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魔法の園 27

お待たせしております。




「前方に4、右から3来てるぞ」


 俺の警戒の叫びから数微(秒)後、草むらの中から獰猛な唸り声と共に灰色の体毛をした狼が姿を現した。その全てが立派な体格をした成体で、こちらを引き裂かんと牙を向いてきた。


「やれやれ、忙しいわね」


 俺の前方でアッシュウルフを迎え撃ったエレーナはその指に嵌められた指輪型の発動体を起動し、長針のような火魔法を放つ。3本の長針は吸い込まれるように大口を開けて迫る狼の口蓋に突っ込み、一撃で絶命せしめた。


「集中して、冷静に……」


 エレーナのすぐ後ろで魔法詠唱していた姉弟子のアリアが前方の最後の一匹を落ち着いて仕留めた。エレーナがいればこの程度の雑魚は危なげなく対応できると分かっていたので心配はしていない。

 それより俺が注意を払っているのは俺の隣にいるマールだ。彼女たちは右から来る狼三匹を担当している。


「こっちは後5微(秒)で接敵な」


 本当は時間差で襲い掛かるはずだった狼たちだったが、先手勢が一瞬で潰されて予定が狂っている。その証拠に本来は音を殺して忍び寄るはずの生粋の狩人である狼が吠えながら接近してきた。


「わ、解ったわ!」


「落ち着いてやれよ、お前の力が奴等に通用するともう解っているはずだ」


「おねえちゃん、かんばって!」


 俺の側にいるポルカが姉に声援を送る中、吠え声と共に3匹の狼が姿を現した。そいつらは凄まじい勢いでこちらに接近し、その牙でこちらの喉笛を噛み千切らんと迫り……


 そのまま森の樹木に頭から激突した。


 全力で体重の乗った攻撃を仕掛けようとした分、その反動も凄まじいはずだ。情けない悲鳴を上げながらのたうちまわる一頭の狼を尻目に、他の二頭はあさっての方向に必殺の一撃を放ってあえなく空を切っている。


「おお、何度見ても凄い魔法だ。ユウキがあれほどに太鼓判を押すのも頷けるというものだ」


 狼たちはマールの認識阻害の魔法を受けて3匹全てが無意味な行動をし続けている。きっと狼たちの中では俺達を何度も噛み殺しているはずなんだろうが、こちらから見れば誰もいない場所に噛み付いたり爪を振るったりと、はっきり言って隙だらけだ。

 俺達の側を担当しているリーナの魔法によって攻撃練習を繰り返す狼たちは倒されていった。



「マール、貴方本当に私達のパーティーに入らない? こんな凄い魔法を使えると知ったら周りが放っておかないんだから」


「えっと、ありがとうございます……でもわたし魔法はこれしか使えないんですけど……」


 エレーナが今日何度目かになる勧誘をマールに行っている。既にこの森に入って一刻(時間)ほど経過しているが、戦闘をこなす度に彼女たちのマールへの評価は上がるばかりだ。

 しかしマール本人は自分の魔法をこんなにも褒められた事が無かったようで、萎縮してしまっている。


「何言ってるの。魔法攻撃の手段なんて最悪あそこのユウキから宝珠やスクロールを好きなだけ貰えばいいのよ。でも、貴方の魔法は誰にも真似できないの、それだけでマールは特別なの。貴女も冒険者をするなら自分の価値をちゃんと理解しないといけないわ」


「うむ、そうだぞ。私も魔法の腕には自信があったが、マールの魔法は驚いたぞ。ユウキがよく言う強さの”質が違う”という奴だな。いつ自分の認識が阻害されたのか全く気付かなかった。その状態で戦闘を行えば()()()()のは当然だ」


 この森に入る前、エレーナたち3人はあらかじめマールの魔法を受けて、どのような効果があるか理解してもらった。事前の情報を得ていた彼女たちもいつ魔法を受けたのか把握できないほど自然かつ巧妙に認識をズラされていた。そんな中で戦闘を行えば先ほどのように敵が謎の踊りを披露する事になる。こちらから見れば隙だらけかつ、一方的に攻撃出来る状況が出来上がっている。


「それにその魔法、さっきからもう十数回は使っているようだけど、全く疲れていないみたい。それに視界に入った対象なら何体でも効果を及ぼせるようね。破格の性能だわ、不要なら私に譲って欲しいくらいよ」


