海原の中で 8
お待たせしております。
海獣の危険といってもその脅威はすぐに止んだ。何しろ<マップ>で敵の位置は把握しているのだ、こちらに敵意を抱くやつを引き連れる趣味はないので、海中にいようがなんだろうが纏めて魔法で始末した。
普通の連中は水中の敵に魔法でしとめるのは苦労しただろうが、こちとら馬鹿げた魔力と威力が自慢の俺である。水中でいかに減衰しようがそれでも始末できる威力の魔法を放てばいいだけの話だ。
倒した海獣は<範囲指定移動>で周囲の海水ごと回収している。放置でもよかったのだが、その判断を変えたのは隣にいるルーカスさんの一言だった。
「ユウキ殿、先ほどの海獣ですが、そちらの言い値で買い取りますぞ?」
「海獣をですか? 海獣といっても魔石があれば魔物扱いですし、売れば金になるでしょうが、貴方ほどの人が食指を動かすほどなのですか?」
俺の疑問は彼の虚をつくものだったらしい。しばらく絶句していた彼は一つ咳払いすると、神妙な顔で説明を始めた。
「その若さで数々の偉業を成し遂げている貴方には理解できないかもしれませんが、普通の人間には水中にいる海獣は倒せないものなのです。ごくまれに水上に引き上げて討伐した例もありますが、その海獣の状態の悪さは酷いものでして、商売になりません。なにより魔法陣の存在は魔物を遠ざける結果となってしまい、海獣の素材は市場に滅多に流れる事はないのです」
先ほど倒した巨大な魚も頭部以外はほぼ全部残っているから、最低でも金貨100枚にはなると聞かされては回収するしかない。幸い(?)周囲には俺達を狙っている怪獣がウヨウヨいたから獲物には困らなかった。
これまでダンジョンばっかりで殆ど日の目を見なかったが<アイテムボックス>には解体機能もあるので彼に渡すのは素材の状態になっているだろう。
そんなこんなで三角波の脅威と戦いつつ、水夫達を順当に交代させ、気力体力を保ちながら船は進んだ。
風雨は一向に収まる気配を見せないでいたが、この厳しい環境は新米水夫達に大きな経験と自信を与えつつあった。特に航海長などは別人のような頼もしい顔になっている。彼も先代船長の急死という災難がなければ順当にその才能を伸ばす事ができただろうに、俺のような災厄と出会ってしまって悪い事をしたな。
「航海、天測はどうだ?」
「はい、船長。やはり風向きが北側に変わっています。半ば諦めていましたが、本来の目的地であるクレソンへは現状では難しいかと」
俺は航海長の言葉に頷いた。すでに日付も変わって数刻(時間)経っているが、すでにかなり北上してしまっている。このままの位置関係で行くならばライカール北部にある商都ラインハンザのほうが近くなってしまうだろう。その場合ライカールを縦断する移動が必要になってしまうが、掌帆長や航海長の意見としては今はもう陸地であればどこでも構わないと思っていそうだ。
先ほど少しその話をしたら造船業が発達しているラインハンザなら船渠もあるので修理するならむしろ好都合ではないかとのことだ。
ちなみに商都ラインハンザはジュリアの故郷であり、ソフィアにしてもライカールの王都よりも長く滞在した思い出深い地だ。こんなことになるのなら事前に手紙の一つでも渡せるようにしておくんだったかな。
ここしばらくは三角波も収まりつつあったのでそんな気の抜いたことを考えていたころ、それは起きた。
「風が止んだ、だと?」
「雨も止んでます。元々原因不明の風雨でしたが、一体何が……」
これまで思うさま荒れ狂っていた海が突如穏やかになったのだ。天候の急変という言葉だけでは片付けられない異常事態に甲板は騒がしくなってゆく。
「船長、こいつはいったい……」
「素人の俺が解るわけないだろ。むしろ海に出て長い掌帆長の方が知見はあるんじゃないか?」
俺の問いかけに彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。どうやら最悪な心当たりがありそうだ。
「笑わんでくださいよ? 航海長も話してましたが、元々が変な嵐でした。数日間全く凪いでいたのに途端にこの嵐です。しかも雲ひとつない星空なのに雨風は強くなる一方ときた」
それらは俺達も常々思っていたことだ、頷くと先を促した。
「自然現象でないのなら、何ものかの意思が介在しているはず。そして船乗りの言い伝えにこれまでの現象のぴったり当てはまるやつがあるんでさ」
掌帆長はそう言ってルーカスさんをちらりと見た。何故彼をと思うが、そういえばなんかそれらしいことを言っていたな。
「ああ、海の神がどうたらって話をしてたな」
「ルーカス商会長がされたのは海の神ネプトーノスですが、そいつは嵐で全ての船を沈めてしまう伝説です。俺が言いたいのはもっと危険な……」
「ユウ! 来るよ!!」
これまでどんな修羅場も俺の懐で爆睡していたリリィが急に顔を出した。ここの人間は誰も彼女を把握できないようだが、相棒はそんなことを気にしている様子がないほど真剣だ。
それは唐突に現れた。最初に気づいたのは周囲の見張りを担当していた水夫で、それの出現に掠れた声を上げた。
「な、なんだあれ……」
「おい、どうした、報告は明瞭に……う、うあっ」
水夫たちが騒がしい。原因は俺も見ているから解っているが、なんだあれは?
