王都にて 11 それぞれの一日 Ⅱ
結局、また翌日になりました。申し訳ありません。
やはり仕事がある日は進みませんな。
後編のため、微妙に短いです。
「戻ったか……」
灯火の魔道具が周囲を淡く照らす室内に老人の声が響く。
「ああ。今帰った」
その声に答えた俺、クロイスは老人の目の前にある豪奢なソファに身を委ねた。子供の頃はこの上で飛び跳ねたり、全身で思いっきりダイブしたりと色々やったが、今となってはこのソファが名工グステンの遺作七工の一つであり、この一つで郊外に屋敷一つが簡単に買える価値を持つと知っている。
だが、今更態度を改めるのもどうかと思って昔通りに扱ってはいる。
「お前は、今回の件をどう考えている?」
親父は立ち上がり、書斎兼居室になっている自室の角から透明な硝子の碗をふたつとラベルがない茶色いの瓶を取り出した。
「質問を明確にして欲しいところだが、確実な事はある。どんな汚い手を使ってでもシルヴィは取りもどす。奴らには必ずこの報いを受けさせる」
「その結果として王家にもたらす影響をどう見る? ああ、馬鹿の振りはせんでよいぞ。”天眼”と呼ばれた男ならそれくらいは分かっておろう」
老人は瓶のコルクを抜き、琥珀色の液体を碗に流し込んだ。小気味いい音と共に馥郁たる香りが漂う。先ほどまでいた酒場で出されるような物とは次元の違う逸品であることがそれだけで分かる。
「まさかオーバーンの12年か!? まだ残っていたなんてな…」
「抜かしおる。25年だ。12年ではここまでの色は出せんよ」
畜生、出来の良さと原料の不作で幻のモルトと言われた12年ではなく、奇跡の一滴といわれた25年とは……。しかも気づけばもう無くなっている。大事に飲んでやろうと思っていたのだが。
「この屋敷にそんな年代物があると知っていれば家を飛び出す前に浴びるほど飲んでやったのに」
「無論、隠しておいたのだ。だが、よりにもよってアキシオンの赤を飲んだではないか。あれは醸造所が燃え落ちる直前に瓶詰めされた最後の15本の内の1本だったのだぞ」
「あれは一の兄貴と一緒に飲んだんだ。しかも酒のアテを探してる内に殆ど飲まれちまったが、確かに美味かった。まだ覚えているよ」
「道理で……妙にお前を庇い立てするから怪しいとは思っておった」
「たしか二の兄貴の婚約が本決まりした時だったな、兄貴が珍しく乗り気だった。実際の結婚の時には俺も方々から借金して北から”星”の精霊石を取り寄せて贈ったよ。その二の兄貴はどうやったのか、俺宛にエクスポーションを贈ってきてくれたんだ。あれで俺と仲間が命を繋いでなぁ、懐かしいぜ。もう12年も前になるのか……あっという間だった」
懐かしい記憶と共に鈍い痛みが胸を支配する。伝聞で知ったにすぎない俺でさえそうなのだから、それ目の当たりにした親父の心境はいかばかりだろうか。
「そうだな、時が過ぎ去るのは早いものだ。だが、綿々と受け継がれてきたその時間こそが、本当に価値ある歴史となる。この酒も同じだ。はるか西の島のとある暇人が気紛れに作った酒が、数多の時間と研鑽を経て至高の存在へと為ったのだ。それはランヌ王家、そして陛下の藩屏たる我ら貴族も同じことが言える」
「親父の立場は理解しているつもりだ。その上で言わせてもらう。計画は変わらない、シルヴィを救い、教団の糞どもは皆殺しだ。その後で親父にはやってもらうことがあるがな」
王家に迷惑はかけるつもりはない。この儀式は誰にとっても最良の形で終わらせる予定だからだ。そう、俺らにとっても、教団にとってもだ。そうしなければこの国に危機が迫る事になる。
だが、王家がその事実を理解しているのか、少々怪しい。
「”上”の意向は変わらずなのか?」
「ああ、教団の顔に泥を塗ってもシルヴィアを助け出すよう厳命されている。陛下や殿下がたも口を揃えてそう仰っているが、我が家の問題でランヌ王家の屋台骨を揺るがすわけにも行かぬ。最悪の想定も考えておかねばならぬ」
「止めてくれ。俺達の作戦は成功し、必ず勝利する。それ以外の未来を考えるべきじゃない。親父、不安は失敗を招き入れる要因にしかならない」
