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魔法の園 13

お待たせしております。



「二人は納得してくれたと思ってたけどな」


 俺は現れた双子に突き放すような口調で言った。これは本音だ、二人を連れて行きたくはなかった。


「納得してない。話の途中でいつも姫様が来て中断になっていただけ」


「そうです。私たちは貴方の言葉を受け入れたわけではありません。あの悪魔に鉄槌を下すまでは、死んでも死にきれません」


「で、ソフィアに許可はもらってるんだろうな?」


 その問いかけに二人は揃って視線をそらした。双子だけあってこういうときは息があっている。


「ソフィアの許しなしに二人に危ない事はさせられないな、俺があの子に怒られる」


 夜明けを迎えたばかりなのできっとソフィアは眠りについているのだろう。だから二人も気兼ねなくあの子の側を離れられたのだ。


 答えない二人に背を向けると、俺は離宮に向けて足を踏み出した。


「レイア。二人を送り返したら転移環を回収しておいてくれ」


「待って」


 俺の手を取ったアンナが無言で俺を見つめてくるが……くそ、目を合わせなきゃ良かったな。


 失われたものを想う目をしていた。



 二人の母親がどのようにしてこの世を去ったのかは、前に話に聞いていた。ライカールの王宮で皇太后主催の宴に呼ばれたソフィアの母、ヒルデが酒杯(もちろん毒入り)を飲むことを強要された際、彼女たちの母親が奪い取るようにそれを飲み、命懸けでヒルデを守って死んだのだそうだ。その時の事を二人は悪夢の記憶として脳裏に焼きついているという。

 そしてヒルデは母親を亡くした双子をまだ乳飲み子だったソフィアと共に姉妹のように養育したのだそうだ。

 だが、結局はそのヒルデも皇太后の仕掛けた罠から逃れることが敵わず、ソフィアが6歳のときに他界する。その時は既にヒルデの側付きメイドだったが二人だが、何も出来ず無力だった己を呪い、ソフィアを守れる力をつけようと努力を重ねてきた。


 そのような事情を聞けば憎い仇である皇太后の始末に同行を申し出てもおかしくないとは思っていた。

 だが、ソフィアは自分の家族が義理とはいえ叔母に当たる人物を手にかけたと聞けば悲しむだろう。


 その話題が出るたびに俺はそう二人を諭してきたのだが、人の復讐心は簡単に捨てられるものではなかった。俺が早朝に仕掛けると聞いた二人はその瞬間を逃すまいと待ち構えていた。早朝に偶然目が覚めていたという如月が巻き込まれたのは不運だったな。


「お願いします。私達もこの悪夢を終わらせたいのです」


「自分の腕の中で母様が冷たくなってゆくのを夢に見るのはもう嫌。ケジメをつけたい」


 両の腕を二人に掴まれてしまっては俺もどうする事もできない。

 


「ソフィアに顔向けできないから二人に手を汚させるわけにはいかない。だが側で見ているだけなら許す、そして俺の指示には絶対に従ってもらう。それが守れるな?」


 溜息をついて妥協案を出した俺に二人は即座に頷いた。隣で俺の甘い判断にレイアが苦笑しているが、もしもの時にはお前にも面倒を引き受けてもらうからな。




「魔法王国の異名を持つだけの事はあるな。警備の人員は少なくても警戒の魔導具の数は大したもんだ」


 俺達は離宮内部に足を踏み入れた。ここで目につくのは数多くの魔導具による警備だった。スカウトの技術を持つサリナが解除すべく動き出したが、俺がそれを止めた。

 魔導具の系統が侵入者を迎撃するものではなく、警報を鳴らす類いの物ばかりだと気付いたからだ。正直これなら<消音>で音を消してしまえばいかに警報音が鳴ろうとも警備の者には気づかれない。

 俺達は騒ぎを起こしたいのではなく、皇太后に引導を渡したいのだ。目的を済ませたらさっさと退散する。俺はともかく双子は朝の仕事がある。レナも早起きなのできっともう起床して二人がいない事に気付いているだろう。そこからソフィアに連絡が行くのは避けられない。

