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魔法の園 47

お待たせしております。



「せ、先生! ぼ、僕を弟子にしてください!」


「ほう、我が弟子になりたいと申すか。だがポルカよ、お主には充分なほどの才気がある。ワシに教えを請う必要なぞあるまいて」


「僕は全然まだまだです。クランのみんなの役に立ちたいけど、基本がまるでわかりません。先生みたいな薬師になりたいんです。お願いします、弟子にしてください!」


 ポルカがセラ先生に必死で頭を下げている。側にいる俺達は固唾を呑んでそれを見守っていた。

 俺が何らかの策を講じるまでもなくセラ先生は姉弟子を連れてこちらにやってきていた。もとより俺がリエッタ師と話し合いを望んでいる事を知っていたからそれに合わせて来たのだろう。

 

 ポルカとしてもこれは渡りに船であり、先生に頭を下げて頼み込んでいる。


「ワシの修行は他のどこよりも厳しいぞ。あの数日間など我ながら手温いと思っておったほどじゃ。お主のような子供についてこられるか?」


 セラ先生がそう言って脅しているが、一度何事かを決めたポルカの想いの強さは鋼鉄より硬いのはこの場の誰もが解っている。それを知らぬ先生でもあるまい。


「頑張ります。絶対に投げ出したりしません!」


「その言葉、忘れるでないぞ」


 鼻を鳴らしたセラ先生の言葉でポルカの弟子入りは許された。俺はその()を半ば予定調和のように感じていたが、皆はやきもきしていたらしい。

 安堵するポルカを取り巻いて良かったねとやっている。


「ああ、緊張したぁ。あんたみたいに勝手に弟子を名乗るやつも居るのに、ポルカったら律儀なんだから」


 アリア姉弟子がほっと胸をなで下ろしながら俺に毒づいて来た。

 勝手に先生と呼んだのは確かだが、俺は弟子入りはしてないぞ。教えを受けて感謝したから敬意を払っているだけだ。


 もちろん姉弟子の言葉は緊張したこの場を和ますためのものであることは分かっている。あえて反論するほどのものではない。


「でも良かったわ、あの子、断られたらどうしようって、ずっと心配していたから」


「むしろ先生の方が焦れてたんじゃないのか? あれほどポルカに熱を上げてたからな」


 姉弟子の隣でマールも安堵したが、俺が予想を口にすると姉弟子は苦笑いしていた。


「まあね。お師匠様もさっさと戻ってしまったことを悔いている素振りだったわ。弟子入り志願したくとも帰っちゃったら出来ないものね」


 姉弟子にとっても素直なポルカは大層可愛がっている。誰かさんとは大違いだそうだが、一体誰のことだろう? 俺はだいぶ素直だと思うが。


「アリア、余計な事を言うでない」


 先生から窘められて首をすくめた姉弟子だが、俺の中ではある思いが渦巻いていた。


 今も先生はあの若い姿だ。そしてポルカが弟子入りするとなれば、俺が慣れ親しんだあの老婆の姿でいるわけにはいかないだろう。

 って事は、これからずっとあんな感じなのか? 姉弟子は喜んでいるが、俺はかなり勘弁してほしいんだが。


「お主、何かよからぬことを考えておるな?」


「いえ、姉弟子と並ぶと姉妹のようだなと」


 口には出さないが、背格好だと姉弟子の方が歳上に見える。婆さんのほうが俺はいいんだがな。




「ふむ、積もる話は外でしないか? そろそろ宴会では甘味が出始める頃だろう?」


 何故かこの場にいたリーナがそう提案すると皆がはっと顔を上げた。


「そうだったわ! 急がないと無くなっちゃう」


「あっ、お姉ちゃん!」


 ポルカは先生とまだ話したりない様子だったが、マールに手を引かれる形で彼も連れていかれてしまった。

 だがこれは皆が気を聞かせてくれたのだろう。何故ならばここはリエッタ師の執務室であり、これから俺のクランにおける最後の仕事が始まるからだ。


 ここに残っているのは当人のリエッタ師に幹部であるルーシアとラルフ、それに何故かまだいるセラ先生だ。先ほどまで俺の背後に居たレイアは皆と共に席をはずしてくれた。

 俺は彼女に勧められるままに応接間のソファに座る。稼いだ金は全て家族に使ってしまうと言う話の彼女だけあって()()はあまり良くない。後で質の良い奴を贈ってやろうか。


