魔法の園 3
お待たせしております。
ソフィアが誘拐されたと聞いて俺の心を占めたのは強い困惑だった。
誘拐だと? 何故こんな事をするんだ? 無性に腹は立つが、これまで刺客を何度も寄越されたので暗殺なら一億歩譲ってまだ解るが、手間の掛かる面倒な誘拐をする意味はなんだ?
それにソフィアのそばにはジュリアやメイド達がいる。レナはともかく双子メイドたちは手練だし、出会った頃は並みの騎士程度の実力だったジュリアもダンジョン踏破したときに俺のパーティー内にいたお陰で劇的なレベルアップを果たしている。今の彼女は大陸有数の実力者で、そんじょそこらの賊が数十人で襲ってきても剣や宝珠による魔法攻撃で簡単に薙ぎ払える力を持っている。
彼女たちがいてみすみす誘拐されるなんて一体何をしていたんだ? と疑問に思いつつも<マップ>でソフィアの現在位置を探ると、確かに彼女は魔法学院から結構な速度で離れつつある。この速さは馬車か何かを使っているようだ。あれ? 隣に誰かいるな、ってこれルシアーナ姫じゃないか。二人揃って誘拐されたのか? ランディ達もなにやってたんだ?
<落ち着け玲二。お前も<マップ>でソフィアを探してみれば解るが無事でいる。あいつには嫌ってほど守りの魔導具を身に付けさせているから、万が一も有り得ない。とりあえずそっちに合流する>
俺は努力して平坦な声を出し、浮き足立つ玲二を落ち着かせた。
<ああ、わかった。俺もアンナとサリナが今にも飛び出しそうだから宥めておく。ユウキが来ないとどんな暴走するか解んないから、1秒でも早く来てくれよ!>
確かにソフィア命のあの双子が、このまま静観する筈がない。俺も急いで動くとしよう。
「相棒」
「はいはーい。ちょっとソフィアの事見てくるね」
先ほどまで俺の懐で爆睡していた相棒のリリィが友人の危機を聞いて動き出した。転移能力を持つ彼女ならここがダンジョンだろうがソフィアの所までひとっとびだ。
「ロキも動け。いざという時はその身を盾にしてもソフィアを守れ」
「わかりましたワン」
今までイリシャの護衛としてダンジョンの床に丸まっていたロキもリリィに続いて掻き消えた。居場所を詳しく伝えていないが、きっとリリィの座標を追っていったのだと思われる。転移も出来るし、いざとなれば分身体で肉の盾になれるからあいつは地味に高性能なんだよな。異変が起きないとやる気皆無の肉を消費するだけの駄犬だが、レナとソフィアにはかなり可愛がってもらっていたから文句一つ言わず動いた。
今現在も誘引香によってコボルトの殺戮は続いているが、アイテム回収はここまでだ。香の能力はまだ続いているが、脱出の時間がもどかしいので帰還石を使って戻ろうとしたとき、隣にいる妹の様子がおかしいのに気づいた。
「また、”視え”なかった……大変なことがおこったのに、わたしなにも役に立たなかった」
呆然とそう呟く妹に深い溜息をついた俺は膝を折り、涙目になっているイリシャと視線を合わせた。
「こら、何で全ての出来事をお前が”視え”てなきゃいけないんだ」
「だって、私のこの力は、そのために……」
「違う、お前の力はお前の人生を豊かにする為にあるんだ。それともなにか? お前は全てのことを見通して何もかもわかっていなきゃいけないのか? まったく、誰にそんなことを言われたんだ」
「だって、だってだって」
「あと、役に立つって言葉は使わないって約束だろ。俺は役に立つからお前を妹にしたわけじゃない。何度も言わせるな、次言ったらお仕置きだからな」
涙の雫をこぼす妹を抱きしめる俺の心に、酷く冷たいものが渦巻いた。
屑どもめ、俺の妹達を誘拐して泣かせやがったな? 絶対に生まれてきたことを後悔させてやる。
俺はこの世界の片隅に地獄を創り出すことを決めたのだった。
その部屋は張り詰めた緊張感と隠しきれない殺気が充満する異様な雰囲気に包まれていた。
「悪い、遅れた」
「ユウキ!」「ユウキさん!」「遅い、待った」「賢者様、姫様が!」
その講堂には声を上げた俺の身内の他にも多くの者達がいた。普段は使われていない部屋の使用許可をわざわざもらっただけあって、この学院の重要人物と目される生徒たちが集まっていた。
「三人とも来ていたのか。顔を揃えるのは珍しいな」
俺はそれぞれの従者達を従えてかなり広い講堂の区画を陣取っている王族たちに声をかけた。
