魔法の園 11
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ラインハンザには都市の南北に自然が生み出した障害物がある。
北には巨大な森林が、南には見上げるような大岩が至る所にゴロゴロしている巨岩地帯と呼ばれる地域が存在した。
人の手では開拓不可能な人知の及ばぬ領域だが、元々ラインハンザがその隙間を縫うように作られた都市だった。南北に難所があるにせよ、河川が近くにあり交通の便も良い場所にあるこの地に港町が作られたのは必然だった。
造船で栄えたのも大森林のお陰で船の建材である樹木が豊富だったのと、当時のラインハンザに職人が多数存在したことによるらしい。
正直、職人に関してはろくな情報が残っておらず、俺自身は相当後ろ暗い真似したんじゃないかと疑っている。外洋に出る船は卓越した職人技が必須であり、名工として名を残していないはずがない。ある意味では領主よりも大事にしなければならない存在のはずだが……真相は闇の中だ。
そんな訳で造船業が発展してきたこの都市だが、やはり儲けるには交易してナンボだ。造船も大事だが、俺の目的はソフィアのライカール王宮における存在感上昇なので後見である子爵の権勢拡大が必須だ。
これがいかに大事なのかは魔法学院にいる玲二と雪音が証明している。
貴族が幅を利かす学院で二人がのびのびやっていけるのはウォーレン公爵家が後ろ盾についているからだ。他の平民生徒は貴族から色んな嫌がらせを受けていて、それに怒った玲二が揉め事を起こしている。
そして玲二を馬鹿にされた俺が出張って全てをブチ壊すのが定番で、最近では学院に通わせる貴族の親は玲二と揉めるなと指示されているとかなんとか。
話が逸れたが、北部貴族の影響下にある学院(アルザスは北部にある)でも公爵家の力は群を抜いている。何故ならアドルフ公爵がこの国を代表する権力政治家で、彼を舐める愚か者がいないからだ。
ソフィアの為にも子爵にはそれ相応の力を身に着けてほしいのだ。
子爵といえば下級貴族に当たるが、この国ではそこまで弊害ではない。例の皇太后の大はしゃぎによって高位貴族は大きく数を減らしたという。聞いた所では名前だけの公爵家が2つ、候爵と伯爵は合わせて10家もないという大暴れ具合だ。その分子爵や男爵は大量に居るという歪な構成になっている。なんでも皇太后の癇癪を恐れて降爵を願い出た貴族が多数いたそうだ。そしてそれを許した当時の国王がいかに嫁を恐れていたかが解る話だ。王妃にそんなに権力があったのだろうか。
そんな感じなので子爵の地位もそこまで悪いわけではない。子爵が皇太后の魔の手から逃れられたのも、ラインハンザという“僻地”に見向きもしなかったからだ。いくら発展しようが王都以外は5流以下というのがライカール貴族の認識である。
何でこんなに王都至上主義なのかを以前ソフィアに尋ねたら、なんでも王城の地下には古代文明の魔法研究所の遺構があるらしい。国王以外立ち入る事さえ禁じられた最秘奥のようだが、そこからもたらされた発掘品が魔法王国の異名をライカールに与えたと考えると神聖視するのも頷けなくはない。
そんな国で子爵の影響力を高める方法は限られている。どんな事をしても王都じゃないから無意味、で終わってしまう状況をひっくり返す手段の一つ、いや俺が手助けできる中でも最強の方法がラインハンザ大改造計画だ。
この計画は簡単に言えば南北にある障害を取り除き、都市全体を巨大化するのだ。この世界の都市は基本城壁都市だ、強固な城壁に守られて民は魔物や街道にまれに出没する盗賊から安全に生活出来ているわけだが、欠点も存在する。仕方のないことだが発展限界が城壁の中までであり、それ以上の成長が見込めないことだ。
それを解決するには城壁を崩して都市を拡大する必要があるのだが、それを実際に行った例は皆無に近い。城壁破壊時も外敵の来襲が懸念されることもあるが、まず費用対効果が見込めない点が大きいだろう。
