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魔法の園 35

お待たせしております。



「ほう、これがライカール王都セイレンか。噂に違わぬ水の都だ」


「そうですね、この大河を挟んで王都を造ってしまうなんて、発想が凄いですよね、凛様」


「うむ、流石は音に聞こえた魔法王国と言うところだ。私は魔法はそこまで詳しくないが、この王都全体の構造が何らかの魔法装置として構成されていることは解る。大したものじゃ」


「でもなんでこんな場所に作ったんですかね? 利点より面倒な方が大きそうですけど」


「それはじゃな……」


 彼女の切れ長の怜悧な瞳がこちらを捉えた。艶やかな黒髪は変装のお陰で金髪にかわっているが、他者を自然と平伏させる王者の気配は簡単に隠せるものではない。

 俺と隣のカオルは今回ひたすら影に徹していようかと思ったのだが、そうもいかないようだ。


 俺達は今、ライカールの王都を散策している。

 ラルフたちにその覚悟を問うたあと、当然ながら動揺すると思われた彼等の決断は驚くほど早かった。冗談ではなく命を捨てる気概が必要な件なので言葉を飾っても仕方ない。

 それに詳細さえ明かさず俺の計画にお前たちの命を賭けろと尋ねたのだが、彼等は一も二もなく頷いてみせた。それどころか何人必要だとこちらに聞いてくる始末である。


 尋ねたこっちがたじろいでしまうほどだったが、ラルフはすぐにでも百人は集められると豪語したものだ。特にラルフの血を分けた兄弟であるリッドとキーン(最初にラルフと出会った時にいた二人で、既に数回酒席を共にして仲良くなっている)は平時にはルーシアの補佐をしてクランの運営にも関わっているからその手の庶務作業はお手の物だった。

 自分達の母親の最大の危機に全く役立っておらず、年少のポルカにばかり負担をかけているという状況は彼等として忸怩たるものであり、ようやく俺達にも出番が来たかと燃えている奴の方が多かったほどだ。


 ラルフは俺の計画の詳細を聞きたがったが、俺が何故口にしないのかはリッドとキーンが理解していたので食い下がる彼を押し留めてくれた。命を掛けてもらうのだから教えるべきなのだとは思うが、この場は些か具合が悪かった。


 このマギサ魔導結社セイレン総本部はリエッタ師の存在もあって彼女の支持者というか身内ばかりだが、それでも全体の6割といった所だ。残りは各地のクランから総本部にやって来た者が占めている。特に最近勢力伸張著しい新大陸のクラン支部からの面々はかなりの存在感を見せており、俺が獣王国でやらかしたあれこれを酒の席で聞きに来る奴も結構いたほどだ。


 そんな彼等にとってリエッタ師は偉大な先達ではあるが、ルーシアやラルフのように全てをかなぐり捨てて救おうとまでは思っていない。むしろいくらクランに多大な功績を残した人物であっても、強制依頼までかけてクランの力を使うのは逸脱行為ではないかと思っているだろう。


 新大陸出身者にしてみれば今やクランの勢力の中心は我等にあり、設立した地にいつまでも総本部を置く必要があるのかという思いを抱くのも当然であり、彼等にして見れば今回のリエッタ師の件はその大きな機会になると考えていた。

 こいつは中々に根の深い問題であり俺に無関係ではあるが、連中としてはリエッタ師が死去した方がこれから色々やりやすいとさえ思っているはずだ。20人制である幹部の席も総本部だけで3つも確保している事に不満の声が公然と上がるほどであった。


 そのような状況下でもし俺がこの場で計画を明かせば……もし俺が新大陸派であれば真っ先に相手方に密告する。あの場にいたのはリエッタ師を母と慕う者だけではなかったし、数人がこちらに興味ない振りをしながらも聞き耳を立てていたのは解っていた。

 俺の計画も至極単純なものなので、一度説明すれば皆も理解するだろう。それは相手(敵じゃないのが肝だな)も同じであり、対策も非常に簡単に立てられるので、詳細は直前になってからしか明かせないのだ。

