魔法の園 40 前編
お待たせしております。
今回はいくつかの視点でお送りします。
――ルーシア――
「始まったわね」
遠くから喧騒が聞こえてきた。この騒ぎは、私達の部屋の周囲に配置されている監視の者達にもすぐに伝わるだろう。
「これからが本番ってわけね」
マールが緊張の面持ちで呟いた。だけど、私が想像したよりもずっと落ち着いている。もっとガチガチに緊張しているかと思ったのに。あの男が着てから本当に色々あったから、この子も成長したのかしら。
「状況が動くまで今しばらくは待機です。しかし、貴女もついてくる気ですか?」
「もちろんよ。何もできないとはいえ、危険な事を年下の二人にやらせて私は見ているだけなんて。それとも私は邪魔かしら?」
この計画はかなり綱渡りだ。それはあのユウキも認めるところで、時間があればもっと確実な計画を立てたかったとはっきり言っていた。最初にこの案を告げられたとき、危険だとは思った。だけどこの短期間で計画を思いつき、実行に移すだけの行動力は本当にたいしたもの。
ママを心配するばかりで代案を思いつけない私は、せめて何もかも失敗に終わった時にマールとポルカの身代わりになるくらいしかできなかった。
<氷牙>の二つ名を持つ凄腕のスカウトであるユウナがこちらをその異名通りの瞳で見つめてくる。これだけで体温が数度下がったような感覚に襲われた。
若くして異名を持つ彼女には様々な噂を聞いていたが、全部出鱈目だわ。<嵐>の従者を弱みを握られてさせられているなんて話もあったけれど今の彼女の態度がそれが間違いだと解る。
絶対に心からの忠誠をあの男に捧げているのだ。異性への視線というより僧侶が神に祈りを捧げるような崇拝に似た感情のように見える。
私を批判的な目で見てくる理由も解っている。あのユウキから直々に任されたこの件を絶対に成功させるべく、本来は予定外の人員である私を排除したいのだろう。
このユウナにしてみれば母さんの命よりも主であるユウキの信頼を損ねたくないのだと顔に書いてある。実際、これから行う行為に私は必要ない。ついてゆく理由は幹部としての責任感と自己満足だ。
「ふむ、ユウナ。ルーシア嬢の参加は二人にとって心強いはずだ。私がサポートするからそう威嚇してやるな」
「威嚇などしておりません。彼女の存在が二人に与える影響も理解しております。成功率を上げる点ではむしろ歓迎しています」
私に助け舟を出してくれたのはレイアさんだった。彼女はポルカに薬師として色々助言を行っている姿を見ており、マールもよく懐いていた。
ユウナもそうだが、彼女も言葉に出来ないほどの美女だ。男装の装いが妖しいまでの美しさをより惹き立てているが、何より底知れないのがその強さだ。
本人は本業は薬師だと言っているが、その動きは間違いなく戦士のものだ。一度この部屋に訪れたラルフが一目見て勝てない相手だと白旗を上げたのを初めて見た。
彼女もまたユウキの従者を好き好んでやっていると言うのだから、この二人を従えているあのユウキの凄まじさを再認識してしまう。
そして従者としてはレイアさんのほうが先輩らしく、ユウナは彼女の意見なら素直に従う事が多いが、私の参加自体は歓迎されていたみたい。じゃあ一体何故あのような視線を?
