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魔法の園 14

お待たせしております。



 とある昼下がり、俺は酒場で酔漢たちの与太話に耳を傾げていた。


 場末ではなく、ライカール王都でもそこそこの格式の、ある程度立場のある男達が集う酒場だ。


 とはいえそこで行われる会話の殆どが他愛ない話、賭場で買った負けた、どこの酒場にかわいい給仕がいるだのどこの世界でも変わらん話ばかりだが、今日の彼らの話のネタは一風変わっていた。


「おい、聞いたか? 例のケッサクな話をよ!」


「あん? 何だよ、フレダ家の色狂いが仕込んだ隠し子の件は聞き飽きてるぜ?」


「ちげーよ。その様子じゃ知らねえな? あの我が国自慢の“翡翠”サマの件だよ。今の界隈じゃ一番アツいネタだぜ」


 自慢げに語り始めた若い細身の男に、小太りしたおっさんは胡乱げな視線を向けた。


「おいおい、危ねえ話はすんなよ? 俺の親方の知り合いも翡翠のせいで王都追放食らって未だに解かれてねえんだ。迂闊に聞いちまって警邏の御用は御免だぜ。それとも何か? 頭がイカれちまったって聞いたが、とうとうくたばったか?」


「それじゃめでたい話だろーが。ケッサクだって言っただろ?」


「じゃあ一体何だってんだよ。勿体つけやがって」


 その若い男は周囲を見回したあと、小さな声で話し出した。


「翡翠が心を入れ替えたって聞いたら信じるか?」


 男の台詞にもう一人は飲んだ酒を吹き出した。


「有り得ねえ。天地がひっくり返っても無ぇ話だ。俺は親方と一緒に王宮に上がって翡翠を直接見たことがあるが、その時は怒り狂って宮廷画家を首にする所だった。あの婆さんは死ぬまであの性格だろうよ」


 つまらん事を言うなと酒盃を呷った固太りの男だが、相手が真面目な顔を崩さないので怪訝な顔をした。


「なんだよ。まさかマジな話だってのか? ()()婆さんだぞ? これまで何人裏で始末してきてると思ってんだ?」


「俺もそう思ってた。けどよ、昨日ウチの商会の番頭が離宮に呼び出されてよ。番頭も何を言われるやら戦々恐々だったそうだ」


「まあ、色々逸話があるからな、あのババア」


 皇太后の吝嗇は有名だ。大商会の大番頭を呼びつけて納めさせた品に瑕疵があったと代金を踏み倒した事も何度かあるとか。当然、商会側は泣き寝入りだ。


「その場にはウチの商会以外にも有名所がずらりさ。一体何が始まるのかと思ったそうだぜ」


「この野郎、焦らすんじゃねえぞ」


 男が相手の酒盃に酒を注いでやる。


「へへ、俺も聞いておったまげたぜ。なんとあと婆さん、何をトチ狂ったか貧乏人や金の無い病人を突っ込む救護院を国中に作れと仰せだったそうだぜ?」


「はあ? おい、そりゃ聖女様と話を間違えてんぞ。あの翡翠の婆さんがそんな殊勝な事言う筈ねぇだろ。作り話ならもっとマシな話にしろよ」


「と、誰もが思うじゃんか。たがよ、店に帰った大番頭の鞄の中には白金貨や金貨が詰まってんだよ。なんとあの婆さんが自分で金を用意したみたいだぜ」


「嘘だろ!? あのドケチ婆が? 気が触れて離宮に押し込められたと聞いた時はざまあみろと笑ったが、一体何があったんだよ?」


「そりゃわかんねえよ。人間一度死にかかると人生観変わるって言うが、それかねぇ」


「無ぇな。ライバル毒殺したそのテーブルで平然と飯食ってたっていう怪物婆だぞ。そんなタマかよ」


「だよなあ。心変わりなんて柄じゃねえんだよな、あの婆さん。ただよ、俺の取引先の娘さんが離宮で下働きしてんだが、気になる事を言ってたんだよ」


「あの婆さんの下で働いてんのか? そりゃ難儀だな。で、何があるってんだ」


 男は話に完全に興味を示して、自分の酒の肴を相手側に寄越した。


「その嬢ちゃんが言うにはよ、婆さんは朝目が醒めたら別人みたいになってたってよ。その前の日までは普通に癇癪起こしてたそうだ」


「はあ? じゃあ何かよ、皇太后サマは一夜にして悪女から聖女に早変わりしたってことか。はっ、そりゃ確かにケッサクだ。あの婆さんが今まで散々踏み潰してきた弱い奴を気に掛けるはずが無ぇ。その行動が何日保つか、賭けようぜ?」


