魔法の園 20
お待たせしております。
<至高調合>は確か様々なスキルを取得していた時に統合された物の一つだったと記憶している。
あの時はとにかく取れる物はなんでも取っておく感じだったのでどのように統合されたのか覚えていないが、玲二達が取得履歴を見て調べてくれたところによると<調合lv10>と<神薬精製><薬草の心得><毒使い>が融合してできたものらしい。こういった融合系のレベルは俺自身では動かせなかったので取得時の5のままで止まっている。
まだ10歳にもなっていないであろうポルカはその意味不明スキルのレベルが既に8だ。俺もポーション作りは王都にいたときの遊びでしかやっていないが、それだけの経験でもあのスキルの効果が異常だとわかっている。
何しろどんな雑な方法で作っても絶対に成功する上に、何故か作成した水薬の分量が二割増えているという意味不明な現象が起きるからだ。
増えた分は何処から出てくるのかさっぱり不明だが、出来ているのだから仕方ないとあの時も解明を諦めたし、なにより損の無い副作用だった。
あの時作った大量のポーションは今でも<アイテムボックス>にごまんと眠っているし、最近では31層の攻略で外れの宝箱からハイポーションが二桁の単位で出てくるので気軽に使い捨てている有様だ。
余っているのなら売ればいい話でもあるのだが、薬師ギルドは非常に狭い業界で出回っているポーションが何処の工房の品物かが職人が見れば人目で看破出来ると言う。今はあの屑どもにこちらのいかなる痕跡も残す気はないので、来るべき日まで封印中である。攻める時は一気呵成に行うのが俺の主義だ。
「<至高調合>は素晴らしいスキルだが、ただ一つにして大きな問題があるのだ。それは”どんな状況でも必ず成功する”という面だ。熟練した製薬者が鍛錬の果てに得るスキルなら問題はないのだが、私のような多少知識を齧ったような中途半端な薬師でも必ず成功と言うのはいただけないな。それは結果として自らの血肉になっていないからな」
確かにレイアの言いたい事もわかる。俺も手慰みとはいえ、あのポーション作りで色々と苦労した。傍から見れば薬草を煮出しているだけの作業でも、実際は温度管理や、火加減、薬草を最高の効率で煮出す時間など本来拘るべき作業は多かった。
とはいえその時の俺も<至高調合>は使っていたので、出来上がる品の品質が上級から最上級に上がるだけだった。ポルカも試行錯誤を繰り返せばいずれ自分で作ったポーションの質の違いに気付く事になるだろう。
レイアは研鑽無しに優れた力を得ることによる基礎の軽視を気に入らないと言っているが、ポルカの場合の問題はそこではない。
「それ以前にどうやって薬師の経験が皆無の少年にポーションを作らせる流れに持っていくかなんだけどな」
俺が苦笑気味に呟いた言葉に、皆も頷いた。
「確かに。いきなり我が君が”君は類い稀な薬師の才能がある!”と告げても信じないだろう。どうやってそれを知ったんだという話になりかねん。<鑑定>の存在を明かすわけにもいかない」
「その子はクランから追放されてしまうんだろう? その後で勧誘すれば問題ないんじゃないかい?」
「追放を言い出したのがそこの責任者なんだが、当の本人の周りは絶対に認めない空気なんだよ。それにさっき少しだけ話したんだが、その子にとってもあそこが実家で周囲の皆は家族なんだ。自ら出たいというならともかく、無理矢理引き剥がすのはどうにも気が引ける」
「そうなのか。結構厄介だね」
如月の提案はポルカが全ての柵から解き放たれたいと願った場合にしか意味を為さない。実際に姉代わりのマールはポルカを見捨てる気は絶対になさそうだ。だから俺も手を貸してやろうという気になったのだが。
「こっちに引き込んでもそこまで益はないしな。レベル8の<至高調合>は凄まじいが、現状で俺達に何かしてもらうこともない。ポーションの在庫は腐るほどあるし、怪我をしても回復魔法を使えばいいしな」
この場合の最良の決着はあのクラン内で彼の才能を活かし、周囲に認めさせる事だと思う。リリィはスキルの貴重さに興奮していたが、俺がそこまで熱くなっていなかったのは、俺達に得は殆どないからだ。どうせ数日は向こうにいるんだし、その間に何か方法を見つけ出せればいいかと思っていたのだ。
