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本当の戦い 10

お待たせしております。



「貴様っ! 何者だ! 此処を何処だと思っている!!」「出合えっ! 狼藉者ぞ!」「くそっ、応援を呼べ! この賊め、只者ではない強さぞ!」「隊長はどうした!?」「真っ先に倒されたぁ!」


 俺はこの宮殿の衛兵共と楽しく遊んでいた。その目的はもちろん騒ぎを大きくする事だ。

 それには揉め事を起こすのが一番である。俺達が知らぬうちに案内されていた後宮は女しかいない場所であり、衛兵も女だったのでさっさと退散し、気兼ねなく殴れる野郎ばかりの帝宮の方に移動している。

 こうも派手に帝宮で暴れれば俺がいくら顔が知られていなくても手配がかかるのは避けられない。

 それは面倒なので認識阻害の魔導具を身につけている。こいつはかなり希少な魔導具で、相手が誰だか記憶に残らせにくくする機能があるのだ。

 多分今俺が遊んでやった衛兵も誰に倒されたのかと聞かれたらそれぞれが違う犯人像を口走るはずだ。此処で大事なのは誰がやったかではなくどんな騒ぎを引き起こしたかなので、この悪巧みに使えすぎる魔導具の出番となった。

 こいつが出たのはダンジョン26層の宝箱なので他の冒険者達が持っている事はなさそうなのが救いではある。


 とりあえず<マップ>を見て大勢の人間がいる場所を探して移動する。大勢であれば兵隊の可能性が高いし、そいつ等で遊んでやれば騒ぎを聞きつけてもっと騒動が大きくなるだろう。そうなれば俺が求める人物も現れてくれるに違いない。



「銃士隊は展開急げ! 慮外者を此処で迎え撃つぞ!」


 その時俺の前方から叫び声が聞こえてきたが、その内容が気になった。今、銃と言ったか? この世界には銃が存在していないと思っていたが、実際は違ったのだろうか。だが考えてみればここは稀人が建国したオウカ帝国の中枢なのだ。銃に関する知識くらいは残っていて当然かもしれない。


 どんなものが出てくるかと期待してその声の先に向かうと、そこには二列に隊列を組んだ衛兵達が長柄の武器をこちらに構えていた。前列が膝射、後列が立射に別れており、この射撃法が咄嗟に思いついたものではないことがわかる。

 きっと帝宮では長く運用されていたのだろう訓練された兵士の動きであった。



「撃て!」


 指揮官の号令と同時に振り下ろされた手と共に、衛兵達の銃口から幾筋もの光が放たれた。全て俺の<結界>そして<敵魔法吸収>によって遮られたが、鉛玉が飛んでくる事は無かったな。どうやら魔法を詠唱なしに射出する兵器のようだ。なんだよ、こんな程度の武器かと拍子抜けした俺だが、衛兵達の受けた衝撃は俺の予想を遥かに越えるものだった。


「馬鹿な! 有り得ん! この帝宮は偉大なる先人の護りでいかなる魔法も、その防御も意味を為さぬのだぞ!? 我等の銃撃を何故防げるのだ!?」


 ああ、なるほど、そういうことか。確かにこの場所では強力な魔力妨害が仕掛けられている。並みの魔法職なら魔法が使えず一般人となっていただろう。これは宝珠やスクロールでも同じ事だ。魔法を起動する事自体邪魔される感じになるからだ。

 そしてあの連中はそんな中でも強力な魔法攻撃を使うことが出来るとあれば……確かにこの場に限れば最強に近い兵種といえるだろう。

 残念ながら俺には大して意味のない妨害だった。この程度の妨害なら何の問題も無く魔法が使えるが、こんな次元の低い遊びに魔法なんざ使うまでもないので自分の腕だけで対処している。