「乗った。俺は明日には戻ってると見た」


「ふざけんな、それじゃ賭けにならねえじゃねえか! 俺だって同じ考えだ」


 野郎二人はそう大笑して酒盃を傾けた。

 喧騒はまだまだ続いている。




「とりあえず、今回の落とし所はこんなとこだ。二人は思うところもあるだろうが、ここは堪えてくれ。何よりもソフィアのために」


 酒場の一番奥の個室に俺達はいた。俺の座る卓には双子メイドとレナ、そしてジュリアが座っている。この場の主役となるソフィアは席を外している。いや、外す時間を敢えて選んでこの場を設けたのだ。


「私は納得した。あの婆の断末魔の叫びを聞けた。それで充分、これで一区切りにする」


「サリナに同じくです。母の仇が無様に悶え苦しむ様を見て満足しました。まだ思うところもありますが、()()は皇太后に似た別の何かです。私の知る怪物は死にました。ここで復讐は終わりにして、前を向こうと思います」


「わ、私は、姫様とお姉様たちがそれでいいなら……構いません」


「それはそれとしてユウキ殿は一体何をしたのだ? あの皇太后が何をすればあのような事を言いだすのだ?」


「下衆にはそれなりの対応したまでさ。ソフィアが悲しむから、ちゃんと生かしてやっただろ? ()()はどうだか知らんが」


 俺は意地の悪い笑みを浮かべた。その場にいた双子がなんとも言えない顔をする。

 老婆の体を痛めつけるような真似はしなかったが、精神的に跡形もなく破壊してやった。


 手順は簡単だ。いつものように<洗脳>で頭の中身を書き換えてやったのだが、今回は念入りに、徹底的に<洗脳>した。これまで襲ってきた暗殺者は簡単な暗示程度で済ませていたが、今度ばかりは本気だ。我の強い老婆で結構<洗脳>に抵抗していたようだが、それがかえって双子たちの溜飲を下げさせたようだ。


 今の皇太后は昔の人格は一欠片も残っていない。俺はこれを形を変えた殺人だと思っている。たとえ姿や声が同じでも、中身がまるで別人になっている。皇太后という人間を構成していた全てを消してしまったからだ。

 俺としてはこんな性根の腐った婆さんでも死ねばソフィアが悲しむだろうと思い、特別に手心を加えてやったのだ。


 先ほどの男たちの会話にもあったとおり、今の皇太后はこれまでの所業を悔い改め、自分が不幸にしてきた人数の10倍を救済するまで死にたくても死ねないように<洗脳>してやった。今までの所業が酷すぎて全く信じてもらえていないのには笑うしかないな。


 双子から見ても完全に別人になっており、彼女たちの中で皇太后は既に死亡した扱いだ。本来の人格は完全に消しているから、二度と苛烈な性格に戻る事はありえない。


 いつもながら<洗脳>はえげつないスキルだなと思わずにはいられない。




「そうだな。過去は変えられないものだが、それにいつまでも囚われちゃあ人生つまらない。折角生きるなら楽しく過ごした方がいい」


 俺の言葉に皆は頷いてくれた。これでソフィア達を苦しめた続けた問題はひとまず解決したといっていいだろう。

 離宮であまりにも警備が少なすぎたことに不審を抱いていたが、あの場にいたメイドたちからの聞きとりで理由は判明した。なんでも数日前にとある人物の命令で突然警備の人間が減らされたという。


