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海原の中で 6

お待たせしております。



<兄様! どうして兄様がそのような危険な目に遭わねばならないのですか! 今すぐ転移環でお戻りください、ソフィアは兄様が心配なのです!>


<あー、そのなんだ、すまん。だが心配するな、これくらいならどってことないから>


<兄様は私たちには危ない事をするなと仰るのにご自分はどうしてそんなに危険に首を突っ込みたがるのですか!?>


 俺は通話石でソフィアからの手厳しい詰問を受けていた。彼女の剣幕に俺は平謝りするしかない。俺だってこれが逆なら烈火のごとく怒り出すだろう。逃れられぬ定めならともかく自分で面倒に突っ込んだから何も言い返せないな。

 自分でも良く解らない感情に身を任せている自覚はあるんだが、この期に及んでも何とかなるだろと楽観的な気分でいるから、ソフィアの様に危険に身を曝している有様だ。


<そのことについては去年の件を蒸し返す事になるぞ。とにかく大丈夫だ、いざとなれば飛んで陸地に帰り着ける距離にまでいるから、そこまで不安になることもないさ>


 俺はここで必殺の武器を取り出した。去年のある日、魔法学院でとある事件が起きたのだが、それを引き合いに出されるとソフィアは言葉に詰まってしまう。それは解っていたので俺は謝罪の言葉も続けた。


<兄様、それはずるいです……あの件は反省しています>


<心配してくれた事は嬉しいさ、この埋め合わせは必ずする>


<きっとですよ! その約束、忘れませんから!!>


 このあとも、もーもーと牛のように可愛く唸っていたソフィアに代わり今度はセリカが通話に出た。


<今度は何に巻き込まれてるのよ? あんたってホント仲間や身内が絡まないと平然と無茶するわね>


<そこまで無茶だとは思ってないんだがな。だがそっちが心配するのもわかるから、こっちは謝るしかないな>


<まあ、ソフィアとシャオはこっちで宥めておくから、その代わりあんたは後でシュタイン商会のルーカス商会長の人となりを教えなさいよね?>


 商魂逞しいセリカはこの好機を逃すつもりはないようだ。セリカが主となっている自分の商会だが、世間ではエドガーさんのものだと思われており、彼女自身は優れた商人だとあまり思われていない。密かにそれを悔しく思っている(それでも自分が表に出る気はないようだが)セリカは大商人と呼ばれる者達から多くを学ぼうとしているみたいだ。


<一つだけ重要情報がある。彼は<アイテムボックス>持ちだった>


<へー、そう。まあルーカス会長の逸話からその可能性は考えた事はあるけど。よく見破ったわね、あんたって人には<鑑定>しない主義じゃない>


 <鑑定>を持っていたらなんでも鑑定したくなるのは人の性だが、人の秘密を覗き見するのと同じ事だし、魔力を放射するので魔力持ちには絶対に気づかれる。初対面でいきなり<鑑定>を受けると自分の秘密を探ろうと思われるのと同意語なのでその後で健全な関係を築こうとするのは不可能だ。

 そういう訳で俺は明確な敵以外は人物を<鑑定>する気はないのだが、彼が<アイテムボックス>持ちである事は別の理由で気付いた。


<俺も同じスキルを持ってるからな、マジックバッグの扱い方で見当がついた>


<ああ、あんたが前に言ってた入れ替えの件? 確かに同じ<アイテムボックス>持ちだと癖がわかるってやつね>


 説明するとマジックバックにマジックバッグは入らない。これが出来ればほぼ無限に荷物が持てる計算なので当然なのだが、<アイテムボックス>にマジックバッグは入るのだ。もしその容量が小さくてもその空間に荷物を満載したマジックバッグを入れればいいのだ。

 これで何が出来るかというと、一つのマジックバッグを手荷物として持ち、そしてそれを入れ替える事でスキルの隠蔽と大量の荷物、さらには自在に品物を取り出すことが出来るのだ。

 当然俺も同じ事をしており、入れ替えたマジックバッグの特徴で彼がスキル持ちだと気付けたのだ。


 <アイテムボックス>持ちであることが知られればいくら大商会の主であるルーカスさんも命を狙われかねない。彼自身、魔法王国ライカールの住人らしく、護衛の代わりに幾つもの魔導具で身を守っており彼を正攻法で害する事は難しいと思うが、彼さえ潰せば商会は極めて大きな打撃を受ける。何せ大量の買い付け、そして大量輸送を身一つで行えるのだ。後先考えず人員を大量に送り込めば仕留める事は不可能ではない。

