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魔法の園 33

お待たせしております。




「ほ、本当に行くんですか?」


 俺の隣を歩いているポルカが戸惑った声を上げた。これまで幼いながらも不退転の決意でエリクシール作りに邁進してきた彼は覚悟を決めた男の声をしていたのだが、今回ばかりは自信なさげだ。


「必要だからな。ほら、ちゃんとしろよ、衛兵は挙動不審な奴から誰何するんだ。堂々としてれば逆に大丈夫だったりするんだ」


「無理ですよぉ。だってここ王さまのお住まいじゃないですか……」


 俺達の眼前には勇壮な王城が聳え立っている。この南方でも有数の長い歴史を持つ白亜の建物だ。魔法王国ライカールの名に相応しい、様々な設置型魔導具が所狭しと置かれているとか。

 高い城壁に囲まれた王都セイレンはこの王城、デア・グロッセを中心に構成されている。

城の周囲には水濠が廻らされ、正門の前には頑丈そうな跳ね橋が架けられている。

 そして正門からは目抜き通り繋がっており、王家御用達やら大商会と呼ばれるような豪商や大貴族の屋敷などかあるのもランヌの王都と似通っているな。


 違いをあえて指摘するなら、王城前の広場がかなり大きい事くらいだろうか。元より人が集まる場所として用意されているものだが、この広さ……俺の想定以上だ。()()は最後の手段だってのに、それに適した材料ばかり見つかるのはどうしたものか。


「ねえ、思いっきり見られているんだけど……」


「そりゃそうだろ。正門から徒歩で堂々と近付いてくる奴は注目されるさ、気にするな」


 俺の後に続いているマールが不安そうな声を出しているが、俺は一顧だにしなかった。

 王城の正門とは普通、馬車で乗り付けるのだろうから、こうやって真正面から徒歩で近付く奴など基本存在しない。

 

 当然のように正門を守る衛兵、というか門衛達はこちらを不審者を見る目で見てくる。


「もうどうなっても知らないから!」


 全てをあきらめたような声を出す背後のマールだが心配は要らない、勝算はあるのだ。

 まあ、その根拠を一切説明していない俺が悪いのだが。



「止まれ! 何者だ? ここをどこだと心得るか!?」


 とうとう跳ね橋を越えて正門の前に近づいた俺達に衛兵の一人が誰何の声をかけてきた。その手にある槍の穂先はこちらを向いており、マールとポルカはさっと俺の背に隠れた。


「バイデン3世陛下に会いに来た。ユウキが来たと伝えれば解るはずだ」


 俺は至極自然な感じで衛兵に話しかけたのだが、あちらの返答は怒鳴り声だった。


「寝言を吐くのも大概にせい! 貴様、何を言っているのかわかっておるのか!? 国王陛下にお会いするなどという戯けた妄言、地下牢でとくと後悔するがいい!」


 俺を怒鳴りつけた衛兵は周囲の仲間に視線をやると、俺に槍を突きつけたままこちらを包囲しようとする。


「うわっ」「やっぱりこうなった……」


 背後の二人が絶望したような声を上げているが、二人や衛兵に反論する前に俺は懐から宝石で彩られた小さな箱を取り出した。


「これが証拠だ。さっさと城内から偉いやつを呼んできてくれ。このままだと人の目を引いて仕方ない」


 箱の中にある品を衛兵達に見せると、その動きが止まった。


「ま、まさか、それは……」


 彼等が驚きで固まっている間に俺はその小箱を懐に仕舞った。こいつはおいそれと取り出してよいものではないのだ。


「ま、待て! もう一度確認させよ、一瞥しただけでは確信が持てぬ」


「駄目に決まってんだろ。あんたらだって今のでこれが何かわかったはずだ。こいつを偽装する馬鹿がこの世の中にいると思ってるのか?」


 拒絶する俺に納得しない衛兵はもう一度あの品を見せろと詰め寄るが、先ほどまでと違いその行動には荒々しさがない。本来ならこのような寝言を吐く馬鹿は問答無用で地下牢に数日ブチ込んでこの件は終わらせているはずなのだろうが、もし俺が見せたあの品が本物ならこれまでの俺への態度全てが致命傷になる。


