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魔法の園 41 中編

お待たせしております。



 ――凛華――



「おお、始まったぞ! うむ、なんとも勇壮、これぞ祭であるな!」


 眼下では多くの男達が大乱闘を繰り広げている。なんとも血湧き肉躍る光景であることよ。よく見れば私が出会ったあの剛の男どもは皆目立つ紅い腕輪をしておる。なるほど、あれで敵味方の区別を明確にしておるのだな。彼等が同士討ちなどせぬよう工夫を行っているということか。

 聞けばクランの者たちは多くが市井のものとか。母親代わりである”森の大賢者”リエッタ師の危篤を知り、たまらず王宮に嘆願に出たという”設定”に説得力は出るが、荒事には不慣れなのは間違いない。

 


 今も人数では半分以下の”クロガネ”の者達に手玉に取られておる。いや、これはあの者達の巧さが際立っておると評すべきであろう。


「見事な手際じゃな、そうは思わぬか? 雷華よ」


「あ、師匠と目が合った! ただ座っているだけなのにやっぱり素敵過ぎる……え、凛様、何か言いました?」


 こやつ……本当にあの雷華なのだろうか。ほんの半年ほど前まで、男など絶滅してしまえばよいと本気で公言していたとは思えぬ豹変振りである。今も私の話など耳に入らず、あのユウキの姿を視界に入れて一人喜んでおる。

 まあよい、幼き頃からの友としてもあの状態の雷華は褒められた精神状態ではなかった。これは私にも言える事だが。

 少し前まではこうして他国で行われている騒動を特等席で見物しているなどとは思いもせなんだ。


「雷華に問うても詮無きことか。薫は気付いておるな?」


 私は姉と共に眼下を見下ろす薫に問いかけた。いつ見ても男だとは思えぬほどの美しい少女だ。これでも幼少の頃は男の格好をしていた記憶はあるのだが。


「はい、凛華様。”クロガネ”の者達は戦巧者ですね。数が少ないのにクランを包囲するように人員を配置させて戦っています。広場以外に騒動を拡大させない為の措置かと。広場周辺には冒険者ギルドの手の者達が無関係な者達を巻き込まないよう周囲の警戒をしていますけど、彼等自身が配慮しながら倍の数に優位に戦いを進めています」


「えっ、あ、本当だ。それにきっとスカウトギルドにも声を掛けているわね、それっぽいのがいる。」


「ユウキさんの仕掛けだからね。僕は今回殆ど概要を聞いていないけど、あの人が手を回していないはずがないし」


 薫はユウキにしばしば連れ回され、多くの経験を積んでいるという。事実として随分と逞しくなった。これまでは雷華によく振り回されている印象だったが、今では姉を手玉に取る事もしばしばだ。



 政治的な存在であるSランク冒険者の頭脳として、そしてまたオウカ貴族としても実に頼もしい次代に育っているといえる。本来は雷華自身にそれを求めたいのだが……天は二物を与えなかった。

 二物は与えずとも唯一与えられた才が我が帝国に多大な貢献を為したのだから、足りぬ所は他の者が補えばよい。



 私達は王城の広場が一望できるホテルの一室でこの大喧嘩を鑑賞している。少しばかり距離があるので私と雷華の手にはダンジョン産の双眼鏡がある。


 これは雷華のお手柄であった。恐れを知らぬ我が友はこれから博打に挑むユウキに対し、自分も参加すると言い出したのだ。

 あの時は隣に居た私も絶句してしまった。Sランク冒険者として名の馳せた雷華がこの喧嘩に参加すればどうなるか、少しでも考えればその影響は解りそうなものだが、当の本人は弟子が師匠の為に働くのは当然ですと一歩も譲らないのだ。

 雷華は昔から無鉄砲な所があったが……これほどまでとは。最後にはあのユウキが私に助けを求める視線を寄越してくる始末。こちらが申し訳なくなってしまった。



 だが常々思っていたことだが、このユウキは雷華に甘すぎる。元よりこんな面白そうな事を見逃すつもりもなかった私も雷華を宥めつつ次善策である遠くから観戦する案を口にしたらこのホテルを用意し、双眼鏡まで貸してくれたというわけだ。

 

