魔法の園 19
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「これが本当に伝説のグリモワールだってのかよ? どう見てもボロい本にしか見えないぜ」
玲二が至極尤もな意見を口にした。だが彼も<鑑定>を使って理解した後の言葉である。
「そこは同感だ。俺も発見したときは驚いた。なにせ袋の底敷きに使われてたらかな」
俺の台詞にとんでもない鑑定額を知った皆は吹き出した。金貨5000枚相当の底敷きだ。きっと世界で一番豪華だろう。
「あー、えっと、これ入れたのユウキの親父さんだっけ? 絶対価値知らないな」
玲二が苦労して言葉を選んだ。本当はライルの父親が正しいのだが、この場にはラコンやソフィアがいるからだ。
「そうですね。だからこそここまで存在が知られずに埋もれていたのかと。もしこれがグリモワールだと解っていれば、これほど風化するほど放置はしなかったことでしょう」
ユウナの言葉に皆が頷く。はっきり言って本当に魔導具として使えるかどうかも怪しいボロボロ具合だ。これを売っても二束三文どころか、本ではなく焚き火の焚き付けにしか使えないと判断されてもおかしくない。
「でも<鑑定>ではちゃんと価値まではっきりと出たのですし、起動するのは確かなのでしょう」
雪音の言葉には説得力がある。例えば同じパンでもカビがあったり、中身がスカスカだったりすると鑑定額は大幅に下がって表示されるのだ。現在の時点で金貨5000枚と出るなら期待はもてる。
「多分な。だが、とりあえずは専門家に見てもらおうと思ってる。今起動してみてその本が崩れ落ちたら目も当てられないからな」
そして今この段階で壊れでもしたら、あのギースたちは俺が奪われるのが嫌で破壊したと思うことだろう。後でギャーギャー言われたくはない。
「そりゃそうだけどさ、でもちょっとだけ試してみようぜ? <鑑定>だと時を止めるとか訳わかんない事書いてあるし、超気になるんだけど」
「気持ちはわかるが、もしこれで壊れたら……と建前は一応言ってみたが、俺も効果は気になる。皆はどうだ?」
「え、そりゃユウキが良いならいいよ。どんな魔導具なのかは僕も気になるし」
素人が不用意に触ったら壊れてもおかしくないほどボロボロの状態だ。まずは調査に出したほうがいいのだが、好奇心には勝てず皆も知りたいよな、と理由を付けて起動してみる事にした。
基本的に魔導具の起動は、定められた手順を踏むか、あるいは魔力をごく微量流し込むことだ。後者は当然魔力持ちのみに限られるが、そういった魔導具はえてして優れた機能を持っている。このグリモワールも後者だけあってその例に漏れなかった。
俺は慎重に魔力を注ぐが、なかなか起動には至らない。
「まだなのか?」
「ああ、ゆっくりやってるからな、いきなり大量に魔力ブチ込んでぶっ壊したら目も当てられな……」
自分の言葉は途中で途切れた。明らかな異変を感じたからだ。
「はは、そういうことか。時を止めるという<鑑定>結果。あながち間違っていないみたいだね」
「古代の神器と言われても頷けます。これほどの効果とは」
如月とユウナの声には驚きを超えて呆れが混じっている。俺も口には出さないが同感だ。
俺達の周囲の空間は完全に停止していた。試しに玲二が手に持っていた”すまほ”を手放してみせるが、地に落ちるはずの”すまほ”は空中に停止したままだ。
「凄え。一体どうなってんだ? 物体は止まっているのに俺達は普通に動けるとか! どんだけチートなんだよ……ユウキ、魔力消費は?」
「かなり持ってかれてる。それに展開してる間は常に消費される感じだな」
「でも今のユウキさんの魔力なら全く問題ないようですね。消費より一秒間の回復量のほうが圧倒的に多いです。私の<アイテム創造>をしつつ、魔力が減ってませんし」
「そりゃあ今のユウキの魔力は俺のユニークも合わさって阿呆みたいな数字になってるしな」
