道は有り得ないだろう。幼少時から見知っており、身元も確かでも心根も解っている裏切らない忠実な騎士は王家にとって心強い存在に違いない。
その時通話石に反応があった。仕事が速いな、流石ジークだ。
「頭、お待たせいたしました。賊を殲滅し、人質を救出いたしました」
「そうか。よくやった、ありがとう。人質は親分さんの屋敷に連れて行け。そして人質たちに娘は無事だと伝えておいてくれ」
「畏まりました。この度の不手際、面目次第もございません。咎は如何様にも」
すぐに迎えを出すと横で王が言葉を発した。それに頷いて俺はジークに返事をする。彼の不手際ではないが、事実として無辜の民が命の危険に晒された。”クロガネ”は普段肩で風を切って王都を歩く以上、こういったことに対して責任がある。たとえ街の衆が擁護しようとも”仁と義”を組織の大看板に掲げているというのはそういう事だ。
「俺達は神ではない。全てを見通すことなんざ出来ないが、それでもやらなくてはならん事はある。これを教訓として失敗を活かせ。迅速な仕事だった」
通話石を切ると王が感心した表情を浮かべている。
「解ってはいたが、”クロガネ”の組織力には驚かされるな。捜索して半刻(30分)も経たずに人員を動員し見つけ出すとは。間違いなく衛兵より素早い働きだ」
たしかに早いが、恐らく住民からの情報提供があったのだろう。うちの宿に止まっている怪しげな奴等が……などと民衆の支持を得た”クロガネ”には様々な報せが齎される。
そして先程まで親分さんの屋敷には多くの男達が集っていた。捜索の人手は十分だろう。
「この手の輩が潜伏する場所は大抵がこちらの領分ですからね。それでも速かったですが。とにかく無事で良かった。これでこちらは円満解決に向けて一つ前進です」
「何から何まで感謝する。この礼は……」
「兄様、兄様!」
国王の声は俺を呼ぶ妹の声で掻き消された。ソフィアは俺を見つけると走る勢いのまま抱きついてきた。妹よ、シャオと同じ事をしてはいけない。お前は娘と違って身長も重さも倍近いのだから。あ。いや軽いぞ、ソフィアはとても軽いから心配は要らない。
心の中で何かに謝罪していた俺だが、感極まったような妹の声にこちらが戸惑ってしまう。
「素晴らしいです兄様! アリッサ様のお怪我を傷一つなく癒してしまうなんて。セリカ様をはじめ、ご家族の皆様は涙を流してお喜びでした! やはり兄様に不可能な事なんて何一つありません!」
「今回は上手く行っただけだ。俺にも無理な事はあると最近解っただろう?」
大興奮ではしゃぐ妹を宥めるが、これは本心だ。手持ちにエリクシールがあるとはいえ、もし手遅れだったら俺にはどうしようもなかった。重篤とはいえ命がまだあったのは初期治療が早く、的確であったのが大きい。
「それでも兄様なら解決してしまうでしょう。これまでの全てがそれを証明なさっていますわ!」
この上なく上機嫌の妹だが、俺の隣にいる人物を認めてその動きを止める。
そりゃあ国王が側にいれば固まってしまうのもしかたない。
「へ、陛下! いらっしゃるとは思わず、申し訳ありません」
恐縮して小さくなっているソフィアは新鮮だったので、俺も思わず助け舟を出さずに見入ってしまった。
「ははは、良い。気にするな、姫よ。このような場所にまで出向いてくれたのだ、姫にも感謝しておる。あれも心強かったであろう」
「いえ、クローディア様にはこの地へ誘ってくださった大恩がございます。恩義を返すには当然のことですわ」
「そなたが我が国で健やかであればライカールの兄弟にも顔向けが出来るというもの。だがもう夜も更ける。今宵はこの館で休むが良かろう」
「いえ、陛下。ご心配には及びませんわ、何故なら私の隣には兄様がいらっしゃるのですもの」
皆様が陛下をお探しでしたよと上機嫌で告げるソフィアに促され、俺達は館の中を歩く。セリカは母親の側を動いていない。今日のところは家族揃って過ごすべきだと思う。
<なあ、ユウキ。そろそろ事情の説明が欲しいんだけどさ……>
<念話>で玲二がそう呟くのも無理はないと思うが、どうしたものか。
<セリカのお袋さんを助けに行くはずだったのが何でか伯爵が王様って事になってるし、話からするとセリカはこの国の姫様ってことか?>
<その認識であってるが……どうやって話したもんか>
<とにかく話がこんがらがってるんだが、説明が欲しいぞ説明が>
仲間もこれを聞いているはずだが、誰も口を挟む気配はない。仕方ない、俺が説明するか。
<今回の件を説明するとちょいと長い話になるぞ。大雑把に要約するとだな、順序で言えばまず大体20年前くらいにセリカのお袋さんがこの国に嫁いできた。その第3妃のアリッサ妃の生まれがギルザード帝国って国だ>