 雷華がこうまで豹変した理由がよく解った。全て師匠であるユウキが甘やかした責任である。



「しかし、この規模で陽動か。よほど勘のよい者でもなければ気付かんな」


 私も詳細は聞かされてはいない。あそこで暴れている者達も誰一人として知らぬはずだ。”クロガネ”の者達はともかく、クランがそれでもなおユウキの策に従って動く理由は、あの者が本気でリエッタ師を救う気であると解っているからであろう。


「多分全てを理解しているのは師匠だけですね、あとはあの従者二人かと」


「全く、羨ましいものだ。仔細を語らずとも人をこれほど動かせるとはな」


 私も帝国摂政として誰かに命じれば同じ事は出来よう。だが奴は外的要因もあったとはいえ己の言葉と意思のみで多くの者を結果的に動かしている。


「師匠自身が動かれているのも大きいでしょう。本人は自分は基本無関係だからあまり表に出たくないと言ってましたけど」


 雷華の言葉に大きく頷いた。私も経験のあることだが、上からただ命令するだけでは人は動かない。無茶な命令では尚更だ。やはりあの者、人の上に立った経験があるな。あの姿なのに明らかに稀人であることといい、つくづく不思議な事よ。


「でも表に出たくなかったのは本当みたいだよ。ユウキさんは繰り返すと嫌でも手の内を読まれるって何度も言ってたし」


 なるほど、ユウキは己の弱点も理解していたか。


「薫よ、あの者が何を懸念していたか、そなたには解るか?」


「は、はい、凛華様! ユウキさんは相手の強みを逆に利用する作戦を得意としています。僕が関わらせてもらったサラトガ事変に獣王国の件や、帝宮での件など、相手側に文句をつけさせない方法で自らの目的を完遂させています。ですがこれは鮮やかであると同時に非常に癖が出やすいです。この件もここまで大々的にやれば隠匿は不可能ですから多くの衆目を集めるでしょう。となれば、勘の良い者は一連の事件の類似性に気付くはずです」


 謀を廻らせる者はどれだけ深慮遠謀であれその者の性格が必ず出る。その企みが微に入り細を穿つものであればそれはより顕著である。

 今回はクランにその迷惑が及ぶ事を極力避ける為に、その配慮が特に大きいと見える。


 報告にあった獣王国を牛耳っているという内務卿などは一度煮え湯を飲まされているだけに、より敏感になるだろう。

 そしてその癖の強さゆえに、次の機会があれば概要を耳にした時点で奴の影を感じ取れるかもしれぬ。


 そう考えればユウキが嫌がるのも当然か。だが、あやつならばその相手の読みの上を平然と行きそうではあるな。そう思える凄みがユウキにはある。こればかりは直にあやつを見なければ肌で感じ取れぬであろう。


「ふむ、あれは幹部同士の戦いか。殺し合いではないとはいえ、本気でやりあっておるな」


「ザインさんとラルフさんですね。今の実力で言えば魔法込みならラルフさんでしょうけど、ザインさんの伸びしろは凄いですよ、もうすぐBランクからAランクに上がりそうな実力者です」


 実に見事な男どもよ。我が配下に欲しい程だ。実際にあの場に出向いた際、数人の幹部を勧誘してみたのだが、けんもほろろに断られてしまった。

 だが、それでよい。男子たるもの、みだりに己の主君を変えるべきではない。一度信じた己の主たるものを最後まで信じる、これもオウカの男の生き様よ。伝説の侠客と謳われるシロマサという御仁は我等の心意気に通じるものがある。一度会ってみたいものだ、今度ユウキに頼んでみるとするか。



「潮目が変わりましたね」


 薫が誰ともなく呟いたが、その言葉は事実だった。喧嘩が始まって5寸(分)ほどでようやく衛兵が城内から出てきたのだ。だがその数はまだ数十人程度で、この大混乱を収めるのは不可能だ。


「師匠の方もあの連中を始末するようですね」


 相変わらずユウキしか見ていない雷華が、あの日絡まれた俗物どもが大挙して喧嘩に乱入していた事を教えてくるが……


「あの愚か者ども、武装している。正気か?」


 王城前で武装して暴れるなど、どう言い訳しても謀反以外の何者でもない。ユウキ達が酒を飲み赤ら顔で素手で喧嘩しているのもすべてはそれを逃れる為だ。事実として出張っている衛兵達も槍の穂先ではなく石突で暴れる者達を制圧しようとしている。

