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魔法の園 23

お待たせしております。



 多くの者が一日の仕事を終わらせて帰宅の途に、あるいは一杯引っ掛けようかと思うような時刻、ある場所に一人の美女が駆け込んでいた。


 その部屋の主も例外ではなく、本日の業務を終わらせて席を立とうとしていたところだった。

 

「サイラスさん! 良かった、間に合った。まだ帰られてなかったんですね!」


「ミズキ? そんなに息を切らせてどうしたのだ? 君はルーシア君と共に帰宅したと思ったが?」


 ミズキと呼ばれたこの場で一、二を争う人気を誇る美女はサイラスの問いかけに答える事は無かった。

 いや、正確には息を切らせていて、返事をすることも億劫だった。何故なら彼女はとある場所から一目散に駆け続けてきていたのだ。彼女を動かしていたのはただ一つ、悲壮なまでの使命感である。

 そして付け加えるなら、これにより間違いなく巻き起こる大問題に一微(秒)でも早く対応をするためだった。この部屋の主であるサイラスが帰宅していなかったのは全力で駆け続けていた彼女にとって大きな救いだった。この場所であらゆる難事をあっと言う間に捌いてしまうミズキほどの才媛をもってしても、あそこで起きている大問題は自らの裁量を遥かに超えていたからだ。


 だが、万事優秀な彼女はまず第一に確認を優先した。サイラスが帰宅してしまったら、確認さえも明日になってしまう。そうなればミズキは眠れぬ夜を過ごした事になるだろう。


 まだ整わぬ息に構わず、彼女は上司である彼に詰め寄った。


「サイラスさん、アレを、か、紙を今すぐ見せてください!」


「何の紙のことだ? まずは落ち着け、君らしくもない。今水を持ってくるから」


 既に帰宅のために執務机を離れて上着を着込もうとしていたサイラスは、息も絶え絶えなミズキを慮って水差しから水を取ろうとしている。

 普段ならば、上司の気遣いに感謝している彼女だが、今はそれさえも煩わしくに思うほど急いでいた。何しろ自分はマギサ魔導結社の総本部から()()を見て一目散に駆けて来たのだ。なにを暢気にしているのか、と理不尽な怒りさえ掻き立てられた。下手を打つとこの国の一大事になると何故理解していないのだろう。


 怒りに駆られたミズキは普段の彼女なら決して行わない行動に出た。なんとサイラスの許しも得ずに彼の机に駆け寄るとその引き出しから最奥に仕舞われていた一枚の紙を引っ張り出した。


「お、おい! 何を……」


 紙の場所は知っていた。彼女も同僚と共に何度も見せられた一枚だからだ。

 この人物を見たらまず報告。とにかく第一にまずは報告すべしとある超々要注意人物。()()()()では間違いなく今世界の中心にいる男だ。



「ああ、なんてこと……やっぱり見間違いなんかじゃなかった……どうしよう」


 ミズキの口から絶望的な声が上がった。


 優秀な部下の唯事でない有様に、サイラスも何か非常事態が起きている事を理解し始めていた。


「ミズキ、何があったというのだ?」


 彼の声に顔を上げたミズキはこの世の終わりのような顔をしていた。だが、息と整えた彼女は覚悟を決めて上司であるサイラスに報告した。


「緊急事態です。マギサ魔導結社に”<(シュトルム)>”を確認しました。本人の弁では監禁されているとか。彼等は自分達が誰を捕らえているかまるで理解していません。対応を一つ間違えると7大クランの一つが消滅しかねない危機です。サイラスさん、王都セイレンの冒険者ギルドマスターとして早急の対応が必要です。何よりもこの王都の安寧のために」