あの親父が、巌のように巨大で何をしても揺るがないだろうと思えた親父がここまで弱気になるなんて、家を飛び出す前は考えもしなかった。老いと孤独と愛する者を立て続けに失った苦しみが、あのランヌの巨星と恐れられた大公爵を一人の老人に変えているのだろうか。
「そう言うな。常に全ての状況を勘案して案を用意するのが為政者という者だ。お前の考えにも頷ける部分はあるが、些か思慮に欠けるぞ。この件、下手にしくじると国そのものが過つことになるのだ。そのためなら、そのためなら……」
それ以上は言葉にならない親父に酒精を与えるべく、ボトルを傾けた。俺の分はどうしようかと逡巡するうちにボトルが奪われ、勝手に注がれていく。
「お前も遠慮を覚えたか、それが一番の驚きだ。確かにお前の言うとおり、弱気になれば何も出来んな。良い方向に考えよう。先ほどの話だが、全てがうまく行ったら後始末はしてやる。忸怩たる思いはあるが、あの子のためと思えば何の痛痒も感じぬよ。それよりも、奴の『本来の目的』は判明したのか?」
「駄目だな。一向に掴めない。何しろ連中リットナー家から一歩も動いていないからな。少しでも動きがあれば動向も探れるんだが。バーニィから聞いたが、奴ら飲まず喰わずで3日は微動だにしないそうだ。どう考えても人間じゃない」
もう10日近く誰一人として屋敷から出歩いていない計算になる。普通の人間なら色々不満が出てくるはずだが、やはり逆・洗礼を受けているとそこらへんも人間をやめているんだろう。
「そう簡単に尻尾は出さぬか。だが、我が国の儀式に参加するのが目的では無いことは明白だ」
バーニィに余計な心配をさせない為に、グレンデルはあえてこのタイミングでこの地に訪れたと言ってあるが、実際は違うだろう。もともとこの計画は、奴がソフィアの顔を見なければ条件として成り立たないのだ。バーニィがこの屋敷からリットナー家にまで連れてゆく間に、彼らは到着していなければならない、その瞬間を狙って訪れるのはほぼ不可能だ。出来なくもないが、あまりに運の要素が強すぎる。例え後からこの儀式の存在を知ったとしても、シルヴィの存在を隠せれば、顔さえ見られなければ最悪身代わりだって立てられるからだ。ここまでこちらに悪条件が重なるのだ。狙ってやったとも思えない。
まず間違いなく、何らかの目的でこの地を訪れ、そして偶然シルヴィアに遭遇し、この状況を利用してやろうと思いついたに違いない。ここで10日も浪費しているのがいい例だ。本来の用事を引き伸ばしていいるのだろう。
「一応、王都までの足取りは掴めている。東の国境から入国したことは確認が取れた。連中、堂々と巡礼者として入ってきてる。そこからいくつかの街を経由して王都入りだ。逃げも隠れもしてないな」
クロイスは過去の経歴から国の要所に顔が効き、国内はおろか外国の情報まで精密に集めることができる。だがその連絡手段は教団からもたらされている事を考えると現状は皮肉にもならない。
「やはりこの件はついでだな。全く、本当に迷惑なことだ……」
「リットナー家に訪れた当日にシルヴィが浚われ、顔を見られるなどあまりにも都合よく舞台が整えられている。間違いなく偶然のはずだが、作為を感じずにはいられんな」
俺達は極力感情を言葉に乗せずに話していた。俺は勿論の事、親父も激しているからだ。
15年前、公爵家には三人の息子がいた。跡取りとしてこれ以上望めないほど優秀な長男、溢れんばかりの芸術の才を得て宮廷で知らぬ者がいないとまで言われた次男、そして歳が離れたが故に甘やかされて育った俺は親父の自慢であり、悩みの種でもあった。当然、二人の兄貴が自慢で俺が悩みのほうだ。
お袋は俺は物心つく前に他界していたが、一番上の兄貴は美人で評判の嫁さんを貰い、二番目の兄貴は画家として、そして音楽家として名を馳せていた。二人は俺の自慢の兄貴であり、何の取り柄もない俺はただの穀潰しだった。
俺はそれが嫌で嫌で仕方なく、15で家を飛び出した。兄貴たちにはちゃんと断って、親父には置手紙だけ残して旅立った。自分が何者であるのか知るために冒険者になり、生きていけるだけの糧を得た。
だが、終末はいつだって唐突にやってくる。
長男家族の乗った馬車が落石に巻き込まれたのと、次男夫妻が流行病でこの世を去ったのは同じ年、更には同じ季節の間だという。
