表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

284/418

魔法の園 7 閑話 暗黒騎士の戦い

お待たせしております。



 僕たちは森の奥を駆けていた。


 皆が鈍重な金属鎧に身を包んでいるのにその動きは軽やかだ。彼等が厳しい訓練を経てその地位にあるエリートであると共に、僕の大切な友であるユウキが身体能力を向上する支援魔法を使っているからだ。

 良く話にあるような魔法の反動で翌日に体が悲鳴を上げる粗悪な魔法ではなく、自身が持つ魔力を活性化させて身体能力を底上げする正統派な魔法であり、むしろ使えば使うほど能力が上がるという誰にとってもうれしい魔法なのだ。自分はすでに数え切れないほどお世話になっているが、実際に反応速度は自覚できるくらいに上がっている。


 僕等はとある男を追っている。先ほどアルザス市内で暗黒教団の拠点を殲滅したのだけど、ユウキが敢えて生かして情報を抜き取った男とは別に一人だけ生き残りが居た。僕らやエスパニアの護衛騎士たちが見逃したのではなく、襲撃時に外出していて戻ったら地獄絵図となっていた拠点を見るなり逃げ出したのだ。

 もう日も暮れるというのに逃げた先が市街だったのできっと森の地下遺跡を案内してくれるに違いないと考えた僕たちはひとまず先に王女様たちの救出に向かったユウキ達と別れ、馬で逃げる男を追跡している。

 馬と競争なんて普通なら人間が勝てる道理はないのだけど、相手の乗馬が馬が可哀想になるほど下手だった事とユウキの魔法によって追跡が出来ている。


 僕の周りには6人の騎士が並走して暗黒教団の本拠地を割り出そうと後を追っているが、実はユウキから詳細は位置情報は既に聞いている。彼にはクロイス卿の<天眼>をはるかに超える高性能な地図技能があるが、このエスパニアの騎士達はそれを知らないし、ユウキもそのスキルを吹聴する気はないからこうやって後を追う事で場所を割り出したという体にする必要があるのだ。

 面倒ではあるけれど、彼の力を隠すためには必要な措置だと僕も思う。




 暗黒教団の地下遺跡は、アルザスの都市から北に一刻(時間)ほど進んだ森の奥にあった。ユウキの予想したとおり、現地の狩人達だって容易には立ち入らないような森の奥深くであり、その入口も経年劣化が激しくて夜の闇も手伝うと追っていた敵が入り込んだ事で入口だとようやく確信するような見つかりにくい場所にあった。


 こんな場所を知っているなんて、エスパニアの支部長ゲルギウス、いやグレンデルは一体どれほどの僕たちの知らない情報を仕入れていたのだろうと焦りが募る。

 暗黒教団は僕たち貴族側が完璧に管理下に置いているという自負があった。どれほど教義が狂っていても、その悠久の長い歴史からもたらされる遺失技術を管理する教団は利用価値のある存在だった。

 僕も所属する暗黒騎士団は教義から完全に離れて徹底した実力主義の集団になっているし、時の流れと共にかなり世俗化しているんだなと思っていた僕たち貴族側に投げこまれた巨大な爆弾があのグレンデルだった。

 あいつは今こそ教団の本来の姿に立ち返るべきと声高に叫んでいたが、その内心は貴族に対する憎悪だけが行動原理の男だった。それでもあっと言う間に貴族側に頭を押さえつけられていた弱小勢力を纏め上げて教団本部で一大勢力にのし上がった手腕は認めざるを得ない。

 あのユウキでさえ、あいつはここで仕留めないと面倒になるなと断言していたほどだ。もっとも、シルヴィアお嬢様を害そうとした時点でユウキの逆鱗に触れていたのでグレンデルはあそこで始末される未来は確定だったけど。

 だけど確実に始末できる瞬間を逃さず行ったせいで、いくつかの問題が起きたのは確かだ。その最たるものが玲二たち異世界人の召喚を防げなかった事だけど、これは仕方ない。公爵閣下の御力を以ってしても防げなかった事はこの国の誰がやっても無理だ。不満の声はあったけど、即座に拠点を強襲して全滅させた素早さを讃える声に掻き消された格好だ。