 エレーナとリーナ、そしてアリア姉弟子が揃ってマールの魔法を褒め称える。その姿を見て本人よりも弟のポルカが一番嬉しそうにしていた。


「あ、ありがとうございます……でもクランじゃ攻撃に使えない魔法は評価されませんから」


 どこか諦めたような顔で告げたマールにエレーナは天を仰いだ。


「これだからマギサ魔道結社は。思想が攻撃偏重過ぎるのよね、そうやって7大クランの中でも影響力を増したのは事実なんだろうけれど、偏りすぎよ。魔法の可能性を自分達で潰しているわ、貴方のような才能を見逃すなんて何を……っと、ごめんなさい、貴方の実家を非難する気はないの」


「いえ、事実ですから。あの”紅眼”のエレーナさんに気を遣っていただいて嬉しいです。一生の自慢にします」


「っ! こ、これ使いなさい! これがあれば攻撃魔法を簡単なフレーズで起動出来るわ。貴方の魔法を発動しながら攻撃魔法を撃てば誰だって勝てないわ」


 マールの健気な言葉に感極まったらしいエレーナは自分の指に嵌まっていた指輪型の魔導具をマールの指に嵌めてしまった。なんだかんだ言ってエレーナも相当にお人好しだ。全てが自己責任の冒険者とはいえ、他者との助け合いがなければ長生きできない。冷酷で計算高い者より、お人好しな方が大成する側面もあるのだろう。事実、今の行動にマールは人目で解るほど感動している。


「そんな! こんな素晴らしい魔導具、戴けません!」


「いいのよ。どうせあいつから貰ったものだし、私は新しい物を貰うから気にしないで」


 指を指された当の”あいつ”こと俺はエレーナの傍若無人な言葉に溜息をついた。エレーナといい姉弟子といいここにいる面子はどうにも俺への扱いが雑だな。俺に要求すれば何でも出すと思ってやがる。

 しかし、俺がそこまで不快に思っていないというのはやはり二人の人徳が成せる業なんだろうか。


「どうせならマールには改良型をくれてやるよ。エレーナが持っているのは初期型で4属性の宝珠が組み込まれた品だが、改良型は6属性に増えていてな……」


 俺が<アイテムボックス>から取り出した天才細工師のロッテ嬢が生み出した世紀の大傑作を手に取ると、凄まじい勢いでエレーナが奪い取った。おいこら。


「なによそれ! 私聞いてないんだけど! って、地水火風の他に何の属性が入っているのよ? 何この宝珠の色?」


「聞いておどろけ。なんと守護魔法と回復魔法だ。特に回復魔法はハイヒールが突っ込んであるぞ。これさえあればどんな状況にも対応できるって言う超逸品だ」


 俺の話を聞くや否や、エレーナは実際にその二つの魔法を起動させた。あ、無駄打ちしやがって、どうせ俺にまた籠めさせればいいやと思ってやがるな? まあやるんだろうけど。


「すごい……携帯品で回復魔法が使えるっていうの。これがあれば世界がひっくり返るわよってもうあんたにはこの台詞を何度言ったことか」


「それはマールにくれてやる予定なんだが……」


「わ、私はエレーナさんに頂いたこれが良いです! あんたね、そんな凄いもの受け取れないわよ!」


 こうして新型の指輪型魔導具はエレーナの指に収まる事になった。そしてそれを見た暴君がもう一人いた。


「ねえ、私とリーナには? 貰った記憶がないんだけど」


「渡したわけじゃない。今のだって見ただろ、俺から問答無用で奪っていったんだよ。二人に渡してもいいが、姉弟子は今はこんなもんに頼らずにひたすら魔法を撃ちまくって慣れる時期だし、リーナに至っては使うのかこれ?」


「うーむ。エレーナの魔法を見ると、私の普段の魔法と大差ないな。だが、もらえるものは貰っておく主義だぞ私は」


 そうなるとなんで私だけ貰っていないんだと姉弟子が騒ぎ出すのが火を見るより明らかだ。新型は細工師として異常に忙しい(宝石加工の予約が3年分溜まっているそうだ。あの腕を見れば世界中から依頼が殺到するのも当然だが)ロッテ嬢が現実逃避的に作った戯れの品なので数はあと二つしかない。ある意味で丁度いいから厳重に口止めして渡すことにした。他の誰かが欲しいと言い出してももう作れないからな。


