本当の戦い 4
お待たせしております。
「銃だって!? でもそれって大丈夫なんですか? その、結構ありそうじゃないですか。こっちの武器が原因で戦乱や災厄を呼ぶ、とか」
如月の提案に驚いていた玲二が不安げな声を上げた。俺の肩の上にいる相棒も深刻な表情をしている。どうやら銃によってこちらでの戦争での人死にが大幅に増えるであろう事を懸念しているようだが、俺としてはそのような未来になるとは思っていない。
「え、じゃあ玲二は撃ちたくないのかい? 多分向こうの世界じゃ絶対出来ないような大型拳銃の二丁撃ちもここで上がった身体能力なら簡単だと思うけど。秘密が守れて誰にも迷惑がかからない丁度いい射撃場もダンジョンのボスの間があるし、これ以上なく楽しいと思うけど……玲二が乗り気じゃないなら仕方ないね」
「そんなの……やりたいに決まってるじゃないですか! 絶対面白いでしょそんなの!」
俺も含めて野郎共は盛り上がっているが、女性陣は一様に冷めた目で見ている。これは甘味に置き換えると全く正反対になる。まあ、男女間で興味を引くものが違うのは当然だ。
「玲二の言いたい事は解るつもりだよ。僕もこの世界で死を撒き散らす存在になるつもりはないしね。でもさ、考えてみて欲しいんだ。例えばオウカ帝国は稀人、僕たちのような異世界人が作った国で相当こちらの技術が使われている国なのは玲二も解っているだろう?」
「ですね。皇帝の彩華なんて8ミリビデオの存在も知ってましたし。お仲間は相当色んな時代からやってきてたみたいです。あ、そういうことか!」
「うん、色んな技術の残滓があれだけあったオウカ帝国なのに、銃の技術がないなんて考えられない。事実としてライカちゃんは銃そのものは知っていたしね」
ライカや彩華は既にこの屋敷に入り浸っているので、玲二達と共に向こうの世界の映像作品を様々鑑賞している。その中に銃が出てくるものもあり、存在自体はライカも知っていた。
「ここからは僕の想像だけど、たぶん銃は魔法の存在によって駆逐されたんだと思う。この世界で魔法使いとは特権階級、つまり貴族そのものだからね。彼等の既得権益を侵す存在だと認識されたんだと思うよ」
「ですけど、銃が歴史の表舞台からそんなに簡単に消え去るものなのでしょうか? その威力や習得の容易さはどんなに高額でも弓を戦場から追い出してしまったと聞いています」
如月の説明に雪音が疑問を抱くが、如月はそれも想定内のようだ。
「こっちには魔法があるからね。多人数が同時に詠唱する大魔法の一つには<結界>があるみたいだよ。それは原始的な銃撃なら簡単に防げてしまう強度を持つらしい。他にも理由はあると思うけど、役に立たない威力だと認識されたんだと思う。皆もレン国でユウキが戦場で拾った骨董品の銃を覚えているかい?」
「ああ、あの穴の空いた棒みたいなやつか。確かに全然飛ばなかったなぁ」
領都で俺が”星堕とし”をやらかした時だな。あの差し火式は銃というか、もはや花火みたいなもんだったが。
「あれが魔力のないレン国で作られた秘密兵器だったんだ。戦場で活躍する兵器になるにはもうしばらくの時間が必要になると思うよ」
「それに、こちらで近代的な銃を造りたければまず相応の工業力が必要だよ。旋盤に冶金の技、精度の高い品を量産したければ規格の統一も必須だし。やってきた異世界人が各分野の専門家でもない限りまず知り得ない知識と技術だよ。僕たちは例外だけど……これは全員のユニークスキルを使いこなすのが大前提だからね」
「確かにそうですね。如月さんの能力でスマートフォンを使って調べることはできますが、そのためにはまずスマホと充電池を用意しないといけません。そのためにはレイの能力が必須ですし」
「つまりユウキの仲間になって<共有>してくれないと何もかも話にならないってわけか」
確かに如月の言うとおりだ。彼のユニークスキルは異世界の日本と繋がっているのでそこから情報を探す事は出来るが、まずそのために”すまほ”が必要だし、電力を消費する”すまほ”を維持する為に充電器を用意する必要がある。それを創りだす雪音のスキルは素晴らしいが、アイテム創造という常軌を逸した能力の代償に桁違いの魔力を消費する。それを可能とするのが玲二のステータス倍加能力だ。