親父の唯一の救いは、一の兄貴の愛娘が難を逃れていたことだった。領地へ戻る最中の事故だったが、シルヴィは体調を崩して王都に留まっていたようだ。
家を離れていた俺が帰郷したのはそんな時である。西の新大陸を活動拠点していた俺は、本当に偶然、家族の悲報を耳にした。確か酒場で運の悪い出来事か何かを話している連中の会話の一つだったように思う。とある出来事を経験し、冒険者として潮時を感じていた俺は荷物もそのままに故郷への船に飛び乗っていた。
そして、帰還した俺が目にしたものは、死んだようになっている実家と、年老いた父親、そして初めて見える姪の姿だった。
俺は即座に冒険者への未練を断った。当時の俺は間違いなく全盛期といえる脂が乗った時期でもあり、俺もその周囲も更に上にいけると思っていたが後悔はあまりなかった。
冒険者として多くの経験をした俺は、いかに自分が今までどれほど貴族という立場で甘えてきたのか痛感した。
今の俺には何をおいても守るべき者が存在し、これまで家から与えられてきたものを返す時が来たのだと理解した。
要は、俺は今になって少年期の終わりをようやく悟ったのだ。
家に戻った俺はまず、一の兄貴の娘であるシルヴィアこそ公爵家を受け継ぐべき直系であると宣言し、自らは彼女が成人するまでは後見につくことはっきりと内外に示した。
幼いシルヴィではなく俺を次期公爵に、という声は普通に聞こえてきた。事実を知れば潮が引いたように消える話ではあるが、わざわざ声高に話す内容でもない。それに主流派から外れた連中が俺について返り咲きを狙っていて非常に鬱陶しい。そんな連中を黙らせる必要もあったしな。
俺は褒められるよりも怒られる回数のほうが多い少年時代を送っており、自らの力を試すために窮屈な貴族を抜けて冒険者になったような男である。色んな経験をして少しはマシな人間になれたとは思うが、親父のようなでかい男になれるかは分からない。
だが、兄貴の忘れ形見であるシルヴィがいる。あの子が成人し、自分で信じられる男を見つけるまでは俺がなんとしても守ってやらねばならない。それに親父にも手足となって動く人材が要るだろう。俺は血を分けているくせに公爵を継ぐことができない不出来な息子だが、親父を支える事くらいはできる。いや、しなければならないのだ。
ランヌ王国のウォーレン公爵家の男子として、王国のために命を捧げる神聖な使命を俺は兄貴から引き継いだのだから。
俺達親子は互いに口には出さないものの、固く誓っていることがあった。それはシルヴィアを守り抜くこと、公爵家を少しでもマシな状態にしてシルヴィアに継がせることであった。
それが息子として父親への孝行だし、叔父として一の兄貴へ為すべきことだと固く信じていた。
それがこの国の貴族の力を削ぐためという連中の自分勝手などうでもいい理由でシルヴィが奪われようとしている。
絶対に許容するわけにはいかなかった。
「とにかく、連中はここで仕留める。来訪の目的はその後でおいおい調べる他ないな。奴が消えた後、教団本部に探りを入れれば、何か解るかもしれないが」
「まったく、あの男は一体何を考えている……」
あのグレンデル高司祭はほとんど本部から動かないことでも有名だった。己の権力基盤がそこだったからということもあるが、研究に最も適した場所でもあったからだ。
それがいきなり側近を従えての登場である。この国はおろか周辺国まで彼らの動向を探ろうと間者を出しており、王都は今や諜報関係者で溢れかえっているほどだ。
彼らの共通認識は、あの男が出張る価値がある”なにか”が存在するということだった。
そうでなければ貴族階級全て敵だと公言しているような男が排除される危険を冒してこんな場所までやってこない。
教団本部の高司祭から儀式の主催を執り行ってもらうという形は一応最上の名誉であり、現実はどうあれ教団におけるリットナー伯爵家程度の”格”では逆らうことなどできない。むしろ有難く教えを請うくらいはやらないと体裁としてはまずい。馬鹿馬鹿しいが、格式とはそういうものだ。
