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海原の中で 7

お待たせしております。



 三角波は異なる二つの波が合成して生み出されるもので、その形からそう呼ばれている。


 この波は幾つもの厄介な点があるが、そのうちで最も恐ろしいものは、下から突き上げるように波が来ることだ。木造船が主体のこの世界では船体が水面にぶつかった時に致命的な損傷を受ける可能性が高いのだ。他にも転覆の危険を招くような大波になったり、それが連続して襲い掛かり船の安定に大きな危険を及ぼすなど、船乗りにとってはまさに悪夢である。


 三角波は発生する瞬間を見定めるのも難しく、長年海に生きている熟練の船乗りでも為す術なく海に飲み込まれてしまう。腕利きが揃う船が謎の遭難をしたりすると真っ先に三角波にやられたのではないかと疑われたりするほどだ。


 この波は潮の流れが交叉する海域などで起きやすいので、遠回りであっても迂回する航路をとったり、天候が荒れそうな時は投錨して難を逃れたり対処法はあるが、全ては消極的な方法で対策は存在しないのが最悪に面倒な点だ。

 もし荒天時に三角波に遭遇したら、運を天に任せてその魔の海域を全力で逃れるしか船乗りに出来ることはない。


 そしてもちろん、嵐のときにも三角波はよく発生する。予想が困難な巨大波は転覆の危険はもちろん、船底に大穴を開けて大浸水させたりと、本当にろくなことをしないのがこの波なのだ。



「野郎共! 来るぞっ!」


 ぐぐ、と腹の奥からせり上がるような衝撃とともに船が持ち上がった。サンデリア号は世界でも有数の巨船だが、大自然の力の前では赤子同然に弄ばれる。

 三角波はその形状のとおり、最上部が尖っている波だ。つまり三角錐の頂上という点に船底という面(実際は湾曲しているが)が乗っている状態なので非常に不安定、どこにどうやって落ちるか予測不能なのだ。一つの動作の遅れが船の転覆につながる状況でこれは非常に危険だった。


 海で味わうはずの無い落下の浮遊感に身を任せつつ、俺は既に数回経験済みの着水の衝撃に身構えた。

 船底が海を叩く大きな音と飛沫を立ててサンデリア号は重力と戦い、なんとか船の均衡を保つことに成功する。これをもう幾度となく繰り返しているが、そのどれもが何か一つ間違えたら船は転覆していただろう。


「状況知らせ!」


「全員健在、損耗ありません!」


 掌帆長が甲板長から報告を受けた。これまでは危うい所を何とか首の皮一枚で繋いでいるが、彼らは本当によくやっている。この三角波の恐怖が始まって既に2(時間)以上が経過しているが、誰一人水夫を失う事無く船を着実に進ませていた。


「航海、しっかり立て! そんなザマじゃ次は波に持っていかれるぞ!」


 先ほどの着水の際に足を滑らせて体勢を崩したままだった航海長を叱咤して無理にでも立たせる。

 三角波の面倒な点の一つに、予測不能な事があげられる。一度来たからすぐにはまた来ない、という事もなく連続して襲って来る事もしばしばだ。気を抜いていると次の波に攫われたり、着水の衝撃で海に投げ出されることだって普通にありえる。


「はい、大丈夫です!」


 明らかな強がりを口にしている航海長だが、確かに踏ん張りどころではある。なにせ甲板にいる者の中では俺と同じくらい動いていないからだ。帆を張りっぱなしにしているから、荒波を一つ超えるたび水夫たちは安全確認に大忙しだ。いくら経験の浅い航海長とはいえ、お前が先にへばるなと咎められても仕方ない。


 この嵐が始まって既に4刻(時間)近く経過しているが、風雨が収まる気配はない。帆を張り続ける判断も、最初の内は畳んだほうが、との意見が数少ない熟練者から出たが、今は1微(秒)でもこの海域を抜け出した方が良いと皆が判断した。


 それほど危険な航海だったが、やはり風向きは変わらずに目的地に向かって吹いているのは幸いだ。舵も固定して船はまっしぐらにライカールへと進んでいる。



「航海、次の交替でお前も休め。もう立っているのも限界だろう?」


「しかし、天測を行えるのはこの船では私しかいません。この速度では風向きが少しでも変わればどこに向かうかわかりませんから、ここを離れるわけにはいかないでしょう」


 俺は<マップ>で現在位置と到着すべき旧大陸の方角は正しく把握できているのだが、スキルを知らない航海長としては自分が気張らないといけないと奮起しているようだ。

 気概は買うが。本当にそろそろ限界だな、こいつも前船長が斃れるまでは普通に勤務していたから、既に長時間連続勤務のはず。何処かの時機を見て休ませないといけない。


「天測でしたら私にも多少の心得がありますぞ。航海長どのほどの技量ではないですが、休憩を取るくらいの間でしたら保たせてみせます」

 