「どうしてこんな場所にレヴィアタンがいるんだろ? あいつの担当はここじゃないのに」
「相棒の知り合いか? 邪魔だから帰ってもらえるように伝えてもらえないか?」
「えー、あいつ話通じないからヤダ」
それだけ言って相棒は俺の懐に引っ込んでしまった。相手の正体が解ればもう興味はないらしい。我が相棒ながらあの姿を見てその反応は大したもんだ。
しかしなんだ、呆れるほどにデカいな。方角にして北側、果てしない水平線の彼方にそいつは鎮座している。
姿は……なんだろう、巨大な海蛇か? とぐろを巻いているのが見える、その体も鱗をまとっているのがここからでもはっきりと見て取れた。<マップ>で入りきらないから、距離にして1万キロルは離れているってのに姿形がはっきり見えるってどういう大きさだよこれは。
<ユウキ! 録画してくれ録画! こんなの映像で残しておくしかないだろ!>
<ご安心ください玲二殿、ユウキ様の勇姿や他の全ても記録中ですので>
<お前、まだ起きてたのか。寝たほうがいいぞ>
すでに深夜を回ってもう少しすれば夜が明ける時刻だが、仲間たちは全員起きて見ていたらしい。俺を心配してくれたのかもしれないが、俺自身の命の危険はなかったんだが。
<我が君、あれはまさか伝説にある破壊の化身、”5のレヴィアタン”なのか!>
<なんかそうらしいな、リリィがそんな事言ってたぞ。もう興味を失ったから寝てるが>
<興味を失う? 世界を破壊するために存在するという絶対存在を!? いや、流石は我が君の相棒といった所か>
仲間達といつまでも<念話>するわけにもいかないので適当に切り上げると、隣では驚愕に言葉を失っている掌帆長がいた。
「”凪いだ後に不意に続く嵐が止むと、そこには世界の終わりが待っている”か。伝承の通りだ。世界の破壊者、レヴィアタンの伝説は事実だった」
「おい、掌帆長。しっかりしろ、俺達の仕事はあのデカい蛇と何の関係もないだろうが!」
「終わりだ……何もかも終わりだ……」
見ると水夫たちは揃って膝をつき、手を組んで祈りを捧げている。今はまた風が収まっているからいいが、先ほどのように荒れていたら船は転覆していただろう。
……というかさては今までの嵐もこいつの仕業だな? 雲もないのに雨を降らせたりと道理に合わない事が起きていたが超常の存在であるこいつなら有り得そうだ。
あ、そういえばイリシャの言葉もこいつを指していたのか。今まではこれまで倒した海獣達を指しているんだと思ってたが、確かにあんな雑魚をイリシャが心配して俺に話すなんて変だと思ったんだ。
そうかそうか、全部お前のせいか! やってくれたなこの野郎、よくもこのくそ寒い真冬に夜通し海と格闘させてくれやがったな! これが自然の行いであれば黙って受け入れるが、何者かの意思であるなら遠慮をする気はない。
俺が敵意に満ちた視線を海蛇野郎に向けると俺の気配に気付いたのか、奴は謎の遠吠えを始めた。
その恐ろしげな声は平常心を失わせるのか、これまでの過酷な航海に耐えてきた勇敢な水夫達を浮き足立たせるほどだった。
「うわああああ! 母ちゃん!」「神の怒りだ!」「もうおしまいだぁ!」
「だあああっ、煩えっ! あの巨体が騒ぐとこうなるのかよ、面倒臭ぇな!」
「全くですな、しかしユウキ殿の周囲にいれば心を掻き乱される事はないようですな」
ルーカスさんは奴の遠吠えに耳を押さえていたが、他の水夫のように恐慌状態になるような事はなかった。見れば航海長、リアムにユウナも無事のようだ。まあユウナは別枠か。
だが掌帆長が跪いて祈りの捧げているのはいただけない。彼がいないと船は機能しなくなる。職務に復帰しろと何度告げても祈りを捧げるのをやめはしない。周囲を見ればなんと水夫達も皆同じ事をしている。
海に生きる男は自然の過酷さから人間の限界を知っており、験担ぎや迷信に非常に拘るのは解るが、これは些か度が過ぎていないか?