 そして驚愕して固まっている衛兵達に無造作に近寄ると、抱えている銃とやらを一つ奪い取った。


「へえ。確かに銃みたいな構造だな。抱えて射撃するなら確かにこういう形にした方が合理的かもしれない」


 やはり銃そのものはこの地で伝わっていたようだ。銃杷や引き金らしきものもついた本格的な形状をしていた。


「あっ、こいつ! 返しやがれ!」


 呆けていて俺に銃を奪われた事に今気付いた衛兵が必死の形相で俺に掴みかかってきた。こんな武器の情報が全く外に出なかった事を考えるとこの宮殿のみの秘密兵器なのかもしれない。それゆえの必死さで俺に挑んでくるが、全くもって実力が足りない。俺は相手の腕をへし折った後、この珍しい銃を返していやった。


 ここの兵隊はどいつもこいつも軟弱だった。これなら新大陸の獣人のチンピラの方がまだ根性入っているほどだ。これが長く平和な時を過ごしてボケていたならまだしも、このオウカ帝国は今現在もグラ王国と戦争の真っ最中なのだ。他人事ながら、こんな事で良いのかと疑問に思えてくる。




「騒がしい! これは何の騒ぎであるか!」


 そして次から次へと現れる雑魚過ぎる衛兵達をなぎ倒していると、奥から張りのある澄んだ女の声がした。視界の先には十重二十重に衛兵に守られた年若い女が居た。


 ようやくのお出ましか、衛兵を張り倒しまくって騒ぎを大きくした甲斐があったというものだ。


「で、殿下、お退りください! 侵入者、慮外者にございます!」


「御身に大事にございます! お急ぎくだされ! ええい、この無礼者め。この方をどなたと心得るか! 偉大なる帝国の摂政宮殿下にあらせられるぞ。頭が高いわ!」


「知ってるさ。だからわざと騒ぎを起こして当人が出てくるのを待っていたんだからな」


「何っ!?」


 あえてこれまでゆっくりと歩いて行動していた俺だが、目当ての者が見つかった事もあり、即座にその女との距離を詰めた。女(いや齢から見るにまだ少女だな)との間には20人以上の衛兵がいたが、全て昏倒して意識を失っている。


「貴様っ、一体……」


 俺は一瞬でその少女の懐にまで接近すると驚き慌てる彼女をそのままにその華奢な体を担ぎ上げた。そのまま何か叫ぼうとした口を抑え、一目散に逃走を開始する。


「で、殿下!?」「ああっ、摂政宮様! 誰かあっ、凛華様が!」


 背後から手を出していない女中、文官らしき者達の声が空しく響く中、俺は人気のない場所を<マップ>で探しつつ、足を早めるのだった。



 俺はこの広い帝宮を少女を担ぎつつ走り回り、出くわした兵士達と適当に遊ぶこと数寸(分)、ようやく目的地にたどり着いた。ここは人払いでもされているのか、周囲に人がおらず密談にもってこいの場所である。


 そして俺は抱えていた少女を下ろすが、口を塞いでいた手はそのままにしてある。


 その最たる理由は俺の指が彼女の口の中に入りこんでいるからだ。別に疚しい意味は……拉致った時点で説得力はないが、この少女も相当のタマであることは事実だ。


 なぜならこの少女、俺に抱えられた瞬間に自分の舌を噛み切ろうとしたからである。


「いくらなんでも思い切りが良すぎるだろ。少しは俺の話を聞いてみようとは思わないのか?」


 周囲に人がいないのを確認した後、遠慮なくそう声をかけると、少女の瞳に激しい怒りが渦巻いているのを見てすぐに自決を図る気はないと判断した俺は口から指を抜いた。当然ながら少女は俺の指を噛み切ってやろうと常に歯に力を入れており、俺も神気で指を硬質化するという面倒な事をする羽目になった。


「無礼者が何を言うか。うら若き淑女の口に無骨な指を入れおって! 何たる狼藉、神が許しても私は決して許さぬ。かような場所に私を引き込みおって。お前のような痴れ者に体を穢されるくらいなら、今すぐ死んでくれるわ!」