 しかし、何故エレーナ以外はどいつもこいつも指輪を左の薬指に嵌めたがるのだろうか。




「マール。そいつは魔法を籠めておく必要がある。さっきエレーナが使って減ってるだろうから補充しておくぞ」


「うん、ありがとう……こんな凄いもの貰っていいのかな。私何も返せないわよ」


「それは渡したエレーナに言えよ。俺は今の時点でお前に何か渡す気はなかった。少なくとも今日は殺意を持って向かってくる相手に確実に魔法を当てることだけ考えろ。そいつで攻撃するのは慣れてからでいい。攻撃に気を取られて阻害魔法が疎かになっちゃ意味がないからな」


「解ってるわ。この依頼が私の為だって事は」


「アッシュウルフの討伐って単純な依頼じゃもうなくなってるけどね」


「そりゃ仕方ないさ。何しろ依頼されてから二年も経ってるんだ。本来なら依頼された当初とどれだけ変化があるのかの調査から入るべき依頼だ。つくづく金貨2枚の依頼じゃない。お、新手だ。前後に挟まれた。それぞれ5頭!」


「まったく、敵が3集団もいてそれぞれが縄張り争いしているなんて状況、そうそうないわよ!」


 早速飛び掛ってきたアッシュ、いや白い個体にエレーナの魔法が炸裂する。流石は熟練者だけあって想定外の敵にも動揺する事無く対処してのけた。俺の<マップ>じゃ敵の位置は解るが、対象までは詳しく解らないが欠点といえば欠点だな。


「シルバーウルフ! 上位種よ、まさかこんな場所で出くわすなんてね」


「シルバーウルフの毛皮って高く買取してくれるはずですよね」


「ああ、思わぬ臨時収入になりそうだ」


 隣のポルカが興奮した声で俺に尋ねた。彼はクランにある様々な図鑑を眺めるのが趣味で色々詳しかった。これまで倒したアッシュウルフ38頭は全て俺のマジックバック(死体専用)に突っ込んであるが、こいつ1頭で15頭分の価値があるという。


「姉弟子、リーナ。魔法の選択に気をつけろ。冒険者ってのは獲物を換金するまでが仕事だ、ただ倒すだけなら簡単だが、ボロボロじゃ買い取ってくれないぞ」


「言われなくても解ってる!」「任せてもらおう!」


 二人は風魔法を操って危なげなく倒している。これが近接武器だったらかなりの危険を伴うだろう。やはり武器は飛び道具に限る。相手が攻撃できない遠距離から一方的に叩くのが最強だ。


「エレーナさんは当然としても、アリアさんもリーナさんもすごいです! クランの幹部の皆にも負けない実力者です」


「リーナはともかく、姉弟子はまだまだだけどな。場数をもっと踏まないと駄目だ。いつ敵が現われるか教えてやってるのに敵を恐れて反応が遅れてる。だがこれは仕方ない、まだ冒険者初めて20日も経ってないんだから、よくやってるほうだ」


「うそ、冒険者になりたてであの魔法を使えるほうが異常だと思う」


 またもや狼どもを混乱させながらマールが唖然としている。彼女の魔法は使用中にも会話が出来るほど負担が少ない。普通魔法の行使中は極度に集中して会話など不可能だから、やはり凄まじい魔法だった。


「ランクが実力を測る基準じゃないってことさ」


「目の前にちょうどその極致がいるしね。何でその実力でDランクなのよ」


「Cランクになると強制依頼があるだろ。それが面倒なんだよ。ダンジョンしか行かないからこうやって依頼を受けるのも稀だし、何せ半年くらいずっとFランクだったぞ」


「あ。そういうの聞いたことがある。ダンジョン攻略者あるあるって奴ね」


「増援だ、数が多いぞ、前方と左手から10と5、後方は俺に任せろ」



 その後の増援も含めて合計27匹のシルバーウルフを倒して回収したあと、俺達は休憩を入れる事にした。


 ある程度開けた場所に腰を下ろし、周囲に気取られない程度の<結界>を張る。リーナとエレーナは気付いたようだが、俺に何も言う事はなかった。

 ある程度移動したとはいえ俺達が倒した敵の血が周囲の動物を呼びかねないので<結界>を張らないと落ち着いて休憩できないからだ。



「これであと何匹よ? もう既に当初の依頼とはかけ離れているわ。アッシュウルフの群れの討伐どころじゃなくなっているし」


 この森は多くの命を生み出す泉となっており、俺達はシルバーウルフの他にも多くの動物を倒してきている。<アイテムボックス>には獲物を解体する便利機能もあるので既に血抜きも解体も済んでいる。肉はクランの連中の土産にしてもいいだろう。

