魔法の園 8
お待たせしております。
ダンジョンに盛大な発砲音が轟くと同時にレッドオーガ・ウォーロードの頭が吹き飛ぶ。
その甲高い銃声が連続して轟くたび、屈強という言葉でさえ生ぬるいレッドオーガ達が塵に還ってゆく。そしてドロップアイテムを確認する暇もなく登場する新手。敵は5体、俺は幾度となく繰り返した動きで照準を定め引き金を引き絞る。
「ちっ、なんかいまいちだな」
俺は自分の射撃に舌打ちした。
この回転式拳銃の威力は凄まじい。生半可な威力では特殊能力の<食いしばり>が起きるこいつらの頭蓋を一撃で吹き飛ばせるが、倒せるのは中央部分である額を打ち抜いた時に限る。正確には脳髄を破壊する必要があるようだ。
今の射撃距離は約20メトル、普段なら必中は当然として全員塵に還しているはずだが、今日に限っては2体も仕留め損ねた。頭に命中したものの、脳髄を吹き飛ばすには至らず<食いしばり>が起きている。
幸い<食いしばり>が発生する瞬間は僅かに動きを止めるので、その隙を利用してもう片方の手に持つ拳銃で確実にトドメを刺した。
塵に還るレッドオーガを視界に納めながら俺は小さく溜息をついた。
なんだろう、今日は微妙な違和感が拭えない。心と体の均衡が僅かにズレているような不思議な感覚がこびりついているようだ。
今のは敵勢がわずか5体で済んだからマシだが、いつもならこれに増援がわんさかやってくるのだ。いくら距離が開いていたとはいえ悠長に撃ち直しなどする暇などないだろう。後続にあっと言う間に懐に入られて敵の得意な肉弾戦に持ち込まれているに違いない。
だがこの違和感の原因もなんとなく解っている。謎の不調の理由は現在時刻にあるのだろう。
<時計>によると今は夜の午後11時半過ぎだ。後半刻(30分)もすれば日付が変わる時刻なのだ。
そして自分が相棒もなしにこんな夜更けにダンジョンに居るのには理由がある。
何故なら今日はまだ日課の稼ぎを行っていなかったからだ。
なにせ夜通しあの大嵐の相手をしたあと、貧民窟の安宿で一眠りした後でペンドライト子爵家からの誘いを受けたのだ。
ソフィアの大冒険を聞いた夫妻は彼女の大胆な行動に驚いていた。ライカールにいた頃のソフィアは儚い印象を持つ清楚な姫君だったそうだが、俺の妹になってからは全力で毎日を満喫している。今じゃ仲良くなったルシアーナを連れて毎日アルザスや王都の喫茶店巡りやフィーリアやエリザ達と一緒にカジノではしゃいでいる姿など想像もできないだろう。もちろん妹とその友人たちに危険な博打はさせられない。あいつらからは金は取るなと命令しているが、生粋の博徒に成長しつつあるフィーリアは自分の金を賭けない賭け事に何の意味があると憤っている。セインガルドの将来が不安になる今日この頃だ。
やはりジュリアから贈られていたらしい通話石で近況を話す機会はあったようだが、俺の口からソフィアの元気な日々を聞くと安堵していた。
そのほかにも夫妻が喜びそうな話題をいくつか提供し、和やかに時間は過ぎて行った。そろそろお暇でも、と考えていた頃に子爵が家令に命じて皮袋を持ってこさせた。
中身は言うまでもなく俺への謝礼である。なんと白金貨5枚(金貨500枚)が入っていたのだが、子爵はこの額でも申し訳なさそうな顔をしていた。今すぐに用意できる額がこれだけで、明日にはもう五枚は用意できると告げたのだが、当然俺は謝絶した。
これを受け取っては俺は金目当てでソフィアを助けた事になってしまう。家族を助けるのは当然の話であり、そこに金銭の入る余地などない。
だが子爵としても一度出した金を引っ込めるという無粋な真似はできないし、功績に報いない統治者は無能の烙印が押される。幾度か結構、いやいや是非ともというやり取りが行われた後、俺が持つランデック商会の品(というか異世界品)を白金貨5枚相当分融通するという子爵の提案で決着した。
揉めた割にはあっさりと解決案を提示する辺り、はじめから落としどころはそこらへんだと決めていたに違いない。領主としての子爵の評価は北部一と聞くから、俺がどんな対応をするかなどはお見通しだったのだろう。
ランデック商会が販売する品は超富裕層向けなので非常に高価だ。白金貨5枚といえども奥方の喜びそうな宝飾品を数点入れて後は酒をいくらか見繕ったらすぐに金額分に達してしまう。
