表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

316/418

魔法の園 39

お待たせしております。




「おいおいおい、俺達はリエッタ様を助ける為に集められたんじゃねえのかよ? なんで酒盛りをしなきゃなんねえんだ!?」


 俺の宣言のあと、一人の大男が進み出て声を上げた。禿頭の筋肉男で、その目はいきなり表れた新参者がこの場を仕切っている事への敵意が見て取れた。


 俺は一つを溜息ついてラルフの顔を見ようとした。これを抑えるのもラルフの仕事、幹部としての貫目の問題だと思うが、まあ俺の突然の登場のせいでもあるか。


 余所者がいきなりデカい顔をしたら反感を買うし、訳わからん事を言い出せば尚更だ。極力事情を語らずに事を進めたかったが、これ以上は無理だな。

 この場に必要な面子は揃っていることだし、始めるとしようか。


 俺は無言でこの館に<結界>を張った。国民のほぼ全てが優れた魔法適性をもつライカールの皆は俺が何かをした事に気付いたのだろう。不審な目で見る者が増える以上に俺を畏怖する瞳が圧倒的になった。

 素養があればこそ俺の為した今の出来事がどれほどのものか理解したからだ。


「この別館ごとを自分の領域下に置いただと!? 化け物みたいな魔力と技量だ。噂になるだけの事はある」

「だが何故こんなことをする必要があるってんだ。奴は一体何を企んでいやがる?」


 様々な思惑を乗せた視線が俺に突き刺さる。ざわついていた者達も俺が一言も発しないのでそのうち固唾を飲んで見守るようになり、静まったあたりで先ほどの大男が意を決して口を開いた。


「おい、今のは何の真似だ。俺達を閉じ込めてどうしようってんだ?」


 へえ、脳味噌まで筋肉で出来ていそうな風体の割には周囲を良く見ているじゃないか。この<結界>はここにいるもの達を外に出さない為に行ったからだ。


「順を追って説明してやってもいいが、手間を省きたいから教えてくれ。あんたは今回の件、どこまで耳にしている?」


「いきなり何を……大したことは聞いちゃいねえ。リエッタ様が重体で明日をも知れねぇ身で、それを助けるためにお前らが色々動いてるってくらいだ」


「ほかに情報を持っている奴はいるか? 俺に教えてくれ」


 俺の問いかけに若い女が答えた。


「私はもう少し聞いてるわ。あんた達が母様を助ける為にあのエリクシールを本気で作ってるって事もね。今この瞬間も疑ってるけど、冗談にしてはあの効き目の良すぎるポーションが気になるわ」


「もちろん事実だ。あのポーションはエリクシールを作る為の練習結果だ」


 どうやら若くして引退した冒険者らしいその気の強そうな女は俺の言葉に驚いている。


「嘘でしょ!? エリクシールが実在するって言うの!? ああ、だから最近ルーシアが王宮に何度も出入りしているのね。でも本気なの?」


「あん? 何で王宮なんて話が出て来るんだよ。メルル」


「エリクシールに必要な素材の一つがきっと王宮内の植物園にあるのよ、ビルおじさん。あそこは世界中の稀少な植物が集まってるから」


「へえ、そんなもんがあんのか。じゃあ王宮からその素材を買うか貰えば話は終わりじゃねえのか?」


「馬鹿言うんじゃないよ、ビル。クランが王家に借りを作るなんて自分から奴隷の首輪を嵌めるようなもんさね」


 俺達の懸念を正確に口にしてくれたのは先ほど俺が口にした婆さんだった。ゼッタさんといったかな、凄腕の水魔法使いとして有名なんだとか。確かに立ち姿だけで雰囲気が出ているな。さっきは見抜けなかった。


「だがよ、婆ちゃん。リエッタ様の命が掛かっているんだ。そんな事を言っている場合じゃねえだろ?」


「逆だよこのお馬鹿。あのリエッタちゃんの命が天秤に乗っているんだ、王家が吟零草の対価に何を要求するか、想像するだけで震えが来るね。あの若いのにアタシらが集められた理由もそこに関係してるんだろ?」



「今話してくれた内容が現時点までの全てだ。クラン側としてはリエッタ師の命は何よりも大切だが、王家に弱味を握られる事は避けたい。要約するとそれに尽きる」


 集められた者達からは命のほうが大切だろうと当然の意見を口にする者もいたが、それにはルーシアとラルフがリエッタ師が目覚めた後にクランの現状を知ったらどう思うかと問われ、沈黙した。