 ランヌの王都も同じだが、人が多すぎる都市は需要に供給が追いついておらず物価が高い。昨日俺が振舞った肉(オーク肉だが)など偶の贅沢らしいからきっと喜ぶだろう。



「あと狼だけで言えば73匹だな。その他にも猪やら鹿やらが結構いるが、狩人が狼を恐れて立ち入らなくなっただけあって野生動物の楽園と化しているな」


 俺の言葉にエレーナたちは溜息をついた。これまで既に50匹以上倒しているが、まだまだ数は多いと聞いてやる気が萎えているのだ。


「まだそんなにいるの? やってられないわね。エレーナの魔法でまとめて殲滅した方が早いんじゃないの?」


 エレーナが得意とするのは広域大規模魔法だ。魔法使いの正統派ともいえるが、このような森だと相性は最悪だ。環境破壊を辞さないのなら丸ごと吹き飛ばせるが、森というものは周囲の村に恵みをもたらす存在でもある。今は不可能でもかつては狩人や薬草採取のために多くの者が生計を立てていたはずだ。

 二つ名持ちの実力者である彼女ならこの広大な森を焼き払う事も可能だろうが、その結果を持ち帰って依頼達成だと公言しようものなら即座にAランクから落とされるだろう。


「無茶言うなって。だが分布としてはそれぞれの集団に固まっているから、そんなに時間はかからないだろ。血の匂いで寄って来た奴等はほぼ殲滅したし、これはこの森の狼を一匹残らず殲滅する依頼じゃない。後は残りの集団を叩けば終わりでいいだろ。今の時間が昼の2時だから……その後で色々やっても夕方までには王都に戻れるぞ」


「ムチャクチャ言ってるわ。馬車で2日掛かる距離の移動を一刻(時間)と少しで終わらせたり、100頭以上の魔物を相手にあっさり終わらせようとしてるし。これが”(シュトルム)”なのね、噂通りだわ」


「ああ、伝わってる噂は全部嘘だからな、信じるなよ」


「えっ、Sランク冒険者のライカ。センジュインを弟子にしたっていうすごい話も嘘なんですか」


 ポルカがきらきらした目でこちらを見てくる。ううっ、なんとも否定しづらい。周囲を見ると事情を知るエレーナたちは俺を見てにやにやしている。意地の悪い奴等だ。


「まあ良くある一人歩きする噂だよ。Sランク冒険者なんてそう出会えるもんじゃないしな」


「でも僕たちはアリシアさんには会えましたよ。お母さんに会いに来て会えずじまいでしたけど」


 そういえばあの女は長いことライカールに出張っていたんだっけな。そういえば20層ボスにパーティを壊滅させられた後の話は聞いていないな。俺が新大陸やら船旅やらでまともにウィスカのギルドに顔を出していないから仕方ないとも言えるが。


「ねえユウキ。お菓子もう一つ頂戴、皆も欲しいでしょう?」


 休憩中なのでそれぞれの手には軽食というか菓子と暖かい飲み物がある。火を起こさずして湯気の立つのみのもが何時でも飲める<アイテムボックス>は夜営でも便利である。

 いくら安全に遠距離から攻撃をしているとはいえ命をかけた戦いを繰り返せば精神を消耗する。甘味はその回復に大いに役立つから惜しむ気はないが、姉弟子はそのクッキー何枚目だっけ?


