秘密 1
お待たせしております。
如月のユニークスキル、<ワームホール>は謎が多いスキルだ。
いや、謎が多いというより、まともな検証が全く行えていないと形容すべきだろう。
現時点で分かっていることは、スキルを使用すると虚空にぽっかりと漆黒の穴が開くことだ。
スキルレベルが1の頃は小さな穴が開くだけだったのだがボイントを注ぎ込んでレベルを上げてゆくことで大きさが拡大するだけでなく、漆黒の穴を望む場所に設定できるなどやれることも増えた。
しかし根本的な問題、つまりあの穴の先はどこに繋がっているのかは何一つ分かってはいなかった。
謎を解明しなかったのにはいくつか理由がある。現状でも地球側と通信がつながるという利益が大きすぎてこれで充分じゃないか? という空気になったことがその一つだ。
玲二や雪音が日本に帰る気を一欠片も見せなかったこともそれを手伝った。本人達はこちらの方がよほど楽しく豊かな生活が出来ているから帰還に興味はないと言い切った。
やってきた当初は文化の違いに結構苦労したようだが、二人のユニークスキルのレベルが上がり、様々な物を創れるようになると一気に快適になった。生活基準は圧倒的に向上し、下着類や靴等はもう二度と昔には戻りたくないと断言できる。
それは俺だけではないようで、ソフィアやイリシャ達も異世界産を使い続けているし、セリカの店でもとある品などは創っても創っても入荷次第直ぐに売り切れて数年待ちの予約になっているほどだ。
更に如月たち3人が故郷に複雑な想いを抱いている事もあり、スキルの解明しなくてもこれで十分過ぎると考えていたこと。
そしてなにより、この<ワームホール>そのものが検証を難しくしていた。
この現在レベル9の漆黒の穴であるが、大きさは直径70サンチ(センチ)ほど。無理をすれば身を屈めて中に入れそうであるが……実行に移した者はいない。
興味がないわけではなく、あまりに危険だからだ。
レベル1だと5サンチ(センチ)だったのだが、その時に大きさを拡げられないかと試しに大きな紙を突っ込んで広げて見たことがある。<アイテムボックス>はこれで間口を広げることができたのだが、その結果は……広げた部分の紙が完全に消失した。
思わぬ結果にドン引きした俺達はその後も何度か試したが、穴の縁に触れたものは全て消失することになった。
元々原理もよくわからんユニークスキルで生み出された奇っ怪な穴だから、俺達も解明は即座に諦めた。この現象は何かに使えそうではあるが、物騒なことばかり思いつくので実行する気はなかった。
ユニークスキルの異常さを改めて認識すると共に、取り敢えず人が充分に通れるくらいの大きさになるまでは保留にしようかと提案して皆は頷くのであった。
そしてその時は意外と早く訪れてしまった。
スキルを最大レベルにするにはだいぶ時間がかかると思っていた。ポイントの溜まり具合から見ても少なくとも数年は必要だなと思っていたが、30層からの大鬼どもは非常に大量の経験値とやらを持っており、俺が持っているらしい<経験地アップ>とやらを組み合わせると一体倒すとレベルが1上がるほどだった。何もかもあいつらが悪いのだ。煩いし面倒臭いしで、稼げる点を除けば最悪な敵である。
仲間になった順番では玲二と雪音の方が早く、レベルも二人の方が高かった。しかしスキル封印攻撃で<共有>を使えなくされてからは自身で得たポイントは自分に使うようにしている。魔法学院に通う二人はある程度は魔法関係のスキルがないと話にならないからだ。
だが如月はそんなことは無関係なので己のユニークスキルに全振りを続け、まもなく最大であるレベル10に到達しようとしていた。
俺はユニークスキル目当てに皆を仲間にしたわけではない。一緒に居て楽しいだろうと思ったから仲間に誘ったのだが、分かりやすい恩恵のある玲二と雪音のそれに比べ、彼は負い目を感じていたようだ。
俺にとって如月の価値はスキルなんざどうでもいいほど高いのだが、こればかりは本人の意識の問題だ。
これで彼が満足するなら、レベルを最大に上げる事が如月にとって価値のあることなら好きにすれば良いと思っていた時もありました。
そうもいかない事情ができてしまった。
イリシャが”視た”のか女の勘で感じ取ったのか、俺の妹二人が異世界というか日本に行けると知っていたのだ。
俺がその話を聞いた直後からその手には夢の国とやらを紹介した本が握られており、早く早くと急かすような視線を送ってくるのである。