 ラルフ達とセラ先生も居なくてもいいんだが……絶対に外してくれそうにないな。初対面でナイフを胸に突き刺したから心証は悪いだろうから仕方ない。

 まずはその謝罪から入るとするか。


「諸々の事を話す前に、先だっては大変失礼をいたしました。深くお詫びいたします」


「いえ、もうそのことはいいのですよ。病気の事をなんとか子供達に隠そうとしていたのだけれど、貴方には見抜かれてしまったわね。でもそのおかげで私は再びこの子達の笑顔が見る事ができたのだから」


「その感謝もポルカにくれてやってください。あの子に泣きつかれたのが貴方を巡るすべての発端ですので」


 この事は初耳だったようで、リエッタ師は大層驚いていた。


「まあ、あの子が? だめな母親だわ、子供に心配かけてしまうなんて」


「あいつの才能が開花しかけた時期でしたからね、他の皆には隠せていましたよ。そのお陰で例の件の後は随分と説明が面倒でしたが。そういえばポルカの才能について話は聞きましたか?」


「ええ、セラちゃんから一通り。でも驚いたわ、あの子にあんな才能が眠っていたなんて」


「個人で持つには強力すぎる技能です。そして今回の騒動でちょいと悪目立ちさせすぎました。ルーシア、意味は解っているな?」


「ええ、伝説のエリクシールを作ってしまう技術をもつ薬師がこのクランにいる。影響は世界的な規模になるわね。誰だって欲しがるもの、権力者なら尚更よ」


 さきほどポルカを一人でクランの前で待たせるのも危険ではあるが、欺瞞でもあるのだろう。まさかエリクシール製作者がぽつんと人待ちしているとは誰だって思うまい。


「俺の目論みもあってクランに隔絶した技量を持つ薬師がいるという設定にさせてもらった。そっちにも色々と役立つと思うが、9歳の子供に押し付ける役割じゃないのは確かだな」


 総本部はリエッタ師一人の存在でその地位を維持しているようなものだが、この件で一気に影響力を持つことだろう。これ以上ない追い風になる。


「そこはクランが責任を持って弟を護るさ。雑音は増えるだろうが、お袋の命の代償だってんなら安いもんだ」


 ラルフの覚悟を感じさせる声音に俺は頷いた。それに朗報と言ってはなんだが、しばらく時間稼ぎは出来る。


「その意味では先生への弟子入りは格好の隠れ蓑になるな。どうせ”通い”なんて無理だからあいつをウィスカに来させる話になるだろう。それについては了承を得ていると見ていいですか?」


 それにマールも一緒に来るに違いない。姉弟子やリーナがマールと冒険したがっているのだ。マールとしても三人でパーティーでも組んだほうが面白そうだ。


「ええ、あの子と離れるのは寂しくなるけど、それがポルカの為になるなら……」


 頬に手を当てて心底残念そうな顔になるリエッタ師を見るに、本心から子供達を想っているのが解る。そりゃ命を捨ててでも絶対に助けるんだと意気込む連中が多いわけだ。


「ふん、心配するでない。どうせこやつが何とかするに決まっとる」


 セラ先生が俺を指差すが、一番楽なのは貴方の転移魔法なんですが……そうか、ダメですか。


「まあ、ポルカは友達なんで俺が何とかしますが、まあ今すぐって話でもないでしょう。諸々準備が必要だろうし。それより先ほど雑音とラルフが言ったが、薬師ギルドはなんて言って来た?」


 あの屑共の名前に俺の表情が険しくなるのが抑えられない。連中は王城にまで押しかけて侍従長相手に好き勝手な事を言ってやがったらしい。あの百戦錬磨な侍従長の相手に成るはずもなく早々に退散したようだが、向こうもこっちに手を伸ばすのが目的なのは明らかだ。


「無難な技術協力の申し出だとよ。今でもポルカ以下の実力だってのになにを協力するんだかな。作成中はあれだけ無謀な事は止めろって言ってきたのにな」


 ラルフの憤懣やるかたなしといった顔だ。ポルカに影響するといけないので黙っていたが、連中はクランに色々と仕掛けてきていたのだ。干渉と呼べるようなものでもないが、要約すると素人がこちらの領分に手を出すなということになる。