「姉弟子の体力はどんなもんだ? へばったら背負ってやるから遠慮するなよ」


「だ、誰がそんなみっともないことするもんですか!」


「無理するな、これまで引き篭もりだった姉弟子にはこの探索はキツいはずだ。無理な時は無理と言うのも新米の仕事だぞ。大事な時に倒れるほうがよほど困る」


「わ、解ってるわよ。危ない時はちゃんと言うから、弟弟子の癖に子供扱いしないでよね!」


「へいへい」


 そう言い返す声にまだ力があった。エレーナもリーダーとして仲間の体調には気を配っているから口を挟む必要はないかと思ったが、アリアも結構意地っ張りで他人に弱いところを見せたくないだろうから、こちらから口にする必要を感じたまでだ。



「でもユウキのお陰でとてもやりやすいわ。森を探索するとどうしても待ち伏せを警戒しないといけないけど、あんたが全部見抜いちゃうし、こんなに安全に進めるのは初めてよ」


「あれ? クロイス卿も似たようなことしていたはずだろ? 俺にできる事は彼にもできるし」


 クロイス卿の固有(パーソナル)スキル”天眼”は言ってみれば<マップ>スキルの下位互換だ。俺の<マップ>は徹底的にポイントをつぎ込んで改造してあるから色々機能が追加されている特別版だが、素の<マップ>スキルでも十分すぎるほどの役立つ。

 彼が得た多くの名声が大規模クエスト(10を超えるパーティーが合同で参加する依頼だ)での指揮だというから、”天眼”を活用したに違いない。


「あいつは自分も剣を手に最前線に突っ込む奴だから、三人でやっていた頃は指示を出すような感じではなかったわ」


 ああ、そういえば彼も指揮官は性に合わないと酒の席で零していたな。結局は自分以外に誰も出来ないから仕方なくやらされていたとか何とか。


「後アイツの話はしないで。折角のお菓子が不味くなるから」


 と、エレーナはこの件が終わったら向かわなくてはならないクロイス卿の領地訪問のやる気を削ぐことを言ってくるのだった。クロイス卿、本当に何とかしてくれ。何故俺があんたの女の機嫌を取らなくてはいけないんだ。



「じゃあ終わらせるか。こっちから西に進めば順にそれぞれの巣穴がある。一つづつ潰していくが、逃げ散った奴は追わなくてもいいぞ。これまで大分狩って来てるし後は間引くだけでも十分なはずだ」


 この森で狩猟者の立場にある狼を狩りつくしてしまうと生態系が壊れてしまい、それは新たな外敵を呼び込む一因にになりかねない。この依頼は増えすぎた狼を減らすのが目的であって根絶やしにしろとは書かれていない。依頼達成の為に集団の頭を始末する事は必要だろうが、皆殺しにする必要はない。


 俺達は風下に立っているし、セラ先生特製の臭い消しも身につけているので不意をうてる筈だ。事実として<マップ>上の狼たちは俺達の接近に感づいて警戒する様子もない。こりゃ楽勝だな。



 この巣穴は黒狼と呼ばれるシルバーウルフの更に上位種が巣食っていた。闇夜に襲われたら恐るべき敵になるというが、奇襲を受けてはただの的当てに過ぎない。ここでもマールの阻害魔法は大活躍し、逃げ惑うはずの狼達が脅えなからこちらに向けて逃げてくるという珍事も発生した。残酷ではあるが弱肉強食の掟に従い一匹残らず殲滅した。


 こうして特に何事もなく討伐は終了し、俺にとってはここからが本番のポルカを連れて薬草採取に繰り出すことにした。エレーナたちは俺達に付き合う必要がないので離れた場所で休憩中だ。姉弟子はやはり無理をしており消耗が激しかった。



「ポルカ、どれが薬草かは見れば解ると聞いたが、本当か?」


「は、はい。自信はあります。僕はそれくらいしか取り得がないから、いっぱい見て覚えました」


「ポルカはね、一度覚えた事は絶対に忘れないの。冒険者なんかより偉い学者様にだってなれる子なのに、あのギースの奴がとんでもない事を……」


 もうギース君の件は終わった話だがポルカのその力は<至高調合>の成せる業かも知れないな。俺がそのスキルを手にしたときには確か<薬草の心得>とかが統合されたはずであり、ポルカも元となったスキルを所持していた可能性は高い。


「その話は置いておくとして、とりあえず薬草を手に入れよう。王都周辺じゃ魔力が少なすぎてろくに薬草も生えてないみたいだしな。ギルドの薬草納品依頼も俺の地元の倍近い値段になっていたしな」


 王都セイレンが異常の魔力が少ない土地という話は有名だ。少ないと言っても向こう側のレン国ほど皆無というわけでもなく、他の一割程度という低さだ。それでいてライカールの国民はほぼ全員が高い魔力を持って生まれてくるという矛盾があるのだが、どうやら過去に大規模な魔法実験を大失敗した後遺症というのが専らの意見だ。