もちろんジュリアの家族にそこまで杓子定規にするつもりはない。健啖家が揃うこの一家に甘味や肉のほうが圧倒的に喜ばれる事は解っていた。事実としてあちらが用意したマジックバッグに金額以上の品を詰め込んでいる最中に”ちょこれいと”を発見され、既に夫妻の口に移動している。
もちろんこの場にはいないジュリアの妹たちの分も用意しておくのは忘れない。後々面倒になるに決まっているからな。
結局どうか泊まって行って欲しいとお願いされて客間に案内され、転移環で一旦アルザスの屋敷に戻る。そして家族から昨夜の事で散々文句を言われた。仲間は常に意思疎通できるからあれこれ言ってこないが、家族はそうは行かない。
俺個人としては船乗りを疑似体験できて滅茶苦茶楽しかったのだが、俺の気持ちとは裏腹に家族には大不評であった。いや、すまん、嵐の海に嬉々として向かうなんてそりゃ心配するよな。
何とか宥めてイリシャとシャオを寝かしつけて、このラインハンザに戻ってきたのが今さっきだ。
そして気付いたのだ。そういえば今日は日課をやっていないなと。各ボス層を巡れば金貨1000枚は固いのにそれを逃すのは勿体無い、さらに時間的に日付を跨げば今日と明日の分を一回の探索で手に入れる事ができるのでは? と脳裏に浮かんだ非常に効率の良い方法を実行してみようと思い立ったのだ。
もちろん相棒は大反対だ。こんな時間からダンジョンに向かうなんて頭がおかしいとはっきり言われた。リリィが怒るのも解るが、今回に限っては俺にも言い訳があった。
それは時間帯によるダンジョンの変化である。環境層がより顕著だが、昼と夜でモンスターの活動時間に変化が起きる可能性があるので、それを31層からの敵はどうなのか調べてみたいと提案したのだ。
結果として変化無しではあったが、検証してみないと出ない答えだ。一度は試してみたかったし、日課の稼ぎもあったのでついでに便乗させてもらった形だ。
モンスター関連に変化はやはりなかったが、これはこの時間にダンジョンへ赴く方便のようなもので気にしていない。だが、慣れないことはするものではない。意外な不利益が見つかったのだ。
それがこの僅かな違和感だ。徹夜で嵐の海を越えて昼間に睡眠を取ったことで睡魔は撃退出来ているが、ちゃんと狙ったつもりでも極わずかに照準がズレている。他の層ならいざしらずともこの30層台では致命的な失策になり得る。そもそも<食いしばり>が起こるなら銃で撃つ必要がないから素手や剣で戦った方がいい。
今回はちょいと距離が離れていたが、普段なら当たり前のように額を撃ち抜いているから、やはり不調なんだろう。普段の生活通りに体を動かすことの大切さを思い知った感じである。
こんな状態で探索を続ける気はない。戻ってもう少し待てば日付が変わるから、明日の日課を済ませたら帰るとしよう。
さっさと諦めた俺の隣に相棒が転移する。さっきまではカンカンに怒っていて、口も聞いてくれなかったのだ。
「ほら、だから私の言った通りじゃない。こんな時間にダンジョンに行くなんてどうかしてるよ!」
「悪かったって、そう怒ってくれるなよ。毎日必ず金貨を落としてくれるんだ、ボスだけでもやらなきゃ損だろ? それに宝箱の一つでも開けてやろうかと思ってたんだが、慣れないことはするもんじゃないな」
「わかればよろしい。ユウの気持ちもわかるけどね、29層とは違った意味で面倒だよここ。あっちは解決策を見つけるまでに時間かかったけど、そこからは早かった。だけどこっちはその逆だしね」
現状の攻略は35層まで行き着いているものの、実際は31層から進んでいないに等しい。
前にも触れたが、35層の中央部分に巨大な扉があり、その前の台座に何かを嵌め込むような穴がある。
こりゃその何かを探し出すしかないなと意気込んだあの日の自分を力の限り殴りたい今日このごろだ。お前は地獄に片足を突っ込んだぞと。
さて、31層からのおさらいをしておこう。
まず面倒その1はなんと言ってもスキル封印攻撃だ。こいつはナイトストーカーという小人の魔物が仕掛ける特殊攻撃で俺の<全状態異常無効>が効かないという悪夢のような技だ。この効果はダンジョンを出るまでという長いような短いような時間だが、今までのところは解除方法は見つかっていない。