「もとより隠しきれるものでもあるまい。むしろルーシアに事情を知ってもらった方が後々話は早いかも知れぬが?」
「そうであっても、ユウキ様より許可を得ておりません。今、お忙しいユウキ様に許可を得るなどと……」
やはりこの二人はユウキと何らかの連絡手段があるみたい。あれほど多種多様な魔導具を持つあの男ならそれくらいはしてのけるだろうと楽観していたが、この計画はこちらとあちらで同時に動く必要がある。連携が取れなくては意味がないのだ。
「我が君もそれは理解していただろう。その上でユウナに託している。私はそう判断している。何なら後で口添えしてやってもいい」
美女二人の視線が絡みあう。途端におろおろしだすマールの方を抱いて落ち着かせた。
どうやらこの二人、そこまで仲が良い訳ではないみたい。特にユウナのレイアさんへの対抗意識がかなり強いようね。先輩に負けたくない後輩といったところかしら。
「結構です。この件は私が任されておりますので、その責も私だけが負うべきです。先輩はあの二人の様子を……」
その時、私達のいる部屋の奥の扉が開き、ポルカが出てきた。あの子ったら、最後の瞬間まで製薬をしていたのね。隣にはあの母さんの仲間であるセラさまがいてくださっているから、無理はさせていないと思うのだけど。
「始まったようじゃな。吟零草の取り扱いは最良の状態で採取するには色々と面倒じゃ。心しておくがよい」
「はい、ご指導ありがとうございました!」
ポルカの瞳はこれ以上ないほどの決意に燃えていた。これまでの気弱げな弟はもういないのだ。
でももし私がポルカの立場なら当然だと思う。私はただ祈るだけしかできないけど、自分が死力を尽くせば母さんの命を救えるかも知れないのだ。その為ならなんだってやってみせる。あの子が燃えているのは羨ましいくらい。
「ワシはリエッタの所に行っておる。事が始まれば騒ぎになるからの、痛くない腹を探られたくはない」
セラ様はそう仰った。ということはエリクシールの製薬はポルカ一人で行う事になるのかしら。
不安そうな顔をしていたのを見られたらしい、セラさまの視線がこちらを向いた。
「自分の弟をもっと信頼せい。ポルカは既に大陸有数の腕じゃ、それはワシが保証してやる。それに一人の力でエリクシールを作り出す事が肝要じゃ。他者の手助けは、結果としてクランの為にならん」
セラ様の仰っている事は政治的な要素が含まれている。ユウキが集めてくれた各種素材は聞けば新大陸の獣王国やあのオウカ帝室から融通してきてくれた物まであるらしい。
ひとえに彼の人徳の為せる業なのでしょうけど、そこには別の思惑もある。
伝説上の回復アイテムであるエリクシールを作成した薬師がいる事実は世界に大きく宣伝されるだろう。それは総本部の地位をこれ以上ないほど磐石にさせるし、国宝級の素材を提供してくれた国にとってもそれほどの腕を持つ薬師が母親を助けるために力を貸してくれたとこれ以上ないほど大きな恩を売れるからだ。
将来その国に何かあったとき、クランやポルカが薬師が味方になってくれると期待できる。特に回復系アイテムが必要なったら、これほど心強い存在はない。
だけどそれは可愛い弟が政治的存在になってしまい、元の生活に戻れない事を不安に思った事もある。その事をこの前聞いてみたら、あの子ったら”自分がクランに貢献できる事があってうれしいんだ”なんて泣かせる事を言ってきた。なんとしても私たちで守ってみせないといけない。
「良いな、ポルカよ。ワシはリエッタと共にあの宿にてお主を待つ。見事、エリクシールを作り出し、母を救ってみせよ」
「はい! 先生!」
ポルカに激励をしてセラさまは転移して行った。一切の魔法行使を許さないこの王宮内でも一切お構いなしの転移は流石の一言ね。母さんが作った絵本に誇張はないと前に聞いていたけれど、事実であると再認識させられたわ。
「さて、みんな。そろそろ状況が動き出す。マール、準備はいいかな?」
転移して行ったセラさまの消えた後姿を見ていた私は、レイアさんの声に我に返った。
「はい、いつでもいけます!」
レイアさんの問いかけにマールもポルカに負けない覚悟を秘めた声で答えた。あのどこか頼りなかった二人が、こんなに立派になって。姉としては鼻が高いわ。
それでも不安は尽きない。ユウキの計画に不満はないけれど、あまりに綱渡りが過ぎると思う。
この5人で22人もいる監視の目を掻い潜って吟零草の花を手に入れてくるこのミッションはラルフたちの第一段階が成功して、城内は大騒ぎだ。ここから見えるだけでも花壇の監視についている魔法騎士団の騎士様たちにも動揺が見える。
そしてここからでは聞こえないけれど、多くの騎士様たちが花壇から離れていった。
本当に監視から外れていった! 半信半疑だったけれど、ユウキの読みは当たっていた!