 それを恐れて通常、スキル持ちはそれを隠している。俺も声高に宣言するつもりはないし、ルーカスさんにもそれを匂わせただけではっきりと明言していない。彼ほどの大商人は味方につけるべきで、敵対する意味など何一つとしてないからだ。


<そういうことだ。悪いが、長々と通話石で話し込むと怪しまれる、切るぞ>


 俺は何食わぬ顔で共に雨に塗れながら甲板作業をする水夫達を見守っている。当然俺もずぶ濡れだが、そこは仕方ない。指揮官は彼等とともにあるべきで、命令だけ行って後は暖かい部屋に引っ込んでいるなどあってはならないことだ。そのせいか、水夫達から受ける視線も棘が減ってきたように感じる。

 彼らはそれぞれの仕事に懸命でこちらに注意を向けるものはいないが、何時までも通話石で会話するわけにも行かない。


<あ、ちょっと待って! シャオとイリシャが何か言いたそうにしてる!>


 <念話>で何時でも会話できる玲二たちとは違い、通話石を通じてしか遠距離での会話が出来ないので妹と娘が俺に何か言いたいそうだ。お小言の予感しかしない。


<とーちゃん! あぶないことしちゃダメっていつもシャオにゆってるのに、とーちゃんだけずるい!>


 いや、これは危なくないから、と言い訳をしようとしたが、すでにシャオは通話石から離れてしまったようだ。まさに言いたいことだけいって後は玲二の膝の上に飛んでいったと玲二からその後で<念話>が来た。


<にいちゃん……>


 代わって通話石を取ったのはイリシャだが……なんだか言いよどんでいるような空気だな。これは珍しい、イリシャは俺に遠慮は無しだといい含めてあるので、言いたい事はちゃんと言う子だ。それでも口ごもるというのは、一つの理由しか思い浮かばない。


<イリシャ、何が視えたんだ?>


<あ、えっと、その……おっきいのに気をつけて>


 それだけ言って妹は通話石を切ってしまった。イリシャの未来視で何か見えて、普段は俺に伝えなくて良いと言っているにも拘らずそれを告げたという事はよほどの事だと思うが……


 妹よ、もう少し特徴的な予言で頼む。なんだよおっきいのって。ここが街中ならともかく大海原だと全部がデカいんだぞ。


 まあいい、もとより冬の嵐の航海、しかもこれから夜で気が抜ける要素などなにひとつ無い。すべてに注意深く対処すれば何とかなる、いや何とかするしかないのだ。



 視界の端にルーカスさんとリアムを伴ったユウナが戻りつつある事を確認した俺は、ちっぽけな人間が嵐に立ち向かう愚かな戦いに勝利すべく、気合を入れるのだった。



「ユウキさん、戻りました!」「こちらも帰還しましたぞ」


「二人とも、ありがとう。リアムはちゃんとミネア嬢と話せたのか?」


「はい、姉からはレンスターの名を汚さぬよう、立派に働けと」


 寒いのに興奮しているのか顔を紅潮させているリアムだが、本人は気づいていないのか彼はすでに体を塗らして寒さに体を震わせている。これからも甲板に居たいのならすでにルーカスさんに渡している雨具が必要だ。


「じゃあ、これを着ろ。その前にちゃんと着替えて体を温めて来い。このままだと風邪じゃすまなくなるからな」


「ですが、もう既に塗れています。それに僕はここに居たいです!」


 血気盛んに訴えるリアムの視線は少年特有の熱意にあふれているが、彼は一つ勘違いをしている。


「これは要請ではない、命令だ。忘れたか? 船員は船長の命令に絶対に従ってもらう規則だ」


 俺が厳然とした声で告げると、それだけでリアムは体を堅くした。


「はい! 船長の命令に従います!」


「何か必要なら彼女に言え。俺の従者でユウナという」


 自分の背後に控えていた怜悧な美女の存在にこれまで気付いていなかったリアムは飛び上がらんばかりに驚いている。


「うわぁっ! ぜ、全然気付かなかった……」


「ユウキ様の従者を務めておりますユウナと申します」


 ユウナが先導して先ほどとは違う理由で顔を赤くしているリアムを見送ると、隣のルーカスさんが口を開いた。


「”氷牙”のユウナはその異名どおりもっと冷たい女性なのだと聞いておりましたが、実物は随分とユーモアのある女性ですな。ですが、あれほどの美女をこれまで見かけなかったのも不思議な話です」


