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本当の戦い 1

お待たせしております。




「ここが31層か。こりゃまた面倒な……」


「うへぇー。更に広くなってるじゃん。26層から徐々に広くなってたけど、一気に倍以上だよ。この広さ」


 クロをシャオの飼い猫兼護衛にした翌日、俺と相棒は遂に31層に足を踏み入れていた。だがまずその広さに圧倒されてしまう。新たな場所に下りたらまず行う<魔力操作>による階層の把握により、31層がこれまで以上の広大さを誇っているのが解ったのだ。


 大まかに言えば21層が1層の5倍程度の広さだった。それが26層から徐々に大きくなり散々手こずらされた29層で約15倍ほど、俺が最短距離を全力で走り何事もなく踏破しても2刻(時間)はかかる大きさだった。


 それがこの31層は更に広大、今は<共有>しているレイアとユウナが<魔力探査>で仕上がりつつある階層図を紙に書き起こしてくれているが、単純に30倍くらいはあるだろうか。つまり非常にだだっ広い階層である。


 そして他にも色々と判明した。まず罠の数もそれに比例して多くなっている。俺は先に罠という罠を先に起動させて安全を確保する。一度動き出した罠は翌日にならないと復活しないので逆に安全なのだ。他の迷宮では罠を利用してモンスターを弱体化、あるいは撃破する事もあるようだが、一人<わたしもいるんですけど!>の俺は当然安全策を取っている。

 凶悪な毒矢や落とし穴といった基本的なものから横の壁から刃が飛び出す、天井が落ちてくるなど29層の強制転移に比べれば可愛いものが多いようだが、あれはその罠が本命だったからな。

 二度と行きたくないと思った29層だが、あそこでのみ手に入る回復の指輪はギルド総本部で大騒ぎになったそうだ。


 一日に二度も<ハイヒール>を、それも毎日使用可能とあって各国の大教会、大神殿から買取の要望が殺到したのだ。もちろん王国や大貴族もそれに倣った。

 <ハイヒール>は瀕死の重傷でも一発で快癒するという上級魔法である。ウィスカに挑む冒険者達は当たり前のように使いこなす人たちが多いが、彼らはまがりなりにも世界最高級の冒険者達である。

 各国の回復職達、治癒師ギルドのマスターでも<ヒール>がやっとで<ハイヒール>を使えないものは多いという。それがアイテムひとつで一日に二回、それも毎日使えるのだから、誰だって手元においておきたいと思うだろう。とくに治癒師ギルドは<ヒール>一回で金貨3枚を要求する。命に関わる内臓破裂などの重傷でもそれで大分回復し、後はポーションで十分という治療も可能なこの世界じゃ金貨三枚を高いと見るか安いと見るかは難しい所だ。

 それでも70回位営業すれば鑑定額には達する(<鑑定>では金貨200枚だった)ので、買うかと問われれば誰もが手を上げるだろう。なにしろ壊れなければ毎日使えるのだ。すぐに効果を発揮するが使えばなくなるポーションと違い、魔力次第で何度も使える回復魔法の強みはそこである。


 既に次回のギルドオークションの目玉とされているし、出来るだけ数を揃えてくれとも言われている。



 あの29層の難易度を知ってるのかと言いたくなるが、それもこれからの攻略で色々変わってくる。


 このダンジョンはより下の階層にお助けアイテムを配置していることが多いのだ。一度くっついたら容易には取れないデーモンスパイダーの糸を切り裂く魔導具とか、火属性が弱点の敵ばかりなのに火魔法を使うと爆発する階層で、火属性を完全に遮断する防具が出たりと、明らかにそれを狙っている効果を持つアイテムが出てくるのだ。

 そう考えれば29層を確実に探索できるアイテムがここから下にあっても不思議ではない。


 それに応えるように31層の特色ともいえる事実が俺の<構造把握>によって理解できた。


「へえ、31層は随分と宝箱が多いね。これまでの層は多くて8個くらいだったのに、30個近い数の宝箱が置いてあるよ。その分走り回る必要が出てくるけどね」


 広くなった分、相応の数の宝箱が置いてあるのだ。


 時折凄まじい大ハズレを引かされる事があるが、基本的に階層を下るごとに手に入るアイテムの質は上がっている。

 

