魔法の園 18
お待たせしております。
「あ、とーちゃんだ!」
その夜、アルザスの屋敷に戻った俺を早速見つけたシャオが突撃してきた。そのまま抱き上げてやると元気に笑い、俺の首筋に顔を埋める。今日も俺の愛娘は元気いっぱいだ。
「おかえりなさーい」
今日は遊びに来ていた兎獣人の幼子、キャロも同じように突撃してきたので今は二人揃って腕の中だ。
「お、ユウキお帰り。監禁初日はどんな感じだ?」
「どんなって言われてもな。だが、連中の館の一番いい部屋は分捕ったぜ」
玲二がからかい気味に聞いてくるが、俺の腕の中にいる二人にロクでもない単語を聞かせるんじゃない。
「かんきん?」
ほら、反応しちまった。小さいうちは何でも言葉を覚えるからな。だが今回は心配いらなかったようだ。
「かんきんっておいしい? あまいの?」
「いや、食べ物じゃないから甘くないぞ」
「なーんだ」「つまんないの」
すぐに興味をなくした幼い二人はお子様思考で助かったが、しっかりしている兄貴の方はそうも行かなかった。
「ええっ、監禁って、いったいどういう事なんですか!?」
キャロを追いかけて来たらしいラコンと隣のソフィアが俺の言葉にとても驚いている。
「ああ、あとで事情を説明するよ。とりあえず夕飯にしようぜ、そのために戻ったんだし」
俺は皆を連れて本日2回目の夕食に向かうのだった。
「まあ、そういう訳でしばらくあそこから動けない。だがこうやって普通に帰ってきてるし、監禁も何もあったもんじゃないのは確かだが」
結局、何が起きたかを話したのは夕食を終えたあとだった。
夕食時にする話題とかそういう問題ではなく、今日はアードラーさん宅にお呼ばれしていたからだ。キャロとラコンは俺達を迎えに来ていたのである。
「そんな。あのマギサ魔導結社と言えば私でも聞いた事のある有名な人達のはず。そんな人々が兄様にそんな無礼を働くなんて……」
自国で起きた事件にソフィアの顔も曇っているが、ことが公になればもっと大事になるだろう。
俺は一応ギルド専属冒険者であり、ギルド側の人間だ。ギルドの人間をクランが監禁したと露見すれば敵対の意思を明らかにしたとクランを良く思っていないギルド側は認識するだろう。
クランは冒険者の組織なのにギルドが手を出せない領域だ。これ幸いと干渉するだろうし、それはマギサ魔導結社だけで済む話ではない。クラン制度そのものに影響を与えかねなかったりする。
多分この件だけでもギースは懲罰ものの大失態だ。破滅する時の奴の顔が見物である。
「監禁自体はあまり気にしてないな。こうやって帰ってこれるし、あいつらの掛けた鍵は簡単な魔法錠だったから即座に開けられたよ」
それに結果として、マールとポルカの姉弟をクランに留めることに成功した。
もし俺があのまま立ち去っていたらマールも罰を受けて下手したら2人ともこの寒空の下に放り出されていたかもしれない。
回避された未来を思う俺に如月が質問してきた。
「そういえば今更だけど帰ってきて良かったのかい? 普通監視とかあるんじゃないのかな?」
「充てがわれた部屋が来客用だから覗き窓もないし、監視に適した構造になってないのさ。世話役の二人も別室だし、俺は長旅で疲れてると言って分身体が寝台で寝てる。今頃奴等は俺の身元を必死で洗ってる最中だろうから、今日はなにもないだろ」
そして俺の情報は殆どない事を知り、愕然とするに違いない。
ロキの能力である分身体は<共有>持ちの仲間は全員使えるが、未だに単純な動作くらいしか操れない。まともに動かそうとすると自分が身動き取れないくらい集中を要する。これなら自分が動いた方がマシだが、今の場合は役立った。
「ユウキ様の情報管理には万全を期しておりました。絶対に何者にも知られることは無いと思っていたのですが、申し開きもございません」
「気にするな。その理由を調べる為に敢えてクラン内に入り込んだんだ。それに今回は情報管理とかそういう問題ではない気がする。何よりお前が対処して無理なら俺はもっと無理だ」
<実際にユウキじゃなく、本来の体の持ち主の名前で呼ばれたんだろう?普通、活躍から名を知るならユウキの方だし、何かあるね>
念話で如月が話しかけてくる。俺が幽霊でライルの体を使っていることは共有する仲間しか知らない事だ。ソフィア達に隠し事をしていることになるが、そもそも皆には俺が言えないこともいくつがあると最初に話してある。俺がソフィアやイリシャに約束したのは隠し事をしない事ではなく、嘘をつかないことだ。
