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魔法の園 43

お待たせしております。



 普通、地下牢といえば不潔な印象がある。


 暗く淀んだ空気、厠などあるはずもないから色々垂れ流しで不衛生の極み、当然流行る疫病などロクなもんじゃないと考えていたのだが、ここはさほど悪くなかった。


 だが考えてみれば王城にそんな不衛生な場所があれば悪臭が漂ってえらい事になるだろう。地下とはいえ大河の上に建てられているこの王城”デア・グロッセ”は汚物をそのまま流せるとあってそう酷いものではなかった。

 王都の警邏の牢屋は俺が想像した悲惨な場所もあるそうだが、ここは()()もいなかったので不潔ではなかった。


 しかし現状は快適という言葉などとは縁遠い状態である。



「うおっ、押すな押すなって」「あぶねっ!」「あ。お前、座ろうとすんな! 邪魔だろ」


 衛兵め、無理矢理檻の中にこの数を押し込めやがって。


 俺はポルカが吟零草を採取し終わったとレイアから<念話>を受け取った時点で”クロガネ”を撤退させた。時間が掛かるであろう事は見越していたので例の魔導書を渡して万全を期していたし、マールも自分の魔法でリエッタ師を救うと気合が入りまくっていたから採取とエリクシールの作成自体はあまり心配していなかった。



 時機を見て”場”さえ整えば目的は達成する。懸念はむしろ全部終った後、後始末をどうつけるかという話だった。

 ここが例のエルフ国のようにどうなってもいいならさっさとオサラバして終了なんだが、このライカールは俺の生活するランヌ王国とは隣国にして縁の深い友好国、そしてクランの気のいい仲間たちもいる。


 そしてなにより俺の妹の生まれた国なのだ。ソフィアのためにもお互いにしこりの残る終わらせ方は出来なかった。

 そしてこちらはもう目的を達成した後である。残るは相手の面目をどう立たせてやるか、という問題だけである。



 だから俺はクランの皆を”クロガネ”の者達とは別でこの場に留まらせた。喧嘩を売られたので受けてたったが、酔っ払っていたとはいえ王城の前でやる事ではなかった。反省しているからもちろん大人しく捕まる。


 そういう”設定”で行くぞと前もって皆には通達してあったのでほぼ全ての者達がこの場に留まり、衛兵や王城勤めの騎士達によって捕縛された。

 扱いは囚人のようであるが、俺達は手枷も足枷もつけていない。許されたというよりこっちの人数が多すぎて数を用意できなかっただけだろう。自分達を捕えようとしているのが王城の者達と知って一切抵抗しなかった点もあるだろうが。


 クランは総数264人で喧嘩を始めたが、実際に捕まったのは216人だ。逃げ出した奴も当然いるが、それを責める気はない。家に帰る事情がある奴もいるだろうし、俺も秘密を守る為に騙し討ちのような方法で人を集めたからお互い様だ。

 それを考えたらよく200人以上も残ってくれたと思う。これだけの数を捕えれば騎士団も衛兵達も誇りに傷がつかないだろう。衛兵達も赤い顔で酒臭い俺達を見てこの酔っ払いどもめ、ここで頭を冷すがいい、と大層怒りながら出て行った。


 出て行ったのだが……幾らなんでも詰め込みすぎだろ、これは。


 王城の地下牢はあまり広くなかった。そりゃ王城の前で大勢の酔っ払いが喧嘩騒ぎを起こす想定などしているはずがない、精々が政治犯をブチ込んでおくくらいだろう。

 鉄格子に仕切られてはいるが、たぶん20人も入れば限度な狭さでしかなかった。


 そこに十倍以上の人数を押し込んだのである。これも衛兵に言わせれば罰の一環なんだろうが、正直むさ苦しいおっさんどもと鼻息が掛かりそうな距離で一晩など冗談ではない。


「お前ら、ちょっと場所開けろ。無理だと? それでも開けろ。今から何とかするから」


「な、何とかって。動く隙間もないんだぜ? どうするってんだよ」


 俺のすぐ近くにいたビルというおっちゃんが聞いてきた。王都でも有数の武器屋を営んでいるようで、顔が広く腕っ節のあるからこの中でも中心的な存在で実際役に立ってくれた。彼が率先して俺に賛同してくれなかったらここまで簡単に話が進んだか怪しい。