 宝箱にもいくつかの種類がある。まずは樹で出来た小さなものだ。ほとんどポーションである事が多いのでハズレ扱いでいいが、稀に宝珠や金貨がつまっている事があり、油断できないので回収する。

 21層からはこの宝箱に帰還石が入っているので完全に無視など出来なくなった。これも絶対に根性の悪いダンジョン製作者の意向だろう。


 続いて大きな樹の宝箱。経験から言って装備品が入っているが、大抵がこのダンジョンで志半ばで倒れた冒険者の物であり、結構破損していたりして使い物にはならない。だがこれは遺品扱いになるのでギルドに渡せば行方不明になった冒険者の知り合いなどが引き取らせてくれと申し出ることもある。

 ギルド専属冒険者としての仕事と割り切ればハズレといえどもやる意味はある。もちろん引き取り手がなかった物は鍛冶屋行きである。

 その他にハズレだとそのダンジョンで取れる鉱石などが入っている。無価値ではないが、重く嵩張る鉱石系をありがたく持ち帰る冒険者はいないし、ここにこれるほどの腕なら普通にダンジョンドロップ品を集めた方が金になるのでハズレだろう。


 樹の宝箱は低層に多い。そしてお宝といえるアイテムが入っているのは金属製の宝箱である。大きさも樹と同じように大小で分けられている。ほぼすべてに罠や鍵が付けられており、容易に開ける事は出来ない。

 小さな物はマナポーションやライフポーションなど、上等なポーションが入っている事がほとんどだ。使い捨てのスクロールなども主にこちらから出る。さきほどの回復の指輪、正確には”大いなる癒しの指輪”はここから出た。多分1日に1個有るのではないだろうかと思われる。

 もちろんただのポーションが入ったハズレも出てくる。

 その際の落胆はもちろん大きい。俺は距離をとって<魔力操作>で鍵を開けているのでそこまでではないが、もしスカウトが苦心して開錠した宝箱からそれが出たら……ご愁傷様である。


 そして大本命、金属で出来た大きな宝箱、これには貴重な品が入っている事が多い。こいつを見つけたら気合が入る。俺の愛剣、アイスブランドや今装備している服も全てここから出たものだ。魔法の武具が入っている事が多いが、半分くらいの確率で大きな宝箱にぎっしりと銀貨や銅貨がつまっているハズレもある。

 ランヌ王国のものではない貨幣なのでしまいこまれたまま、レン国の商都にある開かずの間にあった財宝を頂く代わりに民衆を惹きつける餌として使ったのは記憶に新しい。巨大な宝箱に詰め込まれており、大量にあったものだからうまく処理できてよかった。


 そして31層を調べてみた感じだと、大きな宝箱が比較的多いようだ。今までの比率だと一割弱だったので、これは期待させてくれる要素だな。

 判明した宝箱の位置は……可もなく不可もなくといった場所だ。何事もなく移動すれば2刻(時間)もあればつけそうである。 


 だが今回は初回の探索である。どんな敵が出るのかもまだ判明していない。解っているのは意外と敵の数が少ないということか? これまでは一集団が最低でも20体はいたのだが、今調べた限りでは7体前後のような気がする。これでも通常のダンジョンなら多いのだが、これまでがこれまでなので拍子抜けだ。


「ユウ、油断しちゃダメだよ。この性根のわるいダンジョン製作者が普通の事を仕掛けてくるはずないんだから」


「ああ、そうだな、気を引き締めていこう。だが接敵の前に、まずアレを片付けてからだな」


「そうだね、下りてすぐの場所にあるなんて怪しすぎるけど」

 