一つ一つの能力では何も為し得ないが、俺の<共有>で繋がる事によって劇的な化学反応を見せたというわけだ。そういえば皆は<共有>を取ったのだろうか? ないと不便だよな。
「それがいくら探しても見つからないんだよ。検索機能でもあればいいのにな」
「あれ? そうだっけ? 異世界人は基本どんなスキルもポイントで取得可能ははずだけど……私たちどうやって取ったっけ?」
相棒の言葉に俺も首を捻った。
「まだ一年も経ってないが、もう覚えていないぞ。何しろ手当たり次第に取ったからな。細かいのは一々記憶してないよ」
あの頃は俺のスキルポイントがおかしな数字になっていたから二桁以内なら何でも取れたのだ。戦闘を行いレベルが上がれば元に戻る可能性が高かったので、そのまえに取れるだけ取ってしまえと相棒とひたすら取得したのもいい思い出だ。ほとんど使わないスキルも多いが。
「それにスキルが勝手に統合や進化したりしたしね。あ、でも玲二達が履歴が見れると教えてくれたっけ。どれどれ……」
リリィがなにやら始めたが、話の腰を折られた如月が微妙な顔をしている。すまん、話を続けよう。
「じゃあ如月は銃がこの世界にもたらす危険性は少ないと?」
「少なくとも技術流出という意味では心配しなくても大丈夫だと思う。もちろんこれから僕らが創りだす実銃は絶対に外に出さないようにする必要はあるけど」
それにユウキは僕たちの世界の技術がこちらの世界をいたずらに変えてしまうのは嫌だろうと聞いてくるのでそれに頷いた。
これまで周囲に異世界品を山ほど配ってきたし、雪音やセリカが店で売りまくっているが、このこと自体はこの世界への直接的な影響はそこまで大きくないと見ている。
いくら顧客層が超上層に限られているとはいえ支配階級の面々はお抱えの職人や芸術家も多い。というより彼等が文化の守護者にして奨励者だから彼等に異世界の品を見せる事はあるだろう。
もちろんこれによって模倣品や影響を受けた品が出回ることはあるだろうが、これらは基本的に工業製品ばかりだ。少なくとも産業革命を経て動力源を得てからでないと同様の品は作れないだろう。蒸気機関の代わりに魔導具を活用しそうな気はするが、そこまで思いついたら自分達がどうこうと言うよりその天才の功績である。
食料品は心配していない。ダンジョンの環境層からの品は程度こそあれものはいいし、酒に関しては……品質向上する以前に出来たら即飲んでしまう世界だ。如月の啓蒙により飲み仲間は酒を寝かせる意味を知りつつあるが、それ以外の者は我慢できずに飲んじまうだろうな。
そしてなにより、俺はこの世界を大層気に入っていた。
不可思議なダンジョンや自分の常識を超えた魔法なるものが存在し、凶悪なモンスターの脅威に脅えながらも人類は逞しく日々を生きぬいている。
そんな人々が数多の輝かしさと愚かさを綿々と積み上げてゆく歴史に異物が余計な真似をしたくなかった。
もちろん一人の人間が出来ることなど限られている。歴史はそんなに柔じゃない、この出来事などさざ波にさえならず、当たり前のように受け入れてゆくかもしれない。
だが、だからこそ余所者が訳知り顔で不用意に手を入れるような真似は慎みたいと思う。だが仲間にそれを強制するつもりはないので、あくまで俺の個人的な考えだ。皆は自分の思うままにこの世界を楽しめばいいのだ。
「まあ俺としてはこいつが原因で多国間の戦争が勃発、なんて事にならなきゃいいよ。折角如月が名案を出してくれたんだし、とりあえず銃を創ってみる方向で考えたいな。他に何か閃いた人はいるか?」
俺は内心で銃にオーガの頭を一発で吹き飛ばす威力はあるのかなと疑問を抱いたが、映像を見ていた如月がこれならいけると言うのだからたぶん大丈夫なんだろう。
それに言われてみれば銃は弓の速射などとは比べ物にならないほど連射力も高い。魔法もスキルも封じられて頼みとなるのは己の肉体のみであるから、はじめからそんなものがない異世界の武器に頼るというのは自然な流れかもしれない。
