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魔法の園 36

お待たせしております。



「彩、帰りますよ」


「あ、姉上! わかったのじゃ!」


 獣王国のアードラーさんの邸宅に彩華を迎えに行った凛華に俺は同行している。同行というか俺もシャオを引き取りに行ったのだが。


 シャオとキャロと三人で仲良く遊んでいた彩華は従姉妹の姿を見つけると彼女の元へ走り寄ってゆく。


「あ、とーちゃんだ!」


 最近は色々ゴタゴタしていたのでこうして娘を迎えに行くのは珍しい。事実俺を見つけたシャオは驚いた顔をして俺に突撃してくる。ついでにキャロも俺に飛びかかって(けして比喩表現ではない)きた。

 その後を護衛兼飼い猫のクロが子猫の姿でトコトコついてくる。俺と目が合うと特に何もなかったと伝えてきた。


「どうしたのとーちゃん、なにかあった?」


 俺の腕の中に納まった娘が特別なことでもあるのと尋ねてくる有様に仮初めとは言え親父をやっている自分としては恥じ入る他ない。暗に”普段来ないのに珍しいね”と言われているのと同義だからだ。

 責任持って面倒を見ると誓ったのに実際は仲間やこうしてセレナさんの厚意に甘えきりになっている。父子家庭(その形容が正しいのかは別として)はそんなもんでしょと仲間たちは擁護してくれるが、もっとシャオやイリシャ達と共にいる時間を増やすべきなのではないだろうか。


「彩華の出迎えと一緒になってな」


 ふーん、そっかと俺の首筋に顔を埋めながら頷いたシャオの反対側では兎獣人のキャロが同じく顔を胸元に埋めながらふんすふんすといつもの行動をやっている。一応人間の俺には良く分からないが、キャロは俺の魔力を嗅いでいるらしい。何か意味あるのかと前に問いかけたら、とくにないよ、と元気一杯に答えてくれた。そうか、ないんですか。



 いつもより少し早いが、今日はこれでお暇させてもらおう。俺は紙袋に入ったお礼をいつものようにひっそりとラコンのメイドであるコーネリアに渡すと、彼女も慣れたもので一礼して受け取ってくれた。今日はいつものチーズの他に変り種のチーズがいくつか入っている。普通なら嫌われるカビもチーズにとっては隠し味の一つになってしまうから驚きだ。そこらへんも如月が説明した紙を中にいれてあるから問題ないだろう。


「今日は姉上は何か変な服装じゃの?」


「ええ、あの者に頼まれていた品を届けたあと、少し気晴らしをしたから」


「なんと! 妾に黙ってそんな楽しそうなことをするとは! さては黙っていろと言ったのはユウキじゃな?」


 二人並んでアードラーさん宅の転移環に向かう二人の会話は自然と聞こえてきた。そして彩華が俺を不機嫌な顔で睨んでくる。


「だって話したらお前さんやこの二人もついてくるだろ? 護衛の手が回りきらないっての。また今度な?」


「約束じゃぞ! もし破ったらひどいからの」


 針千本飲ませるからの、とのたまう彩華であるが、オウカ帝国では冗談抜きに針を飲ませる刑罰があるとかないとか。過去の稀人は例え話であることを詳しく話さなかったようだ。


「シャオも!」「キャロも!」


「はいはい分かってるって」


 もし今日の面子に3人が加わるとなると、ランヌ王都かアルザスだな。ライカール王都セイレンじゃまだ良く知らないから危なくて仕方ない。



 前を行くオウカ帝族二人は手を繋いで歩いている。


 この情景だけ見れば仲の良い姉妹だが、ここまで至るのにかなりの苦労があった。

 理由は単純だ。凛華が彩華への接し方に悩んでいたからである。


 もとより俺は彩華に対するオウカ帝国の扱いに不満を持っていた。皇帝が絶対不可侵の存在であるという建前以前に、まだ彩華は6歳の子供なのだ。その子供に対する養育の偏りが目に余った。