 口調は探るようなものだったが、その顔はどこか楽しげだ。彼としては先ほど見破られた自分のスキルが俺に広められないか不安でいっぱいの筈だ。


「まあ、不思議な事は良く起こるものです。この嵐などがいい例でしょう、凪いだと思ったらこの風雨、そして何故か雲が出ていない。ここまで揃えば彼女の存在など些細な事かと」


「そうですな。”(シュトルム)”はいつも巨大な騒ぎをもたらすと聞きますし、よくある事なのでしょう。それにわたしもここまでの変事に遭遇していながら不安は全くありません。もちろん貴方がいるからです。むしろ次にエドガー会頭にお会いした時に自慢できるのが楽しみで楽しみで。あのユウキ殿に助力したなど言える商人は今のところ私だけですからな」


 やはり俺の素性は完全にバレていたようだ。新大陸に買い付けに出ていた彼はきっと例の港の騒ぎも見聞きしているだろうし、新大陸の大商会の番頭たちには顔合わせする機会もあったので、きっと漏れているなとは思っていた。


 俺も彼と険悪になるつもりはない。俺もあれを見せて双方納得しよう。


「船内の整理を有難うございました。傾きからの復原が早くなっているのは体感できました。これで我々の生存率が大幅に上がりましたよ」


 俺は自然に<アイテムボックス>から温かい缶のスープを彼に渡した。それを見たルーカスさんの目が少しだけ緊張を解いた。この品はすでに遊戯の景品として数回出しているし、超高額だが店売りもしているので彼にとっては珍しい品ではない。


「私も彼の逸話を聞くたびに()()()であろう事は予測できましたが、先ほど渡された巨大マジックバッグの件でやはりと思いました。マジックバッグを用いてスキルを隠すなど、保持者でなければ思いつきません」


「私も貴方と同じ使い方をしているので理解しましたが、同類でなければ気付きもしないでしょう」


「でしょうな。これまでの人生で見抜かれたのはこれが初めてです」


 実際は彼の癖というより取り出したマジックバッグの魔力の質が若干異なっていたのでそこで気づいたのだが、魔力の流れが見える事は<アイテムボックス>よりよほど隠さなければならない事なので口にはしなかった。



 その後はこれまでほったらかしになっていた前船長の遺体を棺桶に収めた。船乗りであれば水葬、つまりこのまま海に投げ入れる事も正式な葬り方だが、彼にも遺族はいるだろう。ここから腐敗するほど何日も航海するつもりもないし、(おか)に連れ帰る事に決めた。


 神に愛された男の最期の別れはそれに相応しいものであって然るべきだろう。




「さて、懸案も片付いた事ですし、始めましょうか」


 俺はそう告げて暗闇が支配する冬の海を見据えた。これからは一瞬も気が抜けなくなる。必要な準備は整えたが、この船がきちんと旧大陸にたどり着けるかは微妙な所だ。それほどに夜で冬の嵐というのは厳しい。

 俺が楽観視していたのは自分が生きて帰ることであり、この船がではない。航海も後半に差し掛かり、<マップ>で確認すると行程の6割ほどを既にこなしている。この嵐の中でも<結界>を使えば危なげなく飛べるが、その場合この船は海の底に沈んでいる。

 身内がどれほど口を揃えて帰って来いと繰り返しても、見捨てるからにはやれることをやりつくしてからでないと目覚めが悪い……いや、違うな。俺がただ船長という立場を味わいたいだけだ。


<きっとユウの失った記憶に関連するんじゃないの? ここまで執着するって珍しいし>


 懐の相棒がそんなことを言ってきたが、どうだろう。いまいち実感は湧かないが。



「さて、航海、掌帆長。始めようか!」


「了解!」「もうこっちは始めてますがね、船長」


 皮肉気な掌帆長に苦笑すると、まず気になったことを確認する。


「照明が少ない気がする。ほかに灯りはあるか?」


「魔光はこれが全てです。後は船室から固定された灯りを引っぺがすか、炎に頼るしかないかと」


 航海長がそう答えるが、今の灯りでは何とか船全体を照らすだけで足元はおぼつかない。帆が綺麗に畳まれているならともかく、一本が破れている現状では何本もの索具や縄が散乱している。纏めようにも船の傾きで何度も散らばっているのをさっきから見ていた。

