魔法の園 45
お待たせしております。
俺の牢獄生活は一日で終わりを告げた。
皆と一緒に捕縛されてブタ箱にぶち込まれるのが計画の大事な点だったが、最終段階に来て娘が離れるのが嫌だと泣き出してしまった。妹は多分何かを”視て”理解を示してくれたが、娘はそうもいかない。
だがシャオに泣かれてしまってはどうにもならない。俺は何とかして早期に牢獄から脱出する手段を探す事になった。
しかし厄介なのは俺個人が一応詫びを入れに来たという形を取らないといけないことだ。俺が考えた計画なのでクランに累を及ぼさない為にはそうする必要があるんだが、それでいて家族と会うためにさっさと牢獄からは出る必要があるという難儀な事になってしまった。
自分で事態を面倒にしてしまった自覚はあるが、シャオと約束してしまったからには親父はそれを守らなくてはならない。
だが、悩んでいるうちにふと気付いた。
なぜ牢獄だとまずいのか? それは他の衆人環視の中、転移環で家族や仲間を呼べないからだ。
ということは、誰も見てないような個室に移りでもすれば問題解決なのでは? と気付いてからは、策は簡単に思い浮かんだ。
要は城の看守達からこいつを他の囚人達から引き離さないと面倒だ、と思わせればいいのだ。俺は城に滞在しているときからマールやポルカを色々連れ回していたから、看守も俺の顔を知っている奴がいるだろう。そして誰かが問い合わせれば俺の立場が王の客人である事はすぐに解る。
王の不在時に現れ、丁重にもてなせと指令の出ている客人をいくら無茶をしたとしても粗雑に扱えるだろうか。俺ならやらない。看守達も本心では重営倉に叩き込みたくとも帰還した王からどんな勘気を被るか解ったもんじゃないから手荒な事は出来ないはず……
そう見越して牢獄内で大宴会を敢行し、俺の目論みは成功した。次々と置かれる中身の入った重い酒の大樽に看守たちは片付けるのに手一杯、こちらに罵声を浴びせるのが関の山であり俺達は勝利の凱歌を上げつつ美酒で杯を交し合うのだった。
だがその宴会も長くは続かない。邪魔する者はいなかったが、二刻(時間)足らずでお開きになってしまった。
理由は二つある。ひとつはセイブル侍従長の登場により、俺が連れ出された事で野郎共の酒と食い物の供給源が途絶えたこと。
そしてもう一つが、俺達の暴挙(自分でやっててなんだが、まあ暴挙だな)を聞いて顔色を変えたリエッタ師が病み上がりだというのに夜の王都を駆け回って俺達の釈放をお願いするべく方々に頭を下げて回ったことだ。
快復を喜ぶ皆との涙の抱擁もそこそこに、自分達の母親がこの寒い冬の夜に頭を下げていると聞いて祝いの空気は吹き飛んでしまった。
リエッタ師の性格からそう動くであろうことは想像できたが、まさか当日に動き出すとは計算外だ。いくら治ったとはいえ、彼女はまだ病み上がりなんだがな。
本来なら絶対安静にしているべき彼女がそんなことをしていると聞いた男どもは即座に酒盛りを中止し、1微(秒)でも早く解放されるべく殊勝な態度になった。
また王国側でもこんな数の酔っ払いを長く収監しておくほど暇じゃなかったようで翌日の夕刻には全員解放されていた。昼間の内に”クロガネ”の連中に半殺しにされていたリガなんちゃらが反逆罪で全員吊るされていたので、問題にとりあえず一段落がついたと言う認識だろう。その頃には俺達がクランの人間であることは知れ渡っていたから、もちろん無罪放免ではなく、追って沙汰が下される。
