30層の真なる主 3
お待たせしております。
何してんだこいつ? ダンジョンモンスターが命乞いだと?
「命ばかりはお助けニャあ!」
降伏の証である腹を見せて可愛げに体をくねって見せるが、これが小動物ならともかく見た目がでぶ猫だからなぁ。鏡を渡して自分の姿を見てみろと言いたくなる。
「くッ、こいつ、小癪なマネを! こんなあざとさで誰が気を許すもんですか! ユウも惑わされちゃダメだからね!」
あ、俺には全く響かないが相棒には脈ありのようである。でぶ猫なりに愛嬌を前面に押し出しているのかもしれない。
「こっちだって殺し屋やってるわけじゃない。好き好んで殺して回ってるわけじゃないが、そもそもお前ここで死んでも明日にゃ復活してるだろ。ダンジョンボスなんだから」
「ニャ、それは普通のボスニャ。我はボスにして管理者の役目を与えられた特別な存在ニャ。多分”我”という存在は我だけのはずニャ、もしここで果てても明日に生まれる存在は我と違うと思うニャ」
だから見逃せってことか? いや別にこいつを倒してアイテムは何が手に入るんだと思った事は認めるが、会話の出来る相手を滅ぼすのは多少気が引ける。
<リリィ、どう思う? こいつの言葉に真実はあるか?>
俺は相棒に判断を委ねた。彼女の観察眼は信用に値する。人見知りという点も、人間の邪悪さにかなりの頻度で触れてきたからであり、であるからこそ嘘に敏感である。
自分は悪党の匂いをかぎ分ける事には誰にも負けない自信はあるが、この程度の善悪の狭間にいるような輩の相手はそこまで得意ではない。
<迷宮管理者がいるってのは聞いたことがあるね。ダンジョン途中のボスがそれを兼任しているのは珍しいと思うけど>
<もしかしたらこいつは矢面に立つ必要がないのかもな。さっき召喚した奴等が30層を守るボスだった可能性もあるが……いや、それにしては弱すぎるか>
<クリスタルゴーレムは一応最強のゴーレムなんだけどね。ユウに普通の基準を説いても無意味かぁ。あの時に一緒に出たエルダーリッチが組めばSランク冒険者だってユニークスキルを使わせなきゃ圧倒できると思うけどね>
俺達が<念話>でそんな会話をしているとは露知らぬでぶ猫は緊張の面持ちでこちらを見ているが、その顔が気になった。何かこいつは自分の命の心配をしているようには見えないのだ。むしろ何かを期待しているような素振りさえ見える。今のこいつに俺達に危害を与えるような何かがあるとも思えないが油断はしない。なにせ前回は新大陸の向こう側にまで飛ばされたのだ。その理屈が明らかになっていない以上、また同じ目に遭うとも限らない。
「あの、結論は出たかニャ?」
<念話>なので無言を貫いているように見える俺達におずおずとでぶ猫が聞いてきた。相棒との協議の結果、判決は下った。
「俺達の目的は先に進む事であって、抵抗する意思がないなら特にお前に危害を加える気はないな」
言外に妙な真似をすれば始末すると脅したのだが、こいつにはそれが通じなかった。
腹をみせた降伏の姿勢からしゅたっと起き上がると、まるで何事もなかったかのように話を続けてきたのだ。
「おお! 話が纏まったニャ。駄目モトでも持ちかけてみるもんだニャ、それはそうと頼みがあるニャ」
「お前、俺らに頼み事出来る立場かよ」
こいつ、さっきの話から態度が変わりすぎだろう。さっきの表情からして、この件を頼むのがこいつの本題だったようだ。だがそのために命乞いまでする必要があるのか。こいつの望みが少しだけ気になった。
「まあいい。ダンジョンで話が通じる相手なんて初めてだ。モンスターが何を望むのか興味はある、言ってみな?」
俺はそう促したのだが、こいつから発せられた願いは俺の意表を突くものだった。
「その出口側から現れたって事は、転移門を使ってここに降りてきたニャ? もしそうなら我は外の世界を見てみたいニャ!」
「外に出たいってことか? いやでもお前ダンジョンモンスターだろ? 確かモンスターはダンジョンの外に出れないって決まりなんじゃなかったか?」
「それがこの世界のルールだね。じゃなきゃ街中にダンジョンなんて危なくて作れないって」
