魔法の園 4
お待たせしております。
事の発端は簡単な話だ。公爵家のシルヴィアの時のようにルシアーナ姫を暗黒教団の儀式に使おうといういつもの話である。
やはり高貴な血は生贄としても最上級らしい。これまで多くの国が王女に幾度も悪しき魔の手を伸ばされ、当然のように跳ね除けてきた。
為政者としては連中は適当にあしらって、失われた超技術を都合よく手に入れる関係を長年続けてきた。
今回もルシアーナを儀式に寄越せとしつこく要求してきた。向こうは常に頭がおかしく、我等の儀式に使ってやるという上から目線の態度だった。
イスパニア国も丁重に断り、その後は適当に茶を濁せばいつもはそこで話は流れるので誰もそこまで気にしてはいなかった。
だが10日前、ルシアーナが生贄に選ばれたと不吉な手紙がわざわざこのアルザスのエスパニアの屋敷に届いた。
本国で終わった話だと認識していた彼らは諦めの悪い彼等に慌て、それを受けて普段より警備を強化していたが、それでもこのように姫を誘拐されてしまった。
細かい話はまだ色々とあるのだが、語られたあらましはこんな所だ。
俺個人としてはエスパニアの問題を国を越えてランヌに持ってきちまったな、と半分他人事だが、もう半分はソフィアが関わってしまったので焦りが募っている。
教団がらみの話は人を選ぶ。高位貴族以外は決して知られてはいけない話だから俺の仲間達以外は各国の王族しか聞こえる距離にはいない。聞いたほうが面倒に巻き込まれる類の話だから、皆が自国の騎士や侍女達に配慮していた。
「さて、話を聞いたからにはもう全員関係者だからな。この話は墓の下まで持っていってもらうし、解決にも全面的に協力してもらうから、そのつもりで」
グランディンの話が終わった途端、声を張り上げた俺の宣言にこの場の皆は千差万別の顔をした。
「もちろんそのつもりだよ、連中に一度でも成功させたという事実を残したくないし、ルシアーナは昔からの友達だからね」
「私も同感です。聖王国としても教団の思うままにさせるわけには行きません」
フィーリアとエリザヴェータは当然のように頷いたが、最後の一人であるマスフェルトはいい顔をしなかった。
「ユウキの言いたい事は解る。だが、我が国としては事を荒立てるつもりは……」
「そうか、残念だ。俺としてはグラ王国に最も実のある提案だと思ってたんだが。仕方ない、協力が得られないなら、それ相応の対応を取るしかないな」
「そ、それはどういう意味……」
「そのままの意味だ。一番連中に詳しそうだから色々と有益な情報があると思ってたんだが。そうだ、これから北側の3番倉庫やら西地区のフェルト屋敷を探し回ろう。きっと面白いものがみつかるはずさ、そうだろう?」
「待て、待ってくれ! な、何の話をしているんだ?」
「その出来の良い頭でよく考えろ。俺たちには時間がない。お前が情報をくれればそこを効率的に探すことになる。だが、情報が無ければ手当り次第に探し回るしかないだろう? その結果、有る事無い事全て白日の下に晒す事になるが、これは仕方ないよな?」
「待てと言っている。しかし、だがそれは」
「ああ、南地区の民家の地下倉庫は特に重点的に探さないとな。きっとグラ本国から輸送された中毒性の高い気持良くなる葉っぱが沢山あるに……」
「解った! 協力する。全面的に手伝おうではないか!」
俺の脅しに根負けしたマスフェルトは白旗を上げた。手間取らせやがって、只の王子様が俺と汚い喧嘩で勝てると思ってるのか?