他の仲間も現段階では異論というか、別案はないようだ。別に銃に固執している訳ではないから、より良い案があればそれも受け入れる旨を伝えた。
「そもそも銃をそこまで懸念する必要はないと思うよ。火縄銃みたいな大昔の銃ならこちらの技術でも作る事は可能だけど、銃弾は知識と科学技術がないとプライマーが絶対に無理だし、これを量産するには工業力が必須だよ。正直銃を心配するより、似たような機構を持った魔導具を開発した方が圧倒的に早いんじゃないかな?」
「まあそうだな。実際に危険なのは銃じゃなく銃弾だし、極論すれば銃がなくても雷管を叩けば弾丸は発射される。実包がない銃はただの鉄の塊に過ぎないわけだ」
俺の言葉に仲間からもそれはそうかという空気になる。銃は弾丸を効果的、命中精度を高めるために必要な道具だ。やろうと思えばさっき言ったとおり銃弾を手に握りこんで雷管を思い切りぶっ叩けば弾は出るのだ。その後の手はひどい事になるがそれは別の話だが。
「だけど、これは言うは易し、行うは難しの典型でね。案は出したものの、これからの苦労を考えるとちょっと気が滅入るよ」
既に仲間内だけの会話なので気安い空気だ。俺は遅い夕食をとりながら話を聞いているし、仲間も寛いでいる。寝入った娘と妹は玲二の肩を借りて安らかに眠っている。
「え!? そんな面倒ですか? 銃なんて3文字だから消費魔力は27000でしょ? 今は俺も他のものを作っている最中だけど、それが終わればすぐにでも……」
「玲二、落ち着いて考えてみてほしい。君が今思い浮かべた銃の正式名称は何文字だい?」
「えっと、デザート……げっ、8文字じゃん。こりゃ無理ゲーだわ。って事は”銃”の3文字でひたすらガチャするのか……うわ、これまでの歴史でどんだけの銃が存在すると……下手したら水鉄砲も出てくるんじゃないか?」
「紙鉄砲もエアガンもありえるよ。拳銃で創ってもいいけど、5文字の必要魔力は3億ちょっとだからね。雪音ちゃんの能力で消費が抑えられているとはいえ、30分に一度の割合で万を越える種類の拳銃から望みのものを作り出すのは……かなりしんどいよ」
「かといって8文字って1600兆とか馬鹿みたいな数字ですからね……ユキのユニークのレベルが上がって必要魔力が2割減ってる今でも1300兆だし、創れるのは5文字が限界だなこれは」
補足すると俺の魔力は一微(秒)に最大値の15%が回復するので、MPで表記すると大体20万と少しといったところだ。凄い量だとは思うが、長文字の要求量は天文学的になるのでとてもではないが不可能だ。
「うわ、今調べたら一つの銃でも色んなモデルがあるんですね。銃身を変えた奴とか特別モデルとか……これ狙って出すの無謀なんじゃ……」
「そして銃もモデルによって要求される弾丸が異なるし、弱装弾を創っても仕方ないからね。更に弾も精度が良い高価な奴じゃないと無意味だし、銃のほかにメーカーによる弾丸の選別も必要になる。銃によっては専用弾が必要な場合もあるし……自分で言っていて眩暈がしてきたよ」
正直言って自分のユニークスキルのレベルを上げて地球へ戻って現地で購入した方が早そうだねと苦笑いする如月に同意せざるを得ない。
「何か聞いていると無理目な感じがしてきたな。雪音たちが店で必要としている品が最優先なのは変わらないんだし、無理して銃を創らなくてもいいぞ」
俺は慰めるように如月に申し出たが、逆にこの言葉が彼の心に火をつけたようだ。
「いや、これはダンジョンの攻略に必要な道具だよ。言い出したのは自分だし、なんとしても創って見せるさ。でも、少し時間は欲しいかな」
「そこは気にしないでくれ。これから獣王国からライカールに向けての船旅も控えているんだし、急いで解決する必要もない話だ。そもそも様子見も兼ねて31層に挑んだ初日で問題点はおろか解決策まで思いついただけでも十分すぎるくらいなんだ」
あの最悪に面倒な29層を思い出すと仲間からも苦笑いが浮かぶ。
「あそこは本当に厄介でしたね。階層の情報が出揃うまでにどれほど時間がかかった事か」
