魔法の園 26
お待たせしております。
ライカールの冒険者ギルドは、1等地の大通りに存在した。ランヌの王都ギルドにも劣らぬ大きな建物だが、今俺が滞在するクランハウスほどではない。というか、あちらが大きすぎるだけで比較対象が間違っている。王都にあれだけの土地を持っているだけでも異常なほどだが、世界に誇る7大クランの総本部なだけはあるということだろう。
「ここが冒険者ギルド……おねえちゃんや皆が話しているのは聞いてたけど、来たのは初めてです」
ポルカが興味深そうに周囲を見回す中、俺達はギルド内部に足を踏み入れる。一番混み合う早朝は避けてきたので人はあまりいないが、それでも王都のギルドは活気があった。
「あっちが依頼票が貼ってある掲示板で、受けたい依頼があったら依頼票を剥がしてあそこのカウンターに持っていくのよ」
マールが興味津々のポルカに色々と教えているのを横目に、ルーシアとミズキは揃って4階建ての建物の上階に登ってゆく所だった。
「君の事だからあまり心配はしてないけど、二人に無茶はさせないでね。荒事向きじゃないんだから」
「ユウキさん。出立前に目録をお持ちしますので是非ともご検討をお願いします」
「覚えていたら善処するさ。早くしないと忘れるけどな」
「最優先で対処します!」
「ミズキ、君たしか昨日は会議用の資料を急いで作る必要があるとか言ってなかった?」
「そんなの後回しですよ、後回し! あの人が他国にいるなんて好機、滅多に無いんですから! 資料は後で皆に地獄を見てもらいます」
「うわぁ……」
「あれ、何の話?」
「大した事じゃない。俺の持つ触媒とかのアイテムを売れって話だ。何をどれだけ欲しいんだって聞いたらギルドが時間くれってさ」
「えっ、触媒って売るものなの? 皆は自分の最後の命綱だから絶対に手放すなってよく言ってたけど……」
「普通はそうらしいな、俺はよく分からんが。それより依頼受けようぜ、出来れば討伐系がいいな」
「適当なのがあるかしら。私はここしか知らないけど、このセイレンって他と比べて結構特殊なんでしょ?」
マールの言葉に空返事しながら掲示板に貼ってある依頼票をみるが……確かにろくな依頼がない。
めぼしい依頼は早朝から待ち構えている奴が掻っ攫うので当然の話ではあるが、残っているのはゴミ掃除やら果ては留守番だの、冒険者というよりなんでも屋みたいな依頼しかない。
だがこれも子供のような年齢の駆け出し冒険者や、体を壊した半引退状態の者には非常に助かる依頼でもある。
事実としてこのような依頼には依頼主の名が無く、ギルドが弱者救済の為に身銭を切っているのだ。報酬額は銀貨数枚の微々たるものだが、銀貨一枚でも最低等級の硬いパンは2つ買える(パン屋はどんな店でも最低価格のパンを置くように教会と国が義務付けている)から、ギルドが公共機関としての役割を果たしていると言える。これは冒険者の自助の為だけに存在するクランでは不可能なことだ。
「常設依頼も少ないな。討伐はゴブリンとホーンラビットの駆除だけか。平和でいいとも言えるな」
「冒険者の殆どはダンジョンに行っちゃうしね」
「通称、地下水脈ダンジョンだな。俺も話は聞いたことがある。この国唯一のダンジョンで王都の地下にあるんだってな」
「ええ、クランの皆も大抵はダンジョン攻略者よ。長期で潜る人ばかりだから、まだ帰ってきてない人も多いわ」
前にも触れたが、この王都セイレンは大河に蓋をするように形成されている。なぜこんな事を、と事情を知らない者は不思議に思うが、ダンジョンの入口が川底に有ると知れば納得するだろう。そしてこれは秘密だが川底の下には先史文明の遺跡まであるとくればどんなに不便でもこの川底の下に都市を作る意義はあるんだろう。この国は行き過ぎているほど王都至上主義だと聞くしな。