 避けられる面倒は避けてゆくに限る。



「あの婆はどこにいるの?」


「一番奥の部屋だ」


 サリナの問いに俺は答える。相棒を除くと既に付き合いは最も長いので、この二人は俺の能力を大分理解しているので余計な問答は必要ない。


「周囲に人は何人いますか?」


「二人だけだ。扉の前を守る騎士さえいない。ちょっと警備が手薄すぎる気がするな、誘われているんだろうか」


「罠?」


「さあ、どうだか。たとえ罠であっても食い破ればいい、押し通るさ」


「頼もしい。もしあなたが貴族だったなら姫様を安心してお任せできるのに」


「俺に出来るのは精々ソフィアの兄としてあいつの力になってやる事くらいしかない。貴族なんて俺には無理さ」


 俺とサリナの会話にアンナも参加してきた。


「どうでしょうか。これまでの振る舞いを見れば高位貴族としても十分やっていけそうでしたが? 私の望みとしてはユウキさんにはウォーレン公爵家の養子になっていただき、姫様をもらってくださるのが最良なのですが」


 俺達は普段からソフィアや子爵令嬢であるジュリアがいないときにはこのような気安い、あるいは緊張感のない会話をしていたが、今の双子にしてみれば気を鎮める為のひとつの手段なのだろう。仇がすぐ近くにいるとあって込み上げる怒りと殺気、そして緊張が隠せなくなってきている。


「二人とも、そう気負うものではない。君たちはただの見届け人なのだから、そう殺気立ってはいけない」


 様子を見かねたレイアが口を挟むほど気負っているが、10年近く苦しめられた全ての元凶がこの先にいるのだから、普段通りにはいかないのかもしれない。



 そして魔法の鍵がかかっていた豪華な扉をあっさりと開錠して俺達は音を立てて皇太后のいる部屋の扉を開いた。


「な、何者です! ここをいったい何処だと……」


「黙る。騒がなければ命まではとらない」


 既に<消音>済みだが、皇太后の側付きメイドと見られる二人が叫び声をあげるものの、双子がその首筋に刃物を押し当てて黙らせる。そのまま手足を拘束して猿轡まで仕込む手際のよさを発揮して、レイアの出番を奪ってしまった。


「邪魔者は排除した。でも少し尋問したらあと半刻もせず他の使用人がやってくるそう」


「そうか。じゃあさっさと始めようか、と言いたい所だが、どうやら皇太后本人は中々面倒な事になっているようだぞ」


 サリナが俺に報告する間、アンナが皇太后が眠る寝台に近寄り、その上掛けを取り払う。あいつめ、手を出すなと言ったのに先走ったなと思う間もなく、その異変に気づいた。


「はッ、不様。そのまま舌を噛み切って死ねばいいのに」


「ええ、全く。錯乱して自傷行為でも繰り返したのでしょうか? 何処までも愚かな老婆」


 二人の冷え切った辛辣な言葉の通り、その老婆は寝台に四肢を拘束させられていた。更に目隠しと口には詰めものまで入っている。


「ふむ、これは錯乱して暴れたのだろうな。精神を病んだと聞いていたが、かなり重症だったようだな」


 珍妙な者を見る目で観察しているレイアとは別に、この皇太后に恨み骨髄の双子はいい気味だと吐き捨てた。

 しかし俺としては少々困ってしまう。


「しかしどうするよこれ。俺はこの婆さんに引導を渡しに来たんだが、こんな状態じゃ何を言っても無意味だろ」


「始末してしまえばいい。さっき拘束したメイドも生傷ばかりだった。きっとこの陰険婆が日常的に暴力を振るっているに決まってる」


「その通りです。この状態で死んでいれば王宮でも不審死とは思わないでしょう。貴方がやらないなら私がやります」


 これまで受けてきた仕打ちを思い出して二人の殺気が膨れ上がるのを感じる。


「俺の指示には絶対に従えと言っただろ。判断は俺がする、二人は黙って見ていろ」


 俺の一言に二人は殺気をぴたりと収めた。俺とのようやく約束を思い出したのか、大人しく壁際に立っている。この中では唯一冷静なレイアが俺に口を開いた。


「しかし我が君の目的はこのままでは達せられないな。半狂乱の人間に因果を含めても意味はあるまい。壊れた精神を治す方法など神聖魔法でも聞いたことがない。打つ手なしか……」


