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魔法の園 25

お待たせしております。



「とーちゃん、おそい!」


 クランで行われていた宴会からなんとか脱出し、転移環で屋敷に戻った俺を迎えたのは普段より遅い帰宅ゆえにおかんむりの愛娘だった。どうやら転移環を置いてある客間で俺が戻るのを今か今かと待ちわびていたらしい。

 俺の姿を見るや否や、体当たりする勢いでこちらに抱きついてきた。


「ぶにゃッ!」


 不細工な悲鳴を上げたのはシャオの腕の中に抱かれていた飼い猫兼護衛のクロである。シャオがクロを抱いたまま俺に突撃してきたので二人に挟まれて潰された格好だった。


 娘が俺に突撃してくるのはもう慣れたものだ。それはシャオも同じであり俺が身を屈めてやるとすぐに定位置である俺の首に縋りついてゆく。そしてようやくシャオの腕という拘束から逃れたクロがしゅたっと床に着地した。


「油断してたから驚いたニャ」


「お前も大変だな」


「主しゃまのためなら火の中、水の中ニャ」


 ちりん、とクロの首輪につけられている鈴が小さな音を奏でた。これはシャオと雪音がクロのために贈った品で、こいつの黒い体に赤い首輪が良く映えている。


「昼間はこちらに来れなかったが、何か変わった事はあったか?」


 護衛として周囲の環境の変化はあったかと尋ねるが、かえって来た返事はいつもどおりだ。


「その転移する輪っかでご友人が来訪されたくらいニャ。今日は兎獣人と偉そうな言葉遣いをする子供がやって来たニャ」


 キャロと彩華が遊びに来たらしいことを聞きながら俺は皆が集まって寛いでいる遊戯室に向かう。遊戯室とは言っても特に遊ぶ道具は置いていないのだが、皆が集まれる程良い広さと各部屋への利便のよさ、そして全員がゆったり座れるソファの数があるので自然とそこに集まる事が多い。

 今では異世界品のえきしょう? とかいう非常に大きな映像が流れる機械が置かれるなどして皆の憩いの場となっていた。



「今帰ったぞ」


「あ、お帰り。何か最後は大変だったみたいだな」


 帰宅した俺を皆が迎えてくれる中、玲二が俺に向けて労わりの言葉をかけてきた。俺と<共有>している彼はあの場で何が起きたのか正確に理解している。


「全くだぜ。いきなりギルドが押しかけてきやがって、余計なことばかり口にしやがる。こっちはギルドに足を向けないように気をつけていたってのによ」


 獣王国の王都での経験から各国王都のギルドには近づくつもりもなかったのに、向こうから寄ってきたのは想定外すぎる。それも仲が良くないはずのギルドの受付嬢がクランハウスにやってくるなんて考えもしなかった。


「ユウキ様。お助けに出向けず申し訳ございませんでした」


「いいさ。君は君で手が回らなかった事は解ってる。そっちはどうだ? 一段落したか?」


 ユウナは今ラインハンザで出会ったネリネたちの世話を焼いている。ユウナ直々に行うだけあって彼女が求める高い技量を既に持ちえており、すぐにでも彼女の力になってくれそうなほどだという。暗殺者としてではなくスカウトとしては既に一流の腕だというし、落ちこぼれ云々はもしかしたら修羅の道を進むことになる自分の娘達を想った父親なりの愛情なのかもしれないな。父親を深く恨んでいる当の本人たちには要らぬ世話のようだが。


「はい、あの者達もユウキ様には深く感謝しております。いずれ今一度、御礼をと口々に申し出ていますので、御都合のよろしい時にお時間を頂けますでしょうか」


 俺がやった事といえば彼女たちには安全な寝床と食事を与えたくらいで、他は全部ユウナの差配なので俺に礼を言う必要はないのだが、こちらとしても彼女たちの顔を見たくはある。今の件が落ち着いたら時間を作ると了承した。



「お帰りなさい、ユウキさんも災難でしたね」


 クロを膝の上にのせてその背を撫でている雪音がこちらに苦笑しながら言ってきた。あれは傍から見れば両手に華で誰もが羨む状況なんだろうが、俺にとっては彼女たちはあまりにも食い気味過ぎて全く落ちつけたものではなかった。