「良ければ行ってみる? 私も1度だけしか行ってないからまた行きたかったりして」
「ええっ、ダンジョンに行くんですか!?」
ダンジョンと聞いて目を輝かせるポルカだが、流石に素人二人を連れて初見のダンジョンに挑むほど俺は傲慢ではない。
「無茶言うな。マールの魔法の使い方を教えてやるのが目的とはいえダンジョンはないな。それにここは中級難易度なんだろ? 無理は出来ないな」
俺の諭すような声にも二人は頷かなかった。
「ぶっちぎりで世界最高難易度だって言われるウィスカを単独で誰よりも攻略してる幻の冒険者に言われたくないわね」
「だからみんなとっても驚いたんですよ。ユウキさんがあの有名なむぐっ」
俺はまたいらん事を言おうとしたポルカの口を押さえた。
「誰が聞いてるか分かったもんじゃないんだ。あまりその名を口にしないでくれ」
「は、はい、ごめんなさい」
「なによ、別にいいじゃない。二つ名なんて冒険者にとって立派な勲章よ。私からすれば羨ましいくらいだわ」
「俺にとっちゃ勝手に噂が一人歩きしてるんだよ。いい迷惑なんだ」
名声を求めるのは厄介事が済んでからにしたいものだ。
「でもどうするのよ? 依頼も大したものがないみたいだし」
処置なしね、という顔をするマールに俺は不敵に笑ってみせた。
「何、こうなるだろうとは思ってた。俺もギルド専属としての義務を果たすとするさ」
不思議がる二人を連れて、俺は受付嬢の座る長机に向かった。
「塩漬け依頼を出してくれ。少しはこのギルドに貢献してやるよ」
「あ、は、はい! 只今お持ちします!」
昨日挨拶したのとは違う受付嬢にそう申し出ると、一瞬怪訝な顔をしたもののすぐに俺が誰か解ったのか弾かれる様に立ち上がった。
彼女が立ち去った後の机をちらりと確認したら、見覚えのありまくる似顔絵が置いてあった。
くそ、やはりあの紙は1枚だけじゃなかったか。想定内だが、この件を仕掛けたとある女への怒りは募るばかりだ。
「ねえ、今言った塩漬け依頼って……」
「マールの想像通りだよ。あの掲示板にあっても誰も受けようとしない依頼のことさ。大抵が報酬が安かったり割に合わないものばかりだが、こいつを処理するのも専属の仕事の一つでな」
俺はウィスカのギルマスであるジェイクに話をつけてそういった雑事は免除してもらっている。その代わりに彼らには誰も文句を言わせないほど良い目を見せてやっている……ダンジョン以外はかなり過疎っているあの場所では面倒な依頼も少ないという事情があったりするが。
だが本来は専属冒険者や、何らかの違反を犯した冒険者に懲罰目的で宛がったりするのが塩漬け依頼だ。
このギルドでも誰も受けないので既に掲示板から剥がされて久しい依頼をこなしてやろうと申し出たのだ。
程なくして先程の受付嬢がこちらへ戻ってくるが、なんか色々引き連れてきやがったな。皆珍しい生き物を見物に来たと言わんばかりの顔をしている。
これだから来たくなかったんだよ。
「こちらが溜まっている依頼になります。我々としましては、ユウキさんにはこちらなど如何でしょう?」
「湖の底のヌシ討伐だぁ? やめとけって、水の世界は人間ごときが手を出せる範疇じゃない。それに報酬金貨3枚とか、誰も受けないだろこんなの」
差し出された依頼票を見て俺はため息をついた。ここから遠いし報酬も安すぎる。塩漬けされて当然の依頼だった。
「依頼者は討伐対象の素材を売ればいいと言い放ったそうです。これでも2年寝かされて報酬も上がったんですけど」
「駄目だな。何より此処から遠すぎる。馬車で10日とか、王都より別の街で依頼かけた方がいいだろ。他には?」
俺がこの依頼を断ったのは、距離よりもマールの魔法を活かせない敵だったからだ。
彼女の類稀な才能を本人に解りやすく実感させるには、もっと素早い相手がいい。