俺個人は記憶もないし、日本に行く気はさらさらない。というか行きたくもない。思い出した本名だけでもあれほど胸糞悪くなったのだ。もし何らかの切っ掛けで思い出したりしたら今度はどうなってしまうのか。どうせ糞みたいなろくでもない記憶に違いないし、異世界なんぞ興味は一切ない。
俺にとっての故郷はこの世界である。
しかし少し前に心配をかけたばかりだし、妹達の望みは何とかして叶えてやらねばならない。非常に気は進まないが、もし妹達が行くならそれに引率というか番犬として同行する未来しか見えない。
そういうわけで、俺達のレベル上げが最優先課題に躍り出たのだった。
連続した大音響の銃声がダンジョンに響き渡る。
野外ならもう少し静かなのだろうが、ここでは音が反響するから大きく聞こえる。
塵に帰るレッドオーガ・ウォーロード達を見据えながら俺は呆れたような声を上げた。
「毎度思うが、とんでもない威力と反動だな。奴の頭が一撃で吹き飛んだぞ。最初の銃じゃ頭蓋に弾かれたってのによ」
隣には俺と同じ銃を手にした如月がいる。
「僕達の世界で最高峰の威力を誇る弾丸とそれを放つ銃だからね。あのモンスターを確実に倒せる基準で選んだけど、倒せてよかったよ」
銃声に呼ばれて新手が顔を見せた。如月に視線を向けると、彼も小さくうなずきその大型拳銃を両手で構えた。
「弾はホローポイント、弾頭重量はホーナディの300グレイン。相手を一撃で仕留めるには貫通力よりも内部に損傷を与える方がいいからね。本当は350グレインがあればよかったんだけど。まだ創れてないんだ」
「如月が選んでくれた物に文句はないよ。もう十分だろこれで」
轟く銃声と共に塵に還る敵とその下にはドロップアイテムが転がる。残り4体もすぐに同じ運命を辿る。
「うん、これなら少し慣れれば両手撃ちも出来そうだね」
「やってみて分かったと思うが、反動を抑え込むのは結構難しいだろ?」
「力を入れ過ぎるとグリップを握りつぶしそうになるね。言うは易し行うは難しの典型だ。ステータスの恩恵も状況次第だ。それに力で抑え込もうとするとその分フリンチになりやすいだろうし」
「まあ、慣れれば頭が調整するようになるだろ」
出来なかったら諦めたほうがいい。射撃とはある程度の領域を超えると才能の問題になる。僅かなズレや違和感を皮膚感覚で感じ取れる超人も世の中にはいるしな。何より撃てて満足ではなく、相手に命中させなくて意味がないのだ。
この状況では大口径の大型拳銃が最適解だという如月の言葉に異論はないが、きちんと当てて敵を倒さなくてはそれ以前の問題だ。
次々と現われる敵を俺達は銃声を轟かせて始末する。頭を狙って撃つので現段階では百発百中とはいかないが、こればかりは修練を積まないとな。いずれは走り回りながら動く相手の頭に銃弾を叩き込まなければならない。
だがこいつは自動拳銃なのがありがたい。それに薬室に初弾を装填しておけば更に追加でもう一発撃てるようになるから、咄嗟射撃で外した時にも余裕が出来る。回転式拳銃ではできない芸当だ。
最強の威力を誇る弾丸を発射する拳銃もあるが、あれは回転式で5発しか装填できない。数で押してくるこのダンジョンで手数の低下は敗北に直結する。
如月はそういった点を考慮してこの銃を選んでくれた。感謝しきりである。
「しっかし、デカくて重い銃だな。それにこの馬鹿みたいな威力、一体何を撃つ為に作られたんだこれ?」
専用の拳銃嚢を腰と脇の両側につけた俺は計4丁の実銃を所持している。彼が用意してくれた物の中には大腿部に取り付けられるものもあったが、走り回る俺では落としてしまうだろうから不適格だ。敵を倒す主武器なのでより多くの拳銃を持ち歩きたいが、大型過ぎて取り回しが良くないのが欠点と言えば欠点だ。
「作られた国じゃ猛牛やら象撃ち用とか言われてたけど……まあ浪漫だね。携帯できる世界最強の拳銃で開発されたみたいだし」
浪漫か……浪漫なら仕方ないな。より強い威力や貫通力を求めるなら両手で扱う突撃銃があるだろうが、個人携帯できる最強銃という範疇で作ったようだ。
実際にその浪漫を求める者は数多くいて、この銃は商業的にも成功したらしい。
かくして一刻(時間)ほど二人で大鬼を撃ち殺しまくった。今日はこの銃の慣らしも兼ねているが、最大の目的はレベル上げである。レッドオーガ一体で1レベル上がる計算だが、スキル封印されてしまうと俺の経験値増加機能も封じられてしまうので、封印攻撃の来ないこの場でひたすら狩る必要があるのだ。