「これが神威というものですワン。ご主人サマには全く通用しませんでしたが、普通神の位階を持つものが顕現すれば人間は自然と神を崇める姿勢になってしまいますワン。これは理屈ではなく生命としての本能ですワン」
「お前、いつの間に」
気付けば俺の隣にはアルザスの屋敷で妹の警護をしているはずのロキがお座りしていた。自分に<隠密>を使って周囲の奴に気づかれないようにしているのは評価点だが、こいつこんな事を自分からするような殊勝な奴だったか? 毎日時の神殿の巫女見習いに自分の毛繕いをさせている駄犬だぞ?
「私が要請しました。同じ神の座にあるものとして対策など知っている可能性があると思いまして」
ああ、やはりそうたったか。差し出がましい真似をいたしましたと謝罪するユウナに手で応え、自称神である駄犬に俺は尋ねた。
聞きたい事は一つだけだ。
「お前はあの海蛇野郎を叩き潰せるな? 返答は”はい。か了解”で答えろ」
「ワン? それは質問になっていない気がするワン……」
「何か言ったか、この野郎? 俺は返事を求めているんだが?」
俺が凄んでみせるとその白い冬毛を逆立たせたロキは即答した。
「やりますワン。ご主人サマの機嫌を損ねた愚か者は即時殲滅だワン! ただちょっと時間が欲しいワン……」
最後は尻込みしたように言葉を濁す駄犬の顔を掴んで俺は無理矢理海蛇野郎に向けさせた。
「よく見やがれこの馬鹿犬が、お前はあの程度のやつに負けんのか? 俺が力を与えたお前が?」
「む、無茶振りの極みだワン。絶対存在を神狼がどうにかできると……ん? あ、あれ? 何か普通に勝てそうな気がして来たワン。あいつの神格、あんなに弱かったかなワン」
俄然やる気を出したロキはその場で巨大化すると、一足飛びで鐘楼の上に着地し、そのまま空中をかけてゆく。あっと言う間に見えなくなると、彼方にそびえる巨大な海蛇に向けて目も眩むような眩い光を放った。
「消えた……あの巨大なレヴィアタンが消えましたぞ!」
「風がまた出てきた。やはりあの海蛇野郎が天候を操っていたのか……おい航海、リアム、大丈夫か?」
いまだ衝撃から立ち直っていない二人に声をかけながら、海蛇を消し飛ばして帰還したロキを迎えてやる。
「ご主人サマ、見ていてくれましたかワン? 一の下僕であるロキがやりましたワン! これであの黒猫なんぞよりよほど僕の方が役立つと認めて下さいワン。そしてご褒美の肉は3種の焼き方と5種類のソースをつけたステーキセットでいいですよワン! ああっ!」
「幻影吹き飛ばした程度でなに調子に乗ってやがる。相手の実力も見抜けない半人前が言えた台詞か」
しっかり自分の褒美まで要求する駄犬を踏みつけたが、実際の所大したものではある。今のロキは俺から力が流れ込んでいるので、最初に出会った頃とは別次元の力を得ている。今の一撃はそれを充分に遣いこなしている証明でもあった。相手の状態に気づけないのは減点だが。
「ワン? あいつ実体でしたよ? ほら、これお土産ですワン」
ロキが咥えていた紫色の何かを受け取ると、蠱惑的な色彩をした謎の物体があった。咥えているのは極小さい一欠片だが、実際はもっとあるらしい。
これまさか、あの海蛇野郎の鱗の欠片か? えっ、あれ弱すぎててっきり幻影だと思ってたのに、あれで本体? 本当に!?
