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30層の真なる主 5

お待たせしております。




「で、結局お前ってなんなの?」


「そ、それは哲学的な命題ニャ。まさに猫思う、故に猫ありといったところかニャ?」


「なんでそこでデカルトが出てくるんだい? その知識は一体どこから来ているのかな?」


 俺が発した問いに如月がどこか真剣な顔をしているが、そもそも俺が聞きたいのはそういうことではない。


「いや、おまえ自身の事を聞いているんだよ。ダンジョンボスっぽくないし、管理者をやっているとも言っていたからな。ダンジョンで実際にどういう存在だったのかと思って」


 こいつが口にした創造主に何らかの制限でも掛けられているのかとも思ったが、とくにそんな事はないようですらすらとしゃべりだした。


「この前話した内容と大差ないニャ。我は迷宮の創造主によって生み出された管理者の権能を与えられた存在ニャ。それ以外はたいした情報はニャいけど……」


「その管理者ってのは普段は何をしてるんだ?」


「とくに何もしないニャ。冒険者は下層でずっと留まっているし、数百年前に20層を突破した者がいたけど、25層で脱落したニャ。あの頭のおかしい後半層を攻略した変態はここにいる主しゃまの父親だけニャ」


 誰が変態だ誰が。こいつがあの嫌がらせ階層を作ったのなら一言言っておく必要があったが、そうでもないのようなので黙っておく。


「そして30層に到達したユウキを世界の果てに飛ばしたのは君なんだろう?」


「そうニャ。管理者権限で緊急避難用の転移を最大威力で発動してどっか行ってもらったニャ。我の従僕を一瞬にして消滅させる異常者を相手にするなんて冗談じゃないニャ。数千年使ってなくて魔力もたっぷりあったから二度とやってこないと思って安心してたら一月もかからずに戻ってきて驚いたニャ」


 でぶ猫から子猫の姿に変わって。はーやれやれと言わんばかりの仕草をするこの馬鹿猫を静かに睨みつけると俺の視線を感じたらしいこいつは毛を逆立たせて飛び退った。


「ニャ、い、今のは言葉の綾というもので……」


「まあいい、首謀者に会ったら礼を言おうと思ってたところだ」


「ニャニャッ! お、お許しニャぁ……」


 俺の言葉を勘違いした猫は身を震わせているが、俺は黙って<アイテムボックス>の共有”たぶ”に入っていたチ○ールを取り出した。


「なかなか出来ない経験をさせてもらった。お前の主と出会ったのも向こうだからな、巡り会わせてくれた事に感謝してるぞ」


「ニ、ニャ? ど、どういたしましてニャ……」


 何故感謝されているのかわからない顔の猫だが、如月が開けてやっている例の液状おやつに勝手に体が吸い寄せられて無心でペロペロし始めた。


 この新大陸の向こう側では本当に得難い経験をさせてもらった。神気の会得はこちらじゃ絶対に無理だ。

 魔力がほぼ皆無の向こう側だからごく僅かな魔力を極限に高めると言う発想が生まれるし、そのコツもあっちでしか掴めない。こちらでは砂漠で一粒の砂金を探すようなものが、向こうでは掌の砂から見つけ出すくらいの難易度にまで下がるのだ。それでも現地人が神気を発現するのはごく僅からしい。


 それになんと言ってもメイファとの出会いだ。そして俺の隣でこの猫の名前を考えているシャオと出会わせてくれたことを踏まえると、やはり感謝しかないな。



 帰還するのに難儀はしたが、それでも行って良かったと思える出来事だった。



「他に管理者として出来る事はないのか? 例えば稼ぐのに適した階層とか、ここから先の情報とかないか?」


「ペロペロペロ……ダンジョンの攻略最適化はユウキ様が一番上手かったニャ。この短期間であれほどの攻略をするのでこちらも見ていて飽きなかったニャ。絶対に攻略不可能だと思った29層をあんなふうに対処するニャんて考えもしなかったニャ。だから30層の到達した時は怖くなってこっそり隠れて転移させたニャ」


 初めて俺が30層に行った時に召喚したモンスターだけが出てきたのはそれが理由らしい。ボスの間の扉が開いていたのもこいつの意思らしい。

 どうやらこいつは30層までなら限定的であるが様々な融通が利くらしい。といってもそこまで強力なものでもなく、宝箱の中身や階段の位置などを変更する事はできないようだ。