<ん? どっかで聞いた国の名前だな、それ。どこだっけ?>
<みんなで行ったギルドオークションの時だね。イリシャが見つけた呪物の事を覚えているかい?>
如月が会話に参加し、彼の言葉で玲二も思い出したようだ。
<ああ、思い出した。そんときだ、確かとんでもない国王がいて国が滅茶苦茶になってるとか言う話の国だろ>
<その王が前王をぶっ殺して国を乗っ取ったのが大体10年前な。そんでそいつがまず最初にやった事が前王の血筋を全部粛清する事だった。そりゃもう殺りまくったそうだ。他国に行った王族でも全く容赦なしに首を寄越せと要求したそうだ>
<そりゃまた無茶な。セリカの母ちゃん来てもう結構経ってるじゃんかよ>
<狂人にまともな理屈が通用しないって典型だな。その要求は各国に出されるが、当然拒否される。だが拒否すると戦争を吹っかけるイカレっぷりでな>
当然周辺国では戦争になったが、狂気の全方位攻撃であり、当たり前のように全敗した。それで表面上は大分大人しくなったが、影では陰湿さを増した攻撃が行われるようになった。
<文句のつけようのないクズだな>
<特にここに嫁いだ妃は殺された前王の妹らしくてよ、直系だけは絶対根絶やしにするとばかりに後先考えず無茶してきたそうだ>
ちなみにその謀略で被害を被っている人が俺たちの知り合いに数人いる。だがこれは敵国がというより国内問題なので隣で歩く国王の判断一つで解決可能だ。後で口添えしておくか。
<そんでなんやかんやがあってこの国が出した結論があの王妃を死んだことにして存在を隠すことだった。そうなれば自然とその娘であるクローディア姫、というかセリカも存在を隠される訳だ>
セリカってのは偽名じゃなく、長い名前の一つにそんな感じのやつがあったはずだ。
<いやいや、その”なんやかんや”がめっちゃ気になるんですけど>
玲二がそこ大事だろと言ってくるが、ここでは話さない。
<そこは関係ないし話が長くなるんだよ。裏取りしてないから憶測になるしな。気になるならバーニィに聞くといい>
<バーニィ? なんであいつがここで出でくんの?>
<あいつが惚れてる公爵家のアンジェラがこのゴタゴタで割を食った筆頭なのさ。元伯爵家のお嬢様だからな。その縁であいつも詳しいはずだ>
あいつがあそこまで強さを求める理由もそこらへんな気がする。
<とにかく話を戻すぞ。第3妃とセリカはこうして王家こ公式な記録から全て抹消された。だが、あいつの性格を見る限りでは家族から愛情を持って育てられたんだろうよ。で、例のギルザード帝国は当然納得しない。諦めず何度か刺客を送り込んできた。今までは撃退に成功していたが、今回はしてやられた。話はそんな所だ>
<なるほど、事情は理解したよ。でもなんでお姫様であるセリカちゃんがユウキの借金取りの代理人をしているんだい?>
如月が不思議そうな声で尋ねてくるが、彼自身わかっていて聞いているのは明らかだ。
<それは後で本人の口から話してもらうとしようぜ>
あの馬鹿は母親がこんなことになっていとも俺が言わせるまで決して助けてくれとは口にしなかった。
平然と俺に金の無心するあいつがである。
それどころか俺だけには話すわけにはいかないとまで言っていた。
これも予想できたことではあるが、全ての種明かしはセリカがするのが筋というものだろう。
俺たちが王妃の部屋に戻ると、そこには二人の女性が寝台の側に立っていた。その顔には揃って涙が見えるが……来るんじゃなかった。二人共顔見知りだったからだ。
「おお、此方がユウキであったか! よくぞ、よくぞやってくれました。今度ばかりはアリッサを救えぬかもしれぬと覚悟していたところを、このような奇跡が……」
王と同年代のはずだが随分と若い多分第一王妃ミランダが俺に涙ながらに感謝の言葉を述べた。これまで如月の喫茶店で何回かすれ違っていて、会釈する程度の関係だったから声を聞くのは初めてだ。
「上手く行ってなによりです。幸運が味方しました」
こちとらセリカの顔だけ見て帰るつもりなので、長居はしたくない。彼女を探すと、母親が眠る寝台で顔を突っ伏していた。
「セリカ、双子も待たせているし、俺達は戻るからな。お前さんは今夜はここにいるといい。積もる話もあるだろう」
「……わかったわ」
俺に泣き顔を見られたくないのか、顔を伏せたままセリカは答えた。そのまま国王に軽く頭を下げて部屋を退出しようとしたら、もうひとりの第二王妃であろうグレースが声をかけてきた。
「此度の働き、見事であった。望みの褒美を取らせようぞ」
予想外の発言に訝しむ顔をした俺は国王に尋ねる。
「よろしいんですか? 望みの褒美をもらえるそうですが?」