ギルドとしてはこの依頼を受けて欲しかったようだが、受付嬢の手には他の依頼票の束がある。それを見せてもらうと、適当な相手が見つかった。
「森に巣食うアッシュウルフの群れか。だが報酬が金貨1枚ってのは討伐依頼としては危険度の割に安すぎるな」
この依頼は森まで出向いて狼どもを捜索し、その規模と危険度を把握してから狩る算段を立てなくてはならない。森が広ければその分人手と時間もかかるから、こんな報酬じゃ余程の理由が無いと、それこそその森が故郷の近くとかでも無ければ誰も受けないだろう依頼だ。
「依頼した村からすればこれでもギリギリの報酬なんです。元は大銀貨5枚でしたから、こちらが報酬を積み上げているんです」
そこまでしても誰も受けずに1年以上塩漬けです、と受付嬢が詮無き事ですと続けた。
報酬額は基本的に依頼者が持ち出すものだが、このような誰も受けようとしない不人気な依頼はギルド側が自分達の懐から更に金額を積み上げることがある。
ギルド側もあまりにも安すぎる依頼は受けられないと断る事もあると聞くが、それが公共機関の側に足を踏み入れているギルドの辛い所で、騎士団などがあまり巡回に立ち寄らないような村々からの依頼は出来る限り受けなければならない方針のようだ。
そういった場所は何でも屋の別名を持つ冒険者が必要不可欠なんだが、クランはあくまで冒険者の互助のための組織だから儲からない依頼はそれこそ特別な理由でもなければ絶対に手を出さない。
冒険者ギルドは世のため人のための組織なんです! と昨日の夜に酔っ払った受付嬢の一人がそう宣言していたのが印象的だ。それはもちろんある面では事実だろう。なにしろこうやって自分達の資金の中から依頼料を積み上げているのだから。
彼等だって塩漬け依頼が増える事はギルドに対する信頼の低下に繋がるので、面子にかけて解決しようとする。この依頼もいずれは懲罰者用の依頼に回され、それでも無理なら専属の出番になるだろう。
こちらはクランなどとは違い、世間に対する責任を負っているのだと豪語しているギルドである。言っている事は間違いのない事実だ。他人が出した依頼の解決のために自分の懐から金を出すなんて見上げたもんだ。
だが俺としては銀貨2枚で納品した触媒を金貨1枚(銀貨200枚分)で売り捌く守銭奴っぷりを山ほど目にしているので素直に頷きたくはなかったが。ちなみにぼったくりの極みであるウィスカのダンジョンの帰還石だが、今は交渉して一つ金貨45枚で買い取らせている。しかしこいつをギルドは未だに金貨100枚で売りつけている。ウィスカに挑むのは数々の栄光と財貨を手にしている最高級冒険者たちなのでこの足元を見まくっている価格設定に納得して金貨を支払っているのが一番の問題だとは思うが、一つ捌けたら金貨55枚の利益ってぼろ儲け過ぎるだろ。
かくして各国のギルドに大金をもたらす俺の名前の似顔絵入りの紙が出回り、職員たちは金の成る樹がやってくるのを待ち望むようになったというわけである。
「こいつを受ける。処理してくれ。あと、この子の登録も頼みたい」
俺が登録料の銀貨10枚を何気なく台の上に置き、受付嬢も流れるような動きで受け取ったので当の本人が気付いたのは登録に必要な書類がポルカの前に置かれた時だった。
「え、あの、ボク登録料払えないんですけど……」
「細かいことは気にするな。クランにいるんだから文字は書けるな?」
「あ、はい。皆に教えてもらいました」
クランでは幼い子供たちに教育の場も与えている。マギサ魔道結社は魔術を追求せんと欲する者が集まるから、読み書き計算はクランメンバーが教師となって教えてくれるそうだ。6歳というポルカの年齢では考えられないほどきれいな字で彼は書類を書き上げた。