 俺の視線の先には小さな金属製の宝箱がぽつんと置いてある。いかにもどうぞ取って下さいといわんばかりの配置だが、これを素直に受け入れるつもりはない。

 だが周囲を念入りに調べてもこの宝箱を基点になにか罠が発動する様子も宝箱にとんでもない罠が掛けられているようにも見えない。

 その構造上、大きな宝箱のほうがより高度でややこしい罠が仕掛けられている。


「まあ、ここは上に登る階段がある。分身体を置いておけば階段が消えることもないし、最悪何か起きてもそこから戻ればいいさ」


 恐らくこの階段も俺達が離れると消えて30層には戻れなくなると思うが、こちとら29層突破のために色々研究を重ねて生命体が階段に存在していれば消したくても消せない事は理解している。ロキの権能らしい分身体だが、俺でも立っている案山子くらいのことはさせられる。

 このあからさまな宝箱が致死性の罠であってもリリィを連れて逃走するくらいは可能だ。


「へっ!? なんでこれがもう出てくるワケ? ニセモノ、じゃないよね」


「だな、手持ちと比べても同じ物だし、<鑑定>でもそう出たぞ」


 宝箱に鎮座していたのはなんと帰還石だった。これまで21層から25層までに各一個とそれぞれの階層主が落とす1日10個しか手に入らない超貴重品にして今やキルドの稼ぎ頭のアイテムだ。未だに金貨100枚で販売して飛ぶように売れている。ぎゅうぎゅうに詰めれば3パーティくらいは包み込んで帰還出来るとあって協力して使えばかなり安く済むようだし、いざという時の命綱として非常に使えるアイテムだ。なにより消耗品だから需要は決して途切れない最高に稼げる品だろう。こいつをギルドに卸すようになって職員の笑顔がとても増えた。ギルドに入る差額が膨大なのだ。きっとマスターのジェイクが上手く利益を分配しているのだろう、俺はギルドの上客扱いである。前から相当甘い汁を吸わせてはいたが、今じゃ全員が笑顔で迎えてくれるのだ。


 今日も日課をこなして帰還石を二つ手に入れているから、これで3つ目になる。日課の周回もクロが契約どおり15体のクリスタルゴーレムを召喚してくれたので、確実にレアドロップ品まで手に入れて金貨675枚の収入の増加だ。一寸(分)で毎日675枚は絶対に大きい。

 あいつも生きながらえて毎日上手い飯が食えてにっこり、シャオは飼い猫ができてにっこり、俺は最高の護衛確保(シャオに何かあればスキルの恩恵で生きているクロも消滅する)と収入増でにっこり、と誰も不幸になっていないという最高の結果だ。

 あいつの最後の願いを無視せず聞いておいて良かった。

 

 帰還石は21層の宝箱と階層主からのものだ。時間をかければ22層や23層も手に入るのだろうが、効率が悪すぎるのでやってはいない。自分用に帰還石を50個ほど確保しているが、それ以外はギルドに卸している。


「なんでいきなり手に入るのかは知らないが、これが明日もこんな感じなら確定とみていいだろうな」


 ここに下りて初日なので偶然の可能性もある。毎日階段の位置が変わるこのダンジョンだが、ボス層は決められた位置に階段があるので、その下の層の出発点が同じ場所なのは当然だが、宝箱は違う。明日また来て検証が必要だろう。