だが俺は断行する。何故なら他にソフィアのために出来そうな手段が他に見当たらないからだ。他国人の俺が王宮を我が物顔でのし歩き、ソフィアの敵を叩き潰した所で彼女の評価は高まらない。むしろ外患を招いたと非難されかれない。真っ当な方法でやるしかないのだ。
この改造計画を思いついたのは大分前、そして発案者は俺ではない。話が上がったのは玲二達と出会う前、まだ俺が王都に滞在していたころだ。似たような話を皆でしており、ジュリアが何の気なしに自分の故郷がもっと大きくて誰からも注目されるものであればソフィアがこのような目に遭う事は無かったのにと後悔の言葉を口にしていたのだ。
その時に彼女の故郷であるこの街の事を聞き、俺の意外な反応を奇貨としたジュリアは着々とこの他愛の無い妄想を現実化すべく肉付けを行ってきた。
そして彼女の努力の結晶が子爵の前に計画書として置かれているのだが……自信満々なジュリアとは対照的に俺は微妙な顔だ。あの計画書の前身を前に一読した事があるのだが、正直に言ってあの計画に判子を押す奴は阿呆だ。
なんというか、あれだ。相棒の評価が一番的を得ている。”ぼくのかんがえたさいきょうのきょだいとし”とかいうのを地で行き過ぎている。本来この計画もここで出す気はなかったのだ。何せこの都市に来るのが想定外で、ジュリアがこれを子爵に見せるなど思いもしなかった。あれは俺が大部分を担当する事が前提で書かれており、本当なら提出の前に色々口出ししなくてはいけない内容だ。普通に森を切り開き~、とか書いてあるからな。それを行うのにどれだけの労力と時間、そして金額がかかるのかの予測を書いて出すのが計画書というものだ。
最終目的が同じとはいえ、今は荒唐無稽な大計画より関係者を交えた実務者協議を少しずつ始める段階なのだが、いきなり現れたジュリアが俺の言葉を受けてこれが計画書です、と綺麗な冊子を差し出してしまった。
そしてそれを読み始めた子爵の顔に青筋が立ち始めた。まあ気持ちは解る。俺も秘密の場所に呼び出されてあれを読まされては怒りたくもなる。俺の手による巨大都市建設! とかが糞真面目に書かれているのだ。大筋としては間違ってはいないが、色々端折りすぎている。というかあの覚書みたいな内容を清書して計画書にしている事さえ俺は知らなかった。ましてこの場に出すなら俺に一言あってもいいはずだろうに。
なんだかんだ言ってジュリアも子供の頃から剣を振って生きてきた人種で、交渉には向いてないことを理解した。だが相手が父親でよかった、これが赤の他人の承認だったらペンドライト子爵家の見識を疑われる所だった。
「……これを書いたのは、筆跡からしてジュリアだな?」
子爵が怒りを抑えた声で娘に問いかける。俺は心の声で今すぐジュリアは転移環で帰ったほうがいいと忠告したが、<念話>もちではない彼女に当然その声は届かない。
「はい、このラインハンザを誰もが羨む巨大都市にすれば父上の、ひいてはソフィアの力になります。今すぐにでも着工を開始して……」
「どこの世界にこんな荒唐無稽な計画を実行する愚か者がいるか! 私は子供の遊びに付き合うほど暇ではない!」
「父上! よくお読みください、この計画は必ず成功する約束された未来です。何故それを解って下さらないのです」
そりゃ必要な事だけしか書いてないからだよ。その必要な事を成し遂げる為に何をするのかの説明を省いているからしょうがない。だが彼女を責める気もない、その説明をあの人と共にこれからするつもりだったのだ。
「ジュリア。君には妹達を頼みたい。妹たちには退屈な話になるからな」
既に俺の膝の上で舟を漕いでいる二人をジュリアに預ける。ここで俺を交えて親子喧嘩されても困るからだ。ジュリアは不服そうではあったものの、俺の言葉に従って転移環で戻っていった。
それはそうと、今この場にいるのは俺と子爵だけだ。夫人とジュリアの妹たちは転移環を使って王都に遊びに行っている。
