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魔法の園 9

お待たせしております。



 背後から声をかけた俺に謎の侵入者は劇的な反応を見せた。


「あ、おい待てって!」


 俺が止める間もなく窓を体当たりで叩き破って闇へ体を投げ出した。ここは屋敷の来客用の部屋で3階建ての最上階なんだが、そんな事はお構い無しの行動だった。


 体当たりで窓を破ったので当然ガラスの破壊される派手な音がした。あーあ、ガラスは高価だってのに遠慮なく割りやがって、深夜に迷惑だろうが。


 他人様の屋敷内で<消音>などを使う気も、使う暇さえなかったので盛大に音を立ててしまった。異変は家人にも伝わっただろうから、すぐに誰かが駆けつけるだろう。

 しかしなんだったんだあいつは? 普通に考えれば暗殺者なんだろうが、これまで相対してきた手練たちとは大きく毛色が違っていた。破壊された窓から逃げ去ってゆく謎の黒ずくめの小さくなった後姿を見ながら疑問に思うとすぐ隣にユウナが現われていた。


「追いますか?」


「いや、必要ない。お前もやっているだろうが<マップ>で補足してあるしな。それにどうやら一人じゃなかったようだぞ」


 <マップ>には奴の他にこの屋敷から急速に離れてゆく5つの点があった。どう見てもお仲間だろう。この屋敷に何らかの用があって、ついでに俺の面でも拝みに来たのだろうか? そうすれば奴が殺気を抱いていなかった事、すぐに逃げを打ったことも理解できるが……あんな派手に逃げ出さなくても良かったはずだ。


「ユウキ様が完璧な隠形で気配を消されておいででしたから。腕に覚えのあるものであるほど、背後を取られた衝撃は大きくなりますから私自身はあの者の反応も理解できます」


 背後を取られたって……ユウナは大袈裟すぎるな、実際はそんな大したものじゃない。

 俺がこの部屋に設置した転移環は、不意に誰かが訪れても気付かれないように、人が入れるほど大きな衣装用収納の中に置いていたのだ。そこから帰還して収納の扉を音もなく開けたら奴がいたというだけである。

 あの黒ずくめにしてみれば誰もいないと思っていた部屋でいきなり後ろから声をかけられた訳だ……そりゃ驚いて逃げ出すのも解らなくはないな。


「それよりユウナはまだ起きていたのか。もう遅いぞ、戻って休めよ」


「我が主よりも早く眠るなどありえません。ユウキ様がお(やす)みになられてから、私も休みます」


 結構頑固なユウナなので俺が寝ないと本当に起きているだろう。今日が徹夜明けで珍しいだけで、これまで俺はダンジョン攻略の為早寝早起きが主(というかこの世界じゃ皆そうだ。光源の魔導具でもない限り蝋燭で夜は光を得るが、消耗品のため意味なく使う事は少ないのだ。普通に夜更かしする玲二たちのほうがこっちじゃ異常だ)なのでユウナがそのような理由で起きているとは思わなかった。

 彼女を早く休ませたいなら、俺がさっさと寝たほうがいいというわけか。


「わかったわかった。俺のあの件を片付けたらすぐ寝る。ユウナも休め、夜更かしは美貌の敵だと皆が言っていただろう?」


 俺は壊された窓を指差した。破壊音を聞きつけて家人がやってくる足音も聞こえる。


「承知いたしました。何かあればすぐ参ります」


 そう告げてユウナも転移環でアルザスに戻っていった。俺がそれを回収し終わると同時に部屋の扉が大きく叩かれる音がした。


「ユウキ殿! ご無事であられるか!?」


 なんと子爵その人がわざわざ駆けつけてくれたらしい。ここは普通執事か誰かだと思っていたので、その対応に驚くと共に、俺を相当大切に扱ってくれていることに感謝した。さすがジュリアの身内だ、人間が出来ている。


「ええ、深夜にこのような音を立ててしまい、申し訳ない。皆様にもご迷惑をおかしたようだ」


 扉を開けて出迎えた子爵は夜着だった。本当に着の身着のまま駆けつけてくれたらしい。ありがたくて頭が下がる思いだ。


「何を申されるか! 客人として御招きした以上、全ての責はこちらにあるのは当然だ。しかし貴方が狙われるとは想定していなかったのも事実だが……」


「どうやら賊は他にも入り込んでいたようですし」


 俺の言葉に子爵は重々しく頷いた。彼の話ではこの都市は一月ほど前から謎の盗賊団に悩まされているようだ。命まで奪う強盗というわけではなく金品のみ盗む泥棒のようだが、その正体はまるで掴めていないという。