 こいつの権能はあくまで”管理”であり調整ではないということか。31層からの情報も全く持っておらず、長いこと存在していたのに階下の事を疑問にさえ思っていなかったというのは、何らかの思考介入があったのかも知れない。

 他に出来る事といえば今の時点でどんなパーティがどこを攻略しているかの情報も得る事が可能らしいが、俺にはあまり縁のない話である。役に立つことがあるとも思えないしな。


 ダンジョンの情報が手に入らなかったのは残念だが、こいつのおかげで毎日の収入が大幅に増えたのは確かだ。3桁の額は今となってはたいしたものではないと思うかもしれないが、こいつは日課に組み込めるのだ。毎日のボス巡りにかかる時間はほぼ一瞬で確実に金貨600枚稼げるというのは大きいと俺は思う。

 じわじわ積み重なると効果が出てくると考えている。



 とりあえず今の時点で俺が聞きたい事はそんなものか。<念話>で玲二や雪音がこの猫の存在に興味を引いたようで学院が終わればすぐにでも駆けつけると言っているが、それまでにはあと数刻(時間)かかる。

 その間に、今日の新大陸での日課を済ませておくとするか。



「ちょっと例の件で辺りを散歩してくるわ」


「ん。わたしもいく」「シャオも!」


 二人して猫の名前を考えていたが、俺が出掛けると聞いて同行を申し出た。妹はともかく、娘はどうかな。


「シャオは昼寝の時間だろ? ほら、もう体が暖かくなってる」


 俺が娘の手を取ると、ほんのりと暖かい。ついてゆくと言いつつ、目がとろんとしているのでじきに寝入るだろう。如月が後ろから娘を抱き上げると、僅かに抵抗の素振りを見せたがすぐに夢の世界に旅立ってしまった。横では同じようにキャロもセレナさんの膝の上で健やかに昼寝中だ。


「シャオはセレナさんと一緒に僕が見ておくよ」


「助かる、ありがとう」


 猫は当然主であるシャオの側を離れるはずがないので、俺は妹の手を取って席を立つのだが、その時横合いから声がかかった。


「私も行くわ。顔見せなら私も一緒にいたほうがいいだろうし。ラコンも行く?」


「そうですね。お供させて下さい」


 エレーナとラコンも一緒に行きたいようなので、こちらも否はない。とくに当てもなくバザールでも冷やかそうかと思っているが、二人に行きたい場所はあるかな?


「冒険者ギルド……と言いたいところだけど、あんたは嫌がりそうね。いいわ、バザールにしましょう」


 個人的には各種ギルドは遠慮したい。あの晩にギルマスたちと最後の別れを告げてまだ数日しか経っていないのだ。それなのにいきなり出会ったら気まずいではないか。


 俺は3人を連れてアードラーさんの屋敷を出るのだった。




 今日もバザールは大勢の人で賑わっている。まさに世界一の活況と言っても過言ではない。俺はイリシャと手を繋ぎながら人で行き交うバザールを見物してゆく。


「今回の事は本当に申し訳ありません。僕たちの事情に巻き込んでしまって……」


「気にする必要なんてないぞ。セレナさんにも言ったが現在進行形で迷惑をかけているのは俺だし。むしろ謝るのはこっちだ」


 隣を歩くラコンがすまなそうに話してくるが、これは俺が悪いのだ。ラコンがそう思うのも無理ないが、自業自得なのである。


 


 俺がこうやって獣王国の王都をわざと人目に付くように歩いているのには理由がある。


 それは俺があの夜に盛大にやらかした騒動の結果、アードラーさんの御屋敷に内務卿の意を受けた数多の監視の目が光っているからだ。


 今ならばあの時の俺の行動はいきすぎていたと反省している。ラコンたちのことを思うなら俺が毒殺されかけても毒なんて効かないから笑っていなすべきだったのだ。

 それを頭に血が上って手勢もろとも粉砕なんてしたもんだから、両の手を超える数の監視が配置されているのだった。


 相手の立場に立ってみれば解る話だが、あの暗黒教団の一員だったクレイトンとかいう下種と数百の手勢を一夜で始末された敵にとって俺の存在は脅威などという生易しいものではない。最早災厄に等しいだろう。

 そんな奴が今も王都で暮らしているとなれば監視の5人や10人を送り込んでも不思議はない。俺自身は転移環でさっさと帰ったのだが、それを知る由もない敵からすれば絶対に監視など緩めないだろうし、それで被害を蒙るのはアードラーさんやラコン達である。