「殿下! しかしそれでは!」
周囲の配下たちが諌めているが、彼の決定を覆せるはずがない。何しろそれらを捜索されれば彼らは手痛い損害を受けるはずだ。俺たちからではなく、グラ本国からによって。
「良いのだ。これは私の判断だ、国にはそう伝えよ」
「お前さんもデカい夢を見るのはいいが、足元をまず固めないとな。土台が不安定じゃどんな野望も結実する前に崩れ去っちまうぞ」
「そのために優秀な人材を集めているのさ。君や玲二が加わってくれればこれ以上ないほど力になるのだが……」
グラ王国のマスフェルト王子の異名は”誇大妄想狂”だ。そう呼ばれるのには理由がある。彼の生涯の夢は大陸統一だからだ。それも正々堂々とした正攻法で全ての国を手に入れて見せると周囲に隠す事無く豪語している。
とてもカナンという麻薬を周辺国家にばら撒いて資金稼ぎと国力低下を行っている下衆国家の王子とは思えない発言だが、彼はグラ国内でも相当浮いているらしい。何しろ17歳の第一王子なのに立太子の儀をまだ行っていない、つまりグラの次期後継者として認められていないのだ。
だからランヌ王国の魔法学院に留学、なんて事が出来るのだろうが、本人はこれを好機を見て有望な人材の獲得に動いている。話してみると確かに理知的で、真っ当な価値観を抱いている男だった。友としては得難い資質を持っていると思うのだが、彼の道に力を貸す事はいずれ血塗られた覇道を歩むことになる。
全てを賭けてこいつと共に進む気はこれっぽっちもない俺と玲二は彼の夢を応援する程度の関係に収まっている。
「それは言われずとも理解しているのだが……しかし、この地における本国の魔手は全てお見通しか」
マスフェルトの性格からしてもカナンという薬物の存在は許しがたいものだった。演技ではなく本国の行いに憤っていることを見た事もあるし、何より彼の部下たちも清廉潔白な者が多い。部下を見れば主人が解ると言う言葉もあるとおり、頭が真っ当なら下も自然とまともになるのだ。
だがグラ本国からアルザスを影響下に収めんと色々な危険物体が送り込まれているのは知っていた。彼がその扱いに苦慮している事も。そしてなにより、グラ王国は暗黒教団と密接な関係にあるというのは事情通の間では常識だ。
グラ王国が迷惑な国であることは間違いないが、大陸一の国家と呼び声高いオウカ帝国と互角に戦争を行えるのは現国王の手腕による所が大きい。なにしろ暗黒教団とも五分に渡り合い、あの狂信者揃いの教団本部と友好的関係を築き上げて様々な援助を引き出しているというから、それは確かなようだ。
だがグラ本国の内情はかなり危険水域にある。なにしろ俺達が押収した薬物をグラの上層部にばら撒いて大量の中毒患者を今も生み出し続けているからだ。こっちがやられた事をそのままやり返しているのだが、その対策をグラ本国は全く行っていなかったという間抜けな展開になっている。
カナンのばら撒きを止めればいい話だと思うのだが、国の面子でもあるのか一度動き始めた事業は簡単には止まらないみたいだ。
「アルザスは俺の庭だぜ? 人の庭でおかしな動きをしている奴等がいればそりゃ気になるさ」
「本国も君の事をもっと注視すべきなのだがな。まあそれは今は良いか。私が本国から得た情報は、エスパニアの教団支部がこのランヌ王国に向けて行動を開始したとのことだ。連中、相当気合を入れているようで、支部の動かせる人員全て動員したという話だ」
「何でそんな大事になっているんだ」
俺は思わず呆れてしまう。よりにもよってこのランヌ王国に他国の暗黒教団支部が侵入するとか、何を考えているんだ……と言いたくなるが、実は事情は知っていたりする。
「君も話は聞いているだろう? かのグレンデル高司祭の後継者争いさ」
俺はマスフェルトの話に頷いた。教団の誇る最高戦力でもある暗黒騎士バーニィからグレンデル亡き後の教団の混乱は聞き及んでいた。
やはりあの狂人は俺の記憶に残るだけはありその実力のほどは大したものだった。後ろ盾がないにも拘らず教団で異例の出世を重ねただけあって、そのカリスマ性は群を抜いており、各地の教団支部を次々に傘下に収めていた。
奴が最も優れていた点は、各地の傘下の者どもの手綱を完璧に操っていた事だ。それまでは纏まりがなかった各支部を奴が掌握することにより一大勢力となって貴族達に対抗してきたからだ。