「で、ここから本題だ。俺達は何とかしてその素材が欲しい、だが当然王宮もそれくらいは掴んでいて妨害する気満々、こちらから頭を下げてお願いしないと動かない構えと言うのが現状だ」


「なるほど、だから俺達が集められたと。ラルフの野郎が命懸けの勝負になるって言ってた意味が解ったぜ。確かにこれは命を捨ててかからねえといけねえや」


 自分達が呼ばれた理由を勝手に誤解したビルとか言うおっさんが気色ばみ、周囲の覚悟の極まった連中がそれに同調して気勢をあげているが、俺はそれを制した。


「ちょっと待てって。まさかあんたらこのまま王城に殴りこんで素材を奪取するなんて考えてないよな?」


「ああん? それが目的で俺達を集めたんだろうが。人集めの段階で生きては帰れねえと覚悟してんだ、どこへだって突っ込んでやらぁな。なあ、皆もそうだろう?」


 おう、そうだそうだと周りも声を揃える。あれだな、士気が高すぎて暴走する典型例だ。覚悟が決まりすぎてこの行いの結果をまるで理解出来てない。


「それを馬鹿正直にやると反逆罪になるんだっての。お前ら解ってるのか? 反逆罪になったらお前等は当然として身内や知り合いまで絶対皆殺しだぞ。王家を舐めるなよ、あいつらは体面が命より大事だ。見せしめのために必ずやる。そうならないようにこっちは手を尽くしてるんだ」


 俺が声を強めて壇上からそう言い聞かせると、熱気に浮かされていた連中にも理性が戻ってきた。


「そうは言うがよ、じゃあどうしろってんだよ。リエッタ様が死ぬのをこのまま指をくわえて見てろってのかよ」


「だから()()の出番なんだろうが。じゃなきゃタダ酒飲ませてやる意味なんかあるか」


 俺の指が彼等の背後の酒樽を指し示すと、察しのいい何人かの顔に得心が浮かぶ。つまることろ、これだけで計画の全容がわかってしまうほどやることは単純な話なのだ。


「だが、ここまで聞いたら後には引けねえぜ。この中にはこの場で何かあったか教えてくれと頼まれた奴もいるはずだ。それを咎めるつもりはないが、事が済むまでは口を噤んでもらう。いいな?」


「事が済む、だと? ってことはつまり、これからやるってのかよ」


「想像してなかっただろ? 向こうだってそうだ、そこに付け入る隙が生まれる」


 それに情報が漏れる事だけが懸念事項だ。<結界>を張った理由もここから誰一人出さない、連絡を取らせないためのものである。


「解ったらさっさと酔っ払え。リエッタ師の快癒の前祝いだ。派手に飲んで騒いでくれよ、何も知らない連中にも俺達が大勢で酒盛りしていると理解してもらえるようにな」


 この場にいる者たちはこれから自分達の行動で母親の命を救うのだとわかると歓声をあげ、我先にと酒樽へと向かうのだった。



 そして日も翳る頃には、立派な酔っ払いの集団が出来上がっていた。非常に珍しいが、酒が飲めない者は素面だが、それ以外の者たちは総じて赤ら顔で酒臭い息を吐いている。


 これから大一番だというのにこんなに酔っていいのかと途中で心配する奴も居たが、俺が前後不覚になるほど飲めと命じたので黙って従った。それにかなり強い酒を用意したので単純に良いが回るのも早かった。


