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本当の戦い 7

お待たせしております。



「31層に転移門が!? なんだってそんな場所に? 30層にあったばっかじゃないか」


 皆が揃った朝食の席で玲二が驚きの声を上げたが、それはこっちも同じ気持ちだ。


「まあダンジョンのやることだからな。だが、これまでの流れからするに、その理由はある程度想像できるがな」


「まあ確かにそうだね。聞いた話じゃ解除した罠も一時間で復活するんだろう? 専門職であるスカウトもスキルを封印された状態じゃ罠解除も難しいだろうし、救済策の一つなんだろうね。でも、結局は一度そこまで自力でたどり着かないといけないから、難易度は変わらないだろうけど」


 つまり、次からは31層の転移門から攻略を開始しろ、というダンジョンのお達しと見るべきなのだろう。そうなるとやはりあの”鍵”を手に入れてくるのが大前提な話のような気がするが……いまだに何故俺達があの鍵を手に入れられたのかその理由がさっぱり判明できていないんだが。

 ただでさえ俺があの碑文を削り取ってしまったから、他の連中はほぼ無理だろう。


 それに全てのスキルを封印されてむき出しの己で戦う羽目になるのだが、どう考えてもその相手があのオーガと言うのは間違っている気がする。死線を潜り、鍛え上げたスキルを取り上げられたらどんな凄腕も体格の良い普通のおっちゃんに成り下がる。その状況で戦うのは見上げるほどに巨大で筋骨隆々のオーガなのだ。どう足掻いても普通に死ぬだろう。


 俺はここに来るまでにレベルを上げまくったので、その有り余るステータス値で無理矢理ゴリ押ししているが、他の連中があの正真正銘の化け物に対抗できるとは思えない。(バーニィは俺の側なのでこの範疇には入らない)魔導具やら宝珠やら対抗手段はあるにせよ、それが尽きたらまさに終了だ。一度の戦闘における総数は少ないものの、戦う頻度は変わらず多いのでいずれ品切れを起こすはずだ。


 そしてこれは前にも触れたが、数字上でどれだけ能力値があろうが、実際に動きに反映されるのは精々が各50くらいのものだ。それ以上になるととてもではないが使いこなせない。剣の柄を握り潰すような力などあっても仕方ないからだ。

 その不可能を可能にしたのが神気だ。この呼吸法による身体強化により50だった限界値が150くらいまで上がったおかげで、スキルが封印されて素人以下の剣術になっている俺でも何とかオーガを倒す事が可能になっている。あとは俺の魔力を吸っていくらでも切れ味を増す愛剣のお陰だな。普通の武器なら硬質化する奴の皮膚を傷つける事も難しいだろう。


 補足するともしここから俺が修行に励み、<剣術>スキルを手に入れようものならそれも封印されるので今の素人に毛が生えた程度が一番マシという悲惨な状況だ。


 だがこの敵の強さを鑑みるに、どうも神気取得が前提の強さのような気がしてならない。このダンジョンが何時頃生み出されたか知らないが、昔には新大陸の向こう側とも交易、交流があったのも間違いないし、神白石なんて不思議な存在もある。

 あれは魔力を蓄えておける充填式の魔石みたいなものだが、ほぼ魔力が皆無の世界には無用の長物だ。事実俺が見つけた時は太守の屋敷の庭の隅に大量にうち捨てられていた。

 となると昔には向こう側にも魔力が存在したか、あるいはこちらからも運ばれた品なのかもしれない。


 神気自体もアードラーさんがサラトガ戦で似た技術を使っていた。彼の一族に相伝で伝わる秘伝らしいが、一応こちらにも神気自体は伝わっていた理屈になる。そう考えると、ダンジョン製作者がここからの層は神気使用が前提でダンジョンを設計している可能性もあるな。


 そういう話になると俺があっちへ飛ばされた事も無関係ではないのか? 俺を飛ばした張本人(猫)は雪音から朝飯をもらってご満悦だが、クロもあっち側に狙って飛ばした訳ではないと言っていた。

 しかしあいつも創造主から作られたことを思うに、無意識にあっち側を選択していた可能性はあるんじゃないか?

