魔法の園 32
お待たせしております。
「で、調子はどんなもんだ?」
俺はポルカに尋ねたのだが、その問いに答えたのはセラ先生だった。
「ふん、まだまだじゃ。素材の見極め、温度管理、全てがなっとらん。このままではエリクシールなど夢のまた夢じゃ」
「が、がんばります!」
小煩くポルカを叱るセラ先生だが、彼はめげる様子もみせない。先生がポルカを指導するようになってもう3日経つし、その小言は増える一方でそこらの9歳ならとうの昔に投げ出しているだろう。
ポルカを支えているのは決意などと言う生易しいなものではなく、絶対に母親を助けるという覚悟だった。
寝る間を惜しんで製薬に励もうとするポルカに先生も付きっきりで指導しているのだから、先生がこの子をどう思っているかなど言葉にするまでもない。
俺みたいなのにも指導をくれるのだから、きっとポルカを見捨てないだろうとは思ってたが、想像以上だ。
それにポルカにも先生は才能のない奴には見向きもしない人だと教えているので、その自負が幼い彼を支えている。
「その割には出来上がったポーションは大したものです。これなんてハイポーションと言っても過言じゃ……おい、これってまさか!?」
ポルカの前には目を覆いたくなるような劣悪な品質の薬草があった。こんなの雑草と変わらないだろと皆が口を揃えるような品だ。
彼の前にはその雑草しかないから、まさかこいつを使って出来たのがハイポーションなのか?
「この程度で喜んでなんとする! 目標は伝説のエリクシールじゃぞ! こんなもの、鼻歌交じりに作れて当然じゃ」
いや、先生。いくらなんでも厳しすぎるだろ。雑草からポーションは俺でも可能かもしれないが、ハイポーションは絶対に無理だ。先生は自分にも他人にも厳しすぎるから、この件が終わったら一度普通の薬師がどんなもんなのか見せてやったほうがいいかもな。
ポルカの為にも、自分がどれだけ非常識な事をしているのか理解した方がいいと思う。
これだけでもポルカの<至高調合>がいかに壊れたスキルであり、それを使いこなしているかの証明である。
「厳しいなぁ。もっと優しくてもいいのに」
「時間があればそうしておる。されど時がないのであれば、突貫で仕上げるほかあるまいて。ほれ、次じゃ次!」
「はいっ、先生!」
「いや、ポルカは休憩だ。一刻(時間)休め」
やる気を見せる彼に俺は割って入った。この作業は集中力が命なので、必死で根を詰めても精度は下がるばかりだ。ポルカは作業にのめりこむ性質で職人気質なのだが、彼や俺の持つ<至高調合>をもってしてもエリクシールという神話の産物の最高品質版は容易には作れない。
普通品質を大量生産するならともかく、今回の場合は適度に休憩を周囲が入れて休ませなくてはいけなかった。
「なんと、もう時間か」
「大丈夫です、まだやれます!」
「駄目だ、何度も言わせるな。疲れた頭で極上のポーションは作れないんだ。今はこれでも食って寝ろ、時間が来たら起こす」
「はぁい……」
不満そうなポルカに玲二が焼いた”しゅーくりーむ”とかいう甘い菓子を渡す。本人も疲れを自覚していたのだろうが、少しでも多く経験を積もうと無理をしすぎている事は毎日注意しているので理解している。渋々と従って(甘味には頬を緩ませた)調合室の端に作った簡易寝台に横になった。
短時間でも頭の疲れを取るには睡眠が一番なので必要ならば<睡眠>の魔法だってかけているほどだ。
今回は程なく寝息を立てたので、俺と先生は話し声で起こさないように調合室を出た。
「ポルカの才能は如何ですか、なんて聞かなくても解ってますが、どうです? 間に合いそうですか?」
先生があれほど熱心に指導を行っているのが端的な証明だが、俺は懸念であるポルカの技術について先生に尋ねた。
「先ほど見たハイポーションクラスの品を見たであろう。あの者の才は歴史に燦然と名を残すじゃろう。噂には聞いておったが、<至高調合>なるスキルははっきり言って異常じゃの。あんな拙い手つきなのに必要な作業は決して間違えん。一度覚えた事は決して忘れぬし、吸収も早い。己の手で絶対にリエッタを救うという覚悟がその才を爆発的に開花させておる。エリクシールの作成には非常に繊細な作業が要求されるが、このまま伸びれば問題ないじゃろ。むしろ問題はお主のほうではないか。素材は集まっておるのか?」