 更にはリエッタ師が伏せている間にもこの薬ならばたちどころに病気は治ると上級ライフポーションを高値で売りつけようともした。

 彼女が残した遺書では既にその薬も試して無理だったと記載があったので、素知らぬ顔で売りつけようとした薬師ギルドに激昂したラルフが暴れて追い返したりと、クランとの仲は険悪になっている。


 俺としては望んだ展開だ。連中を破滅させる際にはクランの助力も期待できる。


「向こうは誰が製作者なのか知りたくて躍起になっているだろうから、しばらくはしつこくくるだろう。情報の取り扱いには気をつけてくれ」


「ああ、もちろんだぜ。だが、お前が警戒するだけのことはありそうだ。連中め、面子を潰されて相当頭に来てるな」


 顔をつぶされたと言えば魔導院だが、あれはあくまで城内の話で知る者は限られている。しかし治癒師ギルドを差し置いて名も知れぬ誰かがエリクシールを作成してしまった。不可能に決まっていると俺達を嘲笑っていた奴等にすれば噴飯ものだ。

 現物が出回っている訳でもないから嘘だと吹聴する事は出来るが、それをしたところでこちらには不利益はない。だがクランがあらゆる者を動員して素材探しに奮闘していた事は王都の誰もが知っているし、その顛末も同様だ。薬師ギルドがいくら騒いだ所で負け犬の遠吠えでしかない。


「最悪の想定もしておいてくれ。見境なくなった連中はえてして暴走するからな」


 現状で奴等が俺達に与えられる最大の痛手はポルカの暗殺だ。こちらに靡かないのなら始末してしまえとなるのは自明の理だからな。愚かだか効果的な手段と言える。

 俺はそう懸念していたが、ラルフは笑ってそれを否定する。この事をを軽く考えているわけではなく、全く別の理由だった。


「はっ、それは心配ねぇよ。この国はかつてないほど刺客不足なのさ。どっかの誰かさんが名の知れた腕利きを軒並み張り倒したお陰でな。今じゃとある地方都市の名を告げるだけで暗殺者どもは震え上がって依頼を断るって専らの噂だ」


 ああ、そういうことか。確かに相当始末したな。それに使えそうな奴はユウナが自分の手下にしちまっているし、現状の大陸南部で凄腕の暗殺者は死に絶えたと言っていいだろう。

 その意味ではポルカが狙われる恐れは少ないとみていいか。


「ああ、そうだ。刺客で思い出したのだけど、一つ聞いてもいいかしら?」


 これまで黙って話を聞いていたルーシアが口を開いたので、俺は先を促した。


「あのギースが幹部を降りる為にクランに来た時なんだけれど、気味が悪いくらいに礼儀正しくなっていたのさ。まるで別人みたいにね。これって人が変わったようだと噂される皇太后様と似ていると思わないかい?」


 ルーシアの目は君がやったんだろう? と言っているが、真実は闇の中の方が都合が良い事もある。


「まあ、そういうこともあるだろう。それぞれが自分の行いを反省したんだろうさ。良い事じゃないか、誰も不幸になっていないし」


「そ、そうね」


 完全に引いている顔で僅かに後ずさるルーシアに若干傷ついたが、俺は手を下す時は手加減しない主義だ。しかし今回に関しては我ながら大人しかったと思っている。なにせこの国では俺の手で人死にを出していないのだから。



「話を戻しますか。っと、忘れる前に渡しておきます。これがクランの取り分です」


 そう言って俺は5本の小瓶を卓の上に置いた。中身はもちろんエリクシールだ。流石にあの上澄みではないが。


「まあ、これが! でも、いただいていいのかしら?」


 あらあらまあまあと驚いているリエッタ師だがルーシアは製薬時に側で見ているから大量に作り出したのを目撃している。全く渡さないのも格好がつかないし、ケチ臭いだと思われるのも癪だしな。