これで監視の数は……何人かしら、影になっていて全容は見えない。もし想像以上に監視が残っていたら、その時は私が二人の身代わりになって捕まらないといけない。それはもちろん私の独断であり、クランとは何の関係もないと苦しい言い訳をする必要がある。
何があってもポルカだけは吟零草を手にエリクシールを作ってもらわなくてはならないのだ。
だけど、私の懊悩を他所にユウナとレイアさんは何か確信があるようで、自信満々に私たちに告げるのだった。
「さあ行こうか。世界を我が手に、気分はそんなところだな」
――ザイン――
「お前、やるじゃねえか!」
俺は拳を交えるクラン幹部に掛け値なしの称賛の言葉を口にした。魔法クランだからヒョロい奴等ばかりに違いないと侮っていたが、幹部にここまでやる奴がいるとはな。
「お前もな。同年代でここまで出来る奴がいるとは、世界は広いぜ」
ラルフとかいう短い金髪の男から繰り出される拳を頬で受ける。俺達も頭のお仲間であり、色々と仕事でも世話になっているキサラギ様の手による守護魔法を受けているから本来吹き飛ぶような一撃を受けてもたたらを踏むだけで平気だ。
ウロボロスを潰した時もこの魔法の世話になったが、やはりとんでもない効果だぜ。キサラギ様も本当に凄いのは頭だと断言しておられたし、やっぱり頭は凄ぇや。一生ついて行くに足る漢だぜ。
しかし目の前の男も相当なもんだな。拳じゃ互角だが、あっちにゃ魔法がある。事前にジークとゼギアスが話してくれたところによると、このラルフは魔力による身体能力向上が得意らしいが今は酔っ払いの喧嘩なのでそれを使っていない。
つまり実力的には上を行かれているってことだ。ちくしょう、もっと鍛えねえと頭の手足として満足に働けねえな。
「お前、”クロガネ”の”喧嘩屋“だろう? 噂以上の腕じゃねえか」
「そういうそっちは世界で20人しか居ねぇ大クランの幹部サマだろ? くそっ、今に見てやがれ、もっと強くなってやるからよ」
「俺が強ぇときたか……10日前なら頷いていたんだけどな」
周囲が罵声と怒号に包まれる中、俺達は拳を交わしつつも会話してたが、不意に奴の戦意が薄れやがった。ははぁ、さてはこいつ。
「頭に喧嘩売ったみてぇだな? どうでえ、俺達の頭は強ぇだろう? 」
「あいつ本当に人間か? 稀人って噂もあるが、どう見ても頭のおかしい強さだぞ? 自信が粉砕されたわ!」
ありえねえと憤慨するラルフにこっちは誇らしい気分だぜ。俺達はあの人の手下にしてもらったんだからな。
「あの強さ、痺れるよな? 俺達は一発でイカれちまってよ。その場で舎弟にしてくれって頼み込んだぜ」
頭の直参にして頂いたのは俺の生涯の自慢だが、奴も俺の気持ちが理解出きたらしい。羨むような顔をしていた。
「そんで隣の国まで出張かよ? まあこっちは助かってるがな、っと衛兵のお出ましだ。俺はあいつらの相手をする。あんたは連中の相手を頼まぁ。悪いな、あいつらも本当は俺達が始末をつける相手だったのによ」
「へっ、気にすんな。裏側の事は裏側の人間がケリをつけるってのが通り相場だ。元より頭から叩き潰せと命令されてるんでな。奴らの息の根はここで止めるぜ」
そう言って奴と別れたものの、肝心のリガ・ファミリアの連中の姿が見えない。俺達の後を尾けていたのは解っているんだが、あいつらどこへ消えやがった?