 それでもこの命がリエッタ師の救う一助になるのならと、大勢の”彼女の子供達”が参加してくれて、俺を大いに驚かせることになる。




 クランでの仕込みを終えた俺にライカから一報が入った。なんでもオウカ帝国側で都合をつけてくれた神樹の皮の用意が出来たらしい。昨日の内にもう一つの古亥の苔は手に入れていたので最難関の吟零草以外の品は手に入った事になる。



 早速受け取りに向かおうかとホテルに戻った俺を待っていたのは、なんとオウカ帝国でちびっこ皇帝である彩華に次いで地位の高い帝国摂政、凛華だった。



 こちらから出向くのが筋だと思っていたので凛華の登場には驚いたが、それ以上に気になったのは彼女の格好だった。

 彩華の従姉妹である凛華は当然のことながら貴種の中の貴種だ。身に纏う衣服も最上級の品であり、服飾の素人である俺にも金の掛かった良い服着てるなと思ったくらいの彼女が……まるでそこらの街娘のような格好をしているのだ。


 いや、語弊があるな。何とか努力して街娘に似せたようにしているが、元が元なので周辺に発している貴人の空気を隠しきれていない。きっと被服を担当する侍女も困ったに違いない、いくら主から市井の格好にしろと命じられても帝位継承権第2位の姫君に相応しい格好でなくてはならないのだから。

 矛盾するようだが、オウカ帝族とは実際にそこらの娘と同じ格好などさせたら物理的に首が飛びかねない存在なのだ。


 そして隣には最近俺の屋敷にやってくる時は必ず一緒にいるライカと緊張に顔が強張っている弟のカオルがそこにいた。

 冬なのに冷や汗をかいているカオルと凛華の格好を見て俺は大体の事情を理解した。

 凛華は俺と型どおりの時候の挨拶をした後は黙ってしまうが、彼女の目的など言葉にしなくともわかっている。


 歳の離れた主君にして妹はいつもこっちに来て遊んでいるのだし、彼女もそれくらいの気晴らしは必要だろう。


 そしてわざわざ足労を願ったわけだしと凛華に対して、俺はもし時間があればライカールの王都見物でもしないか? とこちらから彼女の希望する言葉を口にするのであった。


 ちなみにライカは終始楽しげな顔をしていて弟とは対照的であった。

 明らかに自分は凛華との遊びを楽しむ気であり、急遽帝族の護衛を担当することになった(もちろん拒否権など存在しない)カオルが青い顔をしてこちらに助けを請う視線を向けてくるのも当然である。


 しかしライカよ、弟と師匠に護衛を任せて弟子の自分が友達と遊ぶ気満々なのはいかがなものだろうか?




「この王都も色々仕掛けがありそうだぜ。こんな場所を遭えて王都にしているんだし」


「やっぱり意味があるんですね? という事は地下に何かが……」


「川の水面の底にあるダンジョンを入り口を誰にも渡さない為なんじゃないか? この場所、色々と曰く付きだろうしな」


「曰く付き、ですか?」


 弟子のライカがなんの事だろうと小首を傾げたが、隣に居るオウカ帝国摂政、有嶋宮凛華は色々と知っているようで俺の言葉に頷いた。


「雷華も感じたであろう、この地における魔力の少なさを。それでいて魔法王国と世界に喧伝して余りあるこの地の風評、乖離があるとは思わぬか?」


「確かに。他の土地は魔力が豊富なのに王都周辺だけ変なくらいに少ないんですよね。だから師匠も質の良い薬草を地方から掻き集める事になったんだし」


 むむむ、と考え込んだ我が弟子だが、すぐにこちらを向いて答えを聞こうとする。お前ね、少しは自分でものを考える癖をだな……


「大昔にどでかい魔法災害をやらかしたらしいぞ。その影響が残ってるみたいだな。ダンジョンの他に先史文明の遺構があるみたいだし、それ関係じゃないのか?」


「なるほど! さすが師匠、お詳しい」


 無言が続きそうなのでさっさと答えを教えてやるが、それでも今の話は正解の半分だ。


 実際はその遺構がダンジョン化していたりするみたいだし、どうやら王城がその上に鎮座しているのは蓋の役目をしているのではないか? という蓋をしなきゃならない何かがありそうな嫌な予感がするが、敢えて言葉にすることも無かった。