「あまりにもしつこいから逃げるのにも時間が掛かったよ。俺としてはもう少し早くこっちに戻りたかったんだがな」


 風呂上りの後も逃がさないとばかりに俺を囲んで話をしようとしてきたので、何とか理由をつけて離れたのだが、それでも子供たちは既に寝る時間となっている。腕の中のシャオも何とか睡魔に耐えているような有様だ。


 腕からずり落ちそうな娘を抱えなおしてやっていると、首筋に顔を埋めたシャオが不意にとんでもない事を呟いた。


「べつのおんなのにおいがする……」



「誰だシャオに変な言葉を教えたのは!?」


 俺の叫びに雪音とソフィアが露骨にそっぽを向いた。君たちですか、ちょっとおはなしが必要なようですね。



 確かに彼女たちは甘ったるい香りの香水を身につけていて辟易したが、ここに戻る時に身奇麗にしてきたので匂うはずがない。シャオの呟きもかなり棒読みで間違いなくこの二人にその言葉を言わされたのだろう。

 事実、仕事は終わったとばかりにシャオは俺の肩を枕に寝息を立てていた。



「だって兄様ったら大層綺麗な女性に囲まれて鼻を伸ばしていたと聞きました! 私ではご不満なのですか!」


「そうです。いくら対応に注意が必要だというギルドの受付嬢だとしても、ユウキさんの行動は甘すぎます。あの手の手合いは一度厳しく言っておかないといつまでも調子に乗ります。今からでも私に任せてもらえれば……」


 おかしい。シャオにろくでもない言葉を教えた事を怒るつもりが、何故か俺が二人に説教を食らっている。助けを求めるように周囲を見回すが、玲二と如月は俺を見て笑っているし、今部屋に入ってきた妹に至っては言葉の止まらない二人の事など眼中にないといわんばかりにシャオを抱えて座る俺の膝の上に乗ってきた。いくらここが指定席とはいえ、自由すぎるイリシャの行動に二人も言葉を失っている。


「みんなしんぱいしすぎ。兄ちゃんはぜったいここにかえってくるひとだから。ねむねむ」


 言いたい事だけ言って俺の膝の上で夢の世界に旅立ったイリシャに二人も毒気を抜かれたようだ。もういいです、と二人して席に戻ってしまった。いや、元は俺が言いたい事があってだな……はい、俺が悪かったです。




「そうそう、話に聞いたけど魔法鍛冶に出会えたんですって? ということはあの沢山あった壊れた魔法の武器も直してもらえたの?」


 嵐が過ぎ去った事を感じ取ったセリカが俺に今日の出来事を聞いてきた。


「ああ、おかげでガラクタが白金貨に様変わりだ。その礼も込めて鍛冶の親方と一席持ったんだよ。そのせいで普段より遅くなると連絡は入れておいたが、まさかそれが原因で余計な連中までやってくるのは計算外だったな」


「へえ、直ったんだ。ちょっと見せてよ」


 ああいいぞ、と快諾した俺は蘇った魔法の武具を彼女の前にいくつか置いた。ベル親方の手により輝きを取り戻した武具が放つ魔法の燐光に仲間たちは目を細めた。


 これ明らかに以前の品より()()がよくなっている気がするな。修理をしていたベル親方もこの魔力水と良質な火炎鉱があればどんなナマクラでも一流の武具にしてやれると絶賛だったし、何より彼は俺が差し出した手間賃を受け取らなかった。その代わりにまだ手元にある魔力水と火炎鉱をこちらに譲って欲しいと申し出たのだ。

 魔力水は入手経路がダンジョン18層なので簡単に(恐らく大量に持っているのは俺だけだろう。ダンジョンで水を持ち帰るような真似をするなら他のお宝をマジックバッグに詰め込むはずだ。俺がその存在を明らかにしてからウィスカのギルドにも魔力水を要求する依頼が来ているが、達成した事実はないらしい)手に入らないから理由は解るし、火炎鉱はライカール王都セイレンではかなりの高額になるそうだ。ランヌでは格安の品だが、重く嵩張る品なので輸送費やなんやらで商人でも不人気らしく、取り寄せると相当高くつくようだ。