だがここでうろうろしても始まらねえ、それにこっちにはこういう時に頼りになるお人がいるんだ。
頭は上に立つ者としての意義を理解していらっしゃる。こういった喧嘩の時は一番目立つ場所を選んですぐに俺達手下の者がそのお姿を探せるようになさっているはず……いた、やっぱりだ。
「頭!」
「おう、ザイン。楽しんでるか?」
積み上げられた木箱の上で座っている頭に近づいて声を掛けると、開口一番そう言われた。
その声を聞くだけで血が沸き立つようになっちまうんだから、俺も相当だぜ。自然と膝をつきたくなっちまうがそれを堪える。頭はそういった大仰なのが酷くお嫌いなんだ。
「へい、もちろんでさぁ。しかし、頭……」
ただでさえ自分のヘマで頭にご迷惑をおかけしているってのに、更にお手数をおかけするわけに行くかよと思って口ごもっていたんだが、頭は全てお見通しだった。
「お前と揉めた連中だろ? あそこの一団だよ、俺達がこの場所で喧嘩始めたのを見て腰が引けてやがる。きっちり武装までしてるってのに小せぇ連中だぜ」
俺は頭の言葉に頷くが、内心は連中に同意している。俺だって頭の命令じゃなきゃ王城の前の広場で大立ち回りする勇気なんざねぇ。思いつくだけでも恐ろしいのにそれを実際に実行しちまう頭が物凄ぇんだ。
そして頭のにくいところはこれを酔っ払い同士の喧嘩に納めている事だ。どんな理由だろうが王城前の広場で喧嘩騒ぎなんざ御咎めなしで済むはずはない。これは仕方ねえが、状況を見る限り城の衛兵も対応に困っている。
これが手に武器を持って衛兵に挑めば完全に叛逆で、衛兵も遠慮なく殺しに掛かってくるが酔っ払い同士の喧嘩なら向こうも本気を出すのを躊躇う。むしろ酔っ払いの喧嘩に衛兵が本気になるほうが恥ずかしい。あっちも誇りにかけて全員ひっ捕らえて牢屋にぶち込む方向で事を運ぶだろう。
武器を使われても守護魔法で怪我ひとつしねえし、栄えある王宮の衛兵が酔っ払い相手の喧嘩に魔法なんざ使う方が恥をかくってもんだ。
実に頭らしい相手の心理を読んだ計画だぜ。ジークの話じゃこれも王宮の人員配置を知り尽くした計算なんだとか。さすが頭だぜ。
「ですが、どうしたもんですかね。縮こまった奴等を引っ張り出さねえといけねえですし」
俺が引き起こした案件で頭にご迷惑をかけちまったと反省しきりだが、当の頭は不思議そうな顔をしてなさる。ああ、これはすでに解決策を思いついている顔だ。
「お前、何を難しく考えてやがる。こんな騒乱状態だぞ? 流れ矢の一つでも飛んできてもおかしかないだろうが。こんな風にな」
そう言うや否や頭の手からとんでもない勢いで石礫が放たれ、遠巻きに様子を伺っていたどう見ても堅気にゃ見えない野郎の眉間にぶち当たった。ありゃ額が割れてるぞ、頭は完全に連中をここで始末する気だった。
「な、何しやがる、あのガキャァ!!」「ブーマー、うおっ、血が止まらねぇ」
こちらの様子を窺っていたやつらもここまでされれば黙っているはずがねえ。すぐにこちらに雪崩れ込んで来た。しかしあいつら馬鹿じゃねえのか? せめて武装くらいは外して来いよ、反逆罪の嫌疑を掛けられても文句言えねえぞ。
「ザイン、徹底的に叩き潰せ」
「了解です!」
「それと、退き時を見誤るなよ? こっちの想定以上に事は早く進んでいる。下手をすると始末を終える前に撤退する可能性も出てきた」
「合点でさぁ!」
カナンを売り捌く奴等は頭自身が潰したいはずなのに、それを俺に譲ってくれるという。頭の配慮に深く感謝して、俺は迫り来る屑どもに踊りかかった。
「手前ら、冥府への手土産によく覚えとけ。こちとら”喧嘩屋”ザイン、ユウキの頭の一の子分とは俺のことよ!」
――マール――
心臓の音が酷くうるさい。でもそれも当然だと思う。何しろ私の行動の結果如何にお母様の命が掛かっているのだ。
「マール、準備はよいですか?」
「はい、いつでもいけます!」
ユウナさんの問いかけに必死で返事をするが、声が裏返ってしまった。しまった、これじゃ緊張していると思われても仕方ない。
心臓は激しく脈を打っているが、私の体を覆っているのは緊張ではなく、高揚感だった。
ユウキから王城に連れて来られたとき、アイツはこう言った。
私の力が必要だと。
嬉しかった。生まれて初めて誰かに心から必要とされたのだ。それも自分のたった一つの取り柄を使ってお母様を、こんな私を拾って娘にしてくださったあのお優しいお母様を救う手助けができるなんて!