「クランとしては言葉もないほど嬉しいけど、本当にいいの? 材料を集めたのは全て君だろう?」


「ああ、構わない。作ったのはポルカだし、クランも受け取る資格はあるさ」


 現物を目にした事のあるルーシアとは違い、濃密な魔力を目の当たりにしたラルフは慄いている。


「こ、こいつがエリクシール……ポルカは良くこんなとんでもないものを作り上げたな。蓋されてるのにここまで魔力が溢れ出してきやがる」


 薬に関心を奪われている三人に向けて俺は今回の核心に至る話題を放り込んだ。


「どうせ言っても聞かないだろうから、いざという時はこれを使ってまた同じ病にかかるであろうリエッタ師を治すといい」


「えっ、それってママの病気の原因が解っているというの?」


 ルーシアは驚いているというより、何かを恐れているような感じを受ける。


「君も薄々気付いていたんだろう? 心当たりがありそうな素振りをしていたぞ」


「そ、それは……」


「おい姉貴、どういうことだよ! お袋の病気の原因だと!? 何か知ってるのか?」


 驚愕するラルフが姉に詰め寄るが、ルーシアは黙して語ろうとしない。深い溜息をついた先生が口を開いたのはその時だ。


「付与魔術の系統はその名の通り対象に魔法効果を与える事を主眼においておる。そしてこやつは間違いなく世界一の使い手じゃ。そしてこの大馬鹿者ほどの腕になると、逆の事も出来るのじゃよ」


「逆、ですか?」


「そうじゃ。これは奥義でもなんでもない。付与の逆をするだけじゃ、相手の状態異常を引き受けたりする事も可能なのじゃ。この自分の事を一切顧みぬ愚か者は、病に冒された幼い我が子を救う為に、平然と自らに受け入れるのじゃよ」


「そんな、ママ。やっぱり私の病気を……なんてこと。私がママを殺しかけていたというの」


「まさか。リッドがホルト病にかかったときお袋が看病しただけですぐ治ったのも……」


 家族二人は絶句しているが、それに対する母親の回答は、その愛情の強さを感じさせるものだった。


「あのね、二人とも。お母さんというのは子供が病気に苦しんでいるなら、どんな事をしても助けてあげたいと思うものなの。特にお母さんはエルフだから魔法抵抗力が強いから大抵の事は平気なの。貴方達が元気になるなら病を引き受けるくらいなんでもないわ」


「それが積もり積もってこの事態を引き起こした事を自覚せい。ハイエルフであるお主が耐え切れぬほどの病じゃ、一体どれほど引き請けおった? それもすぐ治せばよいものを、治療費を惜しんで治さずにおったじゃろう。ライフポーションが効かぬはずじゃ、数百に及ぶ数多の病がおぬしの体を蝕んでおったぞ。あの姿を見たときはほとほと呆れ返ったわ」


 ポルカに感謝するのじゃな、あの者がおらなんだらお主を見捨てて見送っていた所じゃ、と先生は凄んでいるがリエッタ師はあまり堪えていなさそうだ。


「小さい子にはポーションのたぐいが使えないのですもの。セラちゃんが何を言おうと私を使って子供たちが治るなら何度だって同じ事をするわ」


 これがリエッタ師が病にかかった原因であり、セラ先生が激怒し、あの理性的な瑞宝が取り乱して自分のせいだと嘆いた理由である。

 先生は呆れて物が言えないでいるが、リエッタ師の気概には俺も同意する。もし俺の妹たちや娘が不治の病に罹患し、自分に移す事で治るなら躊躇う事などないだろう。たとえ周囲に止められても何度だって繰り返す。


 先生だってアリア姉弟子が同じ状況になったら同じ事をするはずだ。


 それに、だからこそ先生はあのポーションを作成したはずだ。そこに親友であるリエッタ師の存在がなかったとは思えない。


「そのときはまず貴方の魔法ではなくこちらのポーションを使ってください。これなら体の負担が小さいので幼児や老人も問題なく使えるので」


 俺が取り出したのは”弱い”ポーションだ。

 先ほどのリエッタ師の言葉通り、通常のポーションは効果が強すぎて幼児や年寄りには体に悪影響が出る欠点がある。特に抵抗力の弱い乳児の死亡率はポーションが使えないせいで5割に達するほどだ。回復魔法は金持ちの特権であり、庶民には不可能な額である。