 だが、それだけでは悪いので先ほど俺が渡した秘蔵の酒を一日一本報酬として出すと告げると、親方は満面の笑みを浮かべ俺と握手を交わしたのだった。

 俺の二つ名が知れ渡る前までは、ずっとここに居てくれやと冗談とも本気ともつかない声で言っていたほどだ。


 そんな明らかな逸品達を前にしたセリカは懐から魔法の鍵付きの箱を取り出し、中に入っていた眼鏡を身につけて武具を見定め始めた。


「そんな大仰な箱に入れてるんだな。逆に目立たないか? もっと無造作の方がバレないと思うぞ」


 俺の適当な提案に、セリカは目を剥いて反論した。


「無茶苦茶言わないでよ! あんたこれがどれほどの価値があるかわかってるの……って投げ渡してきた本人を前にして言いたくないけど、これ一つで世界がひっくり返るわよ。これくらいの箱で管理して当然なの!」


「隠したいならもっと自然な方がいいと思うがな」


「無理! ちょっと傷つけただけでも卒倒ものなのに、もし落として割ったらなんて考えるだけでも恐ろしいわ。あんたも少しはビビりなさいよ。<鑑定>つきの眼鏡なんて空想上の産物よ、現実にあるなんて誰も思わないわ。31層から下ってホント異常な世界ね」


「それについては同感だ。あそこは何もかもがぶっ壊れている」


 俺がセリカに渡したのは32層の宝箱から見つけた魔導具で、名称はそのまんま”鑑定眼鏡”だ。一見するとちょいと洒落た造形の細眼鏡なんだが、こいつを通して物を見ると<鑑定>結果が表示されるという意味不明な品だ。

 こいつが既に3つ出ているので一つは唖然としていたセリカに渡してある。俺の持つ<精密鑑定>ではない普通の<鑑定>だが、それでも十分すぎるほど異常な効果を持つまさに神器だ。


 この世界、<鑑定>スキルを持っていれば一生食うに困らない、むしろ大貴族や大商会に礼を以って迎えられるほど貴重な存在だ。それが魔導具で可能とあればどれほどの価値があるか解らないとセリカは力説した。なるほど、と理解した顔をする俺達だが、仲間は<共有>で既に<鑑定>使えるからあまり意味はないんだよな、とあっさりした反応を返すほかない。

 それに憤慨した彼女が更に騒ぐのでじゃあお前にやるよ、とぽいと投げ渡した時の彼女の顔は中々に見物だった。


 だがセリカが口にした通り、確かに世界に大きな影響を与える魔導具だろう。全ての人間が<鑑定>されれば、全てが白日の下に曝されるだろう。その結果としてポルカのような野に埋もれた優秀なスキル保持者が見つかるかもしれないが、それは同時に無能力者の存在も明らかにする。

 人の価値はスキルでは決まらない。むしろ人の素晴らしさはスキル以外の所にあると俺は思うが、どうしても人は見える範囲で評価しがちな生き物だ。優秀かつ稀少なスキル持ちに光が当たり、それ以外が冷遇されるような将来は俺の好む所ではない。

 この鑑定眼鏡も仲間内でひっそりと使う魔導具になりそうだ。セリカとしても稀少な技能は皆に分け与えるより独占して自分たちだけが恩恵を受ける事を望んだので、こいつも日の目を見ることは無いだろう。


 そんな感じで31層からはこれまでの層とは完全に別世界だ。理不尽すぎるスキル封印攻撃といい、下りてすぐに帰還石が置いてある事といい、これ以上は先に進ませないというダンジョン側の強い意思を感じる。

 しかし、そんな中でも宝箱から出るアイテム類は珠玉の品ばかりだ。


 まず第一に”外れ”宝箱に白金貨が数枚入っている。

 金貨ではない、白金貨だ。それも数枚。


 これだけでも以前とは隔絶した階層なんだなとわかるが、外れ宝箱のとんでもなさは他にもある。


 まず多いのがハイポーションが入っている宝箱だ。なんと宝箱一杯にハイポーションが詰まっている。一つの箱に平均して40本ほど突っ込んであるという有り得なさなので、俺が気軽に使い捨てに出来るほどの数が溜まっている。