処罰は国王の帰還を待って行われるだろうから、なんとか軽めの罰で始末をつけたい。
だから最後の決着は俺がつけるつもりだった。侍従長もそれをわかっていたのでクランの者達を早期に解放したはずだ。ユウナがあの屑共の事を調べ上げてくれた資料を渡してあるので、あれを元にグラ王国の下部組織を潰してくれるはずだ。
しかし、ここでも連中が出て来たか。
どの国でもカナンを捌いている時点で繋がっていると見ていいかもしれない。カナンの精製はかなりの技量が必要であり、容易く量産可能な品ではない。グラ王国は他国には無作為にばら撒いているようだが、実際は管理は厳正に行っているからだからこそ繋がりが見えやすい弱点もあった。
だが、これで王都からは一掃されるだろう。捜索には魔法騎士団が投入されたから、連中の誇りにかけて殲滅するはずだ。
ユウナが<洗脳>まで使った諜報に抜かりなどあるはずがないから、奴等はここでおしまいだ。
そして俺は城の尖塔の最上階に押し込まれた。よくある貴人の幽閉場所であり、ここもよく使われた形跡があった。きっと皇太后が権勢を振るっていた頃は大活躍だっただろう。
そう考えると、地下牢が清潔だったのは……あっちを使う地位の者がいなかったのだろうか。
だが、こうして俺の目論見は成功した。またもや幽閉だし、外から鍵が幾つも掛かっているが……そんなの俺には何の意味もない。鍵の構造としてはクランの方が精密だったくらいだ。
「とーちゃん!」「兄ちゃん」
そしてなにより、ここなら俺以外誰もいないので遠慮なく仲間達を呼ぶ事が出来るのだ。魔導具の展開も阻害される何らかの力が働いていたが、それを破壊すれば普通に転移環は使えた。
何らかの結界を壊して怒られるかと思ったが、どうやら誰も破壊に気付いていないようだ。俺がここで大人しくしていればあっちも無用な詮索はしてこなかった。
「おいおい、どうした二人とも」
転移した瞬間、俺に向けて突撃してくる二人を抱きしめながら、俺は戸惑いの声を上げた。
騒ぎを起こす直前までアルザスにいたから、実際は半日ぶりくらいのはずなんだが、二人は俺を離すまいとしっかりとしがみついている。
「二人とも、兄様はどこにも行きませんよ。イリシャは自分でそう言っていたではないですか」
「ソフィアお姉ちゃん。でもふあんだったから……」「シャオも!」
次いで転移してきたソフィアがひっつき虫になっている二人を見て困り顔だ。そして続々と仲間達が転移してくる。
「まあ何とか穏便に済みそうだ。今回はソフィアにも心配をかけてしまったな」
「兄様のなさる事に間違いなどありませんから心配はしていませんが……兄様、ここはまさか?」
「ああ、みんなを呼べる場所は限られていたからな。ソフィア、君にとって辛い場所なら戻った方がいいぞ」
ここで多くの貴人の命運が絶たれてきた事を知っている彼女の顔は青ざめていたが、俺を見ると何故か安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫です。兄様ならばこの部屋から生きて帰還した最初の人になる事は間違いありませんもの。侍従長も皇太后が紡いできた負の歴史を断ち切るべく兄様をここに案内したに違いありませんわ」
何か大きな事を期待された感じだが、俺に一体何をしろってんだ?