 サイラスは手にしていた鞄を床に落とした。





「こいつは俺の奢りだ。みんな、今日は遠慮なく()ってくれ!」


 俺の宣言にクランハウスの酒場からは大歓声が上がった。


「よっしゃあ! 良い仕事の後は美味ぇ酒って相場が決まってらぁ。お前ら、今日は腰を据えて飲むぞぉ」


「おお!」「な、なあ、俺達もいいのかよ」「あの酒の量を見ろよ、間違いなく全員分以上あるぜ。飲まなきゃ損だろ」「しゃあっ、俺は勝手に飲んだるぞ!」


 周囲のクランメンバーは俺の行動に面食らっていたが、ワインの大樽を8つほど並べたら気配が変わった。


「今回の事に関係ない奴はライズベル親方に感謝の言葉を告げる事が参加条件だ! よぉし、偉大なる魔法鍛冶ライズベル親方に乾杯だぁっ!」


「「親方サイコー!」」「「親方あざーす!」」「「いつもお世話になってまーす」」


 俺が今日の慰労に呼んだ親方とその弟子たちの他にも何事かと見守っていた他の連中も俺の言葉で次々と親方へのよく解らん礼を口にして大樽に杯を突っ込んでゆく。


「う、美味ぇ!! なんだこのワインは! こんな上質なやつ飲んだ事ねえぞ!」「本当だ、なんだこの美味さは!」「おいおい、無料で振舞っていいレベルの酒じゃねえぞこれ!」


 ワインの評判を聞いた多くの者が我先にと大樽に群がり、一様に同じような反応をした。これは環境層から取れたブドウをワインにしたもので、如月的には失敗作もいいところという評価だった。マジックバッグで寝かせた時間も一年もない物ばかりだが、それでもここらへんで売り出す物とは格が違うのは彼等の反応の通りだ。


 そしてあまりの美味さに本当に飲み続けていいのかと言う顔をする連中に俺は叫んだ。


「男が一度出したものを引っ込めるような恥ずかしい真似が出来るか! お前らも一度口を付けたからには全部飲み尽くしちまえ!」


「「「おおおおっ!!!」」」


 雄叫びのような声を上げた連中が更に勢い良くワインを飲み始めた。大騒ぎになっている中心から離れた俺はこの宴会の主役である親方たちに歩み寄った。すぐ側には甘い果実汁を薄めたものを飲んでいるマールとポルカもいる。


「またえらく豪気な奴だな。関係ない奴にもあんな量の酒を振舞っちまうとは」


「構いはしないさ、親方が今日補修してくれた武具の価値に比べれば全然大したことはないぜ。おっ、杯が空じゃないか」


 俺は今度は如月が選び抜いた極上品のワインを栓を抜き、親方のグラスに注いだ。濃厚な赤が透明なグラスを満たしてゆく。


「このガラスもたいしたもんだ。ガラス職人に知り合いはいるが、ここまで透明感のある奴には初めてお目に掛かったぜ」


「親方の眼鏡にも適ったようだな。主に貴族相手の商売に使ってるらしいが」


 ふん、と鼻を鳴らしてワインを口にした親方の動きが止まる。あまりの美味さに固まっているが、そりゃそうだ。あの如月がこれは良い奴だと太鼓判を押したほどの品で、普段は公爵たちとの飲み会で秘蔵の品として出している創造品なのだ。

 これを振舞ったと言う事実が、俺がいかにこの親方に感謝しているかの証明でもある。


「な、なんだこいつは! この濃厚さ、味の奥深さ、こんなの王宮でも飲んだ事がない」


 口に合わなかったか? と俺がワインを下げようとしたら、悪鬼のような形相で瓶を奪い取った。


「この野郎、冗談が悪質だぜ。この酒だけでも今日の仕事をやった甲斐があった。久々に良い仕事をしたぜ」


「ああ、感謝してる。本当に感謝してるぜ、おかげでこんな大宴会を開いちまうくらいの大感謝さ」


 俺の言葉に嘘はない。あれから夜が更けるまで親方には魔法の武具の補修をしてもらい、これまでに21個の武具が蘇った。壊れた武具といっても剣が折れたものから魔法剣としての性能が失われた物まで多岐に渡るが、今日は魔法効果だけが失われたものを優先してもらったのでこれだけの数ができたのだ。