つまりこの層を攻略したいならスキル封印を前提で進む必要があるということだ。
俺のようなスキル全振り人間には悪夢以上の地獄だが、対処法が皆無というわけではない。使い捨てのスクロールや魔法を籠められる宝珠で遠距離攻撃はできるし、レベルの上がりまくった身体能力でゴリ押しも不可能ではない。
そして面倒その2がこの階層で現れるモンスター、レッドオーガウォーロードだ。デカい、硬い、強いと三拍子揃った上に<食いしばり>という一度死んでも生き返るという最悪なスキルを持っていやがる。
しかも戦士の本能で自分ごと俺を殺せと言わんばかりの行動を取ってくるので近接戦闘は絶対に避けたい相手だ。腹を貫かれながらも俺を抱え込み、動きを封じに来る連中なのに加え、その特性を現れるすべてのレッドオーガが備えているという最悪ぶりである。
こちとらあの大鬼どもとこれから数千数万と戦う必要があるのに全員があんな感じじゃとてもじゃないがやっていられない。しかもナイトストーカーは俺が連中と戦いを開始する瞬間を狙って封印攻撃をしてくる根性の悪さだ。
そんな中で魔法無しでも遠距離攻撃を探していた俺に如月が銃という手段を選んでくれたのは僥倖だった。大口径拳銃の威力は<食いしばり>の非発動条件である頭部の完全破壊を容易くやってのける。これがあるから30層の攻略は開始できたと言っていい。
とはいえ、当の如月は異世界で思うさま銃を撃ってみたかったのが本音らしい。暇を見つけては30層のボスの間で色んな銃を試し撃ちしている彼は非常に楽しそうだ。自分好みの喫茶店や酒場の経営、時間経過の早いマジックバッグを利用しての数多の酒造りとある意味で彼が今のところ異世界を満喫している気がするな。
敵に関してはこんなところか。あとは落とすアイテムが非常に美味しい位だが、スキル封印状態でも魔石は確実に落とすらしいのでレッドオーガと戯れれば毎回金貨500枚くらいは確実だ。
ナイトストーカーはまだ撃破出来ていない。あの野郎は俺に封印攻撃したあと一目散に逃げだしているからな。その時の俺はオーガと喧嘩中なので奴を取り逃がしてしまう。よく考えられたやり方だ、普通は脅威度から見て奴を真っ先に狙うべきで俺の魔法はそれが出来るのだが、オーガを上手く盾にして逃げられてしまう。だが近いうちに奴のドロップアイテムも拝んでやろうと思っている。
階層の広さは多分俺が1日走り回っても回りきれないほど広い。相応に宝箱も多いのだが、ここでこの層の探索難易度を跳ね上げる要因が現れる。
面倒その3。復活する罠である。俺は毎日新たな階層に降りると階段を探すのだが、その際に通路の罠をすべて解除している。だからこそダンジョンを走りまわるという頭のおかしい行為ができるのだが、この層は、解除したり破壊した罠が一刻(時間)で復活する。そして復活した罠を解除するのはスキル封印されて一般人と化した俺となるのだが……無謀すぎるな。罠が復活した通路を走り回るのは自殺行為だし、走らねば遠すぎて宝箱まで到達できない。歩いて移動などしようものならそれだけで一日が終わってしまう。
そして罠は当然、宝箱にも掛けられている。
こいつの解除は絶対に無理だ。罠の解除に失敗するとほぼ全てが木端微塵に吹き飛ぶので、宝箱から得られる何かを探している俺には罠の解除は必須なのだが、スキル封印された状態では何にもならない。ただでさえ罠の精密さは通路以上だし、本職のスカウトもその技能を封じられているはずだ。俺みたいに<魔力操作>で罠解除なんてできるはずないから、どうやって罠を外せというのだろうか。
他にも特徴は階段降りると必ずある帰還石や四隅の何処かにある転移門など色々あるものの、今現在の俺の行動順序は試行錯誤を経て固まりつつある。
まず罠が一刻(時間)で復活するなら、それまでに可能な限り回収する。当然全て取れるはずもないから、あくまで時間内に回りきれる位置にある宝箱ということになる。
だが、それだけでは1日の探索が僅か数刻(時間)で終わってしまう事になるが、そこで何故か31層から各層に配置されている転移門の出番である。
一日の流れとしては、まずは各層に転移して階層の状態を調べる。階段のそばに帰還石があるのも確定なのでそれも到達可能な位置にあればもちろん回収し、各宝箱までの経路を把握する。