「さて、じゃあ探索を始めるか。まずは敵の把握だな」


「いちばん近いのはここから東にすぐ行ったあたりのいる7体だね。しっかし、本当に少ないね。こりゃ楽だって言えればいいんだけど」


「このダンジョンに限ってそんなおいしい話はないだろ。きっとろくでもない結果になるに決まってる。さ、気を引き締めていこうぜ」


 俺は半ば覚悟を決めながらダンジョンの奥に向けて足を踏み出した。


 もちろん俺の予想は最悪の形で現実のものとなる。



「グォオオオオォォァァッ!!!!」


「でかッ! あれ、オーガじゃん! ダンジョンにいるようなモンスターじゃないけど、だから数が少ないのかぁ。あの図体が数十匹いたら後ろは渋滞しちゃうもんね」


 俺を見つけて雄叫びを上げる体長3メトルはありそうな赤い体色で筋骨隆々の巨体がこちら脇目も振らずに突進してくる。まだまだ距離があるので<鑑定>は楽勝で間に合った。



 レッドオーガ・ウォーロード オーガ種 


 西大陸に多く生息する巨大なモンスター。オーガは近接戦闘に特化した種族であるが、このウォーロードはその中でも最高の技量と勇敢さを併せ持った最精鋭の戦士たちである。武器を選ばず使いこなし、その武威は並みの戦士が百人でかかっても容易くあしらわれるほど。その膂力はもちろんのこと、巧みな技を用いて敵を翻弄する。西大陸の奥地に生息圏があり、人里に現れるのは非常に稀である。

 もし遭遇したならば避けられない死を迎えるだろう。たった一匹でも一国の騎士団程度の戦力では相手にならず国の滅亡は避けられない。

 HP 8941/8941 MP 50/50 経験値 15866

 ドロップアイテム  オーガの心臓(ハート) 神山の大鎚


 所有スキル 意地の食いしばり 戦の咆哮


 

 なかなか強そうな連中じゃないか。強さに比例して得られるアイテムも価値が上がってゆくから期待が持てる。


「ユウ、来るよ!!」


「いや、もう終わってる」


 かつてない強敵に相棒の声も上ずっているが、この程度ならまだまだ俺の敵じゃない。絶叫を上げてこちらに突進してくるオーガの頭が吹き飛び、そのまま塵に帰ってゆく。


「いつの間に! 攻撃魔法が見えなかったよ!」


「これが玲二が言ってた”置き”魔法ってやつだよ。連中デカいだけでただ突っ込んでくるだけだったから狙って置いてみた」


 少しまえに玲二が変わった戦術を言い出した。来ると解っている場所にあらかじめ魔法を設置しておき、敵が魔法に自分から突っ込んでくるという。仕掛けた側の爽快感溢れるやり方である。


 実際に行ってみると攻撃魔法を設置しておくだけで威力の減衰は始まるわ、素早い相手にはほぼ無理だわと穴だらけの方法だが、こういった猪相手には綺麗に決まるのだ。


「レッドオーガの最上位種でしょ? 本当はもっと強い筈なんだけど……相手がユウだとね」


「ダンジョンモンスターと野性じゃ相当生態が違うと思うぞ。こいつら凶暴性丸出しだけど、外に居る奴等は少しは頭が回るだろうし」


 そりゃまともにやり合えば多少は苦戦する相手なのかもしれんが、俺は基本遠距離攻撃主体だしなぁ。俺には静かにしろよとしか思えない蛮声も相棒は結構恐怖を感じていたように思う。凶暴性丸出しというのもそんなに馬鹿にしたものではない。煩い蛮声もとくに集団戦では恐怖は簡単に伝播するし、恐怖心は体を堅くして普段の力を出させなくする。


「そういえば何かそれらしいスキルがあったかも。あ、私はビビッてなんかないからね! そこのところは間違えないよーに!」


 私をビビらせたら大したもんですよ、と変な口調で言い出した相棒の言葉を話半分で聞いた俺の興味はもちろんドロップアイテムに向いていた。拾い上げるのは手間なのでいつもどおりにスキルで回収だ。


「さて、何が手に入ったかな?」


「ちょっとユウ、聞いてるの!? あ、ドロップアイテム? 私も気になる気になる!」


 <アイテムボックス>に入っている新規入手品を見てみるとオーガの心臓という気色悪いアイテムが7つとどうやら武器らしいレアドロップ品の神山の大槌というでかいハンマーが5つだった。


 オーガの心臓はもちろん実際の心臓ではなく、それくらいの大きさの赤い宝石だった。朱色の怪しい光沢を放つ逸品で価値は金貨10枚だが、最近はこれを天才細工師のロッテ嬢に加工依頼することを覚えた。