<俺もそう睨んでる。この理屈を解き明かさないと厄介だ。他の皆がいるときにライルと呼ばれたら最悪だからな。ここで絶対に始末をつける>
<でもきっとそこがポイントだよな。わざわざ前の名前で呼ぶ必要があった、あるいは……>
<その愚か者はライルという名前しか知らなかった可能性が高いですね。ユウキさんを知っていたら、監禁なんて馬鹿な真似は普通しないでしょう>
玲二と雪音の言葉に俺は内心で頷いていた。<念話>で仲間内で会話をしていたので、場には静寂が満ちていた。
それを嫌ったラコンが思い出したように呟いた。
「そういえば、そのグリモワールとは何なのですか? 僕の知っている魔導書とは違うのですか?」
俺もそれは同意見だ。魔法学院にも多様な魔術書が存在するが、そのような呼び方をされてはいなかった。
「私が調べた所によりますと、マギサ魔導結社では古代文明の隆盛期に書かれた古文書をグリモワールと呼称しているようです。なんでも本そのものが魔石を必要としない永続的な魔導具として使用可能な遺物だとか」
「なんだよ、そりゃとんでもない代物だな!」
獣王国のクラン幹部からいかなる方法で聞き出したのかは不明だが、ユウナに続いてレイアもセラ先生から話を聞いて来てくれたようだ。
「なんでもそのクランは古代のグリモワールの回収を使命としているらしい。20人いる幹部はそれぞれ強力なグリモワールを所持していると聞いていたが、我が君の話で今回の件も大まかに見えてきたな」
「なるほどな、あの野郎は俺が持っているはずのグリモワールとやらを手に入れて箔を付けたかったということか」
確かにあの振る舞いを見ても組織の中で求心力がありそうには見えなかった。そんなんでも幹部になれるということだが、クランにはクランならではの事情があるし俺がどうこう言うべき事でもないか。
野郎の目的がわかったところで俺の行動が変わる訳でもない。精々が嫌がらせに使えるくらいだろう。
「で、だ。結局の所さ、ユウキってそのグリなんちゃら持ってるのか?」
一人だけソファに座らず明日の料理の仕込みらしいパン生地を練っている玲二が聞いてきた。
「俺がそんなものを持ってたら、皆に見せびらかしていると思うぞ」
「それかとっくに売り払っているだろうね」
苦笑と共に発せられた如月の言葉に皆が頷いた。だが同感だ。あの全く稼げなくて辛かった最初期にそんなものがあれば当の昔に借金返済の足しにしていただろう。
「ほえ? じゃあ持っていないということですか?」
顔に疑問符を浮かべたラコンが小首を傾げる。その仕草が可愛くて感激した雪音の膝の上に有無を言わさず移動させられた。ちなみに俺の膝の上にはイリシャが寝息を立てている。最近神殿が忙しくて大変なんだそうだ。俺の付き人であるコニーから色々情報を得ているが、イリシャは今が頑張り時なので兄貴としては応援することしか出来ない。キャロは既にお休みの時間だ。
「俺はな。だからちょっと探してくる。すぐ戻るさ」
膝の上のイリシャを既にシャオを受け持っている如月に託す。既に夢の国の住人なのだから寝台に寝かせばいい話なのだが、それをした途端覚醒して俺達にひっつくので膝の上で寝かせる他ない可愛い妹と娘である。
「ここを開けるのは随分と久しぶりだねー」
「ダンジョンへ潜り始めてからは一切触らなかったからな。もう一年近く放置していることになるな」
俺は自分の常宿(未だにここで寝る事が多い)であるハンク爺さん営む”双翼の絆”亭に転移してきていた。隣には先ほどまで俺の懐で爆睡中だった相棒が起き出してきている。
そして俺達は今、寝台を置けば部屋が埋まってしまうほど狭いこの場所で、寝台の底にある収納を開けていた。
ここにあるのはライルの私物だ。俺という幽霊がライルの体を使ってからは、彼の私物に手をつけるのは何か間違っていると感じて封印してきていたのだ。
封印と言っても大したものがあるはずもない。所詮は寒村から人減らしでウィスカに出てきた少年の荷物だ。ズダ袋一つで納まってしまう程度のものだ。身につけていた服やナイフなどの僅かな装備は使わせてもらったが、それ以外は彼の大事な私物として決して触るまいとしてきたのだ。
だが今日はその禁を破る。どう考えても例のブツはライルの私物にあるのではないか、としか思えないからだ。しかし俺としても半信半疑なのは否めない。世界中に支部がある大クランが血眼になって探している秘宝をただひたすら善良であった村人の少年が所持していると言うのも相当に無理がある。