もちろん断る事もできる。だがその場合、フェンデルが今、運動している最中の司教への昇進は絶望的になるだろう。あいつの昇進はグレンデルのこちらへの干渉を封じる一手でもあるから間違いなく司教は奴の手の者になるだろう。その結果がどうなるかは言うまでもない。最悪はサインツの二の舞だ。
「まあいい。それで、肝心の少年の腕はどうだったのだ? その目で確認したのだろう?」
「ああ、確認した。あいつの言葉に嘘はなかった」
「では、やはり……」
「ああ、亡者は悪魔になった。俺達は今まで亡者は失敗作だと思ってきたが、もしかすると逆なのかもしれないな」
グレンデルたちのような成功作はともかく、亡者は悪魔と化したのだ。あれも成功の内に入り、何も起きない方が失敗なのかのしれない。だからといって何かが変わるわけでもない。俺もありったけの魔力を叩き込んでみたが、何の反応も無かった。これでも本職の魔法使いには及ばないが、かなりの魔力をもっていると自負している俺が無反応なのだ。ユウ以外では不可能な気がしている。
「これで目処は立ったか。しかし一体何者なのか。お前にも心当たりはないか?」
「親父だって半ば予想していたんだろう? 直に会って話もしたそうじゃないか。あいつは『稀人』だよ、間違いない」
稀人とは世界を渡ってきた者たちを指す言葉だ。歴史上ごく僅かに現れてはいくつかの革新的ななにかをもたらしてきた存在である。
だが、全ての国が好意的に受け入れているわけではない。歴史に記されている稀人の約半数が戦乱を巻き起こしているからだ。特に大きな被害を受けた地域では未だに忌み嫌われるものとして稀人という言葉が使われるほどだ。
幸いランヌ王国では技術で恩恵を受けた側なので、好意的に異世界人という意味だ。
「やはりそう思うか……初対面から只者ではないとは思っておったがな」
「親父の人を見る目は曇っちゃいなかった……と言えば満足か? まったくここまで先祖代々の不運がまとめてやって来たような有様だったが、それも奴の存在と引き換えだったのかと思うほどだ」
「お前がそこまで言うほどか……ギルドに問い合わせたら、最低ランクで何も分からないと返事が来たが」
「ランクが低いのはまだ登録したての新人だからな。実力は今すぐにでもAランクにすべきだ」
普段感情を表にあらわすことのない親父もこのときばかりは驚いているな。だが、客観的に見て妥当なセンだと思う。あの魔力、俺と出会ったときも存在に始めから気づいていた事といい、素質は充分だ。
そして何よりも大事な事は、このランヌ王国から出さない事だ。なんとしてもこの国に縛り付ける必要がある。もしあの力が他国に流れでもしたら、各国のパワーバランスが崩壊するのは間違いない。上に掛け合う必要があるが、今回の事で話は通しやすくなるだろう。
幸い、ユウは話せば分かる男のようだ。腹を割って打ち明け、あいつにとっての十分なメリットを示せばきっと良い関係を構築できると思う。
「親父もあの場にいたら間違いなく同意するぜ? なにしろ悪魔を魔法で倒したんだからな」
「お前、酔っているのか? 悪魔に魔法は……」
「さっきまでは間違いなく酔っていたな。酒精をユウに飛ばしてもらったから今は素面だが」
俺がここまで推す理由がわかるだろう? とクロイスは気楽に言った。
悪魔に魔法が効かないというのは昔から知られる常識、というより話の定番だ。<鑑定>で理屈を知っているユウであれば効かないのではなく、約8割を減衰させているので効果が認められないだけだというかもしれないが、悪魔の存在を疑っている者たちでさえ、魔法の意味がないことはある意味お約束として知られている。
俺の口から証明として、再度目の前で魔法を放ち、次の悪魔も一撃だったことを確かめたといわれては親父も認めざるを得なかった。
「確かに先ほどまで彼らが酒場でかなり飲んでいたことは部下から報告を受けている。まるで素面のように振舞っておったから明日を考慮して実際は酒を呑んでいなかったのかと考えたが、まさか回復魔法で酔いを飛ばすとはな!」
「俺もこんなもったいない回復魔法の使い方は初めてだよ。酔い覚ましだからおそらく<キュア>だろうが、同じ事を治癒師ギルドでしてもらったら大銀貨5枚は持っていかれるな」
「そうか。それほどまでの男だったか……」