 そして俺が上機嫌になった最大の理由が、その利益である。


 今日お願いした物は武器そのものとしては使えるので<鑑定>額も金貨数枚ほどの価値はどれもあったのだが、蘇った武具の総額は白金貨76枚もの金額になったのだ。金貨にして7600枚、元の価値が合計で大体金貨40枚ほどで、親方に支払う修理費も俺の持込みが多いから全部合わせて金貨50枚も行かないらしい。

 つまり今日だけで金貨7500枚の儲けだ。しかもこういった魔法の武具は魔約定行きよりギルドに売りに出したほうがより高値がつくので、実際はそれ以上の価値になる。


 上機嫌な俺が彼等を慰労する為に宴会を開きたくなるのも理解してもらえたと思う。



「はいよ、おまちどうさん!」


 クラン所属の料理人が俺達の卓に料理を運んでくる。多くは酒のつまみだが、この場にはマールやポルカの他にも子供たちが大勢座っているので子供たちのための食事もある。


「わあ、ごはんだぁ!」「ねえ、本当に食べていいの?」「おなかすいた」


「ああ、子供が遠慮するなって。お前たちは腹一杯食べてすくすく育つのが仕事だぞ」


 俺の言葉に子供達がわっ、と料理に群がる。この子供たちはクランに所属していた冒険者達の遺児たちだ。まさに家族として面倒を見るこういった側面はクランならではである。遺児を養育するのは相応に負担も大きいと思うが、名だたるクランはどこも同じような事をしている。

 マールとポルカも俺に遠慮は無用だと既に告げているので気にせず大皿に向かっている。この子達は昼食を食べるのも相当珍しかったようで、今日の昼も喜んで食べていたが、考えてみれば昼食を食べる習慣を持つ者はこの世界では少数派だった。


「あんたが来てから食事が豪華すぎ。これに慣れると後が困っちゃいそう」


 マールが悩ましそうに言うが、この食事が豪華って事は普段はもっと侘しい食卓なのだろう。クランに何の貢献も出来ない子供たちにも食事を与えているだけマシだとマールは言うが、俺の好みからすれば全く気に食わない話だ。

 もしやと思って用意していたが、これなら不要な心配だったな。


「あれ、このにおい……」


 料理にがっついていた子供の一人がふと顔を上げた。それに続くように一人、また一人と顔を上げてゆく。欠食児童にはこれがやはり効くな。


「おう、お前たち! 今日は運がいいな、そこの若いのにちゃんと礼を言ったらこのオークの焼肉をたらふく食っていいぞ!」


「うわぁ、お肉だぁ!」「いっぱいある、すごーい!」「お肉なんてまえたべたのいつだっけ」


 先ほどの料理の倍の勢いで子供達が殺到する。肉の焼ける匂いには大人たちも食欲を刺激させられたようだが、子供達の中に割って入ろうとする不届きな奴はつまみ出した。


「子供が優先だ。心配しなくても食いきれない量のオーク肉があるから、お前らは大人しく酒飲んで待ってろ」


 俺が視線を厨房に向けると料理人は次の肉を焼いている最中だった。それを見た男たちは恥ずかしそうに席に戻りワインをかっ食らっている。



「でも良かったの? こんなに大盤振る舞いして」


 肉の登場で盛り上がる食堂から少し離れた俺を追ってマールがフードを抑えながらこちらに聞いていた。彼女は室内でも頑なにフードを取らないし、周囲がそれを指摘する事も無かった。どう見ても訳ありなんだろうが、こちらから踏み込むほど気になっている訳でもない。