 そしてもう一つがグレンデルの抹殺を隠すため悪魔になったと称賛、あるいは神格化した事による後継者争いの勃発だ。これも問題は問題だけど、グレンデルが生存して引き起こされたであろう災厄に比べれば些細な問題だ。各国もこれには手を焼いていると聞いているけれど、もしグレンデルが健在なら頭を抱えるだけではすまなかっただろう。

 世界各国が僕たちの国を高く評価したというから、あの男がどれだけ世界に迷惑を撒き散らしていたかよくわかるというものだ。


 しかし、グレンデルに関する謎は多い。特に領地を支配する僕たち貴族さえ知らない拠点や遺跡をどうやって知ったのだろうか。玲二達が召喚された地下拠点はもちろん、このアルザスの地下遺跡も僕は何も知らなかった。兄から知っておくべき事は引継ぎを受けたけど、その中にこの遺跡の事はなかった。

 この国に住んでいる者達さえ知らない遺跡を何故奴が知っているのか、そしてそれはどれだけあるのか? エスパニア支部のゲルギウスはグレンデルの側近だった男だから、間違いなくやつからここの情報を得たのだろう。もし生け捕りが可能なら尋問を……無理かな? ああ、無理だろうなぁ。


 僕はやって来たユウキの顔を見て尋問を諦めた。


 これまでにないほど怒っている。シルヴィアお嬢様が瀕死にされた時も怒っていたけど、今はそれ以上だ。自分の家族が狙われた(事情を聞くと姫様が首を突っ込んだようだけど)彼が怒り狂っているのは解っていたけど、その怒気は僕の想像を超えていた。


「先行してもらって悪かったな」


 なんでもないように振舞っているが、そろそろ付き合いが長い僕には解る。この地下遺跡に巣食う狂信者達を皆殺しにするのは決定事項だ。むしろ原形を留めている死体になるのかを気にしたほうがよさそうだ。

 今回の件は僕も相当頭に来ていたけど、隣により激怒している人を見ると逆に冷静になってしまった。ユウキの隣に要る玲二に視線を向けてユウキの機嫌はどうかな? と目で尋ねると、ゆっくりと横に振った。


 玲二たち異世界人、というか彼のパスが繋がっている人たちは彼の精神状態や考えている事が手に取る様に解るのだという。傍目には結構苛烈な事もするユウキだから周囲の人に怖がられていないのか不安になるときもあるけど、仲間や従者の皆は彼がどのような時に怒るかを熟知している為、仲は良好なんだとか。むしろ何考えているのかが丸分かりだから不安はないのだそうだ。



「いや、お二人は大丈夫だったのかい?」


「ああ、何しろ助け出したときはロキにくるまって寝てたからな」


「……誘拐されてたんだよね? 御二人とも大物になるね。で? 後ろの皆さんはいいのかい?」


 <光源>によって周囲が照らされる中、僕の視線は彼の後ろ、隣に居る玲二や先ほど紹介を受けたエスパニアの筆頭騎士ランディの他にも10人近い人数が居た。そして特にあそこの3人は何故居るのだろう?


「本人達が帰れって言っても帰らないんだよ。来るなら自己責任だって言って納得したんだから好きにさせるさ」


 ユウキが溜息をつきつつ、こんな場所にいていいはずのない高貴な3人を視界に捉える。


 本当になんでいるんだろう? ここからこの場所は鉄火場になる。当事者ではないあの方たちには関係のないことなのに。


「多分ユウキを観察に来てるんだろ。じゃなきゃ各国の偉いさんが同時にこの国の魔法学院に留学するかよ。行くなら普通ライカールだろうしさ」


 僕の隣に来た玲二が独り言のように呟いた。その意見には納得できる。ユウキの力はランヌ王国に収まらないのは誰が見ても明らかだ。僕は始めから彼は広い世界に出てゆくと思っているし、サラトガ事変でそれは確信に変わった。

 誰だって二万以上の敵を一人で殆ど殲滅する様を見ればそう思うだろう。僕は無心でハイオーク達を刻んでいたけれど、彼が放った光の雨があっと言う間に五桁の敵を屠ったのだ。