 帝宮で一暴れしたのはライカを助けるためでもあり、保護者であるはずの凛華に一言文句を告げるためだったが、当時の凛華の瞳を一瞥しただけで俺は全ての言葉を噤んだ。


 あの時の彼女はこの世界の誰ひとりとして信じてなどやるものかという冷え切った瞳をしていた。


 こんな目をする奴が幼子の養育に心を配るはずがないと確信出来るほどだった。帝宮における状況が改善され、凛華の両肩に乗っていた重圧が解き放たれて少しは二人の関係もマシになったかと思えば、一向に改善の気配はなかった。


 何をしているんだよ、と不満をぶつけた俺にその時隣にいたカスガと名乗る女官長が凛華の事情を教えてくれた。


 凛華も両親から愛情を受けて育ったとは言えず、彩華に対してどのように接して良いかまるで解らないらしかった。



 それを聞いて俺は自らの不明を恥じた。確かに凛華は時折彩華を心配げに見つめる事があったが、手を出そうとして逡巡して諦めていたことがあった。

 何か考えがあったのかと思っていたが、実際は両親の愛を知らずに育った彼女が従姉妹にどう感情を表現すればよいのか解らなかったのだという。

 終いには俺に相談を持ちかけてくる始末で、凛華が本当に苦悩していたのが窺える。



 彼女にとって、赤の他人と一つ屋根の下で大きな問題もなく暮らしている俺は相談に値する人物だったようだ。

 しかし俺にとっておきの名案などあるはずもなく、俺もやっている方法を告げるほかなかった。



 そうして凛華は彩華と触れ合う道を選んだ。それは双方に緊張を孕む行動だったようで、従姉妹同士が手を繋ぐという簡単な行為がひどくぎこちなかった。

 二人とも言葉もなくただおっかなびっくり手を繋いでいるだけだったのだが、それでも意味はあった。


 彩華にとって凛華はいつも怖い顔をしていてすぐ怒る人、という印象だったという。それを聞いた当人は大層落ち込んでいたが、余裕のなかった頃の彼女ならそう思われていても不思議はない。

 これまで血縁関係のある”他人”でしかなかった遠い距離を互いの手の温もりが縮めてくれたという事だろう。

 次第に会話も増え、言葉の中に笑顔が混ざるようになった。我儘は愛情を欲する裏返しでもあるし、根が素直な彩華は年上の従姉妹が不器用ながらも自分のことを心から大切に思っていると行動で伝えようとしていると理解してからは、凛華に懐くようになった。


 今ではこうして仲の良い姉妹の出来上がりというわけである。



 キャロにまた明日と告げてアルザスの屋敷に、そして凛華たちがオウカ帝宮に戻るのを見送る。シャオは既に帰宅していた雪音目掛けて突撃してクロと一緒に彼女の腕の中だ。


 さて俺は自分の面倒事の始末をつけるか、と改めてライカールへ繋がる転移環へ足を向けたとき、不意にまた転移の光が灯った。


「あれ? どうした? 忘れ物でもしたのか?」


 現われたのは凛華だった。その直後にライカとカオルも転移してきた。カオルの顔には諸行無常と書いてある。


「ああ、忘れ物といえばそのとおりだ。これから先ほどの者達の元へ向かうのであろう? 私も同道するぞ」


 はあ? この姫様、何かとんでもないこと言い出したぞ。


「おい、一体どうした。何を考えてんだ?」


 俺の当然の疑問に凛華は鼻を鳴らすだけだった。


「ふん、ランヌの”クロガネ”がこの王都におるという事は、間違いなく例の件に関することであろう。となれば我等も完全に無関係というわけでもあるまい。エリクシールの精製に必要な素材を提供しているのだから」


 もっともらしいことを言っているが、彼女の瞳は好奇の光で輝いている。だが凛華の言う事も間違ってはいない。あいつらがここにいるのは俺が呼んだからだし、その理由も当然エリクシールに関する事だ。