「順調であり、難航しています。必要な6つの素材の内、3つは既に確保してます。最初から例の薬草と銀竜の爪を持っていたのは大きいですね。というより、あの二つが手元にあったから思いついたことでもあるんですが」
「ふん、まず絶滅したと思われていたシフの薬草を持っている時点でおかしいからの。それに銀竜の爪など、金を積んで手に入るものでもあるまいて。ワシだって持っておらん、事情を知らねば分けて欲しいくらいじゃ」
向こう側で手にした特殊な薬草と、とある事情で手に入れた銀竜の爪はこっち側ではまず手に入らない。
特に銀竜の爪はほぼ不可能だ。真竜となった銀竜は人語を解し、非常に高い知能を持つ人間なんて路傍の石以下、いや虫けら扱いだ。戦いに挑もうと思うことさえおこがましい。勝負になるのは攻撃能力のあるユニークスキル保持者くらいだろう。ライカもやむなく戦いに巻き込まれ、例の奥義で倒したとか言っていた。しかしあの全てを消し飛ばす消滅弾のせいで貴重な素材は何一つ手に入らなかったとか。
俺はとある事情により銀竜から爪を譲り受けた。その際にある頼み事をされたから、ある意味報酬扱いだ。その頼み事は10年単位の時間が掛かるので今すぐ取り掛かる必要はない。
そして非常に理性的な銀竜との会話を経て俺は最上位ライフポーションを作るのに必須の銀竜の爪を手にしたのだが、その事実を秘密にしている。討伐した訳でもないし、今は長い眠りについている”彼女”を煩わせたくなかった。
この事を知っているのは仲間達と共に出会ったバーニィ、そして面倒をお願いしたセラ先生だけだ。
「いくら先生のお願いでもそれは頷けませんよ。”彼女”との信義に悖ります」
「わかっておる、言ってみただけじゃ。ワシとて自らの髪や爪に薬効があるとしても、おいそれと譲り、使われとうはない。ん、なんじゃその目は」
そう言って先生は自分の豊かな金髪をたくし上げた。
「いえ、別に。いささか調子は狂いますが」
しかしもうこの姿を見て3日経つが、何度見ても違和感が酷い。俺の先生は腰の曲がった皺の深い婆さんだった。その風体はいかにもな魔女で、魔女の弟子という立ち位置に不思議な満足感を覚えていたのも事実である。
しかしこの姿、俺より頭一つ背が低いがほぼ同年代の美少女になっていると、本音を言えば勘弁して欲しい。最初見た時は若作りも大概にしろと喉まででかかったほどだが、どうにも様子がおかしい。
そもそも先生もエルフなので外見に左右されないのは解っていた。古い知り合いだというリエッタ師も20台前半の見かけで、ルーシアと並べば姉妹にしか見えないほどだ。
そして先生の一番長く居るアリア姉弟子が非常に喜んでいる。俺が本気ですかという顔を隠さなかったのに対し、姉弟子は言うなれば晴れがましい顔をしていたのだ。
まるでようやく師匠の本当の姿を見せる事ができたといわんばかりだった。
「まだそんなことを言っておるのか。お主が擬態を変えればいいと言ったのじゃぞ」
変えればというかそれ本体じゃないか。それに言葉遣いや若干性格まで変わってるだろ、と思いかけたがもちろん面倒そうなので言葉には出さない。俺が感じる違和感など今の件の前では些事だ。
「まあそうなんですが。ええと、素材の件ですが、やはり難航しています。昨日お話したとおり、レイアが霊水を汲んで来てくれたので残りは3つです。俺が全ての伝手で頼んでいるので神樹の皮は極上品質がオウカ帝国の宝物殿に、古亥の苔も新大陸の獣王国の獣神殿と関係のある連中が最高級品を持っていると確認が取れました。言い値で買うと申し出ていますから、恐らく質、量共に確保できます」
「ほう、この短時間で確保するとはの。流石と言っておこうかの」
セラ先生が掛け値なしに称賛する顔をした。確かに3日で揃った事は僥倖の極み、俺以外の誰かの日頃の行いがよかったのだろう。おそらくリエッタ師本人の徳だと思われる。
「しかし最後の一つがどうにもなりません。先生もご存知でしょう?」
というか最初から知っていたはずである。若干の恨みをこめて見つめると先生は鼻を鳴らした。