貴族の夫人やお嬢さんなんて茶会や習い事でもなければ基本暇している。だからセリカの創作事業(玲二などは同人誌製作といっていたな)など王都では暇をつぶすにもってこいの催しが毎日のように開かれており、その評判を聞いていた皆はソフィアの了解を得る前に突撃していってしまったのだ。
俺は話し合いが終わればすぐにでも移動するつもりだったのだが、有無を言わせず遊びに行ってしまった。こりゃ帰ってくるまで待つしかなさそうだ。
「さて、そちらの計画書ですが、いろいろ抜けている場所はありますが大筋ではそのように動きたいと考えています」
「悪いがこのような夢物語に付き合う事はできない。行動に移したが最後、他領から笑いものになるだろう。この街があの二つの天然の要害に挟まれているのは事実だが、森林により造船業は栄えている側面も否定しない。そもそも都市を大きくしたとして繁栄に繋がる保証が何処にあるのだ?」
「私が後押しします。それが保証です。何より私がソフィアの為にこのラインハンザに巨大になっていただかなくては困るのです」
俺の有無を言わせぬ言葉に子爵が息を飲む。俺の中では既に決定事項だ、これは子爵の都合ではなく俺の都合なのだ。
「あ、貴方の強固な意思は理解したが、それでもこの無茶な計画は!」
言いかけた彼の言葉を手で遮り、俺は計画書を手に持った。
「この夢物語を実現する為に、この場に呼びたい人がいるのですが、招いてもよろしいですか?」
「解った、貴方のこれまでの行動を鑑みて、一度だけ話を聞きましょう」
俺の顔を見て冗談で済ませる気はないと理解した子爵は許可を出し、俺は待機していた彼に連絡を取った。
呼び出した彼に俺はまず頭を下げた。
「突然に申し訳ない。暖めていた話がいきなり軌道に乗りまして」
「いえ、例の件も進んでいませんでしたし、新大陸の懸案を解消する格好の案件です。やはり我が主人は強運の持ち主だ、問題が生まれると同時に解決策を提供していただける」
俺を主人と呼ぶこの人に俺は頭が上がらない。自分の事も暇じゃないと言うのに俺の呼びかけに即座に応じてくれたのだ。
「貴方は、まさか!?」
「子爵様にはお初にお目にかかります。私はランヌ王国で商売を営んでおります……」
貴族に対する礼を行おうとした彼を子爵は止めた。それどころではないらしい。
「ランデック商会のエドガー会頭であられるか!! いつかお会いしたいものだと思っていた。殿下も娘も大層世話になっていると聞いている」
「姫殿下や皆様には過分なご愛顧をいただいております」
「何を申される。商人の間で貴方の名を聞かぬ日はない。沈まぬ太陽と称されるランデック商会は世界に名を残す偉大な商会として残ると今から噂されているほどだ。しかしこの場においでになるという事は?」
「はい、我が主人であるユウキ様のお召しにより参上いたしました。この度の貴都の改造計画に僅かではありますが、お力添えができればと思いまして」
「実に有り難い申し出だ。しかしあなたのほどの実力者をしてもこの雲を掴むような話を実現させると言うのは……」
「子爵様は我が主人をご存じないから無理もありませんが、彼さえいれば全て実行可能です。この造船都市が海洋交易都市へ、更には総合海洋都市に成長する一助となれば幸いです」
俺如きが何を言っても子爵の心は動かせないが、多大な実績を伴うエドガーさんが口にすれば説得力が違う。商人として海洋交易は非常に実入りの大きい商売であり、オウカ帝国にいた頃の彼はそれを主力としていたそうだ。今は逆に謎の商品を売り捌く事ばかりやっているので久々の商売にやる気になっている。
それも自分達の手で新たな場所に港まで作れるのだ。商売人や船乗りが使いやすい形に始めから作る事が出来るとあって、血が滾っているそうだ。
話しこむ二人に俺は声をかけた。
「そういえば子爵、このあとに面会の約束があるようですね? この国で商業を行うなら、彼も味方に引き込みたいのですが。どうせ規模から言ってエドガーさんの商会だけでは扱いきれませんし」