 そして全てのスキルを封印されたこの階層をこれで攻略せよ、と言わんばかりの宝珠とスクロールが入っている事も多いが、こちらも数が……なんというか雑だ。

 使い捨てのスクロールが何と20数枚、宝珠に至っては10個近く入っているのだ。確かに数多く戦闘を繰り返せばこれくらいは使うだろうが、こいつを売り出せばこれだけで金貨数百枚相当になるのだ。

 特にスクロールは凄まじい超威力を放つので、こいつの価値が凄まじい。多分あのレッドオーガの”食いしばり”を起こさせないように、一撃で倒せる基準で作られているのだろうが、そのおかげで一枚金貨20枚の値がついた。これまでのスクロールの最高記録を大幅に塗り替える超高額だが、あっと言う間に買い手がついたと聞いている。

 金に余裕のある裕福な冒険者、そして商人たちからすればまさに起死回生の一枚となるだろう。


 ウィスカの31層を外の基準に合わせるとそういうことになるという典型的な一例だった。



 その他にもこの鑑定眼鏡のような魔導具が入っているような普通の宝箱があったりするが、俺の言う当たりの宝箱は特殊能力がある装備品だ。


 4日前に手に入れた”七色の鞭”は火、水、土、風、光、闇、時の各属性攻撃を可能とする凄まじい武器だった。特に時属性が頭のおかしい性能で、鞭の扱いに秀でているセリカの護衛であるアイスと共に検証を行った結果、攻撃を当てた相手の動きを一寸(分)間止める事が出来るというものだった。


 その効果を知った俺達は半信半疑で31層に出向き、迫り来る5体のレッドオーガ相手にアイスは鞭を振るい、見事にその動きを止めてしまった。しかも攻撃属性は使用者の任意で変更できるという便利仕様だった。

 身動きが取れない上、眉間を打ち抜かれて塵に帰るオーガ達を尻目にその強すぎる効果に唖然とする俺達だったが、こんな凄まじい性能の武器を売るなんてとんでもないという事でアイスの装備更新と相成った。

 彼女の武器は以前共に赴いたリルカのダンジョンで手に入れた炎の鞭だから、大幅な強化となる。当然彼女は私が受け取れるはずがないと断ったが、俺達の中でアイスが最も鞭に習熟しているから彼女が手にするのは当然だった。

 俺等じゃロクに使わないし、まあ取っとけよ、くらいの調子で言う俺にアイスは絶対に無理ですと叫んだが、無理矢理渡してしまった。


 敵の動きを止める素晴らしい効果を持つ武器だが、ナイトストーカーのスキル封印攻撃は普通に行ってくるし、距離が離れているので奴を鞭で真っ先に倒すのは不可能だ。

 だったらセリカを護衛するアイスが使ったほうが一番だなという論法で強引に受け取らせたのだ。



 余談だが、光属性を発動して味方が鞭に触れると回復魔法の効果があるという本当にぶっ壊れ武器だった。闇属性は相手に当てると視界を奪い、時属性は味方に触れると動きを倍の速度に上げることが出来るという支援武器にもなれる超性能だった。

 一人で行動する俺には殆ど縁がないが、双子の兄のアインと共に連携するアイスには使い勝手の良い武器だろう。価値も金貨250枚だったので、それくらいならあっと言う間に稼げるから売るより使ってもらった方がよほどの意義のある品だった。



 話が長くなったが、当たり宝箱はそんな感じだ。しかし俺が探している35層の扉にはめ込むのであろう大きな宝玉は全く出てこない。まだそこまで数を重ねていないのもあるが、相当確率は低いと見ていい。