 俺の意を汲んだルーカスさんの助け舟を受けて、やはり疲労困憊の極致だった航海長の顔に安堵が見えた。


「すいません船長、お言葉に甘えさせていただきます!」


「おう、しっかり寝て頭を休めて来い。掌帆長、航海を休ませるぞ」


 人員の交替は既に一度行われており、後もう半刻(時間)ほどで次の交代になる。ちょいと早いが、まだ経験の浅い航海長は前回の交替で休ませてもよかった。本人が大丈夫だと言い張ったので代えなかったが、命令で無理矢理休ませるべきだった。


航海長(ボウズ)は第三班で合流しろ。それまで休んでよし」


 経験の浅い新米は既に第一陣で休ませているから、掌帆長も融通を利かせてくれたらしい。了解の返事をして船内に戻る航海長を見やってルーカスさんが俺にだけ聞こえる声で囁いた。


「実は天測の経験など皆無だったりするのですが……」


「船の現在位置と進行方向は把握していますので問題ありません。航海長には休息が必要だったので、有り難かったですよ」


 ルーカスさんほどの大商人が自信満々に告げるとたとえ嘘でも真実のように聞こえるのは得だな。俺では逆立ちしても不可能だ。彼も俺と一緒でずっと甲板に居てくれる。何度も船室に戻られた方が、と話しているのだが頷こうとはしなかった。


「おお。やはり地形把握のスキルをお持ちのようですな。して、現在位置はどの辺りなのです?」


「全体の行程の8割まで来ていますね。やはり無理して帆を張り続けた甲斐がありました。かなりの速度が出ています、もちろん相応の危険を伴っていますが」


 俺が指揮を取り始めて大体6刻(時間)が過ぎており、そろそろ日付が変わりそうな時間だが、その間常に風を捉えて速度を稼いだからかなり進めている。俺としてはこの時化た海域を抜けてもいい頃だと感じてはいるのだが、一向に風が衰える様子は見えない。そもそも低気圧が原因の嵐じゃないから無理なのかもな。


「今となっては数少ない朗報ですな。掌帆長にも伝えたいほどですが、ここは我慢しましょう」


「素人の当て推量と笑われるだけでしょうし、それより……うおっ、きたぁ!」


 油断していた訳ではないが会話して気を抜いた瞬間、これまでで最も大きい三角波が船を襲った。下から持ち上げられるような浮遊感を感じるが……大きい! いつまで上がるんだこれ?


 俺は知らぬうちに湧き出る冷や汗を抑えられない。三角波は合成しあって極端な大波を作り出すことがある。だが、よほどの不幸でもない限りそんな状況には陥らないはずだが俺の運の悪さが仕事をしやがったかな?

 たっぷり10メトルは波に持ち上げられたサンデリア号だが、この波の面倒な所は波の頂点が船の均衡が取れる位置である保証はないことだ。つまり船体後部をかちあげられた場合、自動的に船はひっくり返ることになる。それがこちらの対応する間もなく一瞬で行われるのでどんな熟練の船乗りでも本当に出来ることがないのだ。今回は幸い船体中央部で起きたことだったので即座に転覆という惨事にはならなかったが、ここまでの大波だと油断は出来ない。

 そしてなにより最大の問題はこの突き上げられた状態の船底が海面に叩き付けられる事にある。ただでさえ船底はあまり強靭な部位とは言えないしそれに加え、この船は今風を帆で受けて危険なほどの速度を出しているのだ。


 考えてみて欲しいのだが、高所から思い切り助走をつけて跳躍するのとただ落ちるだけだと、足に来る衝撃と負担はどちらが大きいだろうか?