 激しい怒りを身に宿しながら俺に怒鳴る少女だが、特に印象的なのはその瞳だ。


 これはその……なんというか、俺と同じだった。


 彩華の事もあり、身内に一言文句でも垂れようかと思っていたのだが彼女に関してはどのような言葉を費やそうとも無意味である事が一発で解る瞳をしていた。



「あんたに死なれるとこっちの予定が崩れるから止めろ。ここに連れて来たのは色々と話をしたかったからだ。少なくともあんたは冷静になって俺の話を聞いたほうが絶対に得だ」


「はっ、何を言い出すかと思えば。愚者の戯言に耳を貸すほど暇ではない。会話が目的だというなら諦めて縛につけ。苦しまぬ方法で死を与えてやろう」


「俺を殺してもあんたは何一つ手に入らない。このままではせっかく連中に対抗する為に育てたSランク冒険者の駒があんたの手元からこぼれ落ちるだけだ」


 俺のその言葉で、ようやく目の前の少女が俺を捉えた。ただの道端の砂礫から、小賢しい虫程度の認識に上がったようだ。


「貴様、何者だ? ただの賊ではないな」


「随分と順番が狂ったが、自己紹介させてもらおう。俺の名はユウキ、冒険者をやっている。あんたにとっちゃ最近あのちびっ子が毎日ここを抜け出して遊びに来ている家の人間といったほうが解り易いか?」


「なにっ!? では貴様が雷華の!?」


「そういうことだ。そして俺達は共通の問題を抱えていて、その解決の為に協力し合える関係のはずだ。違うか?」


 俺としては喫緊の問題解決の提案をしたはずだが、この少女の反応は違った。俺の姿をしきりに眺め始めた。


「風貌は確かにこれまでの稀人とは違うの。黒目黒髪が通例だと記録には残っていたが……例外も有り得るか。しかし、あの雷華を打ち倒すほどの力の持ち主とは到底思えぬが……」


「おい、話聞いてんのか? このままだとライカが破滅確定で、それはあんたにも致命的な影響を与えるはずだ。俺はそれを回避したい、俺達の目的は一致しているはずだ」


「お、おお。聞いておる。あやつからは師匠であるおぬしの助力は期待できぬと聞いていたから驚いただけだ。私としても雷華に消えてもらっては困るのだ」


 俺の弟子であるライカはオウカ帝国皇帝の彩華のお気に入りであることは述べたが、より具体的にはこの摂政宮と呼ばれる帝族にして彩華の叔母にあたる凛華が彼女を大いに出世させたというのが正確な所だ。


 俺もカオルやユウナから聞いた話だが、この国は皇帝の絶対君主制の体を取っているが、実際は八卦衆と呼ばれる大貴族が政治を牛耳っているのが実情らしい。

 死ぬほどよくある大貴族の専横というやつだが、それが現存する帝族の少なさと相まって危機的状況にまで追い込まれているという。

 なにせ6歳児の彩華にはもう既に婚約者候補が10数人おり、その全てが例の8つの貴族家というから、いずれはその何処かの家が外戚となり権力を握ることになるだろう。


 その現状をなんとかすべく一人気を吐いているのが目の前の帝国の摂政である凛華16歳だ。彼女は帝家が大貴族に飲まれつつあることを憂いており、大貴族に関わりの少ない有望な若い貴族を引き立て、彼等に対抗する勢力を作り上げようとしていた。

 その試みの中で一番の成果を上げたのが、Sランク冒険者として成功を収めているライカであり、ライカ自身も凋落した実家を再興すべく凛華の思惑に乗った。


 そしてその大貴族から見れば凛華の意を受けた目障りな成り上がり者としてそれらの大貴族達と敵対関係にあるということだ。

 つまり、今回の彩華の毎日の来訪は敵貴族に大いに付け入る隙を与えてしまった形になり、目の前の凛華としても主君である姪の行動で自分の最大の手駒を失いかけている状況だった。