そして解除した罠が再配置される一刻(時間)の間を探索に当てるのだ。短いようでも31層から35層まで
全部行けばそれだけで5刻(時間)だし、一度ダンジョンを出れば封印は解かれるので、一度行った階層でも違う経路で再度挑戦する事が出来るだろう。今は30層に屋敷に繋がる転移環を置いているのでスキル封印攻撃はそれで解除している。一刻(時間)で必ず一度帰還するという方法は家族と会える事を意味するので昼飯を皆と摂ったりと思わぬ副次的効果もあった。
そんな事を航海中に幾度か行い、今日も時間もあるし試してみようかと思ったのだが、この微妙な違和感のせいで予定は中止だ。命のやり取りをする中で自分の感覚が頼れないほど怖いことはない。
今は別に無理を重ねるべき時でもなし、退くべき時は大人しく退くことにしよう。
「そういえばさぁ、都合のいい場所って見つかった?」
「さっき少し歩き回ってみたんだが、屋敷の中は無理だな。色んな目がありすぎる。ざっと見た感じでも怪しいのが4人は居た」
俺達は環境層で作物の回収を行っている。渋る相棒を説得し、日付が変わった事で再出現するボスを倒して貰える物は貰ってから帰る事にしたのだ。
そのための時間を潰す為、今日はまだ行っていなかった環境層へ足を伸ばした。
16層が踏破されたことにより最近は他の冒険者達が休んでいる事も多いので、いつでも気軽に訪れるという感じにはならなくなったが、今日は誰も居なかったのでここにある収穫物は全部頂いて帰ろう。
ちなみに今日は驚くほど大きな粒の苺が出た。なにこれー、変なのと言いつつ躊躇うことなく齧り付いた相棒の動きが止まる。
大丈夫か、と声を掛ける前にあっまーい! と叫んだリリィは俺に一粒残らず確保せよとの命令を発した。こうなった相棒を止めることはできない。
5桁を超える苺が回収され、俺の周りの人々から好評を得ることになる。環境層とはそんな不思議な物がたくさん出る面白い場所だ。この苺は甘くて丸くて大きくて美味しかったが、ジャムにはされなかった。甘すぎて砂糖が勿体無いとかなんとか。ジャムは普通の苺を用いて大量に作られて俺の知り合いに配られている。
「そんなに? これじゃ秘密にしておくのは無理だね。折角の機会だったのに」
「ユウナにいずれ準備を頼むつもりではあったんだが、今回は突然だったからな」
「明日には移動するんでしょ? 今度はいつ来れるかわからないし、やっておきたかったけどなぁ」
俺と相棒は、このラインハンザに転移環を設置したいと考えていた。
この地はジュリアの故郷であり、ソフィアにとっても王城よりよほど心地よい思い出が残る大切な場所だと聞いている。
それに立地的にも好条件だ。ライカール北端にあるということは大陸中央とも近く、中原の国にも気軽に足を伸ばせる。前にギルド総本部で行われたオークションもこのラインハンザから向かえばあっという間であり、オウカ帝国、グラ王国ともほど近い距離にある。
転移環を手に入れたときからいずれソフィアのためにも設置してやろうとは思っていたのだが、今回の船旅の目的地は南部のクレソンと言う港町で、北部最大の街であるラインハンザとは正反対の位置にあった。流石に遠出するには厳しい距離だなと諦めていたのだが、何の因果か嵐に遭って船は大きく北上を余儀なくされ、この地にたどり着いてしまった。
これはもう導きか何かだなと思い、さっそくペンドライト子爵家に転移環を置かせてもらえないか交渉しようと思ったのだが、この屋敷から感じるとある視線に思いとどまった。
「でもまさかあの屋敷内にスパイがいっぱい居るなんてね。これじゃ安心して転移環を置けないじゃん」
「転移環は完全にこっちの都合だからな。いきなり屋敷内の間者が邪魔だから全て始末してくれとはいえないしさ」
これまで獣王国のアードラーさんやライカの屋敷に転移環を置いて利用してきたが、ここでは勝手が
違った。二つの屋敷は使用人の数も最低限であり、誰にも知られる心配のない場所もなんとか用意してもらえたが、ペンドライト子爵家は勝手が違った。
恐らく子爵の方針なんだろうが、邸内に明らかの他家からの間者と思われる人物がいる。それも結構な数だった。こんな状態の屋敷に転移環を置く気にはなれない。子爵は抜け目ない性格をしていると先ほどの会話でも感じるので,敢えて間者を飼っているのだろう。