それに<限界突破>で際限なくレベルが上がる仲間たちだが、レベルが1000を超えるとスキルポイントの獲得は確率で手に入るものに変わってしまい、最近はその頻度も落ちていた。俺はそんなことはないらしく、普通に上がっているそうだ(自分じゃ見れないのでわからない)。
「大体これくらいにしておくか。如月、レベルはどれだけ上がった?」
「開始してから150レベル位だね。スキルポイントが……9しか上がってない。やっぱり確率としては一割以下になってるね。最初は5ポイントだったのが今じゃ1ポイントもらえるかどうかだ」
<ワームホール>のレベル10に必要な残りポイントはあと150ほどだという。この推移で行けばもう間もなく最大レベルになる計算だ。如月が昨日声を掛けてきたのは確かに最適な時期だと言えるだろう。
「たとえ最大レベルになったとしても、即座に日本に向かえる訳でもないしな」
「そうだね。僕のスキルも色々調べないといけないし。これが異世界を繋ぐ能力だとしても、その先が何処なのか、変更は可能なのかとか気になる事は山ほどある」
如月の懸念は尤もであり、俺もそれを一番心配している。<ワームホール>の先が地面である保証はない。今の時点で分かっている事は電波が入る事だけであり、出口が空高い空中や水面上である事だってありえる。色々用心して調べないといけない。如月のスキルとはいえ仲間内では一番生存性が高い俺が行うべきだろう。
「電波が入るからそこまで辺鄙な場所じゃないとは思うけど、繋がった先に地面があるのかは不明だしね」
色々とこれからの事を考えていると、視界の端に新たなレッドオーガ7体が出現する。丁度いいので今日の狩りはこれで終了としよう。
距離は……かなり遠い。30メトル以上は離れており、拳銃で狙う適正距離ではないが……やってやれないことはない。6連射された弾丸か吸い込まれるようにオーガたちの眉間に炸裂し、悲鳴を上げる暇さえなく彼等は塵に還った。
と思いきや、6体中4体が踏みとどまった。距離が遠すぎて威力の減衰が起きたようだ。拳銃弾の適正距離をとうに越えているし、当たりどころも悪かったのかもしれない。
いくら見えていても確実を期すならもう少し距離を詰めるべきだろう。
蛮声上げて突っ込んでくる奴等を腰に吊ってある銃専用のマジックバッグから新たな銃を取り出して落ち着いて射撃し、沈黙させる。
腰には2つのマジックバッグを付けている。1つが弾込めの終わった銃が満載してあり、もう一つが使い終わった銃を放り込むためのものだ。1度使えば残弾何発だろうが必ず新しい銃を引っ張り出す。咄嗟射撃の時に弾切れするようなヘマはしたくない。
この動きを無意識でも出来るように体に染み付かせてから本格的な戦いをすることになるだろう。
「お見事。あれだけ離れると的なんて小指の先ほどしかないのに、良く当てられるね」
「目で見て狙わない事がコツだな」
「え、まさか<マップ>で距離と位置を把握してるのかい? また離れ業を」
慣れれば如月が言うほど無茶な事でもないんだがな。視覚から得られる情報は余りにも多岐に渡るのでそのすべてを一瞬で処理するのは不可能だ。敵の打倒という目的のために不要な情報を遮断するには<マップ>だけで判断指したほうが早かったりする。
「やってみるか? 周りの安全は確保しておいてやるから」
俺の言葉に頷いた如月は目を閉じた。
「<マップ>は上から俯瞰して普段は使うが、やり方次第では正面から見ることもできる」
「あ、本当だ! このスキルって地図というより多次元レーダーみたいなものなんだ。全てを立体的に把握できる」
このやり方を見つけてくれたのは玲二なんだが、やはり異世界人は物事の見方が俺達とは異なっている。
俺も本当はあっち側らしいが……考え方は古臭いものに凝り固まっていて話にならない。
そうして彼も危なげなく7体の敵を倒し、ドロップアイテムと塵が残ったが、その他にも見慣れぬ物体があった。
「お、また宝箱だ」
「ああ、あれが話にあったよくわからない宝箱かい?」
「ああ、見てみりゃ分かる。多分今回も同じだろうさ」
如月の言葉に頷いた俺は彼と共に宝箱の元へと向かう。このダンジョンではよく見かける宝箱だが、鍵のかかっていないそれを開けた中には……なにもないのだ。
「本当に良くわからん。中身がないんだよな。第一、宝箱を落とすのは変異種くらいなもんだが、さっきの敵はいたって普通の敵だったしな」
宝箱を落とすのは数百匹に1度くらいな確率だが、中身が無いってなんの意味があるんだ?