 まあ、凛華の魂胆も解っている。要するに、ジーク達を呼んで何をするつもりなのか知りたいのだろう。先程見たとおり、彼女は相当に荒事好きだ。俺がオウカ帝宮で暴れ回った時もその光景を見られずにかなり悔しがっていたし、この機を逃すつもりはないらしい。


「そりゃ構わないが、聞いて楽しい話じゃないと思うぜ」


「構わぬ。私を差し置いてこんな楽しそうな事をしおってからに」


 そう告げる凛華は、彩香そっくりの顔をしていた。まさに血は争えぬ、というところか。


「解ったよ。だがついてくるならこの認識阻害の魔導具を身に着けてくれ。ライカもそうだが、あんたら綺麗過ぎて嫌でも人目を引いちまうからな」


 此処から先は密談だ。隠しておきたい事ばかり話すから、目立つカオルを含めた3人はこの魔導具をつけてもらう必要がある。


「おお、これが例の姿を誤魔化せる魔導具か! これは珍しい、ウィスカの迷宮産だな?」


 認識阻害の魔導具に凛華は興味津々だ。こいつを使ってオウカで一暴れしたが、現地では犯人()の手ががり一つ掴めていないそうだ。


 神聖不可侵である帝宮に侵入された挙げ句、護衛を軒並み叩き潰されて凛華を拐かされるという憤死ものの恥辱をうけた奴等は血眼になって俺を探しているはずだが、凛華に聞いた話では犯人像からして複数犯とみているとか。敵国であるグラの戦士と想定して捜索していると聞いたが、絶対に犯人は見つからないな。運の悪い誰かが生贄の羊にされそうである。


 認識阻害されていたおかげでろくな目撃証言が得られず、ただ一人の敵に自分たちがしてやられたと認めたくない奴等が、勝手に犯人像を膨らませているそうだ。


 そんな大活躍した魔導具であるが、おいそれと他人にくれてやるわけには行かない。凛華も欲しそうにしていたが、危険性を指摘すると渋々納得してくれた。



 リエッタ師が眠り、俺達の拠点ともなっているダクストンホテルに転移してジークたちと合流するかと思っていると、細身の金髪の男が駆け寄ってきた。


 彼がラルフの血を分けた兄弟、兄のリッドだ。

 リエッタ師の様子を見に来たのかと思ったら、俺に用があるらしい。


「悪い、ユウキ。さっきの話だが、概要だけでも教えてもらえないか? ラルフが人を集めてはいるが、ある程度の情報があれば相手の態度も変わってくるからな」


 彼とすれば当然の要求ではある。何をさせるつもりなのか分からず命を賭けろと言われても頷けない気持ちは理解できる。

 だが、今回の件でいちばん大事なのはその秘匿性なのだ。何しろやることは至極簡単なので、目的が分かれば直ぐに対策されてしまう。

 全て終わったあとに、奴らの目的はこれだったか! となるようにしなければならないのだ。


 そこで折衷案を取ることにした。


「今から今度の件で手を貸してくれる善意の協力者たちと会うから一緒に来てくれ。仕掛け自体は本当に単純だから、お前くらい頭が回るならすぐに分かるさ。なんで黙っている必要があるのかもな」


「協力者だと? これはクランの問題なんだが……」


「気にするな。俺の名前で来てくれた奴等だ。事情はまだ知らないし、知らなくても俺の言葉通りに動いてくれる連中だ」


「それはまさか……いや、楽しみは後に取っておくか。連れて行ってくれ」


 こうして美少女3人と男二人で夕暮れ時の王都へ繰り出すことになった。




(かしら)だ!」「頭が見えられたぞ!」


 俺が呼びつけたクロガネの皆は王都の中心街から少し外れた宿屋に集まっていた。3桁を超える人間がいるのでいくつかの宿に分宿していたが、上手くひとかたまりに纏まれる場所を選んでいる。