「うっそだろ、あんなに弱いのに!?」
「ご主人サマはご自身の異常な、意味不明なほどの強さをもう少し自覚すべきだと思うワン。あ、それとあいつですが、ご主人サマをずっと観察してましたワン。僕が近づいても全く視線を動かしませんでしたワン」
「は? 気持ち悪い事を言うな。蛇に好かれるつもりはないぜ。ほら、余計な事言ってないで部外者は帰れ帰れ、褒美は玲二かレナに焼いてもらえ」
最後にろくでもない情報を持ち帰ったロキを無理矢理帰すと、そこには今起こった事が現実として受け止めきれていない水夫達の姿があった。まあ、それほど異常な光景であった事は同意する。
「野郎共、いつまで呆けてやがる。いつまた嵐が来るかわからないんだ。作業急げ、さっさとこんな場所からはおさらばだ!」
俺の声に真っ先に我に返ったのは当然というか、掌帆長だった。
「おう! お前ら、またあんなのに遭いたいのか! 急げ急げ、1微(秒)でも早くここを抜けるぞ。いいな!」
ドスの利いた彼の声に異論を挟む者はいなかった。
風が通常通りに落ち着いた事もあって、畳んでいたもう一本の帆も広げてサンデリア号は陸地に向かってひた走る。
やはりこの嵐の元凶はあの海蛇野郎だったようだ。
あの不可思議な光景の後は嘘のように天候は落ち着き、これといって問題が発生する事無く翌日の午前には待望の陸地が見えるところまでやってこれた。
「前方に陸地! 陸が見えたぞぉ!」
見張り員の歓喜に満ちた声を耳にした水夫たちは喜びを爆発させた。俺も航海長やルーカスさん、掌帆長と肩を叩き合って喜んだ。リアムはついに限界を迎えていたので自室で休息中だ。リアムについて活躍してくれたユウナもすでに転移環で帰還している。すくさま帰るのは彼女の性格的に珍しいが、例の海蛇野郎を映像で仲間や身内が見たがったようだ。
「ついにここまで無事にこれましたな。あの嵐を誰一人欠ける事無く乗り越えるとは、これは偉業として間違いなく後世に語り継がれますぞ!」
ルーカスさんが掌帆長をそう褒め称えているが、完全に同意する。あの嵐は船そのものを喪失してもおかしくない酷いものだった。俺も何度そろそろ限界かなと内心逃げ出す覚悟を固めたか知れない。
「ルーカス商会長、その言葉は俺達より相応しい奴がいるさ、俺達も踏ん張ったが、あの嵐は船長がいなかったら話にならなかったぜ」
「皆それぞれが力を出し合った結果だ。一人で船は動かせない、全員の力で成し遂げた成果さ」
「船長には本当にご迷惑をおかけし、そしてお世話になりました。自分の目指す船乗りの姿を教えていただいた気分です!」
航海長は最初の頃の頼りない空気はすでに微塵も感じられない。それは新米水夫達も同様で、誰もが自信を漲らせた顔をしている。事実として掌帆長は古参を休ませ、今は新米だけで船を動かしているがその動きは決して見劣りするものではない。優れた指導者は危機対処と部下の育成を同時に行うというが、まさにその光景を目の当たりにした。
「航海には色々と不運が重なったが、これも糧としてこれからに活かすんだな。なに、これ以上の修羅場なんざ殆どないだろう。これからつらい事もあると思うが、これを思い出して力に変えるといい」
「はい。ご指導有難うございます」
姿勢を正した航海長に向けて俺は最後の仕事を行う。
「さて、航海長。私は本船は危機を脱したと判断した。従って航海長より委任を受けた船長権限をお返ししたいと思う」
俺のこの場でその言葉を聞くのは予想外だったのか、意外なほど航海長は動揺している。
「し、しかし船長、通例ではこのような行為は港に接舷してから行われるものとされています! どうか港まであなたが船長を」
「それは同じ船の誰かが受け継いだ場合だろう? 俺みたいに完全な部外者が一時船長職にあったと知られてみろ、どうなると思う?」
俺の的確な指揮で、万事めでたしめでたしで終わるはずもない。特に船を守る責を負っている航海長と掌帆長に累が及ぶだろう。俺が騒ぐであろう乗客を手厚く扱ったのはこの事実を知る人間を極力減らすためでもあった。乗客の認識では酷い嵐に遭ったが何とか無事に陸地にたどり着いた、で終わる話であり船長が交代していたなどというは最後まで知らなかったほうが誰にとっても良いのだ。
「しかし! それではあなたの功績は、誰が認めてくれるのですか!」