「ああ。俺が今日儲かった金額からすれば小銭みたいなもんさ。それに肉に関しては在庫が全然減らなかったからな。マジックバッグにも限度はあるし丁度良かった」


「そんな大量のオーク肉って、そういえばあんたランヌから来たのよね。もしかしてあのサラトガ事変に関わったの?」


「ああ、ほんの端役だけどな。おかげでオークの肉だけは大量に余っている」


 ライカールとランヌは隣国だけあってあのサラトガ事変の詳細も伝わっているようだ。こちらの国にも2万を超えるオークの大軍がもたらした大量の肉の恩恵に与ったと思うが……いや、微妙か。いくら激安価格でもオーク肉が隣国にまでたどり着く間に輸送費で高くつきそうだ。精々が干し肉くらいだろうが、エドガーさん率いるランデック商会が王都の民が解体して手に入れた消費しきれない腐らせるだけの肉を良心的な価格で買い取ると宣言したら倉庫がオーク肉で埋まるほど集まったし、(保管方法は如月が<アイテムボックス>に放り込んだので時間経過の無い新鮮な肉だ)思ったほど干し肉にはなっていないかもしれないな。


「道理で大した腕だと思った。私の魔法が効かない奴なんて初めてだったし」


「ああ、あれか。実はあれ効いてたぞ。俺もいつ魔法に掛かったかわからないほど自然だった、見事な腕だぞ、誇っていい」


「うそっ、私の阻害魔法効いてたの!? でもその割には私の誘導には全く引っかからなかったじゃない」


 俺の言葉にマールはフードがずれるほどに驚き、慌てて戻していた。


「ああ、俺は別に目だけで物事を判断しているわけじゃないからな。だが、普通の奴は引っかかるだろうし、お前の特技は実に使えるな。冒険者やってるなら得難い資質だろ。お前を巡って勧誘の争いが起きてそうだ」


「馬鹿言わないでよ。わたしなんかみそっかすのDランクよ。だから満足に依頼もこなせない底辺冒険者、唯一の取り得の魔法もあんたには効かないし、わたし冒険者向いてないのかな」


 俯くマールに俺は衝撃を受けていた。こいつの認識阻害魔法を活かせていないだと? なんてもったいない事してやがる。


「冒険者の質にランクは関係ないな、俺だってDランクだし」

 

「うっそだぁ。初めて会った時のあいつらはCランク上位冒険者なのよ? それをあっさり倒したあんたがDランクな訳ないでしょ……って、ホントなのね」


 俺が懐から取り出したギルドカードを見てマールは納得したようだ。


「でもあんたが持ってたあの魔法の武具はどういうことなのよ。それにその鞄、マジックバッグなんでしょ? とてもDランクが持てるような品じゃないわ」


 マールの指摘は実にもっともだ。本来冒険者ランクは依頼の成功を持ってギルドが判断するが、同時にダンジョンの攻略にも昇格査定は関わってくる。Cランクまでだが、ダンジョン攻略の評価でランクを上げる事は出来る。Bランクになれないのは依頼を達成することと迷宮を攻略ことは評価基準が違いすぎるからだ。ダンジョン攻略者はその功績で名声を得る事は出来るが、本当の意味で冒険者としての評価を得るにはギルドの依頼をこなす必要がある。ダンジョンでは壊し屋でもやっていけるが、ただの壊し屋では多様に持ち込まれる依頼をこなす事は難しい。

 俺がこれまでに出会った多くの高位冒険者も、多くの依頼をこなしてギルドの評価を高めてランクを上げてきたし、例外はギルド専属冒険者くらいなものだろう。その中でも俺は更に特殊だが。


「俺はダンジョン専門なんでな。だから色んなものを手に入れる機会に恵まれてただけの話さ。それよりお前の魔法が活かせてないってどういうことだよ。クランの連中の目は節穴揃いか?」


「ちょっと、みんなの事を悪く言わないでよ! わ、私は他の魔法がからっきしなの。唯一満足に使える魔法が認識阻害魔法で、そんなもの依頼じゃ役に立たないわ」


 だから私は落ちこぼれなの、と自嘲気味に呟くマールの横顔には暗い影があった。これは駄目だな、皆からの評価が悪すぎて自分に自信が持てていないんだ。


 俺は大きく溜息をついた。このギルドの連中は昨日少し話してその傾向がわかったが、派手な魔法ばかり評価して地味な魔法には見向きもしない。


「お前、自分の魔法が唯一無二だって気付いていないのか? 唯一(ユニーク)ってのはそれだけで価値があるんだぞ。考えてもみろ、攻撃魔法なんてスクロールや宝珠、果ては魔導具で代用品はごまんとある。だが、お前の魔法はどれにも代用できない。しかもお前、俺と出会った時に長時間魔法を使ってたが、全く堪えた様子が無かった。あの魔法は消費が相当少ないだろ?」


