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30層の真なる主 1

おまたせしております。


 目が覚めた。


 慣れ親しんだひどく固い寝台は、自分が今どこにいるかを教えてくれる。ここは俺の定宿、”双翼の絆”亭だ。寝台ひとつ置いただけで部屋が埋まるになるような狭さだが、俺はそれがよいのだ。

 だだっ広いホテルや屋敷はどうにも落ち着かない。本当に眠れなくなるほどなので、仲間はよい顔をしないが、俺はだいたいいつもここで寝ているのだ。


「ん? なんだ?」


 胸の辺りに違和感を感じて上掛けをあげてみると、そこでは相棒が爆睡中だった。


 最近は俺が不在な事もあり、屋敷の方でソフィアや雪音達と寝ていることが多かったが、今日からダンジョン再開とあって置いていかれないように俺の元で寝たようだ。


 別に心配しなくてもこちらから迎えにゆくつもりだった。

 どれほど強くなってもダンジョンの危険さというのは強さでは計れない基準だし、俺と相棒は一心同体である。いつもの日課ならともかく、攻略時には俺としてもリリィがいないと不安なのだ。


 目が覚める時刻はいつも決まって早朝の四時だ。これを早いと見るかは微妙な所で、床につくのも早いので起きるのも早くなる理屈なのだ。真冬である今の時期は未だ日が昇らず闇が支配しているが、既にこの宿の老夫妻は起きて活動している。俺はいつもの日課である朝風呂を作って準備を整えた。



 これからダンジョン攻略再開だが、実際のところ今日はその準備に費やすつもりである。

 具体的に言えば30層の謎の調査をするつもりなのだ。


 実は謎の転移によって新大陸の向こう側に飛ばされて以降、30層に降りた事は一度もなかったのだ。気にならなかったといえば嘘になるが、不用意に近づいてもう一度飛ばされるような事は避けたかったのだ。あのころの相棒はしきりに不条理だ、ルール違反だと叫んでいてなにやらあの転移は厳格に決まっているダンジョンの規則に反するものだと言っていたが、俺にしてみればこの何でもアリのダンジョンで油断する方が悪いと自分を戒めた。あのときは30層をあっさりと突破してつい警戒心を弱めてしまった。


 この先の31層を少し覗くだけだから、と油断していたのは否めない。そのツケを支払わされた格好だが、俺としては得る物の多い思いがけぬ休暇だった。


 結果としてレン国では滅多に見れないものを見て、娘を拾うことになった。そしてエルフの国では金目の物も多く手に入れたし、卓越した技術を持つ魔法使いを連れ帰り、金銭的価値のある物も大量に手にしてきた。

 神白石とかいう何回でも使用可能な魔石の価値は物凄いし、エルフの国で手に入れたあの金属のおかげで毎日マナポーションが10トン単位で作成されている。双方とも売りに出せないのが勿体無いような代物だ。

 特に不味くないマナポーションは画期的な代物だが、こいつの製造経路を問われると答えられないので俺の身近な知り合いにしか渡せていないのが現状である。


 というわけで別に不快な思いをした訳ではない……いや、あの登山は二度と勘弁して欲しいが……のだが、30層の調査はきちんと帰還してからと決めてとたので放置状態にしてあった。


 だがとりあえず先にいつもの日課を済ませようと転移門でそれぞれのボス層に移動して撃破報酬を手にしようとしたのだが、今日は10層のサイクロプスは倒されていていたようだ。ボスの再出現は日付が変わったときなので誰だか知らんが早朝から元気な事だと思うが、長期でダンジョンに潜ると当然ながら時間の感覚も狂ってくるので、こういうことも結構あった。


 今日()キリングドールはいたので奴をいつも通りに出口側から倒してドロップアイテムを手に入れた。転移環はあれから二揃い出たが、今日はミスリルと魔石のみの結果である。まあこんなものだろう。レアアイテムの出現率は本当に低く、俺はスキルの恩恵で10日に一度程度の頻度で手に入るが、周囲がそれを聞けば唖然とするだろう。相棒曰く設定確率は一割を切っているとかなんとか。