 そうするともちろん価値は跳ね上がる。言ってみればこれは原石だから、加工次第で価値はどこまでも上がるわけだ。

 だが彼女は売れっ子で非常にいそがしい。雪音のスキルで生み出された宝石の原石を加工して金貨の山を量産している彼女達にギルド以外で足がつくと面倒なドロップアイテムの加工の依頼は嫌がられるかもしれないな。

 あ、どの道これは通常ドロップだ。つまり数が揃うはずだから……一つくらいはいいだろうが、それ以上は迷惑だろうな。


 続いてレアドロップ品は魔法のハンマーだ。

 両手持ちの大きなハンマーだが、こいつを叩きつけると自身の魔力と引き換えに放射状に大きな針山のような土牙を生み出す事が出来る優れものだ。使い方によっては相当強力な攻撃手段になるだろう。価値は金貨25枚だそうだ。

 俺は威力に感心したが、相棒はなにやらこの技に心当たりがあるようで、しきりに”がいあくらっしゃー”だと騒いでおり、この後で俺に何度か技の再現をさせた。その結果として大きな音で敵をおびき寄せてしまうのだが、結局はドロップアイテムに変わるので良しとする。


 だが収益としては数が少ない分物足りないな、正直これくらいなら27層のゴールドマン達を薙ぎ倒していたほうが敵の多さで結果的には収入は多い。宝箱から得られる品次第でどちらを優先するか決めるかなと思っていた俺に相棒の驚いた声が遮った。


「ユウ、<アイテムボックス>見て見て! 何か数がおかしいよ」


 数がおかしいだって? どういう意味なんだと思って俺は改めて手に入ったアイテム類を確認する。オーガの心臓が7個、これは倒した数通りだな。で、今試した大槌が5個。レアドロップとしては7体中の内5体が落としたと考えれば上出来だ。ああ、あといつもの魔石だな、等級は5等級か……4等級を期待したが、やっぱりおいしくないな。これならやはり27層の方がましかな? 数も16個だし……16個!?


「倒した敵は7体なのに魔石が16個はおかしくないか?」


「だからそれを言ってんじゃん! もしかして一体2個ドロップするのかも!」


 それでも数が合わないだろう。何体かが3個落としている可能性がある。


 これは凄い事だぞ。5等級の魔石は金貨10枚で取引されるのだ。そして何より大量に持ち込んでも魔石は値崩れしない利点がある。時間経過で劣化しないし、この世界に星の数ほどある魔導具の動力源として需要は世界中にあるからだ。これがドロップアイテムだと数を揃えすぎると買い叩かれる。といってもそれほど持ち込むのは俺くらいなものだ。ゴールドマンの金塊や銀塊なんてきっと5桁近く手に入れているからな。


「これはもう少し戦ってみて検証する必要があるな。もし本当に必ず二個以上落とすなら、とてつもなく稼げる敵になるぞ」


 俺と相棒は頷きあうと敵を求めて走り出した。出現する数が少ないとはいえウィスカの特徴である再出現の速さは変わらないので近くにある宝箱に向かいながらでも敵は次々現れる。

 合計で60匹くらい倒した段階で<アイテムボックス>を確認すると魔石の数は144個だった。これだけで金貨にして1440枚の収入に変わる。今日の日課分で1600枚ほど既に稼いでいるから、これだけで金貨3000枚を突破している計算だ。まだ31層を攻略して一刻(時間)も経っていないのにである。


 眼前の金属製の大きな宝箱からなんと白金貨2枚と大量のスクロールを手に入れた俺は有頂天になるほど舞い上がってこの絶好の狩場を堪能するべく哀れなオーガたちに踊りかかった。




 その過信の報いはすぐにやってくるとも知らずに。



「ユウ、前方にオーガ6体!」


「はっ、金貨20枚が6袋もやって来たぞ! 俺に金を配達に来てくれてありがとよ!」


「調子に乗らないの! ほら、背後からも来たよ、今度は7体!」


 こんな雑魚に手こずるはずもなく、前後から襲い来る計13体のデカブツを瞬時に塵に返す。後に残るのはドロップアイテムの大量の魔石。13体の敵から30個の5等級の魔石が手に入る。これだけで最低金貨300枚の収入なんて信じられない。それにドロップアイテムの収入付である。