 これを謀反ではなく、酔っ払いの喧嘩と見ている証左だ。しかしライカールの衛兵は志も見事なものだな。これがグラ王国やギルサード帝国の者なら容赦なく自国の民を殺戮していただろう。


「うわ、凛様! 今の見ました? ナイフで刺されたはずなのに普通に立ち上がってますよ!」


 雷華に言われずとも確かに見たが、どうなっている!? 布の服の下に何も着込んでいない男の肩口に深々と突き刺さったはずだが、刃を受けた中年男は流血さえなく相手に反撃している。


「ユウキさんの<守護の盾>だと思いますが、いつ見てもおかしい効果です。補助魔法はそこまで強力なはずがないんですけど、まあユウキさんですし」


 自身もその効果を体感した事のあるらしいカオルが諦めたように呟いた。しかし効果もそうだが一番おかしいのはその範囲だ。どう見ても広場にいる男達全員に及ぼしているようにしか見えない。ユウキが詠唱しているようには見えないが……


「ああ、師匠の魔法は本人の魔力が切れない限り消えないそうです。サラトガ事変の時も翌朝まで効果が続いてましたし」


「……そうか」


 あの魔法を前線部隊に使ってもらえればどれほどの兵士が無事に帰ってこれるかが頭をよぎったが、異国人のユウキにそれを頼むのは筋違いだろう。


 細かい事を考えるのを止め、戦況を注視していると状況は大分整理されてきていた。


 例の無頼ども、リガ・ファミリアとかいった連中は完全に駆逐されていた。”クロガネ”の者達はクランには相当に手加減していたようだ。潰すべき相手には一切容赦せず武装した者達が地面に沈んでいる。


 そして城からは衛兵達が次々に飛び出してきており、クランの者達を制圧しつつある。明らかに騎士に見える者達の姿も見え、ユウキ達の目論見が成功した事を伝えている。

 当然ながら衛兵達に抵抗などしない。だが押さえ込まれても敵を求めて戦おうとしているので鎮圧には難儀しているようだ。



 その時、かなり距離のあるこのホテルにも甲高い笛の音が響き渡る。警邏が鳴らす笛の音に似ているが……やはり意味のあることだったようだ。

 ”クロガネ”の男達が我先にと広場から撤退を開始したのである。予め決めてあったのだとしか思えない迅速な動きである。

 さらにこの騒動で多くの野次馬が群がっている広場外周だが、その数箇所に不自然なほど空隙が出来ており、そこ目掛けて男達が脱兎の如く逃げ出したのだ。まず間違いなくユウキの仕込みで退路を確保していたのだろう。

 鮮やかな手並みである。鎮圧に乗り出していた衛兵達も一瞬呆気に取られるほどの素早さだ。

 なるほど、逃げ足の速さも喧嘩に必要な技量の一つだとこの前あの男が言っていたのを思い出した。


 しかし、気になる事がある。



「雷華よ、いくらなんでも早すぎはしないか? まだこの騒動が始まってさほど経っておらん」


「たしかに、四半刻(15分)も経っていないはず。もう目的を達成したのでしょうか? カオル、何か聞いてる?」


「素材の入手にはかなりの時間が掛かるって聞いたけど……まさか失敗したのかな?」


「師匠の計画が失敗するわけないでしょ。それに向こうにはユウナさんとレイアさんがいるのよ」


 自称従者の二人には挨拶をした事がある。ユウキが従えるに足る見事な者達であった。確かにあの二人がいればどのような困難もものともしないだろう。


「では、成功したのだろう。ユウキの姿を見れはそれは確認でき……あれはっ!」


 私の叫びに二人も視線を向け、同じような声を上げた。それほどの光景が起きていた。


「そんな、師匠、なんで!」「ユウキさん、どうしてそんな」


 胸の中に様々な感情が去来するが、ふと腑に落ちることがあった。


「なるほど、あの行動は確かに稀人だ。自らの行いに対し必要以上に責任をとりたがる、まさに逸話にある稀人そものではないか」


「そ、それはそうかもしれないですけど、凛様!」


 狼狽する雷華の顔はまるで幼い時分に両親を亡くしたときのようだった。だがあの時はより幼い薫を守らなければという覚悟も見えたが、今はそれさえない。途方に暮れた顔をしている。