俺の言葉の真意に気付いた子爵は家令に命じてその人物をこの温室に招き入れた。
「ふむ、思った以上に早い再会となりましたな」
「ははは、貴方とは縁があるとは思いましたが、まさか別れた翌日に別の場所で見えるというのは私も想像していませんでしたよ」
子爵家に挨拶に訪れていたライカール最大の規模を誇るシュタイン商会のルーカス会長に、俺達はそう言いあって堅く握手を交わした。
「これはリアム殿もお呼びすべきであったかな? 子爵との面会は私の後だったのでお二人はまだこの屋敷に到着していないのです」
昨日は同じ宿を取ったという3人はこの地を治める子爵に挨拶をしてからそれぞれの故郷に戻る予定らしかった。
最後が微妙な感じになってしまった俺としては、もう一度ちゃんと挨拶をして別れたかったので、この屋敷で待つのもいいか、と考えている。
「しかしこの場にエドガー会頭がいらっしゃるとは。子爵閣下となにか密談ですかな?」
「私個人の意見ですが、是非ともシュタイン商会のお力を借りられないかと思っています。そちらにも損はさせません」
「貴方がそこまで仰るなら、興味が出てきましたぞ」
席に着いたルーカスさんは子爵に挨拶をした後、エドガーさんと握手をしている。二人はエドガーさんがオウカ帝国にいた頃、何度か顔を合わせていたという。
子爵としても世界を代表する大商人二人が真面目な顔で言葉を交わす姿を見て俺が冗談を口にしているとは思わなくなったらしい、真剣な顔で議論を交わしている。
本職の会話に素人がついていけるはずがない。俺は論より証拠を見せつけるべきと都市の南にある巨岩地帯に足を踏み入れていた。
「しかし本当に謎の巨岩ばかりだな。こりゃ人力じゃ確かに無理だ」
見上げるような大岩が山ほど存在している。何でこんな事になっているんだと聞きたくなるような風景で、周辺住民は奇景として半ば名物化していると言っていた。魔法で何とかなりそうもないほど大きく、放置する他無いと諦めた過去の為政者たちの溜息が聞こえてきそうだ。
「まあユウには関係ないんだけどね」
「まあそうだな。普通に入るし」
俺の懐から顔を出した相棒の言葉通り、俺は<アイテムボックス>にどんどん巨岩達を放り込んでゆく。<範囲指定移動>は岩を持ち上げる必要がないので俺一人であっと言う間に作業が進んでゆく。
しかしこの大岩は凄いな。どうやったらこんなデカい岩が山ほど生まれるのだろうか、堆積岩じゃないよな、となんとなく見ていたらふと既視感を覚えた。
「どしたのユウ?」
「いや、この岩ってさ、何か土魔法で生み出されたような気がして」
「へ? んーと、あ、そうかも。ほんのちょっぴりだけど魔力の残滓があるね。でもたぶん相当前のことだね」
だろうなぁ。きっとラインハンザが作られる前からあったような事を言っていたし。まあとにかく俺の用事はこのデカい岩を一つ残らず掃除することだ。本当なら砕いてしまおうかと思ったのだが、巨岩というのはそれだけに価値があるのだ。なにしろ土魔法で作れるのはせいぜいが一抱えもある岩が限度で、こんな見上げるような岩は普通なら天然ものだ。<鑑定>をしてみても魔法で生みだされたただの岩なのに銀貨数枚の価値が出ている。砕くのはいつでも出来るのだし、何かの役に立つかもしれない。<アイテムボックス>の容量はほぼ無限で場所がない訳でもないから、取れるものは取ってしまおう。
それから1刻(時間)ほどかけて巨岩地方と呼ばれた場所はライカールの地図から消える事になった。いまでは平坦な岩の大地が見渡す限り続いている。この場所を都市区画にすれば色々と便利になるだろう。城壁だって有る程度切断すれば運べる事は解っている。俺の能力を知らなければ荒唐無稽に見える計画も、俺が四六時中ここに関わっていれば不可能な事ではない。
もちろん俺も自分のやりたい事はあるのでいつまでもここにいるということはないけど。
「獣王国で激変が起こったと聞いていたが、事実だったのか!」