 今回の一件を画策していたあの下衆は性急な策を用いたが、本来の内務卿は慎重に策を講じる人物らしいので、俺がいきなり獣王国から消えたとしてもそれを頭から信じて監視を緩める性格ではないだろう。


 今の数人の尾行がついているが、これは恐らく俺が正規の手段で出国して絶対にこの国から離れたと確信するまではこの体制を続けるのではないかと言うのがアードラーさんとスカウトギルドのマスターの一致した見解である。



 つまり俺はこの国から船で出国する必要があり、船が出るまで周囲の監視たちにその姿を見せて安心させてやる必要が出来てしまったのだ。


 しちめんどくさい事この上ないが、俺のやらかしでラコンたちに窮屈な生活をさせるわけにも行かない。発つ鳥後を濁さずと言う言葉もあるし、後始末まできちんと行って去るのが責任ある大人というものだ。

 だが間の悪い事にランヌ王国行きの定期船は一昨日出てしまったばかりで、ラコンたちが乗ってきた使節を乗せた船の帰還は色々行事があってもう少し先だ。直近ではライカール行きの船が7日後に出るので、それに乗ってこの国を出るまでしばらくは俺がこの屋敷にいるぞと監視に教えてやる必要がある。


 本当に心の底から面倒くさいが、これも一時の感情に任せて動いた結果だ。ラコンたちのことを第一に思うならあそこで軽々しく動かず、クレイトンと接して得た情報をラコンに渡して奴への備えにさせるべきだった。

 俺があの下衆を始末した事は敵陣営に少なからず衝撃を与えたとは思うが、ラコンの現在の立場の向上には一切繋がっていないのだ。敵の勢力が減少したら普通は自陣営の力の向上となるはずだが、一応部外者の俺が潰してもラコンの助けにはならない。あいつは時間を掛けてでもラコンが倒すべき敵だった。それを怒りに任せて俺がやってしまったのだ。


 しかもあのあと聞いた話では内務卿の陣営でもあのクレイトンは持て余したらしく、翌日の式典では終始ご機嫌だったという。向こうにしてみれば明らかに厄ネタであろう暗黒教団からの回し者を勝手に始末してくれて幸運だったと思っているのかもしれない。どうやって上級貴族のみに存在が知らされるという教団を知ったのかはこれからの調査待ちだそうだ。


 俺の軽挙妄動によって結局は相手に得をさせてしまった形である。まさに他人の喧嘩に不用意に首を突っ込んで要らぬ面倒を引き起こしてしまい反省しきりだ。ラコンには色々と迷惑をかけてしまった。



「そ、そんなことありません! ユウキさんが一夜にして敵勢力を消滅させた事で僕たちへの評価は上がっているんです。底知れない実力者を抱えているわけですから。それにこの国はどれほど綺麗事を並べても最後は力がモノを言う土地柄です。この事実を上手く使えば大きな武器になりますし、ユウキさんには家族みんなが言葉に出来ないほど感謝しているんです」


 改めて迷惑をかけたことを謝罪すると、ラコンは強い調子で否定していた。だが、今も多くの監視の目が屋敷に有るのは紛れもない事実である。やはり予定にない行動をいきなり取るのは間違っているな。俺自身が全ての責任を取るならまだしも、他人様に矛先が行くなら色々対応を考えるべきだった。


「その件に関しては止めなかった私にも責任はあるわね。溜まっていた鬱憤を晴らすいい機会だとしか思っていなかったし」


 エレーナも俺を擁護するが、彼女を誘ったのも俺だしなぁ。

 だが、今回の件も俺が出国すれば収まる話ではある。俺の性急な行動が相手の劇的な反応を呼んだのであって、俺が去ったのが解ればこれまでどおりの生活に戻れるだろう。

 船旅で帰国するのは手間ではあるが、致し方ない。船の出発まで時間があるので先にダンジョン攻略を進めておこうとしてあの猫と出会ったと言うのが今日の流れである。



「兄ちゃん、あれみて」


 俺達が自分が悪いと言いあう中、イリシャが俺の服を掴んで指差した。その先には一軒の古道具屋の屋台が見えるが……これは長くなるかな? 妹は小物をみるのが大好きなのだ。それも延々と。

 あんまりにも長いので前に気になるなら全部買ってやるといった事があるのだが、その提案には首を横に振るわりにそこから梃子でも動かない頑固な面がある妹である。

 だがこれ以外では我儘らしい我儘も言わないので、これくらいは叶えてやりたいものだ。シャオやソフィアに比べれば聞き訳が良過ぎるくらいだが、今日は先に話をしておかねばならない事がある。