 ただし凛華も帝族としてある程度は教えられていたのか、俺を見て僅かに頷いていた。

 彼女も事情を知っていそうだが、別に俺達が厄介を好き好んで引き受けてやる義理はない。この国のことはこの国の人間に解決してもらえばよいのだ。

 ただ先程の情報の出処が酔っ払ったセラ先生の愚痴なので、面倒事の予感がするんだよな。

 詳しくは突っ込まなかったが、リエッタ師がこの地に留まった理由もそこら辺っぽいし。


「でもダンジョンかあ、いつか行ってみたいなぁ」


 Sランク冒険者として勇名を馳せているライカも、ダンジョン攻略経験は皆無である。実力的な問題よりも、ダンジョンという特殊な環境に拠る所が大きい……というか、女パーティーにとって最大の敵は同業の男だからだ。

 だが高ランク冒険者に女は驚くほど多い。女だけのクランが7大クランの一つに数えられる位なのでダンジョンに挑む場合は女性だけの隊をつくることもあるとか。


 だがライカは明らかに俺を見ている。彼女と最初に出会った辺りで俺たちはランヌ王国のダンジョンを踏破しており、その際にどのような手段を用いたか知っているからだ。


「お前たちには先に例の獣王国のダンジョンを攻略してほしいんだが。そこならいくらでも手を貸してやるから」


「なに!? 今申したのは件の話にあった獣神殿の秘蹟で発見されたという新発見のダンジョンか?」


 解っちゃいたが、凛華も詳しいな。情報源が隣りにいる守秘義務など気にもしてなさそうな馬鹿弟子っぽいのが気になるが。

 いや、ライカも立場としてはSランク冒険者というより凛華の親友兼臣下のほうが近いから、そちらを優先するのもおかしくはないか。


 ライカに対する喉まで出かかった言葉を飲み込んで俺は凛華の問いに答えた。


「ああ、今回の件であっちの神殿にも世話になってな。昨日の内に品物は受け取っているんだが、その際にこの話が出てな。早急に対処したいらしい」


 俺の言葉に凛華は深く頷いた。


「その気持ちは痛いほどわかるの。重要な儀式に用いる場所がダンジョンの入り口であったなど、当事者にしてみれば卒倒ものじゃ。私もその報を聞き、国に伝わる先祖伝来の怪しき場所を手の者に精査させたものよ」


 もっとも、成果が上がっているとは言い難いが、と凛華は続けた。だが、無理もない話だ。俺があの場所に気付けたのはこちとら毎日ダンジョンに籠もって特有の違和感、異質な空間に入り込んだという認識を抱けたからだ。

 ダンジョンに入ったこともないであろう国の役人に気づけるかは怪しいものだろう。

 獣神殿の秘蹟もこれまでに殆ど使われてなかったとはいえ数千年という長い時間、誰にも見つからずにいたのだ。


 オウカ帝国にもよくわからない理由で立ち入りを禁じている場所が多々あるらしく、もしやそこにもダンジョンが? と凛華は探していたようだが、そういう場所は大抵限られた者しか立ち入れないのが相場だ。

熟練冒険者ならその存在を嗅ぎ分けられるとはいえ、身元もよくわからないような輩を軽々しく案内するわけにもいかず、進捗は捗々しくなかったようだ。


 そこで凛華はライカにその任を託したいと考え、まずは手始めにダンジョンに慣れさせたいと考えているようだ。


「まあ、そっちの言い分も解るが、凡てはこの件が片付いてからだ。遅くともあと3日で結果はどうあれ片はつく。後始末に手間取ればもう少しかかるかもしれんが」


「ふむ、御伽噺の産物と思っておったエリクシールを作り出すとは、お主でなければ一顧だにせんかったが……ここまで話が大きくなると、その成否とは別にもう引っ込みがつかんの」


 既に世界に冠たるオウカ帝国と新大陸の雄である獣王国を盛大に巻き込んでいる。この短時間に材料を集めるために、相当な無茶をしてくれた筈だ。


「獣王国もそうだが、オウカ帝国にも世話になったな。こればかりは俺個人の力では無理な話だった」


「何を言うか。我が国はお主に返さねばならぬものがある。それも大量にだ。私がした事と言えば、古い倉庫から謎の素材を持ち出したことだけだ。それに引き換え……」


 凛華は周囲に気を遣ってその先を控えたが、言いたい事は解っている。

 彼女にしてみれば政治的ににっちもさっちも行かなかった状況を全部叩き壊してくれたからだ。八卦なんちゃらとか言うどっかから拾ってきたような名前の阿呆共を張り倒したお陰で、ようやく摂政である彼女に政治の実権が戻って来た。