「雷華、何を呆けている。ユウキは自らの信念に従ったまでの事。外野がその決断に口を挟むことはできぬ」


「ですけど、凛様。だって師匠が」


「くどい。だが、それは我等が指を咥えて見ていることにはならん。思い出せ、我等が何者であるかを。我等の立場であれば他者が出来ぬ事も可能であろう」


 私の言葉に雷華の顔が輝いた。


「凛様、良いのですか!?」


「無論だ。我が帝国はあの者に返さねばならぬものがある。そして帝国が公式に動いたとあればライカールとて無視は出来ぬであろう。戻るぞ、二人とも。急ぎ準備を整えねばらなん」


 頭の中で草案を纏めながら、私は自らの思い付きがもたらす意味を考えていた。


 ……きっとあの男はこの所行を喜ぶまいが、これを思いつくのは絶対に我が国だけではない。他国に乗り遅れるわけにはいかないのだ。




 ――ゼギアス――



 頭からの合図が鳴り響く。嫌と言うほど聞きなれた笛の音に体が一瞬硬直してしまう。


 か、頭。確かに絶対に自分達には理解できる音ですが、こればかりは勘弁してくださいよ。


 この笛の音はランヌ王都の警邏が用いるものだった。裏稼業の自分達にとっては幾度となく聞いた肝の冷える音であり、俺も先ほどまでいささか頭に血が上っていたが、この音で一気に冷めてしまった。

 あの御方はそれも狙っていたのだろう。事実として俺達は体に染み付いた行動をとった。

 この音を聞いたら脱兎の如く逃げ出すのだ。

 

 先ほどまで派手に乱闘していたが、全員が一気に撤退を開始した。高揚に駆られて喧嘩を続けるような空気を読めない馬鹿は始めから連れてきていない。もしここで誰かが捕まろうものなら”クロガネ”という組織の問題になる。そんなヘマをするわけにはいかないし、何より頭の信頼を裏切るわけにはいかない。


 あの何もかも自分ひとりの力で成し遂げてしまう頭が、自分達にお声かけ下さったのだ。

 つまりそれは俺達が頭にとって頼りになる者達だということ。王都に生きる男にとってこれ以上の勲章はない。


「ゼギアス! 退くぞ!」


 武装してこの場にいる愚物の頭を蹴り飛ばしたザインがこちらに向けて叫んだ。リガ・ファミリアを始末する奴の動きは鬼気迫っていた。頭の計画を御釈迦にしかけたんだ、その焦燥は想像するに足る。俺だったら舌噛んで死んでいたかもしれない。


「ああ! 連中は全部潰したか!?」


「おうよ。だがトドメはさしてねえ。生かしておいた方が頭たちの為になるからよ」


 ザインのいう事ももっともだ。あんな屑どもどこで死のうが俺達の知った事ではないが、この騒動で人死にが出るとその咎が例のクランに及びかねない。瀕死の重傷でも生きてさえいれば余計な面倒は減らせる。そのあとは頭が上手く事を運ばれるだろう。武装して王城前で喧嘩した愚物とそれと()()()()()ように見えるクランの者達。状況証拠は揃っている。頭は異なる要素を組み合わせて自分の利益に転化する天才だな。


「集合先は解ってるな?」


「もちろんでぇ。そっちこそ道を間違え……ってマジかよ」


 ザインの視線の先の光景に俺も息を飲んだ。俺達が逃げやすいように人垣が割れているのだ。明らかに頭の手配だろう。


「こいつはありがてぇ! さすが頭だぜ」


 全くだ、頭はすべてをお見通しだな。そしてザインは頭がいる方角を見て、驚きに固まってしまう。


「そんな、頭!!」


 なんとザインはその足を止めてしまった。馬鹿野郎、頭の性格を考えればこうされる事は容易に想像がつくだろうに!