 結果論だが、クロは間接的に俺を手助けしていた事になる。よし、チュ○ルをくれてやろう。


「にゃにゃ!!? なぜご褒美が来るニャ? でもありがとうだニャ」


 イリシャの隣のロキがなぜ新参者ばかり優遇されるのか、自分も沢山役立っているではないかとの視線を投げかけてくるが、一日一頭分の牛の肉を平らげるお前には十分すぎるほどの褒美を毎日与えている。

 こいつは毎日三食焼いた肉を要求するので、用意するこっちも大変なのだ。今じゃリノアの店やクロガネの組織が抱える料理人に報酬(余った肉が報酬)を出して焼かせているほどだ。


 ロキはイリシャとメイファの護衛、そして分身体を用いてダンジョンで消える階段を維持するという大仕事があるので扱いは良くしている。その分の毎日の報酬だ。

 それに引き換えクロはチュー○と毎日のカリカリとか言う食べ物だけしか経費はかかっていない。それに毎日30層で俺に金貨を生み出してくれるのだ。費用対効果ではクロの方に軍配が上がるのは当然である。

 それにロキは神殿じゃ神の獣として崇められているし、毎日専属の巫女見習いから毛繕いをしてもらっている厚遇ぶりだ。そこでやっている事は横たわってぐうたらしているだけだが。



「でも31層に転移門があったという事は、この先にもある可能性は高いね。場所は右上の端だっけ? 流れで考えれば四方の端にあると見ていいかもね」


「でもきっとあのダンジョンの根性の悪さだから32層の転移門は一番遠い対角線の左端ですよきっと」


 俺は玲二の意見に苦笑した。いかにもありそうな話である。俺と相棒、そして隣で飯を食っているバーニィときっとそうだろうなと顔を見合わせあった。



「もう兄様たちったら! 朝食の席でそのような話題をなさらないでください」


「ああ、すまない。せっかくの朝に相応しい話ではなかったな」


 オーガをどのようにぶっ殺すのが最適かを話し合っていた俺達にソフィアがその端正な眉を顰めて抗議した。その手には焼きたてのクロワッサンがある。今朝の朝食は欧風で、皆の前の皿には数種のベーグルやプレッツェルなどのパン籠が数個置かれている。パンは創造品ではなくメイド達が早起きして焼いてくれたもので、非常に美味しい。そして隣には様々な果実のコンフィチュール(ジャムだ)や出来立てバターが置かれている。好きに組み合わせて食べる方式だ。


 他には果物や腸詰め、カリカリに焼いた塩漬け肉や炒り卵、そしてサラダなどが所狭しと並べられている。席についている仲間や家族たちに比べて数が多すぎるように思われるが、これでもまだ足りないので卓が空いてきたら追加されるのが常である。

 その主な原因は目の前の女騎士と年下のメイドの健啖ぶりにある。


「うむ。このイギリスパン、実に美味だ。アンナ、また腕を上げたな。これが出来たてのバターと実に合う。いくらでも入りそうだ」


 既に一斤を平らげているジュリアだが、あれだけ食べても彼女は体の線がまったく変わらないそうで、女性陣から恨みの視線を受けている。ジュリアは護衛騎士として結構動き回っているからと擁護しておくか。


「私はこの蒸したパンが好きね。パオって言うんだっけ? ウチでも作れないかしら?」


「作り方自体はパンとたいして変わらないぞ。粉の種類が小麦粉でもちょっと違うから、失敗したくないならそこは気をつけたほうがいいけどな」


 リノアと玲二が話し合っている間、俺はイリシャの様子を見つつ、シャオの世話をしてやる。シャオは早朝に目が覚めてしまったおかげで朝から眠そうだ。隣のイリシャに寄りかかって半分寝ているような顔をしている。


「ん、ねむそう。私とおんなじ」


 イリシャも決して食は太くないので、俺が見ているときは無理をしてでも食べさせる。ちょっと辛そうではあるが、食べないと大きくなれないぞと言い聞かせているので、ゆっくりだが口に運んでいる。


「うにゅ……でもたべる。おいしいから」


 二人とも飢餓を経験しているから、食べられるのに眠いから食べないということはしない。



「ユウキはこれから学院だっけ?」


「ああ。こっちに戻ってきてようやく本格的に学院に復帰だ。結構顔を出せなかったからな」


 バーニィがそう尋ねて来る。一応戻ってきた時に顔を出してはいたものの、実に一月(90日)以上学園からは遠ざかっていた。セシリア講師とは学院外での講義や雪音を介した勉強会を続けていたのだが……最近はそれもすっかりご無沙汰だ。


「兄様、そのセシリア講師なのですが……」


「その様子じゃ、()()か?」


「はい、昨日お見かけした時も相当に……」


 言葉につまったソフィアは痛ましい顔をして顔を伏せた。やはり俺がいないとそうなったか。


「解った。ったく、二度とやらないと約束させたんだがな。今日会ったら手は打っておくさ」


「ではユウキさんは私達と共に登校しますか?」


 雪音が顔を輝かせてそう告げてくる。講師の担当である魔法学概論は第3時限から、つまりあと2刻以上先だったのでまだ行けていないダンジョンの他の日課をこなそうと思っていたのだが……輝くような笑顔を浮かべている彼女を前にそんなことを口にする勇気はない。