31層からの敵は一匹毎に大体一レベル上がる計算だ。俺と<共有>する皆はその恩恵を受けているので全員が猛烈なレベルアップをしている。特に玲二のユニークスキル<オールステータス増加>はレベルが上がる毎にその恩恵が凄まじく、つい10日ほど前にレベルが7に上がった。
玲二のスキルはステータス増加という一見するとありきたりなものだが、当然ぶっ壊れたユニークスキルなので、上昇率が頭おかしい。
1レベル上がる毎に2倍、4倍、8倍と来たので想像通りではあるが、レベル7になった今、当初より128倍の能力値だ。
ただいまの俺の魔力値はMPにして450万を優に越えている。<MP急速回復>は1微(秒)で15%回復するので……67万くらいか。そりゃ回復量のほうが多いな。
余談だが、随分レベルアップした弟子のライカが今のMPは600ほど、大魔法を一人で連発し、魔力が人の形をしているとまで言われるラビラ族のラコンが1000を越えたあたりといえば異常さが解ってもらえるだろうか。
そしてチョコ一つにMPを27000も要求する雪音のユニークスキルがどれほど燃費悪いかも同時に理解してもらえると思う。あちらは無から有を創造するという意味不明な事をするので仕方ないのかな、とも思うが。
「試運転はここまでだ。切るぞ」
俺の宣言とともに宙に浮いていた”すまほ”は重力にしたがって玲二の掌に落ちた。世界の理は元に戻されたのだ。
「マジでとんでもない代物だな。これなら超古代文明の神器と言われても納得だわ。転移環もぶっ飛んでたが、これも大概だ。しっかしよくそんなもんを適当に袋に突っ込んでたな」
「知らないというのは恐ろしいものです。ですが、この品が今はユウキ様の手の中にあると言うのもある種の導きなのでしょう」
ユウナがしたり顔で語り始めた。一番の問題は周囲のみんなもそれに頷いている事だな。さっきまでこのボロい本はライルの着替えの下に敷いてあったという現実を忘れているようだ。
「まあ凄い効果だというのはよくわかった。他にどれほど使えるのかはまた今度調べよう。とりあえずこれはセラ先生の元へ渡すつもりでいる。きっと先生なら俺が何も言わなくても勝手に研究しだすだろ。それに材料費は出すから装丁も相応しい物に作り変えてもらうつもりだ。このままじゃあんまりにもアレだからな。レイア、頼んで良いか?」
今の先生の機嫌の良さなら俺の頼みも快く聞いてもらえる自信がある。
「承った。明日にでも早速話してみよう。きっとご機嫌な今なら色良い返事が来るだろうさ」
「そういえば少し前からアリアも冒険者やってるんだっけ? それで機嫌がいいのか」
玲二がレイアの言葉に得心が言ったように一人でうなずいた。
「ああ、ここ最近の先生の機嫌の良さはこれまでに無いほどだ。これまでなら嫌だと断られただろうが、今なら間違いなく大丈夫さ。折角だし、押し出しの良い装丁にして欲しいと伝えてくれ」
俺は最近、先生の隠された秘密を知ることになった。
あの人、気難しそうに見えて姉弟子のアリアを溺愛しているのだ。あの愛情の注ぎようは俺が娘や妹達に向けるものと同列か、それ以上だ。
なんとなくそうなのかなと思い始めたのはレイアが先生の所に勤めだした頃だ。その時は前より機嫌がいいなという程度だったのが、アリアと年の頃の近いリーナが合流した辺りでセラ先生が穏やかな笑顔を俺に向けるようになった。
そして確信に至ったのが、最近エレーナ達と新大陸の地で冒険者を始めた事だ。セラ先生の店で閉じこもっていたアリアが、掛け替えのない友を得て広い世界に足を踏み出した事が嬉しくて仕方ないみたいだ。
元々が師匠と弟子の関係をを超えた間柄のような二人だが、仲間であるリーナとエレーナ、そしてその縁を繋いだのが俺なので先生の俺に対する愛想も格段に良くなったのだ。
その結果として俺の利益にも繋がっているので、万々歳である。
「ちょっとユウ! 例の話をいつするのよ!」