「我が家もこれまで幾度か狙われていたが、小金を奪われる程度だった。だがまさか貴殿の部屋に忍び込むとはな。運がないというか、哀れというか」


 まるで俺が血も涙もない殺戮者のような表現だが、それは誤解だ。俺は明らかな敵対者以外は結構手心を加えているつもりだ。確かにこれまで多くの者を血祭りに上げてきた事は認めるが、それは相手がこちらに害意を持ってきたからだ。そんなに派手に暴れた事は……あるかもしれない。異国の子爵が流れてきた噂で判断しても仕方のない面はあるな。派手な噂ほど広まりやすいし。


「変な奴でしたよ。何をするでもなく、声をかけたら即座に逃げの一手です。あんな逃げ方をするとは思わず、申し訳ない。高価な窓を壊してしまいました」


 正直に頭を下げた俺に子爵は頭を上げて欲しいと言ってくれた。


「何も気にする事はない。これは我が家の落ち度だし、貴殿が先ほど随分と気を利かせてくれたと報告を受けている。むしろこちらが貰い過ぎていると家令から報告があったほどだ」


 先ほどの白金貨5枚分の交換の件か。総額で言えば倍以上の物を入れたのは事実だが、それこそ額面通りにやるものではないだろう。それにランデック商会の値付けが強気すぎる面もある。異世界の創造品とはいえ、酒の一瓶が金貨20枚はいくらなんでも強気すぎると思う。如月もいいとこ大銀貨(大銀貨10枚で金貨一枚だ)1枚程度の価値だと言っていた酒だが、それでも即座に売り切れるのだから強気の価格設定でいくそうだ。

 酒を買う購買層が超富裕層だから見栄も込みの値段らしい。この一杯が金貨一枚分だぞ、とその事に満足を覚えるような連中から金を毟る事に異議はないが、身内であるジュリアの家族をそのような扱いにするつもりはない。


「あれは適正な価格です。市場価格とは別と思ってください。殿下の叔父上にそのような真似をしたと知れれば私が殿下とそしてジュリア殿に怒られますから」


「ふふ、娘の手紙からは君を崇拝しているような節だったがね。まあそれは夜が明けてから話そう。とりあえず部屋を移っていただきたい。客人をこのような場所に留めておくわけにはいかない」


 俺は別にここでも構わないと言いたかったが、子爵の言葉に従った。他にも起き出していた使用人たちに命じて俺は新たな部屋に通された。調度品などから明らかに格の落ちる部屋で、子爵は客人をこんな部屋に通して申し訳ないとしきりに謝っていたが、もう寝るだけだし気にならない。

 なにせ此処に来る直前は、貧民窟の安宿で寝ていた俺である。むしろこの寝台も柔らかすぎて結局床で寝る羽目になった。まあ、いつものことである。アルザスの屋敷でも俺は基本床板の上で寝ているから、シャオやイリシャが俺と共に寝るということは皆無だ。二人が寝付くまで側にいる事はその分多いが。



「昨夜は客人として御招きしておきながらこの不手際、主人に代わり謝罪いたします」


「貴家も被害に遭われたご様子ですし、私に実害はありませんから、どうかお気になさらず」


 俺は翌朝の朝食の席で子爵夫人からの謝罪を受けていた。賊が客人の部屋に侵入するなどホスト(接待者)としてはあってはならない事だから婦人はこうして謝罪しているが、子爵家は俺にとってすでに身内判定だから俺も大事にする気はない。