 あの力を目の当たりにすればユウキに注目するのも当然だけど、この留学自体はその前に決まっていたという。

 つまりユウキはかなり前から目をつけられている事になる。友人としては心配をするべきなのだろうけど、なんだろう。不用意に手を出した相手が不幸になる未来しか見えない。



「私達の事は気にしないでくれ。事の顛末を見届けたいだけだ。手出しも口出しもしないさ、それくらいは弁えている」


 ただこの戦いに参加した証として各国から二名の騎士を選抜して参加させる事になった。エスパニアは半分の騎士が姫の直衛として帰還したので、全体の数はあまり変化していない。


 特に何かを話し合う事もなくそれぞれが戦いを開始すべく遺跡の地下へ進もうとした時、周囲から視線を感じた。何かな、と思って確認すると各国の騎士達が何か言いたげに僕を、いや正確には隣のユウキを見ている。


「ねえユウキ。皆が始める前に何か一言欲しいってさ」


 僕の問いかけに彼は意外な顔をした。前に一緒に行った王都の大掃除ではちゃんと行っていたんだけどな。


「こんなカス相手にやるほどのもんじゃないだ……まあ巻き込んだ奴も居るしな。しゃあない、やるか」


 本当にさっさと終わらせる気だった彼は無言で始めるつもりだったらしい。周囲の求める視線に驚いた顔をして僕たち参加者を見回した。


「皆知ってのとおり、この先の穴倉に敵が潜んでいる。判明しているだけで数は35、地下空間は入り組んでいると思われる。だがここに居る連中はお前たちの足元にも及ばぬ雑魚だ、年端もいかない子供を攫って生贄にするような糞どもは一人たりとも生かしておくな! この先の視界に入る者は全て敵だ、残らず殲滅し、地獄に叩き込め! いいな!!」


 ユウキの怒気、いや気魄に周囲の大気が震えた。その気魄に当てられて騎士たちからも闘気が溢れ出す。


 彼は今の言葉によって自分の熱を周囲に伝播させている。エスパニア以外の騎士達は主命とはいえ乗り気でなかった者もいたようだが、今の言葉で誰もが戦意を漲らせている。


 僕も領地を預かる貴族として部下の統率法は見習うべき所が多い。僕に出来るかは不明だけど、いずれ領地の在郷騎士団と顔合わせしないといけない……ああ、気が重くなってきた。その時はユウキにも来てもらおうかな。


「バーニィ。急がないとお前の獲物はなくなるぞ」


 ユウキの声に僕は現実に立ち返り、僕に断りもなく王国に入り込んだ他国の者達を始末すべく歩き出した。




 物が壊れる音がする。そして重なる男達の断末魔の叫び。


 制圧はサクサクと順調に進んでいる。ここを攻める前にユウキが口にしていたけど、彼らは迎撃の準備を殆どしていなかった。兄が調べてくれた所によると彼等がこの国に来たのが5日前で、時間的にこの遺跡には3日前くらいだろう。

 そこから必死で要塞化を進めていたら話は違ったのだろうけど、教団の者たちは兵士ではなく言うなれば神官に当たるから戦うことなど始めから選択肢になかった。

 ここは儀式の場であって抵抗する場所じゃないし、自分達に刃向かう者達が居るとも想定していなかったみたいだ。


 僕たちはさしたる抵抗も受けずに蹂躙して各部屋を進んでいる。

 ユウキはダンジョンをソロで攻略という意味不明な事をしているから本当に多芸で、今もこの地下遺跡の詳細な構造を把握していた。前に酒の席でそういうスキルを持っているんだと聞いたことがあるけど、始めて入る場所なのに隠し部屋の場所がすでに解っているとか凄すぎると思う。


 その甲斐もあって部屋の隅に隠れている信者たちも残らず地獄行きだ。それを行っているのは主に先行して突入した騎士たちであり、僕はともかく激怒しているユウキがここまで行動を起こさないのは珍しい。