「目の前で級友を誘拐されて知らん顔は出来ないさ。状況からして中々面倒なようだしね」
肩までの金髪を靡かせる優雅な色男が俺の言葉に応えた。彼が最近評判の悪いグラ王国の第一王子であるマスフェルトだ。全ての分野で高水準の能力を誇る優等生で、嫌味もないと言う完璧超人のような奴である。
「正直、僕たちも混乱してるんだ。目の前で起こったこととは言え、何が起こったのかよく解らないんだよ。エリザもそうだよね」
「はい、気がついたときには既にルシアーナさんが中庭の隅に消えてゆくところで、それを追って行ったソフィアさんも……まさかこんなことになるなんて……私がもっと早く気付いていれば」
塞ぎこむレイルガルドのエリザヴェートにセインガルトのフィーリアが君のせいじゃないと慰めているが……今の話が本当だとすると、またおかしな状況のようだ。
俺は感じた疑問を脇において、皆に伝えるべきことを先に告げてしまうことにした。
「とりあえず手は打った。二人の身の安全は確保したからそこは安心していい」
「本当か!? 姫様は今どちらに!?」
俺の言葉にいち早く反応したのは当然ながらルシアーナ姫の護衛隊長であるグランディンだ。彼の眉間の皺はこれまでないほど深いものだった。自国の姫が誘拐されるなど護衛としてはあってはならない大醜態だから当然だが。
「今もまだ移動中だ。この街を西方面に向けて馬車で動いているな」
「ッ!!」
その言葉を聞いた瞬間にそれまで黙って座っていたランディが飛び出していった。こちらにも同じ事をしそうな双子メイドとジュリアがいるが、すでに相棒とロキを派遣した状況を雪音から聞き及んでいて今すぐ飛び出していっても事態は何一つ解決しないことを理解して我慢している。
ランディとしても命より大事な姫が誘拐されて居ても立ってもいられなかったのはわかるが、あれは短慮だ。俺もまだこの件の全容は理解していないが、本当にこの事件を根本から解決したいなら誘拐犯を捕まえてめでたしめでたし、とはもうならない事態だからだ。
ざわつくエスパニア国の集団を視界の端に捉えながら、俺はまず仲間の所に足を向けた。
「アンナにサリナ、そんでジュリアもよく飛び出さずに我慢したな」
「本当は今すぐ姫様をお助けに行きたい。でも事態はもっと深刻。雪音様からそれを聞かされて理解した」
「サリナの言うとおりです。それに姫には通話石も持たせているが、何度呼びかけても反応がない。これは意識を奪われているか、あるいは……」
「相棒に言わせると馬車の中に敵の一味が居るそうだ。会話したらバレるから出来ないってさ」
「姫様はお怪我もなくご無事なのですね!?」
アンナとレナが身を乗り出して聞いて来る。玲二たちから<マップ>の反応でソフィアがどういう状況か解っているが現場にいるものからの情報は欲しいだろうな。
「ああ、怪我ひとつないってさ。そのために色々持たせていたんだから当たり前だが」
「ひ、姫様、ルシアーナ姫様もご無事でいらっしゃるのですね?」
俺の背後から掠れた声が響いた。振り返ればルシアーナ姫のメイドが震えながらも立ち上がろうとしていた。名前は確かアオイだったかな。オウカ的特徴のある名前で覚えがあった。
「アオイ! 立ち上がってはいかん。安静にしておれ!」
グランディンがそう叱るが彼女の意思は硬そうだ。異国へ留学する姫のお供に選ばれるメイドだけあって忠誠心は折り紙つきだ。こっちのアンナサリナのように彼女もルシアーナのために文字通り体を張ったのだろう。
「お願いいたします。教えてください、私の姫様もご無事なのですね?」
周りの制止を振り切りそのメイドはこちらに近づいてくるが、彼女からは血の匂いがした。
「アオイ! 傷口が開くぞ、体を労わるのだ」
グランディンが彼女を支えるが、普段から鷹揚な彼にしては必死さが見て取れた。雪音から<念話>で聞いた所では、ルシアーナ姫が誘拐される直前に彼女が割って入り、犯人から重傷を負わされたようだ。すぐに治療が行われたが、この様子じゃ完治には程遠いのは今も脂汗を浮かべる彼女の端正な顔を見ればわかる。
俺は無言で懐からとある小瓶を取り出すと無造作に彼女にぶちまけた。鬼気迫る表情で俺に迫ってきたアオイは完全に虚を突かれてその液体を真正面から浴びることになる。
「な、何を……あっ、痛みが! まさか傷が!?」