「よーし、ユウキ。みんなこんなもんだろ……くそ、明らかに飲みすぎたぞ。やっぱり無謀じゃねえのか?」


 ラルフが代表して声を上げるが、彼自身も足に来ている。どこから見ても完全に酔っ払いだ。とてもこれから母親を救う為に一芝居打つ姿には見えない。


「これでいいんだよ。仕上げはここからだからな。<キュア>」


 俺は<結界>内に<キュア>を行き渡らせた。この状態異常を治す魔法は、酔い覚ましにも使えるのだ。


「うお、一瞬だ酔いが醒めたぞ。おい、今のは回復魔法かよ! 本当になんでもアリだなお前」


 <キュア>は酔いを醒ますが血中の酒精を完全に消す事は出来ない。酒臭い息や赤ら顔が収まるには通常の時間が必要だ。


 つまり今の彼等はどこから見ても酔っ払いだが、中身は素面となっている。


「全員酔いは醒めたな? やる事は大体わかっていると思うが、これから俺達は街へ繰り出す」


「王城近くで騒ぎを起こすんだろ? しかしよく考えたな、こんな数の酔っ払いが派手に暴れれば王城は蜂の巣を突いたような騒ぎになるぜ」


「お前らには俺が用意した連中と喧嘩してもらうが、一つ絶対に守ってもらう事がある。王家の衛兵には決して手を出すな。間違いなく止めに入ってくるだろうが、衛兵達には無抵抗を貫け。もし手出しなんかしたらその瞬間に反逆罪確定だからな。武装も禁止だ。今防具を身につけている奴、はこの場で脱いでおけ。武器なんてもってのほかだ」


 武装して喧嘩などしようものなら止めに入る王宮の兵士達も本気になるだろう。正門の衛兵は槍で武装しているからそれを使ってこない保証はない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。もし焦った門番が俺達を鎮圧に魔法を使って来たらどうするんだ?」


「魔法だぁ? 王宮の衛兵が酔っ払いを叩き潰すのに魔法を使ってみろ。あっちが一生の笑いものになる。まず間違いなく使ってこないだろ。魔法はな」


「今の口振りだと槍で突かれる可能性は高いとあんたは見ているようだが、それについては?」


 赤ら顔で酒臭い息を吐く中年の男の不安に俺は一切躊躇することなく答えた。


「その時は刺されてくれ。あんたが流した血は決して無駄にならない。俺が命をくれと言ったのはそういうわけだ」


 ここしばらく城に詰める兵士達の能力を探っていたが、中々に意識の高いまともな連中だった。

 彼等の性格的にこちらから武器を手に戦いを挑まなければ、殲滅ではなく捕縛に舵を切るだろうが、確たる証拠もなく気休めを口にしても仕方ない。


「わかった。こっちも覚悟は出来ている」


 一切の気負いなく断言する中年男にこっちが感心してしまった。最後の確認の問いかけだったが、彼等の戦意にいささかの翳りもない。


「そう気負うなって、今のはあんたらの覚悟が知りたかっただけだ。あんたらが大勢死んだら目が醒めたリエッタ師が悲しむだろ? 補助魔法を使ってやるから、存分に喧嘩してくれ」


 俺は最後の仕上げとなる守護魔法をこの場の全員に使用した。その効果は角材で力の限り殴られても全く痛みを感じなかった事で証明され、参加者達の闘志に火をつけるに十分だった。



 そして酔っ払いが存在してもおかしくない夕暮れに、俺達は一回限りの大博打に乗り出すのだった。



「ああん、何見てんだお前?」


「んだよこの野郎、俺と戦ろうってのか? はっ、上等じゃねえか!」


 流石は本職、”喧嘩屋”の異名を持つザインは早速ラルフに喧嘩を売っている。ラルフも大体の流れは説明していたのでこれが仕込みである事は解っているはずだが……解っているよな。

 信憑性は上がるが傍から見れば普通に喧嘩する空気にしか見えない。


 そう思っているうちにザインがラルフの顔に一発入れていた。しかもかなり重い一撃だ。守護魔法を使っていなかったら結構危険だったかもしれない。


 ちなみにザイン達にも如月が出向いて同じ魔法を使っているので、本当に遠慮は要らない。あいつも赤ら顔であり、互いに酔っ払いだ。精々派手に暴れて衆目を引きつけてほしい。


「いきなり挨拶たぁやってくれるじゃねえか、この野郎!」


 負けじとラルフがザインに殴り返す。その様子を見て女達が金切り声を上げ、周囲は騒然としだす。


「なんだ手前ら、俺達と一戦やろうってか!? おもしれぇ、その喧嘩、勝ってやるぜ」


 喧嘩自慢を更に選抜したというだけあって”クロガネ”の野郎共は見事な動きだった。実に自然な流れでこちらの男どもに殴りかかってゆく。数としてはクラン側の方が100人以上多いとはいえ、質の面では向こうが圧倒的に上だ。


 最初はクランメンバーを二手に分けて喧嘩させるつもりだった。その際に十数人の”クロガネ”の男どもを紛れ込ませて集団戦に不慣れな彼等の補助を担当させる予定でいたのだ。