 このあたりのソツのない仕事はゼギアスの仕業だろう。ジークもこれくらい出来るだろうが、手配の速さ、気配りの上手さはあいつに軍配が上がる。



 男女数人を引き連れて現れた俺に宿の前で屯していた奴等がこちらを見つけ、宿の中に知らせに走ったのが見えた。


 それに構わず俺達は宿の中に足を踏み入れた。やはりゼギアスが手配したらしく、なかなか趣のある品の良い宿だった。


「おお、大将!」「相談役だ!」「あれが、あの伝説の……」


 宿の中からワラワラと出て来た男どもはどいつもこいつも見覚えのある奴ばかりだが、ちらほら新顔も見える。

 俺が頼んだ腕は当然として頭の回る奴を寄越してくれという依頼を忠実に実行してくれたようだ。

 そして新顔がここにいるという事は、”クロガネ”は新参にも幅広く上に行く機会を与えているということだ。色々と面倒な問題も抱えているが、”クロガネ”はいい感じに巨大組織化していると言えるだろう。


 他の宿からも続々とむさ苦しい男どもが集まり、俺を視界に捉えると揃って頭を下げた。


「「「頭、お疲れ様でございます!」」」


 野太い声が綺麗に揃うともしかして練習したんじゃなかろうかと変な事も考えたが、ひとまずこいつ等の敬意に応えることにした。


「お前たち、長旅ご苦労だった。今回は俺の頼みを聞いてくれて感謝する。ちょいと面倒な件に関わってな、お前たちの力が借りたくなった。詳しい話は後で上役からあるだろうから、今はこいつで旅の疲れを癒やしてくれ」


 そう叫んだ俺はマジックバッグからちょっと良い酒の大樽を数個置いた。

 俺が何をしたのか分かっている気の早い奴はもう歓声を上げていた。

 もうこいつ等とは長い付き合いなので、俺に遠慮のない奴もいる。


「頭ぁ、俺っちは酒よりまず風呂を喰いたいですねえ」


「ブレナン、あんたも来ていたか。腕は鈍ってないようだな」


「へへ、なんとか選抜隊に紛れ込めましたぜ。頭の喧嘩にあと何回関われるか解らねぇですから、逃すわけにはいかねえや」


 ブレナンはシロマサの親分さんが率いていた”シュウカ”の古株だ。

 いや、古株なんて言葉は失礼だな。親分さんの懐刀を長く務めていた程の男だが、あの方が引退を決意した時に自分も身を引いていた。

 だが親分さんが復帰なさった時に彼が真っ先に声をかけた人物と言えば、どれほどの男か解るだろう。


「幹部の皆は向こうに集まってますぜ」


 風呂の件は了解しながらブレナンの案内で俺達は宿の2階に上がると、そこには見慣れた顔が揃って頭を下げていた。


「頭にはご足労いただき誠に申し訳ありやせん。本来なら自分たちが到着の挨拶に向かうところを」


「別にいいさ。あの時は互いに取り込み中だったしな。楽にしろって、いつまでも頭を下げたままじゃやりにくくて仕方ない」


「へい、しかし……」


 開口一番深く頭を下げているザインに無理矢理顔を上げさせると彼等幹部が使っていたらしき大きな部屋に通されて同行者共々席に座った。


「お前たちもよく来てくれたな。こんなに早く来るとは思ってなかったぞ」


 今日の昼前には到着していたのは確認していたが、今回の計画が時間との勝負だったので大事な役どころである彼等の早い到着は助かった。


「へい、エドガーの兄貴が船を用立ててくれまして、自分達の想像以上に早く来ることができました。そのお陰と言っていいのかわかりませんが……」


「なるほど、随分と膨れ上がったこの人数について説明してくれると言う訳だな? 確かお前とジークには腕利きの命知らずを数十人こっちに回せと頼んだ筈だが、何でこんな数になっているんだ? 幹部までこんなに来ちまって、親分さんにご迷惑をおかけしていないだろうな?」