くそ、これまでの婆さんの姿なら不遜さを感じるのに、エルフの美少女だと可愛らしい仕草になっている。美形は得だなと思うと、綺麗所ばかりそろっている俺の仲間たちからその分、面倒も来るからそこまで良いモンじゃないと苦言を呈されたことを思い出した。
「ふん、吟零草の花が最も困難なのは最初から解っていた事じゃろうに。それに解決策だって既に頭の中にあろう。それを採れば良いじゃろうが」
「それは本当に最後の最後の手段ですよ。俺の行為でこのクランに迷惑をかけるのは気が引けます。ですが、吟零草は素材として扱いが難しすぎますね。こんなもの、絶対に市場に流れない」
俺はこの件を始めるにあたり、材料を探しながら各地に残る文献を漁り見識を深めていた。
それを読み解いてゆくと、エリクシールの素材はそれぞれ役割が分かれているのを知る。各種部品を組み合わせて一つの作品を作り上げる印象、といえば解りやすいだろうか。
薬効は薬草と銀竜の爪が担当し、霊水が薬効を液体に馴染ませる役目を持つ。当然鮮度が命だが、俺の<アイテムボックス>に入れていあるので、いつでも採取したての状態だ。
苔が薬効を爆発的に高める触媒の役目だ。こいつはなるべく時間の経ったものが良い。苔といえば緑色をしているが、良い感じにこなれた最高品質は紫色をしているらしい。
神樹の皮は死者を蘇らせる神秘担当だ。俺は眉唾だが、この神秘が上手く対象者に体に入ると何らかの反応を見せるという。その効果はあったりなかったりと文献によって様々だが、それを見た如月は”簡易えーいーでぃー”みたいなものかと一人納得していた。実家が医者の家系らしく、医者の免許を取ってから売れない家具職人の道へ進んだと聞いたが、彼の言葉によると一応納得できる効果らしい。
正直、俺が時を止めているので必要のない効果だとは思うが、神樹の皮自体も強い薬効を持つし、これを入れなかったから失敗したなんてことのないように使うつもりである。
そして最後の一つが吟零草の花だ。こいつが一番重要で、それぞれが強力な効果を持つ素材を結合させてエリクシールという神の薬に昇華させるという。
この吟零草の花だが、文献によると鮮度が命である。俺には<アイテムボックス>があるのでそこは大丈夫なのだが、貴重な素材かつ生育環境が特殊かつ非常に外的環境に弱い植物らしい。
つまりとてつもなく貴重な植物なのだ。いや、貴重などという言葉じゃ正確ではない。まず市場に流れてこない。摘んだら鮮度が落ちるのだから当然ではある。手に入れたいなら手間隙かけて育てている人物か、あるかもしれない群生地を探す所から始める必要があった。
これが保存が可能で誰かが保管していた他の素材とは全く違う点だ。本来ならこの薬を作ろうと思ったら素材を集める準備期間が長時間必要なのだ。
そんな事を思いつきで始めた俺が悪いと言えば悪いのだが、これ以外の方法が見つからないのだから仕方ない。
俺は既に冒険者、スカウト両ギルドに情報収集を依頼していたが、結果は芳しくない。セリカやエドガーさん、そしてこの国で揃えられないものなどないと豪語するシュタイン商会のルーカスさんにも依頼をして、いくらかかっても最高品質の品を手に入れてくれとお願いしている。
そして当然ながら各国の王侯達にも依頼済みだ。凛華が神樹の皮を快く提供してくれたし(もちろん礼はする)、ラナも神殿の総力を上げて苔を探し出してくれた。
魔法学院の友人達にも隠す事無く事情を話し、皆が協力を約してくれた。特にエリザは回復魔法の泰斗というレイルガルド聖王国というお国柄もあり、エリクシールを作ると聞いて上品に身を乗り出していたし、情報に強いフィーリアはリエッタ師の危篤という一大事に驚いていた。
皆の協力でこの二つの入手の目処は経ったが、まだ手に入るならいくらでも金を出すと伝えているので捜索は続けてもらっている。
その理由は製薬における不文律にある。
俺もかつてポーション作りの際に気付いたのだが、巨大な大鍋で大量に製薬を行うと、品質が偏るのだ。
具体的には、熱を加えると薬効が上部に固まるのだ。通常は均一な製品を作るために撹拌するが、最高の品質を求めるならその上澄みが残るように作る事もできる。