 いきなりの俺からの高評価にマールは戸惑っているが、自分の特技を褒められて満更でもなさそうだ。


「え、う、うん。相手の視界を騙すだけだから、やろうと思えば一刻(時間)でも続けられるわよ。でも自分の視界内の相手にしか効果ないし、訓練しても同時に魔法に掛けられるのは5人が限度だったし……誰もこんな使えない魔法を認めてはくれなかったわ。でも当然よね、この魔法じゃ誰も倒せないもの」


 いやいや、有効範囲が視界内で同時に5人の視界を騙せるとか、滅茶苦茶使えるだろうが。そりゃ一人で完結できない魔法だろうけど、そんなもん仲間が補えばいい話だ。

 人間に限らず、多くの目を持つ生命体は、その情報の入手の殆どを目に頼っている。五感を研ぎ澄ますなんて言葉もあるし、実際は耳や鼻や肌からも情報を得ているが、最も多くの情報を得ているのは視覚なのは間違いない。それは俺だって例外じゃない。ウィスカの6層で漆黒の暗闇に初めて襲われた時は混乱しかけたものだ。

 マールはその視界を自由に操れるという。これってれっきとした固有技能(パーソナルスキル)なんじゃないのかと思うが魔力持ち相手にバレずに<鑑定>できるほど俺の技術は巧みではない。ポルカの場合は彼がまだ魔力に目覚めていなかったから出来たのだ。


「お前、自分の能力の活かし方を誰にも教われなかったみたいだな。今度ギルドで何か依頼を見繕ってみるか。その魔法の使い方を理解さえすれば自分が落ちこぼれなんて考えもしなくなるはずだ」


「えっ、ホントに? って、そもそもあんたこのクランから外に出ちゃ駄目って話になってるでしょ」


「外に出てもちゃんと戻ってくれば問題ないだろ。そもそもそれを命令した野郎が今日は姿を見せないじゃないか。気付かれやしないだろ」


 まだポルカの才能をどうやって引き出してやろうかと悩んでいるのに更にマールの事まで増えてしまった。工房内にポーション作りを行うそれらしき場所もあるようなのだが、それを行う薬師が今は不在という事で、ポルカを見習いとして勉強させる案も頓挫してしまった。

 しかも例のグリモワールの件も幹部以外には全く知られていない話のようで調査は全く進んでいなかったし、魔法の武具の修繕の件もあるからちょいと気長に取り組むとするか。


 

 

「へえ、なんか盛り上がってるじゃない。何かいいことでもあったの?」


 そのとき、クランハウスの入り口で年若い女の声がした。視線を向けてみると二人の女が立っている。一人が長い金髪を腰まで伸ばした活発な印象を受ける美女で、もう一人秘書然とした細眼鏡をかけた同じくらいの年の頃の女だった。


「あっ、ルーお姉ちゃんだ!」「本当だ! 明日帰ってくるんじゃなかったの? でもお帰りなさい!」


 肉にばかり夢中だった子供達が現れた少女に群がっている。その子供達を嫌がる素振り一つ見せず笑顔で接しているあの顔に嘘はないように見えた。


「おっ、なんでぇ。今日帰ってきたのかい。ユウキよ、昼間言った魔導具の専門家があのルーシアさ。魔導具の効果付きの魔法剣はあいつじゃないと調整は無理だからよ、丁度良かったぜ」