 それは良いお考えですね、とソフィアまで喜んでしまっては俺の意見など通るはずもなかった。



 俺は玲二達と共に朝一から魔法学院へと向かう事が決まったのだった。

 今すぐ行っても俺やることないんだけどな。



 玲二は一応学院の寮に部屋があるのでそこから通っている、という建前を守るために寮へ戻った。

 俺はバーニィに彼の屋敷の設置してもらう用の転移環を持たせて如月と共に王都へ帰したが、如月はまず寝るべきだろうな。既に俺が夜明け前にかけた眠気を飛ばす魔法は効果が切れているので朝食の場でも非常に眠そうにしていた。

 イリシャは神殿に、シャオはクロを連れてキャロの居る新大陸に遊びに出かけた。

 ユウナとレイアも共に仕事に出かけている。


 俺はといえば屋敷の外で女性陣の支度待ちである。始業までにはまだ半刻(30分)以上もの時間があるし、この屋敷は学院から徒歩で数寸(分)の近距離にある。間違っても遅刻するなどという事はありえない。


 本当はこれからウィスカの環境層や21層からの帰還石でも回収をと思っていたが、予定が大幅に狂ってしまった。しかし講義の時間割は3限だが、セリシア講師はいつも暇しているというからこちらから押しかけてもいいかもしれないな。



「あ、誰かと思えばユウキじゃないか! こんな時間に居るのは珍しいね」


「おはようございます、ユウキさん」


「ああ。フィーリアにエリザか。おはよう、今日は皆で登校しようって話になってな」


 俺に話かけてきたのはそれぞれセインガルドとレイルガルドのお姫様である二人である。

 砕けた言葉を使うのがセインガルドのフィーリア王女で、金髪を首の辺りで切りそろえた活動的な印象を与える美少女だ。

 そして隣にいるのがレイルガルド聖王国のエリザヴェート王女だ。腰までの美しい金髪を靡かせる正統派の美少女だ。国の名が似ているのは元が同じ国である為であり、二人も姉妹のように仲が良い。

 セインガルドは前に行ったギルド総本部がある国でもある。


 それにここにはいないルシアーナ王女とソフィアで今年度の魔法学院は4人の王女をお迎えする異常事態になっている。もし俺が学院側の人間だったらこんな胃が痛くなるような職場から逃げ出している所だ。


 この学院は別に貴族の馬車登校を認めていない訳ではないのだが、正直馬車を回すより徒歩で向かった方が早いので皆そうしているのだ。

 もちろん異国の姫君が気軽に登校など出来ないから、彼女達のすぐ後ろには護衛の騎士が男女それぞれ3人ずつついている。

 俺は王女二人に挨拶しつつ、騎士達にも目線で挨拶すると、向こうからも同様に帰ってきた。


「そうなんだ。じゃあボクたちもご一緒させてもらおうかな。ユウキとゆっくり話ができるのも久々だし」

「それは良い考えですね。そうしましょう」


 俺がこのアルザスに屋敷を借り上げてまずやった事は、この各国の護衛たちと関係を持つことだった。

 理由はもちろん円滑に護衛を行う為である。何しろ俺達は周囲500メトルに住んでいるのだ。学院の登下校に顔を合わせる事は当然あるし、姫君の休日にばったり出会う事もある。


 そんな近場に居るのに主君を守る護衛がそれぞれ顔合わせさえしないと言うのは不利益しかない。

 別に俺がフィーリアやエリザを守るという話ではないが、いざという時に円滑に情報交換できるくらいの関係は保っておきたかった。


 そして俺はここにいないエスパニアのルシアーナ姫、グラのマスフェルト王子の護衛にも話を通してお互いが一堂に集まる機会を早々に作り上げた。


 当然初回は利害の対立する国もあるので和気藹々とはいかなかった。お互いがお互いを警戒して一言も言葉を発しない状況が続いたが、俺の秘密兵器で腹を割って話し合うことに成功した。


 その兵器とはもちろん如月の作り出した酒である。あいつは自分が役立っていないと謙遜するが、気位の高い護衛騎士達がそのしかめっ面を半刻(30分)で赤ら顔にさせて宴会をおっぱじめられるのはあいつの力である。