とはいえ彼の私物はこれしかない。それは憑依霊として共に村から出てきた俺とリリィが一番よくわかっている。
「今となってはもうよく思い出せないけど、ライルの私物に本なんてあったかなぁ」
「俺もライルの荷造りを眺めた覚えはないから解らん。だが、あのギースの野郎はライルとして俺を認識していた。ここに無ければ故郷にまで戻る必要がある」
自分で口にしたが、絶対に避けたい未来である。まず間違いなく故郷の家族には俺がライルではないと見抜かれるからだ。ライル兄ちゃんを返せとか言われたら自殺したくなりそうだ。
最悪な未来が来ない事を願いながらライルの私物をズダ袋から出してゆく。僅かな着替え、家族が隠すように入れてくれたのだろう銀貨数枚のお金など、故郷を出てゆく若者を思う家族の気遣いに泣けてきそうになった時、相棒が声を上げた。
「あ、なんかある。ユウ、一番奥のやつ、それ!」
袋の底代わりに使われていたのは一冊の古ぼけた本だった。装丁もぼろぼろで、今にも朽ち果てそうだ。そもそもなんで本をこんなことに使っているんだ? まがりなりにも本は高価で、売れば幾許かの金になるから敷物にするなんてとんでもないことだ。
「きっとカーマインのおっちゃんの悪戯じゃないの? あの人そういうことしそうだし」
カーマインとはライルの父親だ。どんな時も笑顔を忘れない男で、貧乏であったが温かい家庭を築き上げていた。そして彼の悪癖が、こういった悪戯を仕込むことだった。
「いかにもありそうだ……ああ、やっぱり……くそっ、あの二人は息子を永遠に失ったと聞いたらどう思うだろうか?」
本の最初の頁に薄い木片が挟まっている。そこには”金に困ったらこれを売りなさい、大きな街ならそこそこの値になるはずだ”と書かれていた。そこそこの値という辺り、カーマインもこれが秘宝とまで呼ばれる魔導書だとは思っていなさそうだ。
「ライルが死んじゃった事にユウは全く関係ないじゃん! 気にしてもしょうがない事を悩まないほうがいいし、元気出してよ。それにここに来た目的を思い出してよ」
「ああ。そうだったな。ありがとうリリィ」
思わず天を仰いだ俺に相棒がそう慰めてくれた。そうだ、感傷に浸っている場合じゃなかった。この本と呼ぶのも躊躇うようなボロボロの物体が本当にグリモワールなんだろうか?
疑い半分で<鑑定>をかけると、信じられない結果が出た。
「うわ、なにこれ! 完全にチートじゃん!」
「これどういう理屈だよ、意味わかんないな」
俺と相棒は<鑑定>結果に唖然とするばかりだ。
時と空間の真理書 価値 金貨5000枚
遥か彼方より生まれた超文明がもたらした技術の残滓を書き残した魔導書。著者不明。編者不明。作成年代不明。
絶対禁書指定文献 その3。
永続的常時展開型グリモワール。効果は所持者の半径15メトルの空間を停止させる。
契約者 ライル・ガドウィン
<鑑定>の説明を見て、まず思ったのが契約者の欄だった。
「あいつ、一体いつそんな契約してたんだ? 魔法だって一切使ってなかったのに」
「あ、見てこの部分、血が滲んでる。もしかして血の捺印とかそんな感じで契約を?」
相棒の言うとおり、本の一番下の部分に古いが血がついている。これって……
「これは契約じゃなくてただ紙で指切っただけだろ。ああ、そういえばあの家には売れもしないのに先祖代々受け継がれるとかいう古い本がある書斎があったっけな。まさかそこにこのグリモワールが混ざってたとでも? どんな偶然だよ」
「それが偶然でもこれまで全く顧みられずにこの寝台の下で放置されてたんだから。この本の運命を動かしたのはユウじゃないの?」
「どうだかねぇ。だがとりあえずは見つかったんだ。まず第一の問題は解決したと皆に伝えに行こうか」
「そだね、其の後はあのポルカとか言う子供のとんでもない才能も話さないといけないしね」
そうだな、話の無茶苦茶さはポルカの才のほうが凄まじい。やはりリリィの見立てに間違いはないと思わされる話だった。
それを報告すべく俺はグリモワールを片手にアルザスの屋敷に戻った。
楽しんで頂ければ幸いです。
即座に帰還する主人公。監禁とは……
グリモワールの検証はもう少し後で、次はポルカ君の才能です。もう遅い
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




