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魔法の園 閑話 1

お待たせしております。



 ――マギサ魔導結社――



「あいつ、行っちまったな……」


 クランの誰かの呟きがラルフの耳に届いた。その声音はどこか名残惜しさを感じるものであり、ラルフもそれには同意だった。


 とにかく規格外な男だった。やる事為す事全てにスケールが大きい奴であった。


 毎朝クランの裏庭で風呂を作って朝風呂を楽しんでいた。まずこれが頭がおかしい。風呂釜を用意するのではなく、自分で土魔法を使い風呂を形作っていた。ラルフも誘われてからは毎日入っていたが、作り出した土を火魔法で焼き固めて硬質化させていた。これだけで異常なほどの魔力消費だ。ラルフも幹部として他に見劣る事のない魔力総量を誇っていた自負があるが、同じ事をすればこれだけで枯渇して倒れてしまうだろう。


 魔法で湯を作るという芸当も常軌を逸していた。通常水魔法といえば冷水だ。温度管理も出来なくはないが、高温にすると火魔法との融合魔法の範疇になり、難易度は劇的に跳ね上がる。ラルフは火魔法を得意としているが、得意すぎると逆に高温になりすぎてしまう。風呂に適した温度に調節するのは人知を超えた技量になる。ここが魔法クランであるからこそ、あの男が毎日何の気なしにやってのける芸当がどれほど凄まじいか解ってしまう。

 幸いなのは自信を喪失した者が少なかった事か。良いのか悪いのかは別として、あまりに次元が違いすぎて比較する気もわかなかったのだ。


 その他にもラルフは見ていなかったが監禁されているのに魔法錠を反対側から開錠したり、物資を卸すシュタイン商会と掛け合ってその内容を倍増させるなど、なんというかまさに二つ名どおりの男だと思っていた。


 しかしそんなものはあの男の片鱗に過ぎなかった。彼等の母親であるクラン最高幹部、リエッタ導師の重篤から始まった一連の大騒動は実にあの男の異名である”(シュトルム)”だった。大嵐に改名したほうがいいのではないかと思うほどだ。


 誇張ではなく王都をひっくり返すような大騒ぎの顛末は……誰もが笑顔だった。


 ラルフは何よりもここに感心した。自分達のクランに対する風当たりは覚悟していた。母親を助ける為とはいえあらゆる事で好き勝手を押し通したから、周囲から顰蹙を買って当然と思っていた。

 快復した母親や姉と各所に謝罪の挨拶回りするときも嫌味や罵倒の一つも来るだろうと身構えていたほどだったのだが……行く先々で受けたのはまるで英雄のような扱いだった。


 どこへ行っても、良くやった! 是非話を聞かせてくれ、とこちらを讃える声ばかりで対応したラルフとルーシアは戸惑う事もしばしばだ。

 

 とても自分達はあのユウキの指図で動いていただけだとは言い出せない空気になっていた。スカウトを動員して王国と自分達、どちらにも華を持たせるような話を拵えたらしい。


 相手を殴ることしか能のない自分とは大違いだ、あの男は戦いをきちんと収める事を考えていた。自分もこれから幹部としてやってゆくなら、そういった面を学ばなくてはならないと気を引き締めた。


「しかし……彼、私達に対して本当に何も要求しなかったな」


 ルーシアが感に堪えぬといった顔をしていた。彼等はユウキが立ち去るその瞬間までクランに対して何らかの要求が来て当然だと思っていた。何しろあの男が今回の騒動で使った金額は金貨一万枚を優に越えている。そして彼にとってこの騒動は巻き込まれただけ、何の得にもなっていないはずだから、相応の代価を要求されて当然と考えていた。

 総本部の秘蔵している貴重な魔導具や希少価値の高い素材など、惜しくはあるが母親の命の代価であれば安いものだと思っていたのだが、その素振りを一切示さず颯爽と去って行った。