 その不可能を解決したのが”弱い”ポーションである。奇しくもエリクシールの材料となった強すぎる薬草と同じ場所で採取できるというのが運命を感じさせる。


 セラ先生はウィスカ近辺に流していたが、数か少なすぎてこちらまで広まっていないようだ。なにしろ原材料が現状俺からだけなので大量生産が出来ないのだ。俺の手持ちもそうある訳ではないしな。


 もし次に作る事があればポルカにやってもらって総量を増やしたい所だ。



「まあ、これが噂の!」


「ふん、リエッタのために作ったのではないが、まあ役は立つじゃろ」


 俺が取り出した物のほかに数本を追加で置いた先生にリエッタ師は抱きついた。


「ありがとう、セラちゃん。だから私、貴方の事が大好きなのよ」


「ええい。止めんか、暑苦しい」


 何か昔からこの二人はずっとこういう関係だったのだろうな、と想像できてしまう光景に俺達は和んでしまうのだった。


 そう思うと先生は若い姿の方がはしっくり来るな。婆さんじゃこの場にはそぐわない気がする。だから先生はこのクランに来る時に本来の姿で現れたのかも知れない。





「今回の件、国の方とは上と話がつきました」


「上ってどこのあたりなの? 内務卿?」


「一番上だよ、大臣級じゃ後でひっくり返されるかもしれないからな」


 だから俺一人だけ残って話を詰める必要があったんだと告げるとルーシアの顔色が変わった。


「一番って、まさか国王陛下!?」


 本当に話をつけてくるなんて、とルーシアは口を抑えているが、じゃなきゃ俺が出張る意味がないだろ。


「声が大きい。もちろん公式な話じゃないが、罰金刑で収めてくれる事になった。金額は追って話が来るが、一人あたり10枚から20枚って所じゃないか?」


「総額で金貨4000枚は覚悟しておく必要がありそうだな。お袋の命がその程度なら安いもんだ」


「何を深刻な顔をしてるんだ? ポルカが作ったポーションを売りゃいい話だろうが。お前達どでかい金の成る木を手にしている自覚があるか? ポーションの大樽一つで金貨500枚分はあるんだぞ、あれが幾つあると思ってる。販路なんて俺が紹介してもいいし、シュタイン商会ならどこでだって捌いてくるぞ」


 金額を聞いて暗い顔をしていた幹部二人に現実を教えてやるとぱっと輝いた。ポルカには腕を磨く為にひたすらポーションを作成させていたのでうんざりする量のポーションが溜まっているのだ。


 俺が金をばら撒いたと恐縮した二人だが、今回の件では大幅な黒字、金貨にして数万枚に近い黒字になるはずだ。ベル親方には魔法の武具をずっと修理依頼していたし、ポーションの大樽は俺も大量に持っている。正確に言えばクランに置ききれなくなったから俺が<アイテムボックス>に仕舞っているのだ。

 だから彼等が気にする必要など全くないのだ。


「そしてこれも国王から貰ってきました。俺が持っていても仕方がないので、渡しておきます」


「はあ? な、なによこれっ! こんな恐ろしいものをどうしてもらってくるんだ?」


「国王の印字が押された白紙委任状だと!? こんなのどうしろってんだよ!」


 正直に言えば俺に言われても困る。本当はクランに責はない事を一筆書いてもらうつもりが、こんな事になっていた。

 ちなみにあの紙は書かれた内容は国王の勅命になるというとんでもない紙だ。悪い冗談のようだが、したたかに酔っていた国王はともかく侍従長も居た場なので別の思惑もありそうだ。