そしてこの部屋で待つ事2日、ようやく俺はこの国の王にしてソフィアの兄であるバイデン3世と対面する事ができた。
30台の若さで王位を継いだ彼の治世の評判は悪くない。経験の少なさから統治初期は周辺諸国から侮られる事もあったが、今では国を大過なく無難に治めている印象だ。もちろんあのバケモノを除けばの話である。
俺の対面に座った蒼い髪をもつ美男だが、ソフィアとはあまり似ていないな。共通点は髪の色くらいでしかない。
彼の後ろにはセイブル侍従長が控えている。席を外そうとした彼を俺が止めてこの場にいてもらっている。俺としては今回の件で侍従長には本当に迷惑しかかけていないからな。詫びのひとつでもしておきたい。
「君と会ったら色々と話したいと思っていた事があるのだが、まずは礼を述べるべきだな。君が私達に対して行ってくれた全ての事に深く感謝する」
そう話し始めた国王は俺に深々と頭を下げてきた。王が他人に軽々しく頭を下げる行為は慎むべきではあるが、狼狽するかと思われた侍従長も平然としている。このような振る舞いをすると解っていたのだろう。
「頭を上げて下さい。これは私が自分の意思で行った事であり、陛下から礼を言われることではありません」
「そうはいかん。私はランヌに旅立つ妹に殆ど何もしてやれなんだ。あれが異国で健やかに暮らせていられるのは全て君のお陰だ。国王としてではなくソフィアの兄として礼を言わせてくれ」
俺はその後も気にするなと言ったのだが、話がアルザスでの屋敷に及ぶと、まあそうだよなと頷かざるを得なかった。
当初ソフィアは寮生活を送るつもりだったらしい。一国の王女に寮生活をさせるなどライカールの見識を疑いたくなるが、ソフィアが平民と親しく交流したいと望んだからとされていた。
もちろん真っ赤な嘘であり、皇太后が追い出したソフィアに国費を用いるのを嫌がったと言うのが専らの噂だ。
そんな状況でルシアーナやエリザなど他の国の王侯達が続々と留学していたら、ソフィアだけ同じ姫なのに一人だけ寮生活を送らせる事になってしまう。
国王はそれを危惧したが、まだ元気だった皇太后が決して首を縦に振らなくて難儀していたそうだ。
結果としてソフィアに惨めな思いをさせるつもりのなかった俺が屋敷を用意したが、ライカールとしては他国に面目を施せたわけだ。いくら冷遇されているとはいえ国王の実の妹がそんな扱いでは国全体の品位を疑われる。兄としての気持ちと国王のしての謝意ならばそれを受け入れる事にした。
俺としては妹の面倒を見るのは兄貴として当然の行為なので気にもした事が無かったんだが。
「本当に感謝しているのだ。不甲斐ない兄、不様な王と笑ってくれていい」
「私もこの国に来るまでは陛下に一言申し上げるつもりでいましたが、今は心中お察ししますとだけ申し上げておきます。ご苦労が絶えなかったようで」
俺は世辞ではなく本心からの言葉を口にした。話に聞いていた以上に皇太后はとんでもない女だった。間違いなく後世の歴史に稀代の大悪女として名が残る人物だ。
そんな皇太后がのさばる王宮で国王はかなりの努力を重ねていた。ソフィアの留学もこのままでは早晩殺されると確信した王がランヌの国王に話をつけて実現したと聞くし、彼は彼なりに妹を守ろうとしていた。ソフィアの方も陰日向と兄王が自分を気に掛けてくれていたと感謝している。
だがそれを知った皇太后が更に機嫌を悪くすると言う悪循環に陥っていたようでもあるが。
「すまん。気を遣わせてしまったな」
「いえ、陛下が努力を重ねておられたのはわかりましたので。それ以上に凄まじい人がいたということでしょう」
俺は個人名を出さずに話を終えようとした。これ以上話を続けても楽しい話題ではないからだが、あちらはその気がなかった。
「その事でもう一つ礼を伝えねばならん。母の命を取らないでくれて感謝する。どれほど愚かであれ、あの人は私の母なのだ」