俺達がリエッタ師に使おうと目論んでいるのはその上澄みだ。最高品質のエリクシールの更に上澄み、これ以上ないほどの超最高級品を今にも天に召されようとしている彼女にぶつけるのだ。
そのためにはより多くの素材を集める必要がある。ポルカの<至高調合>はレベル8であり、普通に作るより量が倍近く増えるという意味不明な効果もついてくるが、多ければ多いほど良いのは確かなので時間の許す限り集め続けるつもりである。
「ワシも吟零草を育てたことはないからの。育て方は知っておるが、アレは手間が掛かりすぎる。アリアに面倒を見させたら一日中かかりきりになりかねん」
言葉の端々に姉弟子に対する溺愛ぶりが伝わってくるが、その言葉自体は事実だ。今は吟零草の花そのものより植物を育てている著名人を中心に当たっているが、いまだ朗報はない。
今回の件での一番の無茶は、時間の少なさである。リエッタ師に突き立っているクロノブレイドの効果が切れる前にエリクシールを作成しなくては意味がないからだ。
死者さえ蘇るエリクシールという触れ込みの品だが、掻き集めた文献を読み漁る内、俺の嫌な予感は当たってしまった。
実在するだけあって各国にはかなりの数の文献が残っていた。いついつどこどこで伝説の秘薬を作成、必要な材料は~、と書いてあるのだが。
それを使って誰かが生き返ったという記述は一つもなかった。
もし生き返ったら、そう記述するはずだ。歴史に残すべき偉業であり、隠す理由がない。
つまり、生き返る薬だとは思わないほうがいい。神樹の枝の効果も必ず発揮されるとは限らないとその意味を知る如月も言っていた。
つまり、時を止めて時間を稼いだ俺の行動は結果的に正しかった訳だ。
ラルフやルーシアも母親に問答無用で魔導具のナイフを突き立てた行為に内心憤っていたと思うが、礼の言葉を口にしたほどだ。
そういう訳で、何としても魔導具の効果がある内にエリクシールを完成させる必要があった。
死者を蘇らせる事が出来なくても、エクスポーションなどとは比較ならない薬効があるのは確かだし、死者には意味がなくとも死を待つだけの重篤な患者が元気になるなら世界中の権力者から引く手数多な回復薬だろう。
何しろ世界にはその状態の患者を癒す<オールヒール>や<エクストラキュア>の使い手は俺達以外に存在しない。
もし居たらオウカ皇帝の彩香の両親の命の危機に呼ばれているだろうから、これは間違いのない事だ。
その時間制限が今回の素材探索の1番の強敵だった。素材を取り寄せる時間や、有無の確認に要する時間がないのだ。
エドガーさん達に金に糸目をつけなくていいとは伝えているが、いくら最高の状態で保管されている素材でも間に合わなくては意味が無いので、5日以内に手に入るという条件付きにしている。
俺達に残された時間はあと5日だ。これは魔導具の魔力消費から導き出した数字である。かなり余裕をみた数字ではあるが、ギリギリまで待ってもし手違いでも起きたら全ておしまいなのでこの数字だ。
「他国にも吟零草が生育する環境が有るかもしれません。希望は捨てずに探しますよ」
「そのような悠長な事を言っておる場合かの? 断言しても良いが、この国以外で吟零草が育つ環境はないと思ったほうがよい」
ああ、やはりそうなのか。魔法関する最適なものが揃っているから魔法王国と呼ばれるんだろうな、と俺は半ば諦めの気持ちを抱いた。
「ふむ、だがお主のことじゃ。打つべき手は打っておるのじゃろう?」
「あまり褒められたものではないですがね。これは本当に最後の手段なので採りたくないんですが、一応手は回しています」
もうそれしかない気もするが、この場合だと周囲にかける迷惑が大き過ぎる。既に方方に色々お願いしているが、それに輪をかけて大問題になるのが確定な方法なのだ。
因みに、その考えを知った玲二はユウキならいつもの事じゃん、と笑ってみせた。俺そんなに迷惑を振りまいているかな? これでも他人に迷惑かけるの好きじゃないし、大人しくやってる方だと思うんだが。
「ここまで大事にしたんじゃ、今更遠慮してどうする。ワシをここまで巻き込んでおいて言う言葉か」
いや、先生はむしろノリノリて関わって来たような気が……いや、何でもないです。