 そりゃ王家の紋章が刻印された指輪なんか見せられたら城の衛兵としては判断に迷うよな。


 先ほど俺が口にした通り、王家の紋章を偽造する救いようのない馬鹿がいるはずもないし、何よりこれはソフィアから借りてきた正真正銘の本物である。指輪の裏側にはソフィア個人の紋章も刻まれているので、他人に気軽に見せるつもりはないし、渡して確かめさせるなど論外である。



「いや、しかしだな。確証が持てぬまま王城に入れるわけには行かぬのだ。そこは理解して欲しい」


「王城勤めの衛兵が主家の紋章を見忘れたというのか? そのほうがよほど問題だと思うがな」


 俺は衛兵の要望を断り、さっさと中に入れろと自分の要求だけを押し通そうとした。そうすれば衛兵の態度も自然と堅いものになり、これが長引けば長引くほど周囲の耳目を集め、騒ぎとなってゆく。



「ええい、埒が開かん。おい、この場でこれ以上問答を続けても騒ぎが大きくなるだけだ。話は我等の詰め所で……」


「いや、ようやく問題が解決したようだぜ。ほら、迎えが来た」


 俺が指差す先には、正門の隣にある小さな通用門から実に立派な服装をした老人が姿を現したところだった。俺の実績ある”騒ぎを起こせばそれを納める為に出てくる偉いやつを捕まえろ”作戦は成功した……というより成功して当然の作戦だったので、石像のように固まっている二人と違い俺は堂々としていたのだ。


「そちらの方々をお通ししなさい」


 老人は反論を許さない冷厳な声で衛兵達に告げた。見た目でもわかる事だが、相当に位の高い人物だろう。


「し、しかし侍従長殿」


 衛兵たちはその老人の言葉にたじろぐが、俺は別のことに驚いていた。

 今この衛兵は侍従長と口走った。という事はこの爺さんがあのセイブル侍従長か!

 

 先々代の王の時代から仕えているという生き字引きでありながらいまだ現役の侍従長を務めている鉄人で、かつて王からこの王城になくてはならぬ人物として十年寿命が延びる”ロイヤルゼリー”を飲まされたとかいう噂まで持つ御仁だ。

 王城内に関する事では国王に次ぐ権限を持つというから、他国では執政(スチュワード)に相当する地位にあたるだろう。少なくともこんな場所に顔を出すような人物ではない。


「くどい。こちらの方々は陛下のお客人である。粗相はなかったであろうな?」


「も、もちろんでございます。姫殿下のご紋章をお持ちの方に粗相など……」


「その割に随分と揉めていたようだが、私の前で偽証とは良い度胸だな」


 侍従長がちらりとこちらに一瞥をくれた。別にこの衛兵の危機を救ってやる義理はないのだが、まあいいか。


「こちらの皆さんは任務に精励されていただけです。さすが王城勤めの門衛の皆さんだ、どなたも優秀であり、私のような怪しげな者へ対して警戒するのも当然かと思います」


 救われたような視線を俺に送ってくる衛兵たちの様子を見たセイブル侍従長は、何か言いたげであったがそれを飲み込むと改めてこちらに向き直り、恭しく頭を下げた。


「そうでしたか。失礼ないのであれば、なによりでございます。ではこちらへどうぞ、陛下から格別のおもてなしをせよと申し付かっておりますので」


「恐れ入ります。国王陛下のご温情痛み入ります」


 こうして俺は今だ現実を受け止めきれていない背後の二人を連れて、ライカール王城、デア・グロッセに入り込むことに成功するのだった。




「まずはこちらでお寛ぎください」


 通されたのは豪奢な応接室だった。そこかしこに値の張りそうな、しかし華美に過ぎない落ち着いた調度品に囲まれた部屋で、流石は王城だなと芸術に疎い俺でさえ思わず唸りたくなるような心配りが為されていた。