「そう言っていただけると、胸のつかえが取れた気分ですわ」


 母親だから当然だがジュリア似の美女に微笑まれるとそれだけで得した気分になる。


「奥方がそのようなお顔をされると皆が気落ちしてしまいますよ」


 折角の朝食の場なのですし、と彼女の娘たちに視線を向けると俺の意を汲んだジュリアの妹、ティナとセルマはその美貌を輝かせた。


「そうです、お母様。このパンの美味しさと言ったらもう! 普通の白パンなのにここまで美味しいなんて。お姉さまからのお手紙に書いてあった事は事実でした!」


「この卵も私達の知るものとは全く違う美味しさです。ジュリアお姉さまや姫姉さまたちはこんな美味しいものを毎日召し上がっているなんてずるいです!」


 俺は別に食い物の美味さを評価しろなどといった覚えはないのだが……夫人にはこれが効いたようだ。


「まあ本当に! 今まで食べてきたものが全て偽物のように思えてくるわ。ジュリアとレナはいつもこんな美味しいもの口にしているなんて羨ましいわ」


 なんかもう好きになってきたわこの一家。朝食の場の空気を変えて欲しいとお願いしたつもりが食事の品評会になってしまっている。ああ、この感じ、ジュリアの家族だと再認識した瞬間である。


「セルマ! このジャム凄いわ! こんなに濃厚な甘さ、初めて!」


「この蜂蜜のようなものは何かしら? 蜂蜜よりも滑らかだけど、違った風味があるわ!」


「それはとある樹液を煮詰めたものです。なんでも北方にはそのような甘い樹液を出す樹が存在するとか。その中でも最上等級の品だと聞いています」


 古今東西、女性に贈る物は最上の品であることを強調するのは大事である。この品も異世界産というより最高の品であることを喜んでいるように見える。


 しかし子爵家の朝食の場だというのに、出て来る品が見覚えのあるものばかり……はっきり言おう。この腸詰めといい、ベーコンといい昨日俺が渡した食材しかないんだが。俺としてはラインハンザでしか食べられないような特産が良かった。


 俺の不満が顔に出ていたらしい。姉妹の年長であるティナが口を僅かに尖らせて言った。


「だってこのような素晴らしい品をお出ししないなんてありえませんもの。我が家の料理人も本当は当家の食材を使おうとしていましたが、ユウキ様が持ってきていただいた品を味見したら即宗旨替えをしましたのよ?」


 妹のセルマも続く。二人の顔出ちはどちらかというとジュリアよりソフィア、レナに似ている。


「近隣諸国に名を轟かせるランデック商会の品は本当に素晴らしいです。この世のものとは思えません。昨夜なんか、お父様達が隠れてあの天上界のお菓子を……」


「セルマ、お客様になんという事を!」


 夫人が娘を叱るが、なんのことはない。俺が出して夫妻が目聡く見つけた“ちょこれいと”を娘たちもしっかりと見つけていただけのことだ。俺がアルザスの屋敷とダンジョンに行っている間、熾烈な親子喧嘩が勃発したらしい。


「だってお母様たちだけずるい! 私やお姉さまの分まで食べてしまうなんて! あれほどの悲しみはペットのジョンが老衰で亡くなったとき以来です!」


 食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、生き物の生き死にと同列か。流石はジュリアの家族だ。


 余談だが子爵が席を外しているのは昨夜の一件が片付いていないからだ。子爵家としては金貨10数枚が盗まれたらしい。額が少ないと思われるが、魔法が発達したこの世界では金持ち達は魔法の鍵付きの机やとても持ち運べないような大箱に貴重品はしまっている。家の人間を脅して開けさせるような強盗ならともかく、盗みに入るだけなら被害額はそうでもないらしい。家財を盗られてもどうせ品が流れる場所は決まっているし、領主ほどになるとスカウトギルドにも伝手があるから買い戻すのも容易だ。

 むしろ貴族にとっては盗みに入られたという不名誉の方がよほど大きいようで、朝からその火消しに走っている。


 しかし怒り方がレナとそっくりだ。以前ソフィア達がからかってレナの分のおやつを食べてしまい、それを知ったレナが烈火のごとく怒り出すのだが、その様がまったく同じだ。もちろん実際に食べてしまったわけではなく、それはもう怒るレナの後ろから彼女の分の菓子が差し出されて、怒った顔から笑顔になる変化がとても愛らしい、という彼女たちのちょっとした悪戯だ。


 その事を彷彿とさせ、俺の口元が緩んだ。それを敏感に感じ取ったセルマ嬢の顔に朱が差す。


「いや、失礼。お詫びといっては何ですが、追加分を置いておきますから、それでご容赦ください」


 客人に見せるべきではない振る舞いに恥じ入っていた姉妹も追加の“ちょこれいと”という言葉にすっかり笑顔になっている。本当にジュリアやレナの家族だなぁ、俺も初めて訪れた場所だと言うのに実家のような安心感を感じている。