 そして酒の力を借りたとはいえ、別に憎んでもいない酒を酌み交わした相手に意固地になる必要もなく、俺達は護衛間の協定を結ぶ事に成功したのだ。


 その協定も重苦しいものではない。どうせ近くに全員が詰めているので、見回りする時は全部の屋敷を、そして集まった情報の集約する役目を持ち回りで担当する事などを決めただけだ。

 護衛する方も隣の家で何か不穏な事が起こったとしたら、探りを入れるより早く情報が手に入り、誰かが大掛かりな陰謀でも他家に仕掛けて来ようものなら自分達が対岸の火事と楽観できる保証はないのだ。


 安全保障の観点を説明すると、皆嫌がるわけでもなく受け入れてくれた。


 そして申し訳ないことに、俺達がよそ様に一番迷惑をかけていた。当然、ソフィアに放たれた刺客たちの件である。すでに二桁をとうに超えている襲撃者だが、その都度他家に情報が渡っているので余計な心配をかけてしまっている。

 俺は巻き込んでおいて申し訳ないと思っているのだが、他家からは好意的な反応が返ってきているのが救いである。確かに他の屋敷に手を出そうとしていた不届き者もひっ捕らえて突き出したりはしていたが。


「ああ、今日は魔法学概論の講義の日か。最近じゃユウキは全然来ないからすっかり忘れてたよ」


「では、今日はフィーと共に講義に伺いますね」


「君達も酔狂な事だな。こんなどこにでも居る男をわざわざ追いかけなくてもいいだろうに」


 この二人の王女は何を考えているのか、俺に接近して来ているのだ。何の得があるのか非常に謎だが、二人から悪意を感じ取れないので好きにさせている。その分ソフィアと雪音が警戒をしてくれているので安心といえば安心だ。


「君が? どこにでも居る男? よくもまあ臆面もなく言えたもんだよ。多分そのような評価を下しているのはこの世界で君だけだと思うよ?」


「そうですよ。私やルシアーナちゃんも本当に感謝も申し上げていますから。本来であれば国をあげて恩に報いなくてはならないというのに」


「それは自分に出来る事をしたまでだ。特に貴方の力は正しく使えないと世界の損失だ。その力でこれから多くの人々を救うだろうからな。そして、忘れたかもしれないが、俺は何もしていない。そうだろう?」


「君って男は……つくづくボク達の回りにはいなかった人物だなぁ」


「それはそうでしょう、兄様のような方がそう何人も居ては困ります」


 フィーリアの言葉を拾ったのは屋敷から出てきたソフィアだった。その隣には雪音が、背後にはジュリアやメイドたちの姿も見える。

 皆が揃いの制服を身につけているが、それぞれの魅力が全く違って見えるのも面白い所だ。


 いや、一番凄いのは各国の姫君達に混じっても全く見劣りしない雪音の美貌かもしれないな。



「妹としては兄様にもう少し落ち着いていただきたいものです。そうすればもっと私を見てくださるのに」


「ユウキさんは忙しい方ですから。その分仲間の私達がしっかりと支えますから、ソフィアさんはどうぞ安心して下さいね」


 ソフィアの言葉を受けた雪音が自信ありげにそう答えると、二人の間に底知れぬ冷気が迸った。

 はいはい、朝っぱらからそういうことで遊ばない。


「二人とも、置いてくぞ」


 俺はフィーリアとエリザを伴って先に歩き始めた。


「あ、兄様!」


「ユウキさん、今行きます」


 駆けて来る二人を視界の端に捉えながら、俺は気になっていたことを姫君二人に尋ねた。


「ソフィアから少し話は聞いたが、セリシア講師は相変わらずなのか?」


俺の問いに二人はその美しい顔を曇らせた。


「ああ、あの人? 確かにそうだね。昨日見かけた時もなかなか酷かったよ」


「そうですね。一昨日、私がお声掛けしたときも、すぐには私とお解りにならなかったようですし」


「やはりそうか。わかった、講義前に顔を見ておくとする」


 俺の一言で二人は顔に喜色を浮かべる。それが何を意味するのか察したようだ。


「それはいい。是非ともお願いしたいよ。じゃあ、今日はそのつもりでいるからね?」


「まあ、それは楽しみにさせていただきますね」


 笑顔になった二人に頷いて俺は学院の校門を潜るのだった。




 皆はそれぞれの教室に向かったが、当然俺にそんなものはない。向かうべき小さな教室が開くのは2刻(時間)後だし、それまで暇をもてあます事になる。


 それを嫌がった俺はとある場所目指して歩き出した。

 そこは学院に勤める多くの研究者が集う研究塔、そしてその奥まった一角にある小さな研究室だった。

 余談であるが、この研究塔は上に行けば行くほど広く、そして高名な教授陣が非常に高度な魔法研究をしているとみなされる。地上1階の小さな研究室がどのような評価を下されるかなど、言葉にする必要はない。