「いや、ある。俺の回復魔法はあっち側に行っちまった奴も引き戻せる。一度やった事があるからそれは確かだ」


 レン国でこの皇太后並みに諸悪の根源だった首魁を捕らえた時に拷……尋問で気が触れた奴を無理矢理こちら側に引き戻して地獄と言う地獄を味合わせた事がある。屑野郎を簡単に逃がさない画期的な方法だと思った記憶があるが、確かあの時は<共有>する皆に見ないほうがいいと告げて遮断していたのだ。

 俺もあの時は腸煮えくり返っていたが、それでも仲間に配慮する分別は残っていたのでレイアは知らなくて当然だ。今思い返してもあの内容を誰かに教えたいとは思わない。


「じゃあ治すか。二人とも聞いておいてくれ。今から俺はこの婆さんの精神を癒して治す」


「そんな事しなくてもいい。この下種は絶対に感謝などしない」「そうです、それどころか嬉々として侵入者の私達を始末すべく動き出すでしょう。ここで殺すべきです」


「二人は何か勘違いをしていないか? 俺がこの婆さんを治すのは、ちゃんと自分の罪深さを骨身に染みるほど理解させてから地獄を見せるためだぞ。このままじゃこちらの怒りを何一つ伝える前に死なれちまうだろうが」


 俺が妹の命を狙った奴に善意など一欠片も抱くはずがない。この婆さんにはたっぷりと自分の行いを後悔してもらわないといけない。

 俺の意思が正しく伝わって双子の口元が歪むのがわかった。殺したいほど憎い相手に俺が苛烈な報復を行うと知って喜んでいるのだ。

 まったく、普段は善良なこの二人をここまで憎悪に走らせるとは、この婆さん相当のタマだったようだな。



 俺の回復魔法は異常だ。前から何かおかしいと思っていたが、確信したのはレイルガルド聖王国のエリザヴェータ姫と出会ってからだ。回復魔法の術者でもある彼女から色々な話を聞いていると、俺が使う魔法の異質さが明らかになった。

 普通は、怪我を癒しても傷跡は残るそうだ。自然治癒に比べ、魔法という外部からの影響で怪我を治す影響なのか傷跡がはっきり残ってしまうと聞いた。


 ということは俺がイリシャに行ったような傷跡が跡形もなくなるような魔法は本来の回復魔法ではないようだ。俺としては思い出すだけで腹に黒いものが湧き上がるあの傷を残らず消せてよかったが、世間的には絶対に公表してはならない案件だ。


 そしてもうひとつ、錯乱した精神も普通は回復魔法で治らないそうだ。これまで多くの戦場で心を病んだ者が出てきたが、どんな高位回復魔法を受けても治った例はないそうだ。薬物中毒が治るのに精神異常が治らないのは不思議なものだ。


 エリザヴェート自身は俺が回復魔法を使える事を知っているが、もし公表しようものなら今日にも治癒師ギルドが勧誘と言う名目で加盟を迫ってくる。モグリの治癒師は絶対に許さないのが彼等の信条だからな。



 それはともかく、何故か俺の魔法はいろんなものを癒せる。皇太后(今の婆さんは目隠しと口の詰めもののおかげで人相はよく解らない)に魔法をかけてすぐ効果が現われたようだ。今は前と変わらず四肢を拘束している事で自分の状況がよく解ってないらしい。モガモガと何か叫び始めた。


「早く黙らせて。その声を聞いているだけで不快」「今からでもお手伝いしてよろしいですか? 自分の立場が解っていなさそうなので、現実を教えたいです」


 背後の双子から怒りの気配を感じる。時間もあまりないし、さっさと事を終えるか。


 レイアが目隠しを取り、侵入者が自分の部屋に入り込んでいる事実に一層暴れたが、顔の真横に俺がナイフを勢いよく突き刺すとすぐに大人しくなった。


「いい朝だな、皇太后さんよ。ギャーギャー喚かないなら口を利けるようにしてやる。俺の言葉を理解したか?」


 <威圧>をかけて凄むと、皇太后は何度も大きく頷いた。


「だ、誰ぞあ……」


レイアが口の詰めものを取った瞬間に叫びだそうとした皇太后の額に石礫が炸裂した。間違いなくサリナが投擲したものだろう。彼女はスカウトの他にアサシンとしての訓練も受けているからこれくらいはお手の者だ。事実、してやったりと顔に書いてある。