「一番頭に来ているのは姫様攫われたエスパニアの連中だからな、とりあえずあいつらが主役で暴れた方が面目が立つだろうしな」


「え、でもユウキはそれでいいのかい? 今だって相当溜め込んでいるでしょ」


 僕の指摘に彼は面食らっている。気付かれないと思っていたようだ。


「まあそりゃな。だが、ソフィアは自分から捕まったし、怒りに我を忘れるほどではないさ」


「実際ユウキが切れてるのはイリシャを泣かせたことだからな」


 僕の隣を歩く玲二がユウキの本音を口にした。ああ、そっちが原因なのか。イリシャに傾ける愛情は過保護の域を超えているからね。


「連中には必ず落とし前をつけさせる。それに最後は中々遊べそうだからな、前菜は騎士たちに譲ってやってもいいさ」


 彼の言葉はこの先で何か異変があるとあらかじめ告げているようなものだ。ユウキが遊べると言い出すほどなのだから、その時にはきっと僕の出番もあるだろう。

 僕のふつふつと湧き上がる怒りを敵に叩きつけるのもその時になると思われる。





「ふむ。今日という善き日に客を呼ばなかったことを悔いていたが、そちらから出向いてくれるとはな。招かれざる客とはいえ、客は客だ。もてなしの一つもするのが主人の役目であろうな」


 僕たちは他の騎士達が入り組んだ地下遺跡の掌握に励んでいる隙に、敵の本丸を叩いてしまう事にした。共に進むのはユウキと玲二、それに各国の王族の皆様とその護衛、しめて9人だ。

 ユウキの弁では細かい分岐はあるもののこの遺跡の構造は中央の大きな道が最奥の大広間らしき場所まで続いているとか。そのほかに儀式を行えるような場所はないので僕たちの狙いは最奥の広間だろうと見越していたら、案の定敵の首魁がいた。


 多くの篝火が焚かれる大広間の中央にいるエスパニア支部長、ゲルギウス。グレンデルの側近を務めていた男で、誰も信用していない奴がそばに置くかと思わせる程度には頭の回る男とこれまでは評されていた。

 


 だがこの常軌を逸した今回の行動はその前評価を覆した。この国はシルヴィアお嬢様の一件で完全に教団と決別した。王国と公爵は国内の拠点を虱潰しにしたし、対外的に兄の枢機卿就任は後押ししたが、国内の影響力は一切認めない方針を示した。

 来年から通話石の供給がなくなるみたいだけど、こっちには魔力充電の切れた通話石をいくらでも充電できるユウキがいるので、何の問題もない。


 そんな対決姿勢を露にしたこの国にわざわざ掟破りの方法で入国し、異国の姫君を誘拐したのだ。

 ランヌ王国とエスパニア王国を完全に敵に回した事を理解出来ていないのだろうか。

 

 だが、奴は余裕の笑みを浮かべている。その自信の源はなんなのだろう。



 ……そこまで考えて、僕は思考を止めた。僕に出来る事は剣を振るうことだけだし、どうせこいつは地獄を見るのだ。


 僕の隣で荒れ狂う殺気を隠す事もしなくなった怒れるユウキによって。



「お前がこの屑どもの親玉か。生きる価値のないゴミらしい顔をしているな。要望を聞いてやる。どんな死に様が望みだ?」


「お前のような小物に答える舌は持たぬな。我が客は王子達とそこの暗黒騎士だけよ。失せろ、下郎が!」


 ゲルギウスは手をかざすとその中央から瘴気の様な濃い紫色の霧を生み出した。その霧が弾けると地中から大量のスケルトンが現われた。


 奴は死霊術士(ネクロマンサー)だ。それも相当高位だとは噂に聞いていたが、いくらここが相性の良い地下とはいえほぼ予備動作なしにこの数のスケルトンを呼びだせるのは恐るべき技量だ。


「まずはお前から食らってやろう。生きたまま臓腑を食われる苦痛を味わった後は屍食鬼として我輩の奴隷としてその身が腐りきるまで働かせてやるから、感謝するが良い」


 尊大な口調で言い放ったゲルギウスだが、僕は笑いを押さえるのに苦労する羽目になった。奴もその技量が示すとおり相当の腕であり、強い自負も頷けるけど、いくらなんでも相手が悪すぎる。


「やべぇ。ユウキ相手に超ウケる」


 玲二なんか僕の後ろで遠慮なく噴き出している。僕も声を出して笑っても良いだろうか。


 そして前に出たユウキ目掛けて12体の剣を持ったスケルトンが殺到しかけ、そのまま全員が頭部を失って崩れ落ちた。凄い! ダンジョンモンスターと違って呼び出されたスケルトンは全身を完全に破壊しないと簡単に復活するのに、起き上がる気配はない。一撃で倒してしまった。