俺はこの部屋にいる者達をぐるりと見渡した。<マップ>で既に掴んでいたとはいえザインやジークはともかくとしても、そのほかにゼギアスや元ジラントの頭で今では”クロガネ”幹部のイーガルまでいる。

 更に珍しいことには瑞宝の姿まで見えるときた。聡明で思慮深い彼女がこんな場所まで出張ってきている事に困惑さえ感じたが、その顔を見て理由は理解した。今まで見た事がないほど思いつめた顔をしていたからだ。彼女には後で話を聞く必要がありそうだ。


「そ、それは勿論でさあぁ。シロマサの親分さんからも頭の力になって来いと激励の言葉を頂戴しておりやす。そしてその、人数がここまで増えたことに関しては、その……」


 そこまで告げたザインだが、言葉を濁してゼギアスを見た。奴の視線を受けたゼギアスは事情説明を求める俺に対して堂々と文句を言ってきた。


「頭、前に御約束いただけましたよね? 次に何かある時は今度こそ俺達を使ってくださると。それなのにザインに声をかけるなんて酷いじゃないですか。噂を聞きつけたら丁度ジークが随行員を選んでいたので、俺の部下共々立候補したんですよ」


「ああ、その件か。忘れていたわけじゃないが、今のお前は親分さんの立派な右腕だろ? 俺の個人的な頼みで隣国まで聞いてもらうと親分さんに迷惑がかかりそうだったんでな」


 珍しいゼギアスの怒りの篭もった声に俺は即座に謝罪した。

 かねてからゼギアスは自分達が組織の中で役目を果たせていないと感じていた。その原因はランヌ王都リーヴで”クロガネ”結成の切っ掛けともなった大掃除に起因する。ザインやジークなどと出会うことになったあの件だが、最後の”ウロボロス”殲滅の際にゼギアスとその配下たちは不参加だった。

 その理由も直前に俺達が叩き潰した”ウカノカ”のボスに奴は積年の恨みを抱いており、捉えたボスの始末を任せた。ゼギアスは身内同然の女達を人質に取られて奴隷同然の扱いを受けていた(それでも幹部の椅子に座っていたから、こいつがどれだけ有能か解る)から、配下と共に大願成就したのだが、その時には俺達はウロボロスの始末を終えていた。

 

 誰も気にしてはいないのだが、自分達の欲望を優先し肝心な時に役に立てなかった事は彼の痛恨の出来事となっており、幾度となく次は自分達が汗と血を流す番だと息巻いている。

 俺としてはソフィアが暗黒教団の輩に誘拐されたときなどに役立ってくれたと思うが、本人に言わせればあんなのはただ周囲に突っ立っていただけであり、俺に貢献したなどとは全く思えないそうだ。


 そんな訳で次の機会を虎視眈々と狙っていた彼の耳に俺がザインとジークに命の危険さえある頼み事をしたという情報が入り、これは俺達の出番だろうと二人に直談判したそうだ。


 普段理性的なゼギアスが熱くなっているのでこちらが宥める必要があるほどだった。


「頭、お間違えになっちゃいけませんや。俺達は親分さんに良くして貰っちゃいますが、この命はあの瞬間から頭に預けておりますんで、俺は頭の命令ならどこまでも(はし)ります」


「悪かったって。今のお前は名実共に親分さんの右腕だから、遠慮したのは事実だ。だが良く来てくれた、お前がいてくれると心強いぜ」


 恐縮です、とゼギアスは引き下がったが、俺の言葉に満面の笑みを浮かべている。


「なるほど、実に人たらしだ。短期間で大勢力を作り上げるだけの事はある」


「師匠ってギャップ凄く大きいんですよね。烈火のごとく怒る時もあれば、滅茶苦茶優しい時もあるんで、落差にやられちゃいます」


「実体験で語られると説得力が違うの」


 隣の席で二人がなにやらぼそぼそ話している。ここにいる面々はサラトガ事変にも参加しているのでライカの事は知っていても凛華のことは認識阻害の魔導具も手伝ってさっぱり解らないだろう。