「こ、こんな場所で寛げなんて無理よ……ていうか、なんで普通に王様のお城に入ってるのよ!」


 緊張で堅くなっているマールが沈み込むような柔らかい椅子に座りかけ、慌てたように立ち上がった。ポルカ共々呆然としていてここに案内されるまでの記憶が曖昧らしい。


「伝手があるから大丈夫だって言ったろ? ほら、遊びに来たんじゃないんだ、ちゃんとしろって」


「わ、わかってるわよ。でもなんで王宮に来なくちゃいけないのよ。セラ様から伺ったけど、本格的な調合道具なら別にここじゃなくたっていいはずよ。あの方だってそう仰っていたじゃない」


「まあ、そこらへんは色々あるのさ。後で詳しく話してやるから、少し待っててくれ」


「ちゃんと理由を教えてくれるならいいけど……」


 マールが言葉を言い終わる前に扉を叩く音がする。こちらが了承の声を上げると、一人のメイドが手押し車を押して入ってきた。


 どうやら、茶を饗してくれるらしい。先程の侍従長の言葉といい、俺達は客として遇されるようだ。

 美しい所作で茶を淹れてくれるメイドさんに二人はまたも石になっているが、俺はこの女性がふと気になった。

 その技量は文句のつけようもないが、客人の前に出すには些か経験を積みすぎている人物のように思えたのだ。

 意を決して俺は声をかけてみた。


「失礼、違っていたら謝罪するが、貴女はルイーズ殿でありますか?」


 いきなり何を言い出してるのこの人、という顔を隠さないマールとポルカだが、声をかけられた本人はひどく驚いていた。


「は、はい。たしかに(わたくし)がルイーズでございます。しかし、何処でそれをお知りに?」


 疑問を抱いたというよりも期待を込めて問われた言葉に俺も自分の予想が正しかった事を確信した。


「姫殿下から貴方のことはよく聞いていましたから。王宮で数少ない本当に信頼出来る方だと。そして双子たちに茶の淹れ方を教えたとも聞いています、私も二人に淹れてもらう事があるので、すぐ気づきました」


「まあ、ではやはり貴方が姫様をお助け下さった方なのですね? 申し遅れました。わたくしはこのお城でメイド頭を務めておりますルイーズと申します。ソフィア姫様は御母堂のヒルデ様の時より目を掛けていただきました」

 

 この人はメイド頭なのか!

 メイド頭とはその名が意味する通り、彼女たちを監督する存在で、こんなふうに給仕に出てくる立場では決してない。


 特に王宮におけるメイド頭ともなれは、彼女自身が貴族の出だろうし、上級使用人として完全な個室や上級騎士に見劣りしない俸禄を得ているはずだ。



 その権威も当然のように高い。先程会ったセイブル侍従長はこの王宮で王に次ぐ権限の持ち主だが、その彼を持ってしても、命令系統上はルイーズさんの頭越しにメイドを使う事はできない建前であるほどだ。

 メイド頭はこの城に3人いるそうだが、千人近い彼女たちの頂点に位置する存在なのは間違いない。


 間違っても俺達に茶を淹れてくれる身分ではないが、彼女の方がソフィアに縁のある者がやってきたと聞いて買って出たのだろう。


 俺達はソフィアの事で話を続けていたが、隣に座る二人は出された菓子に夢中だ。どうやらムースケーキのようで、王宮で出される菓子なだけはある。

 とても甘いと二人して喜んでいたが、すぐに視線は俺に出された菓子に向く。

 二人は俺が甘味を得意としていない事を知っているので、視線をちらちらとこちらに向けてきた。


 苦笑を堪えつつ、皿を二人の前に置いてやると年相応の笑顔を見せた。仲良く二人で等分するようだ。

 最近の二人は母親の件で思い詰めた顔をしていることが多かったが、こういう時は年相応の顔を見せていた。


<ユウキさん。準備できました、いつでも大丈夫です>


<ありがとう、助かったよ>


 雪音から<念話>が届き、俺は懐から通話石を取り出した。


<ソフィア、今大丈夫か?>


<兄様? どうなされたのですか、こんな時間に?>


 今ならば学院も終わって空いている時間だと思い、雪音に協力を依頼して連絡を取ったのだ。彼女にはソフィアを人気のない場所に連れ出してもらった。


<お前と縁のある人に出会ってな。心残りだと言っていただろう?>


<兄様、何を……>


 呆然とした顔をしているルイーズさんに通話石を渡してやる。通話石は玲二たちの持つ”すまほ”と違い本体を耳元に寄せなくても声は聞こえる。ソフィアの声が彼女にも聞こえていた事だろう。