「規則では年齢制限もあるのですが……」
「堅い事言うな。保証人がいるなら俺がなってやる。文句があるなら俺に言え」
どこか困った顔をする受付嬢だが、俺は撥ねつけた。だが近い将来、この国の誰もが今の俺の行動に感謝するだろう。<至高調合lv8>という超絶意味不明なとんでもスキル(最早ユニークに片足突っ込んでいるかもしれない)を持つポルカは歴史に名を残す大薬師になるだろう。その第一歩がこの王都セイレンの冒険者ギルドなんだから、こっちの評判も上がるはずだ。
昨日の内にポルカの登録の話は受付嬢たちにしておいたのでこじれる事無く彼の手には木製のFランクギルドカードが握られていた。ポルカはまるで宝物のようにそれを喜び、姉のマールもその姿を嬉しげに眺めている。俺も偶にはいい事したかな、と自画自賛しかけた時、職員の間から声が上がった。
「待て。この依頼はCランク以上でないと受理できない。彼のランクはDなのだろう?」
「主任、いやそれはそうですけど、彼は専属冒険者ですよ。それに……ねえ」
視線を向けると受付嬢の背後で職員達がなにやら揉めていた。漏れ聞いた言葉を拾うと、どうやら俺のランクが問題になっているらしい。専属ってAランク以上の者しかなれないある意味で実力者の証なんだがな。
「規則は規則だ。簡単に特例を認めれば将来に禍根を残しかねん。受理は出来んな」
「はあ!? 何言ってるんですか主任! あの人を誰だと思ってるんです? まさか評判知らないんですか? 機嫌を損ねたらどうなるか、主任だけの話じゃなくなりますよ」
「そういった馴れ合いが腐敗の温床なのだよ。正しい評価に基づいてランク分けは行われ、我々も依頼の難度に応じて適正なランク区分を設けているのだ。それを馴れ合いで冒すわけにはいかん」
「ちょっと主任、勘弁してくださいよ! あ、待ってくださいって!」
「悪いが君のランクではこの依頼を受注する事は出来ない。もし受けたいならば、実力を示してランクを上げてくるのだな」
中年の厳しい顔つきの男が俺に向けてそう言い放った。言葉だけ聞くともっともらしい事を言っているようだが、目を見れば本心は透けて見えた。
要は俺が気に入らないのだ。見た目は歳若い俺が周囲から下にも置かない扱いを受けているのを見て不快に思っていたのだろう。そして丁度いい場面に出くわし難癖をつけてきたって所だな。
何しろ先ほどの依頼表にはランク制限などなかった。他の依頼票には記載されているものもあったので、忘れていたのではなくつけていなかったのだろう。
さて、この場でこの中年のおっさんをやり込めてもいいが、まあそれは俺でなくても良いか。
「じゃあ、その依頼は私が受けるわ。それで良いでしょう?」
つき返されて台の上に置かれていた依頼票を受け取った奴がいた。視線を向けるとそこには燃えるような紅い髪をした美女が腰に手を当てて立っていた。というか、来てたんだな。
「ほら、固まってないで受理してよ。あ、これギルドカードね」
豊かな胸元からアダマンタイト製のギルドカードを取り出した(絶対にわざとやっている)その勝気な美女はそう言って職員を急かした。
「ほ、本物だと! ”紅眼のエレーナ”が何故ここにいる!? 新大陸に居るはずでは……」
俺をやりこめて得意気になっていた中年がこの派手な美女の登場に面食らっている。
「エレーナさん! わたしファンなんです。握手して下さい! やった! 暫くこの手は洗わないわ!」
ユウナもそうであったが、高名な女性冒険者は各地に支持者が多い。エレーナは新大陸で名を馳せる最上級冒険者だけあって彼女を一目見ようと次から次へと職員が出てきた。
「うわ、これは始末に終えなさそう。ほら、ユウキ。さっさと出るわよ!」