俺はすぐ近くに敵の手の者が居るなんて耐えられないが、考え方次第では悪くない方法だ。
侵入した間者を始末せず飼い続ければ内部の情報が持ち去られてしまう。だが自身に後ろ暗い事もなく、渡せる情報は渡せば相手の警戒を解くことにも繋がる。子爵の妹がソフィアの母だから彼は外戚だし、立場からいって王城から派遣されている奴も居るだろう。密偵を受け入れる事によって自身の政治的安全を高めているのだ。商業都市を盛り立てる優れた領主としての判断なのだと思われる。
ただこの場合、俺達がその子爵家に超級の秘匿物である転移環を置かせて欲しいとは頼めないだけだ。使用人の1割近くが何者かの息が掛かっている屋敷で秘密など守れるはずもない。
「でもきっと秘密の会話をするための場所か方法でもでもあるんじゃないの? そうじゃないとプライバシー皆無じゃん」
「確かにそうだな。リリィ、後でジュリアにでも聞いておいてくれないか?」
“ぷら”なんとかはともかく話の意味は解る。彼女なら実家なのだし、きっと詳しいだろう。何より子爵夫妻とソフィアを対面させてやりたかった。
例の暗殺者共の襲撃を覚悟してジュリアも両親に別れの手紙を送ったという。
もし俺が夫妻の立場で、イリシャやシャオからそんな手紙を貰ったら発狂するかも知れん。
先程はレナの事ばかり会話に上がっていたが、愛娘が可愛くないはずがない。ジュリアの事情を少しだが聞くことも出来たので何故あそこまで魔法が使えないのかも理解出来た。あんなことがあれば魔法に忌避感を持っても仕方ない。
近々相談に乗ってやるつもりでいる。その為にも何とかこの機会を逃さず両親に会わせてやりたいのだ。
何とかならんものかな、と考えつつ粗方回収を終える頃には日付が変わり、またボス周回を行う。
「またかよ……やっぱりラインハンザに転移環を置けという流れなんだろうな」
俺の足元にはキリングドールのレアドロップ品である転移環が落ちている。実は先程行った昨日の戦いでも落としており、これで一揃いだ。
連続で落とすなんて初日以来だ、これは何らかの力が働いているのではないか、と勘ぐってしまう。
相棒は黙っているが、俺の中で転移環の設置は確実なものになっている。後は場所だな、本当にどうしたものか。
悩んでいる間に流れ作業と化したボス掃除は終わる。今日の儲けは転移環抜きで金貨にして約1000枚弱だ。これが四半刻とかからずに手に入るのだから、相棒には悪いが日課をやらない道理はない。
「わふ」
「ロキか。また唐突に来やがったな」
「わっふ!」
日課を終えて無理せず戻るかと思っていた俺の足元に忽然とロキが現れていた。
大人しくお座りしているが、その尻尾は猛烈に振れている。こいつが何を言いたいかは丸わかりである。
「ロキめ、進化してやがるな」
「そだねー。ユウからご褒美が確実に貰えると解った時は絶対に逃さないし」
「実際役立ったからな。昨日なんかこいつが居なかったら船が危険だった。あの異常にデカいヘビはもし俺が対処出来ても、船は周りの連中に大破させられていたかもしれないし」
あの大嵐を引き起こしていたと思われる蛇野郎はその眷属と思しき奴等を船の周りに呼んでいたのだ。そこまで危険を覚えた訳じゃないが、船の乗員は危ななかったかもしれない。その意味でこいつが来てくれたことは助かったし、ロキもそれをちゃんと理解して褒美を強請りに来たのだ。
「一刻(時間)だけだぞ」
「キューン……」
俺の提案に不満を感じたロキが悲しげな顔をする。レナとソフィアはこれにコロッとやられるが、俺はそこまで甘くない。何しろ厳しい飼い主なのだ。
「誘引香を使ってやる。しばらくは入れ喰いになるからそれで我慢しろ」
「わふわふわふ!!」
「どこが厳しい飼い主なんだろーか」
相棒が白けた声を出すが、仕方のない部分もある。
この駄犬、最近役立ちまくっているのだ。
なんと言ってもダンジョンでの活躍が際立っている。戦闘には一切参加しないが、こいつの能力である分身体は階段が降りると消えるという厄介な問題を解決できるのだ。
26層から続く帰還石を無意味に浪費させる大問題をこいつの分身体が解決したお陰で、俺のダンジョン攻略は大幅に捗った。上り階段が消えるのは30層からも同じなのでこいつの有用さは変わりない。