「金銭に執着するような性格じゃないとは思ってたが、なにがあいつをそこまで動かしたんだろうな」


 魔導書の件はクランに滞在する理由に過ぎない。自分達の母親はあの時が初対面だ、助ける義理などなにひとつなかったというのに。


「私がそれとなく聞いたら、なんかいいもの見せてもらったからとか言ってたけど……」


 フードを目深に被ったマールがラルフの呟きに反応した。以前は下を向いている事が多かった大人しい妹だったが、今回の大活躍で随分と自信をつけたようで、その顔は真っ直ぐ前を向いていた。妹達の件でも世話になっちまったなとラルフは心の中で思った。


「うん、だから一切気にするなって言われたよ。魔法の武具や魔導具を直してもらっただけでも十分だって」


 クランの救世主となったポルカの言葉は事実だった。ラルフの手には先ほど渡された魔法の武具である手甲がある。これを貸すでも売るでもなく”やる”と言い放った男が礼を要求するはずがない。


「全く、困ったもんだ。この礼をどうやって返せばいいのか見当もつかねぇ」


「私自身は()()があるから、この解明を以って礼とするが、クラン全体はねぇ」


 ルーシアの手には白い石がある。見た目には何処にでも転がっていそうな変哲もない石だが、彼女はそれを昨夜から肌身離さず持ち歩いている。それだけの価値がある品である事をラルフもこの目ではっきりと目撃した。


 この白い石、なんと魔力を充填すると魔石になるのだ。最初に見た時は目の前の現実が信じられなかった。白い石がたちまち黒く変色し、良く見かける魔石と同じ色になったのだ。ここまでなら面白い手品ですんだが、その石で魔導具が発動したら驚愕を通り越して愕然とした。


 ユウキが持ち込んだのは人工の魔石だった。彼は由来や出所などを一切明かさなかったが、彼等にとってはそんな事はどうでも良かった。

 マギサ魔導結社は魔導の真髄を極めんとするクランである。その真理の探求の情熱の前ではそのようなものは些事に過ぎない。彼等を狂わせる垂涎の品が目の前にある。それだけで十分だった。


 <鑑定>では白神石と言うらしいこの品の解析を依頼されたルーシアは寝食を忘れてこの超遺物の解明に乗り出した。

 ルーシアの持つ魔導書の能力は物体を透過させ、分解せずに内部を確認できるという調査と解析に特化した代物だった。

 その力を用いて魔導具の修理や解析の第一人者として名を馳せた彼女に、この石の調査が依頼されるのは当然の流れである。ユウキからは急がないから気楽にやってくれと言付かったが、ルーシアは何もかも放り出して没頭していた。




「ルーちゃん、ラルちゃん、ちょっと」


 悩むラルフたちにのんびりした声がかれられた。幹部である二人をちゃん付けで呼ぶ事が出来るのは一人しかいない。彼等の母親であるリエッタだ。


 二人を手招きしている。どうやらこの場で話す内容ではないようだ。

 すぐ側に居たマールとポルカも同行を許可された。となればその話がユウキ絡みである事は明らかである。


 リエッタの執務室に入った皆はまず机の上に置かれていた書類に気がついた。


「お母様、それって……」


「ええ、王宮からの使者が昨日やってきてね、あの人の言うとおり罰金刑で許してくれる事になったわ」


「とはいえ、一人当たり金貨15枚か、200人以上とっ捕まったから相当な額だな」


「何を言っている。ママの命が金貨3000枚なら安いものだよ。ユウキが何度も言っていたが、金で決着がつく問題は金で解決すべきだ。事実として、病に冒されたママは金貨を幾ら積んでもどうにもならなかった」


 あの病状を思い出すだけでも未だに寒気がすると続けたルーシアに皆はうなずく。困った顔をしているのは当の本人のみである。


「わたしなんかを助ける為に……いえ、ごめんなさいね」


 子供達から有無を言わせない視線を受けてリエッタは黙り込んだ。彼女が子供達の病気を自らの体に引き受けていた事は周知の事実となり、二度と母親に同じ事をさせてはいけないと子供達が誓ったのは当然の話だ。