 そしてその命令が下された日時は、俺がラインハンザに到着した日だった。この符号をどのように読み解くかはそれぞれだ。

 命令者は母親を俺に差し出す事で贖罪をしたつもりなのか……同じソフィアの兄としていずれ話をしてみたい人物だ。



「さて、皆は屋敷に戻るか? 俺はライカールの王都でも少し見物してからランヌに戻ろうと思っているけど」


「私は戻ります、姫様が心配されていると思うので」「同じく」「わ、私も帰ります」


 メイド三人は主人の側を離れているのが不安らしい。転移環でアルザスに戻っていったが、ジュリアは残っている。


「私はこの王都の魔導具屋に用事があるのだ。ユウキ殿、よければ王都を案内しようか?」


 ジュリアの申し出は渡りに船だ。広い王都を適当に見回るよりも案内があったほうが面白そうだ。


「いいのか? そりゃあ助かる」


「ふふ、ではご案内しよう。ライカール王都、水の都セイレンを」



 この王都セイレンは中央に大河ウェーザーを挟んで分割されたような外見をしている。しかしその河にかかる橋が巨大だ。橋というかもはや床というか、河の上に巨大な道を作ってしまったようだ。

 人々は水運の恩恵を享受しつつ、橋の上に建物を立てて生活している。


 そして魔法王国の異名の通り、至るところに生活に役立つ魔導具が設置されている。ランヌ王都では大通りのみにある魔灯(魔導具を用いた外灯だ)が入り組んだ小道にもあるのを見たときには、大したもんだと感心してしまった。


 俺はジュリアがあれこれと案内してくれるのを田舎者丸出しで、驚いたり感心したりしていた。王都の街路にもこの反応から見て何らかの魔導具が埋められているような気がする。

 伊達に魔法王国を世界に名乗ってはいないな、とまずはジュリアの目的地である大通りの魔道具屋に足を運んだのだが……そこで俺の期待は裏切られる事になった。


「品揃えは意外と普通だな」


 特徴を挙げるとすればどれも豪華な装飾を施されている点だろうか。いかにも貴族の屋敷にありそうな品ばかりだ。


「ユウキ殿が思い描いているのはセラ導師の八耀亭なのだろうが、あそこは別格ですよ?」


 ジュリアの言いたい事もわかる。セラ先生が俺以上に規格外であることは理解している。魔法学院で様々なその道の”権威”と呼ばれる人物に会って来たが、僅かな例外を除いて期待外れもいいところだった。俺が学院の教官たちによい印象を持っていないのはそのせいでもある。

 それにダンジョンの街ウィスカに店を構えているだけあって、先生の店の品揃えはとても豊富だったが、外敵が侵入すると音を鳴らして教えてくれる魔導具の需要が王都の店にあるとは思えない。逆に先生の店では金持ちが喜びそうな装飾の施された品など一つもなかった。

 その土地柄における需要の違いは俺だって理解しているつもりだ。


「ジュリアの用事は済んだのか?」


「はい。ソフィアの留学が終わるまでは取りに来れないと思っていたましたので、ユウキ殿に感謝です」


 ジュリアは魔導具の補修をこの店に依頼していたらしい。非常に大切にしていた品のようで、今も押しいただくように大事に持っている。


「君にとって掛けがえのない品のようだな」


「これはソフィアの母君。ヒルデ様から頂いた物で、私の一生の宝物です」


 包装紙から取り出されたのは装身具(ブローチ)の魔導具らしい。ジュリアもソフィアの母親に並々ならぬ恩義があるとは聞いていた。何せ始めて会ったときには自分の身を捨ててまでソフィアを守ろうとしていたほどだ。

 丁度二人きりだし、いい機会なので例の話をするかと思い立った俺だが、不意に真剣な顔をしたジュリアに俺の考えは中断する事になる。


「しかし、気付いておられますか?」


「ああ、3人いるな。俺は麗しの子爵令嬢が目当てだと思っているが?」


「そんな、私などソフィアに比べれば芋のような顔ですよ。むしろ私は名にし負う“<(シュトルム)>”が気になっているのだと思いますが」


「そんな馬鹿な。俺はここに初めてやって来たんだぞ? どうやって俺を見つけ出したんだよ」



 俺達は何者かから尾行を受けていた。

 


 だがこの面倒事もライカール王都で俺を待ち受ける様々な面倒事の序章に過ぎないのだった。



楽しんで頂ければ幸いです。


ライカール王都編ですが、王都というか別の集団の話になります。


きっと魔法の園 40 とか行くんだろうな、と半ば覚悟しています。ダンジョンの話もちょこちょこ入れるから長くなりそうです。


あ、それとHJ文庫大賞の一次先行突破してました。昨日発見して狂喜しました。

これでもっと見てくれる人が増えるといいなと思う今日この頃です。



 もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!


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