「もし私がかの人を弑し奉っていたら、あなたとこのような空気で会話をする事は適わなかったでしょう。それにソフィアもそれを望みませんでしたから」
「そうか。あの子が……優しい子だ。ご母堂であるヒルデ様に似たな」
話を聞くに国王にとって皇太后は良き母であったようだ。周囲には苛烈と言う言葉さえ生ぬるいほどの人物だったが、長男である現国王には惜しみない愛情を注いでいたらしい。
だがその息子可愛さが激化して他の王子を始末して回ると言う愚策にでたのだがら、ちょいと救いようがない。元々長男で立太子の儀まで済ませて、重臣たちも掌握していた彼以外に王の芽はなかったはずなんだが、後顧の憂いを絶つとばかりに刺客を放つんだから始末に終えない。
しかし国王も母親は色々とやらかしてくれる存在ではあるが、憎みきれる相手ではなかった。
母親を殺されていたら温厚で知られる国王も黙っているわけにはいかないだろう。やはり安直に始末するには危なすぎる人物だった。ここが二度と来る必要のない見知らぬ国ならともかく、隣国かつソフィアの祖国で取るべき手段ではないな。
「そちらのお話が以上でしたら今度はこちらが謝罪する番ですね。この度は陛下の不在にかこつけて色々とお騒がせして申し訳なかった」
今度は俺が彼等、主に侍従長に対して頭を下げた。彼は純然たる被害者だ。俺という闖入者、融通の利かない魔導院、頑迷な騎士団に挟まれて面倒な立場だっただろう。少なくとも俺があの立場にいたら両の拳で決着をつけたくなる。
「いえ、ユウキ殿は陛下がお認めになった客人でございます。その事で礼を尽くすのは当然でありますのでお気になさらず。地下牢での件は度肝を抜かれましたが」
ちくりと嫌味を放たれたが、彼としてもこれくらい言わせてくれという感じだろう。
「侘びと言ってはなんですが、こちらを進呈します。私にはもう必要ないものですので好きにお使いください」
そう言って俺は卓の脇に控えてあった紙束を差し出した。訝しげにそれを手に取った侍従長は紙束に目を通し、その動きが止まった。
「こ、これは!」
「宮廷である程度以上の権力を持つ者の調査書です。色々と興味深い事が書かれてますよ」
吟零草を入手するために王宮へ向かう必要があると解ってから色々調べていたときの戦利品である。どうやって城を内部から切り崩してやろうかと考えていたのだが、陽の目を見ることはなかった。
そしてもうこの地で何かを企む気のない俺には既に無用の長物だ。
「なんと、これは財務卿と外務卿の! の他にも色々と……こちらは有難く頂戴いたします」
俺の詫びの品は喜んでもらえたようだ。この城を実質的に支配する彼にはあると嬉しい武器だろう。
「では、本題に入りますか。今回の件、どのように決着をつけましょうか? 私としては罰金程度でなんとか始末をつけたいものですが」
「さて、どうしたものか。私は外に居たからな、正しい判断が出来るか怪しい」
爺の方が適任だろうと彼は侍従長に話を投げた。セイブル侍従長はこのような重要な判断を任せられる程の信任を受けている人物と言う事だ。城の留守を任せるとはそういうことだが。
「まず、私を含めて場内に反感を持つ者は既におりません。この数日で皆彼を許してしまいましたので」
俺の贈り物は相当な効果を発揮したようだ。場内に置けないほど大量の酒や食い物を出したお陰で仕舞いきれない物は持ち帰る許可が出たらしいからな。それぞれが家庭で楽しんだ事だろう。
相当ばら撒いたなら手持ちがだいぶ減ったかなと思っていたんだが、酒の備蓄はほとんど変化なかった。如月は一体どれだけ造ったのだろう。
「そうか。ならば……」
「しかしながら、いくら酔っていたとはいえ王城の前で狼藉を働いたのは紛れも無い事実。この前代未聞の不敬を働いたクランに相応の責を負わせよとの声も貴族たちから上がっております」