「7体までしか同時に出現出来ないのが勿体無いくらいだな。この猪相手なら50体でも相手取れるってのに」


「図体が大きすぎて無意味だからでしょ。10対以上居たら渋滞しちゃうよ。今思えば数で押す敵はサイズがそこそこの奴ばっかりだったし、そこらへんはダンジョンをデザインした奴も考えてるんでしょ」


 だからその分収入が大きいんじゃないの? と話す相棒の意見に納得だ。


 既にこの31層で2刻(時間)ほど探索している。宝箱を虱潰しに当たっているので階段はまだまだ遠いが、その分の収入は得ている。なんと既に金貨一万枚を稼ぎ出しているのだ。相棒から窘められても浮かれてしまうのも許してほしい所だ。これまでは早朝から夕暮れまで粘って金貨5000枚でよくやったぞ俺、とか思っていたのに、その半分以下の時間で倍の稼ぎである。

 やはり無理してでも31層にまで来てよかった。29層の挑戦は無駄ではなかったのだ。


 感慨に浸りながらも俺は足を止めない。31層は宝箱が多い分、回らなければならない箇所が多いのだ。

 次々に現れる少ない数のオーガは既に俺にとって動く金貨に過ぎない。飛び道具も特別な能力もない力押しの相手など恐れるものではない。残らず頭部を吹き飛ばして塵に返してゆく。


 まともに戦えば苦戦する相手なのかもしれないが、遠距離魔法で安全に敵を倒す俺とは最高に相性の良い敵だった。31層は29層が鬼畜だった分ご褒美階層かなこれは?


「もう、油断しないの。今がどんなに楽でも次はわかんないでしょ? いきなり新大陸の向こう側に飛ばされたのを忘れたわけじゃないでしょ」


「油断なんかしてないさ。ちょっと浮かれてたのは認めるけど」


 俺と相棒はつながっているのでお互いの考えている事はなんとなく理解できる。リリィも大儲けに喜んでいるが、ウィスカのダンジョンでこんな都合よく行くはずがないと警告を発しているのだ。そして俺もダンジョンで油断などしていないつもりだ。喜んだのは確かだが、全てをひっくり返すような罠も倒せない敵がいるわけでもない。すべての現象に自分の力で対処できることに自信を深めているだけだ。


 このままいけば32層も今日中にたどり着けそうだ。そしてその頃には今日の収入も2万枚の大台を超えているに違いない。そう思うと俺の走る速度が一段と増すのも仕方のないことだ。


「もー、ちゃんと落ち着いてよね、何があるか解らないんだから。ほら、また新手だよ」


 リリィの言葉通り、ダンジョンの曲がり角の先には敵が6体、丁度待ち構えているようだ。待ち伏せなんて察知されていれば何の意味もない。出会い頭に強烈な奴をかましてやるさ。


「はいはい、また背後から今度は7体ね」


 リリィの間延びした声が俺に届く、相棒も油断してませんかね、と思いながら俺は曲がり角に潜む敵に一撃を加えるべく魔力を練り上げ……



 突如、その魔力が喪失した。



 それだけではない。いきなり体が数十倍の重力を掛けられたかのように重く感じられたのだ。


 これが普通に歩いていたり、立っているだけなら違和感程度で済んだかもしれない。

 だが俺は今全速力に近い速度で走っている最中だった。そんな中でいきなりの体の変調は走るどころか均衡を保つだけで精一杯だ。敵の眼前で無様に転ばなかっただけでもよくやったと誉めてやりたい。


 混乱する思考の中で俺はこの状況になんとか対応しようとした。だが、まずは敵だ。体の不調がどうあれ、敵さえ倒せば後で確認すればいい。さっさと魔法で……あれ? 魔法はどうした? 魔力が失われたわけでもないのに、何故魔法が消え去った?