俺の言葉に目をむいた国王は第二王妃を窘めた。どうやら彼女は事情を良く知らないらしい。第一王妃は切れ者と評判だが、彼女の方は社交界で名を広めている。そちらでソフィアの後見をしてくれているので俺の好感度は彼女のほうが実は高かったりする。
「グレースよ、滅多な事を申すでない」
「陛下! アリッサの命を救ってくれたのですよ? この功績に報いねば王家の恥となります」
王妃の仰る事はもっともだが、俺に当てはめてはいけない。国王は正論過ぎる妻の言葉に苦慮している。助け舟の一つでも出してやるか。
「では陛下、一つだけお聞きしたい事が。これまで第三王妃の事を世間に隠しておられましたが、これからはどうなさるおつもりですか?」
「一体なにを言い出す……ふむ、そうであるな。確かに一理ある。皆に諮り、検討しよう」
「自分に言わせれば襲撃を受けた以上、隠しても隠さなくても同じ事だと思いますが。今更この館に押し込める意味も薄れていると思いますよ。そうすればあいつも面倒な柵から解放されるはずです」
「なるほど、セリスティーヌの為か。我が娘はお気に召したようだな」
国王がにやりとするが……別にそういう色恋の話じゃないんだが。
「少なくともあいつは俺の身内だ。すべき事はしますよ」
これで話すべき事は全て話した。後は家族水入らずにしてやるべきだろう。なにやら王妃たちがいまだ眠るセリカの母親を見て騒いでいるが、俺はさほど気にせず未だに俺の腕に引っ付いて離れる気が無さそうなソフィアを連れて俺はこの場を辞する事にする。
「なんだ、もう行くのか?」
「はい、家族に何も言わずに出てきたので。護衛の双子も近くで待ってくれていますし。陛下とはまた公爵との席でお会いできるかと」
「そうだな、この礼はまた場を改めるとしよう。今日は本当に助かった。我が家はお前の行いを決して忘れぬ。我が名に懸けてこれを誓う」
「そんな大仰な。晩飯前の一仕事、俺にとってはその程度のものですから、そうお気になさらずとも結構……」
「そんな容易いものなのだとしたら、もう一仕事頼んでもよいかしら?」
背を向けた俺の背後から得体の知れない強大な気配が二つ、それぞれの腕が俺の肩を掴んだ。
「ミランダ? グレースも一体どうしたのだ?」
「貴方は口出し無用です!」「そうです、この一大事を前に躊躇などしていられるものですか!」
「お二方、兄様に一体なにをなさるおつもりなのです!?」
俺の腕にしがみ付くソフィアも鬼気迫る王妃二人に驚きを隠せない。この二人、いきなり豹変したぞ、一体何があったんだ?
「ソフィアちゃん、貴方気付いていたの?」
「な、何の事でございますか? 兄様に何か?」
「そう、貴方は解らなかったのね、無理もないわ。まだ13ですもの。縁のないことなのでしょう、本当に羨ましい」
「ミランダ様、一体何のことを仰っているのですか?」
王妃ミランダの言葉に顔に疑問符を浮かべている妹を後ろに庇いつつ、俺は尋常ではない気配を放っている二人に声をかけた。
「先ほど御二人は自分に仕事を頼みたいと仰っていましたが……」
「ええ、私達にも回復魔法をお願いしたいのです」
「なに!? どこか怪我でもしているのか、二人とも」
王の言葉に二人はゆっくりと首を振る。その目は爛々と光り、強い情念が窺い知れた。
「貴方もアリッサを見れば解ります。あの子も既に娘が男を連れてくる年頃、当然ながら衰えは隠せず、頬に小皺ができていました。それがどういうことでしょう! 今の彼女の肌はまるで若返ったかのように若々しく、小皺など一つも見当たりません。その理由は間違いなくこの者の回復魔法のはず! さあ、私にも魔法を、この肌に回復魔法をかけるのです!」「そうです、さあ早く!」
その勢いに気圧された俺が言われるままに回復魔法をその二の腕にかけてゆく。
そしてその結果を見た王妃は歓喜の叫びをあげるのだった。
「ああ、肌が! 艶と張りを! どれほど施術を重ねても無理だったものが!」
「ミランダ様、ご覧ください。肌が水を弾くのです! この潤いは10代に戻ったかのようです」
「……ユウキ、我が妃たちがすまぬ」
「いえ、別に構いはしませんが。やはり俺の魔法はそういうことだったのか……」
こうして思わぬところで俺の回復魔法は実は怪我やその傷を癒しているのではなく、時間を遡って元に戻している事が判明したのであった。
楽しんで頂ければ幸いです。
水曜予定がまたも遅れて申し訳ないです。しかも説明回みたいな内容ですし。
後もう一話でこの話は締めたいと思います。一応31層からのお宝紹介もする予定です。
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