 俺は扉を数回叩く。返事はないので諦めずに再度叩く。それでも反応はないが、それは承知の上だ。ガンガン扉を叩くと周囲に迷惑なので<消音>で音を消しつつ、俺は遠慮なく部屋の扉を叩き続ける。


 それを数寸(分)も続けていると、ようやく部屋の奥から反応があった。


「お爺様、あれほど集中するから声はかけないでくださいと……あっ!」


 いかにも渋々といった感じで扉を開けた部屋の主は、俺の見るなり即座に扉を閉めようとしたがそうはいかない。この僅かな時間に俺は扉の間に足を挟んでおり、セシリア講師がいくら力をこめようとも扉を閉めることなど不可能だった。


「あ、あのユウキさん! これ、これはですね、ちょっとした手違いであって、決して他意があるわけでは……」


 完全に目が泳いでいる講師は後ずさろうとしているが、その時には既に俺は彼女の細い腕を取っていた。


「セシリア講師、俺は貴方と約束をしていたはずだ。過度な研究は体を壊すから、無理のない程度に控えるとな。今の貴方の様子ではとてもそうは思えない」


 俺の知るセシリア講師は小柄で茶色の髪をした綺麗な女性というものだった。

 そんな彼女の今は目にちょっとやそっとでは取れなそうな隈と疲労の極致にありそうな顔色、そしてぼさぼさの髪である。これが健康に見えるのならその者は今すぐ医者にかかった方がいい。


「でも、でももう少しであの研究も大きく前進しそうなんです。ここは無理してでも解析を進める価値はあります」


 言い訳を続ける彼女に、俺は語気を強めた。


「あんた、一体何時から寝ていないんだ? 酷い顔をしているぞ。それにちゃんと飯は食えているのか?」


「それはその……」


「ついて来い。まずは色々やらなきゃいけないことありそうだ。とりあえず、飯と睡眠だな」


 嫌がる彼女を無理矢理担ぎ上げた俺はこの街での最初の溜まり場として決めた喫茶店へと向かうのだった。講師の抗議の声は<消音>によって掻き消され、誰の耳にも届く事は無かった。



「あら、オーナーじゃないですか? おやおや、ここは連れ込み宿じゃないんですけどね」


 ジタバタもがくセシリア講師を連れてやってきた俺を見て喫茶店の女主人が溜息をついた。


「そんな色気のある関係だったらよかったんだがな。とりあえず何か食えるものを出してくれないか? 彼女、多分数日はまともに飯も食えていないようなんだ」


「まだ準備中だってのに。はいはい、わかりましたよ」


 この店も俺が資金援助や物資提供を行った結果、皆が学院に在籍している間は俺を所有者としてみなすようになった。どうやら他の店から事情を聞いたらしい。博打に狂って店を手放した他の連中と彼女は全く立場が違うのだが。


 厨房にひっこんだ女主人を見送った俺は、側の席に座らされて小さくなっているセシリア講師に向かって口を開いた。


「約束ではもし破ったら全ての資料を引き上げる、そうなっていたはずですよね」


 俺の言葉に身を震わせるセシリア講師。間違いなくそれを知ってなお、研究の手を止めなかったのだろう。


「も、もう少しだけ待ってはもらえないでしょうか。あと少しで何かが掴めそうなのです」


「その結果として体を壊しては元も子もない。貴方に預けた物は物理的な守護はするが、貴方の健康を護ってはくれないだろうに」


 俺の指摘に彼女は答えなかった。丁度その時、女主人がパンに肉を挟んだ食事を持って来てくれた。逡巡していた講師だが、俺が早く食べろ促すと遠慮がちに口を動かし始めた。

 しかしやはりここ数日はまともな食事も行っていなかったのか、一度食べ始めたら後は早かった。


 2回おかわりした彼女は、最初に出された茶を飲み干すと、ほっと一心地ついたかのような溜息をついた。



「じゃあ、そろそろ話してください。俺が渡した”符”の解析はどこまで進んでるんです?」




楽しんで頂ければ幸いです。


暫くはこんな感じで攻略しつつ、身の回りの話をやっていこうと思います。

特に異国の姫君たちは初登場から約一年出番無しという可哀想な事になっていましたので、彼女達との過去のかかわりも少しずつ書いていきたいと思います。



もしこの拙作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。

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