 理由がどうあれ、今の王都セイレンはおどろくほど周囲の魔力が少ない。土壌と周囲の良質な魔力が育成に必須な薬草が育つ環境にないので、必然的に薬草の価値は高まっているのだ。回復魔法の素養があるものも多いと聞くが、やはり魔法は高額で庶民がおいそれと手出し出来る額ではないから薬草の出番は多い。


「薬草の採取法にも色々ある。効果の高いポーションを作りたいなら根から抜くべきだが、薬草の葉部分だけ採取する事もある。これならすぐに葉が伸びてくるので間をおかずに採取可能だ。どちらがいいかは状況によるな」


 薬草に関しては殆どが姉弟子の受け売りだ。セラ先生の薬草畑の管理をしている彼女の知識は圧倒的でポルカにも教えてやって欲しいくらいだが、息が上がっている今の姉弟子を連れてくるほど鬼ではない。ポルカが望むならその機会を設けてやってもいいが、彼の熱意は相当なものだ。

 とても初めてとは思えない手慣れた素早い動きで薬草の葉っぱを採取してゆく。根っこは抜かずにおくようだが、彼のスキルを持ってすれば大差ない効能のポーションが出来上がるだろう。


「私も手伝うわ。薬草が豊富にあればクランの皆も喜ぶと思うし」


「あまり遠くに行くなよ。血の臭いに敵が寄ってくるかも知れないからな」


 こうして俺達は大量の薬草を手に入れることに成功した。この2年程誰の手も入っていないこの森は実に良質の薬草が実っており、想像以上の量を手に入れる事ができた。


「これでポーションを作れば僕でも最低レベルの品質は作れるかなぁ。そうすれば少しはクランの皆の役に立てるかなぁ」


 ポルカは不安そうに言っているが、お前が作ればどんな質の悪い薬草から作ってもものすごい高品質のポーションが大量に出来上がるのは間違いない。そしてお前が凄腕の薬師だと皆が解れば、クランは絶対にお前を手放さないだろう。マールもポルカもクランで確固たる居場所が出来るはずであり、それは彼等が心から求めるもののはずだ。


 そう考えていた俺は、だから一瞬対応が遅れてしまった。


「きゃああっ!」


「おねえちゃん!」


 見れば随分と遠くまで薬草を取りに行っていたマールにかなり大振りなファングボアが襲いかかろうとしていた。いくら<マップ>を確認していなかったとはいえ、こんなことで不覚をとるほど愚鈍ではない。


「油断するなって言っただろうに」


 マールに突撃しようとしていた猪の首を風の刃で切り離すと、彼女に辿りつく前に奴は倒れこむ。だが勢いよく倒れたその巨体はマールの横をすり抜けて隣の巨木に激突して大きな音を立てた。


「何が起こったの!?」


 離れた場所で休憩していたエレーナたちもこちらに駆け込んできたが、俺の視線の先にいるマールを見て言葉を失った。


「あ、あれは……そんな」



「よう、無事か?」


「な、なんとかね。油断したつもりはなかったけど、近寄られていた事に気付かなかったわ」


 肩を落とすマールだが、どうやら自分の状況に気付いていないようだ。無理もない話ではある。これまでは俺が安全に距離を取って戦っていたが、先ほどはいきなり背後を取られたのだ。気が動転していて当然なのだ。


 だから彼女は気付いていない。


「お、おねえちゃん。フードが……」


 ポルカの遠慮がちな声にはっとしたマールが自分の頭に手をやった。屋内にいるときも、どんな時だってローブのフードを目深に被っていた彼女だが、今ファングボアに襲われかけた衝撃で外れてしまったいた。


「マール、貴方、獣人の先祖帰りだったのね。それも相当特殊な」


 エレーナの言葉は驚きで満ちていた。俺も人となりを知らない他人なら今すぐ仲間内に見てみろと<念話>を飛ばしていたかもしれない。


 マールには可愛らしい猫耳が生えていた。


 玲二がこの世界にはいないのかと落胆していた人間の姿形をしていながら頭に猫耳があるという非常に、というかこんな確率ありえるのだろうか。突然変異なのかもしれないな。


 俺のその予想はきっと大きく外れていないだろう。マールの絶望した顔を見れば、これが誰にも知られたくない秘密であったのは明らかだ。どんな時もフードを外そうとはしなかったのだ、見られたくなかったに決まっている。