”双翼の絆”亭から戻った時に別れていたリリィが俺の隣に転移して来た。何処へ行っていたんだ? と思う間もなく、リリィが俺の頭の上に着地した。この状態の俺は頭を動かすと相棒に怒られる。
「ん? リリィ、なに食ってんの?」
俺の頭の上なので視界は効かないが、玲二の問いかけにリリィは自慢げに答えた。
「え、アイスだけど。やっぱ真冬に暖かくした部屋で食べるアイスは格別だね。みんなも食べる?」
「食べる」「シャオも食べる!」
食べ物の気配を感じて夢の国からの帰還を果たした二人に苦笑する。
「その後でちゃんと歯磨きすること、約束できるな?」
「わたしイチゴが良い」「シャオはちょこ!」
あーあ、こりゃ聞いてないわ。全く相棒もつまみ食いするなら二人の見てない所でやってほしいもんだ。
「いやー、ゴメンゴメン。だってユウがいつまでたってもあの話しないんだもん」
「さっきから兄様とリリィは何の話をされていますの?」
チョコミント味のアイスに目を細めているソフィアがそう訊ねてきた。
「聞いてよソフィア。今日ね、その問題のクランで追放イベントに出くわしたの!」
「えっ!? 追放? そうなのね……」
俺と同じくいまいちよく解っていなさそうなソフィア。代わりに玲二が驚いていた。
「マジかよ!? そんな事があったのか! くそっ、折角の貴重な瞬間を見逃したぜ。で、やっぱアレか? お前はクビだ、パーティから追放するとかそういう展開だったのか? んでもって、使えるスキル持ってたんだよな?」
「もっちろん! やっぱお約束にはチートスキルが付き物よね!」
玲二はわかってるわね、と盛り上がる二人に俺達は微妙な視線を送った。それに気付いた二人はわざとらしく咳払いをすると、リリィが俺に話を振ってきた。
「じゃあユウ、その子の話をしてあげてよ」
まるでとっておきの話があるような口振りのリリィだが……殆ど自分で話してしまったじゃないか、俺も今の時点ではポルカについて知っている事は殆どない。
マールとは血の繋がりこそないものの、仲の良い姉弟の関係である事くらいだ。
「だけどユウキが驚くに値するスキルを持っていたんだろう? それは僕たちも気になるね」
「そういう如月も……というか皆も持っているスキルだぞ。そのポルカは<至高調合>持ちだったんだよ。それもレベルは8な。俺はレベル5どまりだ」
俺の言葉に周囲は静まり返った。このスキルの異常さは仲間内には知れ渡っているのでこの反応だ。
「嘘だろ……ユウキ以外であのとんでもスキルを持ってる奴がいたのかよ!」
「なんと。ではその彼がいればそのクランは一生資金には困らなくなりますね。追放されたと言うのなら是非ともこちらで囲いたい人材です」
ユウナの言葉は決して誇張ではない。ポルカは調合など一切行った経験はないようだが、その気になれば今すぐにでも高性能なポーションをいくらでも作り出せるのだ。
「<至高調合>とは、なんとも因果なスキルを持っているな。製薬を志す者としては喉から手が出るほど欲しいスキルであり、蛇蝎のごとく忌み嫌う存在でもある」
レイアの言葉には隠しきれない苦さがある。実際に彼女は日々のポーション作りでは一度もそのスキルの恩恵を受けたことが無いと言っていた。
俺はただの戦士であり、製薬者ではないが拒否する彼女の気持ちも理解できる。
何故なら<至高調合>さえあれば、そこらへんに生えている雑草と濁った水からポーションを作り出すことが出来る。それも絶対に成功する。
<至高調合>とは調合スキルの範疇を超えた因果律さえ捻じ曲げる意味不明なスキルなのだ。
楽しんで頂ければ幸いです。
<至高調合>はパーソナルスキルの一つに当たります。効果は本編にあるとおりで、数あるぶっこわれスキルの一つです。
明日からはクラン内での生活の話になると思います。
明日も頑張ります。
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