 俺が持ち込んだ壊れた魔法の武具の中には、剣から<ファイアボール>を打ち出したり、振った剣から<ウインドカッター>を放ったりする特殊効果を持つ物もある。そういったものは魔法鍛冶と魔導具修理の専門がの力が必要だった。そしてこのクランで最も優秀な魔導具の専門家が、今群がっている子供達の姉代わりでもある”第10席”のルーシアという女らしい。


「ポルカ! ああ、良かったわ、馬鹿な噂が聞こえてきたから心配になってギルドの用事を早めに切り上げてきたんだけど、杞憂だったようね。ギースの屑が私の家族をクランから追放なんて絶対に許さないんだから、ポルカも不安に思う事はないわ」


 俺の隣にいたポルカを見つけると、ルーシアはポルカの小さな体を抱き締めた。


「あ、えっと、お姉ちゃん……」


「ルー姉さん、その事で話があるんだけど……」


 されるがままになっているポルカに代わり、マールが事情を話し始めた。その時になって初めて俺の存在に気付いた様で、驚きの表情になっている。


「ふうん、君には私の家族達が世話になったようね、礼を言うわ。私はルーシア、このクランで幹部を務めているわ。専門は魔導具の開発と修理ね」


 ルーシアの顔には好奇心と警戒心がないませになっている。自分の家族の周囲にいきなり現われたこの悪い虫は何者だと顔に書いてある。


「俺はユウキ、お宅のギース君によって監禁中の冒険者だ。魔導具の専門家に会えて光栄だ。色々依頼したい事もあるしな」


 ダンジョンの宝箱に入っている壊れた品の中には魔導具もある。修理ならセラ先生も出来ると思うが、今はともかく前までは遠慮なく吹っかけてくるだろうから、先生に頼むの控えていたのだ。


「監禁、ね。私の考える監禁とはずいぶんと異なるみたいだけど、君には随分と迷惑をかけているわね。でもこの行いは私達のクランの品位を著しく損なう行為なのは間違いないわ。明日にでも幹部会議に諮ってこの状況は解消させるから、悪いけどもう少しだけ我慢をして欲しいわね」


「色々と思う事もあるが、あんたが動いてくれるというなら大人しくしているさ。こっちもこのクランに用が出来た事だしな」


 できる限りの魔法の武具の修理を親方にはお願いしたいので、このクランへの滞在は長引きそうな気もしている。このルーシアが魔導具の修理も請け負ってくれたら、更にガラクタが金貨に変貌することになるしな。


「そう、ママが帰ってくる前までには決着をつけるから、そう時間はかからないわ。それともう一人、彼女の事も紹介しようかしら。彼女はミズキ、ギル……あら?」


 ルーシアがもう一人の美女を紹介しようとした先には誰もいなかった。


「何か用事でもあったのか、あの女性は一目散にここを離れていったぞ」


「変ね。挨拶を欠かすほど非常識な人じゃなのだけれど。まあいいわ、きっと明日にでもまた会うでしょう。それよりあんたたち、随分といい食事しているじゃない、私も混ざっていいかしら?」


 クランの生え抜き幹部が急遽参加した宴会は彼女の帰還祝いも追加され、更に盛り上がる事になるのだった。



 そして俺と話していたルーシアの顔に酒精の影響が回り始めたくらいに時間が過ぎた頃、それは起きた。



「なんだなんだ、ギルドのお偉いさんがこんな時間にクランに何の用だ!」


 玄関の方がなにやら騒がしい。赤ら顔のクランメンバーが客人を追い返そうとしている。子供たちはもう寝る時間だと言うのに、一体何事だ?