「か、頭! 何をなさっていらっしゃるんで!? 早いとこ逃げましょうや」


「俺は残る。誰かが責任を取らないとこの場は収まらないだろうからな」


 やはり頭は始めからそうお考えだった。()()()と見るか、頭のなさる事ではないと反論も口から出掛かるが、問答をしている暇はもうない。


「で、でしたら俺が残りますぜ。頭にそんな真似をさせるわけには」


「いや、あんたらは帰ってくれ! 本当ならクランの問題は俺達の手でケリをつけなきゃならねえんだ。ここまでしてもらって更にケツまで拭いてもらったんじゃ、俺達は王都中の笑い者になっちまうからよ」


「お前、ラルフ!」


 ザインの言葉が確かなら、あれがクラン幹部のラルフか。中々の面構えだ。


「だ、だがよ……」


「行け、行ってくれ! 最後のケジメくらい、俺達に格好をつけさせてくれや」


 ラルフの覚悟を秘めた言葉はザインを動かすのに十分だった。


「く、くそっ、おいラルフ。もしお前がクランで何かやらかしたらウチに来いや! お前なら即幹部でやっていけるぜ!」


 ザインが相手をこうまで褒めるのは本当に珍しい。そう言われた本人も満更じゃなさそうな顔をしている。


「へっ、そいつは有り難いが、こちとらこれから親孝行する予定が詰まっててな。まだまだそっちに行くく気はないぜ。だが、この喧嘩の続きってんなら、また闘ろうぜ」


「おう、そうこなくっちゃな!」


 互いに拳を突き合せて再戦を誓い合っている二人に、どこかすまさそうな声で頭が割り込んだ。


「盛り上がっている所悪いがラルフ、幹部のお前はここから逃げろ。リッドとキーンも連れて今すぐ離れろ」


「おいおい何を言ってやがる! 他の皆が大人しく捕まってるってのに、幹部の俺だけ尻尾巻いて逃げるわけにはいかねえだろうが」


「幹部だから逃げる必要があるんだ。お前が捕まったらクランの企みだと宣伝したようなもんだろうが。ここまでやったんだから、最後まで徹底するぞ。丁度ここに召し捕りゃまあまあ格好のつく奴がいるだろ?」


「それだったらお前だって残る意味も大してないだろうが! このまま帰ったらお袋に顔向けできねぇよ!」


 相手が国なんだから振り上げた拳の落とし所を見繕うのも大事なんだが、ラルフは随分感情的になっているようだ。これは聞き入れないだろうな、頭もこうなると思って説得は始めから諦めていたようだ。

 次の瞬間、ラルフの体は力を失って倒れこんでいたからだ。


「悪いな、後で色々謝るからよ」


「馬鹿、野郎。謝るのは、こっち、だっての……によ」


 意識を失ったラルフをリッドが肩に担いだ。こちらを見て一つ頷くと一目散にこの場から撤退した。


「お前達も早く行け。ここから先の手筈は問題ないな? ここまで上手く行ったんだ。最後でしくじるなよ?」


「はい、了解です」


「頭、俺も一緒に……」


「くどい、さっさと退け。この無駄な問答のせいで誰かが捕まったら承知しねえぞ!」


「へい、わかりやした。頭もご無事で」


 ザインもようやく納得したようで、周囲の配下を連れて逃走を開始した。


「ゼギアス、皆にはご苦労だったと伝えておいてくれ。感謝しているともな」


「と、とんでもありません! お役に立てて光栄です」


 勿体無い言葉を頂戴し、言葉に詰まる。何か気の聞いた事を言おうとして結局何も出てこず、俺達はその場を後にするほかなかった。


 だから背後から聞こえた言葉が本当に頭が発したものなのか、確証は持てなかった。



「監禁から始まって最後は牢獄行きか。この国は中々に面白いな」



 それから俺たちは駆けに駆けた。


 この王宮前の広場は王都のほぼ中心にあるから、ここから南端まで5キロル以上の距離を全力で走り抜けることになった。


 さっきまで倍以上の相手と乱闘した後なので体力的は非常にきつい。この状況で平然としていられるのは異常なほどの体力を持つザインとイーガルの旦那くらいだ。


 だが、ここでへばってたまるものか。頭は無茶をするからそれが出来る人材を送れと命令され、俺はそれに無理矢理横入りしたのだ。だから部下共々ここで無様な姿を晒すわけには行かないのだ。