「この耳のお陰で私は悪魔の子として産みの親に捨てられました。その後は見世物小屋に売られそうになった所をお母様に助けて頂いたんです。エレーナさん、さっきは私を仲間に誘っていただきましたけど、こんな変な子、止めた方がいいですよ。わ、私だって普通に生まれたかったのに、どうしてこんな……」


 マールの言葉は最後まで続けられなかった。彼女はエレーナに強く強く抱きしめられていたからだ。


「苦労したのね、解るわ、私も同じだもの。でもね、変えられない生まれを嘆いてはいけないわ。それはあなた自身をも否定することだから」


「エレーナさん……」


「そうよ、嘆いていても何も変わらないのなら、今の自分でも出来ることを探す方がずっと建設的よ。と言っても私もそれに気付いたのはほんの最近なんだけどね」


「うむ。他人と違うということはとても辛い。私も非常に身に覚えのあることだ。かくいう自分も世を儚んで命を絶とうとした事さえあるが、意外と世界は捨てたものでもないから、諦めてはいけない。なに、困ったらそこのユウキに相談すればいいのだ。実績のある男だから何とかしてくれるだろう」


 アリアにリーナもそう言ってマールを力強く慰めている。特にリーナは己に重なる身の上だからか、特に親身になっているようだ。しかし折角の助言の内容が”俺に頼め”と言うのはどういうことなのか。

 

 確かに隠すだけならいくらでも方法はあるな。妹の虹彩異色(オッドアイ)の時もそうだが、仲間達が優れた智慧を貸してくれそうだし……そのまえにひたすら写真を撮られそうだ。既に玲二と雪音が騒いでいる。どう言う訳か知らんが、日本では猫耳少女と言うのは非常に価値のある存在らしい。


 リーナがそのように話を振ったのでマールの縋るような瞳が俺を捉えた。勘弁してくれ、そんな目で見られて面倒は御免だと断れる男がいると思うのか。

 

「まあ、得難い経験だったな、きっと君の人生の無駄にはならないだろう。だが君が望むならなんか方法を考えてやるさ」


「あ、ありがと……」


「お、おねえちゃーん!」


 ポルカは姉の胸に飛び込んで泣き始めてしまった。きっとこれまでマールが沢山傷ついてきた事を知っているのだろう。弟の頭を撫でる姉の顔は涙に濡れながらも、喜びに溢れていた。




 思わぬ事実が明らかになったが、依頼そのものは解決した。副産物として20頭を超える多くの獲物と大量の薬草が手に入り、マールに笑顔が増えた。俺は見ていなかったが、どうやらリーナが自分の本当の姿を曝したようだ。秘密の共有というものは友情を急速に育むから意外とマールはエレーナの仲間になるのかもしれないな。


 あれ、だが普段エレーナは新大陸で活動している。ということはマールも俺の転移環を利用して移動するのか? となると彼女も俺の秘密の共有者という事になるが、どうもエレーナは始めからそれを見越して行動しているような節があるな。


 マールもポルカも素晴らしい才能の持ち主ではあるが、二人の活動拠点はあのクランハウスだ。それは決して変わる事の無い事実だろう。そうなると俺とあまり道は交わらない気がするのだが……そこはエレーナが考えることだな。俺の知った事ではない。



「そういえば依頼の報告はするの? 本当ならまだ森に辿り着いてもいないはずだけど」


 姉弟子が帰路の魔法の絨毯の上で聞いていた。こいつも地味に扱いが難しい。空飛ぶ絨毯という御伽噺の中の産物だが、こいつは実際には浮遊しているだけで実は前に進む能力はない。前に進むには風魔法で加速する必要があり、それに絨毯の空中での均衡を保つのも一苦労という難儀な代物だった。それに動力として6等級の魔石を必要とする。俺は魔力をこめれば何度でも魔石として使用可能な神白石を使っているが、俺以外が運用するとなるとかなりの出費を伴うだろう。