それはアドルフ公爵さえも警戒を必要とする大勢力となっていたことからも明らかである。
そしてそのグレンデルが”昇華”(悪魔化することをそう呼ぶらしい。実際は俺が魔力を送り込んだら勝手に悪魔化したんだが)したことによって、その統制は崩れた。奇しくも奴の存在がいろいろやらかす各地の支部を大人しくさせていたことになる。
そして奴の後釜を巡って争いが繰り広げられることになるのも当然だった。それまでグレンデルと言う巨大な看板によって押さえつけられていた者たちが、我こそが後継者なりと各国で活発な活動を呼び起こすこととなったのだ。
ちなみにこのランヌ王国では全く関係のない話だった。例のシルヴィアの件と玲二たち異世界人召喚の話の時に国中を総ざらいして教団の痕跡を徹底的に潰しているからだ。普段国王と対立しがちな北部貴族たちも愛する孫娘を殺されかけて本気で激怒しているウォーレン公爵を敵に回す愚を冒す事はせず、素直に従ったという。
そういう訳でこちらは平穏無事であったのだが、この国以外では結構な事件が起きていたという。といってもやはりグレンデルがまとめてようやく脅威になる程度の小物連中で、各国が本腰を入れれば簡単に潰せる程度の揉め事だった。イスパニア国でもその判断だったのだが、まさか他国にまで侵入して姫を誘拐するとは思っていなかったようだ。
「あのグレンデル高司祭の後継者となれば教団本部でも確固たる地位となるだろうしね、各国の支部が躍起になるのも分からなくはないよ。何しろこのランヌは彼が”昇華”した地だ。ここで後継者の名乗りを上げられればその効果は大きいと思うからね」
「そんな大したものかね」
フィーリアの言葉にそう嘯いた俺だが、彼女の答えは俺の予想を越えていた。
「まあ、君にはそうなんだろうね。世界中に脅威を与えていた高司祭も君にとっては道端の小石にしかならなかったようだし。あのどこからも文句の出ない後始末といい、鮮やかなものだったね」
「……フィーリアは色々詳しいな」
”風見鶏王女”と言う不名誉な異名を付けられているセインガルド王国のフィーリア第三王女であるが、その異名の由来は自国の立ち位置にある。俺もかつてギルドオークションで向かったが大陸のあらゆる街道が集結し要衝に位置するセインガルド王国は小国だがその戦略的価値から多くの国から狙われてきた歴史がある。あまりの揉め事の多さにレイルガルド聖王国が分離独立させた経緯があるほど政治的いざこざが絶えないお国柄だが、それゆえに多くの国際機関を呼びこむことによって中立、または他国に容易に攻め込ませない立ち回りを続けてきた。冒険者ギルドの総本部があるのもそうだし、治癒師ギルドや商業ギルドも総本部をセインガルドに置いている。
そのような場所柄、セインガルドには大陸中の情報が集まるようになるのも必然である。そして様々な情報の収集と管理、そこから得られる予測をすることによってかの王家は世界でも独特の地位を築くに至った。
今ではセインガルドには世界から最新の情報が集まるようになり、それを精査する王家は最も情報に詳しい者達と言う認識である。なにしろ各国のスカウトギルドにも影響力を及ぼせると言うから大したものだ。
そしてフィーリアは実家からもたらされた情報を用いてその若さからは考えられないほどの多くの重要な判断を下してきた。それは勢いのあるものに近づき、凋落する者からは離れてゆくものだったので口の悪いものからは”風見鶏王女”と揶揄される事もあった。
だが俺はソフィアにフィーリアとは絶対に顔を繋いでおけとしつこく言っていた。彼女の評判はユウナから聞いていたが、逆に考えればフィーリアがソフィアに友好的な態度を取り続ければ、彼女は安泰であると言う端的な証明になるからだ。
本国から離れているとはいえ、彼女の情報の新鮮さと確かさはユウナに勝るとも劣らない。何故これほどの逸材が規模としては凡庸の域を出ないランヌの魔法学院に留学しているのかは疑問だ。
「それだけが取り得の一族だからね。僕もエリザのように治癒の力があればよかったのだけれど」
「わ、私などまだまだ至らぬ事ばかりです。この地に来るまでは自分の力さえ満足に理解していない愚か者でした」
レイルガルド聖王国のエリザが幼馴染の言葉を否定する。彼女の事情はフィーリア以上に面倒かつ特殊なのだが……話が長くなるのでこれは別の機会にしよう。