「はい、長らく使用不可能と言われていた第三埠頭が利用可能となり、あの国の最良の立地かつ最大の港が使用可能になりました。更に言えばほぼ手付かずだった周辺の土地を私どもが確保しておりますのでこの都市を大改造して貿易都市になった暁には、最良の交易相手となる事は保証いたします」
「その件に関しては私のこの目で確認しております。既に当地でエドガー会頭と土地交渉も済ませており、良地を得ております。私の商人としての目を信じていただけるのでしたら、この話、乗らねば大損どころか後世に物笑いの種を提供するだけかと」
「ルーカス殿、この国最大のシュタイン商会の主である貴殿がそこまで言うのだな」
子爵の慎重な声にルーカスさんは自嘲ささえ含む声で答えた。
「これより先、我が商会がライカール最大を名乗れるとすれば、それはランデック商会と提携するほかないかと。子爵閣下もご存知のとおり、こちらのエドガー会頭が世に送り出す商品は他の追随を許しません。こちらでもいくつかの品を買い取り、抱えている職人に技術を盗ませようとしましたがいかなる名職人たちも匙を投げる有様です。そしてそれはこれからも続くでしょう。彼らは私たちでは手の出ない唯一無二の商品を作り出せるのですから」
無言を貫く子爵に畳み掛けるようにルーカスさんは続けた。
「ランヌ王国で勢力拡大中のランデック商会が、自国よりも我がライカール、そしてこのラインハンザに注力すると言っているのです。失礼ながら、もし閣下がこの案を蹴ったとしても国王陛下に意見具申して何としても勧めて頂きます。もちろん、我が商会も身代を賭けて挑ませていただく。これほどの好機を見逃したとあらば、商人の誇りをかけて看板を下ろさなくてはなりません」
「シュタイン商会がこの事業に身代を賭けるか……」
ルーカスさんの熱意に子爵は完全に圧倒されている。エドガーさん以外、俺が戻ってきた事さえ気付いていないようだ。
「確実に勝てる商売に挑まないのは愚者のみです。それになによりエドガー会頭もよくご存知だと思いますが……」
そこまで告げてルーカスさんは俺を見た。続いてエドガーさんもだ。
「彼は匂うのです」
なんか失礼な事を言われた気がする。これでも毎日風呂入っているんですが。
「エドガー会頭も感じておられるに違いない。彼の全身から猛烈に金の匂いが発せられています」
エドガーさんが深く頷いた。
「私としては彼が巻き起こす何もかもに一口噛みたくて仕方ないのですよ。本当にエドガー会頭が羨ましい」
「わたしは彼に拾われた身ですから、やはりユウキ殿には余人に推し量れぬ何かがあるということでしょう。それは姫殿下が健やかに異国で過ごされている子爵閣下ご自身が何よりお分かりのはず」
「それは、わかっているのだがな……」
話が途切れた段階で俺は口を挟んだ。
「議論は纏まりつつありますか?」
「計画自体は子爵閣下も乗り気と思われます。私とルーカス会長が信用の担保となっておりますので。有り得ない事ですが、最悪我等が損害を被ると申し上げておりますが、最後の一押しと言った所ですな」
椅子に腰掛けた俺の問いに隣のエドガーさんが小声で答えてくれた。
「子爵の方もいきなりの話で戸惑われるかと思いますが、殿下の将来を考えると着工は早い方がいいのです。正式な許可はともかく、内示だけでもこの場で決めていただきたいと思います」
これは一旦持ち帰ってよくよく相談を……という話にはならない。誰にも諮らず即決できるのが貴族社会のいいところではある。この街の最高責任者は彼であり、決めるのも責任を取るのも彼だけだ。国防に関することでない限り、国王にお伺いを立てる必要もない。街の拡張は彼に権限がある。国に話を通せばあちらにも益のあることだから補助金が下りる可能性はあるが、その分国から人間が送り込まれる事になる。領地に対する自治権を与えられている貴族にとってあること無いこと報告される国の人間は目触り以外の何者でもない。
「……」
沈黙する子爵に俺は畳み掛ける。
「ご懸念は?」