「お言葉ごもっともなんですがね……」
あの方法は迷惑とかいう次元じゃないんだよな、と内心で思うが、館の中を歩いていた俺達の先には先生の言葉を裏付けるような光景が広がっていた。
「列に並んでくださーい! 横入りは厳禁です!」
「薬草の種別毎に分けていますので、それぞれの品の列に並んでもらいます!」
「ポーションは沢山ありますから、慌てる必要はありませんよ!」
複数あるクランハウスの一つを薬草の買い取り所にしたのだが、そこには長蛇の列が出来ており、今回の件で大いに協力してくれたギルド職員たちかその仕切りを行っていたのだ。
「あ、ユウキさん、お疲れ様です。今日も大盛況ですよ。国中から高品質の薬草が集まって来ています」
「ギルドには世話になってる。クランが基本何でも出来るとはいえ、本職には敵わないからな」
職員を指揮していた受付嬢のミズキが俺たちを見つけて話しかけてきた。
大量の薬草を選別して状態を確かめていたギルド職員達の動きは澱みなく、確かな自信に裏打ちされている。彼等の助力無しにこうまで順調に薬草は集められなかっただろう。
そしてポルカが何度も練習を繰り返す事ができたおかげで大量のエクスポーション並の高品質品が出来上がり、それを大幅に希釈することによって、報酬のポーションを賄っている。
はっきり言って薬草一束につきポーション3本はやり過ぎた。どれくらいやりすぎかと言うと、手に入れたポーション3本を売ればものがいいので大銀貨5枚相当の価値になる。消耗品のポーション類は大量に卸しても値崩れし難い特徴があるからきっと大差ない額だろう。
薬草一束はどれだけ高品質でもよくて銀貨3枚だろう。
そりゃ誰もが殺到する。並んでいる者の中にはどう見ても商人だろうと思える奴もいる。商売の種にするんだろうし、それを止める気もない。
何しろ3本出しても余るほどなのだ。一気作れば作るほどスキルの増量効果は増すし、本番もそうやって作るから練習にもなるので大鍋(大体1000本分)で毎回作っているから既に余りまくっている。
「いえ、私達もリエッタ様似は何かとお世話になっています。あの方の危機なら誰もが駆け付けますよ。それにグランドマスターからの厳命もありますから、ギルドの総力を上げて対応させていただきます」
色々と俺にやらかしてくれるギルド総本部にも動いてもらった。グランドマスターに事情を話すと助力に快諾をしてくれた。なんでも昔リエッタ師には並々ならぬ借りがあるとか。
やはりセラ先生と似たような事を各地でしているようだ。長命種だけあって活躍も人脈も凄まじいものがある。
「向こうの部屋に色々おいておくから、各自交代して休憩してくれ」
俺の言葉に聞き耳を立てていた職員たちから歓声があがり、並んでいた者たちを戸惑わせる。クラン出向するにあたり、人選は難航を極めたという。
王都は魔力が少ないから薬草の育つ環境になく、鑑定も一苦労なんだろうな、と俺は勝手に想像していたが、実際はそんな大層な理由ではなかった。
俺がギルドに賄賂を贈りまくる奴だということは前の買い取りで判明しており、今回は俺の依頼だからと美味しい思いができると思った職員たちが殺到したのだ。
働いてくれた奴にはちゃんと報いるから間違いじゃないが、そんな理由かよ、と思ったのも事実である。
そして俺達も一息入れるべく、奥の部屋に向かう。そこはポルカが作ったポーションを瓶詰めする作業場になっていた。
「おう、みんなお疲れさん、切りのいい所で休憩してくれ」
俺は部屋に入るなり、先ほどポルカに渡した甘味が入った篭を揺らして見せた。
ポーションを瓶詰めする作業は慣れれば簡単なので、クランで仕事を請け負っていない子供達に宛がわれていた。これもれっきとした仕事なのでそれなりの現金報酬を用意しており、子供たちの貴重なお小遣いになる。
もちろん数が膨大なので、子供達だけがいる訳ではない。ここには姉弟子やリーナとエレーナ、そしてレイアも来ている。更にはクランメンバーもいるし、周囲の民家から人を雇って人海戦術で対応している。他所から呼ばれた者たちは、とてもポルカ一人が作り出したポーションを瓶詰めしているは思わないだろう。