それだけ言い捨てていきなり現われたエレーナはギルドから出て行ってしまった。どうやら残りの手続きは全部俺にやらせるつもりらしい。何が起こったのか理解できず唖然としているマールとポルカの背を押して俺は正式に(受けたのはあくまでエレーナだが)依頼を受注した。
「あ、ユウキさん、お待ちください!」
未だに現実に追いつけていない二人にとりあえず色々説明をしないとなとギルドから出ようとしたら、ミズキが紙片を手にこちらに走ってきた。もう出来たのか、彼女たち自身の利益にもなるし当然ではあるが。
「ちゃんと資金の余裕はあるんだろうな。ツケは効かないぜ?」
「方々から借金してでも掻き集めますのでご心配なく。こちらのリストはあくまで最低限の希望です。不用品があれば何でも買いますので仰って下さい」
どうせその不用品を俺から安く買い上げて高額で売り抜けるんだろう。安く買って高く売るのは商売の基本とはいえ、買い取り額は規則で一定にしているのに販売価格が好きに変えられる限り、冒険者は魔石や各種触媒をギルドに売りに出さないと思うがな。
ライカールのギルドに媚びても俺に得はないので、狩人の視線を隠そうともしないミズキには適当に答えてギルドを出た。
「で、結局何の依頼にしたの?」
ギルドの外で俺達を待っていたエレーナが声をかけてきた。知らずに受けたのかよ、と言いたくなるがあの状況を考えるにろくに見ていなかったとしても不思議ではない。
「後で話すが、まず紹介させろよ。彼女はエレーナ、新大陸で知り合った。有名人だから二人も知ってるよな、そしてこっちがマールとポルカ。マギサ魔道結社の一員で、俺の世話役というか……まあ友達だ」
俺の紹介にエレーナは眉を寄せた。二人の事は仲間やレイアから聞いているかと思ったが、どうもそうではないらしいな。
「マールとポルカね、よろしく。こいつの面倒を見させられるなんて、大変だったでしょう。困った事があったら何でも言いなさい、この馬鹿には私が言って聞かせるから」
「面倒だなんてそんな! 元はと言えば私達のクランのせいですし、私も弟もこの人のおかげで毎日が楽しいです」「は、はい、ぼくも同じ気持ちです!」
「そう? それならいいけど、確かにこいつは子供に手篤かったかも」
二人と仲良く挨拶しているエレーナだが、俺は本題に入る事にした。
「そんなことより、リーナと姉弟子はどこだ? あんたが来る事は予想できたが、一人で現われるのは想定外だったぞ」
知りたきゃ<マップ>で探れば済む話なんだが、マールとポルカの為に一芝居うつことにした。
「すぐそこにいるわよ。アリアがギルドに入る直前で尻込んじゃってね」
「ああ、姉弟子にはあの喧騒はまだキツいだろ。なるほど、渋る姉弟子にリーナが付き添って、エレーナが俺を呼びに現われたってところか。じゃあとりあえず合流するか」
ギルドでマールとポルカのために依頼をこなすつもりであることを告げると、レイアからリーナ達が丁度暇していると聞いた。折角だし一緒に冒険するかと尋ねると二つ返事で了承を得たのが今朝の話なのだが、王都の人ごみを嫌った引きこもりの姉弟子がギルドに入るのを嫌がり、それを見たエレーナが俺を迎えにやって来たというのが今回の真相だった。
「そもそもエレーナが来るほどの大層な依頼じゃないんだが、良かったのか? 報酬は出せないぞ」
「ええ、今回の事もどこかの誰かさんがいつまで経ってもこの王都から動こうとしなかったから、状況を探りに行くつもりだったのよ」
ここで”そりゃ悪い事をした、ここからならクロイス卿の領地も近いし、送っていこうか?”と口にしようものなら彼女の機嫌は一気に悪化する。エレーナとしてはあくまで俺がクロイス卿の領地に出向いた時にたまたま彼女が顔を出すという体で向かいたいという面倒臭い建前を欲していたから、余計な事は言わないでおいた。