 これまでは連中のせいて置けなかった宰相位も彼女の意を汲んだ人物で据えられるようだし、自らの手足となって動いてくれたライカの危機も救われた。

 特にライカの活躍は凛華自身が政敵に誇れる貴重な得点源であり、彩華が我が家に毎日遊びに来ていた状況は致命的にまずかった。

 更には敵の手により彩華の側付きも連中の息のかかった者たちになっており、従姉妹であり唯一の帝族であるはずの凛華が家族に気軽に会うこともままならないという八方塞がりの状況だったという。


 それを俺が全部叩き壊したので、この頃の凛華は上機嫌などというものではない。俺と初めて会った時とは別人のような顔つきになっている。

 あの時はこの世界の全てを信じていないような目をしていたが、今では彩華そっくりな輝くような笑顔を見せるときがある。


 だが考えてみれは、周囲は敵だらけで、信頼できる配下のライカも俺と最初にあった頃の余裕の無い追い詰められた雰囲気を撒き散らしているとあれば……あんな顔になるのも無理はないな。帝国と彩華の将来までもあの細い肩に乗っかっていたのだ。余裕などあるはずもない。



 それらの難題が一挙に解決したので顔の険が綺麗に取れていた。隣に昔馴染みだというライカが側にいることも大きいだろう。

 俺が口酸っぱく言ってもライカはSランク冒険者であろうとした。むしろ絶対にその地位に居続けなくてはならないと思い定めている節さえあったが、その経緯があれば納得である、

 互いが互いを守っている状況だったのだ。ライカ個人の都合で冒険者を辞める事が出来ないわけである。



「まあ、その話はいいさ。他にもこの王都に見所は結構あるんだ。折角の機会だから、色々見て回ろうぜ」


 決してここの地理に明るくない俺が案内役をしている変な状況だが、俺も差しあたって急ぎの用事はない。エリクシールの作成は時間との勝負だが、それも吟零草を手に入れてからの話になる。先ほどのラルフの件といい今はその詰めの作業中であり、作成者のポルカは忙しくとも現段階で俺に出来る事は殆どない。凛華の気晴らしに付き合ってやるのも悪くは無かった。



「うむ、久々に楽しい時を過ごしておる。こんなことならば彩も連れてくればよかったかの」


 凛華は心許せる友のライカと帝国では決して出来ないであろう様々な事を経験してご満悦だった。市場で屋台から果物を買い求めてみたり、ちょっと高級そうな店で気ままに装飾品を見繕うなどオウカ帝国内では絶対に不可能だ。

 そもそも彼女くらいになると店に出向くのではなく、店のほうから商品を店に来るのが普通だが、自分の足で玉石混交の品を見比べること自体が初めての経験らしい。結構動き回ったが、彼女の顔は輝いている。


 だからこの場にいない姪の事を口にしたのだろうが、それは護衛する側としては頭が痛くなる話だ。


「それは勘弁してくれ。彩香が来るとなれば自然と俺の娘も来るだろうし、そうなればキャロも付いてくるだろう? そこまで増えちまうと不測の事態に対応できなくなる」


 特にシャオとキャロははしゃぎ回るだろうから、目を離す暇もなくなるに違いない。ここがランヌ王都ならまだしも、異国の王都でお忍びの護衛など絶対に無理だ。


「ふふ、そうだな。あの元気な二人がいてはそなたも気が気であるまい。彩華もあの母御にはたいそう懐いておる。また機を見て篤く礼をせねばなるまいて」


「その件は深く同感だ。セレナさんには足を向けて眠れないな」


 シャオと彩華は今、獣王国のアードラーさん宅でキャロと遊んでいる。

 奥方のセレナさんは本当に出来た御仁で、薄々正体に感づいているであろう彩華にもあくまで娘の友達として接している。時にはキャロやシャオと共に厳しく叱りつけることもあるという。