「そんな義理はないんだが、今回は特別に手を貸してやる。お前の潰すべき敵とその弱みを俺に教えてくれ」


 初めは何を言っているのかと言う顔をしていた凛華だが、俺の計画を聞く内に、その瞳が輝いてゆくのだった。




「騒々しいな。一体何が起こっておる」


 その部屋の一番の上座に座っていた初老の男が口を開いた。その周囲には同じ一族の実力者達が顔を揃えており、当主の言葉に同意した。


「全くですな。ここが何処だか理解していないと見える。おそらくは不動院の田舎者どもでありましょう。農民上がりの下賎な者どもですから」


「まったく、あのような品性下劣な者でも我等と同じ八卦衆とは、世も末だ。それはあの千住院の小娘も同じ事だが」


「ですが、これであの者も一巻の終わりでしょう。恐れ多くも聖上を連日連れ回すとは、不敬甚だしい。彼奴を召し上げた摂政にも責を負わせねばなりますまい」


「それについては他家とも歩調を合わせるようにと要請があった。賢しい摂政宮の犬もこれでお終いだな」


 当主とその取り巻きが陰険な笑みを浮かべた瞬間、彼等のいた部屋の重厚な扉が突如、蹴破られた。



「毎度、雑魚どもが一塊になってくれて助かるぜ。さあ、団体で地獄に送ってやるぞ」


「な、何者だっ! 我等を誰と心得るか!」


「何って……大して強くもないくせに粋がってるカス共だろ? 弱っちいわりに気位だけは高いって世間の笑いものだってな」


「下郎、ほざいたぶげへっ!!」


 俺の言葉に激昂した近くにいた一人が槍を引き抜いて俺に襲い掛かるが、言葉を最後まで発する事が出来ずに殴り飛ばされて天井に頭から突き刺さった。


「なんだよ、状況見て理解できないのかよ。俺はどうしようもない糞雑魚のお前たちに喧嘩を売りに来たんだよ。全員二度と自分が強いなどと寝言を吐けなくなるほど潰してやるから、楽しみにしてやがれ」


 そうして相手が槍を構え、戦闘準備を整えるまで待ってやった後、蹂躙を開始した。突き出された槍を無造作に掴み取ると掌底で顎を砕き、崩れ落ちる馬鹿の手足を踏み砕く。吐血交じりの絶叫が響くが、それはこれから巻き起こる暴虐の呼び水にしかならなかった。




「き、貴様、解っているのか……我等をこのような目に遭わせたらどうなるか」


 利き腕をありえない方向に圧し折られて息絶え絶えの当主らしき男が強がっているが、まだ自分の未来図が理解できていないようだ。


「その台詞を聞くのは3度目だな。お前らもしかして示し合わせているのか? さっきも祁答院とかいうお笑い格闘集団が喚いてたな。その後、公衆の面前で泣きながら命乞いをしてたが。ああ、そう不動院だっけ? 剣の腕を頼みにしている割には弱すぎる糞どもも泣き喚いていた。お前はどんな悲鳴を聞かせてくるかな?」




 オウカ帝国の”槍の皇道院”といえばオウカ最大貴族である八卦衆を長らく務め、周辺各国にも名が知られた武門の雄であったが、その名声はこの日を持って終焉を迎えた。現当主とその継嗣が周囲の目がある中で泣きながら命乞いをすればその威光など泡のように消えうせる。

 だが彼等の救いはその無様を曝したのが自分たちだけではなかったことだろう。帝国内で比類なき権勢を誇っていた他の八卦衆7家も等しく容易には立ち直れないほどの大損害を蒙っていたからだ。