「よ、よろしいのですか!? あのお菓子の価格はそれはもう私たちでは手の出ない金額だと」


 遠慮する体の言葉だが、その声音には嬉しさが隠せていない。俺も贈り物を喜ばれるのは嬉しいものだ。


「お気になさらず。私は手に入る伝手がありますので」


 実際は俺の中で既に身内である子爵家の皆に遠慮する必要を感じていないだけだ。しかし、解っちゃいたが“ちょこれいと”の威力は凄いな。オウカ帝国で出会った摂政やってるあの凛華もライカに持たせた翌日には完食してライカが追加を要求してきたしな。

 まあ、あれはライカも一緒につまみ食いしたせいだと恥ずかしそうに凛華が言っていた。

 その時の俺はむしろライカと気の置けない長年の友人であることに驚いていた。前日に受けた冷たい印象とは全く異なっていたからだ。人形のように表情のない女かと思っていたら、ちゃんと暖かい感情があったようなので、あれなら彩華の養育も正しく行えるだろうと安心したものだ。



 その後の朝食の場は和やかに進んだが、その終わり際に俺は夫人にこう話しかけた。


「そういえばペンドライト子爵家には自慢のバラ園があるとか。ここを発つ前に是非一度お目にかかってみたいのですが?」


 俺の言葉に夫人は僅かに目を見開いた。もちろん俺が花を愛でるわけではなく、これは隠語だ。多くの間者を敢えて飼っている子爵家だが、やはり余人を交えずに密談をするときもある。その時の符丁がバラ園なのだと朝食の前に実の身内であるジュリアに教えてもらったのだ。


「まあそれはそれは。是非ともご覧になっていただきたいわ。場を用意いたしますから、少し御時間をくださいな」


 俺の要望はこうして通った。子爵家には転移環の他にも色々お願いしなければいけないこともある。それもあわせてやってしまおう。




 この会談には子爵も参加して欲しいのだが、彼はまだ昨夜の件の後始末に奔走している。俺もこの街にきたのは想定外で、本来向かうべき場所もあるのだがそこまで急ぐ旅ではない。


 その秘密の話し合いまで時間もあるので、俺はラインハンザの街を探索することにした。



 そして俺の足は貧民窟に向かっている。その理由はもちろん昨夜の侵入者達だ。<マップ>にピン付けしてしまえばたとえ<隠密>で隠れてもピンそのものは消えないというとんでも性能なのでどこまでも追跡できるのだ。

 そしてそんな事知る由もない昨夜の侵入者達はこの貧民窟にひと塊になっている。一体どんな奴らなのか顔でも見てみるかと思い立って移動しているのだが、どうやらキナ臭くなっているな。


 <マップ>で確認すると袋小路に追い詰められている侵入者達を多くの者が取り囲んでいるように見える。これで平和的な話し合いをしていると見るのは希望的観測だろう。


 何を揉めているんだと、気になって現場に向かってみると言い争う声が聞こえてくるが……片方は女のようだな。


「なんであんたたちにそんなものを払わなくてはいけない!」


「ここに居ついた奴からは場所代をもらう。それがここのルールだ。新参者だろうがなんだろうがここの流儀には従ってもらうぜ」


「ふざけるな、一人金貨一枚なんて場所代がありえるか!」


「延滞金込みだ。お前ら俺達に挨拶も無しで居付きやがって。そんな不義理を許すわけにはいかねえな。別に金がないなら他の手段でも構わねぇぜ。お前ら全員上玉だしな、ただその場合、俺達全員を満足させる必要があるがよ」


 どうやら話の内容は下衆の平常運転みたいな内容だ。途中から聞き流していたが、どうせ大した話じゃあるまい。

 しかし子爵邸に侵入した賊が全員女とは意外だった。あの黒づくめも体の線を隠す暗殺者として基本的な装束だったから気付けなかったな。

 

 だが彼女たちはこの危機に対処できるだろうか。あの身のこなしは一流だと思うが彼女たちは6人、それを取り囲む男たちは40人以上だ。こんな真昼間からよくそんな数を集めたなと思いたくなる。

 ランヌの王都もそうだが、港町は大量の人足を必要とするが船が来ない時は仕事にあぶれた奴も結構居る。今は“クロガネ”の一員だが、当時港湾を根城にしていた“ジラント”が荒くれの数だけは多かったのはそれが理由だ。