「これを手にした俺がどう動くかを試されている気がするんで、そちらに渡しておきます。焼き捨てるなり保管するなりご自由に」


「いや、こんなの要らないんだけど!」


「処分は任せる。奥の手にするのもいいんじゃないか?」


 あらあらすごいのが来ちゃったわねと、飄々と受け入れるリエッタ師の胆力も相当なものだ。


「そしてこれが最後の案件になります。私がここに滞在していた理由、クラン最高幹部である貴女の身の管轄という魔導書(グリモワール)の件です」


 魔導書(グリモワール)はクランでも最秘奥にあたるようで、部屋には言い知れぬ緊張感が満ちてゆく。


「二人とも、少し外してちょうだいな」


「ママ……私は彼の持つ魔導書(グリモワール)を既に見聞きして」


「姉貴、ここは外そうぜ。お袋の言いつけだ」


 ルーシアは俺の魔導書に興味津々だった。自分の持つ魔導書の詳細を明かしてこちらにも情報交換を促していたくらいだ。

 その答えは保留にしてある。何故ならリエッタ師が持つという”何か”がどのようなものなのか想定できないからである。


「自分が何故ここに逗留することになったのかは聞いておられますか?」


「ええ、マールから話を聞いています。ギース君がご迷惑をおかけしたようですね」


「そこで得られた情報を推理すると貴女は魔導書を管理できるような何かをお持ちのはずだ。それを確認させてはもらえませんでしょうか?」


 俺は眼光を強めて彼女を見据えた。こればかりはいかなる譲歩もできない。ギースは俺の体の持ち主であるライルの名を知っていた。という事は恐らくリエッタ師が持つ何かにその名が記載されている。


 何が何でもそれを突き止め、処理しなければならない。もし彼女が嫌がるようなら非情な手段にさえ訴える必要がある。


「本来は他人に見せて良いものではないのですけれど、貴女も魔導書(グリモワール)保有者であれば構わないわ。少し待っていてくださいな」


 そう告げて席を立ったリエッタ師は壁際にある書棚に向かう。そこで一冊の本を取り出してきた。


「その本が?」


「いえ、この本は仕掛けがあってね……」


 彼女が本を開くと、中が空洞だった。そしてその空洞に折りたたまれた紙片が仕舞われていた。

 ただの紙片ではないな、魔力が感じられる。恐らくはこれ魔導具……というかこれレン国で見た”符”じゃないか! あっちは木片に書かれたものばかりだが、こちらは紙だった。

 呪符って折り畳んでもいいのか……本に隠す為に敢えて折り曲げた気がしてきたぞ。この人、こいつの価値を理解しているのだろうか?


「この中には世にある全ての魔導書(グリモワール)の一覧とその所有者が書かれているの」


 折り畳まれたままの符を彼女は俺に手渡してきた。中身を検めないのは俺への配慮だと感じた。


 頷いた俺は手袋を嵌めてその符を開く。


 ふむ、なるほどな。




 よし、完了。


「ありがとうございました。知りたい事はすべて知れました」


「あ、あら? もういいの? まだ一瞥しかしていないのに」


「リエッタよ、こやつをそこらの凡百と一緒にするでない、一目見た瞬間に全ての仕事を終えおったわ」


 先生は余計な事を言わんでよろしい。


 少なくともこれでライルの名はこの符から永遠に消え去った。この後で誰がこれも見ても別人の名が記載されいるだろう。

 

「ユウキよ、お主、どうした?」


「特に何もありませんよ。リエッタ師、それに先生。どうもありがとうございました。ではこれにて」


「おい、待て、待つのじゃ」


 素早く退出しようとした俺の腕を先生が掴んだ。有無を言わせないほど強い力だ、少女の姿になっても細い腕と指だが、俺の全力を以ってしても振りほどけない。


「座れ、座れというのに! どうしたというのじゃ、この魔力の乱れ、おぬしともあろう者が今までなかった事じゃぞ!」


 先生の追及がしつこい。この世界にはどうにもならない事がある、放っておいてほしいものだ。


「別に何もありませんよ。予定ができたので、少し外そうとしているだけです」


「嘘じゃな。どうせならもう少しマシな嘘をつけ。何がおぬしの心をここまでざわつかせておる」


「先生には直接関係のない事です。もちろんリエッタ師にも」


 そろそろ弟子としての最低限の義理は果たしただろうか。俺は一微(秒)でも早くここから離れたい。誰もいない場所に行き、心の底から湧きあがるこのどす黒く、果てしなく冥い何かを吐き出してしまいたいのだ。


「失礼する!! 我が君はおられるか!?」「ユウキ様、どうなされたのですか!?」


 そのとき従者二人がこの部屋に駆け込んできた。俺が普段繋げている感覚を断った事で何事かと思ったのだろう。二人が来る前にここを退出したかったのだが、先生はこのために時を稼いでいたようだな。