「僕がライフポーションをいっぱい作るよ。お母さんが苦しまなくてもいいようにするから」


「頼むぜ、ポルカ。必要な材料は手に入れるからよ」


 男子二人が決意を滲ませて頷きあっていると、リエッタが声を上げた。


「みんなに集まってもらったのはその件も関係しているの。()()どうしようか悩んじゃって」


 そう口にして彼女が取り出したのは見覚えのない手提げ鞄だった。しかし、この場の全員は見ただけで理解出来ることがある。


「それ、マジックバッグじゃねえか。お袋の私物じゃなさそうだけどよ」


 ラルフの声に皆が頷く。その手提げ鞄からは強い魔力が放たれていたからだ。そしてその無骨な鞄は可愛いものを好む母親の嗜好からはかけ離れていた。


「ユウキさんの忘れ物だと思うのだけど……実際は忘れ物でもなさそうなのよね」


 頬に手を当てて困ったわと告げるリエッタは鞄を机の上に置いた。母親の物言いに興味を抱いたルーシアが鞄を中身を改めると、その裏側に”宿代”と書かれた紙片が貼り付けられていた。


「宿代って。元はと言えばわたしたちが彼を監禁していたのだけど」


 呆れているルーシアとは逆にマールは期待をこめた視線を送る。


「姉様、マジックバッグって事は、きっと何かが入っているはず。お母様もそれに困っていたのでは?」


「そうなの。本当に困っちゃって、みんなはどう思うかしら?」



「あいつめ。一体何を置いて……おいおいおいおい、いったいなんだよこりゃあ!!」


 ラルフの困惑した声が全てを物語っていた。次々と素材が出てくるわ出て来るわで出しても出しても終わる事がない。


 結局、全ての品を出し終わるのに半刻(30分)近い刻が必要になった。そしてリエッタの執務室は素材の山で埋め尽くされてしまった。



「な、なんなの、これ……」


 マールが絶句しているが、誰もそれに答えることができない。とてつもない量の品に圧倒されていたのだ。置いていった当人に言わせれば昨日ダンジョンで憂さ晴らしをした時に手に入れた品をそのまま置いて言っただけと答えるだろう。そしてたった一刻(一時間)の探索だから、大した量じゃないと付け加えるに違いない。


「凄いぞ、触媒やダンジョンドロップの山だ。しかもこの大量の魔石、全部5等級だよ。それがこんなに!」


 ルーシアの声は衝撃に掠れている。黒山は全部魔石だった。5等級は金貨10枚の価値があるから、この山だけで金貨1000枚にもなるだろう。


「宿代って規模じゃねえだろこれ……あいつの金銭感覚本当にぶっ壊れてるわ」


「すごいや! 流石ユウキさんだね。」


 ポルカは無邪気にすごいすごいとはしゃいでいるが大人は半ば現実逃避を起こしていた。


「ママ、もしかするとここにある額だけで皆の罰金が賄えるんじゃ?」


「きっとお釣りがくるわね。金貨でこれだけの触媒や素材を買うとなると倍近く必要だと思うから」


 幹部としてクランの台所事情もわかっている大人組はこの突然の臨時収入に顔がほころぶのが抑えられない。魔法職はほかに比べて経費の割合が大きい。触媒などで何かと金が掛かるからだ。


「クランの予算を罰金に回そうぜ。ポルカに作ってもらったポーションを捌けばいいと思ってたが、あいつの置き土産のおかげでそんな必要もなくなったしな!」


 元々は予算で触媒やらなんやらを買うつもりだったのだ。しかもその金額ではこの場にある品の半分も買えないだろうし、ここにあるものはどう見ても新品。潤沢な魔力が内包されているダンジョン産の最上級品である。嬉しい悲鳴が止まらなかった。