<姫様! ソフィア姫様でございますか!? ルイーズにございます。姫様には出立の際にお見送りも叶わず、大変申し訳なく思っております>


<まあ! その声、本当にルイーズなのですか!? 兄様はまさか王城にいらっしゃるのですか? ああ、なんてことなの! ごめんなさい、ルイーズには本当に良くして頂いたのに挨拶一つ出来ず、私も心苦しく思っていたのです>


 二人して通話石を前に謝っているが、ソフィアのライカール脱出において双方に非はないと聞いている。当時の王城には皇太后の手の者がうようよいてこちらの情報は殆ど筒抜けだった。だからラインハンザにいる子爵夫妻にも詳細は伝えずにここを逃げるように出たらしい。なにしろ彼女にはレナが囮となって敵を引きつける役目を負っていた事さえ知らせない徹底した秘密主義だったのだ。

 いくら世話になっていたメイド長とはいえ、ソフィアの身の安全を考えれば容易に口に出来る筈が無かった。


<何を申されますか! 姫様の窮地に無力であった自分の非才を恥じ入るばかりでございます。しかし、お声を聞いて安心しました。噂にて伝え聞いておりましたが、ランヌの地ではとても健やかにお過ごし頂けているご様子で>


<はい、全てはそこにお出でになる兄様のお陰なのです。兄様がいてくださったので、日々を笑顔で過ごせています。ごめんなさい、ルイーズ。王宮にいた頃は、私が弱かったせいで貴方や他の皆にもたくさん迷惑をかけてしまいましたね>


<ああ、姫様! こんなにもお強くなられて……ヒルデ様が今の御言葉を聞かれたら、さぞ喜ばれた事でございましょう!>


 涙ぐむメイド長の最後の方の言葉は声にならなくなってきている。


<ルイーズ、王宮の皆に伝えて下さい。決して兄様に粗相があってはなりませんよ。貴方なら心配はありませんが、もし何か不手際でもあれば、それは我が国全体の恥となると心得て下さいね>


 そんな大袈裟な、と内心思うのだがソフィアの声は本気だったし、それを受けるメイド長の返事も一切の油断を感じさせないものだった。別に少しくらいの事で怒り狂って暴れたりはしない……あ、オウカの帝宮で通り魔やったけど、あれは別の目的があったから別勘定だ。


<心得ております。陛下よりもしお出でになるような事があれば国賓として遇するようにと申し付かっておりますので>


 なにやら大事になりそうな予感だな。こちとらエリクシール作りに全力を傾けたいので余計な雑音は入れたくないのだが。


<流石は陛下、万事抜かりない手際でいらっしゃいます。あ、ルイーズ、今アンナとサリナが貴方と話したいと言っているので代わりますね>


<はい……まあ、二人とも元気でやっていますか? 殿下のご迷惑にはなっていないでしょうね? あのフレアの娘なのですからあまり心配はしていませんが、貴方達は思い詰めると思いがけない行動を取りますから、そこだけが不安なのですよ>


 フレアとは双子の母親でソフィアの母を守るため命を落としたメイドだ。ルイーズさんは双子の母親とは非常に仲が良かったそうで、色々世話を焼いていて二人にとってもソフィアの母と共に慕っていた相手だという。



「お待たせした……メイド長、何をしているのだ?」


 俺を案内した侍従長であるセイブルが姿を現したのはそれから少しばかり後だったが、メイド長はまだソフィアと会話の途中だった。途中涙ぐむ場面も多く、こちらから声をかけるのは気が引けたし、それは侍従長も同様のようだった。

 なにより彼はメイド長へ何か命令が出来る権限はない。こういった大きな屋敷やお城では男性と女性の使用人の命令系統はしっかりと分かれていて、ちょっとした頼みごと程度ならともかく彼が直接命令を下せるのは配下の侍従だけではメイドはメイド長が管轄している。