 その答えは着水と同時に船底から聞こえた”みじっ!”という猛烈に嫌な予感をさせる不快な音として帰ってきた。


 俺は思わず顔を顰めたが、その音に血相を変えたのがこの船の全てを知り尽くした男、掌帆長である。


「まずいっ!!」


「掌帆長、今のはまさか……」


 これまでどんな時も後部高甲板から動かず水夫達に指示を出してきた彼がこちらに駆け寄ってきた。高い緊急性と周囲に聞かせられない内容なのは明らかだ。


「おそらくキールだ。あんな音を立てるのはあそこしかない」


「俺が見てくる! 甲板の面倒を頼むぞ」


 掌帆長の返事も聞かずに俺は船内へと駆け出した。彼に動かれてしまうと俺が水夫達への指示を出せないから仕方ない。彼の補佐をする役目の甲板長(ボースン)は今休憩中でここにはいない。


 持っておいて良かったスキルの<構造把握>で船底までの道は解っている。迷う事無く走っていると横合いから声をかけられた。


「ユウキさん!」


 少年の声に視線をやると姉のミネアと共に乗客を落ち着かせるように頼んだリアムがそこにいた。


「リアムか! 乗客の様子はどうだ?」


「そんなことを言っている状況ではないでしょう! あの音は船内にいた僕のほうがはっきり聞こえました。船底が破壊されたならもっと違う音がするはずです。あれは絶対に竜骨が……」


 走る俺についてくるリアムだが、俺は同じ問いを繰り返した。


「乗客の様子は!?」


「は、はい船長! あの繭の中は音も振動も遮断するので皆さん落ち着かれています。何よりユウナさんが皆に配った暖かくて美味しい食事が不安に脅える皆さんをあっと言う間に笑顔にしてしまいました」


 大分前にユウナから<念話>で客に物資を提供すると連絡があったので任せていたが、リアムの話ではどうやらホットチョコミルクを出したようだ。あれは最強兵器だから当然だな、深夜に怖い夢を見て泣くイリシャやシャオも一発で泣き止んだし。その後で歯磨き必須なのが面倒だが。


「わかった。状況はお前が不安に感じたとおりだ。しかしよく聞こえたな、例の繭の中だと音も聞こえないはずだろう?」


 渡した魔導具が作り出す球体を繭と誰かが呼んだら、その呼び名が定着したので俺もそう呼んでいるがリアムがここに居る理由を尋ねると、彼はミネアの許しを得て俺と合流しようとしたらしい。確かに自由にしていいと告げたが、好き好んで極寒の甲板に出なくてもいいだろうに。



「あっ、船長!」


 俺達が船底に向かう階段への道を走っていると、反対側から先ほど休憩に入ったはずの航海長と既に休んでいた甲板長と他の水夫もこちらへ全速力で向かっているし、その手には修理用の木材やらを掴んでいる。彼等も状況は理解しているようだ。


「皆も聞こえたか! あの音はやはり竜骨か?」


「それ以外に考えられねぇ。だがもしそうならこの船は確実に沈没するぞ!」


 鬼気迫る甲板長の言葉に誰も反論しない。


 竜骨、またはキールと呼ばれる物は船体を船首から船尾にかけて貫く一本の柱のことで、数ある船の部品の中でも最重要な部位の一つだ。

 この竜骨を通して左右に船体を作ってゆくのでこれが破壊されると船はその推進力で勝手に自壊してしまう。最も大事な場所であるので竜骨は頑丈な素材で作られているはずだが、自然の脅威はこっちの想定を簡単に上回るからな。


「この国の船のキールは亜竜とはいえ本物の竜の骨を用いて作られているんです。簡単に壊れるほど柔じゃないはずですが、確かにあの音はそれしか考えられません。船底が壊れたならもっと違う音がするはずですし……」


 先ほどまで疲労の極みにあった航海長だが、それを感じさせない必死さだった。だがキールが致命的に損傷していたら休憩どころが全員海の藻屑へ一直線なので焦らないはずがない。




「くそっ、やはり何か起こってるな。ユウナ! どこだ!?」


 既に浸水が始まっている船底部にたどり着いた俺達は既に先回りしていたユウナを探す。<マップ>で場所は理解していたが、他に人目があるのである程度は演技しないとな。


「ユウキ様、こちらです」


 光源もない暗闇の中でユウナが生み出した炎が彼女の居る場所を知らせた。その炎の場所に近づいた俺達が見たものは、亀裂が走った竜骨とその周囲から盛大に浸水している光景だった。