地味に一番苦労したのは瓶の用意である。最近、船旅など暇な時間が多かったので分身体の特訓をしており、ロキの分身体と合わせてダンジョン低層で動かしつつ稼ぐ事を始めたのだ。
分身体に出来る事は限られている。当然走り回ってダンジョン攻略するわけもないので、一箇所に留まって範囲魔法を唱えて寄ってくる敵を倒し、ロキに回収させる方法だ。特訓が主なので稼ぎは微々たるものだ。油断して分身体が撃破されてしまう事も多々あるが、ある程度纏まったドロップアイテムを稼げることもある。最近ギルドに出した触媒も多くはそうやって稼いだのだが、ポーションを入れる瓶が足りなくて蜂蜜狩りを久々に行ったくらいだ。手に入れた蜂蜜は皆に配って喜ばれ、その瓶を有効活用(というかこっちが本命)し、俺は特訓も出来るという一石三鳥の出来事だった。
「あ、セラおねえちゃんだ!」「おねえちゃんみっけ!」「わーい!」
「こ、これお前たち! ええい、纏わりつくでない!」
セラ先生は子供達に大人気である。その姿を見てアリアはとても嬉しそうな顔をしている。俺が弟子になった時は敵意むき出しだったのだが、ポルカの時は慈愛溢れる姉弟子として接している。俺と随分違うと感じたが、姉弟子は俺と同じく魔法の弟子であり、ポルカは薬学の弟子で分野が違うからだとか何とか。単純にポルカに対しては姉貴風を吹かせられるからではないかと俺は思っているし、ポルカの方も単純に姉弟子を尊敬の視線で見ているので、俺とはあまりに違いすぎた。
そして先生が大人気なのは子供たちだけではなかった。このクランの皆がそうなのである。
ポルカに指導するに当たり、俺は先生をどう紹介するか悩んでいた。いきなり凄腕の薬師を呼んだので彼に修業させると言っても信用されまい。更に先生は小娘の姿でやって来たからだ、
そう思っていたのだが、先生はクランの皆に大歓迎を受けた。それも本人が戸惑ってしまうほどの大歓迎である。
その答えは、クランの図書室にあった。そこにはリエッタ師が子供達向けに書いた絵本の数々があり、彼女の子供達は誰もがそれを読み聞かされて育ってきたという。
リエッタ師はその長い時間の中で多くの絵本を作ってきた。そういうものを作るのが趣味な人らしい。
その中で子供達が読み聞かせをねだる不動の人気作品がある。
それは8人の冒険者による世界を股に掛けた大冒険のおはなしだ。
どうやらリエッタ師が過去に行った冒険を絵本にしたらしい。ドワーフの大盾使いは幾度となく一行の危機を救い、エルフの弓術士から放たれる一発必中の矢は多くの難敵を倒した。獣人と人間の戦士の一撃は苦難の道を切り開き、僧侶の姉妹は女神のような慈愛で多くの傷ついた人々を救う。そしてリエッタ師は得意の付与魔術で縦横無尽の活躍だ。本人はあまり自身の活躍を書かない人だったようで、仲間の引き立て役に回っている印象だが、それらを差し引いても別格の大活躍をする人がいた。
それがエルフの大魔法使いである。時には大地を覆いつくすかのような魔物の大軍勢を一発の魔法で吹き飛ばし、また時には悪い竜を必殺の一撃で懲らしめる。
その大いなる魔法使いの名はグラン・セラという。
他にも凍りついた土地を太陽の魔法で溶かしたりととにかく派手で爽快に描かれているが……確かにセラ先生ならできそうな感じはする。
そしてなにより、年若い姿で現われた先生の姿は、絵本に描かれた姿だったのだ。豊かな腰まで金髪を靡かせた偉そうな言葉遣いのエルフの美少女は子供用の絵本らしく、それなりに簡略化していたが子供の頃から親しんだクランの皆は母親の危機に颯爽と現れた昔の仲間の登場にまさに天の助けだと有り難がった。
当の本人はその絵本を見て大層狼狽していた。自分達の冒険が絵本になっているとは思いもしなかったらしい。これを見たユウナがこれは名案と俺を基にした絵本を作ろうとしたので必死に止める羽目になった。
「マール。これから何か予定はあるか?」
俺は休憩しているマールに声をかけた。今の彼女はホテルで眠りについているリエッタ師を見守りつつ、ここに顔を出す日々を送っている。
「特にないけれど、何かするつもりなの」
怪訝な顔をする彼女に、最近俺の行動を読まれつつあるなと内心苦笑した。