「あいつめ、最後の最後まで驚かせてくれやがる。後始末まで完璧かよ、ちったあクランのほうにも負担を回せよな。畜生、格好つけすぎだぜ」


 きっとあの男は自分の仕切りで行った計画だから、罰金をクランに被せるのを嫌がったのだ。だから払う必要のない宿代と言う名目で金目の物を置いていったに違いない。


 マジで”クロガネ”に入れてもらえばよかったと呟くラルフの言葉はルーシアによって遮られた。


「シュタイン商会からはあるだけポーションを買うと打診が来ているよ。なに、必要ならまたポルカに作ってもらえばいい。あれだけ集めた薬草はまだまだ残っているからな」


「うん、先生のところに行く前にいっぱい作って貯めておくよ」


「ポルカはほどほどにね。製薬する時は私達の誰かがいるときではないと駄目よ」


 この場にいる者達はこの少年のスキルがどれほどおかしいかきちんと理解している。彼がポーションを作ると何故か量が倍近くに増えるのだ。はっきり言ってポルカの存在は金のなる木である。優秀な薬師という枠ではなく、その貴重さゆえに身の危険さえ覚えるほどだ。その事はユウキからも口酸っぱくなるほど言い含められていた。



「ここまでしてもらって、何もお礼が出来なかったのよねぇ」


「本人が一切気にせず満足気に帰ってしまったからね。どうしたものか」


 ルーシアの顔はこんな事はさっさと片付けてあの石を研究したいと書いてあるが、幹部としての責任を放棄することなく顎に手をやって悩んでいる。


「ユウキさん、性格的に何か贈っても断りそうな気がするよ」


「私もそう思う。物じゃないほうがいい気がする」


「ってことは形のないものかよ。そりゃ難しいぜ」


 ポルカとマールの言葉にラルフが続ける。誰もが思い悩む中、ぱんと手を叩いたのは彼等の母親だった。なにやら名案が浮かんだらしい。


「お母さん、良いこと考えちゃった!」


 満面の笑みを浮かべている母親に子供たちは顔を引きつらせた。何故ならこれから何が起こるのか大体想像がつくからである。


「あ、これ止まらないやつだ」


 ”森の大賢者”リエッタ・バルデラ師は思慮深く、その慈悲は大地を覆い尽くすと言われる偉人だ。間違いなく後世に名を残す聖者であるが、完璧な存在では決してない。


 その証左に、家族からはとてつもない欠点を指摘されている。


 ごくまれではあるが、言い出したら誰がなんと言おうと聞かずに突っ走るのだ。


 古くは砂漠を緑地に、毎年のように氾濫する大河の流れを変えて穏やかにしたなど歴史的偉業も数多く残しているが、その結果としてその土地の生態系を破壊したり、作物の生育を全く別のものに変えてしまったなど、功罪入り乱れている。

 歴史に名を残す偉人とは得てして周囲の意見に流されないものだが、その気質は彼女にも間違いなくあった。



 その数日後、マギサ魔導結社総本部から各支部へ通達があった。


 内容は人事に関するものである。他者にとって大して興味を引くものではないがこの時ばかりは違った。内容が内容だったからである。



 通達にはこうあった。


 総本部は前任者ギースの退位により空位となっていた”第8席”に冒険者ユウキを選出した。

 なお、彼の者はギルドの専属冒険者であるため、その事実を鑑み、ギルドとの関係を重視し彼の者の幹部就任と同時にその地位を剥奪した。


 故に、”第8席”は我がクランに於いて永久欠番とする。


 彼の者以外に”第8席”の座に着ける者は誰一人として存在しない。


 クラン総員、讃えよ。ただひたすらに”(シュトルム)”の御名を讃えよ。


 我等が栄光は彼の者の名と共に有り。



 

 この宣言の発案はリエッタ・バルデラ師とされている。あらゆる意味で横紙破りだが、この無茶を押し通せるのは”第2席”である最高幹部の彼女以外にはいなかったからだ。



 そしてこの通達が遠因となり、後に大きな災いが呼び起こされる事になるが、それはまた別の話である。




楽しんで頂ければ幸いです。


すみません、番外編が一話で終わりませんでした。

後は二つ三つ小話を入れて終わる予定だったのですが、時間切れでした。


もう一話だけ番外編にお付き合いください。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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