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魔法の園 44 閑話 とある若き王の回想

お待たせしております。




 夜半に私は帰城した。


 城を空けていたのは13日間だ。長いと見るか短いと見るかの意見は別れようが、私個人としてはあまりにも短い。

 往復の移動に10日もかかる遠方であるのだから仕方ないのだが、久しく会えていなかった彼女と過ごせたのは僅か2日なのだ。


 しかし、その13日で我が城に大嵐が吹き荒れたとあらば取るもとりあえず戻るしかなかった。


 限られた者しか知らぬ秘された門を抜け、私の我儘に付き合ってくれた供回りの者達に労いの言葉をかけていると、城から見知った顔が私を出迎えた。


「お帰りなさいませ。首尾は如何でしたかな?」


「なんとか式の日取りまでは決めてきた。だが、爺には苦労をかけたな。これは私の手落ちだ、すまん」


 私の言葉に爺、セイブル侍従長はなんとも言えぬ表情をしたあと、微かに笑った。


 あの爺が本心から笑うとは本当に珍しい。幼い頃から彼を知る私達は彼が仕事で滅多に笑わぬ男であることを知っている。


「彼の者は陛下の不在を狙って訪れましたからな。だからこそ()()()()で済んだとも言えますな。しかし、まずは長旅の疲れを落とされますよう」


 


 軽く湯浴みをして旅の垢を落とした所で本題に入るとしよう。

 

 話の前に爺が用意してくれた軽い酒肴を口にした瞬間、動きが止まってしまう。


 美味い。何だこの酒は!? 今まで飲んだどんな酒も比べものにならない。いや、ランヌの兄弟が贈ってくれた例の商会の酒も匹敵するが、これはそれ以上だ。


 はっきり言ってこんな場で出して良いものではない。国賓を迎える時など、時と場を選んだ方が良い品だ。爺がその程度の事を分かっていないはずがないが……


「陛下、お気になさいますな。セラーには同種の物で溢れかえっておりますゆえ、むしろ僅かでも減らしていただきたく。厨の者達が声にならぬ悲鳴を上げておりますので」


 爺とは通話石で連絡を取っていたので事の概要は聞いていたが……


「それほどか?」


「これは言葉を尽くすよりご覧になったほうがよろしいかと」


 どこか諦めた調子で爺が案内するので、それに従って各種の酒が置いてあるセラーに向かうと……なんだこれは? 理路整然と酒が並んでいたはずのセラーが、酒という酒で埋め尽くされていた。私個人としては嬉しい悲鳴というやつだが、整理した者達は気の毒だ。さぞ難作業だったことだろう。


「この調子です。他の貯蔵庫はこれ以上の有様でございます。あの()が祝儀と言い続けて延々と出したお陰で酒と食料が今の城内には溢れかえっております」


 あまりにも大量なので勤め人にも配布を許しております。陛下の処断を待たず申し訳ありませんと爺が口にしているが、という事はこれで減った後ということか?


 いやはやとんでもない。色々報告を受けてはいたが、聞くと見るとでは大違いだ。


「今、()はどこにいる? 粗相はしておらぬだろうな?」


「強いて言えば本人が自分から牢獄に入ったことくらいですかな。その件はご報告したとおりです」


「まったく、私が不在の隙に良くぞまあここまで暴れまわったな。王城前での騒乱など、我が国の歴史に残るぞ。通常であれば捨て置く事などできぬが、相手が相手だ」


 溜息をついた私に爺が諦めたような声で応じた。


「処罰は難しいですな。既に王都の民にはこの件が大賢者様を救わんとクランの者どもが王城に嘆願に向かった先で無頼共と争いになったと市井の童にさえ知れ渡っております」


「下々の者が噂好きとは言え、広まるのが早いな」


「まず間違いなくスカウトギルドを動員して噂を広めておりますな。そしてこれがなんとも性質の悪いことなのですが、噂では陛下が大賢者様の窮状を哀れみ、薬を下賜したとの話が広まっております」


 なに? 何故私の名がここで出てくる? 確かに此度の遠出は限られた者にしか知らせなかったが……


「まさか、私の不在をさらに利用したのか?」


「はい、クラン側がそう宣言した訳ではございませんが、快復した大賢者様を祝う宴の場で参加者が揃って陛下と王国への感謝を口にしたようでして。民に絶大な人気を誇るリエッタ様を救われた陛下の声望はこれ以上ないほど高まっております」


 やってくれる。政治の解る男だとは聞いていたが、こう突いて来たか。


「なるほど。事情を知らぬ者からすれば私が手を貸したと見ても不思議はないか。この状況で母を思い行動を起こしたクランを罰することなどできまいて。確かに筋は通っている。私は”母親”に大陸一甘い男であることだしな」