 周囲になんでも従う侍女しか居なかった彩華にとってこれは衝撃的だったようだ。怒られたことに最初は憤慨していたが、今ではすっかり慕っている。

 それはシャオもまったく同様で、幼くして両親を失った二人にとって優しくもあり厳しくもある母親代わりとなっている。


 俺には逆立ちしても不可能なことであり、幼子には母親が絶対に必要なのだと実感する話だった。


「なんとか礼をしたいものだが、金銭は断られるのだったな?」


「ああ、やめといた方がいい。あの人の性格だと1番嫌がられる」


 金欲しさにあの子達の面倒を見ているわけではないのはその振る舞いでわかる。

 他人の子供をきちんと叱れるというのは、その子の事をきちんと見ている証拠だ。

 特に大人に怒られた経験のなかった彩華にとっては晴天の霹靂だったようで、キャロと共にセレナさんの両隣が指定席だ。


 その礼を簡単に金で済ませるのは真心に対してあまりに下品極まる。

 だから凛華もこうして頭を悩ませている訳だ。


「まあ、そこは任せてくれていいぞ。二人分の礼をこっちでやっておくから」


「それでよろしく頼む、で済む話なら苦労はせぬ。詳しく聞けば獣王国の前総戦士長の奥方だそうではないか。となれば彼の国で名家の御婦人であろう。礼を欠いては我が帝国の見識が疑われる」


 凛華の懸念もわかる話だが、そもそもそんな貴婦人が一般家庭のような真っ当な子育てを行っている方がおかしいんだよな。ラコンに母親がラコンの乳母だった御付メイドのコーネリアが居たように、上級階級は自分で子育てをしないのが普通である。

 貴族のご夫人は同性との付き合いなどに忙殺されるから、それを同時にこなしていたセレナさんが凄いと評するべきだろう。ただこの場合は礼の品を送ることに難儀する羽目に陥っているが。


「だが、あの人が喜ぶ品を提供できるのは多分俺達だけだぞ。帝家に相応しい高級品送っても受け取らないだろうしな」


「たぶんそうですね。あの人、相当頑固ですよ。執拗な嫌がらせを受けても屈しなかったって話ですし」


 俺とライカの言葉に凛華はその丹精な顔を僅かに歪ませた。

 ちなみに俺が彼女に送っているのは各種乳製品である。獣王国ではその種族、民族性から乳製品が好まれる傾向にあったのだが、やはり異世界産の品質は桁が違った。

 俺がシャオが世話になっているので、と様々な贈り物を携えて出向いても、大恩人からそのような物を受け取るわけにはと固辞する彼女の唯一気を引けたのがそれだった。


 チーズ、バター、ヨーグルトを始めとした品を送るうちに彼女の好みを大分掴んできた。その他にも生クリームなどを如月や玲二に厳選してもらって贈っていくと、受け取りを渋るセレナさんの態度が段々と柔らかくなってゆき、大量に渡した事で周囲の友人にもお裾分けをしてゆくにつれ、周りからももっと手に入らないかしらと相談を受けるまでになったという。

 周囲を巻き込んで受け取らざるを得ない状況に追い込む俺の悪辣な戦略は成功した。

 特に彼女のお気に入りは10種類のチーズ詰め合わせであり、それに合う葡萄酒を共に贈ると非常に喜んでくれる。

 だがこれほどの品を送るのはこの世界では俺達だけだろう。魔物の存在が牧畜を非常に難しくさせているし、食肉はダンジョンの環境層があるのでそちらで補給が出来る。しかし副産物である乳製品や卵などはドロップアイテムとして落ちてこないのでどうしても稀少品となるから、贈り物としては非常に優れていた。


「こう言うのは気持ちの問題だから気持ちは分かるがな。俺からもあんたが非常に感謝していたと伝えておくよ」


「すまぬ。幼くして両親を失った妹の心を安んじてくれたこと、感謝してもしきれぬほどだ」


 俺に対して凛華は頭を下げてきた。帝国摂政としてではなく、彩華の姉としての振る舞いだった。これまで彩華は凛華を叔母と呼んでいたが、血縁上では正しくとも実際は血の繋がったただ一人の身内なので姉妹のように仲が良い。しかし彩華の教育を担当していた者達(例の八卦何とかの息が掛かっていた連中らしい。つくづくロクな事をしない奴らだ)が臣下としての立場を明確にしなければならないと敢えてそう呼ばせていたという。