「なんてこった! キールが歪んじまってる、しかもそれが浸水を生んでやがる。お前ら応急修理だ!」


 甲板長以下の水夫達が木材を使って浸水を止めようと足掻いているが、苦戦しているのは素人目にも明らかだ。竜骨の歪みがかなり広範囲に渡っており、浸水箇所が多すぎる。俺が<光源>を生み出すとその箇所は二桁以上にのぼった。修理より浸水が多すぎるのだ。


 見る見るうちに船倉の水位は上がり、既に膝下まで水が来ている。海水は身を切るほどに冷たいはずだが彼等の顔を襲う絶望はそれらを感じさせないほど深いものだった。


「甲板長、このキールは絶望的か? それとも陸地までは保ちそうか?」


 悪戦苦闘していた甲板長は俺の声に我に返って返事をした。俺が船の素人で問題に気づいてないと思ったらしい。


「キールはあとでドック入りする必要はありやすが、歪んだだけなら現状航行にはそこまで支障はないかと。問題は浸水です。人員が全く足りません。甲板から融通してもらう必要がありやすが……」


 作業する手を止めずに話す彼だが、自分でも無理である事は解っているだろう。どちらも人員はギリギリだ。俺が普通の一般人なら遺書の一つでも残したくなるところだが、生憎と俺は理不尽を叩き潰すことには慣れている。大自然が相手だと限度はあるが、船の問題程度なら簡単に対処できる。



 俺は<アイテムボックス>から愛剣を取り出すと、ユウナも俺の意を汲んでアイスファルシオンを抜いた。


「お前らどいてろ。邪魔だ」


「船長? うわっ、何を!」


 いきなり光り物を抜いた俺達に背後の航海長が上ずった悲鳴をあげた。水夫達も何か言葉を発する前に飛び退いたので俺達は水を噴出す浸水箇所に遠慮なく獲物を突き刺すことが出来た。


「あれは魔剣!? そうか、氷の魔剣なんだ! 凍らせて浸水を止めるつもりなんですね!」


 リアムが解説してくれたが俺達の持つ魔剣は魔力を流し込んで対象を凍らせる事ができる。実際は突き刺してから多少時間がかかるので実戦で行う事は一生ないだろうが、ここで役に立った。海水は真水と違い凍る温度も違うが、魔力でゴリ押しすれば簡単に凍りつく。

 水夫達を上にあげた後、すでに浸水した海水も残らず凍らせ船底に重りがあると速度が出ないので浸水箇所以外の氷はマジックバッグに回収して軽量化を測った。


「これで何とかなったかな」


「おそらくは。冬の海ですので氷が解けるのも時間がかかります。航海中は問題ないと思われます」



 俺達がリアムたちの元へ戻ると、彼等からの盛大な歓迎を受けた。


「船長、あんたまだ若いのに有名な冒険者なんだってな。そう思えばあの大金もその魔剣も納得だぜ!」


「この航海も一時はどうなることかと思ったが、あんたがいてくれれば安心だぜ!」


「そりゃありがとう。とりあえずお前らは戻って暖を取り体を休めろ。もう少しで交代の連中と入れ替わりだからな。今の連中も凍りつきながら甲板で仕事してる、この時間分延長してやるわけにはいかないぞ」


「おっと、そりゃ残念だ」


 俺の言葉に水夫たちは一斉に部屋に戻って行った。だがその足取りは軽い。沈没の危険が回避された安心感がそうさせているのだろう。



「航海も戻って休め……と言いたいが、何かありそうだな」


 航海長の顔色は幽鬼の様に白くなっている。隣にいるリアムも非常に深刻そうな顔だ。どうやら二人は俺の知らない新たな面倒を発見したらしい。

 同じ話を二度させるのもあれだし、事情は掌帆長を交えて話すと言うのでそれに従うことにする。



「おう船長、どうだった? なんだ、航海長(ボウズ)に貴族の坊ちゃんまで戻ってきたのか」


 俺が甲板へ戻ったのを見て掌帆長が声をかけてきた。俺の態度から見て危機的状況は脱したと判断したようだが、異常なほどに深刻な顔をしている航海長に怪訝な顔をする。


「おい、何だってんだ? 船長が気を利かせて休ませてくれたんだぞ、今のお前の仕事は全力で休息を取ることだってのがわからねぇのか?」


 凄んでみせる掌帆長に対して航海長は一歩も引かずに報告する。


「掌帆長、本船はキールが損傷を受け、船底から浸水いたしました!」


「なんだと!? 何をクズクズして……」


「しかし! 浸水は船長の魔法によって堰き止められ、現在は平常を保っております。ですが、キールの歪みは間違いなく、キールから魔力の異常が見られました!」


 いまだ風雨が吹き荒れる甲板で航海長の声はいやにはっきりと響いた。掌帆長が息を飲む音さえ聞こえてきたほどだ。しかし何故こんなに深刻そうなんだ? 竜骨は港まで保つんじゃなかったか?