「確かに足の踏み場もないからな、使える空間を作ろうぜ」


 そう言って俺が<アイテムボックス>から取り出したのは重ねられる寝台だ。なんとこいつは6段までいけるという便利な代物で、細長い一人用の寝台だが狭いこの場所には最適だった。


 いきなり現われた品に驚きの声を上げた男達だが、これを遣えば少なくとも立ちっぱなしで身動き取れない状態からは脱せられるとあって俺が次々と設置する寝台に喜んで横になった。


「やっほー、ユウ元気? ねえ、臭い飯は? ねえユウ、ムショと言えば定番の臭い飯はどこにあるの?」


 俺が無事(?)、ブタ箱にぶち込まれたと知って相棒が転移してきた。地下牢特有の饐えた臭いに一瞬顔を顰めるが、<結界>で臭いを遮断した後はいつもどおりだ。そしてこの台詞である。


<なあ、相棒。囚人となった俺に対しての第一声がそれってどうなんだ?>


 <念話>で語りかける俺に対してリリィの返答はにべもなかった。


<自分で馬鹿やるって解ってて馬鹿やったんだから自業自得っしょ。ソフィアとイリシャ達にあれだけバカバカ言われてもなお実行した人にかける言葉はありませーん。ねえそれより臭い飯は?>


 真顔で正論を言われてぐうの音も出ない。結局ソフィアには呆れられてしまった。兄様がそんな事をなさる意味がどこにあるのですか? と問われると……本当に何も言えない。これは完全に自己満足だからなぁ。近い将来、ポルカの力を借りたい思惑はあるが、自分からブタ箱に入る意義は殆どない。


 強いて言えば俺が王国、クランに被害を及ぼすことなく一番事を上手く収める自信があるくらいだろうか。


 だが一応心配して来てくれたらしい相棒に内心で感謝しつつ、俺はリリィの問いに答えた。


<何を思っているが知らんが、地下牢にぶち込まれてタダ飯が出るはずないだろ。食い物が欲しきゃ高い金を出して粗末な飯を買うしかないぞ>


<そんな! 地下牢名物の臭い飯が見れると思ったのに……>


 なにやら謎の衝撃を受けているリリィには悪いが、そもそも警邏にしてみればこんなアホ共餓死しようがどうなろうが知った事ではないはずだ。いや、餓死は片付けるのが面倒だから、高額な罰金刑にして追い出すのが最良かな?

 その間、当然飯など出ない。というか出す意味がない。なぜ一銭の得にもならん囚人をわざわざ養ってやる必要があるんだ?


 俺が不思議に思っていると相棒は非常にがっかりした顔で帰っていった。そんなに食いたかったのか? それなら頼んでやっても……いや、実際は心配して俺の顔を見に来たのはわかっているけども。


 その時、レイアから待望の念話が入った。


<我が君。今リエッタ師が目を覚ました。エリクシールは効果を発揮し、病魔は消え去った。セラ大導師の御墨付きだ、間違いのないことだろう>


<よし、なんとかなったな。ポルカは大丈夫か? 子供にエリクシール作成は中々堪えた筈だ>


 あれほどの高濃度の魔力を内包する素材を扱えば異常なほどの集中力を必要とする。<至高調合>があるにせよ、本人が分量を量って製薬するのだから、かなり大変だっただろう。


<ああ、途中からスキルが勝手に体を動かしていたが、なんとか意識だけは残っていたようだ。母を救う執念だけがあの子の体を支えていた。全く見事なものだ>


 俺よりはるかに製薬に詳しい専門家のレイアがそこまで言うのだから、現場で見たかった気もするな。


<ポルカは無事だな? 後遺症もなさそうか?>


<今は眠っているよ。エリクシールを作り終えて崩れ落ちた際に一度回復魔法をかけておいたが。リエッタ師も不安そうだが、今はマールとルーシアが号泣して彼女を離さないのでな>


<ルーシアには早い所、こっちに知らせるように言ってくれ。彼等もリエッタ師のために命を張ったんだから、いち早く知る権利はある>


<了解した。それとユウナが我が君の最後の命令をこなすべくクラン総本部で動いている。今回の殊勲はユウナだな、魔導書(グリモワール)を四半刻(15分)以上も稼動させていた>


 四半刻だと!? あの馬鹿、ぶっ倒れる寸前だったんじゃないのか? 凄まじい効果を持つ魔導書はやはり相応の魔力消費を要求した。最初に使った時は判明しなかったのだが、時を止める時間が長ければ長いほど大量の魔力を消耗するのだ。