だが彼女は謙遜しているが、先ほどの瀕死の重傷を負っていたアオイを治療したのはきっと彼女だろう。不安にさせる気はなかったので黙っていたが、暗黒教団の刺客はその獲物に毒を塗っており、アオイは傷と毒に苦しめられていたはずだ。その彼女の命の危機を脱させたのは間違いなくエリザだ。俺は完治していない彼女に最後の駄目押しをしたに過ぎない。
「さて、状況は理解した。面倒だが、この事件は”なかったこと”にする。その前提で動くことになるから皆もそのつもりでいてくれ」
俺は行動にいるすべての者に聞こえる声で宣言した。事情を理解している者たちは俺の意見に異論はないようだ。
この事件は様々な意味で危険な要素を孕んでいる。留学中の他国の王女が二人も誘拐されたと言う事実はランヌ王国にとって体面を潰された話になるし、当の王女二人にとって見ればどんな噂が立てられるかわかったもんじゃない。誘拐犯に穢されたなんて噂が立てば将来は暗いものになるし、その際に噂の真贋は意味がない。こういうのは噂になった時点でおしまいだからだ。
そしてさらにこの学院内で誘拐されたとなると学院の不始末となる。更にいえば治安維持の問題に発展し、詳細が調べられればエスパニア国の醜聞にもつながるし、ランヌ側としては原因はそちらにあると結論する。ライカールもそれに同調するだろうし、この三国の関係に影を落とすだろう。
結果としてこちらは誰も得をしないので、こっそりと解決して誰にも迷惑がかからないようにするのだ。
俺の方針に異論が出なかったので話を進める。
「二人の救出は後回しにする。安全は確保しているが、これは堪えてほしい。もし敵を一人でも逃がすとそこからこの話が広まりかねない。二人の将来を考えれば手間が掛かるが準備を全て終えてから救出しないとこちらの目論見が壊されるからな」
すでにランディが飛び出して行っているが、彼にはまだ闇雲に街を走り回っているだけだ。ソフィア達が誘拐された馬車とは場所が全く違うので接触することはないだろう。奴には悪いが俺の能力を話すわけにはいかんので、暫く長距離走をしてもらおう。
「そして次は……」
「誘拐犯の殲滅だな! 腕が鳴るぜ」
「玲二、気が早い。もう一つ根回しだ。グランディン、さっきは誰にも知らせないと言ったが一人だけ報告を入れさせてくれ」
「ぬっ、出来れば限られた者のみが知り得るようにしたいのだが、相手を教えてくれるのなら」
「ここに居る皆が知ってる相手さ。ウォーレン公爵家だ。後始末するにはあの家の力を借りたほうが早く、確実だからな」
それにあの家と教団のあれこれは皆知っているだろ? と問うと、全員が頷いた。公爵に話をすれば教団を叩き潰すための助力を惜しむはずがない。
それに今のソフィアの公式な保護者はランヌ王室だ。ソフィアの保護責任は一応向こうにあるから、何かあればあちらの責任問題だ。あいつそこらへんあまり考えてなかったようだな。ここで少し自由にさせすぎたのがいけなかったのかもしれない。
公爵家に話を入れればそのまま王家に伝わるはずで、こんな大事件を今は隠し通せても後でバレたらこちらが大目玉を食らいかねん。
後始末に動くにしても、全部終わってからより今すぐできることはしておいたほうが後々楽なのだ。
「クロイス卿ですか? 誘拐事件が起きました。被害者はソフィアとエスパニアのルシアーナ姫で、犯人はあっちの教団支部のようです」
領地拝領に向けて大忙しのクロイス卿に向けて俺は通話石で話しかけた。
「はっ? 何を言って……分かった。直ぐに親父に話を通す。あと、側にバーニィがいたから飛び出して行った。そっちに合流すると思う。お前は俺達にどんな支援が欲しいんだ?」
話の早いクロイス卿は必要な事だけを聞いてきた。
「問題はこちらで片付けますから、後始末を手伝ってください。スカウトギルドはもう手を回しましたから、後は北部貴族達の出方次第です。誘拐に使われた馬車にはある貴族家の家紋が入っていたそうです」
俺はソフィアが見て相棒に語ったその家紋の貴族家の名を出すと、クロイス卿は挑戦的に笑った。
「まだ繋がっているのか、あるいは利用されたか。まあいい、こっちの手札が増えた。状況は逐一報告してくれ、それを受けてこっちがフォローする」
「頼みます」