「総工費だ。話を聞いていると薔薇色の未来しかない。正直言って当家にそこまでして頂いて申し訳ないほどだが、これほどの超大工事、一体金貨いくらかかるのか想像もできない」
「大分荒い数字ですが金貨500万枚ほどで納まると見ています。港湾機能さえ最初にできてしまえば交易は開始可能ですので、初年度から利益は見込めます。むしろ急がないと獣王国側がせっついてきますね。こちらの要望でラインハンザ用の枠を空けておけとお願いしてあるので」
これは半分嘘だ。今は年明けから少したったころだが、この件を本格化するのは今年の終わりか来年だと思っていた。ソフィアの事を考えると急いだ方がいいのは確かだが、俺一人で進む話ではないから優先順位は高くなかった。
獣王国としてもこれから第三埠頭の整備を開始した段階で、大型船が行き来するのにはもう少し時間がかかるだろう。あちらの大商人たちがラインハンザ用の通商枠を取ってあるのは確かだが。
俺は利点を述べたつもりだが、子爵は黙り込んでしまった。
「将来的に回収できる見込みとはいえ、それほどの額はとてもではないが用意できん、二つの商会が援助してくれるような口振りだったが、100分の1も出せんだろう」
この話は終わりだと打ち切ろうとする子爵に俺は待ったをかけた。
「さきほど私が後押しすると申し上げました。半ばこちらの事情を押し付けているようなものなので、工費についてもほぼ全て負担するつもりです。とりあえず手付けとして50万枚ほどなら明日にでも用意できます」
こんな風にと最近見せ金として使っている白金貨100枚の束(これで金貨1万枚だ)を子爵に見せつけるようにゴトゴトと置いてゆく。白金貨ばかりこんなに持っている理由はダンジョン31層からの話をしなくてはいけないのでここは割愛する。
白金貨の束が10個を越えた辺りで子爵が現実に帰ってきた。
「解った! よく理解したからこの金をしまってくれ! これほどの金を無造作に出されると心臓に悪い!」
「ご理解いただけて何よりです。しかし全てこちらの金となると交易の売り上げをこちらで独占せざるを得ないので、多少はそちらからも出費を願いますよ?」
「私の目の前にいる少年が私の想像の及ばぬ規格外であると再認識した。つまり私は君の提案に頷くだけの道具でいいという訳だな?」
「あくまでこちらの我が儘ですので。無理をお願いするのですから通すべき筋があると思っただけですよ。それに工費のほうもそこまでかからない可能性も高いです。手間と金の掛かりそうなところは私が手伝いますから。もちろん都市の民に仕事を与えて経済を回すのも大事ですが」
「過分な配慮痛み入ると言うべきだが、それでも我が都市の周囲には難所が多いぞ」
「とりあえず巨岩地帯は地図から消しました。明日からでも開発可能になっていますよ」
「は? いや、何を言っているのだ? 一帯を埋め尽くすほどの大岩だぞ?」
「ええ、おかげで一刻(時間)ほどかかりましたが」
なんだろう、会話が通じていない気がする。微妙な空気が漂う夕日に照らされる温室に二人の男の快活な笑い声が響く。
「ははは、子爵閣下。ユウキ殿の二つ名をお忘れか? 私も獣王国であの浚渫された第三埠頭を見た瞬間は同じ反応をしたものです」
「ユウキ様ですからな。我等凡人と同じ括りで物をお考えにならぬ方がよろしいかと」
面会の時間が近づいているらしい、リアムとミネア嬢の姿を視界に捉えた俺は、子爵の呟きを聞き逃していたが、その表情からこの会談が上手くいった事を確信するのだった。
「なるほど、我が都市にも全ての常識を吹き飛ばす超大型の”嵐”がやってきたということか。それなら納得するしかないな」
楽しんで頂ければ幸いです。
いかん、この話だけで終わってしまった。予定では既にラインハンザを離れていたはずなのですが……順調に伸びそうです。
何しろ作中ではあの航海からまだ翌々日と言う事実。さっさと話を進めなければ。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