 そこから上層の環境層へ上がって作物の回収が日課であるが、最近は色々と情勢の変化があった。



 まずとうとう16層が突破されたことだ。ユウナからの報告では時期にして俺がレン国でメイファと共に移動していた頃のようだ。

 俺が世界最高峰の冒険者パーティー”黒い門(ブラック・ゲート)”に見つからなかった17層への階段の助言をしたのはサラトガ事変の時だから、去年の夏頃だ。それを考えれば随分と時間がかかったともいえるが、彼等もまっすぐウィスカに戻ったわけではないし、更に彼等が一時ダンジョンから消えたことで他のパーティーも先を越される恐れがないと次々に帰還を果たしてしまった。そういう訳で律儀なリーダーのスペンサーが各パーティーに話を持ちかけたのが例のライカと並ぶSランク冒険者アリシアが戻った頃だったという。


 だがそれからは早かった。なにせ俺の助言はほぼ解答を告げていたようなものである。”階段を探すのに地面は遠回り”なんて聞けば該当する箇所は数箇所だ。スカウトを総動員して行った捜索の結果、4日で泉を構成している岩の一つが外れる事が判明し、彼らは遂に16層へ別れを告げる事ができたのである。


 そこからの環境層は16層と言う悪夢(ロキにとっては天国だが)を乗り越えた彼等にしてみれば楽園のようなものだ。17層は安全地帯かつ農地で飯に事欠く事はないし、18層はすぐ先に階段が見え、19層は夜にさえ気をつければ美味い果実が楽しめる。

 彼らは勢いこんで環境層を突破し……。



 そして地獄を見た。


 


 このウィスカのダンジョンは現在総勢18のパーティーが挑んでいる。その全てが名の知れた世界最高級の実力者であり、全員がAランクというまさに最上位冒険者の上澄みだけが集まるダンジョンである。


 その彼等が、実に3パーティーがキリングドールに挑み、未帰還となった。



 その事実に一番震え上がったのは他の冒険者たちではなく、ウィスカ冒険者ギルドだったという。


 俺が一人でボスを倒している事実は、現場を見ていない彼等にしてみればあのキリングドールを多少強いだけで大したことない敵と思い込んでいた節がある。

 俺が倒せるんだから、実力者揃いの彼等ならきっと簡単に倒せる。そう考えていたギルド職員たちは戦いに赴く彼等を元気良く送り出し、誰一人として帰ってこない現実に騒然となった。


 俺は新大陸に居て知る由もないが、ユウナは幾度となく他の職員達に何故俺は生きて帰ってきたのだと質問攻めにあったという。その時の彼女の優越感に染まった表情はなかなか見ものだった。


「ようやくユウキ様の偉大さを彼等も理解し始めたようです。お一人であのダンジョンを攻略するという偉業を戦わない彼等としてはあまり実感として感じられないのは解るのですが、世界的に名の知れたパーティーがあっけなく全滅し果てた事でユウキ様のその神がかった強さが逆に強調された模様です」


 攻略時には相棒もいるから俺一人ではないのだが、まあ一心同体だし一人とみなしてもいいのか。


 あの初見殺しすぎるキリングドールはこの魔法偏重のダンジョンでは最悪の相性だからひどい事になるとは思ってたが、やはりそうなったか。

 事前情報無しであれに挑んだら解りきった未来だが、俺はボスの情報を提供しなかったし、彼等も俺からの”施し”を素直に受け取るのは誇りが邪魔しただろう。ギルド側も俺に要求しなかったから、もし罪になるのなら同罪だが……そもそも全てが自己責任の冒険者の世界だ。ダンジョンボスが強すぎて仲間が死んだぞ、どうしてくれるんだなどと文句を垂れるような奴がこの世界で大成できるはすもない。