「事態は急を要するのだ! 私がこんな夜更けに現れた意味を考えてくれ。入らせて貰うぞ!」


「待った待った! ギルドとクランは相互不可侵が大原則だろう。ギルドマスター本人がその原則を破る気か?」


「先に規則を破ったのはそちらではないか。クラン側が重大な規則違反をしたとの連絡を受けたのだ。クランはギルドに対して敵対する意思があると言うことか!」


「な、なにを言って」


「もし違うというなら私達を中に入れたまえ。報告が偽りだとわかればすぐさま退散しよう。それは私の名において約束する」


「そ、そういうことなら……」


 相手の剣幕に押されて渋々来場を認めたクランの男は扉を開き、騒いでいた連中を中に入れたようだ。その声の相手に心当たりがあったらしい怪訝な顔をしたルーシアが席を立った。


「あれはギルドマスター? 何故彼がクランに現われるの?」


 各国王都の冒険者ギルドには決して近寄るまいと心に決めていた俺は不穏な単語に眉を顰める。


 来訪者を見ると数は5人だ。先頭を歩く年配の男と驚くほどの美人が4人後をついて来ているが、そのうちの一人は先ほどルーシアの隣にいた人物だった。冒険者ギルド、人目を引くような美人と来ればその正体は受付嬢以外には考えられない。

 猛烈に嫌な予感を覚えた俺は静かに席を立ち、この場から退散しようとしたが、向こうの動きは圧倒的に早かった。具体的には4人の受付嬢が俺を取り囲むように立ちはだかったのだ。


「ふうん、確かに通達書通りの顔ね」「本当に実在したんですね。わたし眉唾だと思っていました」「という事はやはり彼が……」「こんばんわ、私達、貴方の事を良く知っているの。よぅく、ね」


 4人のそれぞれ特徴的な美人がこちらを値踏みする視線を寄越してくる。そしてそのうちの一人の手には各国の王都ギルドに配られたという、あの忌々しい総本部からの通達書が見て取れた。

 畜生、これだから王都ギルドには近寄らないようにしていたってのに。向こうから寄って来やがった。しかも何で受付嬢がこっちを見てくるんだ……どうせ目当ては菓子なんだろうが。”ちょこ”でも配れば俺の事を記憶ごと消えてくれないだろうか。


「な、なに? 何が起こっているの?」


 混乱したマールの声が皆の意見を代弁していた。だが決して俺のせいではないぞ。俺は何もしていないじゃないか。


 俺をしばらく見続けていた初老のギルドマスター(確か隣国ライカールのマスターはサイラスという名の元魔法使いだと情報を得ていた)は、隣で戸惑っているルーシアに厳粛な声で話しかけた。


「ルーシア君。先ほどまで我々と行動を共にしていた君は本来与り知らぬことだと重々理解しているが、この場にいる上位者は君だけのようだから、君に話をさせてもらう」


「は、はい。一体何があったというのですか?」


「君の隣にいる少年だが、私も初対面だが名は知っている。ユウキ殿と言うそうだが、そこまでは紹介を受けたかね?」


「はい、さきほど」


「そして君達が監禁している彼は我々ギルドの専属冒険者なのだよ、これは君たちマギサ魔導結社からの我々ギルドへの意思表明と受け取る他ないが、それで良いのだね?」


「か、彼が専属冒険者ですって!? も、申し訳ありません。そのような意思は決して持ち合わせておりません、常々申し上げているとおり冒険者ギルドとクランは両輪です。どちらが欠けてもこの機構は意味を為しません」


「まあ、そこは我々も理解している、彼の情報は秘匿されているから、君たちが知らぬ事も仕方のないことだと思う。だが事の本題はこのような些事ではないのだよ」


 誰かの息を飲む声が聞こえた。


「実は彼の名は知らぬともその二つ名はとてもとても有名なのだ。君たち魔法を志す者なら一度は聞いたことがあるはずだ。あの世界最難度といわれるウィスカの迷宮を一人で攻略する彼の二つ名をな。

 

 このユウキ殿はその行動から全てを吹き飛ばす<(シュトルム)>と呼ばれているのだよ


 その彼を監禁して閉じ込めた君たちは、怒れる天災にどのように対峙するおつもりかな?」




楽しんで頂ければ幸いです。


うーん、このペースだとナンバリングが40くらいまで行きそうな予感がします。今回も予定の半分しか話が進まなかったし。

一旦どこかで区切るかなぁ。


また水曜にお会いしたいと思います。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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