「ふん、多少は心得があるようだな。だが、覚えておくがいい。スケルトンはこの程度の損傷では倒せはせぬ、すぐに起き上がって……貴様、何の小細工をした!」


「知るか。雑魚が呼んだ雑魚なだけだろ。ほら、次の余興はなんだ? 主人なら客を楽しませてみせろ」



「どういうことだ? 弱点の光属性魔法ならスケルトンは消滅するはずだが、骨の体は残ったままだ。エリザ姫、何かご存知かな?」


「わ、わかりません。頭部損傷くらいではすぐに立ち上がるはすなのですが……まさか伝説の浄化の炎なのかしら? 玲二さん、ユウキ様は今何をなさったのですか?」


 僕の背後では王子たちが今のユウキの魔法が理解できなくて動揺しているみたいだ。もちろん僕も理解できない。彼の魔法は基本的に僕たちが習うものとは系統が違うみたいで、だから正統なものを習う為に玲二と雪音がダンジョン攻略に忙しい彼に変わって魔法学院に通って知識を得ている。

 前に一度、ユウキのために学院に通うのは面倒じゃないのかと玲二に尋ねてみたことがあるけど、彼は“この世界にやってきて何もああしろこうしろと言わなかったユウキからの初めての頼み事だった”から断る気などなかったそうだ。

 仮にも戦闘中にこんな事を考えている僕も相当余裕があるなぁ。ユウキがそばに居ると安心感が凄すぎるんだよね。



「なんでもスケルトンを呼び出した魔力そのものを断った? とかそんな感じらしい。詳しい事はもちろん解んないぞ」


 精神的なパスが繋がっている玲二もよく解っていないので、傍観者の僕も皆も当然理解できない。



 そして一番混乱しているのかゲルギウスだろう。だが奴はその疑問を振り切って新たなるスケルトンを次々に呼び出しているが……その都度頭だけを吹き飛ばして倒している。


「おのれおのれおのれ! 小細工を弄しおって! 小僧、我が死霊術を舐めるなッ!」


「雑魚ほど御託を並べやがる。さっさと次の余興に移れ。客を飽きさせるな、無能」


 ユウキ……あいつ怒ると煽り方がえげつないんだよなぁ。


 しかも手口が相手の全力を敢えて出させてその上で力の差を刻み込むという敵の心を折りに来るやり方だよあれ。

 Sランク冒険者のライカ・センジュインにそれやってやりすぎたと反省してたと思ったけど、まあ奴なら良いか、別に。



 合計して100体はスケルトンを生み出していたゲルギウスは全てよく解らない方法で倒された事で表情を

なくしている。いい気味ではあるけどこっちが嫌な気配を感じて冷や汗が出てきた。隣の玲二も同様である。


 ユウキの機嫌が悪くなっている。この戦いに飽きてきているのだ。


「いつまで俺はこの下らない遊びに付き合えばいいんだ? 奥の手があるんだろ? 後生大事に仕舞ってないでさっさと出せよこの屑が」


 イラついたユウキの声に周囲の気温が数度下がったような悪寒を感じる。正直敵より数億倍怖いんですけど。

 その敵意を向けられたゲルギウスは顔面蒼白になっている。自分が相対する敵が次元の違う存在だとようやく理解し始めたらしい。


「小僧、何者だ。お前のほどの力の持ち主が何故この様な場所にいる!」


「俺がここにいる理由だと? 決まってんだろ、お前のような屑を殺す為だ。簡単に死ねると思うなよ、お前の想像を超えた苦痛を、痛みという痛みを与えてやるから楽しみにしていろ」


 余裕をなくした声で叫ぶ奴に、ユウキは血も凍るような目をして言い返した。


 うわ出た。あの目、あれがほんとに怖いんだよ。横目で見ているだけの僕でさえ今の彼の顔を直視できないほど怖いんだ。あれを見たこれまで全ての敵はユウキに殺される事を救いだと思うようになる。死ぬ事によってこれ以上あの目で睨まれる事が無くなるから。