 魔光は王都にあった魔灯という外灯の簡易版の魔導具だ。風雨が強い今では炎など搔き消されるだけで意味は殆どないだろう。

 差し当たってはここからだな。


「掌帆長、俺は魔法で光源が出せる。どこにどれだけ欲しい?」


 <光源>を数個生み出して見せると数秒絶句した掌帆長だが、すぐに気を取り直して俺に尋ねた。


「それはどれほど作れて何時まで保ちますか」


「とりあえずは20個位は作れるし、明日の夜明けまでは保証する」


 <光源>は俺の魔力を動力にしているが、スキル封印されている訳でもないから永続的に使える。


「ありがてぇ! こことあちらに! 床が照らせる場所と船の外周にも欲しいです。夜じゃ波の様子は肉眼じゃ確認できませんから、本当に助かります!」


 さらに俺の<光源>は風にも負けず、設置した場所が空中でもびくともしないとあって水夫たちは喜んだ。そこまで珍しいスキルじゃないし、生き残る確率を少しでも上げておきたい。


 そして<光源>によって周囲の視界が確保できた事によって得られた事がもう一つ。


「右より高波ぃ!」


 鐘楼に上がった熟練の見張り員からの警告の叫びが甲板に響き渡る。慣れていない新米水夫は何をすればいいかと慌てているが、周囲の熟練者から蹴飛ばされてどこかに掴まる場所を得た。


 そして船に襲い掛かる高波から猛烈な飛沫が飛んでくる。甲板の全てを浚うかのような水流が引いてゆくが、さっき纏めた索具がまた散乱した。


「点呼とれ!」


 掌帆長の号令に水夫達が番号を口にした。幸い事前に警告があって誰も失われる事なくやり過ごせたようだ。


「船長、損耗ありません!」


「了解した。航海、最初から飛ばすと後半バテるぞ、適度に力抜け」


「了解であります!」


 まるで気を抜く気のない航海長に内心溜息をつく。不意に襲う高波に水夫を持っていかれる事はよくある話だが、命綱が付けられない事が問題の解決を遠ざけている。

 その理由はもちろんこの船にある帆とそれを操る様々な縄だ。命綱が索具に絡まることを水夫は非常に嫌がったし、当然ながら命綱の範囲までしか動けないから移動の邪魔になる。ここでつけているのはほぼ動く必要の無い鐘楼の見張り員くらいで、他の水夫は誰もつけようとしなかった。

 終いには命綱をつける水夫は臆病者と笑われるらしいので、もうこれは価値観の違いだとしかいえないな。俺としてはそんな事で水夫を失う方がよほど恥だが、事実としてここで各員に命綱を付けさせるとかえって動きを邪魔しそうだ。



「ユウキさん! 僕たちに出来ることとがあると先ほど仰いましたが?」


 高波からしばらく経った後、水夫達に厨房から熱い飯が届けられた時、同時にリアムとミネアが姿を見せた。ちなみに食事は時間停止型のマジックバッグに入れてあるのでいくらでも作って保管が出来るとルーカスさんが調理長に告げてくれた。やはり名の売れた大人の存在は助かる。俺がいくら言葉を費やしてもすぐには信用されないだろう。



「ああ、ミネア嬢までこんな寒い所へ。申し訳ない、こちらから出向くべきでした」


「いえ、今は非常時。各々がそれぞれ成すべきことをするのが先決、お気になさらず。そして私にも出来る事があると弟より伺っていますが」


 姉弟とも既に雨具を身につけており、防寒対策も万全だ。流石に抜かりはない。しっかりした二人にだけ可能な願いを俺は口にした。


「二人には乗客を落ち着かせて欲しい。状況は彼等も解っていると思うが、不安で一杯の筈だ。二人で彼等を安心させてくれ。これは俺じゃ無理な相談でな」


 さっきの調理長の件を出すまでもなく、いきなり現われた得体の知れないガキが船長とか言い出したら混乱どころか混沌が起きる。俺達がいくら万全を尽くしても乗客が騒ぎ出したら厄介だ。まあ、騒いだ所で何ができるわけでもないから、せいぜい自分でこの荒海に飛び込むくらいしかやることはないんだが。


 だからライカール貴族である二人が彼等を安心させてくれれば俺達は操船に集中できる。もっと派手なことを依頼されると思っていたリアムは不満そうだが、まだまだ子供だな。これがどれだけ重要な仕事か理解していない。