そりゃそうだろうな、と言うのが俺の正直な感想だ。王が俺への謝意を先に口にしたから和やかな空気になっているが、本来なら詰問を受けていてもおかしくないのだ。今回の件は国の治安維持能力に深刻な疑問をもたらしたわけでもあるからだ。
いやぁ、本当に悪いことをしたな。彼らにほとんど非はないのに。
「軍務卿と内務卿あたりが騒いでいるんじゃないですか?」
「ご明察ですな。二人を中心に一部が騒いでおります」
この二人は魔導院との繋がりが深い。失態を犯して何も言えない連中の代わりに貴族たちを動かして文句をつけているのだろう。
それについては何も思わない。むしろ簡単に諦めるようでは喧嘩相手として物足りない。
貴族でも何でも使える物は何でも使って俺達に一矢報いようと足掻いてこそ、正しい姿と言える。
「確かに。彼らの言い分も一理ある。私としては恩人の事ゆえ、穏便に収めたいが……あの二人が騒ぐと面倒だな」
「お咎めなしというのは無理かと。王家の威信に傷が付きます。似たような事件が起きたときの悪しき先例として残りかねません」
「そうだな。あの二人をはじめ、重臣たちを納得させるのも骨が折れそうだ」
侍従長が難しい顔で懸念を示し、王も同意した。俺としても彼の言い分は実にご尤もである。普通に解決するとなるととても面倒なことになる。
だから俺が後始末をつけるべく、わざわざ捕まってここに残ったのだ。
これができるのは俺しかいないからな。
「ですがそれ相応の土産があれば話は変わってくる。違いますか?」
俺の言葉に二人の目が変わった。
「君がダンジョンの未踏破層から様々な品を掘り出しているとは聞いているが、我が国はこれでも魔法王国を名乗っているのだ。生半可な品では……」
舐めてもらっては困る、と言葉を続ける国王に構わず、俺は懐から小さい箱を2つの取り出すと……彼等は揃って息を飲んだ。
その箱は宝珠を納めていたものなので、箱そのものも精緻な紋様がほどこされた立派な物だ。
だが二人は、箱に驚愕したのではない。箱から漏れ出す有り得ない量の魔力に驚いたのだ。
「ま、まさか、それは……」
「はい、エリクシールです。2つ用意しましたので、騎士団と魔導院にくれてやってください。途轍もなく貴重なものですが、それだけに私の誠意が伝わるでしょう」
「ほ、本物ですか? いや、失礼した。貴方を疑ったわけではないのです。ですが」
「そちらにも鑑定持ちがいるでしょう? すぐバレる嘘をつく意味がありませんよ。ああそれと、やはり死者蘇生は無理なようです。試すなら止めはしませんが後で文句をつけられては困ります。ですが、特級ライフポーションでも不可能な死の瀬戸際にいる者を完治させる力はありますね。実例として証人がいるわけですし」
「然り」
快復したリエッタ師から何度も嘆願を受けていた侍従長は大きく頷いた。彼女の病を疑う者はいない。姿は見せなくともクランの皆の様子から凶事があったことは明らかだったからだ。
「伝説の神薬……確かに漏れ出る魔力だけでも頷けるが。これをあの者たちにくれてやれと? 間違いなく納得するだろうが」
あまりにもったいないと顔に書いてある王に、俺は最後のひと押しをする事にした。
「もし陛下がこれを用いて彼らを説得してくださるのなら、こちらを差し上げます」
そう言って俺がとある品を<アイテムボックス>から取り出した瞬間、空気の質が変わった。
激烈なまでの濃密な魔力の渦がこの部屋を取り巻いたからだ。
「なっ、なんだこれは!? この魔力、尋常なものではないぞ!」
正直、俺も驚いた。レイアは何も言っていなかったから普通に取り出してしまった。ここが周囲に何もない尖塔で良かった、これまで滞在してした調合室だったらえらいことになっていたぞ。
慌ててごく小規模な<結界>を張ることで彼等は平静を取り戻した。あのままじゃ話が出来なかったからな。