 僅かな逡巡は致命的な隙を生む。それに俺の目の前には6体のオーガが俺を挽肉にせんとそれぞれの獲物を振り上げている。くそ、こんな連中に愛剣を使う羽目になるとはな!

 そう思って<アイテムボックス>からアイスブランドを取り出そうとするが……できない! どういうことだ!? 何故魔法に続いて<アイテムボックス>が使えなくなっている!?


 更に混乱する思考を持て余しながら、俺はほぼ反射的に迫り来るオーガの刃を掻い潜り、妙にぎこちない動きながら貫手でオーガどもの心臓を貫く。背後から迫り来る敵に注意を払いつつ、6体全ての急所を貫いたことを確信して出来たわずかな時間で俺は現状を確認する。 


 何が起こってる!? 何故魔法や<アイテムボックス>が使えない!? それにこの体の重さは一体何事だ!? 俺には無効スキルがあるから、変なものは効かないはずだぞ。


「ユウ! 大丈夫!?」


 相棒の不安そうな声が俺の心をかき乱す。どうやら先程の攻撃が頬を掠めていたらしく、僅かに出血があるみたいだ。おかしい、<結界>があるはずなのにどうやって俺に攻撃を掠められるってんだ?


 なにがあった? いったいどうなってる? 魔法が使えず、<アイテムボックス>も使用不可能、妙に体は重いし、どこかぎこちない。


 これは一体何を意味する? くそ、最悪の予想が頭をよぎるが、ますは敵を殲滅してからだ。現状は確認したから、何が出来て何が出来ないは理解した。この状態でも敵は倒せるのはわかってる。


 背後から迫る敵に向き直る。こうなる事が解ってりゃ<アイテムボックス>から武器でも出しておくんだったなと後の祭りなことを考える。


「グルォォォォォォァァァ!!!」


 オーガの絶叫がダンジョンに轟く。ひたすら喧しいからこれまでは叫ばれるまえに始末していたが、自身の肉体しか武器がない現状は、相手の好きにさせるほかない。

 だが、予想外の事態が続く。


「ぐっ、なるほど、無効スキルが効いてないってわけだ」


 奴の咆哮を耳にすると体が痺れたような衝撃を受けた。気の弱い奴じゃ足が竦んでしまうかもしれない。こうやって敵を弱らせて好きな様に調理するって寸法か。だがこんな喚き声が俺に通用すると思うなよ。


 体が竦むような衝撃だが、俺には所詮その程度だ。魔法が封じられただけで何もできなくなるような柔な鍛え方はしていない。素手でもお前ら全員を引き裂いてやれるくらいの力は余裕で持ってるぜ。


 慌てる相棒を懐に突っ込んで、俺は迫り来る7体のオーガを迎え撃つ。


 だがそのとき、更なる予想外な展開が俺を襲う。


「なんて心臓貫かれて死んでないんだよ!! おかしいだろ! 」


 先程始末したはずのオーガが必死の形相で俺の足をその巨大な手を抑えているのだ。二人が足を、残りの4人は俺にのしかかろうとしているのか? 体は半分塵に帰っているのに無事な部分だけで俺を拘束しようともがいている。


「こいつら、ただの脳筋じゃねえな!」


 これまでの凶暴性はどこへやら、俺を確実に仕留めるために身を挺しているのだ。どうやって生き返ったのか知らんが、順番にオーガどもを始末している間に時間切れになってしまう。


 気配を感じて顔を上げるとすぐ眼前にオーガの手にした巨大な刃があった。


「くそっ」


 俺はほぼ無意識で服に縫い付けてあって緊急用の帰還石を握り潰していた。



 帰還石でたどり着いたのは、1層の入口の手前だ。顔を上げればダンジョン入口から光が漏れている。


「ユウ! 大丈夫! 大丈夫なの!?」


「ああ、なんとかな……」


 俺は荒い息をついて懐から声を上げるリリィに答えた。全身が鉛のように重く、立ち上がるのも億劫だ。喉が異常に渇いていて水分が欲しかったが、なにもかも<アイテムボックス>の中であり、未だに使用不可能のままだ。

 畜生、これが31層か。29層が可愛く思えるほどの最低階層じゃないか!!