「う、うおおああああぁあぁあッッ!!!」


 狂気に囚われたゲルギウスは両の手を滅茶苦茶に振り回した。こんな状態でも死霊術士としての才覚は確かなようで、この広間を埋め尽くす勢いでアンデッド(死に損ない)を召喚している。



「ようやく僕たちの出番かな? ユウキ、少しは暴れても良いだろ? 僕だって暴れる理由があるんだ」


 今のユウキに声をかけるのはちょっと怖いけど、彼は僕の友人なのだ。友を疑い恐れる必要などないと言い聞かせながら彼に問いかけると、ユウキはいつもの顔に戻っていた。


「悪い、俺ばかり遊んじゃ皆に悪いな。ああ、バーニィはともかく皆の武器には光属性を付与しておくぞ。あいつら、強くはないが付与がないと武器が傷むからな」


 ここにいるいくつかの敵は体か腐食していたり強酸を持っていたりして普通に戦うとこちらの武器がダメになる奴がいたので、その対策だろう。

 それはそうと僕が除外されているのは、何故なんだい。


「お前なら武器を痛めずに倒せるだろ。ほら、バーニィも怒りをぶちまけて来いよ」


 たしかにそれもそうか。今は難しいことを考えずに敵を切ろう。それが僕に出来る一番の事だ。



 他の皆もせっかくの参加なんだし、と思う存分暴れる事にしたようだ。玲二はその大威力の魔法を駆使して敵を消し炭にして復活できないようにしているし、エリザヴェータ姫は光属性の高位呪文である<ターンアンデッド>を用いて召喚されたアンデッド達を昇天させている。

 彼女も魔法の行使に難を抱えているという噂を他ならぬユウキから聞いていたけど、普通に使えているな。でもその度にユウキのほうを見ているから、何かあったのかもしれない。


 ゲルギウスが呼び出した軍団を始末するのにかかった時間は5寸(分)にも満たないものだった。耐久特化の敵だけあって結構時間を食ってしまったけど、それはユウキが参戦しなかったからでもある。


 彼はゲルギウスの挙動に注目していた。最初はその行動を止めようとしていたみたいだけど、意図を理解してからは手を出さなくなった。むしろその顔には“さっさとやれ”と書いてある。


 何が起きるのかと警戒する僕たちだけど、その緊張を破ったのはゲルギウスの哄笑だった。


「ははははははは! 封印は解かれた! 生贄無しでも大量の死が封印の枷を解く鍵だったのだ。小僧、貴様の望みどおり、私の、いや暗黒教団の奥の手を見せてやる。この国を、世界を闇に還してくれるぞ!」


 狂ったように笑い転げるゲルギウスの足元に赤い光が立ち上がる。何を、と思う間もなくその光は大広間に広がりを見せる。


「まさか、そんな! この広間全体が魔法陣なの!?」


 エリザ姫が驚愕の叫び声をあげるのが聞こえた。魔法陣はその大きさで規模が大体解ると言われているけど、この大きさ……一体何が起きるんだ?

 不安に駆られて僕はユウキの顔を見て、安堵する。


 彼は嗤っていた。ゲルギウスの企みを知り、それを打ち砕く事で奴の心をへし折れる事に歓喜している。


 解っていたけど一欠片も自分が負けるなどと心配していない顔だ。それを知る玲二も平然としているし、それまで不安を顔に出していた皆も自然と落ち着きを取り戻している。



 だが、そこから現われたものを見ると人としての根源的な恐怖が襲いくるのは防げなかった。




「ははははは! 見たか! これが教団上層部のみが把握していた太古に封印された竜種のアンデッドだ! どうだ、この勇壮さ、この禍々しい力。この封印を解いた私こそかグレンデル高司祭の後継者に相応しい。あのお方を抹殺したランヌ王国を壊滅させれば誰も私に文句は言わせない! 私が教団の頂点に立つのだ!」


 最早正気を保っているようには見えないゲルギウスに誰も注意を払っていない。それほどに目の前の光景は圧倒的だった。誰もがこの大広間の中央に鎮座している巨大な質量に言葉を失っている。



「……ボーンドラゴン。なんでこんな伝説級の危険なアンデッドがこんな場所に封じられているのですか……」


 エリザ姫の搾り出すような声が皆の気持ちを代弁していた。


 