「わかりました。有事に働くのは貴族の務め、船長のご指示に従います。ほら、リアムも」


「ぼ、僕は、ここでユウキさんと一緒に……」


 俺がリアムに冷たい一瞥を向けると、ただでさえ凍るような海水を幾度も浴びていた彼はより強烈な冷や水を浴びたような顔で居住まいを正した。


「了解しました!」


「よろしい。ただし、事が成った後は自由行動を許す、それでいいな」


「! はい! わかりました!」


 それでは頼むと言おうとした瞬間、俺の背後にいたユウナが口を挟んできた。


「お話中失礼いたします。乗客の皆様にお話をされる際、こちらの魔導具をご利用になっては如何でしょうか?」


 ユウナの手に握られていたのは、見覚えのある筒状の魔導具だった。これもウィスカのダンジョンで良く出るハズレ魔導具の一つ。筒から謎の皮膜を生み出し球状の何かが出来上がるという不思議な代物だった。

 ユウナの意見に間違いがあったことなど(俺に関しての事柄以外は)ないが、これをこの状況でどう使うってんだ?


 俺の疑問は姉弟も同じだったようだが、それを見越してユウナは実演して見せた。俺一人がすっぽりと入りきるような大きさになったが、前に実験した時は屋敷が丸ごと入るくらいには拡張できた、


 謎の行動をしている俺達にそばの航海長も不思議顔だ。


「このように球体を生み出す事が出来るのですが、この内部にいると皮膜が衝撃を吸収し他の変化から守られるため、船酔いを防ぐ事が出来るとの報告が上がっています。冒険者ギルドとスカウトギルドからの情報なので間違いないかと。既に気分を悪くされた人には効果がないですが、こちらの存在を明かすだけでも女性などは大いに安心するでしょう」


 そう言って俺が手に入れた10個以上の魔導具を取り出すユウナ。確かに船酔いというか馬車酔いもそうだが、不規則な揺れが三半規管の機能を乱して気分を悪くさせるのが主な原因だから、完全に揺れがない球体の中では効果があるだろう。


 さすがユウナだ、必要な時に必要な情報を持ってくる。


「ついでだ、既に気分の悪い客は俺の特等室を使っていいと伝えろ。2等はまだしも、3等客室なら場所が代われば少しはマシになるかもしれない」


 どうせもう戻る気はないし、向こうからシャオがこれなくするために転移環も片付けてある。見られて困るものはない。


「それは良い御考えです。私達の部屋もそのようにいたしましょう」


 それでは、と俺に美しい貴族の礼をしたミネア嬢は船室へと戻っていった。リアムもそうだが、親御さんの教育が行き届いているのだろう。必要な時に必要な行動が取れる。昨日まで本に首っ丈だった少女とは思えない。やはり有事は人の本性を暴き立てる。


 このどうしようもない愚か者のように。




「おい、どうなっている!? この嵐はどういうことだ! 私は詳細な説明を求めるぞ!」


「危険ですので甲板には出ないでください! これ以上進まれると我々も責任を持てません!」


 俺の視界には水夫と押し問答をしている一人の小太りがいた。その背後には奴の取り巻きがいるのだが、ここからでは見えない。だが間違いなくいる事は確かだ。<マップ>を使うまでもなく、この男が一人で行動するはずがないからだ。


「黙れ! 私を誰だと思っている! アーヴィング男爵家を継ぐ継嗣であるアレンであるぞ。平民ごときが私に指図するな! 下がれ、下郎が」


「ちっ、面倒なのが現われやがったな。おいお前ら、ここは任せる。あの世間知らずは俺じゃないと話にならないだろう」


 舌打ちとともに掌帆長があの小太りを睨みつけた。確かに権限でいえば航海長のほうが上のはずだが、これぞ横暴な貴族というような小太りを見て腰が引けている。彼が渡り合うのは無理だろう。



「掌帆長、あんたは俺以上に軽々しく動いてはダメだ。あいつは俺が相手をする」


「船長、しかしあれは厄介ですぜ。これまで何度も他の乗客と諍いを起こしています。最後には貴族の権力を傘に着るクズ野郎ですが、貴族は貴族です。対処を間違えると面倒です」