 民という存在は面倒なものだ。勝手に期待をかけ、勝手に裏切られたと感じ、勝手に失望する。今からクランに処罰を与えれば期待していた分、民の失望は深まる。あまりにも強すぎる母の呪縛からなんとか脱却しつつある現状で、良い材料である民の支持をいたずらに失うのは避けたい。

 私が間違いなくこう考える事を見越して仕組んだな、彼は。


「陛下、それは……」


「誰もが知る周知の事実であろう。国王の私を知らずとも母の事を知らぬ民はおらぬだろうからな。まあよい、それにその騒ぎの原因となった者達も既に処罰済みなのであろう?」


「無論です。彼奴めらは王城の前で事もあろうに武装しておりましたので。これを見逃しては王国の威信に関わります。主犯として即日処刑いたしました」


 よほど悪行を重ねた者達だったようで、奴等の公開処刑によりまた我等への評判は高まったという。見世物である公開処刑の機会をこちらに与えたのも彼の手配だろう。それにあの者共には捨て置けない事情もあった。


「その奴等の捜査の進展は? グラ王国め、性懲りもなく魔手を伸ばすか」


「彼より関連資料を渡されましたおかげで順調に捜査は続いております。騒動により面子を潰された魔法騎士団が中心となっておりますので、彼等もこの功により大いに溜飲を下げておる様子」


 本来取り締まるべき警邏を差し置いた格好だが、相手が仮想敵国の地下組織ならば彼等が出張る充分な理由になる。

 それに今爺は彼から資料の提供を受けたと言った。それはつまり奴等を潰す手柄をこちらに渡した事を意味する。となれば王国側、それも騎士団に対する今回の埋め合わせのつもりなのだろう。この酒も迷惑をかけた城の者達に対する侘びだと見る事もできる、というか間違いなくそうだな。この酒一本で金貨が十枚単位で飛んでゆくのだから。

 彼なりの誠意を見せてきた、というわけか。


 本来ならこちらが妹の件で礼の言葉を口にする立場なのだがな。



「で、今彼は何処にいる? まさかまだ牢につないでなどおらぬだろうな?」


 私の冗談に爺は思い出すのも嫌だと言うような顔をした。あの鉄面皮の爺にここまで表情を変えさせるとは。


「爺、すまん、本当に苦労を掛けたな」


 思わず口に出た言葉に爺は笑みを浮かべた。


「お気になさらず。激動の日々だった事は確かですが面白いものも見れましたし、そう悪いものでもありませなんだ。クランの者達は翌日に解放し、彼はその後西塔の最上階に移ってもらっております」


 西塔の最上階といえば、母が良く使った監禁部屋だな。監禁、か。


「あの部屋に良く彼が従ったものだな。虜囚の扱いに甘んじるとは思えんが」


「ああ、陛下。それは違います。彼は外から掛けた鍵を()()から開けますので、監禁など無理な話なのです。普通に散歩や何やらと出歩きますし、裏庭で毎日風呂にも入っております。彼が城に留まっているのは陛下にご挨拶申し上げる為でございます」


 爺が何を言っているのか理解できない。


「待て。今なんと? 外鍵を内側から開けるだと?」


 私の言葉に爺が今日何度目かの諦めの表情をした。ああ、爺の苦労が偲ばれる。


「幾度となく開ける光景を目にしましたので、間違いございません。彼はこの城内で魔法を行使できるのです。あの光景を見たフレデリック卿などは発狂寸前でした」


 なんとまあ、それはそれは。王城の魔法封じの結界を管理している魔導院の長としては確かに発狂ものだな。しかしあの気位の高い老人が……是非とも私もその場に居合わせたかった。

 普段から高慢な振る舞いの目立つあの男の醜態か。確かに面白い光景だ。


 魔法封じの結界は魔法が使えなくなるのではなく、魔力の集中を非常に難しくさせるものだから理屈の上では魔法の行使は不可能ではない。だが、魔法王国を名乗る我等、それもその深淵を覗き込もうとしている魔導院が不可能な芸当を容易くやってのけるか。彼等の無駄に高い矜持は脆くも崩れ去ったわけだ。

 ただでさえ魔導院は吟零草の件で失態を演じている。報告では彼等は隠蔽に走ったようだが……


「そういえば例の素材は間違いなくクランの者達が?」


「直接的な証拠はなにもありませんが、間違いないかと。騒動のすぐ後に吟零草の紛失が露見し、大賢者様が快復したと王都中に知れ渡りました。時系列的にそうとしか思えませんし、彼の動きが何よりも物語っております。認めておらぬのは当の魔導院だけですな」