 激痛に悶絶している皇太后に回復魔法をかけてやる。元気の良い奴も初っ端に出鼻を挫いてやれば借りてきた猫のように大人しくなる。それは皇太后も例外ではなかった。


「俺の言葉が理解できなかったようだな。生まれはいいはずなのに頭は残念だ。皇太后のあんたがこれじゃこの国の程度が知れるな」


「な、何者じゃ。この妾を誰だと思って……」


「誰って、好き勝手やりすぎて息子にも愛想つかされた婆さんだろ?」


「下郎が、舐めた口を! 何処の手の者か!?」


 俺の挑発に皇太后は目を見開いて怒りを露にした。こうしてみると昔は大層な美人だったんだなとわかる面影をしている。だが、なんというか……ダメだな。人を憎み陥れる事ばかり考えて生きているとこんな姿になるのかと考えさせる容姿になっている。年齢はまだ50台後半のはずだが、70台を超えているのではないかと思わせるほど老けて見えた。

 だがその眼光だけは異様な光を残している。まずはこの光を消すとしよう。


「おいおい、俺を知らないのかよ。その割に気が触れて寝込んじまうほど俺の贈り物を楽しんでくれたようじゃないか?」


「き、貴様! 貴様が! あの小娘に与したユウキとか言う冒険者か!?」


「自己紹介は不要のようだな。どの道あんたはこれ以上何も知る意味もないが」


 俺の言葉に隠された意味を嗅ぎ取った皇太后はぞくりと身を震わせた。


「妾を殺すつもりか? そうなればランヌと戦争ぞ」


「何寝言を吐いてやがる。気が触れて錯乱した今のあんたが死んだところでただの自然死だ。誰も陰謀とは思わないだろ。むしろこの国ではあんたの死を待ち望んでる奴の方が圧倒的に多いだろうに。その地位を固めるまでにこれまで何人殺してきた?」


 ユウナが調べてくれた所によると、側妃だったこの婆さんが正妃になるまで5人、正妃となった後も少しでも自分の座を脅かしそうな者を次々と始末してきた。

 周囲の者を含めると軽く50人は殺ってきている。関与が疑われるだけなら倍は軽い。


「ふん、宮廷では弱い者が死んでゆく定め。だからこそ妾が生き残り、勝者となったまでよ。誰に誹りを受ける筋はないわ」


「ああ、それについてはもう過ぎたことだし、今更口にしても仕方ない。だがあんたがしでかしたことのツケが今こうやって巡ってきた。だから今度はあんたの()()なのさ。ただ、それだけのことだ」


 俺は死者を見送るべく穏やかな笑みを浮かべた。最近悪党共を地獄に放り込む際はつい嗤ってしまうのだが、貴婦人の端くれには相応の礼儀を払うべきだろう。


「ひっ」


 だが無意味だったらしい。歯の音が鳴るほどの恐怖を感じた皇太后はあろう事か寝言をほざき始めた。


「幾らじゃ! 幾ら欲しい! あんな小娘では小銭のような報酬しか出せまい。男に乗る事しか能のないあの泥棒猫の母子より、この国の皇太后である妾ならお前のような下賎な冒険者風情が見た事のないような財宝を……」


「愚かな。見事なまでに選択を誤ったな」


 レイアの呟きが俺の耳に入る事は無かった。


 俺の妹を侮辱しやがったなこの糞ババァ。上等じゃねぇか、よくよくこの世に未練がないようだ。


「良かったな婆さん。俺が痛みも苦しみもない世界に連れて行ってやるぜ」


「や、止め、何をする気じゃ。この高貴な妾になにをす……あ」



 こうして俺は()()を終えた。


 ライカール史、いや大陸史に名を残す大悪女として知られた皇太后はこうして歴史の表舞台から消える事になった。





楽しんで頂ければ幸いです。


毎日あげるなら3000字にすべきなんでしょうが、どうしてもキリの良い部分までやろうとすると長くなりますね。


明日はこの件の顛末と新展開です。


それではまた明日お会いしたいです。


 もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!



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