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自重しない決意

二週間ぶりの投稿です。

書き溜めておりました。



 ”双翼の絆”亭。名前はご大層だが、ずいぶんと趣のある……ボロ宿である。


 俺とリリィはこの宿に一旦帰ってきていた。ライルがこの町にある僅かなツテを頼って紹介してもらったこの宿は、好意的に言うならば新人冒険者に優しい宿である。悪くは言うまい。


 一泊食事つきで銀貨1枚という格安の宿だ。食事も昨日一度だけ食べたが、ライルの表情から察するになかなかいけそうだった。(ライルの家は母親が料理上手で結構いいものを食べていた。……ちくしょうめ、俺はライルの家族になんと説明すればいいのだ。貴方の息子は死に、幽霊がとりついていますなんて言える筈もない)


 欠点はまあ、年季が入りまくっていることと、部屋数が少ないことだろうか。一階建てなので部屋は4つしかなく、狭いことだ。寝台ひとつ置かれたら他に何も置く場所がないほどで、大体四畳くらいだろうか……「じょう」って何の単位だっけかな……。

 だが、俺には大して不満にならない。元々寝るだけの部屋だと思えばそれ以外の空間は不要とも言えるからだ。

 


 それに意外と利点も多い。格安だし経営している老夫婦に宣伝をする気がまるでなく基本静かなこと。そしてこの街「ウィスカ」の大通りから一本外れた路地にあるため町の中心にも程近く、冒険者が集う各店舗も悪くない距離だ。

 街の象徴であるダンジョンも近い立地的には文句のないところにある。狭さだって俺一人と小さなリリィでは余裕あるし、四六時中ここにいるわけではないから帰って寝るだけの部屋と思えば問題ない。



 粗末なドアを開けて宿に戻ると、店主の老人が食事の仕込みをしていた。挨拶をすると視線だけあげてまた戻してしまった。客あしらいは老婆の仕事なのだが、出かけているらしい。つれなさにリリィは憤慨したが、俺はむしろ好感を抱いた。職人は雄弁より寡黙なほうがいい、発する言葉よりも結果で語る人種でいいと思う。


 俺とリリィは俺の霊体が長かったせいか、言葉を交わさなくてもある程度気持ちが通じてしまう。老人の態度に意見が分かれたことにさらに気を悪くしたようだ。彼女を宥めながら奥の部屋に向かう。



 家具は寝台のみ、あとは撥ね上げ式の窓だけという部屋に戻った俺たちはまず荷物の確認をした。この部屋は内側からしか鍵がかけられず、貴重品は持ち歩くしかない。ライルは大胆にも手荷物だけ持って冒険者ギルドに向かったのである。俺とリリィは聞こえないのを承知で「荷物持っていけよ!」と叫んだものだ。


 幸いにも荷物は手をつけられていなかった。もともと自分たち以外に客などいなかったから大丈夫と思ったのかもしれないが、油断は出来ない。顔見知りばかりの田舎ではそれでよかったのかもしれないが、ここはそこそこに都会である。しかもならず者と同意語である冒険者が多く集う街でそんなことをしていたら身包みはがされるだけだ。


 

 しかし、荷物といっても大した物はない。数枚の着替えと一冊の本、そして値打ちが付きそうなのは唯一の防具の皮の胸当てだけである。武器はさすがに携帯した。元冒険者から安く買ったナイフが一振り、皮の鞘に収められて彼のベルトに吊るされていた。あとは所持金が銀貨2枚と銅貨7枚だけ。もう一本ナイフはあるが、こいつは戦闘用ではない。


 これが今の俺の全財産である。幸い宿賃は前払いで十日分払い終えてあり、明日にも叩き出されることはないが、改めて借金の額の異常さに震えが来そうだ。

 

 だが諦める気はなかった。そのために一度宿に戻ったのである。この行為を余人に見られる訳にはいかなかった。扉の鍵をかけたのをしっかりと確認すると、リリィに向き直った。


「リリィ。やってくれ」


「はいはい。いくよー『システム』!」


 そのとたん、彼女の周囲に不可思議なことが起こった。半透明の板のようなものが浮かび上がると、その中に細かい文字のような文様が書き込まれている。リリィの言ったシステムとかいう『仕組み』やら『体系』のことを指す言葉が何を意味するのかはさっぱりわからなかった。たしか、米語いや英語だったはずだが、それが何なのかさえ良くわからなくなってきて、考えるのをやめた。