絶対に成功させてみせる。この命に代えても必ず!
「マール、気負いすぎだ、今からそんな様子では現場に到着する前に力尽きてしまうぞ」
レイアさんが私の状態を見て声を掛けてきてくれた。こんなきれいな人がなんであのユウキの従者をしているなんて信じられない。
「だ、大丈夫です。今の私、絶好調ですから」
声が上ずっているのも、きっと武者震いの一環だろう。何せ緊張など一切感じていないのだから。
そのとき、優しい手が私の肩に乗せられた。これはルーシア姉さんだ。
「落ち着いてマール。はい深呼吸」
すうはあと大きく息を吸って吐くと周りのみんなが不安げにこっちを見ているのがようやく解った。あちゃあ、今の私は周りが見えないほど気負ってしまっていたみたいだ。
「ごめんなさい、もう大丈夫」
「そのようですね。では現在の状況を説明します。王城前の広場ではクランの者達が騒動を起こして城の者達の注意を引き付けています。この隙に内部にいる私達が吟零草を奪取する算段ですが……」
ユウキが散々言っていたとおり、本当に計画は単純だった。何であれほど秘密にしていたのかも今となっては痛いほど理解出来る。
対策は簡単だ。”この騒ぎは陽動だからそこから動くな”、こう警備の人たちに一言伝えるだけでこの計画は破綻してしまう。蓋を開けてみれば雑ともいえる作戦だけど、そのために掛けた手間とお金の額を知っている者からすれば、もっととんでもない事を計画しているのでは? と考えてしまう。
あんな数で警備をしているのがいい例だろう。荒事なんて縁遠い私達ではなく、ユウキが画策した何かを警戒して彼等はあんなに厳重に警備をしているのだ。
「本日の警備人員は騎士団16名、魔導院から6名で計22名です。警備責任者はグロック卿、魔導院の中堅幹部です。典型的な魔法第一主義者であり、騎士団との関係は良くありませんが不仲というほどでもありません」
そして当然のように王宮の内部事情を詳細に語りだすユウナさんに圧倒されてしまう。確かにユウキは何かあれはこの二人に頼れと言っていたけど、確かに納得だ。とっても安心できる。
「ユウキ様が立案された計画の骨子は、騎士団の警備が多数を占める日に王城前で騒ぎを起こし、大量に配置されている警備を引き剥がす事でした。そしてそれは成功し、現在花壇周辺にいる警備は6人です」
「ユウキの想定通りというわけね。私は騎士団がこうまで易々と動くとは思っていなかったわ。彼等も警備を命じられていたはず」
「騎士団と魔導院のこの件に関する熱意の差が一つと、王宮の治安を守る衛兵と騎士団にとってどちらを優先すべきなのかがはっきりと形に出たということでしょう」
吟零草は本来魔導院の管轄で、騎士団は横から首を突っ込んだだけであり、逆に王宮前で騒ぎが起きるなんて騎士団としては見過ごせない由々しき事態だ。衛兵の数が足りないなら花壇の警備に使われている人員を引き抜くのは当然の措置ですと解説されると頷いてしまう。
「しかし未だに花壇には6人もの警備が残っています。内訳は魔導院5人と騎士団が1人です。彼等の目を盗んで吟零草を手にするのが今回の任務となります」
そして周囲のみんなの目がこちらに集まるのが解る。
ユウキが私の力が必要だといった理由もそこにある。
「これが認識阻害の魔法か! 話には聞いていたが、凄まじいな。視界だけではなく気配さえ隠し切るとは」
「小声はともかく大声は隠し切れません。会話は小声でお願いします」
私たちは吟零草が栽培されている花壇を堂々と歩いていた。先ほど花壇の外周に追いやられていた騎士団の1人の前を通ったが、声さえ掛けられなかった。
私が使えるたった一つの魔法、認識阻害魔法により、私たちが目の前を通った事実を把握できていないのだ。
こんな地味で使い所の無い魔法なのに、お母様を助ける為に大きな役割を果たすなんて!