 逃げるだけなら何とかなるかもしれないが、今は袋小路に追い詰められている。こりゃ無理かもしれないな。


 別に彼女たちのこれからにそこまで興味はない。これも貧民窟の日常だし、俺がここで手を出しても日を改めて同じ事が繰り返されるだけだ。これを根本的に解決するには“クロガネ”のような組織が必要であいつらが貧民窟に隠れ住む孤児をとっ捕まえて組織の運営する孤児院に放り込んだり、稼ぎの悪い娼婦や子持ちの主婦に孤児院の飯炊きの仕事を与えたりして下町経済を回している。他にもどうしようもない飲んだくれや博打狂いにも日雇いの仕事をくれてやったりと王都の貧民窟は消滅して普通の下町になり治安は劇的に改善した。

 いい大人が昼間から仕事もせず道にへたり込んでいれば空気が淀むのは当然で、それを徹底的に掃除したのだ。


 この世界でそんな事をやっている物好きはあいつらくらいなものだ。だからこそあれほどの名声を手にしたし、誰にでも出来る事ではない。ここで行われている弱肉強食が普通なのだ。


 だが今回は俺が介入する事にした。女達に対する同情ではなく、昨夜の事情を聞いてみたいからだ。


「おい、取り込み中悪いがお前ら邪魔だ。消えろ」


 大勢で女達を取り囲む男の風上にも置けない三下どもに向けて口を開くが、もちろん返って来るのは罵倒の嵐だ。


「なんだテメェは!?」「女の前でいいカッコしたい坊主は引っ込んでな!」「俺達に喧嘩売ってんのかこのボケ」「相手見て喧嘩売れや、この人数に勝てるとおもってんのか!?」「女の後はお前を……」


 何故か最後の一言に寒気がしたので問答無用で全員叩き潰した。46人が血溜まりに沈むのを黙って見ていた女達の様子は落ち着いている。少なくともこの光景に動じない胆力はあるようだ。


「あんた、一体何の用よ?」


 男達と口論していた一番年長と思われる女、いや俺よりいくらか上の少女が口を開いた。<マップ>のピンはこの少女を示しているし、背恰好からしてこの少女が俺の部屋に侵入した本人だ。


「道を通りがかっただけ、と本当は言うべきなんだろうが、実際はお前たちに用があって話しかけた」


「こっちは用なんてない。あんたみたいな得体の知れない男はこっちから願い下げよ」


 至極最もな意見を口にする女の背後を見る。残りの5人もこの女と大して歳は変わらないようだ。今潰した男たちからの話では流れ者のようだが、こんな若い少女6人は珍しいな。そしてもう一つの共通点、薄汚れた貧民窟にありながら系統こそ違えど皆美人になりそうな素質が垣間見えた。

 だからあれほどの男が群がっていたのも頷ける。俺も周囲に超美人がそろっていなかったら危なかったかもしれない。


「昨夜はそっちから来た割にはつれない返事だな」


 俺の言葉に彼女たちの雰囲気が変わる。それまでは被捕食者の空気を出していたのに、それが剣呑なものに変わっている。これならさっきの男たちと戦ってもいいところまでいったかもしれない。