 俺が凛華に持ちかけたのはこれからライカを攻撃するであろう大貴族たちのメンツを徹底的に潰すことだった。

 実際に行った事は通り魔そのものだ。いきなり押しかけて有無を言わさずぶちのめすという受けた被害を帝家に訴え出れば周囲の同情も買う事だって可能だろう。



 それが我等こそが帝国の護りであると声高に喧伝してきた家でなければだが。




 各家はそれぞれ異なった分野で帝国への貢献を為してきた。軍にその身を捧げて国家に武官を提供する家や、文官や果ては歴代には宰相を輩出した名家だってある。


 八卦衆の一家に帝家の御物を扱う事を許された家がある。実際は許されたわけではなく、勢力の伸張に押された皇帝一家が渋々認めたのだが、とにかく彼らは臣下でありながら帝宮の秘宝を管理する権限を得た。


 そしてその日、俺に宝物殿を荒らされた。建国皇の時代から伝わる御物を盗み出され、更には稀人以外誰も入ることが適わないと言われていた秘密の蔵まで侵入されてしまった。そしてそれを多くの召使いが目撃しており、事態の隠蔽は不可能である。


 またある家が管理していた古から伝わる古文書処も侵入され、貴重な文献が根こそぎ持ち出されるは、厨房にも入られて秘蔵していた酒が盗まれるはと、オウカ帝国始まって以来の大醜聞が繰り広げられてしまった。


 終いには皇帝の唯一の身内であり摂政宮が何者かに拉致されるという警護を担当する家にとって見れば憤死ものの大失態を犯してしまう。最もその家の家長は俺によって全身の骨を砕かれたあと、泣いて命乞いをする様を多くのものに目撃されるという貴族として二度と立ち上がれない無様を曝していたので、あまり意味はなかったが。



 これが帝宮の全てを皇帝が差配していれば全ての責は皇帝やあるいは側近にあると言えただろうが、今は大貴族達がその権限を、そして責任を負わされている現状では彼等の失態はあまりにも大きすぎた。



 あーあ。可哀想に、こりゃその貴族家の当主とか自殺ものだな。こんなことをするなんて世の中酷い奴がいたものである(棒)。

 

 だがこれで後宮に男が入り込んだ事はもちろん皇帝をライカが拐かしたことを糾弾する会議の存在など吹き飛んでしまったな。いや、大変だ、実に大変だ。



「終わったぞー」


 俺がこっそりと彩華に案内された後宮の部屋に戻ったのは、それから一刻(時間)も満たない時だった。


「師匠! こ、この度の事は、なんとお礼を申し上げていいか……その、ごめんなさい、うまく言葉になりません!」


「今回は何とか力技でゴリ押せたが、次は同じ手は使えないからな」


「はい。師匠にはご迷惑ばかりお掛けして、本当に申し訳ありません……」


「弟子は師匠に面倒をかけるもんだ。これくらいはやってやるさ」


 戻った俺を扉のすぐ近くで待っていたライカだが、その声は涙で掠れている。今回の件はライカに非があるわけでもないし不幸な事故だったと思うが、俺も何をどうしてやればいいか解らなかった。


 しかし運よく(悪くか?)後宮に男が入り込んでいるのが見つかるという揉み消さないとマズい事態が巻き起こり、その火消しの余波でライカの事も一緒に片付けられれば一石二鳥じゃないか、と思い立ったわけだ。


 そして今回の件の立役者に視線をやると、彼女は仕えるべき主君である姪っ子に御説教の真っ最中であった。


「彩。あれほど不用意に後宮に人を招き入れてはいけないと言ってあったでしょう」


「うう、伯母上、こめんなさいなのじゃ」


「今の貴方に言っても解らないでしょうが、もしこの事が他の耳に入れば、彩の将来に影を落とすのですよ」


 あんなに元気で我儘放題だった彩華が借りてきた猫のように大人しくお説教を聞いている。珍しい光景であるが彩華の様子を見るに、あれは反省しているというより……凛華を畏れている。