俺の最後の方の質問はリリィに向けたものだったが、彼女は当然とばかりに頷いた。その後の説明はなるほどと納得させるに足るものだった。ダンジョンからモンスターが溢れるなんて事態が起きるなら、いくら経済的な恩恵が大きいとはいえそもそもダンジョンを中心に街が作られるはずがない。
「実際は僅かな時間だけ生きる事は可能にゃ。その僅かな時間だけでも十分ニャので、この世界というものを目に焼き付けたいニャ」
予想外なほどに切実な願いにこちら側が戸惑うほどだったが、こいつの決意は堅いようだ。
「理由を聞いてもいいか? 命を引き換えにしてする願い事とは思えないんでな」
「常に外界にいて定命の人間には我の気持ちなど解るはずもないニャ。創造主から生み出された瞬間からこの穴倉だけが我の世界であり、全てだったニャ。この層から逃げ出す事も叶わず、いつか朽ち果てる瞬間まで永劫にこの地の底に縛られる定めだったニャ。そのくびきから逃れられる好機を逃すわけにはいかないニャ」
「その行為の代償が自分の消滅だとしてもか?」
俺は至極真っ当な意見を口にしたつもりだが、このでぶ猫が返したのはひどく乾いた冷笑だった。それは俺を苛立たせる性質のものではなく、見るものに形容しがたい苦味を感じさせる。
「こんな無機質な壁に囲まれた生が続いたとして一体何の価値があるニャ。たとえその時が一瞬でも、世界が息づいている瞬間を感じて消えてゆきたいニャ」
お願いニャと頭を下げてくるこいつに俺達はどうしたものかと思案にくれた。こいつが俺達を騙そうとしているとは思えない。あれだけの戦力があるのだから自分でダンジョンを上がって行けばいいと言ってみたら一日に呼びだせる数には限りがあることと、召喚していた魔物はどれも拠点を守護するのに適しており、こちらから攻めるには使えないと言われた。
確かにゴーレムは攻略に使うには鈍重だ。これまでの敵を思い浮かべるに、数で押されたらゴーレムの隙間を縫って攻撃されかねない。
「まあいいか。最期の望みってんなら、かなえてやるのが俺の主義だしな。だがダンジョンから出てどれくらい保つんだ? 呆気なく消えちまったらこちらの目覚めは悪いぞ」
「あくまで予想ニャけど、じっとしていれば四半刻(15分)程度は保つはずニャ」
それだけあればひとときの夢を見て終われると言うでぶ猫の願いを俺は聞いてやることにしたのだった。
ダンジョンからの脱出は容易い。番兵も今日に限っては1層に転移環を置いていた事が幸いした。転移環の先はアルザスの屋敷に繋がっているので、ウィスカよりは栄えている都市をこいつは最後に見れることになる。
「これが転移門ニャんか。管理者として存在は知っていたけど、見るのは始めてニャ。よく鍵の存在を探り当てたものニャ」
「そういえば30層の壁にあの鍵のヒントが書いてあったっけ。ここに来ないと情報さえ教えてくれないとか無理ゲーすぎない? このダンジョンの創造者はあんたに何か言ってたの?」
「その妖精には不思議な波長を感じるニャ。我等と似た種族なのかニャ? あ、いやなんでもないニャ。特に何も指示などはないニャ。我はあの層に存在し、ここから上の層で起きた事象を閲覧する権能が与えられているだけニャ。だから冒険者ユウキがどれほどの事を成し遂げてきたのかは知っているつもりニャ。まさか攻略不可能と思ってた29層をあんなやり方で突破するとは予想外ニャ」
色々とこのダンジョンに詳しそうなこいつとすぐにお別れと言うのは勿体無いが、これもまた巡りあわせというものだろう。この猫ももうすぐ消えてなくなるから情報を大盤振る舞いしている素振りがある。
転移環でアルザスの屋敷に跳んだ俺達は、もう既に荒い息をしている猫を抱えると見晴らしの良い場所へ連れて行くべく行動を開始する事にした。
「おい、大丈夫か?」
「な、何のこれしきニャ。見たいものを見れるだけ見たら、あとはゆるゆると消えてゆくとするニャ」
苦しげな声を出しながらも、その決意にはいささかの翳りもない。これはもはや横から他人が口出しをするのも無粋だろう。
さっさと屋敷を出てどこか景色のよい場所にでも案内するかと考えていると、元気のよい声が俺の耳に届いた。
「あーーっ!! ねこさん!」