 まだ本命の銃も創造できていないし、罠が復活するので一日の攻略時間も限られている。だがそれでも毎日の稼ぎとしては十分すぎるほどなので攻略は気長にやるつもりだ。




 俺の今日の一日はまだ終わらない。その後はソフィアにとある伯爵家の事を聞いていた。


「マセル伯爵家ですか? 西方の領地を治める大貴族ですが、兄様に何かありましたか?」


「例の俺に突っかかってきた幹部の実家さ。ギルドの介入で少し事情が変わってな、放置は出来なくなった。どんな家なんだ?」


 俺の質問にソフィアの隣に座っているジュリアが答えてくれた。


「典型的な大貴族ですね。我が家とは遠く離れていたので直接の面識はありませんでしたが、例の皇太后に取り入ってその地位を安堵したと聞いています。媚を売るのは得意だったようですが、領地経営は上手く行っていないと小耳に挟んだことがありますね」


「なるほど、理解できたよ。有難う」


 これならいつもの対処法で良さそうだ。ジュリアの実家のような優れた貴族家なら後始末の方法も考えなければならなかったが、そこまで頭を使う必要もないだろう。


「ふむ、お一人で行かれるか? 我が君」


「ああ、さっさと済ませる。夜更かしは美容に良くないから、君たちはもう休め。見て楽しいもんでもないしな」


 俺の考えを呼んだレイアが供を申し出たが、助力を求めるような話でもないから断った。すでにギースが何処にいるかも判明している。後は処理するだけだ。


「兄様……」


「ソフィア、そんな顔をするな。話を大事にしないための処置なんだ、結果としてこれが一番穏便なのさ」


「ですが、兄様は決して望まれているわけではないはずです。そのお顔がそう仰っています」


 俺はソフィアがこれの行いを非難しているものとばかり思っていたが、どうやら彼女は俺を心配してくれたらしい。


「やりたくはないが、やらなければならない事だ。すぐ戻るよ」


 普段なら頭を撫でると子供扱いに機嫌を悪くする妹だが、今日ばかりは最後まで俺を心配する彼女に感謝の言葉を告げて俺は屋敷を後にした。




「くそッ、手勢はいつ集まる!? 急がせろ!」


「ギース様。短慮はなりません、まずは本国にいる御父上にご相談すべきです」


「馬鹿な事を言うな。父の返事など待てるか! 最早私が生き残るには相手の準備が整わぬ内に攻め入る他ないのだぞ!」


「それが短慮だと言うのです。どうかご再考を」


 俺がギースの住む屋敷に向かうと、当の本人が執事らしき人物と言い争いをしている所だった。


「くどい! もういい、お前は何も解っておらん。これは既に生きるか死ぬかの問題なのだ。徹底的に叩かねば滅ぶのはこちらなのだぞ……」


 準備を急がせるように言い捨てて執事を追い出したギースを見て俺はこの男を見直していた。俺と行った僅かなやり取りで俺がどういう人種か見抜いていたようだ。


 だが奴はきちんと見抜いていながら一つだけ理解出来ていなかったことがある。



 そこまで警戒していながら、相手が自分と同じ事を考えないとどうして思わなかったのだろうか?



 だがギースのほうも俺を始末しようと考えていた事がわかり、こちらの良心の呵責が消えた事は大きかった。これなら何の気兼ねもなく処理できるというものだ。


 正直な話、ギースに手を下す必要を感じていなかった。貴族、そしてクラン幹部という自分の立場に驕って舐めた真似をしてくれたが、身の程を思い知らせればそれでよいと考えていたからだ。


 だが、ギルドが事を大きくしてくれたお陰でこいつを放置できなくなった。恐らくギルドはこのギースからも事情を聞くことになるだろう。そうすればこいつの口から俺の名前が、よりにもよってライルの名前が出てくるだろう。

 冒険者が偽名、というか本名で登録しない事は多いと聞く。ギルド側もよほどの危険人物でもなければ一々詮索してはこないのが普通だが、どんなことでも俺の情報を収集したがっているらしいウィスカ以外のギルド(特に俺の似顔絵をばら撒いた総本部)にしてみれば、見逃せない情報だろう。そしてギルドの組織力を以ってすればいずれはライルの家族にたどり着く可能性もあるかもしれない。


 これは俺の被害妄想じみた考えである事は否定しないが、俺個人としては絶対に放置できない問題だった。ライルという名前がギース個人で止まっている今のうちに処理を行う必要があった。