何も思いつかなかったらその後でこっちに引き込めばいい。俺が<鑑定>持ちである事はウィスカのギルドには知れ渡っているので、絶対にギルドで重宝されるだろう。
「あれ、皆揃ってこんな時間に集まっているのは珍しいわね」
「ああ、お帰り。今日も遅かったな」
そのとき、転移環で王都の店から帰ってきたらしいセリカと護衛のアイン、アイスが俺達のいる部屋に入ってきた。今俺が告げたとおり、彼等の帰宅は非常に遅い。仕事が大忙しなのだ。
「ええ、誰かさんがエドガー会頭に無茶を言うもんだから、彼のお手伝いで目の回る忙しさよ」
「それは悪かったな。だが、その割には瞳に力があるぜ。楽しんでいるようじゃないか」
どうやらラインハンザ改造計画はこちらでも準備を開始したらしい。殆ど全てをシュタイン商会のルーカス会長に投げたと聞いているが、エドガーさんのほうでも雑事はあったようだ。
「ええ、それはもう充実してるわよ。あの規模の都市を更に大改造なんて、絶対歴史に残る大仕事になるわ。その大事業に初期段階から関われるなんて商人冥利に尽きるってものよ。それに後援があんたなら、資金繰りに困って頓挫なんてことは絶対にないってわかってるし、必ず勝つ勝負に大きく張らない馬鹿はいないわ」
でも疲れたぁ、とこれみよがしに俺の前で溜息をつくので、回復魔法を使ってやった。何故か俺の回復魔法は疲労回復にも効くらしい。これまでわかっている事から考えられる仮説があるのだが……止めておこう、嫌な予感しかしない。怪我が治ればそれで十分じゃないか。
「だがお前よ。ここ最近は俺の借金取りだって言う建前を完全に忘れて商人一直線だな」
元々俺の監視の名目でやって来たというか呼んだのだが、今じゃランヌ王都で知らぬ者がいない大店の責任者だ。あの”美の館”だけで毎日金貨数千枚の売り上げをたたき出していて雪音が今も欠かさず俺に金貨を持ってきてくれるのだが、その額は増える一方だ。
「だってあんた踏み倒す気ゼロじゃない。むしろ返済が生きる意味の一つみたいになってるでしょ? そんなあんたを逃げないか監視とか労力の無駄よ。だったら自分の商売でもしてたほうがずっと良いわ。それにみんなも喜んでくれてるし、ね?」
セリカの問いにソフィアと雪音が微笑んだ。王都とこのアルザスは距離があるので直接の恩恵は少ないが、二人は”美の館”の関係者ということで学院で注目を浴びている。普通に隣国の王女と公爵が後ろ盾の絶世の美少女というだけで視線を集める存在だが、同時に同姓からの嫉妬や醜い感情の対象にも成り得る。
特に雪音は日本でもそういった感情を向けられやすかったそうで、いざという時は俺が助けに入ろうと思っていたのだが、彼女は彼女で実に強かだった。
”美の館”で使われている美容製品を上手く周囲に使って自分の味方を増やすことに成功したのだ。アルザスでは噂だけが一人歩きしているランデック商会の幻の逸品を雪音と仲良くなれば使わせてもらえるのだ。これで彼女と敵対する同姓は極端に減った。
潔癖な所がある雪音はこのようなやり方を嫌うかと思ったが、さりげなくその事を聞いてみたら”自分の武器を使い、戦って生き残るのは当然です。だからそれが出来なかった日本では弱者の側に回るしかなかったのです”と心強い言葉が返ってきた。
玲二や如月ばかりこの世界を楽しんでいる印象が強かったが、雪音も自分の世界を広げているのがわかった瞬間だった。
だがその後で”そういうわけなので是非受け取って下さい”と千枚単位で金貨を積むのには勘弁して欲しかった。いつも一旦は断るのだが、雪音も金貨を持っていても使い道がありませんから、と極上の笑顔で俺に渡してくる。
確かに最近は買い物で金を使う機会がめっきり減った。食い物はダンジョンの環境層のほうが美味しいし、欲しい物は<アイテム創造>で作ったほうが品質は上だからだ。魔力の増加と共に作れる物が増えたおかげで買い物をする必要が減ったので、金貨が余り始めたのだ。
金貨をそのまま借金返済に使うよりかは事業に投資して利殖しようと思った切っ掛けでもある。
「あっ! セリカおねーちゃん、おかえりなさーい!」
如月の膝の上に居たシャオがセリカを見つけて突撃した。
「ただいま、シャオ。ああ、今日も可愛いわ、ほんと癒されるー」
「えへへ」