通話を終えて俺は皆を見たのだが……何だか俺に視線が集まっているようだ。
「個人で通話石を持ってるなんて羨ましいね。いいなぁ、こういう非常時に即座に連絡が取れるじゃないか。これがどれだけ貴重か知らないはずがないよね?」
好奇心の塊のような顔でフィーリアが詰め寄ってくる。あっという間に通話石を奪われてしまうが、こいつが貴重なのは、再度魔力を充填できないからで魔力切れになった通話石はガラクタとして各国の王城に山程あるという。フィーリアは早速エリザに見せに行っている。
余談だがこの後でガラクタの通話石を山程手に入れたので、各国の王女たちにせがまれて渡す羽目になった。その後、深夜に語り合う王女達の声がそれぞれの屋敷で聞こえることになったという。
「続いてはだな」
「次は何をするんだ? でもこんなにゆっくりしてていいのかよ」
心配そうな周囲の視線を代弁したかのような玲二の台詞だが、俺は〈念話〉で語りかけた。
〈<マップ>見りゃ解るが、まだ誘拐犯が馬車で移動してんだよな。敵を一網打尽にしたいから、今すぐ始末するって訳にもいかんし。それに今やっておくべきことがあるんだ〉
〈一体何をするんだよ〉
そんなことは決まっている。
この学院にいる裏切り者を始末するのだ。
ルシアーナ姫が誘拐された時、彼女の様子は只事ではなかったという。側付きの侍女であるアオイの声にも耳を貸さず、覚束ない足取りで道を外れていったそうだ。その様子に只ならぬ異変を感じたソフィアが<隠密>を使って後を追ったが、何度声をかけても反応が無かった。ふらふらと夢遊病者のように歩く彼女の先には怪しげな風体の男達が待っていたそうだ。
アオイは姫様は怪しげな方法で操られているのです、と周囲に涙ながらに語っているが、それは事実だった。馬車に連れ込まれてからも無言を貫き通すルシアーナを見たリリィが怪しげな指輪を見つけて速攻<解呪>を行い、彼女は正気を取り戻した。
むしろ正気を取り戻した今のほうが泣くわ喚くわで大変なようだが、ソフィアが一喝して黙らせたそうだ。しかし騒ぎが起きたせいで馬車内に教団の手の者が入り込んでしまい、通話石で連絡を取れなくなってしまったのだ。
このような経緯を今にも卒倒しそうなほど心配しているエスパニアの面々に伝えてもいいのだが……この話が事実だと証明できないので黙っておく事にした。
掴まったのがソフィアだけなら今すぐ救出してこれを企んだ屑共を皆殺しにして終わりでいいのだが、この話の大元はルシアーナ姫だから、エスパニア連中に納得できる方法で片付けないといけないのが面倒だ。手間ばかり掛かるが、二人の姫の将来に傷をつけるわけにはいかないから仕方ない。
俺は講堂を出てとある場所に向かっていた。すぐ戻ると伝えているのだが、後ろには玲二とフィーリアとエリザ、マスフェルトとそれぞれの護衛の3名が、そしてエスパニアからはグランディンがついているので結構な大所帯だ。
「別に見ていても楽しいもんじゃないぜ?」
「我等のことは気にしないでくれ」「そうそう、僕たちはユウキのお手並みを拝見したいだけだからさ」
マスフェルトとフィーリアの顔には隠しきれない興味の色がある。他人事だと思って……いや完全に他人事なんだろうが、暇だね君たちも。
<いつも思うんだけどさ、この王子たちユウキが学院に来るとその行動を逐一確認している気がするんだよな>
<それは気にしすぎじゃないのか? 各国の王族が俺を見張って何の得が有るってんだよ>
<いや、ユウキの力を解ってれば誰でも注目するだろ。もし聴講生じゃなくて本当に学院に通っていたらどうなってたんだろうな?>
<ダンジョンにかかりきりでロクに通えてないから意味ないと思うがね。しかし俺はてっきり異世界人である玲二と雪音を取り込むためにわざわざ留学してきたんだと思ってたぞ>
<ああ、それらしい勧誘はあったけど、ユウキのほうが優先度は圧倒的に上に見えるぞ。今だってこうやってこれから何をするかも理解してないのに同行してるし>
9人で行動し、そのうちの4人(玲二もすっかり有名人だ)が目立つので周囲の視線を集めている。できれば誰にも知られずに動きたかったのだが、まあ工夫すれば良いか。
「ん? 向かっている先って教官室かい?」
フィーリアのつぶやきにマスフェルトが続いた。
「うむ。ルシアーナ嬢があのような事になった原因、確かにこれしか考えつかない」