「ああ、連中に同情など一切しないが、運が悪かったと諦めてもらう。残る問題は当日の連中の動きだが……」
「こちらが行動に出るのは予想しているはずだ。だが、向こうがどんな手に出てくるのかが読めん。総力を挙げて人を集め、あらゆる場所に協力を要請している。応援体制は万全にしてはいるがこればかりは相手の出方次第だ」
「そこらへんは状況にあわせて対応するほかない。優先順位はシルヴィ、グレンデル、幹部連中と明確に決めているから行動自体は迷わないぜ」
クロイスはどこか突き放した口調だった。先ほどまで3人でそれを詰めていたのだが、肝心要の部分で相手の力量と出方が不明なために突入、敵を倒す、シルヴィア救出(そのまえにお付きのメイドも)という大雑把な対応しかできないのだ。現役時代、綿密な計画立案を心掛けていた彼としてはこんなものは計画とさえ呼びたくなかったが致し方ないことだった。
「つまり、結局はあの稀人頼みということか。我がウォーレン公爵家も堕ちたものよ、孫の危機にただ手をこまねいていることしか出来んとはな……だが、お前は違う意見のようだな」
「ああ。親父には悪いが、俺は楽しみだね。あの屑どもが得意の絶頂から地獄に叩き落とされると思うと胸が躍る。当日まで精々いい夢を見せてやるさ。その方が絶望はより強まるからな」
その言葉を聴いた公爵は、己も息子と同じ表情を浮かべていることに気付いた。
人が見れば、それこそまさに悪魔の笑みのようだと評しただろう。
――同刻、某所にて
「お呼びと聞き、参りました」
「呼び立ててすまなかったな」
「いえ、最近は少し大人しくなってきましたので時間が出来ております」
「その報告はまた今度にせよ。こんな時間に呼んだ理由はそなたも分かっておろう」
「はい。アドルフ公爵とグレンデル高司祭の件ですね。例の儀式は明後日でしたか」
「耳が早いな。正式に決まったのは今日の昼だというのに」
「教団本部から直接の要請で隣国の姫を招くように話があったはずです」
「その通りだ、そしてこちらにそれを阻む理由がない以上、受け入れるということだ」
「公爵家にはいま”天眼”がいるのでしょう? あの男がいる以上、唯々諾々と公爵が孫を諦めるとは思えません」
「昼間、会ってきた。彼には迷惑ばかり掛けてきた、何とかしてやりたいが、表立って動くことは出来ん」
「でしょうね。我が家が動けばそれだけで反旗を翻すようなものですから。それで、私が呼ばれた理由が教えていただいてませんが? ここへはあまり来たくないのですけど」
「明日の儀式に出てくれ」
「え、嫌ですよ、そんなの。ゴタゴタに巻き込まれたくはないです。今でさえあんな面倒に関わっているのに」
「その面倒もいまはひと段落なのだろう? 自分で言っていたではないか」
「ぐ………そんなことも言いましたね」
「私の代わりに一部始終を見てきてほしいのだ。おそらく、なにかがある。公爵の目がそう言っていた。現状は八方ふさがりの筈だが、目に力があった」
「分かりましたよ。私はどのような立場で」
「いつもと変わらん。慣れているやつでいけ。やり方は一任する」
「ただし、何が起こってもそちらは面倒を見ない、と」
「骨は拾ってやる」
「…………」
「そんな顔をするな。これはカンだが、絶対に楽しいぞ」
「……貴方の勘なら信じましょう、お父様」
「頼んだぞ、娘よ」
楽しんでいただければ幸いです。
補足ですが、クロイスは姪を愛称のシルヴィと呼んでいます。
あと、彼はとある事情のため、家の継承権を放棄しています。よほどの事がない限り継ぐ気はないです。
そのあたりの事情もいずれとは思いますが、いつになることやら。
いつも最後にある主人公の借金残高(笑)とパラメーターは今回はありません。微妙に時系列がズレている(クロイスは、酒場で会った日の夜に対してリノアは翌日の出来事です)のと、主人公が出てこないためです。
それと、次回は王都にて14になります。番外だからナンバリングそのままにしたのですが、普通に続きにすればよかったかも。
次は日曜目指してがんばります。このような拙作にアクセス、ブックマークを頂戴し、非常に励みになっております。次もがんばります。ようやく王都編終盤戦です。