「君の姫様も怪我ひとつしてないそうだ。そんな有様じゃまともに話もできないだろう? とりあえず落ち着いて状況を話してくれ」
どうやってそんな情報を、とは誰も聞いてこない。俺が様々なスキルを持つ奴であることと、つまらない嘘は口にしない事をこれまでの付き合いで理解しているからだ、
「今の水はポーションか!? だが先ほどの治療ではどれほど使用しても効果はたしいて変わらなかった。となると今のはまさかハイポーションか?」
アオイを心配して駆け寄ってきたグランディンが完全回復した彼女を見て驚いている。彼の言葉にもあったように、ポーションは瞬時に傷を癒す素晴らしい回復薬だが、効能には限度があり瀕死の重傷を即座に癒すことはできない。
かつて暇つぶしにポーションを作ったときに解ったが、製作者の腕や薬草自体の質により効果はピンキリだ。刺し傷を即座に跡形もなく消すものから出血を抑える程度の品質まで千差万別で、特に効果の高い物をハイポーションと呼んで区別している。さらに上の欠損まで治すエクスポーションは全く別次元の代物で同列に扱うべきではない。手が生えてくるってどういう状況なんだ?
「ハイポーションですって!? 金貨100枚でも買えない様な貴重品ではないですか!」
「ああ、手が滑っただけだから気にするな。それより状況を聞かせてくれ」
俺はさっさと話を先に進めたいのだが、真面目な性格なのか彼女は簡単には頷かなかった。
「しかし、これほど貴重なものを……」
「貴方は状況を理解しているのか? 今はそのようなことを話している場合ではないはずだ」
「それは……解りました。ですがこの事は決して忘れません」
こうしてこれまで臥せっていた彼女から誰も聞き出せなかった事件現場の詳細な情報がもたらされることになる。
どうやらルシアーナ姫は何らかの状態異常下にあったらしい、いつものように授業を終えて皆で教室を移動する際、夢遊病者のようにふらふらと道を外れていったという。主の異変に気づいてアオイは姫に何度も声をかけたが、こちらの声がまるで聞こえていないような有様で学院の外れに向けて足を進めた。
そして彼女の進む先には目深にフードを被った怪しげな連中が待ち構えていたという。
「そんなことがあったのか。だが、ウチのソフィアがその話に出て来ないのだが、あいつはいつ誘拐されたんだ?」
俺の問いにアオイは流れる涙を隠す事無く流しながら続けた。
「ソフィア様は本当に慈愛溢れる御方でございます。私のせいで他国の皆様にもご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
ルシアーナ姫を誘拐しようとした集団は、それを防ごうとして抵抗したアオイを手にした刃物で深く切りつけた。力なく倒れ伏す彼女に致命の一撃が振り下ろされようとした時、ルシアーナを追ってきたソフィアが止めに入ったという。
「私如きの命を救うためにソフィアさまは自ら悪漢どもの手に囚われる選択をなさいました。ライカールの皆様には本当にどうお詫びすれば良いのか……」
「それは貴方が気に病まれる事ではない。ソフィアには彼女の正義があり、それに従ったまでのことだ。いくら傷を癒したとはいえ、失った血は戻らない。今は安静にされるといい」
「はい……姫様を、どうか姫様をお助けください。その為ならこの命を投げ打つことも厭いません」
「折角傷を癒したのにまた怪我をされてはたまらないな、気が気ではないだろうが、二人は必ず助け出すから今は良い知らせを待って欲しい」
仲間のメイドたちに肩を借りながら下がって行くアオイの代わりにクランディンが近寄り、俺にだけ聞こえる声で口を開いた。
「ユウキよ、アオイの件は本当に助かった、感謝する。あいつは友の娘でな、もし異国の地で果てることにでもなれば奴に顔向けできぬ所だった」
「道理であなたが妙に焦っていると思ったぜ。しかし面倒な事になったな。あなたも解っているだろうが、これは最早犯人を潰せば良い話ではなくなっている」
俺の小声に彼も重々しい表情で頷いた。
「ああ。このようなことになって本当に申し訳ないと思っている。我等としても他国の皆様にご迷惑をおかけする事は不本意なのだ」
「そうは言うが、敵は明らかにルシアーナ姫を狙ってきている。何か事情があるんだろ? ここまで来て隠し事は無しにしてくれ、もうこれ以上ないほど巻き込まれているからな」