 説明を求める視線も感じるが、この場にいる面子は教育が行き届いているから声に出すことはない。


「ゼギアスに関してはそんなところなんですが、問題はその事を本家で盛大にぶちまけちまった事で志願者の数がとんでもない事になっちまいまして……」


 俺はザインとジークの眼鏡に叶ったやつを送ってくると思っていたが、そんな事になっていたとはな。


「何でそんな事になるんだよ。命の危険があるって事は伝えたんだよな?」


 俺が理解不能だと言わんばかりの声を出したら、ザイン達が逆に困惑の顔を見せる。


「いや、頭の為に命をかけるなんざ男冥利に尽きるってもんですぜ。たとえ死んでも冥界で自慢できまさぁ。ですがその日の内に頭が兵隊募集してるって話が広まっちまって……」


 志願者が四桁を軽く越えてしまい、選抜の為の手合わせまでやる羽目になったらしい。


「イーガルもそのセンで参加したのか? ったく、幹部がこんなに来ちまってランヌ王都は大丈夫なんだろうな」


「おう。相談役の仕切りの喧嘩に一度は参加しとかねえと男として箔がつかねえからな。あっちは心配ねえさ、ボストンの旦那や、ゾンダとエドガーの兄貴にベイツの大将も残ってる。ボストンの旦那も来たがってたが、規則(ルール)に抵触して無理だった」


 イーガルの言う規則とは年老いた親がいる者や子供がいる者は最初の段階で排除していた。こいつらにも危ない橋を渡ってもらうので覚悟の決まった奴だけを望んだからだ。

 その死闘を感じさせる募集要項が余計に血の気の多い荒くれどもを猛らせる結果になったらしいが。


「”クロガネ”はまだ若い組織です。我等が離れた隙を狙って良からぬことを企む輩が出ないとも限りません。残った皆にはその危険性を説いてきましたのでむしろ緊張は高まっているはずです」


 ジークが俺の不安が杞憂であると教えてくれた。俺如きの懸念は当然彼も解っており、既に手を打ってくれていた。俺は彼に軽く頷き、ザインに話の先を促した。


「希望者同士で戦わせて頭の依頼にあった腕と視野の広い奴等を中心に選んだんですが、どうしても100人を越えちまいまして……難儀していたら親分さんが、頭数が多ければ頭も楽だろうと仰って下さって」


「それにエドガーの兄貴が手配してくれた船が大型船だった事も手伝い、これなら全員問題なく乗れちまうなと」


 ザインの言葉をゼギアスが引き継いで俺への説明が終わった。なるほど、削ったけど船に全員乗っけられるから連れて来たと。親分さんのお許しが出たんなら俺が口出すのもあれだな。


「そういうことだったのか。こっちの予定が少し狂ったのは確かだが、まあいい」


「す、すいやせん。ご命令を違えちまいました」


 恐縮しているザインだが、俺はもう一つ尋ねておきたい事がある。


「で、昼ごろ到着したお前達がなんで早速一暴れしてるんだよ。目立って仕方ねえだろうが」


 俺達とジークがあの場所で出会ったのは、ここにいる連中が地元のならず者どもを各地で締め上げていたからだ。そこまでしろと命令した覚えはないし、ザインはともかくとしてジークまでいて行動開始前に派手に動く不利益を理解してない筈がない。


「も、申し開きもございやせん。全ては俺の責任です。この命、如何様にでも」


「謝罪じゃなくて理由を聞いているんだ。表沙汰に出来ない、お前たちにしか出来ない仕事をしてもらう為に呼んだんだ。そこらへん解ってない筈ねえだろ、何があった?」


「俺は一応止めたんだがな……後でもいいだろってよ」


 イーガルが仕方ねえなとばかりに頭をかいた。そうするとあの件はザインの独断なのか? ジークも無言で頭を下げたままだ。言い訳は男らしくないと思っているんだろうが、こいつらの人となりを知っている俺としては事情が知りたいんだが。