「あんた、”クロガネ”のあんちゃんだね! 遠いところからわざわざありがとうよ! シロマサの親分さんは噂通りのお人だねえ!」


「次は私達がこの借りを返すからね、あの人のためにほんとうにありがとうよ」


「こっちの道を通ってください! 人通りが少なくて走りやすいです!」


 そして走る俺達に大いに力を与えれくれたのは、クランの関係者らしき人々が先導、あるいは声援を送ってくれたことだ。

 間違いなく頭の手配だろう。ライカール王都の地理は頭に入れていたが、夕闇迫るこの時間に正しく進んでいるのかは不安が残ったから、本当にありがたい。


 それにこんな応援をもらったら嫌でも力を振り絞るのが男ってものだ。付いてきている部下たちも限界は近いだろうが、顔に気力が戻ってきていた。



 なんとか走り終えた俺達は、目的地である港に辿り着いていた。ここから船に乗ってこの国を離れるのだ。俺達を捜索する手が伸びていたとしても、包囲網が敷かれる前に海上に出てしまえば追って来れないはずだ。こちらの正体が割れていなければ、まさか船で逃走を図ったとは思わず普通は街道に手を回すだろう。


 俺達を載せた船はすでにその姿を消していたが、俺たちは迷う事無く、とある巨船に向かう。

 何の連絡も受けてはいないが、俺の視線の先には見知った人物がこちらを待っていてくれたのだ。


「おお、皆無事に戻ったな」


「エドガーの兄貴! 来てくれたんですか?」


 なんとランヌ王国からエドガーの兄貴がわざわざ迎えに来てくれたのだ。非常に忙しい人なのに、申し訳ねえ。


「話は後だ。今は早く船に乗るんだ。点呼が済んだら直ぐに出航するぞ」


「わかりました。お前ら聞いたな? へばるのは船に乗った後にしろ」


 当然だがはぐれて迷子になるような馬鹿は一人もいなかった。皆息も絶え絶えながら船に乗り込み、港から離れたことを知って一息ついた。


 俺も部下たちのように甲板に座り込みたいが、幹部ともなるとそうも行かない。だが疲れた体は言う事を聞かなかったので、仕方無しに取っておきを使う事にした。


 懐から頭に頂いたポーションを飲み干す。すると腹の底から力が湧いてくるようだ。

 こりゃ凄え、本当にハイポーションの中でも最上等のシロモンだ。買えばいくら金貨が必要になるか分かったもんじゃねえ。



 こいつは頭が万が一の時のために各自に5つずつ持たせてくれたんだが、これは使うより売ったほうがよほど儲かりそうだ。もしやこれは報酬扱いか? 頭ならはっきりと口にしそうなもんだが。


 恐れ知らずの猛者共も王城前での乱闘には肝を冷やしたようだ。かなり疲れていると見えたから、休息を取らせたい所だが……兄貴はどう考えているかな?

 差配においては俺よりはるか上の存在であるエドガーの兄貴だ。なにしろその武勇伝が凄まじい。商隊を盗賊に襲われて奴隷落ちしたってのにオウカ帝国で大店の大番頭として老舗を蘇らせたってんだから驚きだ。

 俺の昔馴染みもランデック商会に何人も雇われているし、序列3位に誰も文句を言わねえ実力者だ。

 それになにより兄貴は頭と主従と誓いをなさっているという間柄だ。復讐のために王都に戻った兄貴を頭がその才能を一目で見抜いて配下にしたってんだから、流石は頭だと言うほかない。だが主従の誓いか、俺も是非ともお願いしたいもんだぜ。



「ご苦労だったな、ゼギアス」


「あ、兄貴。とんでもない、頭の力になれて最高の気分ですよ」


「直接的に体を張れる君達が羨ましいな。それより、この船はランヌではなく、北のラインハンザに向かっている」


「ラインハンザというと、巨大なシノギがあるという例の北部都市ですか」


 いつの間にかザインとジーク、それにイーガルの旦那まで側に来ていた。これで幹部は勢揃いだ。

 瑞宝の姉御は王都に留まったままだ。なんでも例の大賢者様と縁があるようだし、快復するまでは離れることはないだろう。


「ああ、その都市だ。幹部は1度現場を見ておいた方がいいと思ってな。それにそのままランヌに向かって南下するのも露骨過ぎる。王都ではゆっくり羽も伸ばせなかっただろう? あちらで骨休めするといい」