「オプションの、個別パラメーターの、パーティー内の、ステータスっと。ほい、でたよ。そっちにも回すね」


 リリィが「トランスファオソリティ」と呟くと彼女の前にあった透明板がこちらに来た、先ほどまで分からなかった文字の内容が頭に入ってくる。



  ユウキ ゲンイチロウ

 デミ・ヒューマン  男  年齢 75

 職業 村人LV 1

 LV 1

 HP  25/25

 MP  3/3 

 STR 9

 AGI 6

 MGI 5

 DEF 6

 DEX 11

 LUK 3

 SKILL POINT 99/3

 習得スキル NONE


 これが今の俺の考課表か……文字の部分がよくわからんな……。


 横でリリィが盛大にため息をついている。


「まさか日本人相手にステータスの説明をする羽目になろうとは思わなかったよ…」


「分からんものは分からんよ。第一俺が日本人だと言う証拠もないだ………ああ?」


 俺は思わず絶句してしまった。最初の一行に視線が釘付けになってしまったからだ。

 同じことを思ったであろうリリィが聞いてきた。


「ユウってユウキゲンイチロウって言う名前なの?」


「俺が知りたいよ!! リリィは知っていたんじゃないのか? どうして俺をユウと呼んでいたんだ?」


「幽霊のユウからとっただけ。初めのころのユウは話しかけてもほとんど反応なかったから幽霊って呼んでたし……」


 まあ、ほとんど自意識なかったしな……リリィが俺に気付いて話しかけてくれなかったら一体どうなっていたことやら。


「いやいや、これアカシックレコードに介入してるから! 世界の理覗いてるから! 完全にみんな大好きチートスキルだから!! 嘘とか基本書けないから!!」


 リリィは必死に抗弁してきた。この技を見るのは数回目だが、俺の反応が彼女には心外なようだ。


「くっそう、こんなチートに無反応とか……一体いつの時代の人間なのよ、ユウってば」


「なんか凄いということは分かるよ、故郷の村にいた僧侶や魔術師の爺さん婆さんでもこんな事ムリだったしな……年とかジジイじゃないか! 本当かよ……」


 75歳とか村の長老よりも年上なんだが……前に見せてもらった時は霊体だから名前や年は出てなかったんだが、まさかのこんなことで名前判明である。

 

 ちなみに呼び方はそのままになった。偶然にしろ合っていたし、他の名前で呼ばれても反応できないかもしれない。



 その後リリィ先生(そう呼ぶように言われた)から考課表改めステータス? のありがたい説明があった。それぞれ上から強さの指標、生命力の現在、最大表示。精神力の現在、最大表示。筋力、素早さ、魔力、身の守り、器用さ、幸運の値らしい。

 そして様々な修行を積むことでレベルという強さの単位が上がるらしい。まあ、筋力とか数値化されると、本来しにくいものであるだけに非常に分かりやすいな。

 

「すごいのよ!! こんなの出来るの世界に私だけなんだからね!! もっと褒めていいよ!!」


「あーすごいすごい。すごいついでに契約のほうも破棄してほしいんだが……」


「あ、ごめんムリ。私のスキルは世界に働きかけることは出来るけど、個人の約束や、精霊のかかわる契約には手出しできないの」


 さっきまでの威勢はどこへやら、とたんに元気がなくなってしまったリリィ。これは俺とライルの問題で彼女が責任を感じる必要は全くないので、慰めておいた。



「まあ、これが俺のステータスね……幸運が低いな」


 それは言わずもがなである。そんな気はしていたし、もし高かったら元からこんなことになっていない。それ以外はむしろ平均以上だった。魔力の平均値は貴族でも2らしいし、故郷で冒険者になるべく準備していた彼の体力、筋力は高いほうだった。


「まあ、それはスキルでどうにでも補強できるしね。さあ、本番よ!スキルにいきましょう! 

 ……いつ見てもそのバグっているスキルポイントはおかしいよねぇ」


 俺も一番下の技能欄を見てみた。昔一度とったが、すべて廃棄したのでNONE、なしになっている。問題はその上、スキルポイントとやらの数字である。




 3/99ならわかる。99あるうちの3がまだ使えるという意味だろう。

 だがこれは違う。99/3である。最大値以上にポイントが使えるのである。しかも昔一度スキルを取得して、廃棄してみた。その際も数字が全く変わらなかったのである。

 困惑した俺はリリィに相談してみた。俺よりもこういったことによほど詳しい彼女は熟考の末、こう結論付けた。


「ユウのスキルポイント、たぶんバグってるよ」


 なぜ虫の事を言っているのか不思議だったが、彼女いわく時々こういった不具合が起こることがあるようだ。俺が憑依霊などというよくわからない不確定要素なのも原因かもと言っていた。


 そして日本人ならバグる位知っておけと怒られた。なぜだろう、意味は知っていたのだが……。

 その後、俺たちは暇つぶしとばかりに色々なスキルを取得して遊んでいた。もともとスキルとは人が持っている才能や技能を数値や名称化してわかりやすくするためのものらしい。

 様々な組み合わせで色々な可能性があり、しばらくはそればかりやっていた。いくら使ってもポイントの減少はなく、当時の俺たちの格好の暇潰しになった。



 しかし、終焉はすぐに訪れた。すぐに飽きてしまったのである。人間の限界を超えるようなスキルを沢山持っていても俺は憑依霊。ライルのそばで「賑やかし」しか出来なかった。誰もが驚く魔法の才はあってもレベルは上がらず(経験値を得ていないので当然だ)、魔法も撃てやしない(MPは0だった)。


 スキルを全て消失し、他の遊びを見つけるまで3日もかからなかった気がする。暇をもてあます俺たちにとってひとときの遊戯だった。そのはずだった。


 あれから幾らかの月日が流れた。理不尽な現実が俺たちを襲い、かけがえのない大事なものを永遠に失ってしまった。理不尽にはそれを上回る理不尽で対抗するしかない。


 俺は今、あのときのバグスキルを使うつもりである。


 全力で。

 

 一切の自重なく使って使って使い倒すつもりである。




楽しんで頂ければこれに勝る幸せはありません。

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