「頭、俺が説明します」


「ゼギアス! この件は俺が始めた事だ」


 ザインがゼギアスを鋭く制止するが、話が進まないので彼に説明してもらおう。


「だったらちゃんと報告しろよ。頭はお前の行動を叱るほど了見の狭いお人じゃねえのは解ってんだろうに。頭、俺達は渡世人の礼儀としてこの都の顔役に仁義を切りに向かったのですが、その席で相手方がコイツを勧めてきたんです」


 ゼギアスが奥に置いてあった箱から取り出された葉巻を見て俺は顔を顰めた。そいつはあのウロボロスとウカノカをこの地上から消すと決めた理由である麻薬、カナンであった。


「あちらさんも形式的なやりとりで一服付けさせようとしたんだと思います。俺達とカナンの件は意外と知られてませんから。ですがコイツを見た瞬間にザインが相手方を半殺しに……」


「そういうことか……」


「頭、この度の落ち度、全て自分の責任です。この責は如何様にもお受けしますが、どうかジークだけは勘弁してやって下せえ」


「いえ、頭。俺もザインを止めるべき立場を忘れ、手を貸しました。どうか咎は俺一人にしてください、ザインは必ず頭のお役に立つ奴です」


 二人揃って俺にひたすら頭を下げているが、俺は怒っているなどと一言も口にした覚えはないのだが。



「ザイン、良くやった。お前の行動は全て正しい」


「か、頭……」


 俺はかねてから”クロガネ”の皆にカナンの撲滅を指示していた。見かけたらその場を始末をつけろと言っていたし、いかなる相手でも絶対に容赦するなと厳命していたからだ。


「皆にも改めて伝えておく。麻薬ばら撒いて金儲けしている連中なんざ一人たりとて生かしておく価値はない。潰せ。国が違おうが大陸が違おうが一切気にするな、徹底的に叩き潰せ。もしそれで向こうが反撃するようならその時は俺が地上から消す。カナンに手を出すと洩れなく不幸になるという認識が染み渡るまで叩いて叩いて叩き続けろ。そのために幾ら金と人間をつぎ込もうと全部俺が持ってやる。いいな?」


「「「「了解です」」」」


 俺の言葉に全員が従うが、ザインとジークはまだいいたい事がありそうだ。まさか処罰されたいとか言い出さないよな?


「ですが頭、俺は頭の計画を台無しにしちまったわけですし、このままお咎めナシというわけには……」


 示しがつかねぇですと言い出すに馬鹿(ザイン)に俺は何をいまさらという顔をして答えた。


「百人を超える人間を送り込んできた段階で計画の修正は考えていたから別にどうでもいい。ただ人数が増えるとどうしても派手になるから、事前の手回しはより綿密に行う必要がある。そこはお前達にも手伝ってもらうぞ」


「へ、へいっ」


 俺の言葉でようやく生きた心地がしてきたらしいザインがゼギアスにだから言ったじゃないかと声をかけられている。

 そして俺の隣では凛華が物珍しそうにカナンを眺めていた。


「ほう、これが噂のカナンか。実物は始めて見る」


「お前さんが初見とは思わなかったな」


 この麻薬はオウカ帝国と戦争中のグラ王国が外貨獲得と周辺国家の国力低下の為の侵略物資である。オウカ帝国に入り込んでいても不思議ではないはずだが。


「我が帝国は設立当初からの法律に麻薬の排除がある。前線の兵に広がりがあるとは聞くが、帝都では所持だけで重罪になる故、あまり出回らぬな」


「さすが稀人が作った国だけはあるな。これらの薬の危険性を良く理解している」


 魔法やポーションが存在するせいで、危険な薬に対する認識がかなり甘い。どんな薬にも副作用はあるもんだと受け入れてしまう素地が出来上がってしまっている。

 ポーションの飲みすぎで依存症があるほどなんだが、麻薬の危険性はその多幸感と薬が切れた後の苦しみが桁違いなことだ。カナン欲しさに人を殺すなどという出来事が既に俺達が報復として押収したカナンを安価でばら撒いたグラ王国国内では既に多発していると聞くし、上流階級では既に中毒者だらけと言う話だ。