 俺と<共有>するユウナが魔力枯渇を起こしかけるほどの長期間維持は大変だっただろう。


<交替する際に起きる僅かな異変を嫌ったか、あるいは我が君に命じられた仕事を己が一人で成し遂げたかったか、後者な気もするがな>


<ったく、無理しやがって。感謝するが、後で一言言っておくさ。大手柄なのは確かだが>


 二正面作戦だった今回の計画は吟零草の選定と採取には長い時間がかかる事、マールの認識阻害魔法をもってしても長い時間の物音は違和感として認識してしまう事が最大の問題点だった。

 王家にとっての反逆も大問題ではあるが、エリクシールを作れないとそもそも彼女の命が助からないので、反逆云々は正直な話その後の問題だ。


 どうしたもんかと考え、そしてここ何日が監視の連中を調べている内に、魔導院が警備責任者の日は自分達の手の者を花壇の前で直接監視させているのを知った。


 騎士団はそもそもこの監視に乗り気ではないことも解ってきた。騎士団としては吟零草を7大クランに与えて大きな恩を売れるだけでも十分だと見ていた(リエッタ師はその力を分け隔てなく使っていたので騎士団にも理解者は大勢いた)が、魔導院が送り込んでいた幹部のギースが謎の豹変を遂げて幹部の座を自ら辞した事でそれに代わる影響力を切望していたと言うのが正確なところらしい。それでももしクランが頭を下げて吟零草を欲しがりでもしたら、その時は手柄が全て魔導院に行くので権力争い真っ只中の騎士団としては看過できない事態だった。そこで彼等も渋々人員を派遣したのだ。


 よって騎士団にしてみれば魔導院のおかげで面倒な仕事が増えた程度の認識である事も掴んでいたから、本来の任務である治安維持と吟零草の警備、どちらを優先するかは見えていた。

 だから事を起こすなら魔導院が警備の日を狙う事は確定事項だったが、花壇間近で見張るやつらを何とかしないといけなかった。

 ユウナとレイアがいればそいつらを気絶させる事も容易かったが、そんな事をしてはこちらが何かしましたと証明するようなものだ。出来うる事なら魔導院がこちらに難癖付けられないような方法が望ましい。

 そんな都合のいい方法があったら苦労しないぜと鼻で笑っていた俺にセラ先生が持ってきたのが、きれいに装丁され直した例の魔導書だったのだ。


 このクランで出会ったマールとポルカが持つ類い稀な力、そしてここに滞在する原因となった魔導書。リエッタ師を救う為の要素がまるで示し合わせたかのように用意されている感覚、まるで運命の悪戯のようだが、これを使わない手はなかった。


 俺が城の前で陽動の騒ぎを起こし、騎士団の警備を引き剥がす。手薄になった警備をマールの魔法で認識を阻害して吟零草の前まで近づき、そして魔導書の力を使って素材を採取する。


 それを時を止める魔導書を用いて長時間の作業を一瞬の出来事として終わらせる事で俺達が行動を起こしたと言う事実を誰の目にも残さない事が重要だった。


 証拠が残らなければ相手もこちらを追及できない。もし監視の目を気絶させて採取したらこちらに疑いの目が来るだろうが、実害がなければ彼等は何事もなかったと必ず証言する。

 吟零草の数も記録に残している細かい連中だが、絶対に何もなかったと隠蔽に走る。


 なにしろ目の前で吟零草を持ち去られたなどと言い出せるはずがない。魔導院の失態は騎士団の利益になるからだ。皇太后が去った後の王宮での勢力争いで致命的な失点になる。

 

 したがって俺達への追求も来ない。もし露見したら騎士団はこの点を追及しないはずがない。

 そうなれば魔導院は王城前の騒動と合わせて俺達の仕業と言い、騎士団がその場を離れた等と言い出すに違いない。


 勢力争いは加熱するだろうが、クランへ話が及ぶ可能性は低いだろう。

 何故なら俺達を叩いても両者に得は殆どないが、相手を叩けば明確な利益に繋がるからだ。


 そしてもしその争いが激化すればその事で大きく恩を売れる存在がある。

 俺は最終的な落とし所をそこの辺りでみているが、ここからは運も絡むからどう転ぶかな。


 