「ルイーズメイド長がいらっしゃるとは思わなかったもので。色々と積もる話があったようですから、どうかこのままで」


「そちらがそれで構わないのならば、こちらが何か言うことはないですな。しかし、通話石をお持ちとは噂どおりのお人のようだ」


 侍従長は国王の側に長年控えただけあって通話石の存在も知っていたようだ。


「半年ほど前に随分と気前の良い()()()がいらっしゃいましてね。利用させてもらっていますよ」


 暗にお宅の皇太后が放った刺客が持っていた品をぶん盗っていると匂わせると、彼は僅かに口元を歪まて笑った。ちょいと露骨だったので俺の嫌味に気付いたという反応を示したのだろう。


「ふむ、その貴婦人は色々と思うところがあったのでしょう。私もつい最近、人が変わったように豹変した御仁を知っていますからな」


 彼の指摘に俺も同じように口を歪めて答えてやった。


「世の中に不思議な事は溢れている、そういうことだと思います」


 そう言って俺はすっかり冷めた茶を口に含んだ。ルイーズメイド長が淹れた茶は冷めても美味かった。



 メイド長は俺が侍従長と話し出したあたりで自分がすっかり長居してしまった事に気付いて、慌てて退出していった。

 その姿に侍従長の立場としてその振る舞いに言いたい事がある顔をしていたが、この件は俺が持ち出したため、彼女に非はないと庇っておいた。


 ソフィアも侍従長と会話をして自分が彼女を引き止めてしまったと彼に謝罪し、この件は沙汰止みとなった。


「しかし、我が国では決して聞くことが叶わなかった姫の覇気のあるお声に安心いたすと同時に、我等の不徳を恥じ入るばかりでございますな」


「かの御方の影響力は凄まじかったと聞いています。一説には先代の国王陛下さえも上回っていたとか。全く不敬ではありますが殿下より兄とお呼びいただいている以上、妹のこの王宮での扱いに思う事はありますがそのことがあったが故に私と出会えたのもまた事実ですから、これ以上何か申し上げるつもりはございません」


 俺はまず最初に、ソフィアの事で文句をつけに来た訳ではないと明言しておいた。当然、腹の底では言いたい事は山ほどあるが、皇太后の件は既に決着をつけた。これ以上蒸し返しても誰も喜ばないだろう。

 事実、俺の言葉を聞いて侍従長の顔に安堵が見えた。妹を異国に留学させた体を取っていたが、各国からあの行為をどう見られていたかは明白である。更にはランヌに着いたソフィアに皇太后に遠慮して全く援助を行えなかった事は国王として生涯消えぬ汚点となっただろう。


「ユウキ様には陛下より、国王として、また兄として言葉に出来ぬほど感謝していると聞いております。」


 だから俺があのように世話を焼いたことはライカールの面目を潰しているわけでもあるが、侍従長はこうして国として感謝の言葉を告げたわけだ。別に感謝が欲しい訳ではないが、俺の望みを通す為には一歩前進だな。


「いえ、兄として妹の世話を焼くのは当然かと。国王陛下の御立場も承知していますから、お気になされる事はありません」


 暗に国王は兄として失格だと言い切っているが、そっちも色々あったんだしと立場を慮って向こうの逃げ道を作ってやった。


「そう言っていただけると感謝の言葉もありませんな。しかし、もっと早く御出でになると思いました。本来なら陛下から直々に謁見の形にて礼の言葉を述べられるご予定だったのですが、今現在陛下は不在でございまして……」


 もちろん知っている。それを狙って押しかけたのだし、この侍従長もこちらの事情をある程度把握しているはずだ。でなければ、彼ほどの男があの場に現れるはずがない。適当な侍従に様子を見に行かせれば十分な所を侍従長自身が出向いたのには理由があるはずだ。


「エアフルト子爵領でしたか? 7年も待たせたのですから、一刻も早く女を迎えに行くのは同じ男として理解できます」


「ははは、中々良い耳をお持ちのようで、実に噂どおりの方ですな」


 侍従長の目から一切の油断が消えた。2日前にお忍びで国王が出かけた事はこの国のスカウトギルドも掴んでいない極秘情報だからだ。

 その理由もまた泣かせるもので、国王バイデン3世には幼い頃から将来を約束した女性がいた。もちろん既に正妃は他国から招いているから側妃として迎え入れるつもりなのだろう。