「これってもしかして……いや、まだよくわからないけど」
如月はなにか閃いたようたが、それを口にすることはなかった。彼のことだから確証が出来た時にでも話してくれるだろう。
まあいいや。それらの謎はこれから紐解いてゆけばいいのだし、ここからは楽しいお宝回収の時間である。
「取り敢えずレベルアップは今日はこれまでだ。如月は戻ってくれ、俺はこれから長距離走だからな」
「ああ、やるんだね。無理しないで遅くならない内に戻ったほうが……って、遅くなるはずもないか」
如月の微妙な声援を背に受けて、俺はとある品を<アイテムボックス>から取り出すのだった。
四半刻後(15分)、俺は息も絶え絶えの疲労困憊で屋敷に戻った。
ふらふらになりながらも何とか皆が揃って座れる大きな椅子に辿り着き、その身を投げ出した。
「つ、疲れた……」
椅子に倒れ込むような形になった俺の体は休息を欲している。
「ユ、ユウキ様!」
青ざめた顔のユウナがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。珍しく慌てているが、いくら<共有>でも分かるものとわからないものがあり、これは後者だからだ。
「今、水をお持ちします!」
「大丈夫だ。むしろ水が一番要らん」
この上さらに水を飲もうものなら逆流しかねない。何かと世話を焼こうとするユウナを手で制して大人しくさせた。
「別に驚くような事じゃない。昨日告げた予定をこなしただけだ」
体力には自信があったのだが、まだまだ鍛え方が足りないということだろう。
「ではまさか!」
「ああ、今日の分は終わらせて来た。おかげでこのザマだ」
体が重い、一刻も速い休息を求めている。いっそのこと、睡眠を取った方がいいかも知れない。
そう思うと不意に睡魔が忍び寄ってきた。我ながら都合のいい体である。
まだ何か言っているユウナの言葉を聞き流しながら自分の言いたいことだけ告げた。
「取り敢えず少し寝る。話は後だ」
「あっ、とーちゃんみっけ!」
愛娘が俺を見つける声を聞きながら、俺は屋敷に<結界>を張って意識を手放した。
「ホントだ。ユウキが寝てる、珍しいこともあるもんだな」
「僕と別れてから探索を始めたと聞いてたけど、なんで寝てるんだろうね」
「しかもみんな揃っちまって。ある意味凄くレアだな」
仲間たちの声で俺の意識は覚醒した。学院と王都の店にいるはずの二人が何故今此処に?
確か俺は疲労を取るために寝たはずだが……なんか重いぞ。
「シャオ。どこで寝てるんだ……」
俺の娘が自分の腹の上で寝息を立てていた。寝入る前に抱きついてくるシャオを受け止めた記憶はあるが……重さは腹の上だけではない。
俺の両腕を枕にキャロと彩華が夢の中だった。
キャロはまだいい。遊びに来る事も行く事も多いので寝ている俺達を見付けて一緒に寝たのだろう。
だが彩華は如何なものか。幼い二人とは違い、この歳なら歴とした淑女である。関係者に知られたら俺の首が物理的に飛ぶ。冗談抜きで。
「なんでこうなってるんだ?」
俺は困惑の視線を仲間たちに投げたが、二人も同様の視線を返してきた。
「わかんね。俺もこれを知って来たんだし。ユウキが昼間に寝てるのって凄ぇ珍しいよな?」
「自分でも驚くくらい滅茶苦茶疲れたんだよ。それよりお前、学院抜け出して来て良かったのか?」
俺の問いに呆れた顔の玲二が答えた。
「おいおい、今は昼休みだって」
昼休み? って事は3刻(時間)近く寝ていたことになる。この事実は俺を驚愕させた。これまで仮眠を取ることはあっても大抵は四半刻(15分)程度で意識を覚醒させていた。確かに強烈な睡魔に襲われたが、ここまで寝てしまうとは思わなかった。
なるほど、だから玲二達が心配してやって来てくれたのか。<共有>でも俺が何をしていたかわからないはずだからな。
そして俺の体は今度は猛烈な空腹を訴えている。俺はかなり燃費がいいほうだし、ちゃんと朝飯も腹に入れているはずなんだが。
睡魔の事といい、色々と検証が必要な気がする。