 冒険者は集団戦に弱いと言うのは知られた話である。パーティーを組んで戦っているのでそれも集団戦とも言えなくもないが、俺が言っているのは大人数での戦いである。

 数パーティーが参加して合同で行われる大規模クエストの成功率の低さがそれを物語っている。冒険者が戦争に行ってもさほど役に立たないと言われる原因でもあり、俺が不安視する最大の要因だった。


 事実として今もクランの男たちは”クロガネ”に押されまくっている。数では勝っているのに勢いて飲まれてしまっているのだ。実際の戦いなら指揮官があれこれ指示を出すが、これはあくまで酔っ払い同士の喧嘩だ。守護魔法で怪我をする恐れもないのだから好きにやらせておこう。


 互いにヤラセであると理解しつつも本気で戦わないと意味がないので、すぐに周囲は男たちの怒号と女の悲鳴、物が壊れる音が響き渡っている。

 まさに混沌が支配する騒乱状態だが、これも仕込みだ。スカウトギルドや冒険者ギルドの信頼できる人材を通じて周辺への被害が及ばないように対策を取っている。

 今は王城の近くの通りで喧嘩しているが、周囲の商店へは既に補償を行っているし、今だけ店仕舞いをしてもらっている。これには女性陣が大いに役立ってくれた。この王都に住む者達が実際に出向いた方が

話は通しやすい。ギルドだけでは頼み難い事を快く了承してくれた。


「くそ、狭くてやりにくいったらありゃしねえ」


「この先に広くて邪魔の入られねえ場所がある。そこで白黒つけようじゃねえか」


「へっ、上等だ」


 ラルフの提案に頷いたザインが通りを駆け抜けてゆく。それを追って罵声を上げながらクランの皆と”クロガネ”の男たちも場所を移動してゆく。


 彼等の向かう先には数百人が軽く集まれる開けた場所があった。大河の上に作られたこの王都では公園も小さく、数が少なかった。彼等が選んだ場所はその点で優れており、雌雄を決するには最適の場所であるように思えた。


 そこが王城の前の広場でなければだが。


「なっ、貴様等。ここをどこだと心得ておる!」


 突然移動してきた謎の集団を見て衛兵達が怒りの声を上げるが、両者共にそちらには耳を貸さずに互いの喧嘩相手に向けて拳を叩きつけあっている。


「こやつら、正気か?」「だがなんという数だ。ざっと見ただけでも数百はいるぞ」「恐れ多くも王城前の広場で喧嘩騒ぎとは! 何と不敬な、直ちに鎮圧せねば」


 衛兵たちは焦っているが、呆然としていて直ちに行動に移す様子は見えない。想像を超える有り得ない事態に戸惑っているのだ。

 俺としてはさっさと応援を城内に呼びにいけと言いたい。門衛の6人でどうにかできる段階はとうに越えている。そうなるように仕組んだのだから当然だ。


 この騒乱に長い時間は掛けられない。恐らく保って半刻(30分)だろう。それ以上長引かせると王都の西側にある警備隊や魔法騎士団の本部から増援が投入されるはずだ。


 だがそれまでに彼等が手をこまねいて待っているはずもない。そんな事をすれば彼等は無能の烙印を推されるだけでは済まない。王城前の広場で酔っ払い同士の喧嘩を放置していたなど、許されるはずがないからだ。


 俺の読み通り、二人の門衛が城の中に飛び込んでいった。すると情報が即座に伝わったのか、<マップ>では多くの者達がバタバタと動き回っている事を教えてくれる。


 そしてそれは植物園で警護している者達にも当てはまる。


 多くの騎士達が持ち場を離れ、こちらに急行しているのがわかった。



 よし、釣れた。


 吟零草のある植物園から監視の目は引き剥がした。



 マール、ポルカ。


 後は君たちが全ての鍵だ。


 頼むぞ、持てる力を全て使ってエリクシール作成に必要な吟零草を手に入れてくれ。



 混迷の度を増す酔漢同士の喧嘩はその規模を拡大させつつ、俺は従者二人からの吉報を待つのだった。





楽しんで頂ければ幸いです。


翌朝は前日の範疇です。(嘘)


次回は視点を変えてお送りしたいと思います。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