「あんた……私の背後を取った……」


 俺と相対する少女はその身に殺気を放ち始めたが、この感じはどこかで覚えがあるな。ああ、思い出した。こりゃリノアだ。

 まあそれはともかく。


「とりあえず場所を変えないか? こんな場所で会話しても話は弾まないぜ」


 俺が倒れ伏す野郎共を指差すと不承不承少女たちは頷いた。


 全員が俺を警戒しているが、彼女たちのそれが続いたのもあと半刻(30分)までだった。

 何故ならば俺が腹減ってるだろ、まあこれでも食えと出した甘味に陥落したからだ。昨日も思ったが甘味と酒と肉があれば世界が獲れる気がしている今日このごろである。




 少女たちはとある特殊な集団に属していたらしい。詳しい事は話さなかったが、あの身のこなしからして明るい世界の出身ではないだろう。

 彼女たちは日々厳しい訓練に身を置いていた。今でこそそれが辛い日々だと思い出せるが、その時はそれが当たり前だと思っていたそうだ。

 そして彼女たちは全員落ちこぼれだった。一族からは蔑まれ、日陰に身を置く他なかった。


 辛い扱いに唇を噛むしかなかった彼女たちだが、転機が訪れる。


 突然追われる身になったのだ。彼女たちが日々の鍛錬を終えて帰ろうとすると、燃え上がる屋敷と、大量の兵士達が彼女の一族を攻め滅ぼさんと襲い掛かってきた。

 恐らく生き残ったのは自分たちだけだと彼女は力なく呟いた。この6人で自主的な訓練を終えた帰りであり、その他の者たちは全員殺されたはずだと淡々と語った。


 そこからの彼女たちは転々と各地を流浪したそうだ。帰る場所もない彼女たちだが、これまでに培った技術は非合法な方法ではあったものの、生活の糧を与えてくれた。

 だが、見目麗しい彼女たちは行く先々で今のと似たような諍いに巻き込まれてきたそうだ。


「相手を篭絡する手段として顔を活かせと教わった事はあるけれど、余計な面倒しか呼ばなかったわ」


 甘味の力と<交渉>で彼女たちの身の上を聞いていた俺だが、思わぬ自分の因果にこめかみを押さえる事になった。ライカールについて翌日に()()とか呪われてるのか、俺よ。


 だがいくら嘆いても結果は変わらない。起きてしまった事は対処する他ないのだ。


「あんたたちも苦労したんだな」


「別に。でもなんで初対面のあんたにこんな話をしたんだろう、自分でも不思議だわ」


 そりゃ<交渉>で胸の内を吐き出させたからな。そのせいで俺は知りたくもなかった事を知ってしまったが。


「で、あんたらこれからどうするつもりだ?」


 俺の何気ない問いに含まれた感情に気付かず、ネリネと名乗った少女は虚無的に答えた。


「さあ、また何処かへ流れるわ。私達を誰も知らない場所まで。それしか私たちが出来る事はないから」


「いっそのこと、全てを終わらせて楽になる方法もあるな。これも何かの縁だ、俺が全員痛みもなく冥府に送ってやってもいいぞ。それが俺の果たすべき責任なんだろうし」


「……あんた、何を言っているの?」


 俺の言葉の意味を知ったネリネの雰囲気が変わる。だが俺の内心は陰鬱極まりない。


 あれについては必要な事を行っただけだと今でも思っている。気に病んだ事などこれまで一度もない。


 だが因果が俺に巡ってきた。殺し殺されの輪廻を巡るのも仕方ないと頭では分かっていた。だが彼女たちの殺意が俺の身内に向くのなら、たとえ運命(さだめ)に翻弄されてきた哀れな女達だとしても俺の決意はいささかも鈍る事はない。


「俺はお前らの家族の仇だといったのさ。お前らライカールの暗殺者一家、ロッソの一員だろ? ソフィア姫を狙ったロッソ一味は俺が一人残らず地獄に叩き込んだ。後始末はこの国の皇太后がやってくれると思っていたが、生き残りがいたとはな」


 自分でも知らぬうちに空恐ろしい声が出た。俺の言葉に彼女たちは全員凍りついている。自分達をこの境遇に落とした原因が俺だから恨まれて当然なのは解っている。


 だが俺はあの行動を悔いるつもりも恥じるつもりもない。


「金をもらって人を殺す屑共を何兆人始末しようが気にならないが、あんたらが家族の仇を取りたいと言うのなら受けて立つ。君たちにはその権利が、俺には受ける義務がある。だが、相応の覚悟はしてもらうぞ。俺は君達に殺されてやる義理なんざ一欠片もない」


 完全に終わったと思っていた過去が追いかけてきた。

 だが、他人に後始末を委ねた結果がこれだ。やはり自分のしでかした事は自分で始末をつける必要がある。

 それがまだ人を殺したことがない年若い少女達を殺める決断になろうとも、それを俺は受け入れるつもりだ。

 これまで好き勝手に振舞ってきたのだ。その代償を支払うときがきたのだ。

 

 俺はネリネの決断を待った。





楽しんで頂ければ幸いです。


何かシリアスっぽいですが、主人公はその気になれば<洗脳>で彼女たちの認識を思うままに変えられますし、本人もそれに気付いています。今回は一応筋を通しただけです。


何とか一日であげられてホッとしてます。お盆休みがない職種ですが、少しはペース上げたいなと思う今日この頃です。


 もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!



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