「な、なんニャ? この人間の幼体は!?」
屋敷の中でドタバタしていた俺の娘が俺達を、そしてこの猫の存在に気付いたのだ。
「ねー、とーちゃん、このねこさんどうしたの! おっきい! たぷたぷ!」
「にゃ、や、やめるニャ。この童、魔王猫たる我に何たる狼藉ニャ。身の程を知るがいいニャ」
「おい、俺の可愛い娘になんて言いやがった? 身の程を知れだと!?」
シャオの手がこのでぶ猫の腹をぷにぷに弄っているので、息も絶え絶えだと言うのに怒ってみせたがそれは俺の怒りに触れた。
「ニャニャッ! た、大変失礼いたしましたニャ。とても元気なお嬢さんだニャ」
こいつを文字通り猫掴みした俺は凄んで見せるとでぶ猫はすっかり大人しくなった。
「しゃべった! とーちゃん。このねこさんしゃべった! すごい! かしてかして!」
俺の腕の中にいた猫を奪うように受け取ったシャオはすぐさまこいつの腹をわっしゃわっしゃと撫で回し始めた。当の猫はシャオの猛攻になすがままだ。こいつに残された時間は余り多くないはずだが、どうしたもんかな? あれ、でもさっきよりこいつの呼吸は安定しているな。さっきまで陸に打ちあげられた魚のように喘いでいたというのに。
「とーちゃん、このねこさん、かってもいい?」
猫の肉球を触っていたシャオが目を輝かせて俺に予想通りのお願いを口にした。だが、俺としては素直に良いよとは言えないな。
「シャオがちゃんと面倒を見切れるのか? 生き物はお前が飽きたからって放り出したら死んじゃうんだぞ。いい加減な気持ちで生き物を世話するなんて言ってはいけないよ」
「ちゃんとおせわする。シャオがひとりでできるもん! だからいいでしょ、とーちゃん。シャオもお姉ちゃんのロキみたいなのがほしい!」
「ええい待つニャ、さっきから我の都合を無視して話を進めすぎニャ。我には時間がないニャ、いくら主しゃまのご命令でも従えるものとそうでないものがあるニャ。へ? 主しゃま?」
でぶ猫が自分で自分の言葉に驚いているが、それはこちらも同じである。とある異変に気付いた事でこっそりと<鑑定>してみたのだが、その結果は我が娘の恐ろしさを再確認する事になった。まさかこんな事まで出来るとはな。こいつそこらの野良猫じゃなくてダンジョンボスモンスターだぞ?
「ねー、みてみてとーちゃん! ねこさんとってものびるよ! ほら!」
今度はシャオが猫を持ち上げてびろーんと体を伸ばしている。何が面白いのかその様子に娘は大爆笑である。うーん、自由だなぁ。
<フリーダムの極みだねぇ。未だに私も油断すると手づかみで捕まえられそうになるしね>
「にゃあ、離すニャ! 我はこんなことをしている暇はないんニャ。残された時間はもう残り少ないニャ」
シャオの腕の中でじたばたもがいているでぶ猫に俺はいたって平坦な口調で語りかけた。
「なあ、さっきまで大分苦しそうだったが、今はそうでもない感じだな?」
「ニャ? 言われてみれば今は普通に呼吸してるニャ。こんなはずないニャ。何でニャ、おかしいニャ」
混乱する猫を尻目に俺は内心の動揺を何とか押さえ込んだ。
さすがはユニークスキルだ。まさかボスモンスターまで手懐けるとは意味不明なまでにぶっ壊れている。
久々に発動した我が娘の<支配者>がテイムどころか瀕死だったこいつの命を救っているのだ。どうやっているのか理屈はさっぱりわからないが、この無茶苦茶さがユニークスキルの真骨頂である。
本人(猫)も無意識でシャオを主人と口走っているし、既に主従関係は成立していると見ていいだろう。
「そりゃそうだろうさ。お前さん、俺の娘にテイムされてるからな」
「にゃ、ニャんだってーーー!?」
楽しんで頂ければ幸いです。
魔王猫の明日はシャオの飼い猫に収まる事でした。状況的にお互いWIN-WINな関係だったりします。
今回は驚くほど短くて申し訳ありません。ちょいと予定があって執筆時間が削られたのと、
元々ここで話が終わる予定だったのです。むしろ前話と合流すべきかもしれません。
次はその分多めにお送りしたいと思います。
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