「イリシャ、何か俺に言う事があるんじゃないか?」


 俺は古道具屋の見物をそこそこで切り上げるとバザールから少し離れた場所で妹と大事な話をするべく、向かい合っている。

 ラコンとエレーナには金を渡して好きなものでも買って来いと場を外してもらった。ここにいるのは俺と妹だけである。


「とくにない。わたしひとりでこなせるから」


 ぷいと横と向いてしまったイリシャの可愛い顔に絆されそうになるが、これは大事な話だ。ここで安易に話を終わらせてしまったらこういう事は続くだろう。


「なんで兄ちゃんにお前の一大事の話が聞こえてこないんだよ。忘れてないだろうな、妹は兄貴に我儘言うのが仕事なんだぞ。少しはシャオを見習えって……まさか、また変なこと気にしてないだろうな?」


「う……それはない、だいじょうぶ」


 とてもそうは思えない顔で妹は呟くが、それで俺はようやく合点がいった。


「イリシャさぁ、我儘言うと俺に捨てられるとまだ思ってるだろ」


 案の定、俺の呆れたような言葉に妹は身を堅くした。


「何でこんな可愛い妹を捨てなきゃなんないんだ。俺がお前に捨てられる事はあっても逆はありえないだろ」


「だって、いまはいもうともいるし……やくにたたない子はいらない子だって……あいたっ」


 アホな事を抜かすイリシャの額を俺は指で軽く弾いた。


「前に言ったよな。俺はお前を役立てるために妹にしたわけじゃない。次言ったらひどいからな、覚悟しておけ」


「う、ごめんなさい……」


 しょぼんと肩を落とすイリシャの頭を撫でながら俺は彼女の出会った時の約束を口にした。


「俺は約束したぞ。お前が生きていてよかったと泣いて喜ぶまで絶対に最後まで面倒を見るってな。俺にとって約束とは命にかえて守るものだが、どうすればお前を安心させてやれるんだろうか」


 仲間達のように<共有>することが安心に繋がるのだろうか。だが、この方法は束縛と同意語だ。自ら望んで従者にして欲しいとやって来た二人と、異世界人の彼等と妹では事情が異なりすぎると思う。


 だがイリシャとしてもシャオの登場で自分の代わりが用意されたと考えてしまったのかもしれない。妹と娘は全く違う存在だが、不安にさせてしまったならそれは俺の責任か。


 不安にさせてしまったかと聞くと、俺の腕の中の妹は僅かにうなずいた。だからこそ自分にだけ出来ることを探して巫女達の中で確固たる地位を築き、それを俺に捧げる決意をしたそうだ。

 前にも言ったが、それをもらってどうすんだとは思うが、それしか渡せるものがないと悲しそうな顔をする妹を見れば言葉に出来るはずもない。

 その目標に向かって頑張る事がイリシャの日々の張り合いになるのなら応援してやる他ないのかもしれない。俺は妹がこれからの日々を健やかで幸せに暮らしてくれれば他に何も望まないのだが。


「それは解ったが、お前の晴れ舞台は俺だって家族の皆だって見たいんだ。次からはちゃんと言ってくれよ。応援に行くから」


「わかった。ちゃんと言う」


 イリシャの目を覗き込むと、すぐに顔を赤くして目を逸らしたが、少なくとも嘘はついていない瞳だ。最近はあちら側に飛ばされたりと皆と顔を合わせる機会は減っていたし、<共有>していないイリシャとは繋がりを断たれたように感じた事もあっただろう。

 世界一可愛い妹を不安にさせてしまった分、これからは少しでも一緒の時間を増やしていくべきだろう。



 イリシャを抱き上げてバザールからの帰り道を少し寄り道して帰り着くと、そこには新たな嵐が巻き起こっていた。



「おお、言葉を解する猫とな! これは面妖じゃ、シャオのところには面白い者が集まるのう。来て正解じゃった!」


「ニャあ。この気配、只者じゃないニャ!」


「ほう、解る者には解ってしまうか。妾の可愛さは神々しいからのう」


「聖上、どうか御身の御立場を……」


「くどいぞライカ! 妾をのけ者にしてこのように面白い事を楽しみおって! 妾を謀った罪は重いぞ」


「あ、彩さまを謀るなど滅相もございません! 天地神明に誓ってそのようなことは」


「ふむ、確かにライカの性格であれば隠し事など無理か。ならば黙って見ておるがよい。妾は友と遊ぶゆえにな」


 ああ、とうとうこっちへ来てしまったのか。あるざるの屋敷をあれだけ探検すれば時間の問題だとは思っていたし、むしろこれまでよく隠し通せたと言えるのではないだろうか。

 しかし毎日来るな。俺達はいつでも大歓迎だが……本国だとなんて言われているのだろう。それはライカの弱りきった顔が全てを表していそうだ。


 