「こ、航海長、こんなときに冗談はやめろ。ただでさえ訳のわからん嵐に苦しめられているんだぞ」


「私だって信じたくはありません! ですが、これまで毎日確認できた魔力がキールの損傷により途絶しています。それが意味する事は一つしかありません!」



「キールが損傷を受けたですと!?」


 二人の会話を俺のそばで聞いていたルーカスさんが驚愕の声を上げた。事情がいまいち理解できない俺が首を傾げると、腑に落ちた顔をした彼が声を顰めて教えてくれた。


「一体何をこんなに揉めているんです?」


「いつだったか、我がライカールが造船業で他国に一歩進んでいるとお話しましたな。その理由なのですが、船の竜骨に魔物避けの魔法陣を描いて海に巣食う大海獣たちから安全を確保できたからなのです」


 俺のそばにいたリアムも続けた。彼も竜骨を見て魔法陣の現状を知ったらしい。


「自分も確認しましたが、確かにキールに魔力反応がありませんでした。とても嫌な予感がします」


 

 これまでの航海といえば安全な沿岸を船で通るものが主流で、大型船舶を用いて大陸を渡るのは非常に稀だった。


 それは未熟な航海術などの影響もあるが、一番の理由は海を支配する巨大生物達の脅威に太刀打ちできないからだ。


 これまでの歴史を紐解いてみても大国が海の魔物を退治しようと海軍を組織して挑んでは、惨敗する歴史を辿ってきた。あの意味不明なほど技術の進んだ先史文明においても海は手出しをしてこなかったというからその強さが垣間見れる。

 何しろ彼等の主武器である魔法は水中では殆ど効果が期待できない。海に火魔法を打ち込んでも消火されるのが落ちだし、土魔法は沈むだけ。水魔法に風魔法は……お察しください。


 と、そんな訳で海を我が物顔で回遊する大海獣たちに手も足も出なかった人間たちだが、人間らしい対策を思いついた。それが魔物避けの魔法陣である。


 これは魔物にとって不快となる波動を発生させる事で海獣を遠くに追いやり、結果として安全が確保できるという手法であり、魔法王国ライカールはこの魔法陣の比類なき完成度で有数の造船大国の地位を得た。


 ……得たのだが、船乗り達からはその効果の高さとともに一抹の不安が囁かれることになった。


 海獣たちは決して本能だけで生きる愚鈍な生き物ではない。多くの船が沈められてきたように、高度な知能を有している事は随分前から知られてきた。


 船乗りたちはそんな海獣達に不快な波動を撒き散らして安全を得ているが……


 もし、何かの手違いで航海中に魔法陣が壊れでもしたらどうなるのだろうか? 


 これまでの意趣返しとばかりに大海獣達がその船に襲い掛かってくるのではないか?



 そんな不安を彼らは抱いていたという。


「解らぬでもない話です。大海に住む大海獣たちは苛烈な海の生存競争を生き残ってきた猛者揃いですし、海で人間か敵う道理はありませんからな」


「確かに。私の好き好んで海中で戦いを挑む気はありませんね。ですが、相手が問答無用で喧嘩を売ってくるなら応戦する他ないと思います」


「は? いや、私の今の話を……まさかとは思いますが、もう?」


 ルーカスさんのどうか嘘だと言ってくれという表情には申し訳ないが、もう来ているし。


「これだけの速度で走っているので追走するだけで精一杯の奴等ばかりのようですが、前方から来る奴はどうしようもありませんね、下がって」


 唖然とする彼を背後に庇い、リアムはユウナが背後に隠した瞬間、耳をつんざくような絶叫とともに巨大な魚? が飛び跳ねて襲ってきた。

 来たが、その瞬間に俺の火魔法に頭を吹き飛ばされてその巨体を甲板に叩き付けられる。


「うわぁぁぁああぁあぁ!! 大海獣だあっ!」


「落ち着け! もう死んでる!」


 頭を飛ばされてもまだ死後硬直でビチビチやっているデカい魚をこのままじゃ邪魔だからマジックバッグを利用して<アイテムボックス>にしまう。しかしデカいやつだったな、この巨船の甲板を占領する大きさってどれだけだよ。