「そろそろ製薬も次の段階に進みたいと思ってな。今ポルカが使っている調合器具は初心者用なんだ。エリクシールを作る際は器具も最高のもので作りたいからな、場所を移動したいんだが君もついてきて欲しいんだ」
俺の言葉にマールは驚いて見せた。
「それはいいけれど……あれって初心者用だったんだ」
それでこんな品質のポーションを作っていたのねと感心するマールだが、俺の反対側に座る先生は不満顔だ。
「ワシは反対じゃ。今のあやつはあの器具で製薬を行うから腕が上がるのじゃぞ。容易に器具に頼るようでは本番で失敗しかねん」
「俺ももう少し時間があればじっくり練習させてやりたいんですがね、あそこまで習熟しているなら次の段階に進むべきでしょう」
俺の言葉に先生は一度楽を覚えるとあやつの目覚しい成長が鈍化すると嫌がっていたが、時間がないのは確かなのでそれ以上の反論はなかった。
「で、でもそんな高性能な器具があるの? これでもクランの機材は自慢なのよとお母様が言っていたのだけど……」
「初心者用ってのは言葉が悪かったな。大抵の薬師はあの機材を使ってるよ、俺も前にポーションを作ったのは同じものだったし。だが、すぐ近くにもっと高性能なものがあるんだ。折角作るんなら成功率を上げたいからな」
「それはそうね。ここまで準備して道具のせいで失敗するのは悔やんでも悔やみきれないし。最善を尽くすべきだと思う。でも、そんな凄いものが本当に近くにあるの? だったら噂になってもおかしくないとおもうけど……」
どこか信じられない顔をするマールに俺は自信たっぷりに頷いた。マールには絶対に来て欲しい、もし最後の手段を取るほかないのなら、最後の鍵を握っているのはポルカではなく彼女なのだ。
「ああ、すぐ近くさ。ここから歩いていける距離にある。ポルカは今寝てるが、起きたら一緒に向かおうぜ」
そう言って俺は開いている木窓からそこを指差した。何しろ大きいので窓からでも見えるのだ。いや、この王都であの姿を見えない場所などないと言っていい。
「は? ええっ、ちょっと、嘘でしょ。あそこは……いくらなんでも無茶よ」
「マール、気を強く持って。諦めなさい、こいつが動き出したら大体いつもこんな感じよ」
姉弟子が俺を非難するような視線を向けてくる。失礼な、まるで俺が毎回滅茶苦茶するみたいじゃないか……今回はまだそうと決まったわけじゃないぞ。多分。
「何の問題もない。伝手があるからすぐに入れるだろうし、こっちの要望も間違いなく通るから何の心配も要らない。だが、多分事が終わるまで出て来れないからリエッタ師の顔を見てきたほうがいいな」
「……私が、必要なのね」
「絶対に必要だ。ポルカの為にも」
準備してくる、と席を立ったマールを見送ると、周囲から視線を感じた。マールに何をさせるつもりだと言葉にせずとも言いたい事は解る。
「危ない事はさせない。それは約束する」
視線の主を代表して姉弟子が口を開いた。
「これまでの付き合いでそれは解ってるけど……本当に大丈夫なの?」
「遅かれ早かれいずれは向かうべき場所だったしな。あそこの主には言いたい事もある。色々片付ける絶好の機会だと思うことにするさ」
そう告げて俺はその場所を見上げた。そこはこの王都で最も大きく壮麗で、そして一番の高層建造物だ。
その姿は誰もが畏怖と誇らしさを抱いて見あげる勇壮な佇まいだ。異国人の俺でさえそう思う。
出来れば一生縁の無い場所であって欲しかったが、今回はそうも言っていられないようだ。
だが門前払いを食う心配だけはない。強力無比な伝手があるからだ。
何せ俺の妹があそこで姫様やっているからな。
こうして俺はマールとポルカを連れてライカール王城、デア・グロッセへ向かうことになるのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
順調に遅れています。(アホ)
実はこの話まで前話のつもりだったのです。
話は佳境なのでこの章はあと10話程度だと思いますが、どうなることやらです。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