「これは一体!? 受けた感じではこのエリクシールを数十倍に高めたようだったが?」
「その通りです。超がつくほどの最高品質のエリクシールです。何しろこれがリエッタ師を救ったので。先程の2つはこれに比べれば出来損ないですよ」
一番良いのは貴方にあげますから、と言ってやれば王はご機嫌になった。
それに貴重とは言ったが、これだけとは言っていない。元より大量に作ってその上澄みを使う予定だった。製作者のポルカは意識を失っていたから、後片付けをしたのはレイアである。
残りは全てこちらにある。素材に協力してくれた人達にこれで礼をするつもりだが、それでも大量に残っている。
「任せてくれ! この2つがあれば者共を黙らせるのは容易いことだ。大船に乗った気で居てほしい」
「成程、かくして騎士団と魔導院の争いを見事に収めた陛下の名声は高まり、以後の統治も格段に楽になるというわけですな」
俺の最後の目論見も老獪な侍従長にはお見通しだった。ここまで引っ掻き回した状況を落ち着かせるには最高権力者の一声しかない。そしてそれに成功すれば、若き王の政治手腕は更に評価されるだろう。上手くすれば王が2つの勢力を牛耳れるかもしれない。
侍従長の言葉を聞いた王は不意に小さく笑った。
「ここまでしてくれて感謝の限りだが、こちらとしては君に何かを強いる気は無かったのだがな。特にこのようなものが送りつけられて来たからには」
そう言って王が卓の上に置いた数枚の紙片を見た俺は、顔を顰めた。げっ、なんてことしやがるんだ。
「見てくれ。ランヌは当然としてオウカ帝国に獣王国、さらにはエスパニア、セインガルド、レイルガルド、果てには面の皮の厚いことにグラ王国まで君の釈放を求めて声明を出している」
くそっ、面倒な。誰もこんなこと求めちゃいないってのに。
「その顔だと想定外のようだな」
「不確定要素は計画に入れない主義なのもので。しかしまさかこう来るとは……」
俺は自分でもわかるほど渋い顔をしているはずだ。頼んでもいないのにこうまで露骨に恩の押し売りをしてくるとは。
「ライカールとしても周辺諸国との関係を悪化させてまで処罰を断行するつもりはなかった。これも君の差配かと思ったが、あれからの手紙から聞く君の手管とはいささか乖離していたな」
「紙切れ1枚で貸しを作ったつもりでしょう」
国に借りを作りたくないからこんな面倒な手を使ったのだ。最後の最後で他国の威を借る真似をするはずがない。だがこれを無視するのもな……シカトしたいが、ああいう手合いはこっちが忘れた頃になって”あの時助けてやったよな”とやるのが常だ。くそっ、面倒くさい。
「君にとってはそうとも取れるが、他国としては我が国が君を囲い込む事を一番警戒したのだろうさ。何しろ世界で一番話題の男の側に身内を送り込んでいる唯一の国だ。魔法学院に姫君を多数送り込んでいる意味がわからんでもなかろう?」
「あれは仲間を見に来ていたのだと今の今まで信じていたんですが……」
「それもあるだろうが、1番は君だよ。君を手に入れれば異世界人も間違いなくついてくるだろう? これを”一石二鳥”と呼ぶとオウカの言葉にあったな」
くそ、そこは色男の玲二を見ておけよな。俺なんぞよりあっちの方がよほど目の保養になるだろうに。だが、よりにもよって国王の口から放たれた言葉だ。偽りではないだろう。
「知りたくなかった現実というやつですね」
「おいおい、今更何を言っている? 君が我が国で何をどれだけしでかしたと思っているんだ。特にラインハンザ大改造には度肝を抜かれたぞ? あんな馬鹿げた計画を実行に移そうと考えるだけで異常だ。アシュレイ子爵から報告は受けていたが私も実の目で巨岩地帯が消えているのを見なければ信じなかっただろう」
