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魔法の園 21

お待たせしております。



 マギサ魔導結社の朝は、遅い。


 本当に遅い! 俺なんか日課のダンジョン巡りを終えて、皆で朝飯を食べた後で雪音たちが学院に向けて出発するのを見送って戻ったのに動き出しているクラン員はごくわずかしかいなかった。


 元々セラ先生の店もレイアが勤め出す前は前は酷かったと聞いている。早朝に寝て昼に目覚める様な生活だったらしい。


 だがしかしいくら魔法の研究者が深夜まで研究に明け暮れ、朝が遅いといっても限度があるだろうに。

 教会の8つの鐘がなってもまるで動き出す気配のないここの連中に俺は痺れをきらした。


 外側から魔法の鍵がかかっているが、それをあっさりと開錠し扉を勢い良く開け放った。目覚まし時計は煩いほど良いというのが通り相場だ。



 途端にけたたましい大音量がクランハウスを包みこむ。どこか不安を呼び起こすような音だが、それは仕方ない。何故ならこれは異変を知らせる警報だからだ。


「うるさーい! なによもう、こんな朝っぱらから! って警報!?」


 隣の部屋を宛がわれて寝ていたマールが飛び出してきた。


「いや、お前たち向けの目覚ましだ! 一体いつまで寝てんだ! とうの昔に朝だぞ!」


 俺の怒声にあちこちから今起きたと言わんばかりの顔をした連中が集まってくる。


「うるせえなぁ。俺たちゃこれが当たり前なんだよ。夜明け前まで机に向かってる連中だっているんだ。つーか、お前なんで部屋の外にいるんだよ! 閉じ込めてたんじゃないのか! おいマール、ポルカ! どうなってんだ!」


 年嵩の男が俺が出歩いている事に驚き、担当の世話役の二人を怒鳴り付けた。


「そんな、鍵は確かにしっかりとかけたはず……」


「朝っぱらからデカい声でうるせえ野郎だな。こんなショボい鍵なんざ開けるのに1微(秒)とかかんねぇよ。俺を閉じ込めたいならもっと精密な鍵にするんだな」


 そう言ったものの、<魔力操作>で鍵穴の形に魔力を形作って合鍵を作る俺に解けない鍵はない。そこいらの魔法錠など貴重品が入っているダンジョンの大きな宝箱の鍵に比べれば子供の遊びみたいなものだが、俺には何の意味もない。時には鍵穴が2個もあり同時に開けないと爆破する面倒な宝箱もあるが、それだって容易く開錠する俺にどんな鍵が来るというのか。


 俺は部屋の扉を閉め、それによりようやく警報が収まった屋敷の中に向けて叫んだ。


「明日からは優しい俺が毎朝7の刻にこの”目覚まし”で毎朝総員起こしをかけてやる。これからはちったあ健康的な生活を送るんだな」


 朝のクランハウスに俺への不平不満の大音声が木霊する中、マギサ魔導結社の一日が始まるのだった。



「普段よりちょっと早いけど、まあ朝だし水汲みに行こっか」


 俺の世話付きとなったマールとポルカだが、クランとしての毎日の仕事は普通にあるようだ。しかしこの言葉が気になった俺は二人の後を追った。


「なあ、今水汲みをしに行くと言ったのか?」


「当たり前じゃない。普段の生活に水が無かったら大変でしょ? あんたこそ何言ってるのよ」


 至極当然といった顔で勝手口のような場所から外に出てゆく二人の背中に慌てて声をかけた。


「おいおい、本当かよ。ここは俺でも知ってる7大クランの一つ、それも魔法に特化したマギサ魔導結社なんだろ? そんな魔法技術の最先端のような場所で何で水汲みなんかする必要があるんだよ。ここは普通魔法の水瓶か何かがあるだろ?」


 いかなるときも滾々と水を生み出す魔法の水瓶は裕福な貴族家なら大体備えている魔導具だ。非常に高価ではあるが、あるとないとでは普段の生活に大きな差が出る。一日の初めに重労働である水汲みをしなくていいだけで非常に楽になるのは一々説明しなくても良いだろう。