 ボーンドラゴン。息絶えた竜種が邪悪な呪術によって死後も縛られて使役されるというアンデットだ。

もちろん本物の竜種の方が危険度は上だ。だけど、高度な知性を持つ竜種は己の領域から出てこないし、僕も知る真竜になると性格も穏やかになるため戦いになる事は少ない。それ以前に人間はそれこそユニークスキルのような非常識な手段でもない限り、逆立ちしても彼等には敵わないけど。


 だがアンデッドは別だ。彼らは亡者としての衝動だけで暴れまわる。強固な鱗、竜語魔法(ドラゴン・ロア)や強力な吐息(ブレス)こそないが、あらゆる魔法を弾き、どんな金属よりも堅いといわれる竜骨で構成されたボーンドラゴンは恐るべき強敵だ。


 それだけでも面倒なのにアンデッドになることで疲れ知らずになり、ひたすら暴虐を振りまく存在となる。討伐できずに封印指定になったのも頷けるが……一体誰がこんな街の近くに封印したのか疑問は尽きない……そういえばつい最近、遺跡全体が魔法陣で2万を越えるオークが出現した事があったなぁ。


「ユウキ、この遺跡ももしかして……」


「ああ、俺も同じ事を考えていた。魔族の置き土産なのかもな。まあ、どうでもいいけど」


 心底つまらなそうな顔でユウキは吐き捨てた。


 ……どうやらボーンドラゴン()()では彼のお気に召さなかったらしい。一気に彼の目から興味が失せてゆくのがわかる。


「さあ、破壊しろ! 全てを無に還すのだ! 破壊こそが我等が神の唯一の真理だ」


 使役に成功したはずはないのだが、ゲルギウスの言葉に動き出したボーンドラゴンはその長い尻尾をこちらに向けて振り回した。


 土壁を簡単に破壊しながら迫り来る鋼鉄より堅い骨の尻尾だが、ユウキの展開した<結界>により易々と弾き返した。


 彼が全く警戒していなかったので多分そうじゃないかなと思ってたけど、やはり彼の護りを打ち破るほどの威力じゃなかったようだ。

 脳味噌無いのに自分の攻撃が防がれた事を理解したボーンドラゴンは尻尾だけでなく手足を用いて攻撃を断続的に仕掛けてくるが、その全てを<結界>は弾き返している。


「あ、やっぱり無事だった。焦って損したなぁ」


 フィーリア姫の安堵の声がこの場にいるすべての者の気持ちを代弁していた。


「隠し球でこの程度か。期待外れだな」


 本当につまらない声で断言したユウキはなにやら魔法を行使しようとしている。竜骨は魔法防御も完璧に近いよ、とフィーリア姫が助言を告げた直後、ボーンドラゴンは上から降ってきた大岩に潰された。


「え、な、何あれ! 何が起こったんだい!?」


「ん? ユウキが今やった奴? 土魔法の質量で押しつぶしたんだよ、これで潰れるかな?」


「いやそれは無理ではないか? 竜骨の頑丈さは広く知られている、あれしきの質量で潰されるとは思えないが。は? なにをするつもり……」


 マスフェルト王子の台詞は最後まで続けられなかった。今さっき落下した大岩を一旦消滅させたユウキはまたもや同じ質量の岩を続いて落下させた。それを繰り返すこと数十回、ボーンドラゴンは粉微塵になるまで徹底的に砕かれて消滅が確認された。


 鋼鉄より堅いと評された竜骨はその堅牢さをろくに発揮する事無く、念入りにすり潰されて歴史の闇に消えていった。


「ば、馬鹿な! こんな事が、こんな事があるはずがない! 太古の昔から討伐できず、封印するしかないといわれた伝説のアンデッドだぞ! わ、私は何を見ているのだ。そうか、幻覚魔法だな! 私に悪夢を見せているのだ!」


 敵ながらゲルギウスに同情したくなるがいい気味だ。とっておきの秘策がこんな形で潰されるなんて確かに悪夢だろうが、ユウキを敵に回した時点で奴の破滅は確定された未来だ。