「そうだな、わかった。全てを話そう」
そう言うと自国の者達に了解を得るために戻っていった。
そして俺も仲間たち元へ戻ったのだが……。
「どうやらソフィアは操られたルシアーナを救う為に一緒に誘拐されたみたいだぞ」
俺がそう真実を告げるとこの場にいるライカールの皆は一斉に顔を顰めた。
「姫様……なんて無茶をする。目を離した隙にそんなことをするなんて」
「双子がソフィアから目を離した? そんなことがある……さてはあいつめ、<隠密>を使ったな」
後悔しきりの皆の顔を見て、俺はソフィアがどんな方法で双子とジュリアの目を掻い潜ってルシアーナの後を追ったのかを理解した。
だが考えてみれば瀕死のシルヴィアを助ける為に<隠密>を用いて戦場にこっそり現れるくらいに豪胆な面のある妹だ。護衛の立場からすればたまったものではないが、それくらいはやってのけるだろうな。
しかし、ソフィアよ、黙って抜け出すのは感心しないな。シルヴィアの時も皆にもう無茶はしないと約束したはずだが。
<あー、ソフィアが超謝ってる。もうこれ以上ないってほど謝ってるから許してあげて>
<念話>でリリィがソフィアの様子を伝えてくる。本人も無茶を承知でルシアーナを追ったし、自分を心配してくれる皆には申し訳ない気持ちで一杯だという。だが今にも殺されそうなメイドを見て体が勝手に動いてしまったとのこと。
これだけ見ると兄貴としては偉いぞ、と俺は誉めてやりたくなるのだが……
「ダメです。姫様にはしっかりと反省していただきます」「同感。私たちがどれだけ心配したか、わかってもらう」「私には無茶するなって仰ったのに、姫様がこんな危険な真似をされるなんて!」
と皆さんには大不評だ。だがイリシャが同じ事をやったら怒る。それはもう怒るから気持ちは解らんでもない。ここで無言なのはジュリアだが、彼女は彼女で別の心配をしている。
「ユウキ殿、今回の件、相当上手く事を運ばないと……」
ジュリアもグランディンと同様のことを危惧している。すべてを語らせる前に頷いたが、彼女と会話する前にエスパニアの方の話し合いが終わったようだ。
「全ての事情を話す。だが、他言無用に願いたい」
「それは我等も聞いて構わない、ということかな?」
マスフェルトの問いにグランディンは重々しく頷いた。逆に三国の王侯たちはこの判断に驚いたようだ。
「そりゃあ事情を聞かせてくれるのは嬉しいけれど、その、いいのかい?」
フィーリアが遠慮がちに問いかけてくるが、隣のエリザは気遣わしげな顔だ。
「つまり、事情を知らせる意味のある話、という事でしょうか」
「その通りです。ですが事は単純でもあります。皆様にはこれを見れば一目瞭然でありましょう。これは敵がアオイに突き立てた刃ですが、この柄の部分をご覧ください」
グランディンが差し出した刃の柄の部分に刻まれた紋章を認めた三人は露骨に顔を顰めた。
「うわ、あいつら関連かぁ。これは確かに面倒だね」
「なんてこと。彼等の魔の手がルシアーナ姫に伸びていたなんて」
「ふむ。なんとも厄介なことだ」
<げっ、あの紋章って>
<あの特徴的な竜のドクロのモチーフ、私達を召喚したあの狂信者たち>
玲二と雪音にとっても嫌な意味で馴染み深い、この世界で最初に見た連中が信奉する意匠だ。
俺の口元が嫌な形に歪むのが抑えきれない。
そうか、お前らか。俺の妹を誘拐して泣かせた屑どもは。グレンデルを潰されて大人しくなったと思えば這い回るゴミ虫のようにしぶといようだ。
丁度いい、誰一人逃げられないように地獄の底まで追い込んで根こそぎ叩き潰してやる。
「このシンボルを見てもらえれば解るとおり、我が姫を誘拐したのは暗黒教団の手の者達なのだ」
楽しんで頂ければ幸いです。
おかしい、前回は増量でお送りすると言ったのにまた短い……切りの良い場面だったんや!
次回は金曜予定だからこれで許してください。
最後に出てきた暗黒教団はちょっとだけ獣王国で出てきた以来の久々連中です。結構暗躍してるんですが、主人公とは基本交わらない(政治宗教に興味がない)ので出て来ません。出て来たら大抵酷い目に遭います。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!