「あ、やっと来た! 遅いじゃない!」「今日はどのような依頼を受けて来たのだ?」
近くの喫茶店で俺を待っていた姉弟子とリーナに改めてマールとポルカの紹介をしてゆく。既にマールとポルカの能力はエレーナたちに軽く話をしているので、三人は二人に興味津々だ。
「受けた依頼はアッシュウルフの討伐な。これが依頼票、報酬は微々たるもんだが、今回の目的はこっちのマールに魔法の使い方を教えるのが目的だ。何か欲しいなら後で俺に言え」
それにアッシュウルフが巣食う森は薬草類の宝庫でもあるらしい。順当に行けば薬師の道に進むであろうポルカには良い経験になるだろう。この王都周辺は異常なほど魔力が低いので薬効の強い薬草は皆無なのだ。
「ちょっと、この依頼よく読んだら目的地まで馬車で二日も掛かる距離じゃない! クエストを手伝うとは行ったけど、こんなに長時間拘束されるのは聞いてないないわ!」
「それは……私たちも困るわ。日暮れまでにはクランハウスに戻りたいし」
姉弟子が抗議の声を上げ、、マールもそれに続いた。
「ああ、心配要らない。距離は初めから分かっていて受けたんだ」
「え、それってどういう……なるほど、何か当てがあるのね。みんな、こいつがこんな顔をしている時は何か企んでいるわ、とりあえずユウキがなにをするのか見てみましょう」
なにが人聞きの悪い事を言われた気がするが、アレは口で説明するより実際に見てもらった方が話は早い。
俺達は行動に移る事にした。
ウィスカのダンジョンの31層からはこれまでの層とは全く別物であることは前に触れたと思う。
その代表的な点が宝箱に入っているアイテム類だが、<鑑定>能力を持つ眼鏡の他にも最近とても珍しい魔導具が手に入ったのだ。
今日はその御披露目でもある。
「あんたの言うとおり、王都から出て人気のない所まで歩いてきたけど、一体なにするつもりなのよ?」
王都近郊の平原を歩いている最中、姉弟子がそう尋ねてくる。皆も口には出さないものの、思っている事は同じだろう。
大分人も減ってきたし、ここらでいいかな。
「移動にはこいつを使うのさ」
俺が<アイテムボックス>から取り出したのは、一見すると何の変哲もない絨毯だった。
「ちょっと! そんな絨毯を持ち出して何のつも……り? え? これまさか!?」
流石はセラ先生の下で魔道具屋の店番をしているだけの事はある。こいつの価値に真っ先に気付いたのは姉弟子だった。
俺は丸まっていた絨毯を平原の上に広げるが、これなら10人は余裕で寛げるであろう大きなものだった。
「嘘!? これってまさか魔法の絨毯なの!? お伽噺の産物じゃなかったというの?」
次に気付いたエレーナがこの絨毯の正体を口にした。
俺だってこれを見つけた時は実在した事に驚いたものだ。<鑑定>眼鏡といい空飛ぶ魔法の絨毯といい、31層は空想上の代物が平然と現れる不思議な階層だった。
「こいつに乗って移動する。確かに馬車で二日の距離と書いてあるが、浮遊する魔法の絨毯なら直線距離で一気に突っ切れる。俺は二刻(時間)もあれば充分に到着すると見ているぞ。とりあえずは空の散歩と洒落込もうじゃないか」
空飛ぶ魔法の絨毯は馬車の二日の距離をわずか一刻(時間)半で到着させ、早さもさることながらその快適な空の旅を楽しむ事ができた。これが揺れの酷い馬車だったとしたら、たどり着く前に乗り物酔いを引き起こすかもしれないほどだった。
こうして俺達は依頼に繰り出すことになった。
楽しんで頂ければ幸いです。
すみません超絶遅れました。色々と言い訳はありますが、全て自分の力不足であります。
次話は明日上げるつもりです。今度は早くします、絶対。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