 兄貴の言葉の説明には俺達の事情を語る必要がある。


 俺達は急激に大きくなりすぎた。空前の好景気に沸くランヌ王国だが、強い光を発すれば同じ程の闇もまた生まれちまうのが世の道理だ。


 王都では急激な人口の流入が起きている。景気の良い王都なら、先のない田舎暮らしより展望が開けるのではないかと流民がやって来ているのだ。他の町からの移民もかなりやって来ている。金の無い流民は城壁内部には入れないものの、壁の外の貧民窟は拡大の一途であり、早晩限界を迎える事は火を見るより明らかだった。

 

 以前頭にその事を相談していたのだが、まさかこんな方法で解決させるとは思わなかった。 


 ラインハンザを今の10倍以上拡大させて、そこに雇用と生活の場を与えようという規格外の大構想だ。


 頭以外なら一笑に付しておしまいだが、あの方なら絶対にやる。一番不安な金の心配が一切無いのが大きすぎるな。それに領主も頭と縁の深い方だというし、上からの横槍も無いと来た。

 俺達の間では、ラインハンザの名は金の成る木の別名と化している。


 そこに”クロガネ”が初期から食い込んでデカいシノギにする予定なのだ。どれだけの金と人間が動くか、想像もできない話だ。




 俺が部下たちを労っていると、エドガーの兄貴が声を張り上げた。


「みんな聞いてくれ! ユウキ様から連絡があったぞ。喜べ、作戦は成功だ。皆が流した血と汗には意味があったぞ!」


「よっしゃあ!!」「やってやったぜ!」「俺達じゃなきゃ無理な注文だったぜ」


 皆から歓声が上がる。ふう、なんとか頭からのご命令を違えずに済んだようだぜ。


「さあ、これはユウキ様からだ。準備はできている、盛大にやってくれ!」

 

 連れて来られた船内の大船室には所狭しと料理と酒が置かれていた。あ、あれはランデック商会でしか置いてない(やつ)じゃないか?


「うおお、こうしちゃいられねえ。一番槍はこのザインが頂くぜ!」


 ザインが我先にと駆け出してゆく。俺も遅れてなるものかと続こうとしたが、兄貴から声がかかった。


「ゼギアス、これを見てくれ。ユウキ様から皆に配れと渡されているだが……」


 エドガーの兄貴から告げられたそれを見て、俺はここ最近おぼえのないほど大きな溜息をつくことになる。


 兄貴が差し出した袋の中には白金貨がつまっていた。


「全部で40枚ある。そのまま分配してよいものかと思ってな」


「やめてください。頭は限度ってものをご存知ないようですね」


 一人あたり10枚以上の報酬はいくらなんでも多すぎる。参加できなかった者たちから怨みを買いかねない。

 頭は気前良く金貨を撒かれる方だが、やり過ぎると揉め事の種となる。

 ああ、だからエドガーの兄貴に渡したのか。そういう事なら話は変わってくる。


「そうなると、やはり残りはラインハンザで遊んで来いということだな」


 もちろんエドガーの兄貴は万事心得ていた。皆に3枚でも渡して、残りはあちらで娼館や賭場を何軒か貸し切ればいい。部下たちも実働半日で金貨3枚も手に入れば泣いて喜ぶだろう。


「おう、どうしたんだ? 二人して真面目な顔してよ。いやあ、相談役の喧嘩は面白えな! 俺もまさか一国の王城の前で大立ち回りする機会があるとはよ!  ”クロガネ”に入って正解だったぜ」


 俺達の気も知らず既に呑み始めているイーガルの旦那を巻き込むべく、手にある袋の中身を見せてみた。


 イーガルの旦那の顔は、なかなかに見物だった。



楽しんで頂ければ幸いです。


申し訳ない。前後編といいつつ長すぎたので全中後編に分けることになりました。

私としても話の纏まり的に一つに纏めたかったのですが、18000文字を越えたので分けます。

既に書き終わっていますので、数時間後に後編を上げられると思います。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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