とりあえず俺の両腕を枕にしているキャロと彩華を玲二と如月に回収してもらう。これで両腕を動かせるようになったので俺も腹の上で眠りこける愛娘を抱き上げた。
「うにゅ。おお、キサラギではないか。妾はいったいなにを……」
「俺の腕を枕に寝てたぞ」
「そうじゃった。遊びに来たら二人がユウキの上で寝ておったのじゃ。起こそうと思ったら何故か妾も……」
彩華の声に残りの二人も目を覚ました。
「あれ、とーちゃん? なんでいるの?」
中々にひどい言い草だが、それだけ普段の俺が昼間にいなかった証明でもある。その言葉も甘んじて受け入れよう。どうやら俺に抱きついたまま寝ていた事も忘れていたらしい。
「家にいる時間を増やすって昨日言ったろ? 時間的に昼飯だが……食べるか?」
さっきまで寝ていたから腹へってないかもしれないと思い声を掛けたが、育ち盛りの3人には必要のない言葉だった。シャオのお腹からもその返事は聞こえてきた。
「たべる!」「キャロも!」「妾もじゃ!」
成長期なら寝ているだけでお腹が空いてしまうものらしい。元気に答える3人の声を聞きながら獣王国へ向かおうかと思った矢先、玲二が口を挟んだ。
「じゃあオムライス食いに行くか? 今日はユキや姫さんたちがもう行ってるぜ?」
「いく!!」「やったー」「オムライスじゃ!」
<あー、玲二。それはちょいとまずい>
<え、なんでだよ?>
快哉を上げる三人に対して俺は<念話>で玲二に苦言を呈した。事情を知らないから彼が悪いという訳ではないのだが。
<ここ最近はずっとシャオがアードラーさん宅に遊びに行ってるだろ? その場合、大抵あちらさんが昼飯を用意してくださってるんだよ。今日も間違いなく準備してくれてるはずだ>
<あ、そりゃやばいわ。まずったな>
自身も料理人の端くれだから用意した食事を食べに来ない辛さが解るのだろう。自らの失策を後悔していた。
「でもセレナさんがきっとお昼御飯を皆の分まで用意してくれてるだろ。そっちを食べようぜ」
「えー。シャオ、オムライスがいい……」
口を尖らせる娘にキャロと彩華も同意した。3人の頭の中は既にオムライス一択になってしまっている。こりゃまいったな。セレナさんは気にするなと口では言うだろうが、折角用意してくれている昼食を戴かないと言うのはあまりに礼儀に反するだろう。
男三人でどうしたもんかと頭を捻るが、お子様たちは”おっむらいす、おっむらいす”と陽気な歌を口ずさんでいる。これはもう変更はできないだろうな。
セレナさんに頭を下げに行くかと決めかけたとき、キャロの能天気な声がした。
「ママやお兄ちゃんにも教えてあげなきゃ。今日のお昼はオムライスだよって!」
そう告げるや否や玲二の腕から下りてトテトテと走り去ってしまう。
「あ……行っちまった。なあユウキ、向こうがまだ料理を作ってない可能性も……」
「時間的に望み薄だろ。あそこの家はセレナさん直々に作ってるからなぁ」
普段は彼女の料理を喜んで食べる3人だが、オムライスの特別感には勝てなかったようだ。
そしてキャロの凄いところはあっと言う間にセレナさんとラコン、そして彼のメイドであるコーネリアの手を引いて連れてきてしまったことだ。三人とも当然ながら困惑した顔をしている。
いや、ほんと予定を狂わせてしまって申し訳ない。
「おいしーね、お兄ちゃん!」
「美味しいけど……キャロには敵わないなぁ」
にこにこ顔のキャロとは対照的に諦め顔でオムライスを頬張るラコン。あちらの御屋敷でそろそろお昼ご飯を、と思っていたらいきなり現われたキャロにより有無を言わさず連行されたのだから当然ではある。
「なんかゴメンな、ラコン。俺が口走っちゃったのが原因なんだよ」
「い、いえ、玲二さんは何も悪くないです。このオムライスもとっても美味しいですし。もう一度この味を食べられるとは思ってなかったから嬉しいです」
申し訳なさそうな玲二にラコンが慌てている。
ここは学院近くのいつもの店だ。雪音やソフィアと合流して皆で昼食を取っている。
「おいしいのじゃ。お代わり!」「私もください!」「私も頂こう!」