 自分達で生み出したカナンが自らの首を絞めているという死ぬほど愚かな話である。他国にばら撒くという手段を選んだ時点で、その危険性を理解していながら自分達に降りかかったときの対策を何一つ取っていなかったので自業自得という他ない。

 さらにこのカナンの件が今回の俺の行動の原動力の一つにもなっているのだが、それはまた別の話である。


 だがオウカ帝国では稀人が危険な薬は絶対に取り締まれと指示を残しておいたお陰でその危険性が正しく認識されていたので、驚くほど出回っておらず凛華がこうして珍しげに眺めていた。




「さて、お前たちの話はこの辺にして、本題に入ろう。今回国を越えてお前たちに来てもらったのは、その力を借りたい事態が起きたからだ。俺の事情は理解しているか?」


 この場にジークとゼギアスがいるので大丈夫だろうとは思っていたが、一応尋ねると案の定詳しい事情を知っていた。ジークが代表して答えてくれた。


「頭は現在7大クランの一つ、マギサ魔道結社に滞在なさっておいでですが、そこの最高幹部であるリエッタ・バルデラ師が重い病を患って明日をも知れぬ身とか。それを知った頭がその方を助けるべく尽力されているとは聞いていますが……」


 そこで言葉を切ったジークに変わってゼギアスが引き継いだ。


「その、頭を疑う訳ではないのですが、死者をも蘇らせる伝説のエリクシールをお造りになるとか。正直話が大きすぎて自分の理解できる範疇を超えています。エドガーの兄貴が信じられない大金を動かして回っていたので頭が本気なのだろうとは思っておりますが……」


 ゼギアスも遠慮がちに報告してくるが、これが普通の反応である。世界も誰も所持していない御伽噺の産物を作り出そうと奔走している姿は、腹を抱えて笑われても無理はない。


 ここでエリクシールが実在する品であること、処方箋が残っている事を証明してもいいのだが、この場にいる者達にとって大事なのは実在するかどうかではない。


 俺が本気であるという事実だけだ。それだけで彼等は動く理由になる。



「今の話は全て事実だが、真偽はどうでもいい。俺はもう動き出している、成功か失敗かは手を尽くした後で考えればいい話だからな」


 実際は<至高調合>の能力で確実に成功するのだが、そこの説明はしても仕方ないので省く。


 宿の者が気を利かせてそれぞれの前に茶を置いて去ったので何か適当に食う物を出してやりながら俺はこの件の説明に入った。



「全般状況から説明する。薬に必要な材料はあらかた手に入り、残りは一つだけだ。そいつが難物でな」


「聞いています。非常に特殊な薬草だとか。そしてそれが存在するのがライカールの王宮だという事も」


 ゼギアスが自分達が俺の事情をどこまで把握しているが教えてくれた。頭がいい奴がいると説明が楽でいいな。


「お前たちは幹部だから一応説明してやるが、正直知らなくても構わない話だ。お前たちに頼みたい事には直接関係ないしな」


「いや、知りたいな。相談役がやらかす何もかもに一口噛みたくて仕方ないんでね」


 イーガルが獰猛な笑みを浮かべた。港の荒くれ者を力で纏め上げただけあってその実力は申し分ないのだが、今回はちょいと毛色が違う。


「同感です。頭が俺達を呼んだと言う事は、命を賭けて暴れればよいのでしょうが、事情くらいは知っておきたく思います。もちろん秘密は口外致しません」


 ジークの言葉に頷いた俺は、何故彼等を呼ぶ必要があるのかを説明し始めるのだった。




 


 

楽しんで頂ければ幸いです。

また遅れてしまいました。それは話の進みが非常に遅くて自分で驚いてます。


次こそ早くしたいものです。


おそらくこの章は40そこらで終わりそうと予想します。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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