「せ、船長、い、今のは?」


「ん? ああ、襲ってきたから倒しただけだ。おら、いつまで呆けてんだお前ら。正気に返れ! 忘れたのか! お前らが仕事しないと船は沈むんだよ!」


 俺の檄に水夫達はぎこちなくも動き始めた。俺は周囲の敵を全て一人で倒す事は出来るが、船を操る事だけは一人では不可能だから彼等には働いてもらわないとな。


「い、いまのは船長がやったのか?」


「ああ、襲ってくる敵は俺が排除するから、そっちは操船に専念してくれ。速度を出している分、背後からケツに食いつかれることだけはなさそうだぞ」


 掌帆長が恐る恐る訊ねてくるが、俺にしてみれば<マップ>で敵がどこにいるのかは判明しているので非常に簡単だった。むしろ予測の出来ない三角波のほうが数百倍面倒だ。これでも三角波に対して船体下部に<結界>をはったり、帆が破れないように色々してみたのだがあまり効果は無かったので、ただ敵を倒せばよいのはとても簡単だった。



「おいお前ら、海獣どもは見ての通り船長が始末してくれる! お前等は自分の仕事に全力を尽くせ! いいな、海獣を恐れて舐めた動きしやがったら俺が海へ叩き落してやるからな!!」


「おおっ!!」


 掌帆長の宣言と同時に新手の海獣が前方に顔を出した。先ほどはトビウオのように跳ねてきたが、こちらは遠巻きにこちらを警戒しているようだ。しかし<マップ>では明らかな適性反応なので容赦なく魔法で屠って回収する。


「い、今のは水魔法ですか? 詠唱もなしにあの威力、それも収束させて海獣を一撃なんて信じられない……」


「なんだ、航海、魔法には詳しいのか?」


「あ、はい。実家が代々魔法使いでして」


「船長、こいつは魔法学院を主席で卒業したってのに何を思ったか船乗りになりたいって言い出した変り種でさぁ」


 航海長と同年代で親しいらしい水夫の一人が俺に信じられない情報をもたらした。嘘だろと、彼の顔を見ると、何が悪いのかと言わんばかりだ。どうやら本当らしい。


「男なら自分の信じた道に生きるべきでしょう。生まれ持った魔力が多いからって皆が皆魔法使いにあこがれるわけじゃないですよ。魔法学院の教師や宮廷魔法使いよりも魅力的な仕事は沢山あります!」


 こ、これが国民の殆どが強い魔力もちと言われる魔法王国ライカールの考えか。ランヌであれば自分の子供に豊富な魔力があれば将来は魔法使いで勝ち組確定! 他の道に進むなんて考えられないってな感じなんだがな。ライカールの魔法学院で主席卒業ってことは将来は要職を約束されたようなもんだろうに。


「解ります。とてもよく解ります!」


 半ば呆れていた俺だが航海長に同意した者が側にいた。なんとリアムが深く頷いている。自分の主張にうなずいてくれた航海長は嬉しそうだ。


「なんだ、リアムも海が好きなのか?」


「好きです。貴族に生まれなければ船乗りになりたかったです。でもそれはユウキさんも同じでは? 船長をしているあなたはこれまでで一番張り切っているように見えましたよ」


「そうか? いや、海は好きだ、好きだな。今この瞬間もこんな目に遭っているのに心底海が嫌になったとは思わないんだよな。普通、真冬の夜の海で嵐に遭うなんて二度と海に出るかと思ってもおかしくないはずなんだが」


「船長にも海の男を名乗る資格があるということでは? 実際、これまでの貴方の振る舞いは叔父である先代にも決して引けを取りませんし」


「海の男ねぇ。自他共にそれを認めるには潮気が足りてない気はするがな。まあ今は丁度良い機会だ、存分に潮気を入れさせてもらおうか。さて、お喋りはここまでだ。これからは波浪に加えて海獣の警戒も必要だ、一層気を抜くなよ!」


「了解しました!」


楽しんでいただければ幸いです。


航海は次の話で終わるといったな、あれは嘘だ。


スミマセン、長くなりそうなんでここで切ります。というか長くなりました。


既にこの話は書き終わっているんで校了(ほんとにしてるのか?)が終わり次第次も上げます。


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