「いや、三日後あたりに報告に行くさ、別に報酬が欲しい訳でもないしな」


 今回の目的はマールの魔法と薬草採取してポルカにポーションを作らせることなので依頼自体は二の次でどうでもいい。報告も気が向いたらでいいはずだ。


「報酬は今日中に払うよ」


「それもどうでもいい、私達はあんたと依頼をこなすのが目的でお金なんて要らなかったし。エレーナは別の事情だし」


 確かにそうだな。痺れを切らしたエレーナはしばらく俺が取っていたホテルで暮らすと言い張っている。元は王都に到着したその日に転移環を設置する為に王都一と評判の最上級の部屋を一室確保してあった。クランに滞在する切っ掛けとなったマールの尾行の際に同行していたジュリアが戻って帰還したのもこの部屋からだ。

 もっと安い部屋でもいいじゃないかと仲間たちは言うのだが、ある程度高い部屋じゃないと機密上の安全を守れないのだ。安い部屋だと従業員が普通に掃除やら何やらで俺がいない隙に部屋に入ってきたりするからだ。その分高い部屋は教育も行き届いており、決して入るなと言いつければ必ず守る。




 エレーナ達をホテルに送り届けた頃には王都には夕暮れに染まっていた。


 クランハウスに戻った俺達は既に帰ってきていたルーシアと挨拶を交わして、やる気に満ちていたポルカを連れて無人の調合室に入った。明日でもいいかと思うのだが、ポルカの情熱に押された格好だ。


「処理の方法もピンキリなんだが、干して乾燥させた方が薬効が増す奴とそうでもない奴がある。今日とったのは……えーとどっちだ?」


「ヒノラの亜種でしたから今日一日は乾燥させた方がいいはずです。実際に作ってみるのは明日になりそうですね」


 残念そうな声のポルカに俺は口を挟んだ。


「強い薬効を求めるなら乾燥させるべきだが、このままでもそこそこの奴は作れる。とりあえず一つ作ってみるか?」


「いいんですか? やってみたいです」


 目を輝かせたポルカに頷いてやる俺だが、そこでの本館の異変に気付いた、なにやら揉めている声がする。すでに日も落ちて来客など考えにくい時間だ。


 木窓を開けて何が起こっているのか確認しようとした俺は、その声の主に頭を抱える羽目になる。


「いいから師匠を出せって言ってるでしょう! あんたたちが私の師匠を監禁しているという確かな情報を得てやって来ているのよ! よくも私の師匠にふざけた真似をしてくれたわね! 師匠の代わりにこの私が天誅を与えてあげるわ、命のいらない愚か者から掛かってきなさい!」


 いやというほど聞き慣れたその年若い少女の声と共に本館の大扉が粉砕される轟音が響き渡る。



 ライカ、何故ここにいる!? そんであんのくそ馬鹿弟子、一体何をやってやがんだ。




 世界を代表する7大クランの一つ、マギサ魔道結社の長い歴史に於いても特筆されるこの大事件は当代のSランク冒険者、ライカ・センジュインの登場がその端緒とされている。


 そしてそこで中心的な働きをすることになるのがポルカ、あの稀代の天才薬師がその歴史に初めて名を刻まれる出来事として特に有名である。


 その事件の名称は当事者である大幹部の名前を取ってこう呼ばれる。



 リエッタ・バルデラ殺人事件と。



楽しんで頂ければ幸いです。


二時間ほど遅れましたが、夜が明けなければセーフという謎理論を採用したいと思います。


ようやく話が進みました。不穏な最後ですが、この話を読んでくださっている聡明な皆様はもうお分かりでしょう。大体主人公が力技で何とかします(壮絶なネタバレ)



ここからは謝辞となります。


今更ですが300話を越えてここまで続けられたのはひとえにこの駄作を読んでくださっている皆様のお陰です。飽きっぽい私が継続していられるのは本当に皆様のお陰であります。篤く御礼申し上げます。


そしてなんと!

こころん様よりレビューを頂戴してしまいました!!

頂いてから丸一日気付かないという大失態を犯し、前話にお礼を書けませんでした。遅れましたことお詫び申し上げると共に、レビューを頂きまして誠に感謝申し上げます。


そして誤字脱字のご指摘、大変有難く感謝致します。

”てにおは”が何故かイマイチな私ですみません。書いている最中には気付かずお恥ずかしい限りであります。


これからも頑張ってまいりますので、楽しんで頂ければ嬉しく存じます。


それでは日曜日にお会いできればと思います。




もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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