「ああ、そういえば新たに迎えられるナディヤ妃は北部の方でしたね。貴国は王都に重きを置いているようですが、他国から見れば大陸中央に近いラインハンザは魅力的な良港ですから地形的な問題を解決すればこれ以上に発展するでしょう。北部が潤えば結果的に王国全体に循環するはずです」
「そしてなによりかの地の隆盛はソフィアの力になる。君が重んじるのはそこだろうが……彼女の事まで御見通しか。千里眼の持ち主と聞いていたが、想像以上だな」
「部下が優秀なので。楽をさせてもらってます」
側妃の情報をくれたのはユウナではないのだが、情報提供者がそろそろやってきそうだな。
「異国の君には奇異に映るだろうが、我が国の王都偏重にはれっきとした理由があるのだ。エリクシールが出てこなければ私から手打ちの条件にある依頼をしようとしていたのだが……」
王の思いもかけぬ言葉に隣の侍従長が気色ばむ。どうやら唯事ではなさそうだし、面倒事の予感がするんだが。
「陛下、それは」
「爺、よくよく考えればこれはまたとない好機ではないか。身元が知れており、政治的にも信頼でき、何より途方もなく凄腕だ。彼以上の適任がいるだろうか? それになにより、彼はこれを聞けば放って置かない筈だ、ソフィアの為にも」
「あの子の名がここで出てきますか。なるほど、伺いましょう」
きっとこれは今聞かなくても後々関わって着そうな気がする。そうであれば早い内から話を聞いて準備しておいたほうがいいだろう。
「なに、話はそう難しくない。聡い君ならすぐに感づくさ。知ってのとおり我が王都は大河ウェーザーの上に作られている。理由は解るかな?」
いきなり謎掛けみたいな事を言い出したが、ここは相手に合わせるか。
「地下に先史文明の遺産があるからでしたっけ? ダンジョン化したそこから得られる様々な恩恵が貴国を魔法王国として名を知らしめた。その遺構を独占する為と考えるのが自然ですかね」
「そうだな、普通に考えればそうだ。だがそれは冒険者ギルドが各地のダンジョンを管理するのと変わらない。わざわざ手の掛かる大工事まで行って王都を大河に跨るように作る理由にはいささか弱い」
……うわ。なんだよそれ、物凄い面倒臭い事を聞いた気がする。ああ、そういえばこの地域は魔力がやけに少なかったっけ。過去に大規模な魔導災害があったらしいが。
きっとそういうことなんだろうなあ。
だが、聞いておいて良かった。今となっては素直にそう思える。きっと王族という責任を全うしようとするソフィアはこの国に戻るから、近い将来彼女もその面倒にぶち当たる事になる。
だったら兄貴として妹の面倒を取り除いてやるべきだろう。
俺は心の底からのため息と共に王に向けて口を開いた。
「つまり陛下はこう仰りたいのですね。わざわざ河の上に王都を作る必要があったと。それじゃまるで……」
「やはり勘の良い男だな。その通りだ。我が王都の地下にあるダンジョンは一般に開放しているが、それはあくまで外郭のみだ。先史文明の遺産、文明崩壊の引金となった魔導研究所跡地はこの王城直下にあり、長きに渡る魔力異常で極めて危険なダンジョンと化してしまっている」
彼は一度言葉を切った。これから発する事実を噛み締めるように。
だが、その顔には僅かな喜びもある。ああ、そうだろうさ。この不都合な事実を知る被害者が自分だけでなくなったのだ。道連れを見つけて喜んでいるのだ。
「我が王都は蓋なのだ。とてつもなく危険な何かを世界に解き放させぬためのな。君には王城地下に入口がある禁断の迷宮の探索、踏破を頼みたいのだ」
楽しんで頂ければ幸いです。
何とか今年中に上げられました。本年もお世話になりました。更新を途絶えさせずに続けてこれたのはひとえに皆様のおかげです。この場を借りて篤く御礼申し上げます。
しかし後日談の最後まで到達しなかったので、また明日上げます。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