「お前のおかげで何とか一息ついたが、お袋さんはどうなったんだ? この地下牢で回復を祈るしか方法はないってのかよ?」


 自身も横になりながらビルがそう聞いてくる。そろそろ何らかの対応があってもいいはずなんだがな。


「もう結果は出てるはずだ。ルーシアには俺達にも解る方法で知らせろと言っておいたが……」


「おいおい、地下牢にいる俺達にどうやって知らせるってんだよ」


「方法は皆無って訳でもないだろ。確かに俺達は地下にいて、報せに誰かが来てくれる訳でもないが、それでも俺達に伝える方法はあるはずだぞ。ルーシアがそれに気付くかは問題だが」


「おい、それはどういう意味だ?」


 ビルの問いには答えず、俺は立てた人差し指を口につけた。静かにしろという仕草にこの場にいた誰もが従う。

 誰もが焦燥に駆られ始めた時、ふと遠くから乾いた音が響いてきた。その音は小さいが、連続して破裂するような音だ。ここは地下牢だからかなり小さく聞こえるが外では盛大に鳴らしてくれていることだろう。だからこそここまで響くことが出来たのだ。


「なんだ、この音は?」


「花火、か? だがなんだってこんな時期に? 新年祝いはもう終わっただろう……祝い? まさか」


「そうだ! 祝いだ! 夜にこんなバカスカ花火を打ち上げる理由なんて一つしかねえだろ! エリクシールは成功したんだ、お袋さんの病気は治ったんだよ! そうだよな!?」


 ビルが立ち上がってこちらを縋るような目で見てくる。


 俺は大きく頷いてやった。


「俺達は死神との喧嘩に勝ったようだな。あんたらクランの会心の大勝利だ」


「勝った、勝ったぞ!」「クラン万歳! リエッタ様万歳!」「よし、よおっし!! 母さんの命を欲しがるだと、誰がそんなこと許すかよ!」


 静寂に満ちていた地下牢は男達の大歓声で埋め尽くされた。その大音量は去っていった看守を呼び戻すことになるが、彼は別の意味でもこの光景に腰を抜かすことになる。


「き、貴様等! なにをしている!? 何故牢屋で宴会を始めておるのだ!」


「おお、看守さん!! あんたも飲んでくれ、こいつは祝い酒だよ!!」


 俺達が牢屋の中で酒盛りをおっぱじめたからだ。今回は正真正銘の喜びの酒であり、どいつも飲みながら泣いている有様だった。


「何を寝言を吐いておる! ここをどこだと思っている! こんなもの没収だ没収!」


「ああ、祝儀だ祝儀! 全部持って行ってくれ! まだまだあるぞぉ!」


  調子に乗った俺は次々と大樽を<アイテムボックス>から取り出した。数人がかりで転がして運ぶ大樽が文字通り山となって詰みあがってゆく。


「さあ、思う存分飲ってくれ」


「おのれ、この酔っ払い共め、恐れ多くも王城前で騒ぎを起こすだけでは飽き足らず、このようなことまで! 断じて許せん!」


 激昂した衛兵がクランの一人に掴みかかろうとしているが、守護魔法の効果はまだ残っている。槍を手にしたひとりがこちらに突きかかってくるが、受けた者は平然と酒を口に運んでいる。


「くそっ、なんと面妖な」


 戸惑っている彼を尻目に俺は次々と追加の大樽を地下牢の出口に向かって()()した。あれ、おかしいなぁ。これじゃまるで出入り口を塞いでしまったみたいじゃないか。


 俺はただ、皆に祝儀としてこの酒を送って楽しんでもらいたかっただけなのに。(棒)




「お前達、一体何をしておる!」


 地下牢が酒の樽と肴で埋め尽くされそうになっていると、威厳のある声が地下に響いた。



 あ、ようやくお出ましか。あの人には結果として随分と迷惑をかけてしまったな。



「これはまた、随分とやってくれましたな」



「いやあ、これには深い事情がありまして。まあ詳しい話は後にして、今は駆けつけ三杯です」


 怒りの気配を撒き散らしながらこちらに歩いてくるセイブル侍従長に対して、俺は並々と満たされた酒の杯を差し出すのだった。





楽しんで頂ければ幸いです。


後日談の前にネタバラシ回を挟む事にしました。

主人公は何を企んだんだと言う事を纏めて説明する必要を感じたのです。


次回からこの章の締めに入ります。


あと数話で終わるはず……伸びないといいのですが。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!



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