 仲間からも<念話>が入っているが、空返事ばかりだ。相棒は俺の事を理解してか、転移してこない。



「……」


 おれはちらりと先生を見た。何も含んだ物はなかったはずだが、それだけで先生は俺の掴んでいる腕を解き放った。

 くそ、俺はどんな眼をしていた? どんな時でも自信に溢れたあの先生の瞳に怯えが走ったぞ。先生には何の落ち度もないというのに、つくづく自分が嫌になる。


「我が君……」「ユウキ様、従者である私達に何か出来る事があれば」


 二人の心遣いが今は辛い。心を律していないと自殺したくなるような暴言を彼女達に吐いてしまいそうだ。


「いや、大丈夫だ、心配をかけたな」


「我が君、とても大丈夫には見えないぞ。貴方様ほどの方に一体何があったというのだ」


 レイアの言葉には強い悲哀がある。信じたくないものを見てしまったような顔だが、もとよりこの俺がそんな大仰な存在ではなかったというだけだ。


 本当にたいしたことではない。ただ、この世界を粉々になるまで破壊したい衝動に駆られているだけであり、この愚劣な考えを皆に知られたくなかっただけだ。


「私達はユウキ様の手足です。貴方が求むることでしたら、どんな悪逆をも成し遂げてご覧に入れます」


 ユウナの瞳には縋るような色がある。彼女もこんな男に人生を狂わされている。離れた方が彼女の為ではないか?


「嫌です。私の主は貴方様ただ御一人です」


 断言する彼女は例えようもなく美しい。思わずその頬に手をやるとユウナの瞳から涙が毀れた。”氷牙”の異名を持つユウナの涙は思いがけないほどの熱を持っており、手に当たった部分が火傷したような痛みを俺に与えていた。


 まいったな。二人のこの感じだと簡単に俺を一人にさせてくれそうもない。


「一体何があったのじゃ? さきほどまではいつもどおりのこやつであったのに……」


 先生の問いに無言を貫いていたが、いつまでもは無理だろう。俺の心を深く深く抉った出来事からまだ一寸(分)も経っていないのだ。なにがあったのかなど考えるまでもない。



 リエッタ師は俺が折り畳んだ符を広げ、その内容を確認する。


 が、その顔に変化はない。そりゃそうだ、誰だって気付かない。俺しかこの意味を理解出来るはずがない。


「リエッタ様、何があったのです?」


 レイアがそう問いかけるが、困惑する彼女は首を横に振るばかり。最後には誰にも見せてはならないはずの符をこちらに見せてくる始末だ。


 こうなるのが嫌だったから、さっさとこの場を離れたかったのに。



「特にこの中に彼が機嫌を悪くする要素があるとは思えないのだけれど……」


 今すぐここから離れたい。理由を説明した所で誰も理解などしないのは解っている。だから一人になりたかったのだ。


「強いて言えばこのユウキ様の欄でしょうか?」


 


 先ほどまでその場所にはライル・ガドウィンの名があった。


 これを消す必要があった。あるいは名を書き換えて故郷の皆に面倒が降りかかる可能性を潰すのだ。


 これが魔導具なら何らかの道具が必要だったかもしれないが符であった事が幸いした。セシリア講師が研究していたので書き換えは簡単である事は理解していた。


 適当な名前でも良かったが、もし同名がいれば厄介な事になる。ここはおとなしくユウキの名前を記入しておくことにした。


 書き換えは一瞬で済んだ。魔力を送り込むだけで望みの言葉になるお手軽機能だったのだ。



 だが、それが良くなかった。俺さえ予期していなかった名前がそこには記されていたからだ。



 結城 源一郎。



 忌み名。呪われた汚らわしい名。度し難いほどの愚者。決して許されることのない罪深き――



 かつての己の本名だった。




楽しんで頂ければ幸いです。


今更ですがここで主人公の本名です。

ステータス欄は本人見えないので名前を思い出して愕然としてます。


ライカール編は異常ですが尻切れトンボなもので次回は総まとめな番外編で締めたいと思います。


主人公の秘密が徐々に明かされてゆく……訳ではありません。何しろ当人が興味ないので。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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