雪音の言葉に苦笑いで返すと、協力してくれたみなも同じ顔をした。それを苦労して突破したら何故か開いている30層のボスの間とそこから更に31層へ降りる階段の途中で新大陸の向こう側に飛ばされるというオマケ付きという盛り沢山な展開だった。
「それに比べれば大幅な進歩さ。それに本格的な攻略はライカールから戻ってからになるだろうし、如月もそう気負わず気楽に頼むよ」
俺も店舗で販売する雪音に頼まれた品が今はある訳でもないので、自分でも創るつもりではいるが……俺の運の悪さは折り紙つきである。狙って出そうとするとほぼ出ないのは今までの経験で理解している。どれを狙えばいいのかもまだ解らん現状ではほぼ役立たずだろうな。
「おや、これは……」
その後は風呂上りのソフィアやセリカたちを交えて和やかに談笑していたが、不意に部屋の照明が一瞬だけ暗くなった。これは照明器具の不調ではなく、ある仕掛けが起動した事を知らせる合図である。
その意味を知るユウナとレイアの顔が緊張を帯びるが、問題ない。既に対処した。
「来客だ。ちょっと外すが心配するな」
俺は至って自然に席を立った。既に処理済なので何も問題はないのだが、一応確認はしておくべきだろう。
「兄様、お気をつけて」
事態を知って駆けつけたソフィアの顔には苦悩が見える。俺はもう一人の妹の頭を撫でて部屋を後にする。子ども扱いされたソフィアはこれをするといつも怒るのだが、それでも嬉しそうな顔をするので止められないのだ。
屋敷の庭に出ると、そこには俺より先に駆けつけたメイドのサリナが佇んでいた。その傍らには膝を抱えて蹲っている中年男の姿がある。その顔は虚ろであり、俺が近くに寄っても何の反応も見せる事はない。
サリナはメイド業務の他にも護衛や更には暗殺技能まで兼ね備えた超一流メイドである。不法侵入者をいち早く察知して駆けつけたようだ。
「久々の来客ですが、侵入した瞬間に即座に対処とは相変わらず見事なものですね」
「もう慣れたからな。にしても最近は見なかったからもう諦めたかと思っていたが、やはりまだいるんだな」
「ええ、今日はお客様が多かったので何かあると見たのかもしれません。この後はいつもの通り?」
「もちろんだ。こんな使い走りをここで始末しても仕方ない。誰が仕掛けたことだろうが、俺の身内に殺意を向けた奴には残らず地獄を見てもらう」
この中年男の懐には暗殺用の刃物でもあるのだろう。ここはアルザスでもやんごとない身分の者が多く集う高級住宅街である。こんな夜に道を間違えて迷い込んだなどという寝言を吐かせるつもりも聞く予定もない。俺の対処はいつも決まっている。
こいつらはソフィアを狙った刺客どもである。王都ではリノア一家が目を光らせていた事もあって安全に日々を過ごす事が出来たが、アルザスへの移動中も護衛騎士を懐柔してソフィアを襲わせようと画策したりとなかなか敵は諦める事をしなかった。
そしてアルザスでもそれは同じだった。だが、当然こうなる事を予測していた俺は屋敷やソフィア達にあらゆる対策を施していた。守護の魔導具はもちろん、レン国で手に入れた守りの符も彼女達に持たせているし、屋敷の警備はロキだけでなく異世界の機器を用いて防備を固めていた。
特に異世界の機械は想像以上の効果を発揮した。ある程度の大きさの物体が通り過ぎると侵入者の存在を教えてくれる機械は魔導具にばかり警戒している刺客の裏をかく事に成功し、多くの賊を捕らえることに成功した。
そしてこの屑どもにかける情けなど、俺は一欠片も持ち合わせていない。
これまでどおりの”処置”を施し、中年男はその見かけからでは想像もできない身のこなしで闇夜に消えていった。こいつも中々の腕前なのだろう。おそらく異世界の機器という反則じみた隠し球がなければ任務を達成……は無理か。屋敷の中には俺以外にも常識を超えた化け物が山ほどいるのだ。
「世の中には決して敵に回してはいけない存在がいるという事を理解できなかった愚か者です。せいぜい姫様の為に働いてもらいましょう。しかし、よくこんな恐ろしい事を思いつきますね。貴方が姫様の味方で本当に安心しています」