セリカもシャオを猫可愛がりする一人だ。今も抱き上げて頬ずりしているし、先ほどまで疲れた顔していたのに既に精気に満ちている。俺の娘はきっと自動回復効果でもあるのだろう。さすがシャオだ。
「にゃあ」
シャオがセリカの膝の上に移動したので、飼い猫兼護衛のクロもセリカの隣まで歩き、そこで丸くなった。こいつはマメな奴で、ちゃんとシャオの安全に気を配っている。部屋の端でだらけた体勢で寝ている駄犬も見習って欲しいものだ。
「で、こんな時間まで一体何を話し合ってたのよ、珍しい」
「ああ、ちょっとした面倒に関わってな」
後れてやって来た彼女にクランでの出来事を語るが、セリカの顔にあったのは困惑だった。
「事情は解ったけど……なんであんたがそこまで首を突っ込む必要があるのよ。そういうのは専門家のユウナが居るじゃない。あんたがやるよりよほど確実に解決してくれると思うわよ?」
「そりゃそうなんだが……毎度毎度ユウナに頼りきりってのもな。今はラインハンザから連れて来た6人の面倒もあるし」
我ながら結構苦しいな。自分で言ってて言い訳めいているのを自覚する。
「物事の重要さから見ても、ここは本職のユウナの出番だと思うけど……」
セリカはそう言って話を振られたユウナの顔を見るが、当の彼女は首を振った。
「全てはユウキ様がお決めになられる事。差し出口を挟む事はあっても、従者として主人のなさる事に異議を挟む事はいたしません」
「まあセリカが言う事も解るけどさ。この件にユウキが首を突っ込んだ最大の理由はそこじゃないから」
「えっ! どういうことなんですか? 何か別の理由があるんですか?」
俺が無言を貫いたからか、玲二が要らん事を言い出した。余計な事は言わんでよろしい。気付かなければ誰も不幸にならない話なのだ。だが玲二の言葉にラコンは驚いている。
俺の視線は得意気になっている玲二には届かなかった。
「その原因の人物とはラコンもさっきまで一緒にいたじゃないか。ヒントはユウキの次の移動先な」
「さっきまで一緒にって……それにユウキさんが次に向かわれる場所……あっ、クロイスさんの領地!」
「あんたねぇ、今更何を」
ラコンと同じ答えに行き着いたセリカが呆れた顔をするが、俺にだって言い分はある。
「ラコン、今日のエレーナの機嫌をセリカに教えてやってくれ」
「あ、はい、えっと、今日のエレーナお姉ちゃんもユウキさんにいつクロイスさんの土地に向かうのかしきりに聞いていました」
「それでセリカに聞きたいんだが、あの状態の二人が出会ったとして、すんなり話が纏まると思うか?」
「え!? そりゃあ無理じゃない? いきなり手紙一つ残して消えたクロイス子爵に思うところはたくさんあるだろうし……」
「その結果としてやってくる厄介事に俺が巻き込まれる可能性は?」
「そ、それは転移環で送ったのはあんたなんだし。エレーナ様や子爵からネチネチ言われる事も覚悟して……だから出来る限り行きたくないのね」
俺の本心を<共有>する仲間は既に見抜いている。別にクロイス卿の領地に行きたくない訳ではないのだが、絶対に面倒になる予感しかしない。具体的にはエレーナもクロイス卿も何で連れて来たと俺を生贄の羊代わりに責めそうな気がする。
それが薄々わかっているので、出来れば先延ばししたかったというのが本音であり、振って湧いたクランの件は言い訳に使えると思って自分から関わりに行ったのだ。
「よければセリカにこの件は代わろうか? 途中までなら送ってやってもいいぞ」
「え、嫌よ、あんなの絶対にこじれるの確定じゃない。修羅場になるのを解ってて首を突っ込みたくは……ないわね、誰だって」
「理解してもらえて何よりだ。という訳で少しの間は向こうにいる。調べ物するだけだから毎日戻ってくるつもりでいるし、数日間の滞在で終わると思うぞ」
この場を締めくくった俺はそう告げたが、それが甘い見通しだったと後で後悔する事になる。
楽しんで頂ければ幸いです。
すみません。クランの話は明日からになります。一つエピソードを抜かしてました。
学院での皆の話も少しはやりたいのですが、それをやると更に話が進まない……どうしたものか。
これはもう玲二主人公の外伝を始めるしかない(死亡フラグ)
日付変わってしまいましたが、また明日(今日)お会いしましょう。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