「お前の懸念は正しい。俺も手を下す必要があると思っていたからな」


「き、貴様は! いったいどこから……も、者ども、ぐあっ!」


 奴が爪を噛んで焦燥を顕にしていたので、その不安を()()()取り除いてやることにしたのだが、叫びだしそうになったので奴の首を掴んで黙らせる必要があった。


「こんな深夜に大声を出すんじゃねぇよ。近所迷惑な奴だな」


 俺に首をつかまれて声が出せなくてもギースは暫くもがいていたが、どうあっても俺の拘束から逃れられないと知って抵抗を諦めた。

 そして掠れた声で俺に尋ねてきた。


「一つ教えてくれ。俺は何に触れたのだ? どうせ死ぬならそれくらい知りたい」


「お前は知らなくてもいい事を知った。ただそれだけだ」


 俺の言葉で全てを諦めたギースは意識を手放し、この世から魔導院の一員にしてマセル伯爵家次男、ギースは永遠に消え去った。



 翌朝、執事が見たのは別人のように面変わりした主人の姿だった。しかし、これまでにギースが見せていた傲慢さと酷薄さは消え失せ、周囲に気遣いを欠かさぬ穏やかな性格になっていた。


 ギースはその性格が災いし、これまでに幾度もの問題を起こして配下たちに面倒を掛けていた。従って多くの者がこの変化を喜び、誰も問題にする事はなかったという。




「今日はギルドに向かうんでしょ? 昨日受付嬢の皆に約束させられてたし」


 翌朝のクランは皆早起きだった。俺の目覚ましを嫌がったのもあるし、昨日は酒盛りで多くの者が早い時間に潰れてしまったので逆に早く目が冷めてしまったらしい。


 だがそのおかげで多くの者が俺が作った朝風呂を堪能できたので、悪い事ばかりではないはずだ。これからはこのクランももっと早寝早起きすべきである。とはいえ俺の知る魔法職の生活時間を考えると無理な気もするが。


「面倒だが仕方ないな。嫌だからとすっぽかす方がよほど面倒になりそうだ」


 俺は深い溜息とともに言葉を吐き出した。昨夜はクランハウスの客間に泊まった受付嬢はミズキを除いて既にギルドへ向かっている。彼女がここに居るのはその職務の一つにクランとの橋渡し役があるからだ。

 都市部のクランとギルドの仲が険悪なのはどこも同じらしいが、それでも最低限の情報共有や意思疎通の為の窓口は必要だ。それがルーシアやミズキの役割で、受付嬢の彼女が昨日この場に居たのはそのためだったのだ。

 それを知っていれば昨日は部屋に引き篭もっていたのに、やれやれである。


「そうだ、マール、ポルカ二人も一緒に行こうぜ。特にマール、ちょうどいいから依頼でもこなして昨日話したお前の魔法の使い方を教えてやるよ」


「えっ、いいの? でも本当に私の魔法なんかが役に立つのかな……」


 さっきまで沢山の朝食を食べてご機嫌だったマールだが、自分の魔法に自信がなくて暗い顔をしている。


「いいか、良く覚えとくんだな。使えない魔法やスキルなんてこの世界には存在しない。満足にスキルを使いこなせない半人前が自分の無能を棚に上げて魔法やスキルのせいにしているだけだ」


「う、うん、覚えておくわ」


 俺の正体が明らかになってからというもの、マールは妙に素直になった。これまではどちらかといえば俺に突っかかってくる感じだったのが、今は大人しいもんだ。


 ポルカに至ってはまだギルドの一員にもなっていなかったらしい。これも良い機会だと思ってポルカの登録も一緒に済ませてしまおう。



「あ、丁度あんたたちもギルドに向かうのね。じゃあ私も一緒に向かうわ、ミズキ、行きましょう」


 そこへルーシアとミズキも合流し、こうして俺たちは揃って冒険者ギルドに出向くのだった。




 

楽しんで頂ければ幸いです。


あかん。31層からの話を入れたらまた展開が進まなかった……このままじゃいかん。


次こそは話を進めたいです。また水曜にお会いしたいと思います。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!


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