「認めれば魔法騎士団に失態を糾弾されるだけか」


「もとより魔導院の管轄の案件でしたから。騎士団としては消極的介入に抑えざるを得なかったと言う所かと。城内の勢力争いも体よく彼に利用されましたな。城に訪れて7日足らずでよくここまで、と申し上げるべきでしょう」


 手紙からもあの男を讃える文面が多かったが、これはもう一段階警戒を高める必要がありそうだ。

 会う前に爺と情報を共有しておいてよかった。


「では、会うとするか。西の尖塔だったな」


 彼の望みも私との会談だという。恐らくは今回の全ての決着を二人でつけるべく滞在しているのだ。出なければ忙しい身であると言うあの男が訳もなくここに逗留するはずもない。


「はい。ですかお会いになる前に、こちらに目を通していただきますよう」


「これは……!!」


 爺が差し出した数通の書類のとある部分を見た私は目を見開く事になる。





「ようやくお目通り適いましたな。ユウキと言います。お会いできて光栄だ」


「バイデン3世だ。私も会えて嬉しいよ」


 西の尖塔に出向いた私は、ユウキとの対面に臨んでいた。


 第一印象は、若い、というものだった。調べによるとまだ年の頃15にしかならぬ若造で、確かに妹が”兄”と呼びたくなる年齢差だ。

 だが、私の勘が最大級の警報を今現在も鳴らし続けている。


 絶対に油断する事が出来ない相手だ。書き物机に腰掛けているだけだと言うのに、その姿、気配、そしてなによりあの瞳が尋常なものではない。

 あちらが友好的に接して来ているというのに、私は肌が粟立つのが抑えられない。妹はよくこんな傑物の懐に潜り込めたものだ。それだけでも賞賛に値する。


「本来なら跪いて礼を行うべきなのでしょうが、()()なのもので、どうかご容赦を」


 椅子に腰掛けた彼はそのように口にしたが、眼で解る。このような人種は地位や階級には敬意を払うが、個人にへつらう事は絶対にしない。


 そして彼がそのように申し出た理由だが、彼の膝の上には幼い少女が眠りこけていた。齢の頃は5歳ほどか、あどけない顔で寝息を立てていた。


「ここにはセイブルの他の臣下はおらぬ。気にすることはない、もとよりこんな時間に訪れた私に非があろう」


「恐縮です」


 座りながらもユウキは頭を下げた。態度に不満を示していた爺も形式的な礼をした彼を見て不満を取り下げたようだ。


「うにゅ? とーちゃん?」


 私達の会話で起こしてしまったらしい幼女が寝ぼけ眼でこちらを見た。私を見て幼女の動きが止まる。驚かせてしまったようだ。


「あおいかみのけ……」


 我が国の王族の特徴である蒼い頭髪は珍しい。幼女の呟きにユウキが反応した。


「ああ、ソフィアの兄君だ。シャオ、ご挨拶なさい」


「おひめさまの? ほんとだ、おんなじ……」


 父親の言葉に我に返った幼女はその膝から降りると、齢に見合わないほど立派な振る舞いでこちらに挨拶を行った。


「おはつにおめにかかります。しゃおです」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。隣の爺は子供好きなのでその愛らしい姿にすっかり骨抜きにされている。冷静に考えれば何故こんな幼女が誰も出入りを許していないこの部屋にいるのかを気にする場面なのだが。


「うむ、私がライカール国王、バイデン3世だ。シャオは幾つかな?」


「4さいです」


 4歳で私達に怯むことなく堂々と挨拶してのけるとは、たいしたものだ。挨拶を終えるとそのまま父親の膝の上に戻ってしまうのは齢相応だな。


「シャオ、俺はこちらの御二方と話がある。もどっていなさい、いいね?」


「はあい。とーちゃん」


 彼の膝の上から降りたシャオと名乗った幼女は、突如としてこの場から消え去った。眼を丸くしている爺とは裏腹に自分は落ち着いている。この現象はもしや妹から話のあったあれか?


「こんな夜半にご足労頂いた訳ですし、つけるとしましょうか。今回の件の後始末を」



 こうして世に”リエッタバルデラ殺人事件”と呼ばれた騒動は彼女の完全回復ををもって終了するのだった。

 



楽しんで頂ければ幸いです。


申し訳ない、遅れた上に通常の半分です。

年末が、年末が全て悪いんじゃ!

何とかこの章は年末までに終わらせたいと思います。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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