 俺は説教中の二人に構わず話に割り込んだ。


「彩華。筆はあったのか?」


「おお、ユウキではないか。姿が見えなかったが、一体どこへ行っておったのじゃ?」


「彩、まだ話は……」


「家族会議は他でやってくれ。とりあえず俺はここでの用事を終えたい。何時までも長居していい場所じゃないだろうしな」


 まだ説教を続けようとした凛華を手で抑えた俺は彩華が持ち出してきた大量の筆を見せてもらった。皇帝の私物だけあって()()は良いが、俺が欲しがる基準は魔力の伝達がよいことだ。だから異世界品を創っても意味がないのだ。この場合は素材の善し悪しを確認してゆく。



「そもそも何故筆などを欲しがるのです? わざわざ帝家から持ち出さなくとも、雷華の実家にもあるでしょう?」


「せっかくの皇帝陛下のお招きを断るのも忍びなくてな。お、これなんかいいじゃないか。彩華、これにさせてもらうぞ」


 俺が選んだのは全てが魔獣の素材で出来た古い筆だった。美術的価値は皆無だろうが、何せこれから大量に符を書くことになるのだ、豪華絢爛な品では使いにくいだろう。


「うむ、好きに使うと良いのじゃ」


「こいつの代金はいくらくらいだ?」


「いつも邪魔をしている礼代わりじゃ、気にするでないぞ」


 そういうわけにもと金貨を渡そうとしたが、彩華は頑として受け取ろうとしないのでここは有り難く頂く事にした。


 さて、ここでの用事は終わったし、さらに余計な面倒が起きない内に退散するかと何かいいたげな凛華を無視して立ち去ろうとした俺に<念話>が入った。


<ユウキ、今大丈夫かい?>


<如月か? なにかあったのか>


<なにかあったというか、これからあるというか……要するに、僕と一緒に寝ていたシャオも同時に目覚めたわけなんだけど。シャオの第六感でも働いたのか、ユウキを探してるんだ。いまどうやらオウカ帝国にいるみたいだし、どういう風の吹き回しだい?>


<色々用事が出来て今全部終わったんだが、シャオは宥められそうか?>


<うーん、これは無理かも。今もシャオからユウキはどこにいるのかって何度も聞かれているんだ>


<しょうがないな。如月、使ってない転移環を置いてくれ。こっちで引き取るさ>


<わかった、僕も行くよ。今準備するから>


 突如黙り込んで<念話>を始めた俺を事情を知らない者たちは不思議そうに見ている。だが転移環の説明は一緒に見た方が早い。彩華の許可をもらって床に設置すると、程なくシャオとその腕の中のクロ、そして如月が共に転移してきた。


「とーちゃん! またシャオにだまって楽しそうなことしたでしょ!!」


 特にそんなつもりはないのだが、シャオは俺がここに遊びにきたと思われているみたいだ。少しは遊んだけど、娘が楽しめるようなものは無かったけどな。


「そんなことはないぞ」


「ほんとぉ? シャオにうそついてない?」


 俺に登ってじっと顔を見つめてくる娘にどうしたものかと考えていると、当の娘はすぐそばにいる友だちに気がついた。


「彩ちゃん!!」


「おお、シャオではないか!」


 しょげていた彩華だが俺の娘と目が合うなりそちらへ駆け出して行ってしまう。


「彩、まだ話は終わって……まったく。貴方は、如月殿でしたね」


「突然お邪魔して申し訳ありません。摂政宮殿下」


 俺達しかいないと思っていた如月は、その場に凛華がいたことに驚いていたが、取り乱す事無く挨拶していた。彼と雪音は彩華と初邂逅の際に凛華とも顔合わせしていると、かつて本人の口から聞いていた。

 何を規準にしているか知らないが、帝族は稀人が騙りではないか、一目見て判断できるらしい


「帝国には稀人の貴方に閉ざす扉はありません。いつでも気軽に訊ねて下さって構いませぬが……いきなりこのような方法でいらっしゃるとは驚きました。この宮にはあらゆる魔法の起動を阻害する結界が張られているのですが……」