 体裁などこの際拘ってはいられない、俺はのろのろと這い出すようにダンジョンから抜け出した。


「お、おいお前! どうしたんだ!?」


 這う這うの体で現れた俺にダンジョンの番兵達が騒ぎ出すが、こちらはそんなことに構っていられない。

 なにより仲間達からの<念話>がひっきりなしに入ってきていたからだ。


<ユウキ! ユウキ! どうしたんだ! 無事なのか!?><ユウキさん、返事をして下さい><ユウキ! いきなり<共有>が途切れたよ! 何があったんだい!><我が君! 如何なされたというのだ!!>


「ユウキ様! ああ、なんということでしょう!」


 みんな学院やら仕事持ちでその場を動けなかったようだが、ユウナだけは俺の異変を察知してダンジョンに駆けつけてくれた。だが、ダンジョンを出たら<念話>が通じたということは……。


「やっぱりそうか。この効果はダンジョンにいるときだけってことなのか? それでも十分すぎるほどだが……」


 俺はやはり使えるようになった<アイテムボックス>から水を取り出すと周囲の何事かと驚く視線も構わず皮袋の水を飲み干した。


「ユウキ様、一体何があったと言うのですか?」


 冷たい水で人心地ついた俺はこの不都合な事実を皆に告げるのだった。



「今、如月が<念話>で言ってたろ。<共有>が途切れたってさ、そのままの意味だよ」


 俺の言葉に訝しげな顔をしたユウナだが、その事実が意味する事を悟ると顔色を変えた。


「そんな! そんな事がありうると言うのですか!?」


「あったんだから仕方ないだろ。さっきは本当に死ぬかと思ったぜ。久々に死の匂いを感じた瞬間だった」


 あそこで帰還石を握り潰したのは無意識の行動だった。もし地面に叩きつけて発動させていたら間に合わなかったかもしれない。その結果、この体が損傷を受けたかどうかはまだ解らないが、相当きわどい瞬間だった。


「まさか、31層は……」


 震えるユウナの言葉を俺は引き継いだ。彼女の言葉が震えていなかったら俺が代わりに震えていたかもしれない。それほどの衝撃を受けていたのだ。

 いや、この事実を知れば誰だって同じ反応をするだろう。この世界で、()()が失われたら何も出来なくなる。特ににそれ頼みでダンジョン攻略をしていた俺にはまさしく死活問題だ。

 何が面倒って、<各種状態異常無効>がすり抜けたのだ。この攻撃は状態異常の含まれない可能性が高い。つまり、まだ確定じゃないが……どんな方法でも防げない可能性があるのだ。



 こうして俺の本当の地獄の戦いが幕を開けたのだった。



「ああ、いつ攻撃を受けたかさえ今は解らないが、31層には”スキル封印攻撃”をする奴がいる」




楽しんで頂ければ幸いです。


ここから主人公の本当の戦いが始まります。


詳しい検証は次回から行いますが、スキル封印攻撃の概要を少しだけ。


この攻撃は全てのスキルを封印します。文字通り全てのスキルです。スキルの取得は一般人でも修練の後可能であることが多いですが、それも封印します。固有スキル、ユニーク関係ありません。

例えば修行を重ねてやっとの思いで手に入れた<剣術lv2>や<戦士lv3>であっても封印され一般人と同じくらいの弱体化にさせられます。

 主人公は全部持ってかれます。相性最悪です。


 その分発動には大きな制約があるのですが、31層に関してはノーコストで発動し放題です。


 稼げるけど超クソな階層、それが31層から続きます。


 これに主人公がどう立ち向かうのかが話の流れになります。主人公はダンジョン攻略をスキルでゴリ押しした人間なのでその反動が超デカいというわけです。そもそもソロで攻略するダンジョンじゃないんですけども。


 

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