 そして水汲みの担当はいつだって子供と相場が決まっている。この体の本来の持ち主であるライルもよくやっていたのを思い出す。


「水の魔導具なんて高価なものをそう簡単に使えないわよ。それに魔石だってもったいないし、井戸があるんだからそれで水を汲むのが一番よ」


「俺は大きなクランならもっと贅沢に魔導具を使い倒していると思ったぜ。光源の魔導具はあんなに大量に使ってるのに、水瓶は駄目とか意味解らんな」


 俺の呟きにポルカが真面目に答えてくれた。まだ9歳なのに随分としっかりしている子で茶色の髪と大きな瞳をした将来は多くの女性を虜にしそうな少年だ。


「薪や蝋燭は毎日買うと結構高くつきますから。この王都は水は豊富ですし、重いけど頑張れば僕だってできますし……あ、あれ?」


 二人が必死になって水汲みする様は見たくなかったので、厨房に7つもある大きな水瓶全てに魔法で水を満たしておいた。


「この寒いのに水汲みなんて辛い重労働はしなくても良いぜ。それより庭の片隅を借りても良いか?」


「えっ!? 魔法で水を生み出してくれたの? あ、ありがと。でも全部の瓶を賄っちゃう水量なんて魔力は大丈夫なの?」


「ああ、全然問題ない。それよりさっきの話だ。庭の隅なら使ってもいいだろ? 誰にも迷惑かけないからさ」


「昨日も思ったけど、一体どんな魔力してるのよ。ギースの大馬鹿はとんでもない大物を監禁しろとかよくそんな寝言を吐いたものね」


 俺が指差した庭の隅は人気もなく、周囲には高い木も茂っていて誰も近寄りそうにない。俺の目的には最高に適していた。


「まあ、別にあんたの場合、逃げ出さなきゃ何してもいいんじゃない? 部屋に閉じこめておくのは無理だってのはさっき嫌でもわかったし」


「鍵が意味ないんじゃどうしようもないよね……」


 二人が見ている前で何度も鍵を開けて見せたら諦めとともに受け入れてくれた。あのギースの野郎の命令は俺を逃がさないことである。昨日の時点で俺の目的、名も知らない俺をどのように知り、何故固執するのかの理由を探る事は話しておいた。

 俺の捜索で中心的役割を担ったマールもそれは疑問に思っていたらしく、俺の言葉に納得してくれた。そして彼女は彼女で俺がポルカを守るために世話役に指定した事を理解してくれたので、出会った時よりかは関係が改善されている。

 改善された一番の理由はまた別の話なのだが。


「んじゃ、ちょっと場所借りるぜ」


 俺は許可を取ると幾度となく行った動作で土魔法を行使し、いつもの形を造り上げた。


「詠唱もなく土魔法を!? 凄い、あの魔力といいあんた一体なにも……えっ、湯気ってことはお湯? 火と水と土で三属性をこんなに容易く使いこなすなんて!」


 マールの驚きの声が終わる事には10人は入れるような湯船が完成していた。


「ああ、今日はまだ風呂に入っていなかったんでな。風呂は朝風呂に限るぜ」


 普段なら日課のダンジョンに繰り出す前に朝風呂を食うのが習慣なんだが、今日はこっちに早く戻らなくてはならなかったので諦めていたのだ。

 何とか間に合ったと思ってこちらに戻ると、そこから1刻(時間)以上も待たされるとは思わなかった。



「ちょ、ちょっと! いきなり私達の前で服を脱ぎださないでよ!」


「気にするな、風呂に入るときは皆生まれたままの姿だ。俺は気にしない」


「こっちが気にするのよ、この露出狂、変態! ポルカ、あんなの見ちゃ駄目よ、目が腐るわ」


 誰もお前たち2人のほうを見て服を脱いだ訳ではないのだが、仕方ないので布で仕切りを作ってマールの抗議に対策をすることにした。


 やはり朝風呂は良いものだ。いつもはアルザスの屋敷の中で風呂に入るが、今日は違う場所なのでそれはそれで趣がある。朝に風呂に入る習慣が染み付いているので、入らないと最早落ち着かないくらいだ。