問題があるとすれば、この駄犬が自分の価値に気づいて、自分活躍しましたよね? としきりに主張してくる事くらいか。こいつの欲しがる褒美は肉を補給するか、あるいは焼いて食べさせて欲しいかの二つしかない。しかも大量に食うので俺達がこいつの能力である分身体を活用してこいつが食う肉を焼く羽目になるという意味の解らない状況になっている。それでも足りなきゃ王都のホテルのシェフに特別料金で依頼までしているのだ。この駄犬の中で生肉を食うという選択肢はすでにない。
補足だが、何も喋らないこいつは分身体だ。本体はイリシャから決して離れるなと厳命してあるので俺のところにふらりと現れるのは常に分身体である。
「おら行くぞ。一刻(時間)だけだからな」
「わふわふわふ!!」
「もう遅いんだから、遊びはほどほどにするんだよ?」
お前は俺のお袋か? と言いたくなるような台詞を残して相棒はアルザスの屋敷に帰還して行ったが……あれ、そういやリリィは俺の母親みたいなもんだったな。俺の持ちえる一番古い記憶はリリィがしきりに俺に話しかけている場面だった。
「わふわふ!」
早く早くと急かすロキを連れて俺はしばらく16層で戯れることにする。こいつも肉は欲しがるが、俺も俺で肉はいくらあってもいいからだ。
最近よく思うのだが、俺の周りのちょっとした揉め事は肉と酒で大抵解決できるのだ。金よりもよほど効果がある。
相手を殴って解決しない揉め事と言うのは殆ど人間関係、つまりアルザスにおける周辺各国の騎士や使用人たちだ。
地位が上の方に居る者たちはアルザスの地で揉める愚かさを理解しているが、末端の使用人たちまでその意識は徹底していない。やはりグラ王国と他国の仲の悪さは如何ともしがたいものがある。
マスフェルトの部下たちは気味が悪いほど品行方正で何の問題もないのだが、それでも祖国の評判が悪すぎて口論になっている光景を見かけるときがある。下手をすれば未だに騎士同士でいがみ合っているアホどもまでいる。
そういう連中を見かけるとおいおい何揉めてんだよ、と声をかけて互いの話を聞きつつ、これでも食って落ち着けと肉と酒を出す。
そうすると怒りに燃えた二人の口論はたちまち終結し、すぐにベロベロになって喧嘩はどころではなくなってしまうのだ。
そして翌日にはそれまでの険悪な空気はどこへやら、奇妙な連帯感が生まれて仲は改善しているという寸法だ。
自分も相手もお互い泥酔して醜態を晒すと、まあいいかとなってしまうみたいだ。
この世界において肉と酒と甘味の破壊力は恐ろしい。これを取り揃えたランデック商会がとてつもない勢いで成長しているのも理解できる。何しろ消耗品だから、食べれば無くなってしまう。この魅力に取り付かれた金持ちは金貨袋を携えてランデック商会に殺到する毎日だ。
そう思うとやはり如月の酒と環境層の肉は大したものだ。そういやレン国の休暇でもこの二つは大活躍だったし、これからもせっせと補給にいそしむ事にしよう。
そうして一刻(時間)の予定を当然のように越えた二刻(時間)後、俺はペンドライト子爵家の宛がわれた部屋に転移環で戻ったのだが……。
予想外の珍客が居た。
こんな深夜に来訪するなんざ普通は色気のある話だというのに、そいつは全身黒ずくめ、さらに俺に背を向けているときた(転移環で戻った直後なので当然だ)。
何者だよこいつ。俺に暗殺者を送り込むにしてはいささか性急過ぎないか? 子爵家にお呼ばれされてまだ5刻(時間)程度だぞ?
まあとりあえずやる事やっておくか。
「で、誰だお前?」
楽しんで頂ければ幸いです。
申し訳ない、遅れました。何か異常に筆が乗らず書いては消し書いては消しを繰り返してこんなに時間が経ってしまいました。
お詫びじゃないですけど、次話は今日中か日付変わったあたりにしたいと思います(いつもどおりかつまだ書いてない定期)
余談ですが、苺の最後の部分は品名そのままです。
ようやくライカール編がスタートです。主人公としてはやることやってさっさと帰るつもりですが、そう上手く行くかどうか……という話です。まあさっさと帰るといいつつ今回のように普通にダンジョンに行ったりしますが。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