 屋敷に帰ってきた俺達の姿を見つけたその小さな暴君は目を輝かせてこちらに駆け寄ってきた。


「おお、ユウキ! こちらにおったか。して、こちらがラビラ族か! なんと愛い姿なのじゃ。ほれ、近う寄るのじゃ!」


「え、えと、あのあの、貴女はどなたですか?」


 当然の質問を返すラコンなのだが、問われた幼女は目を丸くしている。恐らくこの子の人生でそのような事を問われた経験などないに違いない。彼女の前に訪れる誰もが自分のことを知っていた当然の体で膝をついて謁見するからだ。


「妾はこの世界そのものである」


 その言葉には気負いも自負もない。なぜならばそれが当たり前だからだ。当たり前のことを誇りはしない。当然のことを淡々として言葉を紡ぐが、それゆえに恐ろしいほどの説得力がある。


 ラコンも貴種の血を継ぐものとしてその気配に気付いて居住まいを正すが、畏まる事は控えた。こいつも流石に王の血を引くものである。ただ頭を垂れるだけの平民根性など持ち合わせてはいない。

 隣のエレーナはこの子の纏う衣服で何者か見当がついたようで即座に跪いている。


「あ、彩ちゃんだ」


「おお、今日はイリシャまでおるではないか! シャオは午睡中でな、起こすには忍びないのだ。妾と遊んでたもれ」


「わかった」


 俺の腕の中から下りた妹がオウカ帝国の皇帝陛下の手を自然な動きで取って屋敷の奥へと消えていくが……ここは他所様の御屋敷だぞ、程々に遠慮しなさい。


「え、あの、あの御方はまさか……なんで我が家にいるんですか?」


「師匠、ラコン、本当にごめんなさい。私では聖上を抑えられなくて、とうとうこちらまで……」


 うな垂れたライカがこちらに謝罪をしてくるが、この件が相当に堪えているのか普段の溌剌さがすっかり鳴りを潜めている。だが、それは仕方ないともいえるだろう。



「おお! そなたは狼の獣人じゃな、なんと美しい毛並みじゃ。見事じゃ、惚れ惚れするのう! 触れても良いか?」


「ああ、聖上。またそのような遠慮のない……」


「そう心配することもないぞ。気付いていないだろうが、あの子は遠慮のない願いを口にした後、必ず相手の目を見て反応を確認している。節度は弁えているさ」


 最初は俺も遠慮のない子供だなと思ったが、それを理解した後はあの言動の意味を理解した。

 あの子供は他者からの愛情に飢えているのだ。あの若さであの地位にいることを考えるとなかなか難儀な人生を送っているはずだ。

 その立場ゆえ、全てに特別扱いだろうし、だからこそ本気で叱られた事も子供が親から受けるべき真摯な愛情を向けられたこともないのだろう。

 無茶な事を言うのもその臆病さの裏返しだと解ればこちらの対応も一つだけだ。


 甘やかす時は甘やかし、叱るべき時はちゃんと叱る。

 イリシャとシャオと同じ対応こそが生まれながら現人神して生きる事を宿命付けられた幼い少女がもっとも欲する反応なのだ。


 だがオウカ帝国臣民であるライカにそれをしろと言うのは酷だろう。なにせ帝室は雲の上の存在だ、直答さえ本来は許されず、謁見の時も御簾越しに言葉を賜るのが普通だという。


 だからこそ赤の他人である俺達くらいは気安く接してやろうと決めているのだが……。



 そもそも何故このような有り得ない事態になっているのか、いい加減説明をしなくてはならないだろう。



楽しんで頂ければ幸いです。


また終わらなかった(汗)。


次こそこの話の終幕になります。

世界最強国家(国土で言えばレン国の足元にも及びませんが)の皇帝陛下はいかにして僻地の屋敷に気軽に遊びに来るようになったのか?

結構バレバレではあると思いますが、次回はその話になります。


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