「? お前たちが知っていてくれるじゃないか、それで十分さ。俺達はあの嵐を共に乗り切った戦友だろう、他に何を求めることがある」
俺としては船長という立場を楽しませてくれただけで十分すぎるほどの報酬なんだが、これは他人には理解できない話だろうな。
「……わかりました。船長職をお預かりいたします。では、船長としての最初の仕事ですが、掌帆長。休憩中の船員を全員甲板に集めてください」
「了解」
掌帆長が命令をする前に気の利く誰かが呼びに行ってくれたらしく、俺が船室に引っ込もうとする前に全ての水夫たちが揃った。その数、臨時で雇った乗客も含めて59人。
「総員、前船長に向け、敬礼!」
全ての水夫が船で上位者に用いられる右腕を己の胸の高さまで持ち上げ、肘の部分で曲げるという挙手の敬礼を行ったのだ。
一瞬頭が真っ白になった俺は、まずは自分が脱帽状態であったことに気付き、殆ど無意識的に帽子を被ると、人さし指を帽のひさしの右斜め前部にあてて行う答礼を返すので精一杯だった。
何故か無性に恥ずかしくなった俺はまずは自分の部屋に戻ろうとしたが、そういえば体調不良者に貸し与えていたことを思い出し、唯一残っていた特等室(ルーカスさんの部屋でリアムとミネアの姉弟が寝ていた)に逃げるように隠れてしまった。
それから数刻(時間)後、昼前に無事ラインハンザの港に到着したサンデリア号は約9日間の航海を終えた。当初の予定より一日伸びたが、2日半凪いでいたことを思えば嵐の風を利用してどれだけ速度稼いだのかが解る話である。
「さあ、皆様。到着いたしましたぞ。この船旅では思いもかけぬ関係となりましたが、我々はこの旅で命を預けあった戦友です。何がございましたら遠慮なくこのルーカスとシュタイン商会をお頼りください」
「こちらこそルーカス様には本当にお世話になりました。我が国を代表する大商人の貫禄、間近で勉強させていただきました。我が父にもルーカス様のご活躍はしっかりと報告させていただきます」
俺の視界の先ではルーカスさんとリアムとミネアの姉弟が別れの挨拶を交わしている。俺はさっきの船員達の敬礼に謎の衝撃を受けており、すっかり気後れしてしまった。今はとにかくここ以外のどこかで休みたい気持ちで一杯だ。
「ユウキ殿にも大変お世話になりました。勇名違わぬ活躍、あなたと知己を得られた事は生涯の誇りとさせていただきますぞ!」
「そんな仰々しいことを。あなたとはこれから先長い付き合いになりそうな気がしますが」
すでに正体まで割れている彼にこのまま関係はおしまいだとは思っていない発言だったが、何故か彼はとても驚いているようだ。商人なら演技もお手の者だが、これは本心からの顔だな。顔が僅かに引きつっている。そんな驚くような内容だろうか。どうせエドガーさんと談笑中に俺が入ってゆくとかの未来しか見えないんだが。
「ミネア嬢にリアムも、今回は大変だったな。二人がいてくれてよかった。俺のようなどこにでもいる平民の男なんて貴族の二人には即座に忘れられてしまうだろうが、いつかまた会える日を楽しみにしている」
「ユウキさんを忘れるなんてありえません! この先のご予定がないなら我が領地にて歓待したいくらいなのに!」
「まあリアム君たら、すっかりユウキさんのファンになってしまって。姉としては弟を取られたようで少し寂しいわ」
「姉上!」
いつものように仲の良い姉弟のやり取りを微笑ましく見た俺はこの場の3人に別れを告げると、船が港に接舷するや否やすぐに大地に降り立った。あの姉弟には俺の住まいや連絡先を尋ねられたが、全てルーカスさんに対応を投げた。彼なら上手くやってくれるだろう。
俺がここまで急いだのには理由がある。一時でも早く休みたかったのだ。夜通し指揮を取った事で疲労感はあるが、なにより頭の中が得体の知れない不快感で一杯だった。船員から揃って感謝を捧げられたくらいで何をこんなに動揺しているのか、自分でも意味不明だったがとりあえず今は俺の事を誰も知らない宿で一休みしたかった。
港でウロウロしてる貧民に銅貨を渡し、適当な近場の安宿を紹介してもらう。今の俺の格好は薄汚れた古臭い外套に疲労の蓄積した顔だ。どう見ても懐具合を心配されるような風体をしていない。
事実として紹介された場末の宿はカビ臭く、得体の知れない虫がそこかしこを蠢いている有様だったが、<結界>で身を守れる俺にはどこでも大差ない。