 ダンジョンでは強くて賢く運のいい奴が生き残り、弱くて愚かで運の悪い奴が死ぬ、それだけの話である。それが嫌ならダンジョンに、いや冒険者などにならず、もっと堅い仕事につけばいいだけだ。


 まさに番人として21層への壁となった奴だが、俺が帰還したからには状況は変わる。簡単な話だ、俺が倒して無人となったボス層を通り抜ければいい話である。もちろん彼等の誇りの問題もあるが、ここまで上り詰めたような連中は超がつくほど現実主義者だ。勇気と無謀の違いも理解しているので、俺の後塵を拝することになっても先に進むことを選ぶだろう。


 俺としては21層からの超絶嫌がらせ階層の被害者仲間を増やしたいので、同輩の存在は望む所だ。是非ともあのダンジョン製作者の意地の悪さを酒の席で語り合いたいものである。


 結果として20層を実力で突破できたのはただの一組、Sランク冒険者アリシア擁する”悠久の風”だけであるが、彼等も壊滅的被害を蒙ったという。当代一の攻撃力を持つ彼等でさえ多大な犠牲を払ったと聞いて他のパーティーは完全に尻込みしてしまったらしい。現状の攻略は21層にまで届いておらず、キリングドールの前で留まっていると言ってよい。


 そんなわけなのでこれまでは我が物顔で闊歩していた環境層は他の冒険者パーティーがいるかもしれない場所となったので、思う存分回収するとはいかなくなった。もちろん他者がいなければスキルを用いて全回収だが、もし誰かいたら遠慮する感じである。


 今は幸い誰も居なかったので見渡す限りの作物を残らず回収した。特に果実は初見となるビワがあり、珍しい果物を手に入れて気分は上々である。

 そして前線基地を作っていた16層に冒険者が居なくなった事によりここも気軽に来れる場所となったのでこれまた各種肉を回収して今日の日課を終えることにする。


 転移門で1層にたどり着くと、普段ならそのまま出口に向けて歩き出す所だが、今日はそこに転移環を設置した。そしてまた移動してアルザスの屋敷にたどり着くと、ちょうど朝食の時間だったようで皆が揃っていた。ここにいないのはセリカとその護衛のアインとアイスであり、彼らは店が忙しくて早朝に店舗に向かっている。


「あ、兄ちゃん」「とーちゃん!」


 イリシャとシャオが俺目がめて突進してくるのをそれぞれ受け止めるが、君達食事中だろうが。


「二人とも元気なのは良いが、食べている間はあまり出歩くのは良くないな。特にイリシャはあまり余裕はないんじゃないか?」


「う、そうだった。いそがないと」


 神殿を抜け出してここで朝食を食べている妹は、時間に追われている事が多い。どうやらイリシャはあまり体質的に太れないようでまだまだ細身だ。出会った頃が怖いほどの軽さだったから結構意識して多く食べさせている分、時間がかかるのだ。


「シャオは落ち着いて食べないと駄目だぞ。ほら、皆を見てみろ、誰も立ち上がってはいないだろ?」


「うん、わかった!」


 相も変わらず全く解っていなさそうな声で元気いっぱいの返事をする我が娘を席に座らせると、ソフィアのメイドであるレナが俺のための席を作ってくれた。


「ああ、ありがとう。ここで朝飯を食う気はなかったんだが、ちょうど良い時間だったみたいだな」


「ユウキがこの時間にここにいるのが珍しいからな。今日はどうしたんだよ?」


 魔法学院の制服を来ている玲二が口を挟むが、確かに俺がこの時間に戻るのは初めてかもしれない。


「今日は他に予定があるんでな、後で()()()を迎えに行ってやらんといけないんだ」


「ああ、そういえばそんな事も言ってたっけ。でもいくら自信があるとはいっても初めてであそこは無謀じゃないか? ユウキだって俺が挑もうとしたら止めたじゃんか」


「あの時のお前なら止めるに決まってるだろ。今なら……まだ止めるな。怪我はしないだろうが、数でボコられる気がするぞ」


「ふむ、それは手厳しいな。レイジの力量ならばあの程度の雑魚は蹴散らせると思うが」


 会話に参加してきたレイアがそう言うが、ウィスカの最大の問題は敵の数ではないからな。


「君も経験しただろう。あそこは何が面倒ってあの数がとめどなく押し寄せる事だ。敵を倒すだけでなく先に進みたいなら殲滅力と継戦能力が不可欠だ。玲二は威力は十分だが、連射がきかないからな」