 


 こうして俺達は王都の各所を見回って、凛華とライカは休日を満喫したようだ。俺とカオルは護衛の任務をつつがなく終えられそうでほっと息をつきたかったのだが、最後に面倒がやってきた。



「師匠……」「ユウキさん」


 ライカとカオルが同時に声をかけてきた。()()、どっか行ってくれないかと思っていたのだがやはり無理なようだ。


「ったく、面倒くせぇなぁ。どうやら俺の客らしい。そんな悪所は歩いていないと思うんだがな」


「何事だ? 厄介事か?」


 そう問いかける凛華の顔を見て俺は毒気を抜かれてしまった。このお姫様、俺の想像以上に血の気が多いらしい。騒動の予感を感じ取って目が実に生き生きしているが、考えてみればライカと長年友人をやれているのだからその素質があっても不思議ではない。


「ああ、どうみても堅気じゃない連中に尾けられている」


「ほほう。どうする気だ? 叩き潰すか?」


 だからどうしてそう嬉しそうなんだよ。


「冗談だろ? あんたを怪我ひとつなく無事に帰すのが今の俺の仕事だ。このままやり過ごす」


「ほう、あやつ等か。確かに醜悪な顔をしておるの。やはり来てよかった、このような人相の者など帝宮では決して見れなんだ」


 完全に状況を楽しんでいる凛華に溜息をつきたくなるが、自分の客である事を考えるとこの事態を招いた一因は俺だ。

 恐らく最近俺が行っているあれこれが性質の悪い連中の目にも止まったのだろう。この王都で行った薬草関連でも相当気前良く金を使ったし。色々派手に動いたのでスカウトギルドなどにも顔を出して筋を通している。

 これまでは俺は裏方であることが多かったし、今回も厳密には裏方なんだが本当に時間がないので金貨で殴りつけて物事を押し通してきた。俺が何者であるかは知らなくとも妙に金の臭いをさせている奴だと認識した者は多いだろう。

 そしてそんな頭の悪い奴が俺を見つけて何をするかは、言葉にしなくてもいいだろう。


 程度の低い連中が燻っていそうな治安の悪い場所はもちろん避けていたのだが、向こうがこっちを見つけてしまったのならもうどうしようもない。


「して、どうするのだ? このまま彼奴等を血祭りに上げてもよいのだぞ。帝宮での”遊び”は私は見ておらぬから、一度お主の技量を目にしたくはある」


「駄目に決まってんだろ。奴等を撒くぞ、少し走るが体力に自信はあるか?」


 姫育ちの凛華がついてこれるか不安だったのでそう口にしたのだが、帰ってきたのは不敵な笑みだった。


「ふん、オウカ帝族を舐めてくれるな。そこいらの新兵よりはよほど鍛錬を積んでおるわ」


 凛華の身のこなしは確かに武術のたしなみを教えていた。全くの素人という訳でもないし、いざという時は背後はライカとカオルに任せて俺が担いで走ればいいのだ。


「じゃあ、行くか。あいつらも組織的に俺を尾行しているわけじゃない。撒くのは簡単だろうさ」




 こうして俺達の”鬼ごっこ”は開始された。もとより<マップ>持ちの俺がいるのだ。入り組んだ裏路地だろうが、連中が先回りしようとしても全て筒抜けなので、俺達は奴等を翻弄して引っ掻き回してやる。

 凛華もこういった危険を心から楽しんでいるようで、ライカと今にも笑い声を上げそうなほどだ。


 やはり豪胆というか、まだ若いながらも国一つ支配する胆力を秘めた少女なのだと再認識した格好だ。



 俺達の鬼ごっこはそう長く続かなかった。俺達を追いかけてくる者達が飛躍的に増えたことと、とある事情からこの裏路地に混乱が起きていたからだ。


 俺達を追う頭数が増えたとはいえ所詮追い詰める為に指揮を取っている奴が居る訳でもないので、<マップ>で逃走経路は容易く確保できていた。

 しかしもう一つの混乱の度合いはその混迷を深めており、そのざわつきは広がるばかりだった。


「私達の件とは別に、なにか揉め事が起こってますね」


「そうじゃな、我等を追っている者達とは別の集団がおる」


 小走りに走りながらもライカと凛華がそのような会話をしている。二人とも移動しながらも周囲の状況を把握できる余裕があるようだ。


 今俺達を追ってきている集団は二つで、数にしてそれぞれ7人ほどが迫ってきている。しかし俺達を視界に捉えているわけでもないのでこのまま逃げ切るのは楽勝だ。カオルも既に意識は俺達の逃走劇とは別にこの謎の混乱を把握することに向いている。