「お前たちも入るか? 監禁状態とはいえ、一応一宿一飯の恩義があるわけだしさ。女湯くらいは作ってやるぞ」


「えっ、いいんですか!?」


 嬉しそうな声を上げるポルカだが、姉のマールは窘める声を出した。


「今は駄目よ。まずは朝の仕事を終わらせないといけないわ。みんなに迷惑がかかっちゃう」


「そ、そうだね、折角のお湯なのに冷めちゃうなぁ、もったいない」


「その時は焼いた石でも放り込めば良いだろ。すぐに熱湯になるさ」


 二人は名残惜しそうに館に戻っていった。この風呂は最終的にこのクランの皆が大いに楽しんだ。

 



 どうやらクランメンバーでも歳若い者達には館の中で仕事が振り分けられているらしい。その仕事の対価として毎日の食事が与えられているというが……。


「朝もたったこれだけかよ。育ち盛りのガキが多いんだから、()が少しは気を使うべきだろ」


 自分の目の前には小さな固いパンが一つと野菜の入ったスープが置かれている。俺はこの食事に文句を付けたが、この食事さえ満足に口に出来ない者がこの王都には大勢いる事は解っている。

 だがこれが納得できるかどうかは別の話だ。


「食べられるだけでもマシでしょう? 文句を言っても始まらないわ」


 片付かないから早く食べちゃってよと告げてくるマールの前に俺は溜息と共に一抱えもあるような大きな白パンとバターの塊を置いた。


 周囲の目がパンとバターに吸い寄せられる。それは子供たちだけでなく、周りの大人も同様だ。


「子供が優先だ。大人が先に手を出しやがったら張り倒すからな」


 先ほどのパンと同じ大きさのものを数個取り出すと、周りの子供たちから歓声が上がる。



「あんたも変人ね。こんなことして何の得があるのよ」


 マールの顔にははっきりと呆れが見える。言葉にせずともこの偽善者と思っているに違いない。実は昨日の夕食も量が少なすぎてこうして追加を出してやったのだ。結果として2回夕食を摂った事になるが、成長期のライルの体は問題なく食べ物を消化した。


「俺の気分が最高に良くなる。腹を空かせた子供を見るのが大嫌いなんでな。個人的な趣味だから他人に理解は求めないが」


「昨日も思ったけど、本当に変な奴ねあんたって」


 そう言いつつも柔らかい白パンを口に含むマールの顔がほころんでいた事を俺は見逃さなかった。




「なあ、俺はここは本拠地だし、もう少し羽振りのいいクランだと思ってたんだが」


 食事を終えて各々が仕事に出ようとしている最中、俺は食堂の椅子に腰掛けてマールに尋ねていた。想像以上に生活の質が低い。まるで明日の飯にも不安を抱いているような印象を受けたのだが、彼女の答えは真逆をゆくものだった。


「何言っているの。ここは金回りの良い方よ、だから仕事もしてないような小さな子供達にも食事が与えられているじゃない。こんなの小さなクランじゃ有り得ない事なのよ? 食べ物が貧相に見えたのかもしれないけど、真冬のこの国じゃこんなものよ。あんた一体どこから来たの?」


 南のランヌ王国からだと答えると、温かい国じゃ考え方が違うのねと感心されてしまった。


「それで、私たちはあんたの世話役としてつけられたけど、一体何をすればいいの? あんたが部屋に篭もっているなら楽なんだけど、そうもいかないでしょうね」


「そうだな、俺はこういったクランに訪れるのは初めてなんで、色々と見回ってみたい。冒険者ギルドにはないようなものもあるって聞くしな」


「クランに所属してなかったの?」


「ああ、縁がなくてな。前から興味はあったんだが」


「いいわよ、田舎者のあんたにこのクランを隅々まで教えてあげようじゃないの」


 こうして俺はマールとポルカに連れられて、クランという独特な場所を案内してもらえる事になったのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。


申し訳ない。これは昨日分です。書き上げてチェックしてたら寝落ちしてました。

八月ラストは今夜の内にもう一つあげるつもりで頑張ります。




もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!



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