「またこんな怪しげな宿を取るし! もっとマシな場所に行けば普通の宿もあるじゃん! 時々ユウの趣味がわからなくなるね!」
とリリィが散々文句をつけたが、言いたいことだけ言うとさっさと転移で帰ってしまった。最悪今から宿替えかと身構えた俺だがどうやらお許しが出たようなので汚れた寝台の上に板を敷くとその上に寝転んだ。
夢は見なかった。意識は覚醒していたが、体と頭が本調子を取り戻す為に必要な時間は結構なものだったようで既に辺りは夜になっている。これから夕餉を始める家も多いだろうと思われる時刻だ。
宿賃は一日分を支払ったが、元々休憩の為だけに選んだし、こんな安宿で一夜を明かすとか物盗りに襲ってくれと願っているようなものだ。
元々これからとある場所を目指して移動する予定だったし、結果としてかなりの睡眠時間を得た。これなら夜通し移動しても大丈夫そうだ、と体を起こした段階で、周囲の異変に気づく。
異様なほど人が多い。<マップ>で確認するとこの宿の周囲に20人近い人間が存在しているが、目的がよく解らない。取り囲んでいるわけでも、俺に敵意を抱いている反応もない。<マップ>に現われているのはあくまで中立、敵でも味方でもない反応だ。
一体何だってんだ? この街に俺の知り合いなんざ居ないし、周りの連中は俺に好意も敵意も抱いていない。
だがこうしていても仕方ない。最悪周囲に死体を転がす覚悟だけを決めて部屋を出たのだが……そこで俺を待っていたのはこの場末の宿には相応しくない執事服を纏った初老の男性だった。
彼は俺に一礼すると、礼節を弁えた態度で話し始めた。
「失礼。冒険者のユウキ殿とお見受けいたします。私はペンドライト子爵家で奉公をしておりますルイスと申します、本日は主の名代として参上いたしました。もしご都合がよろしければ当家とさる御方の大恩人である貴殿を晩餐にご招待したいと申しております。急な申し出の上、大変不躾ではありますが、お返事を頂戴するように申し受けております」
ああ、そういえばこの街に知り合いはいないが、関係者は確かに居たな。
俺はルイスと名乗る執事の男に、有難くお誘いを受けると返事をし、こうしてジュリアの実家、そして王女のソフィアが王城よりも長く過ごしたというペンドライト子爵家に向かうことになった。
残りの借金額 金貨 13502147枚
ユウキ ゲンイチロウ LV3741
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <プリンセスナイトLV1498>
HP 842151/868514
MP 1984112/1984112
STR 105840
AGI 101241
MGI 115840
DEF 115844
DEX 102986
LUK 50684
STM(隠しパラ)6874
SKILL POINT 16085/16635 累計敵討伐数 365854
楽しんで頂ければ幸いです。
何故か二万字にまで膨れ上がったので分けました。同日にあげたから許して。
航海はこれにて終了し、ライカール編に入りますがこの話でも普通にダンジョンに潜りに行ったりする主人公なので普通に探索の話も混じると思います。
ここで一つどうでもいい設定を。
誰かのメモ帳
絶対存在
この世界をつくりたもうた神が生み出した世界を滅ぼす為の5つの災厄。異世界召喚された勇者でさえ簡単に始末する世界を終わらせ、また再生させるための存在。
レヴィアタンは海の担当であり、その吐息は全てを焼き尽くし、その鱗は何者にも傷つけられない硬度を持つ。レベル100程度の人間の決戦存在ではどう足掻いても勝ち目など無い。
え? まあレベル500もあれば何とか戦いになるかもしれない。レベル1000? そんな奴居るはずがない。そういう設定は作ってないし。レベル3741? なにその数字、頭おかしいんじゃない? はいはいチート乙。リリィはホントそういうの好きだよね。はあ、何本気になってんの、あんたが言い出した事じゃ……
ここで不自然にメモは途切れている。
次より新章です。色々なメンバーにスポットを当ててゆく話になるかと思います。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!