 王族にとって恋愛は難しいものだ。ソフィアなどは邪魔な感情ですと切って捨てているし、俺の知り合いの王女達も物語で楽しむものであって、自分が行う者ではないと割り切っている。


 実際に王族にとって結婚とは他家、他国との繋がりを深めるものであって個人的な感情は二の次だ。むしろ本当に愛している者がいれば政治的なしがらみのない側妃として迎えるべきであって、正妃とはむしろ大事な仕事仲間として丁重に扱ったほうが互いに上手く行く事が多いという。何しろ向こうも王族の定めとして納得して嫁いでいる。過去にいた豪胆な王は問題を起こさないなら愛人を連れてきても構わんと宣言したほどだ。


 本当ならそのように側妃として迎え入れれば良いのだが、この国には巨大な障害が存在した。


 言うまでもなく皇太后がその女性を嫌っていたのだ。


 母親としては総じて息子に甘かった皇太后だが、とにかく同姓の問題には煩かった。正妃は格上のオウカ帝国の8卦衆から迎えただけあって表立っての批判はなかったが、子供の頃から知っているその側妃には強い拒絶反応を示したという。

 終いには刺客を送り込む事さえ厭わない皇太后だったから国王も対応に苦慮したが、愛の成せる業なのか普段は母親に逆らえない息子もこの件だけは従わなかった。

 必ず迎えに行くとその女性に約束をして、長い年月が経っていた。その女性の結婚適齢期は既に過ぎて周囲の目も辛い事になっているだろうから、何を置いても迎えに行くという選択は納得できるものだった。

 一応俺を待っていたのか、皇太后の件が発覚して数日は王城に留まっていたが、俺が中々訪れないので痺れを切らせて先に迎えに行ったのが2日前だ。



「国王陛下が不在時に押しかけたのは謝罪します。しかしそこを押して一つお願いがあり、参上しました」


「ふむ、貴殿が滞在しているマギサ魔道結社は今大変な状況にあると伺っております。そちらの小さな同行者たちもその関係ですかな?」


 やはりこちらの状況もある程度掴んでいたようだ。これについては驚くこともない。


 時間制限のある中で無茶を押し通すためにこの件の隠密性はかなぐり捨てていた。あらゆる経路で素材の有無を当たっているので勘の良い、というかある程度薬剤に詳しい者なら捜している素材から俺達の目的など簡単に予測可能なのだ。特に神樹の皮と古亥の苔を探している段階でエリクシールを作ろうとしていると読まれても不思議はない。

 そのせいで色々と不愉快な問題も起こっているが、今はリエッタ師の生存という大目標の前では大した問題ではない。


「ええ、製薬においても世界一である貴国の王城ならさぞや高性能な調剤道具があるかとおもいまして。不躾ではありますが、時間が残されていない我々には王国の助力を請うほかないのです。どうか調合室をお貸し願いたい」


 俺の要求にセイブル侍従長は驚いたように僅かに目を見開いた。


「陛下よりユウキ殿の願いは聞き届けよと命を受けております。それに賢者リエッタ様は我が国に多大な貢献を為された御方、そのお命をお助けするのに何の理由がありましょうか」


「あ、ありがとうございます!」


 隣のポルカは侍従長の言葉に深く頭を下げている。マールも同様だ。


「なんのなんの。魔法における偉大な功績はもちろん。王都の多くの孤児を救い、自らの子供としてこられたリエッタ様は王国にとっても必要な方です。しかし、調合室をお貸しするだけでよろしいのですかな?」