背後の二人の話に加わる事も無く、俺は重厚な扉で作られた教官室に一切の遠慮なく押し入った。
「うおっ! 一体何事だ。生徒が何の用……あ、あんたは!」
「ここにハイドという教師がいるはずだ。何処に居る?」
俺が近場にいた壮年の教師に尋ねると、冷や汗を浮かべたその男は視線で件の男を見た。疚しいことでもあるのか、既に腰を浮かせかけていたその男に俺は近寄る。
「な、なんだお前は! 部外者が学院に何の用だ!」
ハイドという教師の顔は既に引きつっている。と言うのも俺はこの学院の教師達にとって悪夢の象徴であるからだ。玲二が入学早々に調子に乗った馬鹿貴族と揉めた際、教師陣は長いものに巻かれろとばかりにその貴族生徒に味方した。その時、俺が道理を説いて”説得”して現実を教えてやったのだが、それ以来というもの俺を徹底的に避けるようになった。
どれだけ自分の腕に自信があったのか知らないが、あの程度の実力で貴族の方が血統として優れているとか言われても失笑しか浮かばない。
余談として俺が魔法学概論で世話になっているセシリア講師は逆に平穏が訪れたので喜んでいる。それまでは嫌味を言いに来る暇でケツの穴の小さい奴等がいたそうだが、俺が彼女の授業に顔を出していると知れるとそれがぱったりと止んだそうだ。
「あんたが今日行った実技の授業で尋ねたいことがある。一緒に来てもらおう」
「い、嫌だ! 誰がお前の言う事に従うものか! 少しばかり魔法の腕があるからといって……」
どうやらこの男、自分の運命をまるで理解していないらしい。
「何を勘違いしているんだ? お前の都合なんざ聞いていない」
何か言おうとしたこの教師の首を掴んで言葉と呼吸を出来なくさせると、そのまま引きずって歩き始める。事が事だけに周囲の目がある中で拷……尋問は出来ない。だが都合のいい事にすぐ近くに面談室とかかれた部屋がある。無人である事は<マップ>で確認しているから使わせてもらうか。
「お、おい! ハイド師を離すんだ。これは問題だぞ!」
俺の無茶を見咎めた他の教師が俺にそう言ってくるが、事態はもうそれ所ではない。
「すでに大問題になっているぞ。学院長を呼んで来い、今すぐだ!」
それだけ言い捨てると、俺は面談室の中にハイドを放り込んだ。物が盛大に壊れる音がするが、誰もそれを気にする者はいない。
付いて来ようとする皆を留まらせ、俺は部屋の扉を締めた。
もうこれで誰の助けも来る事はない。
「ぐっ。がはっ! 貴様、自分が何をしているのか解っているのか!? 魔法学院の教師にこのような真似をして……」
寝言を吐き続けようとしたハイドに腹に蹴りをくれてやり、悶絶する奴の髪を掴んでこちらに向けさせた。
「あんたが教え子にろくでもない魔導具を着けさせたことよりマシさ。あれをどこで手に入れた? 大人しく吐けば生まれてきたことを後悔するだけで済む」
「お、俺は何も知らない。や、止め、止めろぉぉぉ!!!」
ハイドの絶叫は<消音>にて掻き消され、誰の耳にも届く事はなかった。
「終わったぞ」
「早かったね。まだ2寸(分)も経っていないのに」
部屋を出た俺を待っていたフィーリアは驚きの声を上げた。
「痛みに慣れていない奴なんてこんなもんさ。知りたい事は大体解った。三日前に酒場で知り合った男から依頼されたらしい。やつにしては小遣い稼ぎのつもりだったようだ」
「我が姫を小金で売り渡したか。下衆めが」
俺の言葉にグランディンが獰猛な殺気を撒き散らした。
「どうやら連中はこの街の中に拠点を作っているようだ。学院内に敵が入り込めて馬車の手配まで出来たことから予想はしてたが、この街にも元から奴等の協力者が居たようだな」
「太古の昔から魔法の深淵を覗き込むものは彼等と繋がったと聞きます。学術都市のアルザスであればその縁があったとしても不思議ではありませんね」
これまで黙っていたエリザが憂うような顔で呟いた。俺としては丁度いい機会だからまとめてこの街の掃除をするか、くらいの認識でしかないのだが。
「こ、これはどういうことだ! 何があったというのだ」
俺がハイドから聞きだした内容を語っていると、学院長が狼狽した声を上げた。急いで走ってきたのだろう、肩で息をしていた。
「学院長、事情を説明する。極めて秘匿性の高い話だ、中で話す」