俺が買い取ったオムライス専門店で彩華と我が家の健啖家二人が早速追加注文をしている。俺や玲二も材料があれば同じものは作れるが、数をこなすとなるとやはり本職には敵わない。スキルレベル以前の話になってしまう。
「本当に美味しいですね、奥様。この味、是非とも持ち帰りたいものです」
「ええ、あの子達もあんなに楽しそうに」
セレナさんは楽しげに食事をする娘達を見て目を細めている。連れて来た当初は目を白黒させていたが、喜んでいただけでいるようで俺の胸のつかえが取れた気分だ。
「よければレシピ……調理法をお教えしますよ。材料はユウキが渡すでしょうし」
「よろしいのですか? ありがとうございます! 坊ちゃんやお嬢様もお喜びになるでしょう」
玲二の申し出にコーネリアは喜色を浮かべた。いきなり予定をぶち壊した詫びの一つもしなくてはならないだろう、そう思いつつ俺は焼きたてのパンを口に運んだ。ああ美味い、俺にはこっちの方がよほど価値がある。
「兄ちゃん、それちょうだい」
俺達が飯を食うのを知ったイリシャも合流して俺が食べる昼食を強請っている。新鮮な野菜といくつかの肉を挟んだパンを俺と玲二は頬張っている。本当に美味い。流石セレナさんの腕前だ。
当然ながらアードラーさん宅では昼食を用意していた。それがキャロの一言で台無しにしてしまったのだが、俺たちは用意された食事を頂いているのだ。猛烈な空腹を覚えていた事もあって俺の食欲は旺盛であり、玲二と二人で問題なく完食しそうな勢いである。
キャロたちには母親が自分達のために創ってくれた食事にどれだけの価値があるのか解ってほしいが……今はまだ無理か。俺にとっては商売品のオムライスよりこちらの方が有難味は大きい。金で買えない価値というやつだ。
「ああ、いいぞ。この肉が挟んである奴にしなさい。最高に美味いぞ」
「ほんとだ、おいしい」
おいしさに顔を綻ばせる妹を見やりながら隣でオムライスに夢中なシャオの頬についた粒を取ってやる。
父親の何気ない行動だったのだが、それを見たイリシャが自分から頬に粒を貼り付けた。
「ん」
いや、イリシャさん。そりゃ取れといわれれば取るけどさぁ。別にそんなことしなくたって……
若干の呆れを滲ませた俺だが、すぐ側でキャロや彩華まで同じ行動をし始めたのには閉口した。
ソフィアと雪音まで羨ましそうにこちらを見ていたのだが、君達はそんな齢じゃないだろう。
「兄様。玲二さんから聞きましたけれど、お屋敷で眠られていたとか。何かあったのですか?」
珍しいですね、と続けるソフィアに皆も同意した。これまで毎日のようにダンジョン探索をしていたが、疲れて寝てしまうなどという事は皆無だった。<共有>している仲間たちにもその理由が把握出来ていないので皆が不思議そうな顔をしている。
「大したことじゃないんだけどな。一日分の探索を終えて帰ってきたら、猛烈に疲れたんだ。一休みしようとしたら意識を持ってかれてた。屋敷に<結界>張るのが精一杯だったんだ」
俺の言葉にソフィアは怪訝な顔をした。
「一日分、ですか? それはどういう……」
「まさか!?」
ソフィアと同じく怪訝な顔をしていた雪音が驚きの声を共に口を抑えている。彼女には俺の行動が解ったらしい。
折角手に入れたお宝なのだ。有効に使い倒してやらなくてどうするというのか。
「例の時間止める魔導書を使って探索してきたのさ。四半刻(15分)で31層から35層までの宝箱、締めて176個を根こそぎ全回収だ。中身はまだ見てないから後で全員でお宝確認しようぜ」
楽しんで頂ければ幸いです。
本当に申し訳ない。10日以上もかかってしまいました。土下座。なんか上手く話が纏まらず、ズルズルときてしまいました。
この話から借金の真実に少し迫ります。もうちょい話が進む予定が……この有様です。
日本編は多分玲二の外伝か何かでやる気がします。ネタが多すぎて話が一向に進まないので。多分ひっそりどこかで始まるのではないかと。
次は絶対水曜にお会いしたく、自分を追い込んで頑張ります。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