中年男を見送った俺達だが、サリナがそう口をひらいた。
「おいおい、俺はそんな非道な真似をしているつもりはないぞ。やられたことをやり返しただけだ」
俺は心外だとサリナに告げるが、彼女から帰ってきたのは冷笑のみだった。
「襲ってきた刺客を<洗脳>して雇い主の前まで戻らせ、そこで依頼者もろとも自爆させる事を考え付くなんて普通の頭ではできません。もちろんこれ以上ないほど感謝しています。あの全ての元凶の婆が錯乱して寝込んだと聞いたときには神に祈りを捧げたくなりました」
「大したことではないさ、気にするな」
心からの感謝をと告げるサリナの頭を上げさせた。事実その通りなので間違いは言っていない。
ただ俺がした事は捕らえた暗殺者を<洗脳>して、依頼者の前で盛大に自爆しなくてはならないと思い込ませただけだ。当然こういった依頼は黒幕が直接など有り得ないので仲介者がいるのが当たり前だが、これくらいの力量を持つ暗殺者ほどになると依頼人の背景までも調べ上げている。そして依頼に関する大事な報告があるとでも言えばかなり無理が効くようで、実に多くの者がライカールのとある離宮で派手に自爆してくれた。
その様子はスカウトギルドにも筒抜けだった。ほぼ毎日何者かが現れてとある女性の姿を求めて己の前で自爆せんと押しかけてくるのだ。もちろんその威力は体がバラバラになるほど強力なものである。
連日、雇った腕の立つ暗殺者が自分目掛けて自爆する様を見せ付けられたとある貴婦人は精神を病んで床に伏してしまったという。その彼女が全くの無関係であるなら実に痛ましい事である。
「ところで、近いうちに祖国ライカールへ向かわれると聞きました。そこでお願いしたい事があるのですが……」
「俺はソフィアには嘘はつかないことにしている。どうせすぐバレるし、後で取り繕うくらいなら初めから誠実でいたほうがいいからな。正直俺も元凶を取り除いた方がいいとは思うが、多分それさえあの子は悲しむ気がする。君もソフィアに隠し通せる自信はあるか?」
俺の問いにサリナも答えに詰まった。ソフィアのことを自らの命より大切に思っている彼女たちだからこそ、必要なことであれ主君が悲しむ事は嫌がるのだ。
だが、サリナは決然と顔を上げた。
「それが姫様に必要であると考えるならば、私が疎まれ、たとえ死を賜ったとしても後悔はありません」
これは完全に本気の目だった。何せこのランヌ王国にたどり着くために妹同然に可愛がっているレナを生贄の羊にすることさえ躊躇わなかったのだ。そんな彼女達が自分の命を顧みるとはとても思えない。
「わかったわかった。あんたたちの覚悟は出会った時から解っているからそう本気になるなって。どの道俺もライカールの港からここへまっすぐ帰ってくる気は無かったし、生きてさえいればいいなら色々と方法はある」
俺は何の気なしに口にした言葉だが、サリナにはそれで十分だったようだ。深く深く頭を下げると、俺への感謝の言葉を口にした。
「姫様に代わり御礼申し上げます。これほどの厚意をお受けしながら今は何一つお返しできない私たちですが、このご恩は何があっても!」
「家族を助けるのに理由なんているかよ。そして俺の家族の範疇にはソフィアの身内である君たちも含まれている。だから君が気にする必要など無いんだ」
改めて頭を下げようとしているサリナを伴って俺は屋敷に戻る事にした。
まったく、俺の家族に性懲りも無く何度も手を出してきやがって。こっちが大人しく受身に立っているだけだと思うなよ。俺の妹を的にかけた報いをしっかりと受けてもらおうか。
俺はふつふつと湧き上がる怒りを胸に、すぐ先の未来に起こりうるライカールでの悲劇に暗い喜びが心を満たすのを感じるのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
ほとんど説明回になってしまった気がする。一応次回も31層の話を行い、徐々にライカール行きの船の話も出てくるのではないかと思っています。
もしこの拙作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。