俺が今出てきた面談室を指し示すと周囲の教官陣は不満を示したが、俺の周りにいるのは各国の王族達だ。彼女達がその意向を示せば貴族が多い教官たちは反論など出来るはずもない。グランディン以外の護衛は残り、6人で部屋に入る。
「うわっ。予想はしていたけど、やっぱりこうなってたかぁ」
俺より先に面談室へ足を踏み入れたフィーリアが膝を抱えて虚ろな顔で何事が呟いているハイドを見て乾いた笑い声を上げた。
「裏切り者には似合いの末路だ。五体満足で生きているだけ俺の優しさに感謝するべきだろ」
「ハイド教官! 一体彼が何をしたと言うのです?」
かつては才気溢れる若手教官として有望だったらしい男が見る影もなくなっていることに驚きを隠せない学院長だが、彼の本当の心痛はこれから始まる。
「この男は小金に欲が眩んでエスパニアのルシアーナ姫とライカールのソフィア姫の誘拐に加担した。学院長、貴方はこの件の責任をどう取るつもりだ!? 国際問題で済めば良いと思うなよ、事が事だ、戦争の引き金にさえなりかねんぞ!」
「誘拐、ですと!? この学院内でそんな馬鹿な……」
俺だけの言葉なら一笑に付されていた話でも、此処に各国の王女達が証人としている事で疑うことなど出来なくなっている学院長の顔は衝撃に歪んでいる。
俺から事件の概要が語られるとそれが苦渋に満ちてゆく。この事件は姫君たちの名声に傷がつき、ソフィアを預かる立場のランヌ王国の面目は潰れ、魔法学院の監督不行き届きと誘拐された二人以上にこの国の関係者の首が物理的に飛びかねん事態になっている。
特にこの場にいるグランディンなどはこの事が本国に知られればたとえ無事にルシアーナ姫が帰還しても即座に処刑されかねないほどの大罪人だろう。
それは眼前の学院長も同じだ。学院で他国の王女誘拐なんて職の解任程度で済むとは思えない。
だから全部なかったことにするしか無いという俺の提案に一も二もなく飛びつくのだ。
「学院長はこの男の処罰と、学院内を平穏に保つことを心掛けてほしい。不幸中の幸いで目撃者はここにいる者達で全員だから、貴方は騒がずに何もなかったかのように振舞え。それが双方ともに一番利益がある」
「殿下たちは、姫君たちはご無事なのですか!?」
「それはこっちでカタをつける。あんたは学院のほうを見ていてくれ」
憔悴した様子の学院長の肩を叩き、俺達は教官室を出る。
「ユウキ、次は何をするんだ?」
玲二がそう尋ねてくるが、それに答える前に俺の視界に畏まる従者の姿が見えた。
「失態だな、ユウナ」
「全ては私の責にございます。罰はいかようにもお受けいたします」
本人が<隠密>で隠れながら畏まっていたので他人には見えなかったようで、ユウナの声がした事で皆が驚いている。例外は<マップ>でその存在を認識していた玲二くらいのものだ。
「何が原因だ? それは解っているのか?」
「はい、急激に拡大した領域に対してこちらの手が回りきりませんでした。そしてその綻びから敵の侵入を許してしまいました」
……そうか。彼女ははっきりと口にしなかったが、俺がこのアルザスで派手に手を広げすぎたせいでユウナの負担が増えてしまい、俺達以外を狙う敵の活動を見過ごしていたという事か。
「人手が足りないなら増やすしかないな。それは後で俺も相談に乗る。現状の対応は?」
「はい。こちらのスカウトギルドは掌握済みです。あそこからの情報の流出は確実に防げます。敵の拠点ですが、今ギルドが総力を挙げて捜索しておりますが、ここの規模の問題で難航しています」
アルザスのスカウトギルドは他のそれに比べて小規模だ。俺の比較対象が王都やダンジョンのある街だったりするのであちらが大きいだけらしいが、この街すべてに影響力を及ぼせるほどではないという。
彼等が敵の本拠を知っていれば苦労はなかったのだが、知らないなら仕方ない。
「まいったな、どうするユウキ? <マップ>もこういうときは役に立たないしさ」
「まだ当てはある。こういう時は知ってそうな奴に聞きに行けばいいのさ」
楽しんで頂ければ幸いです。
前回金曜と言ってスミマセン。普通に仕事出勤でした。残念。
魔法学院にいる各国王族たちは密命を帯びてここにいます。その内容はバレバレですね。
次も急ぎたいものです。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!