「そこまで強力なものでもないけどな。意識すれば普通に魔法が使えるし」


 指先に小さな炎を宿らせると、それを見た凛華は大きな溜息をついた。


「そういえば如月殿、初めてお会いした際にこの者は稀人でないと仰っていましたが、この超常の力は紛うことなく異世界人と思われますが?」


「本人は否定しているのです。そうだよね、ユウキ」


「彩華にも前に話したが、俺には過去の記憶がないんだ。記憶をなくした異世界人なんて詐欺みたいなもんだろう」


 俺の言葉にも凛華は疑わしい目を向けてきた。


「この200年、誰も開けることが叶わなんだ暗号錠を一瞬で解き明かしておいて何を言うのでしょう。ですが、これで貴方達が再び鍵を開ければ新たな稀人の誕生のこれ以上ない証明となるでしょう」


「へえ、そんなに難しい暗号だったんだ。ちょっと興味あるね」


 おいおい如月、俺がそんな明晰な頭脳を持っているはずないだろう。俺は解らなければすぐお前たちに尋ねる男だぞ。


「いや、大抵の日本人なら知っている奴だった。あれだよ、いろは唄。そいつの最初の3文字だけ書いてあって、その他を入力しろってやつだったのさ」


「ああ、成程ね。正に日本人なら殆どは解る話だね。逆にこっちの人には意味不明な文字列だろうし」


 日本語はこのオウカ帝国では帝族の嗜みとして僅かに習得する者がいるだけで、それも教科書も何もない口語でのみの伝授という非常に面倒くさい方法を取っているようだ。

 そういえば、当の彩華は俺達の屋敷へは大和語の勉強と言う名目で毎日来ているようだが、常にこっちの大陸語で喋っているな。だがあいつもいずれ日本語を覚えていくだろう。何せシャオと共に遊んでいれば嫌でも日本語を耳にするようになるし、そうなればあっと言う間に覚えてしまう事はソフィアやセリカ達で立証済みだ。



「これでそなたらの謁見の話も前に進むというもの。ガタガタ申していた阿呆共もこれで黙らせることが出来よう」


「そういえばそんな話もあったな。俺の仲間達を面倒事に巻き込まないで欲しいんだが?」


「我等の都合で話を進めていることは認めるが、その分そちらにも大いに実のある内容にするつもりであるゆえ、許して欲しい」


 俺は見た目からして稀人ではないので呼ばれることはないが、玲二と雪音、如月は間違いなく謁見に呼びだされる。

 だが、その分オウカ帝国での身分が、それも貴族待遇が与えられることになるというから、受けるだけは受けたほうが良いだろう。

 安全管理に努めているとはいえ、毎日命のやり取りをしている俺を快く思っていない仲間は多い。

 だからこそ雪音は俺がダンジョンで稼がなくても良いように自分の能力を商売に活用しているし、イリシャもその未来予知能力を磨いて俺への危機を見逃さないように神殿入りを望んだことは解っているのだ。

 だが、借金返済をこの身体を使う免罪符にしている俺は、それをしなくなると途端に体の元の持ち主であるライルへの罪悪感に苛まれ、今すぐにでも身体を故郷の家族に返したくなる衝動に駆られるという我ながら面倒くさい性格をしている。

 ああ、そろそろライルの実家を出て1年が経つ頃だな。間もなく実家に仕送りを始めても怪しまれない時期だろう。



 その他、諸々の話を終えた頃には、日も暮れかけていた。話すべきことは話したし、そろそろお暇すべきだろう。


 俺は彩華と共にクロで遊んでいるシャオを呼んだ。


「シャオ、そろそろ帰るぞ。あまり長居しては失礼だ」


 もともと褒められた方法でやって来たわけでもない俺達は本来ここにいてはまずいのだ。


 俺が盛大にやらかしたお陰でこの帝宮は今、厳戒態勢が敷かれている。猫の子一匹出入り出来ない状態になっているのだ。

 ここに捜索の手が入っていないのは、誰も手出しできない帝族の私室空間である後宮だからだ。

 俺だって初めから彩華に案内されてなければここに留まろうとは思わないほど想定外の場所なのだ。

 