 そして俺達の進む先に、男が一人立っていた。フード付きの外套を目深に被っており、その人相はここからでは伺えなかった。


「凛華様、お下がりください。あいつ、出来ます」


「ほう、ライカが警戒する相手か。それはたいしたものじゃ」


 ライカが弾かれたように凛華の前に出る。フードの男は道の端におり、俺達の邪魔をする意図は感じられないがその実力はライカが即座に反応するほどだ。あいつ、腕を上げたな。


「いやがったぞ! こっちだ!」


 そして間の悪い事に、足の止まった俺達を撒いたはずの男達が見つけてしまった。これで前方にフードの男、背後にガラの悪い男たちに挟まれてしまった格好だ。


「へっ、手間取らせやがって。だが、よく見りゃどいつも上玉じゃねえか。こりゃ楽しめそうだ」


「師匠、始末していいですか?」


 殺気を隠そうともしないライカが冷たい声で俺に確認をとってきた。物騒だがこれでも成長したのである。前なら問答無用で致死の一撃を見舞うほどライカは男嫌いだ。


「まあ、お前がやってもいいが、もうカタはつくぞ?」


「え? それって一体?」


 ライカの問いに答えるまでもなく事態は進展していた。フードの男が手を上げると同時にどこからともなく現われた男達が俺達を追って来た奴等を取り囲んでゆく。その数はあっと言う間に10人以上に膨れ上がった。


「な、なんなんだお前ら。俺達を誰だと思ってやが……ごふっ」


 状況の飲み込めていない哀れな馬鹿共は捨て台詞さえ満足に吐けずに殴りつけられた。他の男たちも問答無用で路地裏の暗がりに引きずりこまれていった。鮮やかな手並みである。


「な、仲間割れ、でしょうか……」


「いや、違う。そもそもあいつらは仲間じゃない。あんなのと同列に扱われちゃたまったもんじゃないだろ?」


 俺の問いかけは目の前のフードの男に向けたものだった。そいつはこちらに歩み寄ってくると、顔を隠していたフードを取り払い、俺に頭を下げた。


「お騒がせしております、頭。この件は間もなくケリをつけますので、どうかお許しを」


「ライカールにやってきて早速ひと暴れか? 頼もしいな、ジーク。だが、俺はお前たちに色々尋ねたいこともあるぞ」


「はい、お怒りはごもっともです。全ての責は我等にありますゆえ、申し開きもございません」


 俺が頼んだのは喧嘩の上手い奴を数十人こっちへ寄越せというものだったが、<マップ>を見る限り3桁を越えるのクロガネの人間が路地裏でこの地のならず者どもを締め上げている。


「ほう。かの者が”クロガネ”の幹部か! あの立ち姿、中々の剛の者と見た。あれほどの男を配下としておるとは、実に見事だ」


 凛華がジークを見て感心した声を上げている。八卦なんとかの横暴に耐えてきた彼女は才有る者を数多く幕下に加えてきた。ジークは彼女の眼鏡に適ったようで、出来ることなら配下に欲しいとまで言わしめた。



 だが、ジークたちの登場により、ようやくこの一件における全ての配役が顔を揃えたことになる。




 あとは俺がいかに派手に立ち回るか、それに全てが掛かっているというわけだ。



楽しんで頂ければ幸いです。


遅くなりまして申し訳ありません。私用で全く書けない日々が続いてしまいましたが、まさか二週間も更新できないとは自分でも驚いてしまいました。

面倒事はカタがついたのでこれからは通常通りの更新に戻れると思います。


ライカール編も終わりがようやく見えてきました。ここから失速(更新)することなく進めて生きたいと思います。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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