「どうやらあんたは俺を心配してくれたようだ、ありがとう。だが、それでもあれは俺の客なのさ。掌帆長は甲板の面倒を頼む」



 俺は喉まで出かかった溜息を堪え、この非常時に呑気に騒いでいる現場へ向かう。指揮官たるもの、配下の前で溜息のひとつも見せるものではない。



「下がって下さい! 甲板への立ち入りは禁止されています!」


「貴様! 船長に会わせろと当然の要求をする貴族に逆らうか! 手打ちにしてやってもいいのだぞ! 名前を言え、貴様をこの船にいられなくしてやる」


「何の騒ぎだ馬鹿野郎」


「あ、船長!」


「船長だと!? 丁度いい、状況を説明しろ。何がどうなっている、この男爵家継嗣に万が一の事があってはライカールの損失……げぇっ! お前は!」


 得意になって演説を続けていた小太りは船長として現れた俺を見て悲鳴を上げた。そのまま回れ右して遁走を開始しようとするが、その肩を俺は掴んだ。


「や、やめ、やめてくれ! もう骨を折るのだけは止めてくれ!」


 そういえばこの肩も数回握り潰したな。骨を砕き、それを治療してまた砕きを繰り返すとどんな意思の堅い男も数回で泣き始める。この根性無しは俺に喧嘩を売って来たにもかかわらず、ただの一度で失神してしまって拍子抜けたっだ。


「おい、部屋の寝台で天井の染みを数えているとばかり思ってた奴が元気そうじゃないか。ええ?」


「ひぃっ。お前、いや貴方様がいるなんて考えもしていませんでした! どうか慈悲を、ご慈悲を!」


 いきなり跪いて泣きを入れ始めた小太りに、先ほどまで止めていた水夫はその変わり様に唖然としている。このクズは相当傍若無人だったようだし、わからんでもないが。



 こいつの名は……小太り。散々家名をほざいていた気もするが、既に記憶から消しているから小太りで十分だ。


 特等室に泊まっている俺に因縁をつけてきたときに潰して、もうこの旅では出会うことがないと思っていた奴だった。なにせ両手両足の骨を砕いて放置したのだが、きっと手持ちのポーションで癒したのだろう。

 見ればへたり込んでいるのはこの小太りだけで、その取り巻きは既に脱兎の如く逃げ出している。


「ったく、あんなに粋がった割にこの体たらくかよ。恥ずかしい野郎だ。掌帆長、クズ野郎だが、人手は人手だ。こんなのでも使うか?」


「要りませんな。使いたくてもこの男の面倒を見る者が必要になりますから」


「だそうだ。喋る荷物は大人しく船室に篭もってろ。二度と俺達の邪魔をするなよ、次はそのまま海に投げ込んでやるからな」


「ひぃぃっっ!!」


 尻を蹴りだしてやると、小太りは転がりながら消えていった。中々芸達者な野郎だな。


「せ、船長とはお知り合いでしたか」


 空気のいたたまれなさを何とかしようと水夫の一人が口にするが、あんなのと知り合いなんて冗談じゃない。


「ふざけた事を言うな。あんなのと知り合ってたまるか! 向こうが因縁をつけてきて、身の程を教えてやっただけだ」


「す、すいません!」


 平謝りする水夫に言いすぎたことを自覚した俺は、固まっている彼の肩を叩き、甲板に戻ろうとした。


「始末いたしますか?」


「ほっとけ、あんなのに関わっている暇はないが、まあ君の好きにしろ」


 音もなく消えたユウナが何をするかは気にしないことにした。


 なぜならそれを考える直前、見張り員からの警告の叫びが響いたからだ。



「前方、”山波”! 総員警戒!!!」


 ざわ、と甲板の空気が変わる。厄介者を追い出したことで弛緩しかけていた空気が一斉に緊迫する。

 だが彼等にできることはない、ただ己と仲間の幸運を祈る他に手はないのだ。


「安心しろ! この船には俺がいる!!」


 船長の最大の仕事とは部下に希望を与える事、それに尽きる。

 それ以外の運行や帆の管理などはその道の専門家が居るから、船の素人の俺が口を出す必要はない。


 船長は船長にしか出来ない事をするべきなのだ。


 船乗りを最も恐怖させる”山波”に対する術は彼等にはない。俺は絶対に大丈夫だと声を張り上げ、水夫達を鼓舞する。


 さて、本番が始まったな。



 有史以来数多くの船を沈没させてきた悪魔の波。俺が周囲の見張りを絶やせないと言い続けた理由。


 通称、三角波がこのサンデリア号を襲い始めたのだ。




楽しんで頂ければ幸いです。


何とか間に合った。現実逃避もあと少しでおわりそうです。


次で航海は終わりにしたいな。(願望)



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