生まれて初めてこの魔法が使えてよかったと天の神様に感謝したくなったほどだ。6人同時に魔法使用は初めての経験で負担は大きいが、脳味噌が焼ききれても魔法を途切れさせはしない。
「たしかに凄まじい魔法ですね。ユウキ様からもいつ魔法に掛けられたか判断できなかったと聞いていますが、これほど自然に発動するとは……マール、貴方も解っていると思いますが、この魔法は便利であり危険です。扱いは慎重に」
「はい。でもユウキに指摘される前は、戦いの役に立たない魔法だって笑われてましたけど」
「見るものが見ればその有用性に気付くはずです。いかなる悪事に応用できる事も」
「そこは私が責任を持つわ。それより前を見て! ああ、ここまで来て、なんてこと……」
姉さんの声につられて私も顔を上げると、そんな! 花壇の前に二人の若い男が立っている。先ほどレイアさんに注意したとおり、この魔法は視界や気配を誤魔化せるが、物音だけはどうしようもない。
そして吟零草は取り扱いに注意が必要な素材であり、根の部分を極力土と一緒に掘り出す必要があるなど面倒で根気の必要な作業がいるのだ。そんな事をしていたらいくらなんでも隠しきれない。
ルーシア姉さんと二人、絶望的な顔をしていたのだが、ユウナさんとレイアさんは全く動じていない。どうあっても不可能な状況であると解らない二人ではないのに。
「二人とも、呆けるのは後にしたらどうだ。まだ素材を手にしたわけではないのだからな」
「そうです、これも想定内です。むしろユウキ様の偉大なお力の一端を垣間見れる好機を得られたとを誇るべきなのです」
「えっ、何を言っているの?」
後ろを歩いていたポルカが私を追い抜いてレイアさんたちの後ろに付く。あの子も何も聴いていないはずなのに、疑う気さえ湧いていないようだ。
そして私も二人が何をするのか気になっていた。どうやらこうなる事がわかっていたらしいユウキが何をするつもりだったのかが知りたくなっていた。
「ルーシア、君にはよく見ていて欲しい。先ほどユウナが君の同行を渋っていただろう。その理由が今から明らかになる」
その言葉で興味を引かれた姉さんも後に続くが、とうとう吟零草の前に辿りついてしまう。冬だというのに黄色い花が見事に咲いているこの素材を前に一体何するつもりなのだろう。すぐ近くには魔導院の人員が二人、花壇の方を見つめている。ガサゴソと作業などしたら認識阻害されていても物音でいずれはバレてしまうだろう。
「現場に到着したけど、一体何をするつも……えっ、ちょっと待って、それは」
姉さんの目はユウナさんが取り出した一冊の立派な本に釘付けだ。あれ、なんだろう? あの新しそうな本からとても強い魔力を感じるわ。
「君も同種の物を持っていると聞いているぞ。これが幹部の証なのだそうだな?」
「うそ、本物なの!? ああ、いろいろあって忘れてたけど、そういえばユウキはこの件でウチのクランに滞在していたんだったわ!」
ユウキがクランに滞在する事になった理由? 発端はギースがいきなりユウキを閉じ込めろって……あっ!!
こうして私たちは最後の難関をこうして突破し、お母様を救う最後の材料、吟零草の花を手に入れるのだった。
「後学の為にご覧に入れましょう。これが周囲の空間の流れを操る刻の魔導書、”刻の神の庭”です」
楽しんで頂ければ幸いです。
長くなりそうだったので全後編になります。
最後はどのようにやったのかの説明も後編で行いたいと思います。
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