「伝承では魔法が効かない敵だったはずなんですが……」


「ま、まあユウキだし。それに魔法を使ったけど魔法で倒したわけじゃないから」


 エリザ姫と玲二が緊張感が失せた声で話している。確かにユウキがやったことは土魔法で巨大なハンマーを作り出して粉微塵になるまでひたすら殴りつけただけだ。といってもこんな事が出来るのは世界広しといえども彼だけだろうけど。

 周りを見ると王族の皆様は驚くよりも呆れている。あんな光景を見せ付けられれば当然の結果かもしれない。


 当のユウキは相手の心を折りに行っている。


「で、そろそろ本命を出せよ。もちろんこんな骨の雑魚がお前の切り札なはずがないよな?」


「あ、ああ、ああッ、うああぁああぁあぁぁあああッッ!!!」


 完全に壊れてしまったゲルギウスはユウキに向けて指を突きつけ、声にならない叫びを上げ続けている。


「黙れよゴミ屑。さあ懺悔の時間だ。お前の罪を数える時が来たぞ」



 僕は皆を連れて地下遺跡を出る事にした。ユウキが何をしたかなんて知らなくて良いことだ。


 半刻(30分)後、地下から出てきたユウキはいつもどおりの顔をしている。特に聞き出すような情報ではないし、どうでも良い事だ。僕が知るべき事なら後でユウキが口にするだろう。



 その夜はユウキの屋敷で盛大な夜会が催された。僕も参加して、各国の騎士と大いに交流をした。僕自身はあまり社交が得意ではないけれど、出席したほとんどが腕に覚えのある人たちだったので共通の話題があって、楽しく過ごすことが出来た。


 これも今回の後始末の一環だと後でユウキが教えてくれた。今日は各国の護衛、特にエスパニアの護衛騎士達は姫様捜して西へ東へと大移動だった。

 その姿は多くの者に見られており、これで何もなかったと取り繕うには無理のある話だった。


 だからこそ、皆がそのためだったのかと納得する理由を用意しておく必要があり、今日は盛大に夜会を開く事で耳目をそらしたそうだ。



 犬猿の仲といわれていたソフィア姫とルシアーナ姫の関係も改善されているようで、夜会の席では隣に座って他の国の姫君たちとも楽しげに会話をしていたように思う。



 僕も面子を潰された相手に意趣返しが出来た事だし、得るものは大きかった。


 やはりユウキと共に戦うと色々と勉強になる。これまで僕はただ敵を倒せばいいとだけ思っていたけど、本当の意味で戦いを終結させるには後始末こそが一番大事なんだ。今回はそのやり方を学べて良かった。


 兄やクロイス卿、公爵閣下にも良い報告が出来るし、あの地下遺跡にはエスパニア支部から持ち出された様々な物資、特に連絡用の通話石などは王族の皆様の手に渡って喜ばれていた。この分だと魔力の補充はユウキが出来ると既に知っているんだろう。

 今更だけどユウキは色々規格外だなぁ。

 

 その他にも遺跡には調査が入るそうだし、しばらくは僕もこのアルザスに滞在する事になりそうだ。


 この様にして世界を震撼させるはずだった大事件はひっそりと幕を閉じた。この事件の関係者は本来世界にどれほどの影響を与えるかちゃんと理解できる方ばかりなので、事も無げに解決してしまったユウキの凄さをはっきりと認識しただろう。


 これによって彼の周囲は一段と騒がしくなるのだろうけど、ユウキが今更そんなこと気にするとは思えない。


 事実、ユウキは翌日には普通にダンジョン攻略に出かけて今日も収穫なしだったとボヤきながら合計で金貨1000枚以上するお宝の数々を無造作にテーブルの上に放り投げて不貞腐れている。



 その光景を見た遊びに来ていたルシアーナ姫が驚愕に固まる光景を見て、平和な日常が帰ってきたなと思う僕も充分に手遅れなのかもしれないなぁ。




楽しんで頂ければ幸いです。


やはりフラグは正しかったよ。

何がすぐ終わるだ、文字数少ないだ。


普通に一万字以上超えてしまったし水曜予定が守れなかったです。ゆるして



次からはライカールの話に戻ります。


大量の誤字脱字報告、本当に感謝しております。お恥ずかしい限りです。


 もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