「もちろんです。こちらの厚かましいお願いを快諾していただき、自分は陛下のお心に深く感謝をしていたとお伝えください」


「そのお言葉、違える事無く陛下にお伝えいたしますぞ」


 その言葉を最後に侍従長は席を立った。俺達に宛がわれる調合室は他の侍従に案内させるそうだ。


 しかしこの爺さん、国王不在の城を任されるだけあって大したものだ。こちらの目的も完全に見透かされていたな。

 だが、それでいい。今回はそれら全部を理解した上で出し抜くから意味があるのだ。



「わあ、すごい! クランにある調合道具とは比べ物にならないや!」


 少し後に訪れた他の侍従から案内された調合室で上級の器具を一目見たポルカは歓声を上げた。俺もセラ先生の店で見た事があるが、これを見てからだとクランにある道具は子供だましにしか見えないほどに違いがあるのだ。

 重さを測る秤があったり、色々な目盛りがついていたりと作業者を助ける機能が満載なのだ。


「ふん、これを最初から用いれば作業者の力量が伸びるはずがないからの。面倒な事は全て器具がやってくれる。その時は楽が出来て良いかもしれんが、この道具なければ何一つ出来ぬ半人前が出来上がるのじゃ」


 目を輝かせるポルカを不満げに見つめるのはいつの間にか転移してきたセラ先生だ。ポルカとマールは現われた先生に驚いていたが、どうせあっさりと転移してくるだろうなと俺は思っていた。


「良いかポルカ。今は危急のときじゃから黙認するが、おぬしのような半人前はまだ基礎をひたすらに繰り返す時期じゃ。薬草の声を聞き、自分の五感で薬を創るのが薬師の本来の姿じゃ。道具は薬師を助けるが、道具がなくては薬が作れぬようでは本末転倒じゃからの」


「は、はい、先生!」


「ユウキ様、いくつかご報告しなければならない事がございます」


 そして当然のように俺達のいる部屋の扉を開けてユウナが入ってきたが、こちらも驚くに値しない。


「後で聞こう。この部屋の”耳”は切ってあるか?」


 俺はユウナに魔導具による盗聴の可能性を尋ねた。


「いえ、敢えてそのままにしてあります」


 放置する事でこちらに疚しい意図がないと証明することも出来るが……


「切れ。既にこっちの思惑は向こうに知れている。筆談や言葉を選んで意思疎通に面倒が出るほうが嫌だ」


「かしこまりました」


 ユウナがこの部屋の設置型魔導具の効果を断っている間、俺はここに来た”本当の目的”を果たすべく窓際に向かった。


 ええと、<マップ>によるとここの窓から何とか見えるはず……あった。


「なんじゃ、やはりこうする算段じゃったか」


「今回は時間がなさすぎましたからね。今も捜してもらってはいますが、確実に手に入る保証なんか何一つないですし」


「ふん、おぬしのお手並み拝見、という所かの」


 どこか面白そうに鼻を鳴らす先生に俺は内心溜息をついた。

 こっちはこれからの事を思うとあまり楽しい未来は見えないんですけどね。


 俺は気持ちを切り替え、二人をこちらに呼び寄せた。


「マール、ポルカ、こっち来い」


「? なんですか?」「何よ、いきなり」


 窓際から外を見る俺に二人は近づいてくる。俺の視線の先に俺達の命運を決定付けるものがあるのだ。


「ここから見て右端だ。遠くに大きな花壇が見えるな? あれはここの魔導院が管理、育てている植物園の一つだ」


「えっと、どれですか?」「はっきりとは見えないんだけど」


 そこまで視力の良くない二人に俺は双眼鏡を貸してやる。すると二人もその花壇が確認できたようだ。


「あ、見えたわ。何か色々育てているみたいね」


「あの花壇の奥のほうに黄色い花が集団で咲いているのが見えるな」


 俺が指で指し示した一角を二人は視認した。まあ、黄色い花はあそこしか咲いていないから間違えるほうが難しいが。


「見えます。あ。あれ? ユウキさん、あれってもしかして!?」




「ああ、あの黄色い花が必要な素材の最後の一つ、吟零草だ。俺達は何とかしてあの厳重に管理された花壇から吟零草を誰にも知られることなく手に入れなくてはならないのさ」



楽しんで頂ければ幸いです。


遅くなってすみません。ワクチン2回目を舐めてました。注意量が散漫になって冗談抜きで全く筆が進まない状態でした。


こんどはもっとはやくしたいものです。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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