 衛兵たちは今も必死で俺の姿を探しているだろう。もっとも、認識を阻害されて全く違う顔の男を捜しているようだが。



「やなの! シャオ、もっと彩ちゃんとあそぶの!」


 寝ていた分まで遊ぶのだと聞かない娘だが、今日の俺にはとっておきの武器がある。


「いいのか? 今日の夕飯はシャオの希望でえびふらいだぞ。遅くなるとシャオの分まで食べられちゃうかもしれないな」


 俺の言葉にシャオの動きが止まる。


「う、そ、それはだめなの……」


 じゃあ戻ろうか、と言おうとした俺だが、その前に横からの叫び声で遮られた。


「い、いま、エビフライと申したか? それはあの伝説のエビフライか!?」


 妙に食いつきの良い彩華に驚く。伝説ってなんだよ?


「エビフライがどうしたってんだよ。稀人の影響が濃いオウカ帝国なら珍しくもない料理なんじゃないのか?」


「エビはこの世界にはおらぬのじゃ! 似たようなのは居てもそれは猛毒を持ったモンスターじゃ。歴代の稀人達が日記に残した失われし異世界の味、その1つがエビフライなのじゃ!」


 言われてみれば海に面した王都でも、山ほど魚を捕まえたウィスカの18層でも海老らしき姿は無かったな。他の甲殻類や小エビは見かけたんだが。


 俺の足元に駆け寄ってきた彩華は止まらない。


「それで、白いのはかかっておるのか? エビフライには必須という白いやつじゃ!」


 何の事を指しているのか解らなかった俺は隣の如月を見るが、彼は今玲二と<念話>で話しているようだ。


「タルタルソースはたっぷり用意してあるってさ」


「おお、さすが玲二じゃ!」


 わくわくした目でこちらを見てくる彩華の願いなど聞かなくても解っている。


「屋敷で一緒に喰うか? でもここの宮殿の料理人が腕によりをかけたご飯をお前のために作っていると思うぞ」


「あやつらに必要なのは宮廷料理人という称号のみじゃ。妾などその場に居ようが居まいが気にするものか」


 またこいつはそういうことを言う。俺はもう話すべき相手に話したので、後は彼女達の仕事だ。


 ほれ行くぞ、と彩華は俺の背中というか、ケツを押して転移環へ向かわせる。それにシャオも加わり、俺を押す遊びが始まった。押されながら俺はこの部屋のもう一人の主に視線を向ける。


「あんたはどうする? 折角だしウチで飯を食っていくか?」


「是非に、と受けたい所だが、これから例の件の後始末なのでな。私がおらぬと何も始まるまい。また誘ってくれ」


「そうか。じゃあ()()な」


 こうして俺と如月はちびっ子二人にライカとカオルを連れて玲二が夕食を作って待っている我が家へと帰るのだった。


 



 残りの借金額  金貨 13525141枚


 ユウキ ゲンイチロウ LV3554


 デミ・ヒューマン  男  年齢 75


 職業 <プリンセスナイトLV1254>


  HP  842151/842151

  MP  1754457/1754457


  STR 102514

  AGI 100265

  MGI 108652

  DEF 103584

  DEX 101254

  LUK 50125


  STM(隠しパラ)6442


 SKILL POINT  15180/15500  累計敵討伐数 365254






楽しんでいただければ幸いです。


すみません、遅れました。話は決まっていたのですが、どうにもしっくり来なくて何度か手直ししてたら日付が変わってました。それでも納得できなくてこんな時間です。


オウカ帝国編に僅かに首を突っ込んだ感じですが、次の話からはガラッと変わります。のはずですが、この話の裏でかけていない事実が多いので閑話になるかもしれません。


前の話から数日間しか経ってませんが劇的にレベルアップしているのは31層のオーガが超強敵だからです。1匹倒すと1レベル上がる感じの経験値量です。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!

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