「あんなのできるのはユウキだけだっての。()()()ならそれが出来るってのかよ」


「まあ多分な。お前は見てなかっただろうが、あの女、初見で俺の魔法を迎撃したからな。天から与えられた才能は間違いなくダントツだろうさ」


「確かに。あの魔法がほとんど使えない向こう側でまがりなりにもユウキとやりあえるって普通におかしいな」


 俺とレイジがそう談笑していると、すぐ近くに座っていた雪音が席を立った。


「レイ、急がないと遅刻するわよ。ユウキさん、それは行って来ます」


「やべ、そんな時間か!」


「兄様、私達も出かけますね」


 ソフィアとジュリアたちも相次いで席を立つ。時刻を見るとそろそろ出発しないとギリギリに校舎に駆け込むことになるだろう。


「ああ、皆気をつけて行って来い。セリシア講師に会ったら、明日からまたよろしく頼むと伝えてくれ」


「わかりました。それでは兄様も充分にお気をつけて」


 学生組が相次いで席を立ち、残るは如月と従者二人、そして妹と娘だ。如月がシャオに向けて口を開いた。


「シャオはどうしようか? 僕といるか、それともハンナおばさんか新大陸のセレナさんの所でも行くかい?」


 シャオがこちらに来てもう随分と経つ。引き取ると決めた俺がなかなかこっちに戻らなかったので致仕方ない事だがこのこには随分と寂しい思いをさせてしまったように思う。

 だがその分、この子は色んな場所で知り合いを多く作っている。”双翼の絆”亭の女将さんであるハンナ婆さんにも良く懐いているし、ここ最近ではアードラーさんの奥方のセレナさんにもよく甘えている。

 俺としては方々にご迷惑をお掛けしてと平謝りする他ないが、何とか好意的に見てもらえている。特にセレナさんのふわふわの毛皮はシャオはお気に入りらしく、今日も転移環でキャロと遊ぶ事を選んだ。



「はれ? ダンジョンはどうしたの?」


 そのとき、俺の懐から寝惚け眼の相棒が顔を出した。ようやくお目覚めのリリィだが、これでもマシなほうである。最近は不摂生の極みであり、早朝に寝て昼ごろ起きるという生活になっており、玲二からこれぞダメ人間だと太鼓判を押されていた。


「今日は予定があるから一旦戻るって昨日話しておいただろ? リリィも食べるか?」


 彼女の分の朝食は確保してあるので何時でも出せるが、今は睡魔が勝ったらしい。


「後で食べるから残しといて……二度寝するから」


 もそもそと再び俺の懐に撤退した相棒に苦笑しながら朝食を終えた俺はレイアと共に転移環でセラ先生の店に向かう。

 そこでは今日の主役が気合を入れていた。



「おお! 来たなユウキ。こちらの準備は出来ているぞ。早速ダンジョンへ向かおうではないか!」


 先生の店についた俺を出迎えたのは、ここで世話になっているエルフの元女騎士であるリーナだった。その後ろには姉弟子の姿もあるが、いつもの格好とは異なっている。まるで彼女もダンジョンに向かうかのようだった。


 そう、俺は今日、リーナを連れてウィスカのダンジョンを体験させるつもりなのである。




楽しんで頂ければ幸いです。


今回から新展開です。本当の地獄の戦いが始まります。


その前に下準備なので今回は短めですみません。


 もしこの拙作が皆様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。

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